ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第三十九話

 バイクから降り立った凛は皆に向かって申し訳なさそうな笑みを見せた。しかし、そこで摩那が無言で駆け出して地面を蹴ったかと思うと、一瞬にして凛の頭にしがみついた。

 

「おうふっ!?」

 

 思わず変な声が出てしまった凛であるが、摩那はそんな凛の頭にしがみ付きながら小さく告げた。

 

「おかえり……」

 

「……うん、ただいま」

 

 凛がそれに答えると、摩那は満足したのか凛から飛び降りていつもの笑みを彼に見せた。

 

 彼もそれに答える様に笑みを見せると、今度は杏夏達の下まで行き二人を引き起こした。

 

「よっと。大丈夫かい? 二人とも」

 

「は、はい。なんとか。それと……おかえりなさい」

 

 杏夏の声にも頷いてこたえた凛は、彼女等の後ろにいたガストレアの屍骸の脳天に突き刺さっているバラニウム刀を引き抜いて、血を振り払ったあとバイクの装甲内に収めた。

 

「おかえりなさい、凛くん。早速で悪いけど状況はわかっている?」

 

「はい。今蓮太郎君たちがアルデバランを撃滅しに出ているわけですね。確か、司馬重工のEP爆弾を使うとか」

 

「そう。おそらくあと数分もしないうちに蓮太郎くんはアルデバランと会敵するでしょうね。だから貴方にやってもらいたい事は一つ」

 

「彼等のサポートと、他のガストレアの殲滅ですね」

 

 凛が零子の言葉に答えると、彼女は静かに頷いた。凛もまたそれに頷くと視線を下げて朝霞の頭にポンと手を置いた。

 

「朝霞ちゃん、摩那と組んでくれてありがとう。あと、前は面倒ごとを起こしてごめんね」

 

「いいや。私も彼女と組むことでイニシエーター同士という特殊な組み方を体験できた。それに、摩那もとても強かった。むしろ助けられたのは私だと思う」

 

 朝霞は薄く笑みを浮かべたあと、摩那の下まで行くと彼女の肩を持って優しく告げた。

 

「摩那。相棒が帰ってきことで私達の臨時ペアは解消だ。だが、私はお前と戦えたことを誇りに思う」

 

「朝霞……。うん、私も貴女と組めてよかったよ」

 

 二人は固く握手を交わす。

 

 それを見ていた皆は笑みを浮かべる。すると、澄刃がため息交じりに声を上げた。

 

「おい、凛。そろそろ行けよ、こっちは俺が守るからよ」

 

「わかった。……澄刃君、後は頼むよ」

 

「おう。さっきみてぇなへまはしねぇさ」

 

 澄刃は肩を竦めながら頷く。凛もそれを確認すると摩那を呼んでバイクに跨った。

 

「それじゃあ、行って来ます。皆気をつけて」

 

 彼はそう告げると摩那を乗せてバイクを走らせ、蓮太郎達の援護に向かった。

 

 そんな彼等の後姿を見送りながら残された零子達は祈るような面持ちだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイクを走らせながらモニタを操作した凛は未織に連絡を取る。

 

『凛さん!?』

 

「やぁ未織ちゃん、戻ったよ。バイクと刀、ありがとね」

 

『あ、あぁ。ううん、それよかや、凛さん今里見ちゃんがアルデバランと会敵した。今の状態で行けば確実にアルデバランの体内にEP爆弾をぶち込めるはずや。せやから凛さんは周りのガストレアに専念してもらえるか?』

 

「了解。っと……それじゃあ未織ちゃん、こっちはこっちでやるから蓮太郎くんにも僕が戻ったことを教えておいてくれる?」

 

 凛はそれだけ言うと未織の返答も聞かずに通信を切った。そして彼は前方の人影に声をかけた。

 

「影胤さん!」

 

 呼ばれた人物、蛭子影胤は待ちわびたと言うように凛のほうをぐるんと見る。凛はバイクを止めると、未織からもらった刀と、バラニウム刀を装甲から数本取り出して腰に収める。

 

「やぁ、随分と遅かったね。断風くん」

 

「少しだけ手間取ってしまいました。あと、蓮太郎くんのサポートをしてくれてありがとうございました」

 

「なぁに、クライアントからの依頼は聞く性質でね。しかし、君のその様子から察すると、力が元に戻ったようだね」

 

