ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第三話

 翌日、凛はまだ寝ている摩那と美冬を起こさないように、ゆっくりとキッチンに行くとリビングのテレビを音量をなるべく小さい音でつけた。

 

 ちょうど天気予報をやっていたようで、天気予報士の若い女性が東京エリアの天気を説明していた。どうやら今日は終日晴れのようだ。

 

 それを流し目で見つつ、凛は冷蔵庫から手馴れた様子で食材を取り出していく。

 

「とりあえず、目玉焼きとウィンナー、あとは食パンでも焼けばいいかな」

 

 そう呟くと、凛は手早く調理を開始した。

 

 数分後、鼻腔をくすぐるいい香りが漂い始めた。それは二人が眠る寝室にまで届いていたのか、二人は目を擦りながら寝間着姿のままやって来た。

 

「ん、起きたね二人とも」

 

「うん……まだ眠いけど……」

 

「わたくしもですわ……」

 

「アハハ。だったら顔洗ってくるといいよ、すっきりするから。あぁそれと服も着替えちゃえば?」

 

 凛が促すと、二人は頷き洗面所へ向かった。その姿を見送った凛は、出来上がった朝食を盛り付けに入った。

 

「よし。完成っと」

 

 盛り付け終わった皿をテーブルにのせ、コップに牛乳を人数分注ぐとちょうど顔を洗い終わった二人がやって来た。それとほぼ同時にトースターに突っ込んであった食パンも焼きあがったようだ。

 

 それを二人に配ると、三人はそれぞれ席に着き手を合わせる。

 

「「「いただきます」」」

 

 その声と共に、三人は朝食に手を伸ばす。テレビは天気予報からトップニュースの話題へ変わったようだ。まだ若い男性MCが事件や事故を説明している。

 

「今日は二人とも勉強の日だっけ?」

 

「うん、タマ先生に呼ばれてるから行かないと」

 

 凛の問いにパンを咀嚼しながら答える摩那だが、その横で美冬が彼女を注意した。

 

「摩那、食べている時にしゃべってはいけませんわ。はしたないですわよ」

 

「えーいいじゃん別にー。凛はいいよねー?」

 

「まぁ僕は別に構わないけど……外ではやらない方がいいかもね」

 

「だったら平気だよ! 私外だとおとしやか? だから!」

 

「それを言うなら摩那、『おしとやか』ですわ」

 

 いい間違いを指摘する美冬は溜息をつきながらヤレヤレと首を横に振った。それを苦笑しながら見る凛は更に二人に問う。

 

「今日は何の勉強をするの?」

 

「えっとね……あれ? なんだっけ美冬?」

 

「今日は国語と算数ですわね」

 

 それを聞いた瞬間摩那の顔が強張るが、凛と美冬は見慣れているので特に気にすることはせず、それを受け流す。

 

 先の『おしとやか』の一件もあるが、摩那は国語があまり得意ではないのだ。それでも全く出来ていないわけではなく、所謂覚え間違いが多いといった感じではあるのだが、なかなかそれが直らないのだ。

 

「国語と算数か……母さんの得意分野だね。結構厳しいでしょ?」

 

「んーん、そこまでじゃないよ。けどたまーに寝ちゃうとものすごい勢いでチョークが飛んでくるけど」

 

「それは貴女が居眠りをするから悪いんですのよ、摩那」

 

 摩那の説明に苦笑いを浮かべる凛と、相変わらず呆れ顔の美冬であるが、ふと摩那が時計を見ると慌て始めた。

 

 時刻は午前7時45分を指しており、そろそろ二人が出なければいけない時刻になっていたのだ。

 

「うわっ!? やばいよ美冬!! もうそろそろ出ないと!!」

 

「あら、もうそんな時間でしたの? だったらもう出ないといけませんわね」

 

 慌てる摩那とは裏腹に落ち着いた様子で食事を済ませた美冬は食器を片付けた。

 

「えっ!? なんでもう食べ終わってるの!?」

 

「貴女が話しているうちに食べてしまいましたわ。早くしないと先生に怒られますわよ?」

 

「ちょ、ちょっと待ってて!! マッハで食べきるから!!」

 

 摩那はそういうとパンを口に押し込み、目玉焼きもかき込んだ。その様子は確かに早いものの、かなり無理をしているように見える。

 

 すると案の定喉に詰まったのか、摩那は青い顔をし始めた。それを見た凛が急いで牛乳をコップに注ぎ差し出すと、摩那はそれを目にも止まらぬ速さでひったくると、ごくごくと飲み干した。

 

「ぷはぁっ!!? し、死ぬかと思った!」

 

