ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

67 / 85
執事編 第四話

 勾田高校の教室は妙な空間と化していた。皆ある一点を見つめているのだ。そのある一点とは、教室の窓際から二列目の一番後ろの席だ。

 

 男子生徒は奇異と疑問の視線を。女子生徒は好奇と羨望の眼差しを送っている。

 

 彼等は声には出さないものの思っていた。全員が唯一つのことを。

 

 ……執事がいるッ!!

 

 そう、彼等の視線の先には生徒会長の司馬未織と、彼女の隣の席に悠然と構える黒服の執事の姿があった。彼はまったく動くことはせず、ただ静かに瞳を閉じているだけだった。

 

 

 

 

 

 ……やっぱりかなり見られてる。

 

 瞳を閉じて動揺していないそぶりを見せている凛はかなりの数の生徒からの視線をヒシヒシと感じていた。廊下を歩いていた時もそうだが、教室に入ってからはもっと視線が増えた。廊下のほうでも騒ぎ声が聞こえるので上級生も見に来ているのだろう。

 

「……お嬢様、やはり少々無理があったのでは」

 

 隣に座る未織だけに聞こえるように小さく言ってみるが、彼女は軽く鼻を鳴らした。

 

「そないなことあらへんよ。皆面白がって見とるだけやし、ビクつくことあらへん」

 

「いえ、僕が言っているのはそうではなくてですね」

 

 言ってみたものの、実際のところ未織に効果はないだろう。

 

 結局何度か説得してみたものの最終的には「平気やろー」だけで全てあしらわれてしまった。

 

 やがてホームルームの時間を告げる予鈴が鳴り、廊下にいた生徒は全てはけた様だが、未だに教室内では数人の生徒がこちらに視線を向けているのが感じられる。しかしそれも担任の教師が来てからはなくなった。

 

 視線がなくなったのを気に、凛はまぶたを開けて教壇を見ると、二十代後半と思しき女性教諭が出席簿を広げていたところだった。

 

「はい、皆おはよう。えーっと……既に知っているかと思うけど、司馬さんの執事さんが今日から数日間皆さんとともに勉強することになっているの。では、執事さん。皆に自己紹介してもらってもよろしいですか?」

 

「……はい」

 

 若干迷いながらも立ち上がり、凛は一度教室を見回す。皆一様に興味の視線をこちらに送ってくるが、男子生徒から若干の殺意が伝わってくるのはなぜだろう。

 

「司馬未織様の下で執事として仕えている、断風凛と申します。数日間だけですが、皆さんよろしくお願いします」

 

「ありがとうございました。あ、私の名前も教えておきますね。このクラスの担任の天木悠です。それじゃあ、断風さんに質問がある人は休み時間にね。それじゃあ今日は半日がんばっていこう!」

 

 彼女の一言で締めくくられたホームルームだが、天木教諭教室からいなくなった瞬間に、女子生徒が凛に詰め寄った。同時に男子生徒からの殺気が強くなる。

 

 その後、一限目の授業が終わるまで質問攻めにされた。まるで転校してきた生徒のようである。

 

 そして昼。普通であればあと二限ほど授業があるはずだが、今日は夏休みが終わって初日ということで午前で授業が終了となっている。

 

 未織には弁当を渡してあるので問題ないのだが、凛は自身の分を用意していないので、半日でも品物を置いてくれている購買に走ることとなった。

 

 そのため現在、絶賛購買に向けて疾走中である。割と本気で走っているためか、周りからの注目を集めてしまうが、空腹は良くないので走り抜けるしかない。

 

 廊下を全力で駆け抜け、階段を一番上の段から踊り場まで飛び降り、凛は購買に到着できた。幸いまだ生徒でごった返すような事態にはなっていない。そのまま適当にパンを購入し、自販機でペットボトルのお茶を買った後教室に戻るが、道中、帰りがけの生徒の視線に晒された。

 

 同時にヒソヒソという話し声も聞こえる。

 

「え、なんで執事?」

 

「アレでしょ。確か生徒会長の」

 

「あぁ、司馬さんの家の人なんだ。でもなんでいるの?」

 

「やっぱりお嬢様のやることは違うわねぇ」

 

「黒い執事……『あくまで執事ですから』とか言って欲しい、ハァハァ」

 

 声からして女の子だろうが、最後の方はあまり聞きたくはない空気であった。その声に混じって男子生徒の声も聞こえる。

 

「イケメンなら執事とか」

 

