ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第三十七話

 戦闘を開始してからどれくらい経ったのだろうか。

 

 すでに何十……いや、何百と剣戟をぶつけ合う「凛」と『りん』。

 

 だが、明らかに「凛」の方が劣勢だった。腕、足、腹部、背部、額、体の各部位からは血が流れ出し、表情も苦悶に歪んでいた。

 

 それに対し『りん』の方はまだまだ余裕といった表情で凛を見据えている。

 

 凛もまた彼と視線を交わすが、彼にはこの戦いの中で疑念があった。それは自分と『りん』との力の差だ。

 

 確かに彼もまた『りん』であることには変わりはない。しかし、ここまで差がつくものなのだろうかと凛は思考をめぐらせていた。

 

 同時に、彼にはもう一つの疑問があった。凛が使う技全てが自分が全く見たこともないものだったのだ。

 

 するとそんな凛をあざ笑うかのように『りん』がくつくつと笑みを零した。

 

『その技は何だ? って顔してんなぁ、凛よ』

 

「……」

 

『まぁいい機会つーか、どうせ遅かれ早かれわかることだから教えてやるか。お前が使ってる断風流と、俺が使ってる断風流にはある違いがある。

 簡単に言うとお前が使ってるのは表で、俺が使ってるのは裏だ。どういうことかわかるか?』

 

 『りん』が問うが凛はそれに首を横に振る。それに『りん』は静かに頷くと説明を始めた。

 

『俺が使ってんのは初代が編み出した技だ。しかし、お前が使ってるそれもまた初代が作り出した技に代わりはねぇ』

 

「じゃあ何が違うって言うんだ?」

 

 凛は問うて見ると、『りん』はニヤリと笑みを浮かべて言い放った。

 

『俺が使ってんのは断風流剣術じゃない。断風流戦刀術(たちかぜりゅうせんとうじゅつ)だ。これは相手をただ滅することのみに特化した殺人剣。そして、これが扱えるのは「りん」の名を受け継いだ者のみだ。

 ここまで言えばどういうことかは……わかるよな?』

 

「……君を倒せばその剣術がわかるってことか」

 

『ご明察だ。だけど残念だな凛、お前の使う技じゃ俺が使う技には勝てねぇ。それに、俺は普通の断風流もよぉく知ってる。お前が構えを取れば次に何がくるかはわかるんだよ。

 まぁこれが俺とお前の力の差の理由ってわけだ。理解できたか?』

 

 首をかしげて問う『りん』に対し、凛は小さく笑みを浮かべると刀を鞘に収めて抜刀の姿勢をとる。

 

 その様子に『りん』は「やれやれ」と言うように頭を掻いた。

 

「『りん』君がどれだけ強くても僕は帰らなくちゃいけないんだ。だから、君はここで倒す」

 

『まぁせいぜい頑張ってみろよ。どうせもうすぐ終わることだしな』

 

 そういうと彼もまた抜刀の姿勢をとり、二人はそのままにらみ合った。

 

「断風流弐ノ型――」

 

『断風流戦刀術弐ノ型――』

 

 二人はそれぞれ言う。

 

 そして次の瞬間、凛の頬からたれた血の雫が落ちたと同時に二人は地面を蹴った。

 

「幽凪ッ!!」

 

『蓬雷ッ!!』

 

 手加減なしのどちらも横なぎの抜刀術。

 

 甲高い金属質な音が響き、刃から火花が散る。

 

 二人はもう何百回目かとなる攻防を再開した。

 

 互いの存在をかけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太郎が帰還した民警本部は困惑していた。

 

 団長である我堂長正が戦死したのだ。歴戦の勇士である彼の存在は大きく、既にガストレアの負けると自棄になっている者も多くみられた。

 

 しかし、そんな中で民警本部の校庭に二人の人物を囲んで人だかりが出来ていた。

 

 人だかりを形成しているのは民警たちだが、彼等の瞳には怒りの表情が見られる。それもそのはず、今彼等の瞳に写っているのはかつて東京エリアを滅ぼそうとしたテロリスト、蛭子影胤と小比奈の姿があるのだから。