「ええ。まだ体が馴染んでないんで百パーセントというわけには行きませんが、十分すぎるくらいには戦えますよ」

 

 影胤の言葉に笑顔で答える凛に、影胤もまたくつくつと笑った。

 

 しかし、そんな彼等の周囲にはすでにガストレアがぐるりと囲んでいた。凛と影胤の背後では摩那と小比奈が戦闘態勢に入っていた。

 

 すると影胤は仮面に覆われた瞳でガストレア達を見やると、高らかに宣言した。

 

「それでは奏でようじゃないか! 私と君とで死の狂想曲をッ!!」

 

 影胤が言い終えると同時にガストレア達がいっせいに飛び掛ってきた。二人はそれに同時に笑みを浮かべる。

 

「ネームレス――」

 

「断風流参ノ型――」

 

 そして、二人にガストレアが触れそうになった瞬間、二人は同時に技を放つ。

 

「リィィィィパァァァァァッ!!!!」

 

「惨華ッ!!!!」

 

 影胤は眼前のガストレア達に向かって鎌状のエネルギーを放って切り裂き、凛が放った斬撃はその場にいたガストレアの大半を吹き飛ばし、そして断裁した。

 

 まさに細切れとなったガストレア達を見やりながらも、二人の攻撃はとまる事を知らなかった。

 

 影胤は斥力フィールドを駆使しながら華麗な銃捌きで次々にガストレアを駆逐し、凛もまたガストレアをいとも簡単になぎ倒していく。

 

 摩那と小比奈はまるで打ち合わせをしていたかのように、華麗に空中を舞いながらガストレア達を駆逐する。

 

 どんなガストレアであっても彼等の前には成す術もなく散っていく。

 

 その光景はガストレアが人間を食っているのではなく、魔神達がガストレア達を貪り食っているようにも見えるほどだった。

 

 五分もしないうちに軽く百体はくだらなかったガストレアの群れはあっという間に屍骸の山となった。

 

 自分達の周りに広がる光景に影胤は狂笑を漏らした。

 

「ハハハハハッ!! 素晴しい!! そう、これこそ私が望んでいたもの!! これが戦争ッ!! 私は生きている!! 素晴しきかな人生! ハレルゥヤァァァァ!!!!」

 

 そんな彼を一瞥しながら凛は視界の端から新たなガストレアがやってくるのがわかった。

 

 ガストレアは二体向かってきており、それぞれ蛇のような体をしていてかなりの大きさがある。

 

 影胤もまたそれに気がついたのか凛の隣に並ぼうとしたが、凛はそれを片手を上げて制した。

 

「僕一人でやりますから」

 

 凛はそれだけ言うと迫るガストレアに向かって横薙ぎに刀を振った。

 

 ヒュオンという甲高い空気を切るような音が聞こえたかと思うと、少なくとも三十メートル以上は離れていた蛇型ガストレア二体の頭部が断ち切られた。

 

 同時に、周囲にあった廃ビルもまるで硬さが無いかのように切れていく。

 

 それだけでも影胤は息を呑みそうになったが、凛が刀を収めた瞬間、彼は更に驚くこととなった。

 

 先ほどまでかろうじて原型があったはずのガストレアの巨大な体躯が一瞬にして細切れになったのだ。

 

 音も無く崩れ去るガストレアを尻目に凛は摩那を呼ぶと共にバイクに乗り込んだ。

 

「一緒に行きますか? 影胤さん」

 

「いいや……。こちらはこちらで楽しませてもらうよ。速く行きたまえ」

 

 影胤の言葉に凛は頷くと、他の民警たちの援護へと向かった。

 

 凛の姿が見えなくなると、影胤は傍らに寄り添う小比奈に問うた。

 

「小比奈。彼と先日争いそうになった天童の女社長……どちらがヤバイ?」

 

「簡単だよパパ、そんなの――」

 

 そして影胤は次の小比奈の言葉を「やはり」と言うように深く頷くこととなった。

 

「――摩那と一緒にいたリンの方がすっごく上だよ。もしあの女とリンが戦うことになったらリンの圧勝だよ」

 

「……そうか」

 

 影胤は静かに呟くと、今は見えなくなった凛を見やりながらくつくつと笑いを漏らした。

 

 ……やはり君は、おもしろい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイクを走らせながらガストレアの大群を切り倒して行く凛に未織から連絡が入った。

 

『凛さん……最悪なニュースや。EP爆弾がはたらかへんようになった』

 

