【熊本ネタ】熊本が好きすぎた結果地元愛を拗らせた西住まほ 作:Mamama
黒森峰女学院は熊本が誇る戦車道の名門である。戦車道全国高校生大会において怒涛の九連覇を果たした全国での屈指の強豪であり、その名声は熊本のみならず全国的に見ても高い。
今年は十連覇がかかり多くの期待が寄せられる一方、当の選手達に圧し掛かる重圧は相当のものと言えよう。
しかし黒森峰を率いる西住まほは泰然自若を貫くカリスマ溢れる隊長であり、その重圧を容易く跳ねのけること間違いなし、と太鼓判を押される程である。
新入生を迎え連携が心配される中、先日行われた練習試合では完勝しその体制を盤石とした事からその手腕は確かなものであり、今更それを疑う者など内外問わずにいない。
しかし忘れてならないのは如何に優れた隊長とはいえど十代の高校生であり、その精神性は完成されたものではないということだ。それは女子高校生にして才覚を見事に発揮するまほが偉大である事であるという裏返しでもあり、単なる未熟と断ずることは出来ない。
とはいえ、幼い頃から西住流としての厳しい訓練を施されたとしても二十を生きない少女であることに変わりはなく。戦車道に於いては如何なる状況でも冷静沈着な態度を崩さないまほも、それ以外では隊長としての仮面が剥がれるということもあり得るだろう。
「そんな馬鹿な……! ありえない……こんなことは……!」
関東某所。まほは項垂れていた。そこには黒森峰を率いる厳格な隊長の姿はなく、迷子になった小さな子供のようだ。そんな様子をみほと小梅は遠巻きに見ていた。小梅は心配そうな顔で、みほは『私は関係ありません』という風に素知らぬ顔で一定の距離を保っている。
「おべんとうのヒ〇イがないなんて……!」
まほの悲痛な声は春空に溶けて消えた。
BIG4に数えられ、その中でも頭一つ上の強豪として知られる黒森峰。西住流の息が掛かっていることもあり、後援会や黒森峰OBの力は強い。バックに強大な団体がいるということはそれだけのバックアップを受けられるということであり、黒森峰が強豪である理由の一つとしてその存在を上げることが出来るだろう。
しかしメリットだけではない。バックに強大な存在があるということは裏方から口を出されることと同義であり、それに縛られてしまうということでもある。それは戦車道においてもそうだが、それ以外にも累を及ぼしている。
母港の熊本港近辺ならまだしも、寄港した先での買い食いや外食というのは黒森峰後援会にとって聊か風体が悪く映るようで、少なくとも推奨されているものではない。明確な指針として打ち出されたものではなく、暗黙の了解のようなものだ。
隊長たるまほが率先してそれを破るわけにはいかないのだが―――つい先日、とうとう我慢も限界を超えたらしい。
即ち、禁断症状である。
「お姉ちゃん、関東にヒ〇イはないよ……」
流石にそのままにしていられないのかみほは観念して声を掛けた。血走った目でヒ〇イの捜索を命じられたが、ないものはない。手持ちのスマートフォンでちょっと検索すれば分かるようなものなのだが。
「マップ機能に追加されていないようなヒ〇イがあるかもしれないだろう……!」
「ヒ〇イをなんだと思ってるの?」
おべんとうのヒ〇イは熊本に本社を構える弁当のチェーン店で、そんな知る人ぞ知る名店みたいな扱いを受ける店ではない。
「に、西住隊長。ヒ〇イはないですけど、ほら、お弁当ならあそこにオリ〇ン弁当という店が」
「私はヒ〇イが良いんだ。ヒ〇イのちくわサラダが食べたいんだ。油っこいあれをノンアルビールで流し込みたいんだ」
「仮にも女子高生が酒飲みの中年みたいな事を言うのはどうなの」
地元愛を拗らせたこの状態のまほに不慣れな小梅のフォローは一瞬で叩き潰された。
ちくわの中にポテトサラダを突っ込んで油で揚げた矢鱈とカロリーが高そうな惣菜は熊本ローカルのもので、関東圏には当然ない。みほも別に嫌いではないが、そこまでして食べたいものではなかった。
「学園艦に戻れば売店で売ってたと思うけど、それじゃ駄目なの?」
「あんなバッタものはちくわサラダじゃない」
みほは面倒くさくなってまほを放置して帰ろうかな、という考えが浮かんだ。熊本の工場で生産されたものでないと身体が受け付けないらしいのだが、一体どんな体質なのか。