「そりゃああんなに急いで食べればそうなるよ。それより、摩那片付けはいいからさっさと歯を磨いて行っていいよ。美冬ちゃんも待ってるみたいだし」

 

 凛がリビングの扉の方を指差すと、既に準備万端と言った感じの美冬が摩那の鞄を持って待っていた。

 

 摩那は凛の言う事に勢いよく頷くと、急いで洗面台へ歯を磨きに行った。そして数十秒後、歯を磨き終わったのか、玄関の方から摩那の元気のよい声が聞こえた。

 

「いってきまーす!!」

 

「いってきますわ」

 

「いってらっしゃい。車には気をつけるんだよー!!」

 

「わかってるー!!」

 

 玄関の方から聞こえる言葉に笑みを浮かべながらも、凛は残った食器を片付けると、慣れた手つきでそれを洗い終えた。

 

「さてと、僕もそろそろ出ないとかな」

 

 壁に立てかけてある時計を見ると、凛もまた洗面所へ行き、寝癖を直したり歯を磨いたりなどの身だしなみを整える。

 

 ひとしきり身なりを整えた凛は、今度は自室へ向かいクローゼットから着慣れた仕事着を取り出した。

 

 凛が着ているのは所謂スーツだ。しかし、会社員のようにネクタイを締めておらず、かなりラフな格好となっている。

 

「よし。こんなもんかな」

 

 部屋に置いてある姿見に映る自分に変な所がないかと最終確認を行った凛は壁に立てかけてある刀、冥光を手に取り部屋を出ると、リビングのテレビの電源を切り玄関へ向かい、自宅を後にした。

 

 自宅マンションから出ると、凛はいつも会社へ行く道を刀を腰に差してある冥光の柄をいじりながら先に行った二人のことを思い返す。

 

「まぁあの二人の速力なら普通に間に合うだろうけど……母さん怒らすと怖いからなぁ」

 

 苦笑いを浮かべる凛は、先ほど二人が向かった場所にいる母のことを思い出す。

 

 凛の母親は断風珠(たちかぜたまき)と言い、凛の実家で塾を開いているのだ。凛の実家はそれなりに広い屋敷であり、中には剣術修行のための道場がある。

 

 珠はそれを改装して子供達を集め、そこで小学生が学ぶことを学校に通えない子供達に教えているのだ。因みに珠は元小学校の教師であり、一通りのことは教えることが出来るのだ。珠だからタマ先生である。

 

 ここで出てくる子供たちと言うのは、摩那や美冬のような所謂『呪われた子供たち』のことだ。

 

 呪われた子供たちと言うのは何も本当に呪術などで呪われているわけではない。ガストレアの抑制因子を持ち、ウイルスの宿主となっている子供たちのことを言うのだ。

 

 出生時に瞳が赤くなっているのが特徴であり、また、ガストレアウイルスは遺伝子を組み替えてしまうということから、生まれてくる子供たちは皆女性であり、第一世代から換算すると、十歳以下の少女達がそれに相当する。

 

 見た目は普通の子供たちと変わらないのだが、ガストレアウイルスを体内に宿していること、桁違いの力と運動能力から多くの子供たちが差別、迫害の対象となっているのだ。

 

 殆どの子供たちは親に捨てられ、エリアの外周区のほうでマンホールの中に暮らしていたりする。エリアの内側にもいることはいるのだが、内部にいると、子供たちに対し異常なまでの迫害をする者達に襲われることもあるので内部で暮らすことは危険なのだ。

 

 もちろん、中にはそんな子供たちを救おうと慈善事業を行おうとしている者もいるらしいが、ほとんどは長続きせず潰れて行ってしまうのだ。

 

 そんな中、凛の母はその現状に耐えることができず、街で路頭に迷う子供たちを見つけては実家へ導き、食事を与えたり、勉強を教えたりしているのだ。

 

 これには彼の祖母である断風時江(たちかぜときえ)も参加しており、勉強の合間に折り紙や昔の遊びを教えたりしている。

 

 無論、そんなことをすれば周囲から迫害を受けたのだが、珠と時江はそれに対し真っ向から立ち向かい。周囲から罵声を浴びようと、石を投げられようと特に気にも留めずに子供たちを養っている。

 

 今では凡そ40人以上の子供たちが凛の実家へ通っている。そして、今ではもはや迫害の声をかける気もうせたのか、そんなことは全くなくなった。

 

 それどころか、同じように呪われた子供たちを擁護しようとする者達から多くの援助をもらっているのだ。

 

 二人はそれを使い、道場内を改装したり、帰る場所のない子供たちを家で預かるために、新たに離れをつくったりもした。

 

