初出 X(旧Twitter)
『主人公のせいで難聴系にならざるを得なった系ヒロイン』
「へぁっっっ!? え、っいやっ、えっと、あの、そ、そうですっ、ねっっ……!?」
「あ、うん」
言った瞬間に『ヤッベ、会話の選択肢ミスったな』となったものの、幸いにも玲さんは何も気づかなかったらしい。今俺、思いっきり口説いた気がしたんだけど。玲さんってもしかしてギャルゲーの主人公みたいな難聴系なのか……?
ぶつぶつと「……君がこうなのはいつも……君がこうなのはいつも岩巻さんも言ってましたこういうとき……君は何も考えてない特にそういった意味はないんです……君がこうなのはいつも……君がこうなのはいつも」などと何やらつぶやいているようだが、声が小さすぎていまいちよく聞こえない。
顔の赤さも、挙動も、いつもと同じように見える。バグってる時の玲さんそのままだ。
「玲さん?」
「ぴぇっ! は、はい! なんでしょうか?」
やっぱいつもみたいにバグってるようにしか見えないな。まあこれは、俺の気持ちがバレなかったのでセーフ、ということで……いや、今の相当な事言ったあれで気づかなかったのを考えると今後伝えようとしても伝わらない可能性があるのか。
それは、ちょっと困るなぁ、なんて思いながら玲さんの方をうかがうと、視線に気づいた玲さんが俺の方を困った顔をして見た。
「……えと、あの……どうか、しました、か……?」
「……ん、いや、なんも」
これは、これから苦労するかもなー。
最近折り合いをつけ始め、やっと認めた感情とその想いの先を思って、俺は苦笑した。
『御伽話』
子供の頃、御伽噺の王子様とお姫様の事が、よくわからなかった。
硝子の靴を落として逃げた娘を探した王子様も、泡沫となって消えた海のお姫様も、月へ帰ろうとするお姫様を呼び止めようとした帝も。なにも、わからなかった。
だって、別に、その人じゃなくたっていいじゃないか、と幼いながらに玲は思ったのだ。苦労したり、死んでしまうくらいなら、そんなたった一人に執着なんてしなくてもいいじゃないか、と。
母も、きっと姉たちも、そして、ずっと遠くの事だろうが、恐らく自分も。斎賀家の者は、お見合いをして結婚をする。昔からそうなのだから、自分だって例外ではない。それと同じように、『運命』なんてよくわからないものじゃなくて、結婚するだけならお見合いをすればいいじゃないか、なんて。ただ、本当にただ純粋に、そう、思った。
今ならわかる。
狂おしいほどの衝動を、たった一人のその人じゃなきゃいけない理由を、玲は既に知っている。
『最近流行りの恋の歌』
◇
いつもだったらそんなことはしないのだけど。
「~~~~、~~~、~~~~~」
気がつけば、恋の歌を口ずさんでいた。
昨日偶々聞いた曲が、あまりにも共感できる内容だったからか。待ち人がまだ来ないからか。
カラオケに行く時は、想いを込めすぎて重たくなってしまうから、歌わない恋の歌を。目を閉じて彼を想いながら。
「玲さん」
パチリと目を開く。
「っあ、お、おはようございます、楽郎君」
「うん、おはよ」
あくびをした彼には、玲の歌は聞かれていないようだったから、ふ、と安心して玲は笑った。今日もあなたと会えたから、きっといい日になるのだろう。
◆
少し遠くにいる玲さんに声を掛けようとして、僅かに聞こえてくる音に黙った。瑠美もテレビを見ながら歌っていた、最近流行りの歌。
わからないなりにも、上手い事がわかる。そんな歌声。
脳まで届いた瞬間、玲さんは誰かが好きなんだ、とふと、気づいた。
『未観測』
「……ら、楽郎、君? えと……、どうか、しましたか?」
「へ?」
なんで今その質問? そんな疑問が顔に出たのか、玲さんは慌てたように言葉を続ける。
「いえっあのっっ、えっと……こちらをじっと見ていましたので! なにかあるのでしょうかと!」
勘違いでしたらすみません! と言いながら、玲さんは両手をシュババババと音が鳴るほど身体の前で振る。いつも思うけど、どうなってるの、それ? いや、それよりも、
「え、見てた?」
「へぁっ、は、はい! おそらく!」
おそらく……? 玲さんは勢いよく拳を握って頷く。あー、特に自覚はなかったけど、言われてみれば確かに見てた、な。
「……んにゃ、なんでもない」
「そう、ですか……?」
それなら、いいのですが、と続けた玲さんが握っていた手をゆっくりとほどくのを見届け、俺は玲さんから視線をひっぺがした。
『たとえばそれは、』
※たぶん結婚してる。プロゲーマー時空。
「負けちゃった」
「はい。見てましたよ」