「不発?」

 

『うん、爆弾自体は行きとるんやけど、起爆装置が止まってしまっとるんよ……』

 

 未織の顔には申し訳なさと焦りが見られた。しかし、凛はそれに笑みを浮かべると安心させるように告げた。

 

「それなら僕が起爆させるしかないね」

 

『いいや、それは無理なんよ。EP爆弾を起爆させるためには「衝撃」を与えないといけないんや。凛さんの斬撃だと衝撃どころかEP爆弾ごと切り裂いてもうて、爆破できたとしても、爆破エネルギーが霧散してアルデバランを消滅させるにはいたらんのよ……』

 

「じゃあどうすれば?」

 

 凛が問うと、未織は唇をかみ締めながら悔しげに言葉を搾り出した。

 

『誰かが……アルデバランの体内に衝撃を与えるほどの攻撃をするしかない。それも、零距離で』

 

 その残酷すぎる言葉に凛も悔しげに歯噛みする。EP爆弾の破壊力は凛も知らされているためどれほどのものか知っている。

 

 そんな爆発を零距離で喰らえば間違いなく命はないだろう。だが、それでも誰かがやらなければいけないのだ。

 

 すると、凛が考えている中、彰磨から連絡が入った。

 

『凛、戻って早々悪いがこちらに来てくれ。翠が負傷した。場所は携帯のGPSで確認してくれ』

 

「翠ちゃんが? うん、わかった。……ごめん、未織ちゃん彰磨くんのところに行って来るよ」

 

『了解や。ウチもできるだけ策を講じてみる』

 

 未織と連絡を断った凛は彰磨の下へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彰磨の携帯のGPSを頼りにやってきた凛と摩那はバイクを降りて周囲を見回した。

 

 周囲にはガストレアの姿は無く、戦場の中でそれなりに安全と思われる場所だった。

 

 しかし、いくら探しても彰磨たちの姿は見られない。

 

「彰磨くん!」

 

「翠ー! 何処にいるのー?」

 

 二人が声を上げてみるものの返事は帰ってこない。

 

 まさか、と二人は思ってしまったが、雑念を振り払うともう一度くまなく周囲を捜索する。

 

 手分けして捜索をはじめて少し経ち、とある廃ビルの一階の壁に翠が眠っているのを摩那が見つけた。

 

「凛! 翠いたよ!」

 

 摩那の声に反応した凛は眠っている翠の呼吸と脈を確かめる。

 

「呼吸も荒くないし、脈もしっかりしてる……。怪我もないみたいだけど……摩那、彰磨くんを見た?」

 

「ううん、彰磨はいなかったよ。でも変だよね? あの人が翠を置いて何処かに行くなんて」

 

 摩那も彰磨がいないことに首を傾げる。凛もそれに疑問を思ったが、ふと翠が一枚の紙を握っているのがわかった。

 

 凛は翠の手を開かせると、握られていた紙を破らないように開いた。

 

 次の瞬間、凛はその紙に書かれていた文字を見て目を見開く。

 

 紙には血で書かれた文字でただ一言。

 

『翠を頼む』

 

 と。

 

 瞬間、凛は弾かれたようにビルから飛び出すと、バイクに跨って摩那に告げた。

 

「摩那!! 翠ちゃんを連れて回帰の炎まで下がってて!」

 

「え?」

 

 摩那は不思議そうな顔をしたが、凛はそれを見ずにアクセルを回した。

 

「ちょ、ちょっと凛!?」

 

 後ろで摩那が叫んでいるが、凛はそれに答えずにアルデバランがいる方向に向かう。

 

 彰磨は未織と凛の話を聞いていたのだ。

 

 EP爆弾が作動しなかったことや、それを起爆させるには内部に衝撃を走らせなければならないことも全て。

 

 今思えばなんて軽率だったのだろうと自分を殴りたくなるほどの自責の念に駆られていたが、凛は一秒でも早く彰磨の下へたどり着く必要があった。

 

 ……ダメだ! 絶対にダメだよ彰磨くん!

