ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第四十三話

「マジ……かよ……」

 

 凛が見せたスマホの画面を見ながら、潤哉は驚きと恐怖が入り混じったような声を漏らした。同時に話を聞いていた他の皆の顔も緊張が走る。

 

「じゃ、じゃあ早く逃げた方がいいってことっすよね!?」

 

 多少パニック状態に陥ってしまったのか、和斗が上ずった声を上げる。そして、彼の恐怖が伝播するように皆もそれぞれ顔を見合わせ始めた。

 

 しかしそれを制するように凛が皆を宥める。

 

「パニックになるのはわかりますが、皆さんどうか落ち着いてください。ガストレアが目撃されたのはここから凡そ南西に三キロ行った所です。ガストレアが俊敏であってもこちらに来るまでには十数分かかるはず。それに、もうすぐ警察の避難誘導が始まります。今は冷静にお願いします」

 

 落ち着き払った声で凛が言うと、皆はなんとか納得したのかその場にゆっくりと座った。

 

 それを確認した凛は家にいる摩那に連絡をしようとしたが、既に休んでいる可能性もあったことから連絡をするのをやめた。

 

 ……明日も勉強だから疲れさせるわけにはいかないな。

 

 そして凛がスマホをしまうと店の入り口の方から警察のものと思われる声が聞こえた。

 

 皆がそれに反応し障子をあけると、入り口の方で数人の警察官が避難誘導を始めているのが見て取れた。

 

「対応が早い」

 

 凛は呟くと皆の方を一瞥し、告げた。

 

「それじゃあ皆さんは避難誘導に従ってください。僕はガストレアの方を倒してきますので。あぁそうだ、これ今日の会費です」

 

 彼は財布から金を出すと幹事である瑞祈に握らせ、皆を店から出した後、駐車場に停めておいたバイクをに跨る。

 

 彼はそのまま避難誘導をしていた警察官に民警ライセンスを見せて状況を確認した。

 

「周辺の避難はどうなっていますか?」

 

「今のところ大きな混乱はない。他の地区の非難もほぼ完了しているから、残りはガストレアだけだ。頼むぞ民警」

 

 警察官は少々釈然としなさげだったが、凛はそれに頷くとゴーグルを付けてバイクを走らせようとする。

 

 しかし、そんな彼を呼び止めるようにあずさが声をかけた。

 

「断風さん! ……気をつけてください」

 

「わかってます。あぁそうだ、他の皆さんに渡してください。あと、今日は楽しかったです。それじゃ」

 

 凛はあずさに人数分の名紙を渡した後、アクセルを回してバイクを走らせる。マフラーから排気された熱い空気があずさの頬を這い、次の瞬間には凛の姿は彼方へ行っていた。

 

 

 

 

 

 皆から分かれ、ガストレアが目撃された場所までバイクを走らせている中、凛はふと懐かしいことを思い出していた。

 

「一人での任務はかなりひさしぶりだな」

 

 そう呟いた彼は小さく笑みを浮かべつつ、ガストレアの出現地点に急行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と凛は組んでどれくらいかって?」

 

 少しだけ驚いたような声を挙げたのは摩那だった。彼女の視線の先にはソファに座りながら冷えた麦茶を飲んでいる翠がいる。

 

「はい。ちょっと気になったので聞いてみたいんです。でも、無理にとは言いません」

 

 翠は真剣な眼差しで摩那を見つめており、この質問が遊びなどと言った軽い気持ちでもたらされたものではないと物語っていた。

 

 摩那は取り出そうとしていたゲームソフトをいったんパッケージの中に収めると、小さく息をついて彼女の隣に座った。

 

「いいよん、話してあげる」

 

 摩那が言うと翠も背筋を伸ばして彼女の話を真剣に聞く態勢に入る。それを見た摩那は麦茶を一口飲んだあとゆっくりと話はじめた。

 

「私が凛と組んで民警として働くようになったのは今から四年前、六歳のころだったよ」

 

「六歳……」

 

「うん、あぁ勘違いしないでね。凛が無理やりに私を戦わせたんじゃなくて、私が望んでイニシエーターになっただけだから。まぁどうして私が凛のイニシエーターになったかってことまで話すと、私の出生までさかのぼらなくちゃならないんだけど……それでもいい?」

 

 摩那が首をかしげると、翠は静かに頷いた。

 

「私はさ0歳のころにお母さんに捨てられたんだ。でも結構マシな方でね、断風家の門の前に毛布にくるまれた状態でいたんだってさ。それで胸のところにはお母さんが書いたらしい一枚の紙がのせられてたらしいよ」

 

「その紙にはなんて書いてあったんですか?」

 