 

 だが、影胤らはそんな視線に晒されつつも、特に意に介した様子もなくあたりを見回していた。

 

 すると目当ての人物を見つけたのか、彼等は人垣を軽く払って歩き、目的の人物の下にやってきた。

 

「こんばんは、黒崎社長」

 

「ええ、久しぶりね。蛭子影胤さん」

 

 彼等が声をかけたのは零子だった。彼女は影胤に臆した様子もなく挨拶をすると、影胤は彼女の耳元に顔を寄せてささやいた。

 

「……断風くんから話は聞いていると思うが、この事は一切他言無用で頼むよ?」

 

「……わかっているわ。貴方達もよくやってくれたわね、感謝するわ」

 

「お礼などしてくれなくてもいいが……そうだな、断風くんの容態はどうだい?」

 

「芳しくないわね。未だ昏睡状態。一体いつ目覚めるやら」

 

 零子は肩をすくめて見せるが、影胤はそれにシルクハットのつばを持ちながらくぐもった笑いを漏らした。

 

 それに零子が怪訝な表情を浮かべるが、影胤は気にした風もなく告げた。

 

「いいや、彼は来るよ……彼の本質もまた私と同じで闘争を望んでいる。そんな彼が最後となるかもしれないこの戦いに現れないはずがない」

 

 彼の言葉に改めてこの男、蛭子影胤が狂っていると言うことを再確認した零子だが、そこで今まで黙っていた小比奈が割って入った。

 

「ねぇねぇ、摩那はどこ?」

 

 彼女の口元は三日月に歪んでおり、実に楽しげだった。恐らく摩那と戦おうとしているのだろう。

 

 零子は居場所を教えようかどうか迷った。しかし、そんな彼女の考えを破壊するように声が響く。

 

「私ならここだよ、小比奈ちゃん……いいや、小比奈」

 

 その声がした方を小比奈ともども零子と影胤も見ると、クローを装備した摩那が佇んでいた。

 

「摩那ぁ! 会いたかったよぉ、さ、斬り合おう!!」

 

「待って。斬りあうのは別に構わないけどさ、ここだと周りのみんなにも危害が及ぶから少し離れようよ」

 

「えー、いいよそんなの。死んだら死んだそいつが弱かっただけじゃん」

 

 小比奈は小太刀を持ちながら文句をたれる。

 

「そう、ならやらない。他を当たってもらえる? 私も用事があるからさ」

 

 そう言うと、摩那は踵を返して一瞬で跳躍しどこかへ行ってしまった。忽然と姿を消した摩那に小比奈は追いつけずにポカンと口を半開きにしてしまっていた。

 

 すると彼女のそんな様子に影胤はくつくつと笑いを漏らした。

 

「残念だったね小比奈。今のは彼女の言うことを聞いておけば戦えていたというのに。それか、彼女が振り返った瞬間に攻撃を仕掛けるという手もあったが……」

 

 と、彼がそこまで言ったところで小比奈がむくれた様子でそっぽを向いた。よほど摩那と戦えなかったことが不満なのだろう。

 

 影胤はそれに肩を竦めて見せるが、そこで零子が彼に同情するように声を漏らした。

 

「子供の相手は大変ね」

 

「あぁ。彼女等は本当に扱いにくくてならないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小比奈たちの下から離れた摩那はある人物を探していた。

 

 その人物は割りとすぐに見つかり、彼女はゆっくりと探していた人物の近くまで歩み寄った。

 

「こんなところにいたんだ、朝霞ちゃん」

 

 その声に名前を呼ばれた少女、壬生朝霞は振り返った。彼女がいるのは校舎内の一角に置かれた死体安置所だった。

 

「どなたですか?」

 

「序列六六六位のイニシエーター、天寺摩那だよ。凛の事は知ってるよね?」

 

「六六六……あぁ、あの白髪の男ですか。彼のイニシエーターである貴女が一体何の御用ですか?」

 

 朝霞はパートナーである我堂を失っても、毅然とした表情のまま摩那を見据える。

 