 

 心の中で彰磨に叫びながら凛は自分に対しての苛立ちも募らせていく。

 

 恐らく、彰磨は爆弾を起動させるつもりなのだろう。彼の技は相手を内部から破壊する技だ。それを持ってすればアルデバランの外殻を貫いてEP爆弾に衝撃を与えることも可能だろう。

 

 しかし、それでは確実に彰磨が命を落とすこととなる。

 

「それだけは絶対にダメだ……!!」

 

 凛は迫り来るガストレアをバラニウム刀を投擲して排除していく。

 

 そして、ついにビルの隙間からアルデバランが見えた。凛は「早く! 早く!!」と心の中で焦りを見せながらバイクを走らせる。

 

 ……この角を曲がりきればッ!!

 

 凛はドリフトの要領ですべるようにビルとビルの間をかけていく。

 

 けれども、そんな彼の視界に入ってきたのは想像していた最悪の光景だった。

 

 凛の瞳には巨大なアルデバランに向かって駆けて行く小さな人影が見えた。

 

 それが彰磨だと言うことに気づくのは一瞬だった。だからこそ凛はバイクを走らせて彰磨の下へ急ぐ。

 

 だが、もう遅すぎた。

 

 彰磨の手は既にアルデバランに届きそうなほど近づいていた。

 

 その時、凛は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

 

「ダメだあああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

 

 その声に気がついたのか、彰磨は一瞬だけ視線を凛に向けると小さく笑みを浮かべた。

 

 瞬間、彰磨の拳はアルデバランに激突し、アルデバランの体内に凄まじい衝撃を送り込んだ。

 

 そして凛の瞳の先でカッ!! っと閃光が迸る。

 

 一瞬、世界から音が消えたのも束の間、次の瞬間には耳を割らんばかりの轟音と熱波が襲ってきた。

 

 爆風によってバイクがスピンし凛は大きく後ろへ後退させられた。

 

 再び顔を上げた時、凛の瞳に写ったものはEP爆弾によって生じた巨大なきのこ雲だった。

 

 爆煙でアルデバランの姿は確認が出来ないが、きっと終わったのだと、凛は思った。しかし、同時に彼の心の中には悲しみと怒りが渦巻いていた。

 

「う……あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 凛は叫んだ。

 

 もう二度と声が出なくなるのではないかと思うほどに。

 

「何が!! なにが皆を守るためだッ!! ふざけるな! ふざけるなよッ!!!!」

 

 そして責めた。

 

 自分の不甲斐無さを。

 

 なんのために力を取り戻したのか。なんのために皆に迷惑をかけていたのか。

 

 それは皆を守るためではなかったのか? 救うためではなかったのか?

 

 次々に湧き出る自責の言葉に凛は涙を流していた。

 

 しかし、帰ってくるのは爆発によって起こった轟音だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸を誰かに叩かれている感覚に襲われ、蓮太郎は目を覚ました。

 

 目の前には泣きはらした顔の延珠と、心配そうに顔を覗き込んでいる仲間達がいた。

 

 蓮太郎はそれに上半身を起こすが、そこで延珠が感極まった様子で蓮太郎に抱きついた。

 

 彼はそれを受け止めると延珠の頭を撫でる。

 

「……ごめんな、延珠」

 

 小さく謝った蓮太郎に延珠は許さないと言うように、蓮太郎の胸に頭突きをかました。

 

「ごっふぁ!」

 

 変な声が出てしまったが、蓮太郎は胸を摩ると近くにいた玉樹に肩を貸してもらいながら皆に問うた。

 

「戦闘はどうなったんだ? ガストレア達は?」

 

「……まぁ落ち着けよ、蓮太郎。戦闘は終わった、アルデバランも消えた」

 

「そう……か」

 

 アルデバランが消えたと言うことを聞いた蓮太郎は、自分の右足が無いことと、そんな自分の代わりにアルデバランに特攻した彰磨のことを思い出していた。

 

 そして、蓮太郎は玉樹に支えられながらアルデバランがいた場所を見た。

 

 そこには巨大なクレーターが形成されているのみであり、アルデバランの姿は塵一つ残っていなかった。そして、彰磨もまたその姿はなかった。

 

「そうだ……凛さんが帰ってきたんだろ? あの人は何処にいるんだ?」

 

 問いを投げかけた瞬間、玉樹たちの顔が強張った。まるで何かにおびえるように。

 

 蓮太郎がそれに首をかしげていると、ティナが蓮太郎の前までやってきてある方角を指差した。

 

「お兄さん、アレを見てください」

 

 言われたとおり、蓮太郎がそちらを見やると同時に蓮太郎は息を呑んだ。否、呑まざるを得なかった。

 

 そこには小高い丘のようなものがあった。

 