 それに対し、凛が何もしていないわけではなく、自分の生活費と最低限の給料以外は全額実家へ仕送りをしており、それなりに経営を助けている。

 

 ……それにしても、今日の目玉焼き地味に失敗したなぁ。一つだけ半熟に出来なかった。

 

 今度は朝食に出した目玉焼きのことを思い返しながら凛が信号待ちをしていると、前の歩道に若干目つきの悪い高校生ぐらいの自転車に乗っている少年と、彼の後ろのサドルに立っているツインテールの少女が目に入った。

 

「まったく!! もっと早く言えよ延珠!! 時間ぎりぎりじゃねぇか!!」

 

「妾のせいだと言うのか!? 元はといえば蓮太郎が亀のように鈍間なのが悪いのであろう!!」

 

「うっせ!! こっちだって色々あんだよ!!」

 

 なにやら学校に遅れそうな雰囲気のようであり、それぞれが罪の擦り付け合いをしているようだ。それに対し、思わず笑ってしまう凛だが、信号が青になったのを確認し彼等とすれ違う感じで横断歩道を渡った。

 

 彼らは結局ずっといい合いを続けていたが、凛はそれを見て随分と中がいいのだとおもった。同時に彼は自転車を漕いでいる蓮太郎と呼ばれた少年を見ながら誰にも聞こえない声で呟く。

 

「……大変だね同業者さん」

 

 それだけ呟くと、凛は会社への道を進もうと一歩歩みを進めるが、次の瞬間、その姿は露に消えるように見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 横断歩道を渡りきった蓮太郎はふと視線を感じ、ブレーキをかけた。

 

「おぉっと!? いきなり止まるな蓮太郎! 妾が落っこちるところだったではないか!!」

 

「なぁ……延珠。今横断歩道渡るときに、真っ白な髪の毛で腰に刀差してた奴いたよな?」

 

「ん? あぁ、そういえばいたな。妾や蓮太郎と同じく民警なのではないか?」

 

 延珠の言う事に頭の中で同意する蓮太郎だが、振り向いても先ほどの人物は見受けられない。

 

 ……消えた? 路地に入ったのか? いや、あの辺は人が入れるような路地はなかったはず。

 

 不意に消えた民警と思われる人物に疑念を抱いていると、凄まじい衝撃が彼の双肩を襲った。

 

「ぐぉう!?」

 

 自分でもわけが分からない悲鳴が出たもんだと思いながらも、衝撃を与えたであろう延珠を肩越しに睨む蓮太郎であるものの、延珠は逆にそれを睨みながら高らかに告げた。

 

「早くしろ蓮太郎!! 妾が遅れたらどうするつもりだ!!」

 

「わーったよ!! ええい、もう気にしてられるか!!」

 

 延珠に急かされ、蓮太郎は自転車のペダルを全力で漕いだ。

 

 

 

 

 

 

「おはようございまーす」

 

 いつもの様に事務所の扉を開けると、かぎなれたタバコの臭いが鼻腔を貫いた。凛はそタバコの臭いの元である社長の方を見ると、案の定、高級そうな椅子に座った零子がタバコをふかしていた。

 

「ん、おはよう凛くん。二人は勉強に行ったのか?」

 

「はい。ギリギリだーっていいながら焦った様子で飛び出していきましたよ」

 

「ハハッ。まぁそれも学生ならではの楽しみと言うやつだな」

 

「本人たちはそうでもなかったみたいでしたけどね」

 

 笑みを浮かべながら言う零子に対し、凛もまた笑みを浮かべると、自分のデスクに冥光を置くと奥の給湯室へ行き手馴れた様子でコーヒーを入れ始めた。

 

「社長ー。そろそろコーヒー買っといたほうがいいみたいです」

 

「わかった、買っておくよ」

 

 新しいタバコに火をつけながら答える零子はヒラヒラと手を振り、それに応答した。

 

 コーヒーを自分の分と零子のぶんを入れ終えた凛はカップを持ち零子に手渡した。

 

「ん、いつもすまないな」

 

 手渡されたコーヒーを早速飲むと、零子は大きく息を吐きながら背もたれにもたれかかる。

 

「うん。やはり、凛くんの入れたコーヒーは格別だな」

 

「いえ、そんなことは」

 

「謙遜するな。素直に褒めているんだ、おとなしく受け止めておけ」

 

 もう一口コーヒーを飲みながら零子は凛を褒める。凛はそれに頭を下げると、カップを片手に自らのデスクへ戻った。

 

「そういえば、冥光を持ってきたんだな。一体どういう風の吹き回しだ?」

 

