ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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第五十九話

「トリヒュドラヒジン?」

 

 カーテンが引かれ、蛍光灯が室内を照らす黒崎民間警備会社の事務所で、高級そうな椅子に腰掛けている零子は怪訝な声を上げた。

 

 見ると彼女は煙草を片手にスマホで通話をしていた。

 

 それを聞いていた杏夏と焔に木更、美冬に翠も首をかしげる。

 

「それが水原君の倒したガストレアの中から検出されたというのか?」

 

 零子が問うと電話の相手である凛が冷静に答える。

 

『ええ。未織ちゃんに調べてもらったところ細胞から僅か0.1パーセント検出されました』

 

「細胞レベルの鑑定で0.1パーセント……という事は注入された量は相当だな。出所は?」

 

『残念ながら出所は聞きそびれましたが、五翔会の研究所の場所を特定することが出来ました。NO.0013モノリスの近くにあるマンホールから行けるそうです。あと、敵のエージェントが持っていた鍵のようなものを回収したので夏世ちゃんに渡しておきました。

 零子さん達はそちらに行ってもらえますか?』

 

「ああ、構わないよ」

 

『ありがとうございます。未織ちゃんが車を用意してくれるそうです。今からそちらに夏世ちゃんを乗せて行ってくれるらしいので、あとはよろしくお願いします』

 

「そちらも無理はするなよ」

 

 零子がそれだけいうと凛は短く「はい」とだけ答えて通話を切る。

 

 スマホをポケットにしまいこむと、零子は小さく息をついてからこちらを見ている五人に静かに告げる。

 

「これより私たちはNO.0013モノリスへと向かう。司馬重工が車を出してくれるそうだから、杏夏ちゃんはそちらの運転を頼む。木更ちゃんは……一緒に行くか?」

 

「……はい。私ももうこの事件には無関係ではないので行きます。でもその前に事務所に寄ってもらってもいいですか? 刀を取って来たいので」

 

「ああ、構わない。では各自準備を開始しろ」

 

 その指示に皆はそれぞれ頷き、おきるかもしれない戦闘の準備を開始した。

 

 零子も一階にある武器庫へ行き準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 司馬重工本社ビルの正面にはバイクに跨った凛と、夏世、未織の姿があった。

 

「それじゃあ夏世ちゃん、零子さんにこの鍵を渡してね」

 

「わかりました。ところで凛さん……貴方、五翔会からの刺客を始末したようですね」

 

「うん、殺したよ。木っ端微塵に」

 

 ほぼ即答だった。それに動揺などはまったく見られない。むしろほぼ当たり前という表情を彼は浮かべていた。

 

 夏世はそれに頷いた後駐車場に出来上がっている血溜まりを見やる。すると、未織が扇子を口元に当てながら肩を竦めた。

 

「にしても凛さんえぐ過ぎやろー。原形留めてないとかそういうんじゃなくてもう完全に存在がなくなっとるやん」

 

「まぁ向こうも殺されることを覚悟してやってるんだろうからね。というか、自分達が人を殺してきたのに何の報いも受けないと思っているほうがおかしいしね」

 

 言い切る彼の瞳は酷く冷酷な光りが灯っていた。

 

「じゃあ、僕はそろそろ行くね」

 

 キーをまわしてエンジンをふかして発進しようとするが、そこで夏世に声をかけられた。

 

「凛さん……気をつけてください」

 

「うん。夏世ちゃんもね」

 

 それだけ告げてバイクを走らせ凛は司馬重工を後にした。

 

 けれど、そんな彼の後姿を見やりながら未織は「はて?」と小首をかしげた。

 

「そういえば凛さん、零子さんのとこに連絡を入れる前に誰かと連絡取っとったみたいやけど……アレ、誰やったんやろ」

 

 

 

 

 

 

 バイクを走らせてから数分、信号で止まったところである所に連絡を入れる。

 

『はいはーい。なにー凛ー?』

 

 通話の相手は摩那だ。返答の軽さに思わず苦笑してしまうが、彼女に問う。

 

「摩那、少し蓮太郎くんに代わってくれるかな」

 

「はいよー。れんたろー、凛が話したいってー」

 

 そんな声が聞こえてから少しして蓮太郎の声が聞こえた。

 