「ざけんな、死ね」

 

「四六時中あの会長と一緒とかマジゆるせねぇ」

 

「所詮この世は世知辛いものだぜ」

 

「つーかお前等皆涙拭けよ」

 

 なんとも言いがたい声が聞こえたが、それにはまったく顔を崩さず、凛は教室への歩みを進める。やがて教室にたどり着いたところで、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「いきなりなんだよ未織。今日はこれで終わりなんだからさっさと帰りたかったんだが」

 

「んー? いやいやもうちょい待ってなって里見ちゃーん。そろそろ帰ってくる頃やと思うし」

 

 楽しげな未織の声と、最初の声の主は蓮太郎だろう。話の内容からして未織が呼び出したようだ。まったく本当にやりたいほうだいなお嬢様である。

 

 やれやれと彼女の反応に嘆息しつつ、凛は教室に入る。すると、未織が蓮太郎にこちらを見るように促したようで、彼は振り向き、一気に表情を驚愕に染める。

 

「凛さんッ!? 何やってんだこんなところで、しかもそんな格好で!!」

 

「話せば長いことながら」

 

 驚愕する蓮太郎に対し凛は伏せ目がちに答えるが、未織が小さく笑いながら説明する。

 

「凛には今私の執事やってもらっとるんよ。二週間限定でなぁ」

 

「いや執事はまだわかるけどよ、なんで学校にいんだよ」

 

「アレよ、なんかウチだけ学校にくるの癪だったし」

 

「だからって巻き込むなよ……やってる手法、俺の時と大して差がないぞ」

 

 呆れ気味に言う蓮太郎だが、未織は気にかけた様子もない。その様子小さく溜息をついた蓮太郎はこちらに小さく言ってきた。

 

「未織の執事とか色々大変だと思うけど、がんばってな」

 

「ありがとう。けど、はじまっちゃったものはしょうがないから最後までやるよ」

 

 肩を竦めつつ答えると、彼は頷いて答えて告げてきた。

 

「そんじゃ俺はもう帰るぞ。さっき延珠から電話がかかって『青空教室に来るのだ!』って騒いでたからな」

 

「外周区の子達に勉強教えてあげるんだっけ?」

 

「ああ。妙に懐かれちまってな。そんじゃあな二人とも」

 

 蓮太郎はそれだけ告げると踵を返してヒラヒラと手を振りながら教室を出て行った。彼の姿がなくなると、未織は息をついたあと凛が作った弁当を広げた。

 

「そんならウチらもささっとお昼平らげてしまおか」

 

「今日は確か生徒会のお仕事でしたね」

 

「うん。二学期やから文化祭やらいろいろあるからなぁ。他の役員の子も残るから、凛は紅茶とか淹れてくれるか?」

 

「かしこまりました」

 

 胸に手を当てて腰を曲げた凛に未織は頷く。

 

 そして凛と未織はそれぞれ昼食を平らげ、生徒会の仕事に向かった。全ての仕事が終了したのは午後三時頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……地味に疲れた」

 

 自室のベッドの上に寝転がった凛は大きなため息をつく。

 

 時刻は午後八時。未織の夕食も終わり、暇な時間である。いつも通りであればこのまま軽く夕食をとって睡眠をに入るのだが、それを防ぐかのようにスマホに連絡が入った。画面を見てみると未織からだ。

 

「はい、なんでしょうかお嬢様」

 

『ちょっと来てくれるかー?』

 

「承知しました」

 

 短い会話の後に凛はベッドから立ち上がり、身だしなみをそろえると未織の部屋に向かった。

 

 未織の部屋に到着すると未織は寝間着姿でベッドの上に寝転がっていた。

 

「お嬢様、用事とは?」

 

「格ゲーで対戦しよーや」

 

「……摩那から聞きましたか」

 

「もち。いやーまさか凛が格ゲーマニアやったとはなぁ、以外にバトルジャンキー?」

 

 悪戯っぽい笑みを見せながら言う彼女に対し、凛はクスリと笑う。

 

「バトルジャンキーと言うほどではないですが、学生時代は幼馴染とゲームセンターを巡っては記録を塗り替えるようなことはしていましたね。まぁ僕の場合はついて行った結果それなりに実力が付いてしまったというだけですが」

 

「うわーお、なかなかにヘヴィなことやっとるなぁ。でも民警と両立とか大変やったんやない?」

 

「四年前は……数ヶ月の間民警として働いていない時期もありましたからね。結構塞ぎこんでもいましたから、幼馴染が他のことも考えろってことで連れ出されてたんです」

 

