ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第五十五話

 ガストレアの死体安置所に到着すると、凛は受付の係員に民警ライセンスを見せた。受付の係員はライセンスを見ると「少々お待ちください」とだけ告げて奥へと消える。

 

 適当な椅子を見つけてその場に腰を下ろしてからやや前傾姿勢になりながら、凛は思考を回転させる。

 

 ……もし、水原くんが倒したガストレアに何かしらの手がかりがあるのなら、それが事件を導く鍵になるはず……。

 

 なんてことを考えていると、不意に声をかけられた。

 

「四四九〇号のガストレアを拝見したいってのはお宅かい?」

 

 立ち上がりながら声のほうを見やると、ボサボサ頭の男性が面倒くさそうにしていた。胸にかけられた名札には柴田と書かれていた。

 

「ええ、お時間はかけませんので」

 

「まぁ別にもう死んでるのは確認できた死体だから、いくら見てったって構いやしないけどさ。そんじゃ、一応規則だからライセンス見せてくれる?」

 

 だるそうに手を出した彼に、民警ライセンスを渡す。柴田はライセンスを一瞥すると軽く頷いてから告げる。

 

「そんじゃ、ここにサインして」

 

 手渡されたボールペンを受け取ってペンを走らせ、サインを書き終えると、ライセンスを返されそのまま奥へ案内された。

 

「にしてもお宅、変わってるねぇ」

 

「そうですか?」

 

「あぁ、民警がガストレアの死体を見たいなんてあんまり言って来ないしね。差し支えなければ何をしに来たのか聞いてもいいかい?」

 

「構いませんよ。こちらもお仕事の時間を頂いて見に来させていただいているわけですから」

 

 青白いLEDが照らす不気味な通路を歩きながら答えると、柴田が問う。

 

「そんじゃ、なんで四四九〇号のガストレアを見たいんだい?」

 

「調べものがありまして。そのガストレアが大きな手がかりになりそうなんですよ」

 

「手がかりって……まるで探偵のようなことをしているけど、何かあったのかい?」

 

「友人が少し面倒ごとに巻き込まれておりまして、そんな彼の手伝いといったところですよ」

 

 薄く笑みを浮かべて見せると、柴田は肩を竦めてそれ以上は聞かなかった。

 

 そのまましばらく無言のままでいると、青白い光りに照らされてぼうっと浮き出るように、所々錆びた鉄格子が現れた。

 

 柴田が鍵穴に鍵を差し込んで小気味よい音と共に解錠され、鉄格子が内開きに開き、そのまま鉄格子を越える前と同じように柴田を先導として二人は更に奥へと進んでいく。

 

「どうして死体安置所に鉄格子なんて? って思ってる?」

 

 突然問われたが、凛は特に気にした様子もなく答える。

 

「多少は気になりますが、大体は予想が付きます。ガストレアには腹の中に子供を隠し持っているものもいますし、何より生命力が強い個体もいますからね。それが襲ってきた時の対処としてでしょうか」

 

「ビンゴ。大正解。そう、以前一回そういうことがあってね。いやぁあの時は参った参った」

 

 ハハッと短く笑う柴田に苦笑いを浮かべていると、どうやら目当てのガストレアがいる部屋に到着したようだ。

 

 室内に入ると壁一面に取っ手が付いており、何かが収納されているのはすぐにわかった。

 

 柴田が手元の紙に視線を落としながら指で追う様に取っ手の番号を確認していく。やがて首尾よく例のガストレアが安置されている引き出しを見つけたのか、柴田は引き出しを思い切り引いた。

 

 引き出しの中に溜められた冷気が凛の肌を撫で、人間が入るよりも少し大きめな棺おけのような直方体が現れた。

 

 その中に入っていたのはステージⅡと思われる飛行型のガストレア。鼻が異常に長く胸郭が透けたもので、十人が答えれば十人が気持ち悪いと言うだろう。

 

 いや、前言撤回。どちらかというと十人中にグロテスクなものが好きな人がいたとして、尚且つガストレアにそれほど恐怖を抱いていないものなら受け入れられるかもしれない。

 