「んー? 『ごめんなさい。この子をお願いします』って書いてあったよ。その紙は時江ばーちゃんが今も持ってるから、見たいなら後で見に行ってみればいいと思うよ。

 けどさぁ、やっぱり気になっちゃうじゃん? 謝るなら捨てないでよって私は思っちゃってさ、時江ばーちゃんに聞いたんだよ。『お母さんはどこにいるの?』って」

 

「でも、それはさすがに無理だったんじゃないですか? 紙には住所とか書いてなかったんですよね?」

 

 翠の質問は尤もだった。しかし、摩那はそれに対して被りを振ると続けるように説明を再開する。

 

「そのときに聞いたことなんだけど、私が預けられた次の月に手紙が贈られてきたんだって、それと一緒にお金が送られたらしいんだ。そのときから今でも毎月毎月私の養育費ってことでお金が送られてきてるんだって。

 それでさっきの話に戻るわけだけど、結局時江ばーちゃんがその住所を教えてくれてさ、途中まで凛と一緒に行ったんだよ」

 

「お母さんのところに……ですか?」

 

「うん、最初はちょっと怖かったよ。けど行ってみたんだ……」

 

 そこで摩那は少しだけ悲しいような、さびしそうな表情を浮かべた。しかし、すぐに大きなため息をつくと「やれやれ」と言うように天井を仰いだ。

 

「まぁ行ってみたって言っても直接話は出来なかったんだけどねぇ。お母さんはお花屋さんをやっててさ、それでちょうど外にいたから話しかけてみようと思ったんだ。あぁ、何でその人がお母さんってわかったかって言うと、私と同じにおいがしたからなんだけどね。

 それで私が一歩踏み出そうとしたらさ、ちょうどお店の中から男の人とその人に抱えられてた赤ちゃんがいたんだ」

 

「まさか、それって」

 

「うん。お母さんは新しい家庭を持ってたんだよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、翠は自分の質問がなんて軽率だったのだろうと自分のことを恥じた。

 

 同時に、彼女は摩那に謝罪しようとしたが、摩那はそれに気付いたように首を振ると話を続ける。

 

「最初は何か悪い夢だって思った。自分に仕送りをしてくれてたお母さんが新しく子供を作ってるなんてって……悲しくて、寂しくて、涙が出た。もしかしたらお母さんはもう私のことなんかどうでもよくて、きっと仕送りもしてくれなくなっちゃうんじゃないかなって思ったんだ。

 けどね、問題なのはそのあと。しばらくお母さんの動きを見てたら、一人であるところに出かけて行ったからその後をつけてみたの」

 

「あるところとは何処だったんですか?」

 

「……神社。安全祈願の神社でさ、お母さん絵馬だっけ? あの願い事を書くやつ。それに何か書いてたんだよね。

 んで、お母さんがいなくなったあとその絵馬になんて書いたのか確認したの。最初は新しく生まれた赤ちゃんが元気になるようにってお願いしたんだろうなって、すこしお母さんを恨んじゃってた。

 だけどね、その絵馬にかかれてたお願いを見たとき、私はまた泣いちゃったんだ」

 

 摩那は今度は嬉しそうに笑みを見せた。彼女は喉を潤すためにもう一度麦茶を煽る。

 

「その絵馬にはこう書かれてた。『摩那が元気でありますように』って」

 

「じゃあ、摩那さんのお母さんは……」

 

「うん。新しい家庭を持っても私のことを見放そうなんて思ってなかったんだよ。現に今も仕送りはされてるわけだしね。まぁその後はお母さんに声をかけずに帰ったんだけどね」

 

「どうしてですか?」

 

 翠が問うと、摩那は薄く笑みを浮かべて答えた。

 

「簡単だよ。お母さんには新しい家庭がある。だったらそれを壊しちゃいけないって思ったんだ。もしそこに私が入っていったらお母さんの幸せをぶち壊すことになっちゃうんじゃないかってね。

 そんなことは私も望んでないからさ、だから私はそこで身を引いた。それ以降私はお母さんには一回も会ってないよ。見てもいない。けど、毎月の仕送りはずっと続けられてる。私はそれで十分かな。あ、お母さんがどうして私を捨てなくちゃならなかったのかってことは、時江ばーちゃんが聞いててね。私の本当のお父さんは大戦中に死んじゃったんだって。それで二人で生きていくのが大変だってことで私を捨てなくちゃならなかったんだってさ。はい、これでおしまい」

 

 話し終えた摩那はニカッと太陽のような笑みを浮かべる。そして、思い出したように指をパチンと鳴らした。

 

「あぁそれで私がどうして凛と組むことになったかって言うと、私を育ててくれたことに対する私なりの恩返しってヤツなんだよ。最初は猛反対をされたんだけど、私も一歩も引かなかった。