「へぇ、ええ幼馴染さんやなぁ。さて、思い出話はそんくらいにしてはじめよか。一応いろいろそろっとるけど、やっぱB○AZBL○E? あとはメ○ブラ、UNDE○ NI○HT IN-B○RTH、アル○ナハー○もあるけど?」

 

「普通にB○AZBL○Eでいいのでは?」

 

 提案すると、未織は小さく頷いてディスクをセットする。しかしそこで思い至ったのか、指を立てて問うてきた。

 

「コントローラーはアケコン? それとも普通の?」

 

「あるのならばアケコンで」

 

「はいなー。ウチも久しぶりやからなぁ、凛は何使うん?」

 

「基本的にはハ○マとテ○ミですね。あとはハク○ンも使いますし、あぁカ○ラもたまに使いますね」

 

「……なんか前半二人が凄まじいほど凛のイメージにあってへんけど、まぁええか。ウチはノ○ルにニ○ーにコ○ノエ、レ○チェルあたりかなぁ」

 

「女性キャラメインですね。ラ○チ先生やマ○トは使わないので?」

 

 問いを投げかけてみると、未織の眉間に皺がより、額には血管が浮き出た。なにやら地雷を踏んでしまったようである。

 

「巨乳は敵や」

 

「あぁなるほど……」

 

 ついつい納得してしまったが、予想はついていた。木更や琉璃ともめている時も大概が胸のネタだからだ。そんなに胸とは大切なものなのだろうか。確かに男性の魅了するためのものとしてはそうかもしれないが、木更ほど大きかったら動きづらそうなものだ。

 

 蓮太郎も木更のことを好いているのは何も胸ばかりではないだろう。もし彼が木更の胸だけが好きなどとほざけば、凛が彼に対して『O☆HA☆NA☆SHI』することは辞さないのだが。などと考え込んでいると、未織が小突いてきた。どうやら準備が出来たようだ。

 

 例によってハ○マを選択すると、未織がスタートボタンを押し対戦がスタートした。

 

「手加減はせぇへんよ」

 

「こちらも全力で行かせてもらいます」

 

 言うと同時に対戦が始まり、二人はゲームを始めた。

 

 

 

 

 

 二時間後。未織はその場にガクリと両手を突いた。

 

 そして彼女の隣には、髪をかき上げてなおかつ燕尾服を脱ぎ捨てた状態の凛が悠然と構えていた。その瞳はどこか嗜虐的な光りを見せている。

 

 結果として未織は凛に一勝しかすることが出来なかった。その強さは確かに紛れもないもので、コンボの繋げ方にもまったくのむらがなかった。まさしくゲーマーのそれだ。

 

「つ、強すぎやろ……」

 

「まぁがんばって鍛えましたからねぇ。ですが、お嬢様も強かったです」

 

 呟きに大して微笑を浮かべながら答えた凛だが、未織にとってはその笑みがゲーム内で煽りまくってくるハザ○や○ルミのそれに見えてならなかった。

 

「なんかムカつくからまだまだやるんじゃー!!」

 

「流石にもうお休みなったほうがよろしいのでは」

 

「うっさい! ホラさっさとキャラ選んで始めるで! 私が一勝するまで寝かせへん!!」

 

「明日がキツイですよ?」

 

「うっさいわボケェ!!」

 

 いつもの和やかな雰囲気はどこえやら。未織は完全に凛に対して敵意をむき出しにしていた。まぁ子供が癇癪を起している様なものなのだが。その辺りはまだまだお子様と言ったところだ。

 

「ではお嬢様が満足するまでお付き合いしましょう。それが執事としての勤めでもありますから」

 

 やれやれと溜息をつきつつ、再度凛はコントローラーに手をかけた。

 

 それから数時間、対戦は続いたものの、結局勝負は未織の寝落ちという形で終わってしまった。

 

 翌日、凛は何食わぬ顔で起きることができたものの、未織がぬぼーっとした様子でいたのは言うまでもない。しかも凛の場合、今日は学校がなく家事などだけだったので余計に彼女の神経を逆撫でしてしまい、学校に送っていった時去り際に「今日もやるで!」と言われたのだった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夕刻。

 

 司馬重工のVRトレーニングルームには摩那の姿があった。

 

『あーあー、摩那ちゃん聞こえるー?』

 

 ヘッドセットから聞こえてくるのは未織の声だ。摩那はそれに「うん」とだけ答える。

 

