第二十四話
灼熱の太陽が東京エリアを煌々と照らしていた。同時に凄まじいまでの熱気で陽炎が出来ている。
その中を半袖の黒いポロシャツに黒の七分丈のパンツを着込んだ凛と、腰まである朱色のタンクトップワンピースにダメージジーンズ風のホットパンツを着ている摩那は茹だる様な暑さの中事務所へ向かっていた。
東京エリアは夏真っ盛りといった感じである。
「あっつ……」
隣にいる摩那は服の襟の部分をつまんでパタパタと空気を送り込んで少しでも暑さを和らげようとしているが、仰ぐたびにないに等しい胸がチラチラと見えてしまっており、凛はそれに小さくため息をついた。
「摩那。女の子がこんな往来でそんなはしたないことしちゃいけません」
「えー、だって暑いじゃん。それとも凛は私の麗しい体に興奮しちゃうのかな?」
悪戯っぽく笑みを浮かべる摩那であるが、凛はそれに肩を竦めながらため息をついた。
「残念だけど僕はそっち系の危ない趣味はないよ。小さい子は遊んでいて好きだけど、性的な対象にはならないから」
「それって私に魅力がないってこと!?」
「いいや、摩那は十分魅力的だと思うよ。ただ、十年後に期待って感じかな」
小さく摩那に笑いかけた凛であるが、摩那は不服げに頬を膨らますと凛の足を軽く蹴った。
「あだっ!? いきなりなにすんの!?」
「フン! 凛がでりかしーのないこと言うからだもん! えい!」
「いたぁ!? ちょ、ちょっと摩那ストップ! 結構痛いって!」
もう一度蹴られて凛は摩那を制しようとするが、摩那は膨れたままゲシゲシと凛の足を蹴り続けていた。
「わかった、わかったってば! 君は十分魅力的だって、それにあとで好きなアイス買ってあげるから」
アイスという言葉が耳に入ったのか、摩那は蹴ることをやめて少し考えた後頷いた。
「ダッツの売ってる味全部だかんね!」
「了解、お姫様」
凛が返答したのを確認した摩那は先ほどとは打って変って意気揚々とした様子で事務所へと向かった。
その後姿を見ながら凛は苦笑すると聞こえない声でつぶやく。
「……そういう所はまだまだお子様だねぇ……」
事務所に到着すると同時に凛はデスクにつき、摩那は美冬や夏世と話しはじめた。
仕事を開始して数時間、子供達は携帯ゲームの対戦で白熱していたが、大人組みである三人はパソコンを操作していたり、ファイルに目を通したり、電卓を叩いていた。
そんな中、不意に零子が窓の外を見やりながら大きく伸びをした。
「それにしても今日は今年一番の暑さだな」
零子はアイスコーヒーを口に運びながら外に広がる光景にため息をつく。
「今日の気温は38度らしいですからしょうがないですね」
「こういう日は仕事なんかしたくないな。そう思わないか?」
「そりゃあまぁ外で仕事してる分にはそうかもしれませんけど……。ウチはエアコンついてるんですから」
凛が言うとおり、事務所内は業務用のエアコンのおかげで寒すぎず、暑すぎず、とてもすごしやすい空間となっていた。
しかし、零子は人差し指を立てると左右に振った。
「わかってないな凛くん。こういう暑い日はたとえエアコンが付いていようと働きたくなるものなんだ」
「……零子さんもしかしてアイスが食べたくなってませんか?」
「大正解だ。よく分かったな」
「零子さんが仕事をしたがらないときは相当疲れているときか、甘いものが欲しいときだけですから」
肩を竦めた凛は立ち上がると事務所内にいる皆に聞いた。
「ちょっとでアイス屋さんに行って来るから、みんな食べたい味を言ってくれる?」
凛がアイスクリームショップのメニュー表を見せながら聞くとまず始めにリクエストを出したのは子供三人だった。
「私チョコミント!」
「ではわたくしはカスタードで」
「私はオレンジシャーベットでお願いします」
スマホでメモを取り終えると、今度は杏夏と零子に話を振った。
「二人はどうします?」
「ブラックチョコで頼む」
「私は無難なところでバニラで……私も行きましょうか?」
「ううん、いいよ。一人で持てるしそれに、女の子はどっちかって言うとこういった太陽の下をなるべく歩きたくないんじゃない? 紫外線的な意味で」
杏夏の申し出を笑顔で返した凛はそのまま事務所から出るが、途端に熱波に襲われてしまった。
それに一瞬顔をゆがめるものの、凛はアイスクリームショップへと足を運んだ。
目当てのアイスクリームショップは凛たちがよく買い物に行くショッピングモールの中にある。
ショッピングモール内は平日ということもあってさほど込み合ってはいなかったが、それでも人は多いほうだ。