 それに対し、摩那は笑みを浮かべながら彼女に提案した。

 

「実はさ、私のパートナーもある事情で今いないんだよね。だからしばらく私と組まない?」

 

「イニシエーター同士で組む? そんなこと聞いたこともありませんが」

 

「うん。だって今さっき思いついたことだもん。それで、どうかな? 組む? 組まない? もちろん無理にとは言わないよ」

 

 摩那は首をかしげながら朝霞に問う。

 

 彼女の提案に朝霞は少しだけ考えるそぶりを見せる。同時に彼女は自分の拳を止めた凛の姿を思い返していた。

 

 ……あの男、かなりの使い手だった。それにこの子もお茶らけた様に見えるが、恐らくかなりの実力者であることはわかる。

 

 朝霞はもう一度摩那を一瞥したあと、小さく頷いた。

 

「……わかりました。一時的に貴女と組みましょう」

 

「ホント? いやーよかったー。内心断られるんじゃないかとドキドキしてたんだよね。それじゃ、これからしばらくよろしくね、朝霞ちゃん」

 

「ええ、こちらこそ。ですが……」

 

 二人は握手を交わすが、その途中で朝霞が言いよどんだ。摩那がそれに首を傾けると、朝霞は僅かに頬を染めながら恥ずかしそうに告げた。

 

「ちゃんづけはやめて頂けないか? 少し、恥ずかしい」

 

「あー……。うんわかった。それじゃあよろしくね、朝霞」

 

 こうしてここに史上類を見ないであろうイニシエーター同士のコンビが結成された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の早朝。

 

 生き残った民警たちが集められていた。そこから少し離れたところには黒崎民間警備会社の面々と澄刃や玉樹達の姿も見受けられる。

 

 なぜこのように民警たちが集められたかというと、これから新団長となった蓮太郎が皆に意識表明をするとのことらしい。

 

 しかし、民警たちは朝早くから集められたことと我堂を失ったことにより皆苛立ちを露にしていた。

 

「里見リーダー大丈夫でしょうか?」

 

 彰磨の隣に寄り添っていた翠が心配そうに呟くが、彰磨はそれに小さく笑みを浮かべると彼女の頭を優しく撫でた。

 

「大丈夫だろうさ。アイツも決めるときは決める男だ。それに俺達はアイツと共に戦うことを決めているのだからな」

 

「そう……ですよね」

 

 彰磨の言葉に翠は小さくうなずくが、どうしても蓮太郎の匂いのことが気がかりだった。

 

 翠の特技『匂い占い』は本当に匂いが当てているわけではなく、直感的なものなのだ。しかし、それでも的中率は高いらしい。

 

 彼女は昨日蓮太郎と木更、二人の匂いを嗅いだのだ。もちろん任意ではなかったのだが。

 

 その時、翠が感じた彼の匂いは『滅びの匂い』だったそうだ。そして、それ以上に強い滅びの匂いがしたのは木更だったのだ。

 

 このことを伝えるべきか否か、彼女は一晩中悩んでいたのだが、結局答えは出せずに今日を迎えてしまった。

 

 ……やっぱり、どちらかに伝えておいた方がいいですよね。

 

 彼女は決心したように思いつくが、そこで目の前にいる民警たちがどよめいたのを聞いた。

 

 彼女がそちらに目をやると、そこには登壇した蓮太郎と木更がいた。だが、蓮太郎の服装はいつもの黒い制服の上に我堂が着込んでいた羽織を纏ったなんとも不思議なものだった。

 

 すると民警たちはそのことが気に入らなかったのか、口々に文句をたれる。

 

「うひゃー……すんごい不人気。我堂のおじさんとは大違いだねぇ」

 

 そう声を漏らしたのは、いつの間にか彰磨達の隣にいた摩那だった。見ると、彼女の隣には朝霞の姿も見える。

 

「まぁそれは仕方ないだろう。元来民警なんてものは自分より上の存在が気に入らないものだ。しかもそれが年下のガキだったら苛立つのもわかる。しかし、今はそんなことを言っている場合ではないのだがな」