「いやー、惜しかった。あそこでワンステップ遅れなければ勝てたのにさ」
「はい」
「やっぱ一瞬動きがあそこで止まったのがよくなかったな。いやー、惜しかった」
「はい」
「………………」
「楽郎、君」
見透かしたようにこちらに手を伸ばすから、誘われるままに彼女に抱きつく。
「あ"ーーくっそ、」
「ワンステップだぞワンステップ。あれさえなけりゃあいつに勝てたのによー!」
「はい。悔しい、ですね」
駄々こねて、甘ったれて、非情にカッコ悪い。でもそんなところも受け入れて、逆に見せてほしいなんて言われたら、もう勝てない。
誘われるがまま抱きついただけじゃ、昔みたいにはもうバグらないし。甘えさせてくれるような余裕まであって。
それも、少し悔しかった。
クスクスと、耳元から聞こえてきた鈴のような笑い声に、じとりと玲さんをねめつける。
「……なんで笑うの」
俺の鋭い目線をものともせず、玲さんは俺の肩に顎を乗せ笑う。
「いえ、楽郎君ってわりとカッコつけたがりな所がある、ので」
耳元から、柔らかな声が囁く。
「こういう所も、見せてくれるようになったんだなぁって」
あまりにも嬉しそうに言われてしまうから、俺はもう唸ることしか出来なくて。
「ひゃっ」
玲さんを抱き締めたまま、彼女の後ろにあったベッドに押し倒した。
『Before she knew...』
スポットライトが当たったように、彼の周りだけ輝いて見える。ふわふわとした浮遊感。そのまぶしさに目がくらむ。
「─────────」
どしゃ降りな雨の中、太陽が痛いほどの快晴の中、なんてことのない曇天の中。瞬きするほどの間に景色が切り替わり、それでも口の端をつり上げた彼は変わらず、なにかを言って駆けていく。
その言葉はなぜか聞こえなかったけど、彼がなんと言ったのか、玲はすでに知っていた。
ぱちんっと弾けるようにして、見ていた光景が消え去る。
「ん……」
まぶたに透ける光を感じながら目を開ける。時計に表示されているのは、いつもと同じ時間。玲は布団から出て、朝の仕度を始める。
どうしてかわからないけど、彼の笑顔を見てから、玲は毎日のようにあの雨の日の情景を夢に見る。
それだけじゃなくて、その後見た、彼が帰る時に見せる笑顔も。
クラスメイトである陽務楽郎の事を、玲は無意識に、気がついたら目で追いかけるようになっていた。一言だって話やしないのに、毎日彼を目に焼き付けている。
友達と話して笑い合う姿も、授業中少し眠たげにしている姿も。そして、帰る時の笑顔も。
玲は目で追いかけることで、彼の事を少しだけ知った。
あの笑顔を見続けていれば、なんであんなに楽しそうなのかもわかるのか、なんてずっと考えてる。
もっと彼の事が知りたい、という渇望がどこから沸き上がってくるのかなんて、今の彼女はまだ知らない。どうして彼を夢に見るのかも、今の彼女はわからない。
それでも、今日もあの笑顔が見れるといいな、と考えながら、玲は毎日中学校へ向かうのだ。
『はるだまり』
春の陽気というものは、なぜこんなにも眠気を誘うのか。カーテンの隙間から覗くチラチラとした光がまぶたの向こうから照らし、ぬるま湯の中にいるような温度が身体を包む。ちょっと日光浴でもしようかと思っただけなのに、満腹感も相まって溶けそうだ。
そんなことを考えてると、光を遮る影。
「楽郎、君?」
寝てるん、ですか? との声に目を開けると玲さんが俺をのぞきこんでいた。
「んー……まだ寝てない……」
「こんなところで寝たら、風邪を引きますよ?」
寝るのならベッドの方が、と言ってしゃがみこんだ玲さんは光に照らされてまぶしい。そんな玲さんに向かって、俺は自分の横にスペースを開けた。
「玲さん」
「へ?」
ここ、と示すと、真っ赤に染まって一瞬フリーズし、随分慌てたあと、覚悟を決めたようで「し、失礼しますっ、」と俺の腕の中に入ってくる。
腕を回して柔らかな肢体を抱き寄せると、ビクリと身体が跳ねたものの、俺の胸にすり寄ってきた。玲さん特有の花みたいな匂いが鼻をくすぐる。
「今日は暖かいしさ」
「……はい」
「休日で、やることも特にないし」
「……はい」
玲さんは体温が高くて、とろりとまた眠気が襲ってくる。
「玲さんがいれば、暖かいからきっと風邪も引かないし」
「……はい」
一緒に惰眠を貪るのは、どう? なんて質問に、小さな声で了承が返ってくる。それに少し笑って、玲さんをもう少しだけ近くに抱き寄せて、俺はそのまま睡魔に身を任せた。
『自覚』
あー、玲さんのそういうとこ、好きだな。
「ん?」
今、俺なんて思った?
