最初は、ただの疑問だった。だけど、もしかしたらあの時から、すでにそうだったのかもしれない。
なぜ彼は、どんなときでもあんなに楽しそうに帰って行くのか。そして、何が彼を楽しそうにさせているのかと。
少しずつ少しずつ並行して疑問は増え、その間も玲は彼を目で追い続けた。ただ疑問と、そしてあの時感じた眩しさが玲の頭を占めていて、自分の感情に考えを向けることなんか思い当たりもせず、ずっと笑顔で帰って行くその姿を追いかけ続けていた。
───そして岩巻にラベルを貼られて初めて、玲はそれの名前が恋だと知ったのだ。
恋なんて、自分とは程遠いものだと思っていた。物語でも、友人達が語っていても、ずっと向こう側にあるようにしか感じられず、ひどく他人事で。
だからそんな感情を自分が持ってたなんて考えもしなかった。貼りつけられたそのラベルは、心にピタリと嵌め込まれ、あたかも前からずっとそこにいたような顔をして、今もそこにいる。
岩巻がいなかったら、玲はこの感情に恋なんて名前がついていることを知らなかっただろうし、むしろその感情の存在にすら気づけないまま、彼の事を目で追い続けるだけだったのだろう。
玲は人との巡り合わせに恵まれている。それはあの日彼を見たことしかり、そして岩巻と出会った事しかり。巡り合わせによって今があり、彼と共に戦い、楽しみ、歩いていく事ができる。
だから玲は、今日もありったけの勇気を握りしめ、前に見える黒髪をしたその人に早足で駆け寄った。
「お、おはようございますっ」
「あ、玲さん。おはよ」
「は、はいっ」
くぁりと欠伸をした彼に数瞬見惚れ、頭は話の種を探し始める。
楽郎とほとんど毎日のように登校を共にし始めて、すでに三ヶ月が経過した。夏休み前の玲であれば、夢には見れども信じる事ができないような進歩である。
振り返ってみると、確かに玲は少しずつ進んでいて、楽郎に近づく事ができて。それが、玲には堪らなく嬉しい。
今はまだ、挨拶をするだけで一日分の勇気を使いきってしまっているようで、告白なんてまだできる気がしない。
なおこの話を最近「じれったいのよね、あんた達」などと言って、長姉とは別ベクトルに過激な事ばかり言い始めた岩巻にしたら「玲ちゃんあなたどれだけ勇気を貯める期間があったと思ってるの」と呆れられてしまったが、それはそれ、これはこれである。その期間の勇気はシャンフロでフレンド申請したときや、リアルで話しかけた時なんかに使いきってしまった。
そう、たとえ一日分の勇気を使いきった気さえしようとも、玲は、今、隣で歩いている楽郎と、もっと近くにいれる権利が欲しい。隣で歩いていけるような、共に支え合っていけるような、そんな権利が。
そのために、今ある勇気をかき集め、着実に一歩一歩進んでいかなければならないのである。
萎んでしまいそうになる気持ちに活を入れ、玲は楽郎に話しかける為に口を開いた。
玲さんは、岩巻さんに名前をつけられなかったら恋心に気づきさえしなかったんだろうな、の話。