あまり悠長にしていられる時間はない。どうにかしてこの状態の姉を説き伏せなければならない。
元より隙間時間を利用して来ているため、時間に余裕があるわけではない。戦車道においては尊敬しているが、こうなると姉は途端に面倒くさくなる。
「でもヒ〇イは無いんだから食べられないよ? お姉ちゃんがいくら食べたいと思っても、無い以上はしょうがないよね?」
子供に言い聞かせる様子は最早どっちが姉だかわからなくなる。そのあたりはまほも分かっているのか、先ほどに比べると理知的に言葉を紡ぎ始める。
「むぅ。でも地元の味が恋しくてな」
その気持ちはみほにだって分かる。母港は熊本港とはいえ、学園艦に乗っている以上は航海することも多いし、戦車道の遠征なども多いからふと地元のものが食べたくなる瞬間がある。
「だったらヒ〇イじゃなくても、他のお店でも良いよね? 代替だけど、少しは我慢できるよね?」
「あ、だったらこちらに進出しているチェーン店を探してみますね」
「……味〇拉麺はないか? 確かあれは結構店舗があるはずだ」
熊本発祥の豚骨ラーメンのチェーン店だ。確かに味〇ならあるかも、とみほは思った。
何度か行った事があるが、確か店内で他の地域に出店する旨の告知ポスターを見た記憶がある。
小梅は暫くスマートフォンを操作していき、気まずい表情で顔を上げた。
「……すみません。味〇拉麺も無いみたいです」
「そんな馬鹿な!? 台湾を始めとして世界各国で出店している世界の味〇だぞ!?」
「いや、それは創業者が台湾出身だから」
「詳しいですね、みほさん。……ニューヨークとかサンディエゴにもあるみたいですね」
海外に七百を超える店舗を構えるが、関東にあるのは茨城県の一店舗だけだ。まほはまたしても項垂れた。
「―――隊長!」
その時、走って現れたのはまほの指示でヒ〇イを探して走り回っていたエリカだ。
女子高生にあるまじき俊足で視界に現れたかと思えば、あっという間にまほの傍まで駆け抜けてきた。大分体力を使ったのか、肩で息をしている。
「エリカか。……どうだった?」
釣果を尋ねるまほにエリカは呼吸を整え、顔を上げて答えた。
「申し訳ありません! ヒ〇イ発見できませんでした! というかセンター〇バーもないんですけどこの辺りの人は何を食べてるんですかね!?」
半ばキレたように言うエリカだが、当然だ。県内に十店舗もないハンバーグ店が関東にあるわけがない。ハンバーグが食べたいならいき〇りステーキとかびっくり〇ンキーとかで良いんじゃないかな、とみほは言いたくなったが、言ったら言ったで面倒くさくなるのが目に見えていたので黙った。気の強い友人は頼もしい存在であるが、ことハンバーグの話題になると姉と同レベルで面倒くさくなることをみほは知っている。
「……由々しき事態だ。だが私の力ではどうすることも出来ない。……すまない」
「そんな! 隊長は悪くありません。顔を上げてください!」
試合中にも見たことがない沈痛な顔での謝罪だが、バックボーンを知っていると途端に安っぽく見えてしまうのは何故だろうか。
「チェーン店がないなら、熊本の料理を出す定食屋はないか? 太平燕とかだご汁とか……」
「ええと、調べてみましたがないようです」
申し訳なさそうに小梅が言った。沖縄料理とかであれば店舗がありそうだが、熊本料理は全国的に見てもマイナーである。探せばもしかしたらあるかもしれないが、早々見つかるようなものではないだろう。あったとしても都合よく徒歩圏内で行ける場所にある可能性は極めて低いし、探すにも時間が無い。
「お姉ちゃん。もうどこでも良いからお店に入ろうよ。というか、いくらなんでも地元愛が強すぎるよ……」
「地元を愛して何が悪い」
「そうよみほ! 熊本の事が好きで何が悪いの!?」
同調するエリカも合わせて面倒くささは二倍になる。唯一の癒しは小梅だが、どちらかと言えば控えめな性格で戦力としては数えられない。今現在もどうしていいかわからず右往左往しているし、諫言は期待できそうにない。
「いや、別に悪くはないし良い事だと思うんだけど、ただちょっと過剰というか」
「別にこれくらい普通だ。我々に限らず、例えばプラウダ高校だって休憩中は津軽弁全開でけの汁を啜っているに違いない」