 しかし、その丘からは凄まじい血臭と死臭が漂っていた。すぐに蓮太郎はその丘がガストレアの屍骸によって形成されたものだと理解した。

 

 目を背けたくなる死の丘に蓮太郎は顔を背けたくなったが、その丘の頂上に二人の人物が佇んでいることに気がついた。

 

 一人は赤髪の少女、天寺摩那であり、彼女のクローからはどす黒い血が滴っていた。

 

 もう一人は黒髪で長刀を丘に突き立てた青年、断風凛だった。彼の顔や服はガストレアの血でぐっしょりとぬれていることがわかった。

 

「アレを……あの二人が全部やったのか?」

 

「ええ。最初は私達も戦っていたんだけれど、殆ど凛兄様が駆逐したわ。逃げ出そうとしたガストレアも全てね」

 

「それじゃあ、あの二人だけで三千近くいたガストレアを斬殺したってことか!?」

 

 蓮太郎の言葉に皆静かに頷いた。確かに、周りを見てもこの戦いが始まった時の人数から殆ど減っていなかった。

 

「凛の戦い方は完全に次元が違ったぜ。アイツが刀を振るえば軽く十体以上のガストレアが切り刻まれてたからな。終盤なんざガストレアがかわいそうに思えるほどだったぜ」

 

 玉樹もまた大きく息をつきながら凛を見やった。

 

 誰もが屍骸の山に立つ凛に恐怖と羨望が入り混じったような視線を送っていた。

 

 すると凛は屍骸の山から下りると、蓮太郎達のところまでやってきた。

 

 蓮太郎は皆を守ってくれたことに礼を言おうと声をかけようとしたが、凛は彼の横を通り過ぎ様に小さく言った。

 

「――ごめん」

 

 その言葉に蓮太郎は返す言葉が無かったが、凛を退き止めようと彼の服を掴もうとした。

 

 だが、そこで摩那が蓮太郎の服の裾を掴んで止めた。

 

「蓮太郎……。今は一人にしてあげて? きっと少ししたらいつもの凛に戻るから」

 

「……あぁ、わかった」

 

 蓮太郎は静かに頷くと、一人どこかへ消えてしまいそうな凛を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太郎達から少し離れたところにある廃ビルの壁を背を預けて凛は虚空を見上げた。

 

 彰磨が自身を犠牲にアルデバランを倒したあと、凛はガストレアを狩りつくした。

 

 ガストレアの頭を引き裂き、胴体を細切れにし、もはや原型が残らないほどに凛はガストレアを撃滅した。

 

 しかし、そんなことをしても彰磨が帰ってくるわけでもない。気がついたころにはガストレアの屍骸で出来た丘に凛は佇んでいた。

 

 ……僕は結局、仲間を守れなかった。

 

 ただただ虚空を見上げて大きなため息をつく凛だが、そこで右の方から声をかけられた。

 

「あの……断風さん」

 

 控えめな声だったが、凛にはその声の主が誰なのかはっきりわかった。

 

「翠ちゃん……」

 

 力ない動きで凛は翠を見ると、彼はゆっくりと立ち上がって彼女に頭を下げようとした。けれど、

 

「頭を下げないでください」

 

 翠は少しだけ力をこめた声で言う。凛はそれに一瞬体を震わせると翠のほうを見やる。

 

 彼女の双眸は潤んでおり、今にも涙が流れ落ちそうだった。

 

 そんな彼女の姿を見て凛の胸にはチクリとした痛みが走った。

 

「断風さん、彰磨さんが死んだのは貴方のせいじゃありません。彰磨さんは皆を救うために逝ったんです。だから、断風さんが気に病む事はありませんよ」

 

 翠は一生懸命笑顔をつくって見せた。しかし、内心では悲しくてたまらないのだ。

 

 ずっと一緒にいるはずだった彰磨との突然の別れ。しかも死別という最悪な形でのものだ。彼女の心のダメージは果てし無いだろう。

 

 しかし、そんな彼女が凛に心配をかけまいとしている。凛は拳を強く握ると、彰磨が残した言葉を思い出す。

 

 『翠を頼む』と彰磨は凛に残した。だったら、こんなところで立ち止まってはいけないのではないかと凛は思った。

 

 同時に、凛は大きく息をつくと、自分の頬を思い切り殴った。

 

 重い音が響き凛の口元からは真っ赤な血が流れ始めた。口の中を切ったのだろう。翠がそれに心配そうに駆け寄ってくる。

 