「……? えと、どうか、しましたか?」
足を止めた俺を、心配気にのぞきこむ玲さんを見て、思考がピタリと停止した。
「え?」
「え、あの」
……俺が、玲さんを?
「え?」
「楽郎、君……?」
は? いや、落ち着け落ち着け。
「いやいやいやいや」
「えと、大丈夫ですか? なにかありましたか?」
いきなり挙動が不振になった俺に対して、困惑してはいるものの、玲さんはいつもと変わらない。
そんな玲さんのことが、俺は?
「いやいやいやいや、なんでもないです」
「え? いや、でも……」
「なんでもないです」
「は、はい」
「なんでもないんだけど、おれはいそいでかえるよていができたのではしってかえります」
「え、あ、はい。では、お気をつけて……?」
「はい、じゃあまた」
うぁーーーーーーーーーー!! 俺は! 風に! なる!!
頭の中で叫びながら、走って家に帰った俺は、玲さんがつぶやいた言葉をついぞ知ることはなかった。
「……もう少し、楽郎君と一緒にいたかったなぁ」
……
…………
「天誅ッッッ!!」
いやいやいやいやいやいや、違う違うそういうことじゃない。そういうことではないはず、いやいやいや違う違う違う。
これは玲さんのことが人間的に好ましく思ったというわけで決してそういう恋だの愛だのです、き? とかそういうのでは……? いやいやいや。
勢いよく走って帰路についた俺は家に入り速攻幕末を起動し、今に至る。頭を空っぽにするにはここが最適だと思ったが雑念は頭に居座り続けて出ていかない。
「あっ、
「そーいうことではないはずなんだよ!!」
身体に染み付いた動作で襲ってきたやつをとりあえず天誅する。
玲さんの事は尊敬してる。それは確かにそうだ。その在り方を人間的に好ましく思っているし、ゲーム友達として仲良くしてる。
だけどそれとこれとは別だろう。恋愛とかいうのは俺には大層程遠い概念だというか、関係ない概念というか。こう、いや別に玲さんの事を嫌いだとかそういう話ではなくむしろ好……
「ぐぁああああああーーー!!」
目の前に来た奴をとりあえず切り捨てる。
だから違う! 決してそういうのじゃねぇ!!
……
…………
「ら、楽郎君、おはようございますっっ」
「……ん、おはよ、玲さん」
昨日のは勘違いだったということでケリがついたので俺は動揺しない。昨日今日とで玲さんとすぐ会う事になろうとも、だ。すべての動揺は幕末に置いてきた。俺はソークールな男……!
「えと、昨日は大丈夫でしたか?」
「あーうん。うん。昨日ね。うん。……大丈夫だったよ?」
そういえば予定ができたとか言って走って帰ったんだった。動揺していると詰めが甘い。
俺が動揺していようとも、玲さんは変わらずいつもと同じように俺の隣に並ぶ。いや、別に俺は動揺なんてしていないが。
そうですか、と言って玲さんはふわりと笑う。
可愛いな。
………………は?