 まぁそんな話はさておき。

 

「コイツがお宅のお目当てのガストレアさ。ハイ、手袋。好きに見て良いから」

 

「どうも。写真を撮ったり、少し身体を削っても?」

 

 投げ渡されたピンク色のゴム手袋に指を通しながら問うと「構わないよ」とだけ言われた。そして凛はスマホを片手に早速ガストレアの首を持ち上げてみる。

 

 ざっと見回しても特に異常なし。

 

 続いて、鼻、頭、羽、爪、足の順番でよく目を凝らしながら見る。けれど、これと言って不可解な点はない。

 

「となると……」

 

 呟きながら透けた胸郭と、大きく開けられた内臓に手を突っ込んでみる。冷蔵されていたとはいえ、まだ中に粘液状のものが残っていたのか、かき回すたびにグチャグチャ、ネチャネチャという気色悪い音がする。

 

 そのまま内蔵の裏まで凝視していると、不意に柴田が声をかけてきた。

 

「お宅、民警もあってるかも知れないけど、解剖医とか医者とかもあってるかもね。随分と度胸がある」

 

「ハハ、どうも……ん?」

 

 話しつつ凛は手に持った内臓の一つに何かが描かれているのを見た。

 

 手にしている内蔵には五芒星。世間一般的に言えば『星マーク』とその内一つの頂点から複雑な意匠を施された羽のようなものが描かれていた。

 

 凛はそれに覚えがあった。

 

 それは劉蔵の手紙の中でだ。

 

『五芒星と羽根を持つ者達に気をつけろ』と手紙には書かれていた。これは五翔会のことだ。同時に、『五芒星と羽根を持つ』というのは、恐らくメンバーの一人一人にこれらの刺青やら焼印が刻まれていると考えるのが妥当だろう。

 

 五芒星が所属を表しているとして、頂点から延びている羽根はそれぞれの位の高さでも表しているのだろうか。

 

 ……まぁこのガストレアが地位が高いとも思えないから、最終的にこのマークが五翔会のシンボルとでも言うのかな。

 

 溜息をつきながら内臓の写真を撮り終え、マークの近くを懐から出したバラニウムの小刀で切り取り、表皮も削り取ってから用意していたフィルムケースに入れた。

 

 最後にガストレアの全体像を写真に納めると、ガストレアを格納する。

 

「何か見つかったかな?」

 

「ええ。とてもいいものが見つかりました。あぁそうだ、処理官が来ても僕が調べた事は内密にお願いできますか?」

 

「ああ、別にいいよ。まっどうせそんなこと聞いて来ないと思うけどね」

 

「ありがとうございます。では」

 

 軽く頭をさげてゴム手袋を返却すると、凛は死体安置所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 摩那は先を行く蓮太郎と火垂を見ながら大きくあくびをした。

 

 火垂が臨時で借りていた部屋から出た三人は、水原が殺害された現場に向かっている真っ最中だ。

 

 夏の太陽が天高く上がっている正午の街中は多くの人で賑わいを見せており、ただでさえ暑いと言うのに、人の熱気のせいで更に熱く感じる。

 

 前を行く蓮太郎も暑さは感じているのだろうが、それよりも通行人の目が気になってしょうがないようだった。先ほどから見ていると、しきりに視線を気にしている。

 

 そんな彼の隣を歩く火垂は堂々としているものの、かなりピリピリとしているようで、気迫がこちらにまで伝わっていた。

 

 一度大きく溜息をつくと、蓮太郎と火垂を路地裏に引き込む。

 

「うおっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 短い悲鳴を上げた二人がすぐさまこちらを見てくるが、摩那は大して気にしない風に溜息をつきながら二人に言った。

 

「二人ともさ……もう少し自然体でいようよ。まず、蓮太郎。人の目を気にしすぎ、確かにいろいろ心配だとは思うけどさ、あんなに挙動不審じゃもっと怪しく見えるよ。こういうのは堂々としてたほうがいいの。