「た、断風さん?」

 

「うん、ごめん。でももう大丈夫だよ」

 

 凛は翠の視線の高さまで下がると、彼女の頭を優しく自らの胸に引き寄せた。

 

「翠ちゃん、僕は彰磨くんに君を頼むと言われたんだ。だから、言わせて欲しい。僕に君を守らせてくれないかな? 彰磨くんを助けられなかったヤツの言葉なんて信用できないかもしれないけど」

 

 凛が言うと、翠は首を横に振った。

 

「そんなこと……ないです。貴方は本当に優しい人ですから、約束は守ってくれます。現に私達のところに帰ってくるって約束を守ってくれたじゃないですか。

 なので私は貴方を信じます。たとえペアでなくとも、私は貴方を信じています。だから、泣かないでください。わたしも……もう、泣きませ……んから」

 

 翠の声は途切れ途切れになっており、泣いているのがすぐにわかった。

 

 一方凛もまた、その双眸からはそれぞれ一筋の涙が流れ出していた。

 

 そんな彼等の頭上を代替モノリスの建設のため、政府のヘリが何十機も飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三次東京会戦はこうして幕を閉じた。

 

 多くの尊い命が犠牲になった戦争は辛くも人類側の勝利と言う形で終わった。

 

 生き残った民警たちや自衛隊員は英雄としてたたえられた。

 

 戦争で失ったものは多く、誰もが晴れやかな気持ちと言うわけには行かなかった。しかし、東京エリアは勝利した。

 

 

 

 

 

                   

 

              『第三次関東会戦報告書』

 

 二〇三十一年四月末のゾディアックガストレア『スコーピオン』と、同年七月中旬に襲来した『アルデバラン』との戦闘行為による累計ダメージ。

 

 陸上自衛隊戦力、八十三パーセント減衰。

 

 海上自衛隊戦力、四十五パーセント減衰。

 

 航空自衛隊戦力、九十五パーセント減衰。

 

 また今回の戦争で目覚しい戦果を上げた者達は序列昇格とする。

 

 片桐玉樹、片桐弓月ペア。序列千八百五十位から千位に。

 

 天童木更、ティナ・スプラウトペア。序列九千二百位から三千五百位に。

 

 里見蓮太郎、藍原延珠ペア。序列三百位から二百十位に。

 

 黒崎零子、千寿夏世ペア。序列六万三千九十一位から四千五百五十位に。

 

 黒霧澄刃、天月香夜ペア。序列五百位から四百三位に。

 

 春咲杏夏、秋空美冬ペア。序列七百八十九位から六百六十六位に。

 

 断風凛、天寺摩那ペア。このペアは序列引き上げではなく、元の序列へと戻すこととなった。

 

 序列六百六十六位から、序列十三位に。二つ名は『刀神(エスパーダ)』。

 

 また、断風凛、天寺摩那両名の序列変動を知る権利を有するものは、上記の者達及び、彼の近親者のみとする。

 

 イニシエーター、壬生朝霞はプロモーター死亡のため身柄をIISOに。

 

 イニシエーター、布施翠はプロモーターが死亡したものの、身柄は黒崎民間警備会社に移すこととする。

 

 現場にいたとされる蛭子影胤、蛭子小比奈の両名は戦争後姿をくらました。未だ所在はつかめず。

 

                                 以上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京エリアは自らの国防は困難となったため、バラニウムの優先供給及び、海外からの有能な民警を招聘することに決まった。

 

 また、東京エリアは「大絶滅」の運命を覆した世界唯一のモデルケースとなり、世界もまたその事実を受け止めた。




あい、第三次会戦終了となります。

いやー……長かった……。
ちょっとだけ駆け足になってしまいましたが、長々と話をするよりはこれぐらいに纏めた方がいいかなーなんて思ってみたり。
凛が活躍したようで活躍しませんでしたね……申し訳ない。
彰磨くんは原作どおり退場していただきました。
翠は誰かと組みます。まぁその誰かはオリキャラなんですが……w
凛とフラグが立ったような気がするけどキニシナーイキニシナーイ。

次回は和光さんのとこですね。
キチラさんが出ますが……さて、凛くんどう出るか。

その次からは和み回をやって、そのあと数話にわたってオリジナルストーリーでも書きましょうかねw

では感想などありましたらよろしくお願いします。

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