『俺だ、凛さん』

 

「怪我の調子は大丈夫そうかい?」

 

『まぁなんとかな。それで、話ってなんだ?』

 

「実は水原君とそこにいる火垂ちゃんが一ヶ月前に狩ったガストレアの細胞を未織ちゃんに調べってもらったんだ」

 

 言うと、マイクの向こうから蓮太郎が息をのむ音が聞こえた。そして彼はそのまま『続けてくれ』と言ってくる。

 

「細胞を調べたらガストレアからトリヒュドラヒジンが0.1パーセント検出されたんだ」

 

『トリヒュドラヒジン? それって確かアレだよな、人間やガストレアに使用すると副作用として強い催眠状態になるって言う』

 

「そう。そのトリヒュドラヒジンだよ。まぁそれがわかった時僕は五翔会の機械化兵士であるソードテールっていう人を拷問していろいろ情報を引き出してたんだけど」

 

『拷問って……』

 

 蓮太郎が驚愕をはらんだ言葉を漏らしたが、今はそんなことを気にしている時ではない。凛は更に続ける。

 

「五翔会はどうやら抗バラニウム性を備えたガストレアを培養していたらしいんだ。それでその研究所の在り処も引き出せてね。そこには今零子さん達が向かってくれてるから――」

 

『――俺たちが残りの巳継悠河ともう一人の機械化兵士、リジェネレーターを叩くってわけだな?』

 

 凛が言い切るよりも早く、蓮太郎が答えた。凛はそれに対して小さく笑みを零しながら応答した。

 

「そういうこと。だから、君達がいる場所を教えてくれるかな?」

 

『ああ、今俺達は……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 櫃間はいよいよ後がなくなってきたと実感した。先ほど凛に差し向けたソードテールの生体モニタが反応しなくなったのだ。ハミングバードの時と同じように。

 

「これを失敗すれば……私に後はない……」

 

 小さく呟いた彼は懐からスマホを取り出して、ネストへ連絡を取る。

 

 一回コール音が鳴ると、ネストが答えた。

 

『はい』

 

「ネスト、リジェネレーターを出せ。もう四の五の言ってられん。あの戦闘狂を使ってでも断風凛と里見蓮太郎を殺す。こちらからもダークストーカーを送る」

 

『了解しました。ではそのように伝えておきます。情報は彼に直接送ってください』

 

 ネストの方から通話が切られた。櫃間は小さく息をつくが、背後から声をかけられた。

 

「やっと決心がつきましたか。最初から僕を使っていれば余計な損失にはなかったというのに」

 

 声はダークストーカーこと、巳継悠河のものだった。

 

「黙れ」

 

「はいはい、では行ってきますので」

 

「おい、場所――」

 

 櫃間が声をかけようと振り向いた時には、既に悠河の姿は忽然と消えていた。

 

 

 

 

 

 黒ビルから出た悠河はスマホをいじって電話帳から目当ての番号をタップした。

 

『よう、ダークストーカー。ネストから聞いたぜ、やっと俺たちの出番だって?』

 

「ええ、ハミングバードもソードテールもやられてしまったのでね」

 

『まぁあいつ等じゃあ無理だわなぁ。ソードテールは断風凛にやられたんだろ?』

 

「そうですが、なぜ?」

 

『アイツじゃあのバケモンには勝てないのは当たり前だ。お前も感じてるかどうかはしらねぇが、アイツ……断風凛はあの腹の中にとんでもねぇバケモンを飼ってやがる』

 

 彼の言葉に返答はしなかったものの、悠河はなんとなくだが理解は出来ていた。確かに、勾田プラザホテルで凛と対峙した時、一瞬だが尋常ではない殺意を味わった。

 

『まぁオレはアイツと戦えればそれでいい。それに、例えアイツだろうともオレを殺しきることは不可能だろうからな』

 

 くつくつと笑うリジェネレーターの声は狂気をはらんでいた。けれど悠河はそれを気にせずに彼に告げた。

 

「いいですか、リジェネレーター。今里見蓮太郎は廃棄され、一週間後に解体が予定されている工場地帯に身を潜めています。恐らく、断風凛もそこに向かっていることでしょう」

 

『了解だ。んじゃ、仕事を始めるとするか』

 