 つぎに火垂。もっと物腰を柔らかに行こう? 水原さんが殺されて腹が立つのはわかるけど、それでも頭に血が上ってる状態じゃ冷静な判断なんて出来ないよ。頭はクールに、ハートは熱くがいいと思うよ」

 

「あ、あぁそれもそうだな」

 

「そうね。確かに少し熱くなりすぎてたわ」

 

 二人とも自分を見直したのかそれぞれ頷いた。すると、俯きがちな蓮太郎に摩那が小悪魔的な笑みを浮かべながら言った。

 

「まぁ、蓮太郎みたいな不幸面した男を四六時中考えてるのなんて、どっかのおっぱいかツイテウサギちゃん、ブロンドフクロウちゃんぐらいだろうねぇ」

 

「おっぱい? 蓮太郎……貴方まさか……」

 

「違ぇよ! てか、摩那! お前結構性格悪いだろ!!」

 

「さぁどうだろーね」

 

 クスクスと口元を押さえて笑う姿は何処となく未織と酷似していた。

 

 蓮太郎はそんな彼女に対して小さく息をつきつつ、路地裏から出て勾田市役所の新ビルを目指す。彼の足取りは先程よりも幾分かマシになり、目つきも堂々とし始めていた。

 

 そんな彼に続くように火垂が歩き出し、摩那も肩を竦めてから腰より下まで伸ばしている赤髪を揺らしながら軽やかに駆けて行く。

 

 そのまま三人が歩いていると、やがて勾田市役所の新ビルのむき出しになった鉄骨が見えた。

 

「とりあえず、一度水原が殺された場所に行ってみよう。何か見落としがあるかもしれない」

 

「そうね。出来ればあって欲しいものだけれど」

 

 二人は言いながら中に入っていき、摩那もそれに続いて行こうとした。けれど、ふと視界の端で何かがチカッと目をくらます。

 

「まぶしっ。なに?」

 

 何かが光った方に視線を向けながら、そちらに歩みを進める。何歩かゆっくりと近寄ると、雑草が生えていた草むらの中に、何か黒い板状のようなものが草の間から見えた。

 

 近くまで行くと、地面に腹ばいになりながら草を掻き分けて黒い物体を拾い上げる。

 

「これってスマホだよね……誰かの落し物かな?」

 

 草むらの中に落ちていたのは黒いスマートフォンだった。液晶には少しひびが入っているが、電源を入れてみた結果、電源は着くので本体の方は無事のようだ。

 

「でもここにあるってことは、工事の人のヤツかな? でも、他にあるとすると……」

 

 そんな風に考え込んでいると、手にしていたスマホが鳴動した。

 

「うぉぉぉいッ!? ビックリしたぁ……」

 

 誰もかけてこないだろうと完全に油断していたところに、バイブレーションとポップな音楽が鳴ったせいで思わず飛び上がってしまった。しかし、ひび割れた液晶画面には『火垂』と表示されていた。

 

 同時に、摩那の中でこれが水原鬼八のスマホであることがわかった。恐らく階上に上がった蓮太郎と火垂が彼のスマホに何かしらの手がかりがあるのだと踏んだろう。

 

 彼女からの電話に出ようと画面をタップしようとしたところで、タイミング悪くスマホの電源が切れてしまった。どうやら充電の残量がギリギリだったようだ。

 

「おい、摩那!」

 

 声が聞こえ、上を見上げると、上階で蓮太郎と火垂がこちらを見下ろしていた。

 

「そこに何かあったか?」

 

「あぁうん、ちょい待っててそっちに行くから」

 

 問いに答えながら軽く屈伸をすると、瞳が赤熱。そのまま地面を軽く蹴り、今度は現場にあったショベルカーのアーム部分を蹴ると、そのまま蓮太郎達がいる階に躍り出る。

 

「よっと……。下で見つけたのはスマホだったよ。多分水原さんのじゃないかな?」

 

