第四十一話
『凛! そっち行ったよ!!』
トランシーバーから相棒の摩那の声が聞こえ、凛はそれに頷きながら「了解」と短く返答し、長刀を構える。
今、凛がいるのは都内の路地裏だ。
関東会戦からしばらく経っているものの、エリア内におけるガストレアの出現数は右肩上がりとなっていた。
それに対し、政府がとった対策がガストレアの目撃情報が上げられた瞬間、その場所から半径十キロ圏内にいる民警にアラートメールが送信され、最初にガストレアを狩った民警が報奨金を受け取るというものだった。
現在、凛達は例によってそのアラートメールをもらい、ガストレア狩りの真っ最中なのだ。
「……今日も暑いなぁ」
茹だるような熱気に包まれ、煌々と輝く太陽を見上げながら凛は大きくため息をついた。
それとほぼ同時といってもいいだろうか。凛の視界の端に赤い瞳の化物、ガストレアが姿を現した。
大きさからしてステージⅡ、体躯は五メートルほどだろう。足は六本あり背中には鋭利な棘が生えていた。
ガストレアは凛に気がつき向かってくるが、それと同時にガストレアの身体は縦に裂かれた。
それと同時にヒュオンという甲高い音が聞こえた。凛の方を見ると、彼の手には抜き身の状態の長刀が握られており、彼が斬撃を放ったのだと物語っていた。
「終了っと……摩那、終わったから報酬をもらって戻ろう」
『りょーかーい』
摩那が返答したのを確認すると、凛はスマホを取り出して区画を閉鎖している警察隊に終了したこと報告した。
それから少し経つと連絡を受けた警察隊が到着し、凛と摩那は報酬を受け取って事務所へと戻っていった。
事務所へと戻った凛と摩那は外気の暑さから解放されて大きく息をついた。
「お疲れ様でした」
そういいながら麦茶の入ったグラスを持ってきたのは黄色の半袖に、黒のフリルスカート姿の夏世だった。
「ありがとう、夏世ちゃん」
凛はグラスを受け取って夏世に礼を言うと、そのまま翠と美冬がいるソファを通り過ぎて窓際のデスクにいる零子の下へ行く。
彼の後ろでは、夏世からグラスを受け取った摩那が麦茶を一気に飲み「夏世、もう一杯ちょーだい!」と催促していた。それを見ていた翠は面白そうに笑っており、美冬はやれやれといったように肩を竦めていた。
「暑い中災難だったな。凛くん」
「いえ、確かに暑かったですけど感染爆発が起こらなくてよかったですよ」
「まぁそうだな」
「それにしても、どうしてあの時凛先輩が殆どのガストレアを殲滅したのに東京エリアのガストレア出現率が上がってるんでしょうか?」
そう声を発したのは出来上がった書類を零子に提出しに来た杏夏だった。
「確かに凛くんと摩那ちゃんによって三千体近かったガストレアは殲滅されている……しかし、代替モノリスの建造中である今だからこそなんだろうさ。何匹かに一匹はバラニウム磁場の結界を乗り越えて侵入してきたんだろう。
他に考えられるとすれば、あの場で凛くん達の目を掻い潜って東京エリアに潜伏していた……とかな」
「けどそれにしたって多いですよねぇ」
杏夏が呆れたようにため息をつくと、そこで摩那が思い出したように「あっ」と声を上げた。
「ねぇ凛、ずっと聞こうかと思ってたんだけどさ。未織からもらったって言う長い刀の名前ってなんて言うの?」
「そういえば僕も聞いてなかったな。聞いてみるよ」
凛は自分のデスクに戻ると、スマホで未織のところに連絡を取った。数コールの後、柔和な未織の声が聞こえた。
『はいなー』
「未織ちゃん、凛だけどちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
『ええけど、なんちゅうかグッドタイミングやったなぁ。ウチも凛さんに話があったんよ。せやから司馬重工の本社ビルまで来てくれるかー?』
「あぁ、わかった少し待ってて……零子さん、ちょっと司馬重工行っていいですか?」
凛は零子に問うと、彼女は静かに頷きそれを了承した。
「お待たせ、それじゃあ今から向かうから多分二十分後ぐらいには着くよ」
『了解やー。ウチはロビーのとこでまっとるからなー』
未織は返答したあと向こう側から連絡を切った。凛もスマホをポケットにしまいこむと零子に視線を向けた。
「それじゃあ行ってきますね」
「ああ。あ、そうだ、凛くん。未織ちゃんにこれを渡してくれ。武器の発注書だ」
零子は引き出しからA4サイズの紙を取り出して凛に手渡す。
「わかりました。摩那はどうする? 行く?」
「んー……今日はいっかなー。時間かかるなら翠と先帰ってるから。ね、翠」