 彼はそれだけ告げると通話を切った。

 

 スマホをしまい大きく息をつくと、悠河はニッと口角を上げた。

 

「さて、いよいよ勝負をつける時が来ましたね」

 

 

 

 

 薄暗く鉄のような匂いが漂う部屋の中で、リジェネレーターこと蛟咲嶺(かざきりょう)は自身の武器である二対の鎖大鎌を持ち上げる。

 

 鎖がジャラッという独特の音を立てるが、嶺は気にする事はない。

 

 ……さぁて、どういう風に殺してやろうか……。

 

 恐らく口元は喜びに歪んでいることだろう。しかし、それでいい。嶺に取っては戦いこそが自身が生きていると実感できる場所なのだから。

 

「ケヒ……ケヒヒ……!」

 

 薄暗い闇の中で、ただただ不気味な声が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 零子と木更は天童民間警備会社の事務所にいた。木更は自身の愛刀、殺人刀・雪影を取りに来たのだ。

 

 彼女が刀を持ってくる間、零子は事務所の中を見回していたが、ふと棚に立てかけられている懐中時計らしきものに目が留まった。

 

「木更ちゃん、これは?」

 

「え? あぁそれはお見合いの席で櫃間さんが私に送った懐中時計です。いらないって言ったんですけど」

 

 彼女は迷惑そうな表情をしていたが、零子はもう一度懐中時計に視線を落とす。

 

 ……ふむ、見た目は特に何の変哲もない懐中時計と言った感じだが……なにか引っかかる。

 

 そんなことを考えていると、横から木更に声をかけられた。どうやら準備が完了したようだ。

 

 零子はそれに頷いた後、懐中時計を指差して彼女に告げる。

 

「木更ちゃん、この時計少し調べさせてもらってもいいかしら?」

 

「構いませんけど……なにか引っかかることでも?」

 

「ちょっとね。まぁ今はそんなことより、NO.0013モノリスへ急ぎましょう」

 

 懐中時計を掴んで木更の背中を押しながら零子は杏夏達の下へ戻ってから、NO.0013モノリスへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょうどその頃、深夜の警視庁の休憩室で多田島は金本と共に缶コーヒーを片手に話をしていた。

 

「金本……お前は何を知っている?」

 

「お前が知らないことだよ。多田島」

 

「俺が知らないことだと?」

 

 金本の言葉に缶コーヒーを持つ手に力が入り、スチール缶が少しだけ凹んだ。けれど、金本は大して動じる様子もない。

 

「教えろ金本、お前は俺に何を隠している」

 

「……隠していることか……。そうだな、もうお前にも話さなくてはならないよな」

 

 煙草に火をつけて紫煙を燻らせる彼は、こちらにも煙草を渡し、それに火をつけた。

 

「多田島、俺が知っているのは警察上層部の闇だよ」

 

「闇?」

 

「ああ。彼等はある組織とつながっている。そして彼等はその組織の力を使って、今このときも一人の少年と一人の少女の命を狙っている」

 

「少年っていうのは……里見蓮太郎か?」

 

 その問いに彼は静かに頷いた。

 

「お前も最初はおかしいとは思わなかったか? この東京エリアを二度も救った少年がわざわざ殺人をする必要が何処にある、って。

 彼は嵌められたんだ。警察上層部とその組織に、水原鬼八くんを殺したというありもしない罪をかけられてな」

 

「バカな……そんな映画や昔のドラマのようなことが現実に起こっているというのか?」

 

「そうだ。これは全て現実だ。そして、この事件を起している張本人こそが、警視総監櫃間正とその息子である櫃間篤郎警視だ」

 

「ッ!?」

 

 声が出なかった。

 

 確かに櫃間篤郎の捜査には不自然なところが幾つかあった。けれど、まさか事件の黒幕が一番近くにいたなど。

 

 思わず拳に力がはいる。

 

 すると、金本が静かに立ち上がって休憩室を出て行こうとする。

 

「何処に行く」

 

「俺にはまだやることが残ってる。だから、俺はそれを片付けに行くんだ。多田島、お前もこの話を信じてくれるのなら、お前なりの捜査をしてくれ」

 

 彼はそれだけ言い残すと休憩室を後にして姿を消した。

 