 

「だよねー。さっすが彰磨さん、年上だけあって色々わかってるー」

 

 摩那はカラカラと笑いながら言うが、その隣の朝霞は蓮太郎の姿を見て眉をひそめていた。

 

 それもそうだ。彼が今羽織っているのは、昨日まで自分のパートナーであった我堂のものなのだから。

 

 すると今度は民警の内の一人の男が蓮太郎の話を聞かずに戦場からフケてしまおうと他の連中を煽った。

 

 それに賛同するような声も聞こえたが、蓮太郎はそれを黙って聞いていた。

 

 しかし、男はそれに対しても突っかかり始め、蓮太郎を挑発し始めた。だが、蓮太郎は傍らに控えていた木更から刀を取ると、降壇しながら刀を抜き放ち、当たり前のような動きで男の肩口に刀をつきたてた。

 

 一瞬、場が静寂に包まれたが次の瞬間、その静寂を壊すように肩口に刀を突きつけられた男が痛みによる絶叫を上げた。

 

 蓮太郎の行動を見ていたアジュバントのメンバーである玉樹や弓月は驚いたような顔をしていた。

 

 その隣では澄刃が真剣な顔で蓮太郎の行動を見ていた。

 

 男から刀を取り出した蓮太郎は周囲の民警たちに質問を投げかけた。民警たちは口々に不満をぶちまけるが、蓮太郎はそれを冷静に対処していく。

 

 そして一つの質問が投げかけられた。「こんな少数で足りるわけがない」と。

 

 確かにその質問は尤もだろう。だが、蓮太郎はそれにすら落ち着き払った態度で対応すると軽く顎をしゃくった。

 

 皆が彼が差した方を見やると、驚愕の声が漏らされる。

 

「お、おい! まさかお前負傷者を駆り出すってのかよ!?」

 

「そうだ。人員が足りないなら少しでも補給すればいいだけの話だ」

 

 その声だけ明確に聞こえた。すると、そこで彼等の様子を静かに見守っていた零子が蓮太郎達の下へ拍手をしながら歩み寄った。

 

 不意にもたらされた拍手に皆が怪訝そうな顔でそちらを見やると、零子は口元を上げながら告げた。

 

「いい考えね里見団長。確かに負傷者といってもまだまだ戦えそうな奴等はいっぱいいるみたいだし。たかが耳が吹き飛んだとか腕や足が片方吹っ飛んだとか、片目が潰されたくらいならまだまだ戦えるものね」

 

 クスクスと笑いながら言う彼女にその場にいた全員が恐怖を隠せなかった。同時に先ほど蓮太郎に肩口を貫かれた男がヒステリックな声を上げて震え声で言い放った。

 

「な、なんなんだよお前等! 狂ってる! お前等狂ってるよ!!」

 

「狂ってる? それはおかしいわね。戦争なんてこんなものよ。腕がないなら口にナイフを咥えて戦いなさい。足がないなら銃を持って戦いなさい。両目がないなら銃を乱射して戦いなさい。

 体のどんな部分が欠損していても、体が動くなら戦いなさいな。それに銃なんて撃って当たればいいんだから簡単なことじゃないのよ。そこで里見団長を狙ってるお嬢さんのようにね」

 

 その声にビクッと肩を震わせたのは二人が狂っていると言った男のイニシエーターと思われる少女だった。

 

 少女は声をかけられたことであきらめたのか銃を降ろした。

 

 それを見た蓮太郎は一度大きく息をつくと、皆に聞こえるように高らかに宣言した。

 

「いいか。もし逃げようとしたり、集団の和を乱そうとしたりするやつがいれば即刻排除する。もちろん、俺に逆らおうとしたヤツも同様だ。俺は我堂ほど甘くはないぞ!」

 

 それだけ告げると蓮太郎は木更と共に校舎内へ消えていった。

 

 あとに残された民警たちは未だにどよめいていた。

 

 そんな彼等を尻目に零子たちは集まって話を始めた。

 