「ええ。このスマホは鬼八さんのものだわ。液晶が割れているようだけど、大丈夫だった?」

 

「うん。電源は入ったからメモリも無事だと思う」

 

「じゃあコイツの充電をしてから中を見させてもらうか。手がかりがあるかもしれねぇ」

 

 蓮太郎の提案に頷くと、彼の掌にスマホを乗せる。

 

 三人は新ビルを出てから近場のネットカフェに駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガンッ!! という耳障りな音が聞こえ、その近くにいた額狩高校の詰襟の制服を着込んだ少年、巳継悠河は肩を竦めながら溜息をついた。

 

「櫃間さん、イライラしないでくださいよ。天童木更が思い通りにならないからって。女々しくて目も当てられませんよ」

 

「黙れ。元はといえば貴様が里見蓮太郎をホテルのロビーで仕留めなかったのが悪いのだろうが。あんなふざけたお面男と交戦したからこんな自体を招いたんだ!!」

 

 眉間に深く皺を寄せて、額には血管を浮き立たせ、まさに鬼気迫る表情の櫃間だが、悠河は小さくため息をついた。

 

 現在二人がいるのは、外見が真っ黒だということから通称「黒ビル」と世間では呼ばれている、建物「中央制御開発機構」のあまり人気がない通路だった。

 

 近くには自動販売機があり、先ほどの耳障りな音は櫃間が自動販売機の横に設置されているゴミ箱を蹴った音だ。

 

「まぁそんなこと言わないでください。一応里見蓮太郎の行方は捜索中なんでしょう? それに、あの場で死んでいたならばそれでいいじゃないですか。川に流されて今頃は海の藻屑でしょうし」

 

「フン、貴様があの場で殺しきっていればこんな面倒ごとにもならなかったというのに……。しかしだ、たとえあの里見蓮太郎を死んでいたとしても、まだ計画には邪魔者が一人いる」

 

 その言葉に思わず眉根がピクリと反応する。

 

「……断風凛ですか?」

 

「そうだ。ヤツがいるから天童木更を篭絡できないのだ。ヤツが余計なことをあの女に吹き込んでいるせいでな!!」

 

 櫃間はもう一度ゴミ箱を蹴る。よほど凛に怨みがあるのだろう。けれど、悠河からすればそんなことはどうでもいいことだ。

 

 ……ホテルで戦ったあの男……恐らく、彼が断風凛で違いはないだろう。かなりの強さだった。でも……。

 

 脳内で何度も凛が告げた『僕が本気を出すとビルを破壊しかねない』という言葉が響く。

 

「……アレが本当のことならば、真に警戒すべきは里見蓮太郎ではなく、断風凛なのでは……」

 

「何か言ったか?」

 

 どうやら聞こえてしまったようだ。

 

 けれどそれには被りを振ることで返答をする。櫃間は一度小さく舌打ちをすると「まぁ」と続ける。

 

「里見蓮太郎の一件が片付けば、邪魔者である黒崎民間警備会社も潰してやるさ。そうすれば、あの天童木更も我が手中に……ククク」

 

「……そこまで執着してもしょうがないと思いますが……」

 

 小さく突っ込みを入れてみたが、どうやら櫃間には届いていないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネットカフェで水原のスマートフォンを調べた蓮太郎は、東京エリア第六区にある歯孕尾(しだお)大学に勤めている駿見彩芽(するみあやめ)医師を訪ねた。

 

 水原のスマートフォンの通話履歴にここ最近で一番連絡を入れていたのが、彼女だったからだ。けれど、大学を訪れた蓮太郎達に突きつけられたのはなんとも言いがたい返答だった。

 

 駿見医師は四日間も無断欠勤をしているらしいのだ。その話を聞いた角城という太り気味な医師が言うには、勤務態度はそこまで悪くないらしかったのだが、ここ最近全く出て来ていないらしい。

 

「やれやれだよ。ガストレアの出没件数が増えているというのにどうしたのやら」

 

「そこまで多いのか?」

 