ゴンッッッッ
「楽郎君!? 大丈夫ですか!?」
「へーきへーきなんともない大丈夫。ちょっとそういう気分だっただけだから」
いきなり電柱に頭を打ち付け出した人間にも最初に心配が出てくるんだよな、玲さんは。
そして俺はなにも思わなかった。電柱に頭をぶつけたからさっきまで考えてた事を忘れた。俺は、なにも、覚えて、ない。よし。
───学校に着くまでに計五回頭をぶつけたなんて、んなアホな事俺がするわけ……
『好きだから甘いのであって』
「つぁッ!!」
「玲さん、大丈夫?」
いつもみたいにからかっていたら、バグった時の音が違った。これは口のどっかを噛んだな?
「っ、えっとあの、大丈夫! 大丈夫ですから!」
「ほれ見せてみ??」
誤魔化そうとするが、そうはいかない。俺がからかったのが原因なのだから、心配くらいさせて欲しい。隠すようにしている手をとり、無理矢理こちらから口を見えるようにする。
「っぁらくろ、く……」
「あー、血が出てる」
彼女の唇をなめる。
『薄氷吐息』
(……楽郎、君)
目の前に見えた柔らかな黒髪に、頭の中で呼びかけた。まだ声に出しても聞こえないような、周りから見ても知り合いとすら思われないような、他人の距離。
───ふと『自分はどこまで許されているんだろう』と頭によぎった考えに、足がピタリと進まなくなった。
たった数ヶ月前までの、そして数年続いた、話しかけすらできなかったあの頃。同じ中学、高校というだけで、彼と接点はなきに等しく、あの瞳に映ることさえできなかった。
胸に霜が這うような心地がして、手で胸元を握り締める。今、自分は彼に話しかけてもよかったんだろうか。彼の近くに行くことは、許されていたんだっけ?
唐突に、目の前を歩いていた黒髪が揺れ、振り向いたその瞳が玲をとらえる。
「……あ、玲さん。おはよ」
その顔を見た瞬間、身体中のぼせ上がって、霜なんか蒸発した。
(ああ、今の私は彼の懐に入ることが許されているんだ)
何気ない気の抜けた挨拶だけで、玲がどれだけ救われているかなど、楽郎は知らないのだろう。はやる気持ちを抑え、玲はいつもの痛くて甘い言葉を返すために彼の方へ駆け出した。
『終焉でも』
「明日世界が終わるなら、楽郎君はなにをしますか?」
「んぇ?」
ちょっと思いついただけなので別にあの、答えなくても、と目の前に座る玲さんが言いつのるとを見て、俺は口の中にあったものを飲み込む。
なにをやっても凄いのは、さすが玲さんだよな。完璧超人という言葉が似合う人間が確かに存在していることを、共に時間を重ねる度に実感させられる。
材料があったから作ってみた、というチーズケーキは、店の物と遜色ない。というかむしろ下手な店よりずいぶんと旨い。
甘いものは苦手じゃないが、まあケーキなんかは機会がなきゃ食べない程度。だが、甘過ぎず後味もさっぱりしているこれはいくらでも食えそうだった。
それで、もしも世界が終わるなら、だっけ。ゲームのストーリーでよく聞くよな。
「俺はゲームする、かな」
まあ現実のサ終っつーこったろ。クソゲーは風の如くサ終していくが、現実というものはクソゲーなのでサ終してもおかしくはない。
どうせ世界が終わるなら、それまでパーっと楽しく過ごす。それが終わる世界に俺たちができるせめてもの手向けだろう。例えクソゲーでも、現実でだってそれは変わらない。
「玲さんは?」
「そうですね。……では、私もゲームをする、と思います」
「へぇ、意外」
玲さんはシャンフロ廃人だったが、世界が崩壊するほどの事が起こってなおゲームに執着するほど、ゲームには思い入れがあるとは思ってなかった。それでも最後にゲームを選ぶのか。
「そんなにゲーム好きだった?」
そう聞くと、紅茶の入ったティーカップを両手で包むように持ち、玲さんは少し照れたように微笑む。
「楽郎君といれるなら、どこへでも」
いつもならバグるようなセリフを当たり前のようにこぼされ、誤魔化すように口にケーキを突っ込む。さっきまではさっぱりしていたはずなのに、胸焼けがしそうなほど甘さが口の中に広がった。
メモ帳にあったものを適当に持ってきてるので、時系列はぐちゃぐちゃです。