「やれやれ、里見のヤツも随分と思い切った行動に出たもんだよな」

 

「まぁアレぐらい言って置かないと皆戦えないだろうからしょうがないでしょうね」

 

 澄刃の意見に肩を竦めて答える零子であるが、皆は先ほどの彼女の言動を聞いていたので若干苦笑いだ。

 

 しかし、そこで黙っていた朝霞が口を開いた。

 

「けれどあのようなやり方はただの暴君です。それで皆がついてくるなど……」

 

 朝霞は我堂のことを思い返しているのか悔しげに顔を歪めた。

 

「時には暴君になることも大切なのよ朝霞さん。特に弱気になっている連中を鼓舞するためにはね。もちろん我堂団長のやり方も正攻法でいいとは思うわよ? けど、この状況下ではああいう方が効果があったりするのよ」

 

 朝霞はそれにも何か言おうとしていたが結局何も言わずにその場は押し黙ってしまった。

 

「黒崎社長。それもそうだが……凛の容態はどうなんだ?」

 

「ダメみたいね。今さっき菫から連絡が入ったんだけれど、まだ昏睡が続いているらしいわ」

 

「断風さん……大丈夫でしょうか」

 

「大丈夫! 凛なら絶対に戻ってくるよ。約束どおりにね」

 

 翠が心配した様子で俯いたが、摩那が彼女の背をポンと叩いて笑顔を見せた。それを見た皆はうなずいたが、玉樹は影胤たちの方を見て舌打ちをする。

 

「俺は凛のことよりもあいつ等の方が気になってしょうがねぇよ。昨日はあんなことがあったわけだしな」

 

 玉樹は言いながら傍らの弓月の頭を撫でる。

 

 そうなのだ、昨日摩那が朝霞と会っていた時、校庭では影胤や玉樹たちとひと悶着あったらしく、弓月が小比奈に腹を刺されたらしい。

 

 傷は回復しているものの玉樹からすれば大事な妹を傷つけたものと一緒に戦うことは思うところがあるのだろう。

 

 喧嘩自体は木更が仲介して収めたらしいが、まだわだかまりがあるのも事実である。

 

「それは確かにそうだよね……私も初めてあの二人にであったけれど、やっぱり怖いかな」

 

「ですわね。この際協力しないとは言えませんが」

 

「けれどもまぁ、影胤は蓮太郎くんにご執心のようだから変なことしなければ突っかかってこないでしょ。それに、今は少しでも戦力が必要だしね」

 

 腕を組んでため息をついた零子に皆はそれぞれ微妙な表情を浮かべながらも静かに頷いた。するとそこにヘリの音が真上から降り注いだ。

 

 またしても報道か何かかと皆が顔をしかめるが、ヘリの胴体に刻印されているマークが『司馬重工』のエンブレムだったことに気がついた。

 

 最初は何か武装でも持ってきてくれたのかと思ったが、ヘリの中からは数人の護衛に付き添われた着物姿の令嬢、司馬未織が柔和な笑みを浮かべながら出てきた。

 

 未織は校庭に下りると同時に周囲を見回す。少しすると彼女は零子たちを発見したようで駆け寄ってきた。

 

「零子さん、元気そやな~。あと他の皆も」

 

「おかげさまでね。それで、どうしたのかしら急に」

 

「ふふん、実はなぁ、里見ちゃんに戦術指南役としてお呼ばれしたんよ。あとは他にも武器もたっぷり持って来とるし……まぁ細かい話はあとにしよ。今は作戦会議進めんと」

 

 未織がそこまで言ったところで彰磨のスマホが鳴動した。そのまま数秒はなした彼は皆に告げた。

 

「里見からだ。作戦会議をしたいようでな、三階の生徒会室まで来るようにといわれた」

 

「ほんならいこか」

 

 そのまま彼等は未織を先頭に生徒会室を目指した。

 

 途中、澄刃が未織の近くまで言って軽く耳打ちをした。

 

「随分と太っ腹じゃねぇのよ。会社赤字なんじゃねぇの?」

 