「はい。先に帰るときはご一報連絡を入れるので心配しないでください」
摩那と翠の言うことに頷いた凛は、再び肌にまとわりつくような外気に触れながらバイクに跨ると司馬重工に向かった。
「いらっしゃーい、待っとったでー」
約束どおり司馬重工に到着した凛がロビーに入ると、ソファに腰掛けていた未織が笑みを浮かべながらやってきた。
「暑い中ごめんなぁ凛さん」
「ううん、僕も用事があったからちょうどよかったよ。あとこれ、零子さんから」
「武器の注文書やね、確かに受け取りました。ほんなら場所変えてお話しよか」
未織は踵を返すと凛を指で誘いながらエレベーターに向かった。凛もそれに従い未織とともにエレベーターへ乗り込んだ。
エレベーターに乗り込むと、未織は上階のボタンを押してエレベーターが上に動き出した。
「そういえば上に上がるのは僕初めてだな」
「そやね。上はオフィスとか開発室とかあるけど、ラウンジもあるんよ」
「へぇ、社員のことしっかり考えてるんだ」
「凝り固まった頭じゃ活気的なアイディアなんて浮かばへんからなぁ。たまにはいき抜きも必要なんよ」
未織はクスクスと笑うが、そこで思い出したように指を立てた。
「あぁそういえば、凛さんは澄刃達が別のエリアにしばらく行ったって話きいとる?」
「え、そうなの?」
「やっぱ澄刃のヤツいっとらんかったかー……。本来なら今の東京エリアの情勢で澄刃みたいな高位ランカーの民警が別のエリアに行くのはまずいんやけどな。関東会戦が始まる前から決まってたことやから仕方なくいったんよ」
「何処のエリア?」
「北海道やね。ホントは言うなって言われてたんやけど、まぁこの際やし言うてしまってもええかなーって」
未織はまったく悪びれた様子もなく言ったが、凛は腕を組んでため息をついた。それは口止めさせてるのに言ってしまった未織に対してでもあり、何も言わずに立ち去った澄刃に対してでもあるため息だった。
「行ってくれれば見送りぐらいにはいったんだけどね」
「まぁ澄刃もそういうの嫌なんやろ」
そんなことを話していると、エレベーターは目的の階に到着したようで、二人はそのままラウンジへと向かった。
ラウンジへやってきた二人はオレンジジュースを二つ注文して窓際の席に着いた。
「さて、ほんならお話といこか。凛さんがウチに聞きたいことってなに?」
「うん、あの長刀のことなんだけどさ。名前とかあったら教えて欲しいなって思ってさ」
「あぁそういや教えてなかったなぁ。えっと、なんやったっけな……」
未織は言うと着物の胸元からタブレットを取り出して操作し始めた。恐らくタブレット内に保存されているデータを開いているのだろう。
すると、凛はそんな未織に少しだけ悪い顔をしながら問うた。
「やっぱり○宗?」
「ちゃうちゃう。というかその名前であの外見やったら完全にパクリやん。版権に引っかかるわ」
「いやー、未織ちゃんならそれぐらいやるかなって思ってさ。未織ちゃん割とゲームとか好きそうだし」
「まぁゲームはそれなりに好きやけどな。それにしたって正○はあかんて。ス○エニさんに訴えられてまうわ」
未織は肩をすくめるが、凛はもう少しだけ突っ込んで聞いてみることにしたようだ。
「でもあのバイクは結構ギリギリだよね?」
「ぐぬ……。いや、まぁ最初はな? アレやのうて某英霊が乗っとったヤツにしようかと思ったんやけど、アレやと武器入れたり出来んからあの形に落ち着いたってわけなんよ」
未織は視線を逸らしつつも、凛の質問に答えタブレットを操作していた。
「なるほど。けど、あのバイクかなりハイスペックだよね」
「そりゃあ我が司馬重工の技術がつまっとるからね。スペックは申し分ないで……っとあったあった」
彼女はタブレットに保存されていたデータを見つけたのか、凛にタブレットの画面を見せた。
凛がそれを見ると、画面には長刀が表示されておりその横には以前、バラニウム刀参式を見せてもらったときと同じようなパラメータが表示されていた。
そして、そのパラメータの上には『
「名前は黒詠か……」
「せや、まぁ若干厨二っぽく感じてまうかもしれへんけどその辺は大目に見てや」
「ううん、そんな風には思わないよ。あぁでももう一つ聞きたかったんだ。黒詠の表面で光ってる青いラメみたいなヤツって何?」
「あれは黒詠を形作っとるバラニウム以外のもう一つの金属の『オリハルコン』やね」
「オリハルコン? それってアトランティスにあるって言われてる伝説上の金属だよね」
凛が小首を傾げて聞くと、未織は小さく頷き指を立てて説明を始めた。