唐突にプラウダ高校に飛び火するが、事実無根である。ただ戦車道では頼りになる姉がこと地元の事になるとポンコツになることから、その可能性もあるかもしれないと思い始めてきたみほ。けの汁自体は普通に青森の伝統料理でもあるし。
「プラウダ高校の事は良いよ。時間もないし、どうする?」
「むむ……」
まほは形の良い眉を歪め思案し、一つの結論を出した。
「ここは妥協だ。あそこにあるエブ〇ワンに行こう」
「お姉ちゃん。あれはセブンイ〇ブンだよ……」
7のマークをどう見ればパックマンのマークに見間違うのか。まほには熊本でも全店舗が閉店したコンビニチェーンの姿が見えているようだが、完全に幻覚である。
ただいい加減に疲れてきたみほはもうどこでも良かった。まほのように異様なほど地元の味に執着しているわけでもないし。好物のブラック〇ンブランでも食べれば多少は姉の機嫌も良くなるだろう。
「ブラック〇ンブランが、ない、だと……!?」
無かった。
白く〇くんがあるのに何故ブラック〇ンブランがないんだ、とかブラック〇ンブランが無い癖にチョコ〇リだけがあるのは差別だとか、誰に聞かせるでもない恨み節全開のまほを強引に外に引っ張りだす。あのままだと罪の無いコンビニ店員にまで絡んでいきそうな勢いだった。
みほはチョコ〇リで良いじゃない、と進言したが聞き入れてもらえなかった。チョコクランチがぽろぽろ落ちるあの絶妙な食べづらさといい殆ど同じものだと思うのだが、まほ曰くまったくの別物らしい。
そもそもブラック〇ンブランの発売元の会社は佐賀県なのだが、まほの頭の中では悪逆非道な佐賀によって熊本から奪われたとかいう都合の良いカバーストーリーがあるようなので問題ないらしい。
「ブラック〇ンブランどころかトラ〇チ君も、ミル〇ックも置いてないなんて……」
「販売元が同じ会社だから、ブラック〇ンブランがないなら、その二つも置いてないと思うよ」
「私は、無力だ」
「隊長……」
「……」
とぼとぼと歩く。みほから見えるまほの背中はいつもとり小さく見えた。本人は至って真面目であり、だからこそその寸劇はみほにとっては茶番に映る。無力でもなんでもいいから帰ろうよ、と言いそうになる口を理性で押しとどめる。エリカはまほの事を慕っているから、蔑ろにするような言葉は避けた方が良い。それがどれだけくだらないものであっても。
「げ、元気だして下さい! ほら、学園艦に戻ればア〇ックラーメン食べられますし」
「……うん」
小梅の励ましに幼児退行したような態度で応える。みほも何となく罪悪感が湧くが、どうしようもない。みほは歩きながら自分のスマートフォンで付近の店を検索する。やはり熊本を発祥とする店舗は少なくとも付近にはないようだ。少し幅を広げて検索をしてみると、一つの店が目に留まった。
「あ、リンガー〇ットがある」
熊本にも店舗があるちゃんぽんのチェーン店だ。しかし発祥は熊本ではなく長崎だ。
しかしまほはその言葉を聞いて勢いよく振り返る。人間ってこんなに早く動けるんだね、と言いたくなるような速度だった。
「そこだ」
「え?」
「そこにしよう。うん、そうしよう」
「……え、良いの? リンガー〇ットって熊本じゃないけど」
長崎ちゃんぽん、と頭につくだけあって長崎発祥なのだがそれで良いのか、と確認するとまほは鷹揚に頷いた。
「うむ。熊本は九州のナンバーツーだから、それ以下の他県は熊本の支配下にあると言っても過言ではない」
「とんでもないレベルの過言だよ」
長崎県民が利いたら激怒しそうな事をさらっと言ってのけるまほ。
「熊本発祥の店でないのは残念だが……私も小さな子供ではない。ここはリンガー〇ットで手を打つとしよう」
「だったら白○くんでも良かったんじゃ……」
「私はさも『私は全国区ですけど?』みたいな顔をしているあれが気に食わないんだ」
「ああそう。……もう突っ込まないけど、他県出身の人もいるからチームの人にはそういうこと絶対に言わないでね」
九州出身者にとっては対立煽りの大きな火種になるであろう言葉を真面目な顔で言う姉に苦言を呈すが、聞いちゃいない。そのうちスキップでも刻みそうな浮足だった姉の姿に、みほはため息を吐いて追いかけた。