まだ夏休みに入っていないため学生の姿はあまり見られないが、中にはスカートを下着が見えてしまうんじゃないかというほどに上げた女子高生や、派手な髪色をした少年達の姿も見える。
まぁ白髪の凛が言えたためしではないのだが。
アイスクリームショップは列が出来ていたものの、さほど多いほうではなく五分もならんでいればすぐに順番が回ってくるだろう。
凛はそのまま列に入るが、不意に聞き知った声に呼び止められた。
「こんにちわ、断風さん」
凛が声のしたほうに目をやるとティナが眠そうな目でこちらを見ていた。
「やぁティナちゃん。今日はどうかしたの?」
「はい、天童社長とお買い物に来ました。今は天童社長とは別行動中です。断風さんはアイスを買いに?」
「うん、この暑さで社長がアイスが食べたくなったらしくてね。ちょうど休憩がてら出てきたんだよ」
ティナは納得したように頷いたが、先ほどからしきりにアイスクリームショップのほうに目を向けていた。
凛はそれに苦笑するとティナに問うた。
「買ってあげようか?」
「え……いいんですか?」
「うん。というか、そんなもの欲しそうな顔でずーっとお店見てれば食べたいんだなってすぐに分かるよ」
凛が手招きするとティナは嬉しげに頬を綻ばせて凛の隣にやってきた。
「そういえば断風さん。刀の件、申し訳ありませんでした」
「あぁ冥光のことか。謝らなくていいよ、元々痛んでいたのに無理に使った僕が悪いんだし」
ティナに笑いかけながら言う凛だが、ティナは少しだけ首をかしげながら凛に問うた。
「あと気になっていたんですが……あの刀は一体誰が造ったんですか? はたから見てもなんとなくすごいオーラだったので」
「オーラか……。うん、じゃあアイスを買ったら話してあげるよ」
凛が言うと同時に凛たちの前にいた客が会計を終えて、凛達の番となった。二人は前に進むと凛は零子達に頼まれたアイスと、ティナの分のアイスを購入した。
二人はそのまま近場のベンチに腰掛けると、ティナが軽く一礼をしてアイスを食べ始める。
その様子を一瞥した凛は冥光について話しはじめた。
「あの刀、冥光は僕の祖父である断風劉蔵が作った最後の刀なんだ。祖父は剣士である前に刀匠でもあったからね」
「なるほど……最後の作品ですか、となると御爺様はすでに?」
「うん。四年前、僕が十五のときに死んでしまったよ。まぁそのまえから祖父が作ってた刀は使っていたんだけどね。結局一番使っていたようで使わなかったのが冥光だったよ」
その言葉の意味がよく分からなかったのかティナは首を傾げる。凛はそれに気付くと指を組みながら静かに告げた。
「……実を言うと冥光はあまり使いたくはなかったんだ。あの刀は祖父の遺産のようなものだからね、だから使わずに取っておくべきかと悩んでいたんだ。けど、あの冥光以外の刀だとすぐ折れちゃうんだよ。僕の力の影響でね。
まぁ全く使わなかったわけじゃなくて、たまに使ってはいたんだけどね。けれど、君が来る前に出会った蛭子影胤さん達との戦いの時から常に使うようになったんだ」
「それはなぜですか?」
「……その頃からガストレアが僕の中で妙に強くなって気がしてきたって言うのもそうだけど、一番の要因は祖父の死と向き合うためだったんだ。
僕の力に耐えられる冥光だったけどやっぱり物だからね。いつかは壊れると思っていたからあまり気にしていないよ。だから君が気に病む事はないよ」
凛はティナの背中をポンと叩くとそのまま立ち上がった。
「さて、じゃあそろそろ戻ろうかな。あんまり待たせるといろいろ怖いし」
「はい。お引止めしてすみませんでした」
「いや、僕も君と話が出来てよかったよ。じゃあねティナちゃん」
凛は手を振りながらショッピングモールを後にし、事務所へと戻った。
彼の後姿を見送ったティナは先ほどまで自分に対し話をしてくれた凛の瞳を思い出していた。
……貴方はなんて悲しい瞳をするんですか――。
「――断風さん」
凛を見送ったあと、ティナは木更と合流しそのまま帰路に着いた。
その途中、ティナは思い切って木更に凛のことを聞いてみた。
「天童社長。貴女は断風さんと兄妹のような関係だと聞きました。そんな貴女から見て断風さんはどんな人ですか?」
「え、随分と急ねティナちゃん」
「さきほど断風さんとあったので少し話していたんです。それで、少しだけ気になってしまったんです」
ティナの言葉に木更は頷くと凛のことを語り始める。