 あとに残された多田島は大きく息をついた後、意を決したように立ち上がって休憩室を出て行く。

 

 

 

 

 

 休憩室を出てそのまま地下駐車場に降り立った金本は、自身の車に向かう。

 

「何処行くつもりですか、先輩」

 

 その声に振り返ると、後輩である織田裕樹が僅かに笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

 

「織田、お前こそ何してる。もう帰ったんじゃないのか?」

 

「ったく、何年先輩と組んでると思ってんですか。……俺も行きますよ」

 

「……結構無理するかもしれないぞ?」

 

「先輩と組んでれば嫌でも無理はしてますって」

 

 肩を竦めていって見せる織田に金本も小さく笑うと「乗れ」と短く告げ、二人は車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京エリアにある工業地帯。その中の廃棄された工場内に蓮太郎、火垂、凛、摩那の姿があった。

 

 凛の手には長刀、黒詠がもたれている。

 

「なるほどな……それでトリヒュドラヒジンか」

 

「うん、五翔会は試験的に培養したガストレアを東京エリアに放ってその性能を確かめたんだ」

 

「それで秘密を知った水原と駿見医師を殺したってことか……ふざけやがって」

 

「本当にふざけているわ。そんな研究のために鬼八さんを殺すなんて……ッ!!」

 

 蓮太郎の隣では火垂が怒りを露にしていた。凛は彼女を見やりつつ、蓮太郎に告げる。

 

「木更ちゃんは今零子さんと一緒にいるから問題はないよ。あと、延珠ちゃんとティナちゃんもウチの地下室に隠れてるからどっちも無事」

 

「そうか……よかった」

 

 蓮太郎は怒りから一転ほっと胸を撫で下ろす。しかし、こちらも悠長には構えていられない。

 

 これだけのことを知った今、櫃間は確実に自分達を潰しにかかるだろう。そのために派遣される人選は二人。

 

 リジェネレーターとダークストーカーだ。

 

「蓮太郎くん、恐らくここに――」

 

 言いかけたところで、凛は摩那と共に弾かれるように振り返った。蓮太郎と火垂もそちらを見やる。

 

 四人の視線の先には二人の人物がいた。

 

 一人は額狩高校の紺色の詰襟制服を着た美少年。五翔会のメンバー、ダークストーカーこと巳継悠河。

 

 そしてもう一人は黒いコートを羽織った凛と同年代ほどの青年だ。顔は悠河程ではないにしろ、普通に見ても整った顔立ちをしている。

 

 けれど、彼の手には鎖でつながれた二対の大鎌が握られていた。消去法で考えれば彼が『リジェネレーター』で間違いないだろう。

 

「こんばんは、里見蓮太郎くん」

 

「巳継、悠河ッ!!」

 

 悠河の声に蓮太郎は戦闘態勢を取る。

 

 けれど、凛はというとリジェネレーターのほうを見やったまま動く事はない。すると、リジェネレーターはニィッと三日月のような笑みを浮かべて告げてきた。

 

「やっと真正面から会えたなぁ、断風凛」

 

「そうだね。ここ最近僕に纏わりついていた殺気は……やはり君のものだったか」

 

「ああ、そうだ。さすがだな」

 

 くつくつと笑うリジェネレーターだが、殺気は強くなるばかりだ。しかし、凛は臆すことはない。

 

 すると悠河が笑みを浮かべながらこちらに告げてくる。

 

「では、始めましょうか。最後の殺し合いを」




今回は少し短めでしたね。

しかし、いろいろな人の視点からかけた気がします(自己満足)
ちょっと読者の方は視点がコロコロ代わって読みにくかったかと思います。その辺りは謹んでお詫び申し上げます。
そしてもはや原作など形が残っていないというw

そういえば、玉樹は? 弓月は? 朝霞は? と思っていらっしゃる方もおられると思いますが、ご安心ください。ちゃんと出ますよ!
……戦闘に参加するかどうかはわかりませんが。

そしていよいよ大詰めとなってまいりました五翔会編!
恐らくあと三話ほどでケリがつくでしょう。
そしたら未織メインのちょっとしたパロディネタをやってみたいと思うので、そちらもお楽しみにしてくださると嬉しいです。

では、感想などあればよろしくお願いいたします。

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