『ほんなら今から摩那ちゃんの新武装の試験運用を行うけど、準備はいいかえ?』

 

「ダイジョーブ。いつでも始められるよ」

 

 そういう摩那の腕には漆黒のガントレットクロー。そして足には腕と同じ漆黒のグリーブクローが装着されていた。

 

 ……若干重さはあるけど、まぁこれぐらいなら。

 

 内心で思いながら摩那は大きく息をつく。すると、それに答えるように風景が一変し、外周区のような風景に切り替わった。そして廃ビルの隙間からはこちらを見据えるバーチャルガストレアの影が。

 

『エリアないに配置したガストレアの数は合計で十体。いずれもスピードタイプを元にしとるから一筋縄ではいかへんでー』

 

「上等! それじゃあ、行くよッ!!」

 

 言うと同時に摩那の瞳が赤熱。そして彼女はスパイクのようなグリーヴで地面を蹴って加速。さらに、加速するために地面を蹴るがふとそこで摩那はあることに気が付いた。

 

「これ、結構蹴りやすい」

 

 そう、スパイクの役割を果たしているグリーヴは的確に地面を捉えているので、今までのシューズよりも格段に加速しやすいのだ。

 

 初動は確かに今までと比べると僅かに遅い。けれど、その後の加速は今までの比ではない。まさしくチーターの疾走のごときダッシュは、幻紅と呼ぶにふさわしいだろう。

 

 そして彼女は速さを保ったまま最初のガストレアに肉薄すると、ガストレアの顔を腕をクロスさせる形で吹き飛ばす。

 

 そこからは一方的なまでの蹂躙が始まった。ガストレアも摩那のスピードについて行こうとしたものの、彼女の俊敏な動きについていくことが出来ず、ある個体は顎から吹き飛ばされ、ある個体は脳髄を引き抜かれ、またある個体は身体を丸ごと引き裂かれた。

 

 

 

 

 摩那の新装備のためと彼女を呼び出した未織だが、目の前で起こった光景に驚きを隠せないでいた。

 

「いやー……摩那ちゃんの戦いかたってなかなか豪快やなぁ。延珠ちゃんのは前に一回見たことあるけど、まさかここまでとは……」

 

「実際のところ摩那は結構僕と似ているところがあるからね。一度戦いを始めると絶対に手は抜かないし」

 

 そう言う凛は敬語ではなく普通の口調だったが、それは今が執事の時間ではないからだろう。

 

「確かになぁ。でもあの装備、なかなかあっとるみたいやね」

 

「うん。あの速さは多分今まで以上だね。でもあれに決めるかどうかは摩那自身が決めることだから、なんともいえないけどね」

 

「せやね。せやけど、ウチの見立てでは摩那ちゃんは絶対にアレにすると思うなぁ」

 

 にやりと笑う未織はもう一度トレーニングルームの様子を見る。そこには既にガストレアを倒しきり、清清しい顔をした摩那が佇んでいた。

 

 結果、摩那は新武装を気に入ったようでトレーニングが終わった後、未織に作ってくれるように頼んできた。未織はそれを了承し、完成品を作るということで話は落ち着いた。

 

 

 

 

 夜になり、凛はまたしても未織の部屋に呼び出されていた。

 

「やっぱりまたやります?」

 

「当たり前やん、今日約束したんやし」

 

 未織はニコニコ顔で言ってくるが、凛は微妙な表情だった。しかし、結局有無を言わさず始められた対戦はまたしても深夜にまで及んだ。

 

 そして凛は思った。

 

 ……この対戦、多分執事期間中ずっと続くんだろうなぁ。

 

 と。




今回はいつもより短い日常回って感じですかね。

次は第二パーティ回でそれなりに事件を起します。
もうちょっと学校での凛の姿を描いても良かったのですが、それはもう少し先ですかね。

この執事編はあと三話か四話ほどで終わりにしたいと思っています。
いつまでも長々やってもしょうがないですしw
近いうちに活動報告でアンケート的なものを実施したいと思っています。

今のところ内容として考えているのは……
その一、零子さんの過去編。
その二、杏夏と凛の初任務編。
その三、まったく別のオリジナル編。
その四、零子さんの死闘編。
こんな感じでしょうか。

活動報告でアンケートを実施するので、ぜひぜひ参加して下さると幸いです。

では今回は駄文でしたが、これにて。
感想などありましたらよろしくお願いいたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。