「凛兄様と私は、私が三歳くらいの頃からの付き合いでね。既に凛兄様は七歳でありながら天童流を殆ど扱えていたわ。まさに天才、神童とも言われていたわね。性格は今と変わらず本当に優しくて強い人だったわ」
「神童……」
ティナは凛が自分との戦いで見せた神技を思い出して、そう呼ばれているほどの実力があると再確認していた。
「それから三年後に私と里見くんはこの体になっちゃうんだけど……今でも思うわ。もしあのガストレアが凛兄様がいるときに襲ってきたら、恐らく私のお父様とお母様死ななくて、里見くんだってあんな体にならなかったんじゃないかって」
「では、断風さんを恨んでいるのですか?」
「ううん、そんな事ないわ。そう思ったのは本当にそうだったらどうなっていたのかなって話だから」
木更は苦笑すると遠くに広がるモノリスを眺めた。
既に夕暮れ東京エリアを照らしていたが、モノリスはいつものようにただ整然とした様子で立ち並んでいる。
「ではもう一つだけ聞いていいですか?」
「何かしら?」
「……断風さんの祖父である断風劉蔵氏とはどんなお人だったのですか?」
「あら、凛兄様ったら劉蔵おじ様のことまで話していたのね」
木更は若干驚いた様子だったが、すぐに笑顔を浮かべた。
「劉蔵おじ様は聞いたと思うけど凛兄様の祖父でね、私も何度かあっていたんだけど……四年前に亡くなったわ。死因は病死だって」
そういうものの木更は何処となく病死ということに納得がいっていないようだった。
「納得していないようですね」
「……少しだけね。劉蔵おじ様は確かに老年ではあったけど、健康を絵に描いたような人だったからちょっとだけ信じられなかっただけなの」
ティナはそれに静かに頷くとそれ以上木更には聞かずにいた。
二人は凛の話を打ち切り、自宅へと戻った。
深夜。
ベッドに入った凛は自身の手を握ったり開いたりを繰り返していた。
まるで自身の力を確かめるかのようなその仕草だが、その瞬間、凛の瞳に自身の手が血で真っ赤に染まる光景が広がった。
「ッ!?」
短く息を呑んでもう一度手を確認する凛の瞳に写ったのはいつもどおりの自身の手のひらだった。
凛はそれに胸を撫で下ろすが、不意にドアがノックされた。
「凛、入るよ?」
「……うん」
小さく答えると、以前と同じように枕を抱いた摩那が心配そうな面持ちで凛を見つめていた。
彼女はそのまま凛の傍らに寄り添うと、彼の手を取って自身の胸にあてがった。
「こんなに震えて、また思い出してるの?」
「うん……この季節はどうしてもね。向き合おう向き合おうとは思ってもどうしても心が拒絶するんだ」
「凛……」
凛の言葉はとても弱弱しく、まるで親に捨てられた幼子のようだった。
すると摩那は何か決意したのか凛の首に手を回して彼を自身の胸に引き寄せた。
突然起こった出来事に凛は目を白黒させたが、摩那はそんな凛を安心させるように彼の背中を優しく撫でる。
「大丈夫だよ、凛。凛ならきっと向き合える。どんなに苦しくても、どんなに怖くても、どんなに辛くても……貴方ならきっと向き合える。
だけどね、もし一人じゃ辛いって思ったら私がいる。ううん、私だけじゃない。零子さんや夏世、杏夏に美冬、蓮太郎や延珠、木更やティナ。いろんな人が一緒にいるから一人で抱え込まないで、辛かったらぶちまけていいんだよ。それがどんな形であったとしても」
昼間凛をおちょくった少女と同じとはとても思えないほど優しく、そして慈愛に満ちた言葉に凛は瞳を潤ませた。
「ありがとう……摩那」
「ううん、いいよ。だって私は凛の相棒だもん、パートナーが辛かったら助けるのが相棒の役目でしょ? 凛だって私にそう教えてくれてじゃない」
摩那の言葉を聞くと、凛は彼女から離れて向き合いながら笑顔で頷いた。
「そうだったね。うん……そうだった」
「うん、顔がいつもの凛に戻ったね! よかったよかった」
摩那は言いながら枕を凛の枕の隣に寄せると、そのまま寝転がった。凛はそれに苦笑するものの彼女の隣に体を寝かせると、摩那と向き合った状態で眠りに付いた。
しかし、なんとなくであるが今のこの光景を第三者が見たら完全に自分は変態扱いされるんじゃなかろうかと思ってしまった凛だった。
はい更新遅れて申し訳ないです。
まぁ今回は特に三巻のための閑話的なものですw
次は恐らくほんわか回でみんなで面白おかしくしたいと思いますw
重くて絶望的な話だと息詰まるしね!
というか三巻四巻は殆ど息詰まるから多少はギャグ回を入れねば……w
最後に摩那に付いて一言……
摩那ちゃんマジ姉ちゃん!
では感想などありましたらよろしくお願いします。