「多いなんてものじゃないよ。異常と言うべきだね。皆の間ではやっぱり崩壊した三十二号モノリスのバラニウム磁場が弱いからじゃないかって言ってるのが大半だね。

 でもネットだと結構いろんな憶測が飛び交っているらしくてね。なんか、三千体近くいたガストレアを一組の民警が全て駆逐したとかも書かれているよ。まぁそんな話は信じていない人ばっかりだけどさ」

 

 太鼓腹を揺らして小さく笑った角城医師だが、蓮太郎は苦笑いを浮かべるしか出来なかった。なにせ、彼のいっている事は事実だからだ。

 

 市民には表向きは民警が協力してガストレアを退けたということになっているが、実際はこの場にいる摩那と、彼女のプロモーターである凛が殆どのガストレアを掃討したのだ。

 

 ガストレアの屍骸で出来上がった丘はまだ鮮明に覚えているし、その上に佇む凛と摩那の姿も克明に記憶している。

 

 はたと、摩那はどんな顔をしているのかと、そちらを見ると、近場にいた若いナースと世間話に花を咲かせていた。随分とおませさんである。

 

「まぁ結局、統計的に見るとエリアに侵入してくるガストレアは基本的には地上型のほうが多いって……話聞いてるかい?」

 

「あ、ああ悪い。それで?」

 

「うん。まぁ関東会戦の影響で自衛隊はかなりのダメージを追ったわけだし、しかも民警もそこまで数が減っていないにせよ、減っているのは事実だしね。それにまだ怪我が治らないものも多い。頼みの綱としては、海外に逃亡してた民警なんだけど……如何せん頼りないからねぇ。

 英雄なんていわれてた例の彼もニュースで死んじゃったなんていわれてるし。やれやれ、これからどうなるのかねぇ」

 

 椅子に深く腰かけていう角城医師に頷いて答えるが、火垂が問う。

 

「お姉ちゃんはお仕事をしている最中に何かへんな所とかありませんでした? あと、警察とかに連絡は?」

 

 因みに、お姉ちゃんというのはもちろん演技である。妹ということにしておけば何かと便利だからだ。

 

「警察かぁ……あぁごめんね。実はこの仕事結構、離職率は高くてさ。あまりこういうケースも珍しくはないんだよ。だから警察には連絡していないんだ。

 でもそうだねぇ変な所か……あ、そうだ! そういえば彼女、欠勤する前になんだかノイローゼ気味っぽくてさ。なんかうわ言の様に言ってたんだよ」

 

「言ってたって何をだ?」

 

「えっと確か『ヴィニヤードを焼かないと』だったかな。すごく思いつめた表情をしていてさ。あ、あとは『ブラックスワン』とも言ってたなぁ。君達何かわかる……わけないよねぇ。

 とりあえず妹さん、駿見くんのところに行くみたいだから住所教えてあげるよ。その代わりと言ってはなんだけど、こちらの用事も済ませてもらっても良いかな?」

 

「なんだ?」

 

「駿見くんが多分家に持って帰ってしまったデータを取ってきて欲しいんだよ。アレがないと報告書がまとめられないからね。それじゃあよろしくね」

 

 住所を書きとめた紙を火垂に渡した、角城医師に頷き返すと、診察室を後にする。

 

 そのまま大学病院の外に出ると、蓮太郎と火垂はそろって大きな溜息をついた。

 

「収穫がなかったの?」

 

「いや、あることにはあったけどよ。なんとも……摩那お前ヴィニヤードって――」

 

 そこまで言ったところで眼前にずいっとスマートフォンの液晶が突きつけられた。最初は何事かと思ったが、画面に表示されている文字を見てスマートフォンを受けとる。

 

「『vineyard』……ぶどう園?」

 

「角城医師の話とつなげてみると、『ぶどう園を焼かないと』ってなるけど何なのかしらね?」

 

「わかんね。でも、まずはこの駿見医師のところに行ってみようぜ。というか、摩那。お前話聞いてたのかよ」

 

「ふふん、ただ世間話をしていた訳ではないのだよ」

 