「赤字とまではいかんけど。結構な損失はしとるね。でもまぁ何とかなるやろ」

 

「そうかい」

 

 未織の言葉に澄刃は軽く肩を竦めると香夜の元に戻っていった。

 

 それから数分後、生徒会室に集まった面々に未織が作戦を説明し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣戟の音がただひたすらに続いていた。

 

 だが案の定と言うべきか、凛はまだ劣勢であり、その顔は苦悶に歪んでいた。

 

 けれども、彼には『りん』が扱う断風流戦刀術の動きが見切れてきていた。しかし、そんなことを思ったのも束の間、凛は腹を蹴り上げられて大きく吹っ飛ばされた。

 

「ガ……ッ!!」

 

『ボヤボヤしてんじゃねぇよ。刀使うだけが戦いじゃねぇだろうが』

 

 彼はそういうと地を蹴って飛ばされて着地した凛に肉薄する。

 

 凛もそれに対処しようとするが、ほんの一瞬。刹那の一瞬だけ反応が遅れ、無情にも『りん』の刀が凛の胸を切り裂いた。

 

 途端、鋭い痛みが走り鮮血が周囲に舞い散った。

 

 だがそれだけで『りん』の追撃は止む事はなく、立て続けに肩口から斜めに切り下ろされた。

 

 その攻撃でついに凛は力なく膝から崩れ落ちる。

 

 そのまま倒れ付した彼を一瞥しながら『りん』は吐き捨てた。

 

『テメェの負けだ。なぁに安心しろ。お前の仲間は守ってやるよ、俺だって鬼じゃねぇからな』

 

 彼の言葉には嘲笑はなく、ただ本心で言っているように聞こえた。

 

 それを聞いた凛は僅かに口元に笑みを零した。

 

 

 

 

 ……負けたんだね、僕は……。本当に情けない、自分過去とも向き合えずに結局負けるなんてね。

 だけど、これでよかったのかもしれない。情けない僕が帰っても、弱い僕が帰っても。きっとみんなを守ることなんて出来ない。

 ごめんよ、皆。

 

 心の中で凛は皆に謝罪した。

 

 既に指一本にすら力が入らず、頭が重く、寒くもないのに寒さが襲ってきていた。

 

 ……『りん』君は本当に強い存在なんだね。君と分かり合ってきた歴戦のりん達はどれほど強かったんだろうね。

 だから、強い君に託すよ。皆を守ってあげてほしい。僕にはもう……無理だ。

 

 そんな風に思ったとき、光の灯っていない双眸から涙が零れた。

 

 ――あきらめるのか?――

 

 ふとそんな声が聞こえたような気がした。

 

 例えるなら若い女性の声。一番近しい人物で例えるなら、零子が妥当なのだろうか。

 

 ……だれ?

 

 ――誰であろうと構わん。我は断風家全員にいるもの。まぁこれを知っておるのはお主ぐらいだろうがな。

 しかしそんな事は今はどうでもよい。凛よ。貴様、どうして諦めようとしている?――

 

 ……それは……。

 

 「負けたから」と凛は言いたかった。けれど、どうしてもいえない。まるで自分がまだ負けていないと本能が叫んでいるようだった。

 

 ――そう。お前はまだ立ち上がれる。冗談や茶番で言っているのではない。お前は立って『りん』に勝つことが出来る。

 お前はもう、そのことに気がついているのではないのか?――

 

 ……。

 

 ――わかっているなら立って戦え。それに、こんなところで負けておったら、約束を破ることになるぞ?