 そしたら時江ばーちゃんが折れて、次にタマ先生、最終的に凛が折れたってわけ。以上! これが私の過去でしたー。ね? つまらなかったでしょ?」

 

 摩那はバツが悪そうな顔を浮かべて頬をポリポリと掻いていた。しかし、翠はそれに首を振ると小さく頭を下げた。

 

「ありがとうございました、摩那さん。それと……話しにくいことを聞いてしまって本当にすみませんでした」

 

「あーいいよ気にしなくて。もう四年も前のことだし。それに、過去を気にしないのがわたしのショーブンだから! 私は今を生きる女だよ」

 

 摩那はフフンと言うようにソファに立つと、張るにはすこし足りない胸を張り、先ほどしまったゲームのパッケージに手をかけて中からディスクを取り出した。

 

「さて、辛気臭い話の後は楽しいことをしよう! 翠、格ゲーしようよ! 私けっこー強いからね」

 

「格ゲーって格闘ゲームですよね? 私やったことないんですけど大丈夫ですか?」

 

「大丈夫大丈夫! 私が教えるし。あ! 使うキャラなら初心者だからラ○ナがいいと思うよ! 私はテル○使ってヒャッハーするけど」

 

 コントローラーを翠に手渡すと、摩那は電源を入れてゲームを起動する。

 

 その後、摩那によるレクチャーのかいあってか翠もそれなりに格闘ゲームに慣れてきたようで、二人は夜遅くまでゲームを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目撃されたガストレアを撃破し終えた凛は警察に討伐の旨を伝え終え、帰路についていた。

 

 自宅のマンションの近くまで来ると、自分の部屋にまだ明りがついていることが確認できたので少しだけため息をついてしまったが、凛はそのまま駐車場にバイクを停めて自宅へと戻る。

 

「ただいまー。摩那ー? 翠ちゃん? もう遅いから寝ないと明日が辛いよ――」

 

 そういいながら廊下とリビングを仕切るドアを開ける凛だが、彼は思わず笑みを漏らしてしまった。

 

 彼の視線の先には、ソファで互いにもたれかかりながら寝息を立てている摩那と翠がいた。

 

 テレビは未だにゲーム画面がついたままでいたので、恐らくゲームをするうちに眠くなってしまったのだろう。

 

 凛はテレビを消すと、二人を抱えてベッドまで運んで彼女達を寝かせた。

 

 リビングへと戻った凛は摩那がつけっぱなしにしていたゲームをセーブするためもう一度テレビをつける。

 

「BLA○B○UEか……久々に少しやろうかな。キャラは……ハ○マでいっか」

 

 凛はカーソルを合わせてキャラを選択すると、アーケードモードでゲームを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ゲームを始めてから約一時間ほど経過した後、凛のスマホにメールが入った。

 

 時刻は既に午後十一時半だ。だが、凛は特に気にした様子もなくスマホのメール画面を開く。

 

 差出人は『露木凍(つゆきとう)』と言う人物であり、本文はいたってシンプルだった。

 

『件名:Re:プロモーターの件。

 

 本文:プロモーターの話だが、(ほむら)は喜んで了承した。オレはこちらを離れられないからお前の方で守ってやってくれ。一週間後には行けるはずだ』

 

 凛はメールを読み終えると、了解と感謝の旨を書いたメールを送ったあとゲームの電源を落としてテレビを消した。

 

 そして彼はベランダから夜空に浮かぶ星を見上げながら小さく呟いた。

 

「さてこれからもっと賑やかになるな」

 

 彼の呟きは夏の夜に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、凛も了解したか」

 

 そういいながら人差し指で逆さ腕立てをしているのは腰まである髪をポニーテールに纏め上げた麗しい女性だった。

 

 彼女はスマホの画面を確認したあと身軽な動きで立ち上がると、小さく息をついた。

 

「鍛錬はこのぐらいにしておくか。明日は焔と(さくら)の稽古をつけてやらないといけないしな」

 

 彼女はそういうとシャワーを浴びるためにバスルームへと向かった。




お待たせしましたああああああ!!
何せテストがあったもんですからぁ!! 一週間あけてしまい本当に申し訳ないです!!

さて、今回はどちらかと言うと摩那の過去のお話でしたね。
多少はいい話に出来たかと思いますが……どうでしたかね?

とまぁそんなことはさておき……
またもや新キャラ登場!
まぁ最後の方なんですがねw

こちらのキャラの方は次話でもちょこっと出していきたいとおもいます。

あと前にお伝えした友人に依頼したキャラ絵のことですが、これは友人によると19日近辺には送ってくれるみたいなことを言ってましたw
どんな風になるのか、こちらもお楽しみにw

では感想などあればよろしくお願いします。

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