 むふん、とドヤ顔をする摩那に軽く肩を竦めると、隣にいた火垂はクスクスと笑っていた。

 

 けれど、二人に見られている事がわかるとすぐに先ほどのような冷静な顔に戻る。だが頬は赤いままだった。

 

「ところで火垂。一ヶ月前にガストレアがどんなヤツだったか覚えてるか?」

 

「一ヶ月前は……確か、飛行型のガストレアを狩ったわ。胸郭が透けてて、鼻が長い気持ち悪いヤツ。高速道路で鬼八さんが運転する車に乗って、散弾銃で撃ち落したわ」

 

「その後はどうなった?」

 

「後は現場を警察に任せて私と鬼八さんは家に戻ったわ。でも、その後すぐに電話があって、鬼八さんは飛び出していってしまったの。でも、今思ってみればそれが駿見医師からの電話だったのね」

 

「そうか」

 

 小さく言って口元に手を当てて考え込む。

 

 ……全てが一ヶ月前のそのガストレアから始まってる? いや、まだ断定は出来ないか。

 

「摩那、凛さんは何か言ってなかったか?」

 

「なんかガストレアの死体安置所に言ってくるみたいな事は言ってたけど?」

 

「死体安置所……なるほど、そういうことか」

 

 自分でも口元が緩むのを蓮太郎は感じた。恐らく凛もこのことにたどり着いて方々を調べまわっているのだろう。

 

 自分達もできればそちらに合流したほうがいいのだろうが、今はなんとしても駿見医師から話を聞かねば。

 

 そう決意して顔を上げると、いつの間にか大学の敷地は終わっていた。しかし、同時に蓮太郎は正門の前のとおりを俯瞰する監視カメラに気がついてしまい、思わずそちらを見てしまった。

 

 瞬間、弾かれたように視線を逸らすものの、カメラのレンズは間違いなくこちらを向いていた。

 

 三人は足早にその場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中央制御開発機構のコントロールルームの中はどよめいていた。

 

 それもそのはず、今まで死んだとされていた里見蓮太郎の姿が第六区の歯孕尾大学の正門カメラに写っていたのだ。

 

 しかも、その隣には二人の童女。一人は断風凛のイニシエーター、名前は確か天寺摩那だったか。そして、もう一人は櫃間たちが血眼になって捜索していた紅露火垂だった。

 

 すぐに多田島が櫃間に敬礼をした後彼の拘束に向かったが、櫃間は携帯を取り出して連絡を取る。

 

「ネストか。紅露火垂を発見した、里見蓮太郎もだ。あと人為的に渋滞を起こせ、パトカーを止めてほしい。向かわせるのは『ハミングバード』だ」

 

 それだけ言うと、携帯を閉じた櫃間はそっとコントロールルームから出て行こうとする悠河を引き止める。

 

「貴様はここにいろ。お前は顔を見られている。下手に動くと私でも擁護しきれん」

 

「ハッ、そんなのはどうでもいいですよ。いいですか櫃間さん、里見蓮太郎は僕の獲物です。彼を殺すのはこの僕だ」

 

「くどいぞ、里見蓮太郎は手負いだ。『ハミングバード』だけでも十分すぎる。もう一度言うぞ、お前はここにいろ」

 

「しかし――――!」

 

「くどい!」

 

 一喝だけすると、悠河は押し黙って小さな舌打ちをした。彼はそのままコントロールルームを出て行ったが、蓮太郎の下には向かわないだろう。

 

 それを一瞥しながら櫃間はパネルに表示されている蓮太郎を見ながら、口元を回りから見えないように吊り上げて邪悪な笑みを見せた。




はい、今回は蓮太郎くんたちが動き始めて凛がグチャグチャしたお話ですね。

次はいよいよハミングバードとの戦闘ですが……摩那はどう戦うのやら。
そして、着々と固まる櫃間包囲網。ククク……

全てが終わった暁には盛大にザマァと言ってやりますか。

では、感想などありましたらよろしくお願いします。

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