「そうやね。まぁその辺は名前を借りたってことなんやけど、あの黒詠に使われとるオリハルコンは今現在司馬重工で作れる最高強度でなおかつ、伸縮性に優れとるんよ。せやからオリハルコン。
ほんで、何で青いラメみたいに光るかっちゅうと、完成したオリハルコン自体が蒼い輝きがあったんよ。それをバラニウムと合成した結果、ああいう風になったわけ」
「そういうことだったのか。うん、教えてくれてありがとね」
凛は未織に頭を下げるが、未織はいつもの笑みを浮かべながらかぶりを振る。
「これくらいならお安い御用やー。ほんなら次はウチの番やね。まぁ凛さんの武装の話であることには変わりはあらへんのやけどね。
黒詠は折れる事はあらへんと思うけど、バイクに積んであるあの刀は定期的に変えといてな。手入れとかは……凛さんなら平気やね。そんで次はバイクやけど、アレに積んどるニトロは二個。ハンドル部分にスイッチがあるからそれで操作してな。ただ、使いどころは十分注意すること! 少しでも操作をミスったらいくら凛さんといえど制御きかへんよ」
「了解。そのほかは何かある?」
凛が返答すると未織は唇に指を当てて思い出すようなそぶりを見せる。
「うーん……まぁ今んところはそんぐらいやなぁ。もしも乗ってるときとかに違和感とか感じたら持って来てくれるか? 無償で修理したるさかい、安心してな」
「わかった。それじゃあ今日はそろそろ帰るよ。また何かあったらよろしくね」
「はいなー、そんじゃまたなー凛さん。あぁまた凛さんち行ってご飯食べてもええ?」
「もちろん、でも来る時には前もって連絡を入れておいてね? そうすればより美味しいものが作れるはずだから」
凛は笑顔を見せながら言うと、ひらひらと手を振ってエレベーターへと向かい、そのまま司馬重工本社ビルから出る。
空はすでに茜色に染まっていたが、昼間灼熱の太陽に照らされたアスファルトからは熱気が立ち込めており、肌にまとわりつくような熱気は健在だった。
彼はそれにため息をつきつつもバイクに向かうがそこでスマホが鳴動した。メールのようだ。
スマホを操作してメール画面を開くと、摩那からのメールのようだ。
『題名:先に帰ってるよー。
本文:あ、そうだ翠が今日の晩御飯はカルボナーラスパゲティがいいっ』
なぜかメールはそこで途切れていたが間髪いれずにもう一通メールが届いた。見ると今度は翠のようだ。
『題名:違いますからね!!
本文:今のは摩那さんが勝手に送ったことですから! 確かに私は凛さんのカルボナーラスパゲティ好きですけど、この前も食べましたしさすがに食べすぎなので今日は別のでも平気です!!』
随分と力のこもったメールだったが凛は思わずクスッと笑ってしまった。大方摩那が翠を食いしん坊キャラにしたかったのだろう。すると凛はスマホを操作して翠に返信を打ち始めた。
『題名:了解
本文:それじゃあカルボナーラじゃなくて海鮮系のスパゲティに挑戦してみようか。幸い家にはまだブイヨンが余ってたから作れるはずだよ。それとも他のにする?』
「送信っと……さて、それじゃあ海鮮系を買いに行きますか」
凛はスマホをポケットにしまいこみバイクに跨ると、エンジンをかける。するとそれとほぼ同時に翠から返信が来た。
『題名:無題
本文:……それでお願いします』
控えめな文体で送られてきたメールに凛はまたしても笑いそうになったが、凛はそのメールに短くだが『了解!』とだけ返し、バイクを走らせ行きつけのデパートの食品売り場へと向かった。
「ごちそーさまでした!!」
「ごちそうさまでした」
方や快活に、方や控えめに言う摩那と翠の前には空になった皿があった。
「お粗末さまでした。それじゃあ二人とも、お風呂沸いてるから入っちゃいなよ」
「はーい。翠、いこ!」
「はい。それじゃあ凛さん、お先にいただきますね」
摩那はトタトタと先に行ってしまったが、翠は凛に軽く頭を下げて風呂場へと向かった。
その様子見送りながら凛は二人が食べ終わった食器を流し台に持って行き、皿洗いを開始した。
つけっぱなしのテレビからは今日一日のニュースをメインキャスターがまとめているところだった。
それを時折見ながらすべての食器を洗い終えると、凛はソファに腰を降ろす。ニュースは既に明日の天気予報に変わっており、お天気お姉さんが東京エリアの天気を解説していた。
「明日も晴れかー……また一段と暑くなりそうだなぁ」
肩を竦めながら呟く凛はソファの背もたれにもたれながら大きく息をついた。その時、スマホに着信があった。
画面を見ると知らない番号だった。それに凛は少々小首をかしげながらも通話ボタンをタップした。