「なんていうか試しでそろそろ持って行くようにしたほうがいいかなって思ったんですよ。……それに、勘なんですけど最近ガストレアが妙に強くなっている気がしてきて」

 

 凛の『ガストレアが強くなっている』と言う言葉に、昨日の菫との会話を思い出す零子は呟いた。

 

「……序列666位の彼が言うということはあながち間違っていないのか」

 

「社長?」

 

 呟きが聞こえたわけではないのだろうが、いきなり真剣な面持ちにななった零子を不信に思ったのか、凛が首をかしげる。

 

「あぁいいや、なんでもない。さて、今日は特にガストレア討伐の依頼はない。凛くんはいつもの通り書類整理を頼む」

 

「分かりました」

 

 零子の指示に頷くと、凛は棚に入っている資料をいくつか取り出し整理を開始した。

 

 

 

 

 

 

 仕事を開始してから数時間後、突如事務所の電話が鳴った。

 

 休憩中だった零子が気だるそうにそれを取った。

 

「はい。黒崎民間警備会社社長、黒崎零子です。ご依頼でしょうか?」

 

 気だるげに受話器を取り、なおかつ足を机に乗っけている人物と同じ声とは思えない声が出た。

 

 普通であればここで多くの人物は「猫かぶり早!!」と突っ込みを入れたくなるところだろうが、凛は聞きなれているのか、特に気にした様子もなく空になったコーヒーを再度入れようとケトルを手に取る。

 

 自分の分のコーヒーを入れ終わり、零子の分を入れようと彼女のカップに注ごうとするが、彼女はそれを受話器を持っていないほうの手でそれを制した。

 

「……分かりました、では今から向かいます」

 

 電話の相手に告げた零子は受話器を置き、凛に告げた。

 

「凛くん、防衛省から要請が入った。今から庁舎へ行くぞ」

 

「防衛省? なんでまたそんなところから?」

 

「詳しくは向こうで説明するとさ。とりあえず今は行こう」

 

 零子は言うと、事務所の入り口へと向かい、扉に手をかけたまま彼に告げた。

 

「ちょっと着替えてくるから先に降りてて」

 

 零子はそれだけ告げると、自分の住まいである三階へ上がっていった。凛は先ほどの防衛省からの要請と言うことが頭に引っかかっていたものの、デスクに立てかけてある冥光を手に取り、事務所をから出ると、一階へ降りた。

 

 凛が外で待っていると、シャッターで閉ざされた一階のシャッターが開き、中から黒塗りのイタリア車、ランボルギーニ・アヴェンタドールに乗った零子が現れた。

 

「ゴメンね凛くん。少し待たせちゃったかな?」

 

「いえ、そこまで待ってないです」

 

「そう。じゃあ早く乗って、電話の内容は走りながら話すから」

 

 それに頷き、凛は車に乗り込む。それを確認すると同時に、零子はアクセルを踏み込み車を走らせる。

 

 ふと凛は車内に漂う甘い香りに気がついた。

 

「社長? もしかして香水つけてきたんですか?」

 

「ええ。外に出るときにタバコの臭いをさせるのは嫌だからね。スーツも変えてきたわ」

 

 そうは言うものの、先ほどのスーツから何が変わったのか全く分からない凛であったが、彼は続けて彼女に問うた。

 

「ところでさっきの電話の内容って結局なんだったんですか?」

 

「まぁそこまでたいしたことじゃないわ。簡単に言っちゃえばそのまんまよ。防衛省のお偉いさんから至急来るようにって言われただけ」

 

「けど、防衛省がうちに連絡してくるなんて普通はないですよね?」

 

「普通はね。けど……見なさい」

 

 零子が顎で前方を指すので、凛もそちらを見やると、凛達が向かう方向と同じ方向に黒い高級車が何台も走っていた。

 

 凛はそれを見て、顎に手を当てて考えるものの、零子が説明を開始した。

 

「恐らく呼び出されたのはうちだけじゃない。東京エリアの殆どの民警が呼び出されているわね」

 

「でも、どうしてそんなこと?」

 

「さぁね、それは行ってみてからのお楽しみってやつかしら」

 

 零子は小さく笑うと、ギアを変速させ、自身が駆る猛牛を更に早く走らせた。




次は影胤さんやら木更さんやらが出ます。
展開が少々早めですが、次はそこまで進まないと思われます。

本編補足としては、凛くんの実家に通う子供たちは、外周区から通う子供たちもいれば、凛くんの実家で暮らしている子達で半々くらいと言ったところです。

感想などあればよろしくお願いします。

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