 待たせている者達がいるだろう。家族、親友、仲間……皆との約束だったではないか。『必ず帰る』と。ならばそれを貫いて見せろ。

 

 途端、凛の脳裏に待たせてきた仲間たちの顔がよぎった。杏夏、美冬、零子、夏世、澄刃、香夜、蓮太郎、延珠、木更、ティナ、彰磨、翠、玉樹、弓月。アジュバントとして共闘したかけがえのない仲間達。 

 

 次に思い出したのは実家で待つ珠、時江、多くの子供達。

 

 自分のわがままを受け入れて理解してくれた聖天子や、武器を新たに開発してくれた未織、様々な情報を提供してくれた菫。

 

 そして、自らのことを信じ、いつも明るい笑顔を見せてくれる相棒、摩那。

 

 ――断風家の男児たるもの、自分自身に負けるなど許しはせん。もう一度立ち上がって、己の力を証明しろ。

 ここで負けると言う事は、彼等に対する裏切りと同意ぞ――

 

 ……裏切り。

 

 ――そう。裏切りだ。貴様はこんなところで消えてはならん。だから、頑張れよ凛。

 

 『頑張れ』と言う言葉を聞いた瞬間、凛の脳裏では摩那がそう叫んでいるように聞こえた。

 

 ……わかり、ました。誰かは知りませんが、ありがとうございます。

 

 すると、凛の双眸にスッと光が戻った。

 

 同時に体中が熱く、沸騰したような感覚に襲われた。

 

 だが、その感覚が凛の動かなくなった四肢を動かせるようにしたのだ。

 

 彼はゆっくりとではあるが、立ち上がり始めた。傷口からは止め処なく鮮血が溢れ、口からも喀血している。

 

 しかし、凛は刀を持って立ち上がるとゆっくりとそれを鞘に収めて抜刀の姿勢に入る。

 

 既に凛から踵を返していた『りん』は背後の気配に気がついたのか振り向いた。

 

『おいおい。タフにもほどがあんだろ、やっぱり心臓に一撃入れた方がよかったかね』

 

 彼はそう一人ごちると自身もまた抜刀の態勢に入る。

 

「り、ん。……僕、はこの一撃……にすべて、を賭ける」

 

『ハッ! その一撃で終わりにするって!? おもしれぇやってみろよ凛!!』

 

 そう吠えた『りん』を、凛は今まで見せたこともないほどの鋭い眼光を光らせて睨み付ける。『りん』もそれに気がついたのか、先ほどまでの笑みを消して凛を見据えた。

 

 次の瞬間、弾かれるようにして二人は同時に駆け出した。

 

 ……一度は諦めた。だけど……! 僕はみんなと約束した。必ず帰るって!! だったら、それを守らないといけないんだ!!

 

 歯を食い縛り、傷口からはさらに血が舞う。

 

 体はぼろぼろで、今にも崩れてしまいそうだ。

 

 しかし、皆との約束を守るため、凛は己を奮い立たせる。

 

 そして、『りん』の方が先に抜刀術を放った。

 

『断風流戦刀術奥義二式――滅離崩翼(めつりほうよく)ッ!!』

 

 まさに神速。神をも殺せるのではないかというほどの斬撃が凛の首目掛けて放たれた。

 

 瞬間、凛は瞳をカッ! と見開き迫り来る刀をありえないほどの速度で避けきって見せた。

 

『なッ!?』

 

 驚愕の声を上げた『りん』であるが、その隙に凛が詰め寄って――叫んだ。

 

「断風流奥義新ノ型――夢想刃(むそうじん)幻乖光芒(げんかいこうぼう)ッ!!」

 

 叫びと共に放たれた物理法則を無視したような速さで放たれた斬撃を『りん』が避けられるはずもなく、まともに喰らった彼の後ろで凛が刀を鞘に納めると同時に、『りん』の四肢にひびが入り、次の瞬間彼の四肢は完全に砕けて消えた。

 

 最後に残ったのはかろうじて息をする四肢をなくし、胸に十字の傷を刻まれた『りん』の姿だった。

 

 しかし、『りん』は何処となく満足そうな笑みを浮かべていた。




ついにここまできた!

断風流戦刀術のネーミングについては触れないでください……w
はい、凛の新技ですな。
あれの詳細は次のお話で細かく説明します。

次はいよいよ最後のアルデバラン戦でございます。
果たして凛はどのような登場をするのか、そして凛の新武装もいよいよ明らかになりますです。

次で終わりの一歩手前って感じですかね。

では感想などありましたらよろしくお願いいたします。

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