「はい、断風ですがどちら様でしょうか?」
『あ、あの私、湊瀬です。覚えてらっしゃいますか?』
電話の相手は会戦が始まる前に凛が会った湊瀬あずさという女性だった。
「ああ、湊瀬さん。お久しぶりです、そちらは変わりありませんか?」
『はい。断風さん達民警さんと自衛隊の方々が守ってくれたおかげで大丈夫でした』
「それはよかったです。それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」
『あ、はい! えっと、民警さんのお仕事ってガストレアの退治だけなんでしょうか?』
「いいえ、場合によってはいろんなことをしますが……何かありましたか?」
凛が問うと、あずさは少しだけ言いよどんだが、ゆっくりと話し始めた。
『その、このお仕事は出来れば断風さんだけに頼みたいんです。……実は私、先日合コンに誘われてしまいまして……』
「はぁ……合コンですか。それがどうかしたんですか?」
あまりに神妙な声音で言うものだからどれほど重要な話なのかと覚悟していたのだが、あまり大したことでもない話に凛は思わずこけそうになったが、何とか答えた。
『私自身合コンって苦手なんですけど、友人が少しは遊んだ方が言いと言うので了承したんです。だけど一人男の人の人数が足りなくなってしまったんです。それで急遽友人も集めようとしたんですけど、誰も空きが無いらしくて……それで、友達に誰かいないか? って言われてしまって』
「それで僕に白羽の矢が立ったと?」
『……はい、本当にごめんなさい。もちろん無理にとは言いません! 断風さんにも予定はありますし、遊んでいられるような仕事じゃないってことはわかってます。だから無理なら無理と――』
「いいですよ」
あずさが言い切るよりも早く、凛は小さく笑みを浮かべながらそういった。しかし、当のあずさはまだ上手く状況が飲み込めていないようだった。
『え、え? いいんですか!?』
「はい、夜は基本的に暇ですから。子供達にご飯を作ってから行くので少し遅くなってしまうかもしれませんがそれでも構わないのなら」
『も、もちろんです! そのあたりは私が無理にお願いしてしまっているので断風さんの予定に合わせてくださって大丈夫です! でも……本当にいいんですか?』
「構いませんよ。ただ、まだ未成年なのでお酒は飲めませんけどね」
凛が言うと、あずさは電話越しでも頭を下げているのではないかと思わせるような声音で答えた。
『わかりました。それじゃあ友人に知らせておきます。……本当にご迷惑おかけして申し訳ありません。日程の方はあとでメールします、それじゃあおやすみなさい』
「おやすみなさい。あまり夜更かしはしない方がいいですよ」
凛は最後にそういうと電話を切ってテーブルの上に置いた。
「……合コン……ねぇ」
そう凛がつぶやくと同時にリビングと廊下を繋ぐ扉が開け放たれ、そこから摩那が飛び出してきた。
しかし、彼女は身体になにも纏っておらず、全裸だった。
「あー……エアコンってやっぱいいよねー」
彼女はエアコンの下まで行ってそんなことを呟いていたが、凛はそれに大きなため息と共に被りを振った。
「摩那……暑いのはわかるけどさ。すっぽんぽんで出てこないでよ……女の子なんだからさ」
凛がそういったものの、摩那は聞く耳を持たなかった。同時に、脱衣所からは摩那を追いかけてきた翠がやってきたのだが、彼女もまたバスタオルだけを身体に巻いている状態であった。
だが、ちょうど摩那にパジャマを渡した瞬間、彼女の身体を守っていたバスタオルがはらりと落ちてその下の純白の肌が露になった。
数秒後、なんとも可愛らしい悲鳴が上がったのは言うまでも無い。
はい、では今回はアレですね凛の持つ正○みたいな刀の名前が明らかになりましたね。
……「黒詠」ってどんだけ私は厨二なんだ……orz
その他にも候補はあったんですけどね……「幻煌」とか「閃皇」とか「影朧」とか……
まぁそんな事は置いておいて。
今回はまぁそれなりにほんわかですかねw
最初ガストレアと戦ってますけどw
最後の方摩那と翠をすっぽんぽんで登場させたのに後悔はしていない( ・`ω・´)キリッ
次回は……凛くん初の合コンでございますw
まぁ私合コンなんていったこと無いんでどんな話させればいいんだか知らないんですけどね!!
あと、あずささんはDQNとかそんなんじゃないから!! たまたま友達に誘われてしまっただけだから!!
それが終わったら水着会的なものも出来たらいいですねー……
では感想などありましたらよろしくお願いいたします。