前回のパーティより数日、第二回目のパーティ会場に宝城グループの令嬢、宝城琉璃は執事である風間レオの姿があった。しかしまだ、彼女の宿敵である未織の姿はない。
「ふむ……今日はわたくしの方が早く到着したようですわね」
自慢げな彼女だが、その近くにいたレオは苦い表情をしている。それもそのはず、今はパーティが始まる一時間も前だ。こんなに早く来るものはそうはいないだろう。
だが、琉璃がこんな時間に来たのは未織に突っかかるためだろう。
「今日こそあの女狐に目に物見せてやりますわ」
「なるべく喧嘩はしないようにしてください」
「わかっていますわ。というか、喧嘩に発展しそうになったらまた貴方とあちらの断風が止めに入るでしょう?」
琉璃の言葉にレオが頷いて答えたので、琉璃は「なら安心ですわ」と笑みを浮かべた。実際何が安心なのかさっぱりわからないが。
そしてそのまま四十分近くが経過し、会場にも多くの人がやってきてにぎわいを見せ始めた。琉璃もそれらの人の全てに挨拶をしていたが、めあての人物はいまだに姿を見せない。
「……遅い。……本当に遅いですわッ! 何をやっているんですのあの女!」
「まぁ司馬様にもご都合がありますし……」
「このわたくしが待っているんですのよ!? だったらもっと早く来るのが常識でしょう!」
「いえ、お嬢様。さすがにそれは自己中です」
軽く突っ込みをいれられた琉璃だが、そんなこと耳に入っていないのか、彼女は立ち上がってズンズンと出口のほうに向かった。
「お嬢様、どちらへ?」
「お手洗いですわ」
それだけ告げた琉璃はお手洗いに向かったが、彼女は気に食わなさそうに歯噛みしていた。
ようをたした後手を洗い、それなりに化粧を整えた琉璃はトイレから出ようとした。しかし、そこで可愛らしいドレスを着た少女が立ちはだかった。
「宝城琉璃さん、ですね?」
「? えぇ、そうですけど……貴方は?」
最初はパーティに参加している者の子供かと思ったが、次の瞬間、少女はこちらに殴りかかってきた。その跳躍は明らかに人間のそれではない。
そして琉璃は目撃した。少女の瞳が赤く染まっていることを。
……まさか、『呪われた子供たち』!?
思ったと同時に彼女は反応し、拳が叩き込まれる寸前で避けきった。琉璃が避けたところで少女の拳は壁にめり込み、蜘蛛の巣状にひびが入った。
内心でゾッとしながらも懐から愛銃を取り出して少女に向ける琉璃だが、瞬間、首筋に鋭い痛みが走った。
「かッ!?」
息が詰まるような声が漏れ、同時に意識が薄れていくのを感じた。かすれてゆく意識の中で、琉璃は直感で首筋に手刀を当てられたのだとわかった。
そして最後に耳にしたのは随分と陽気な声と、残忍さを思わせるギラリと光る鮫歯だった。
「おやすみ、お姫様♪」
声を聞いた瞬間、琉璃の意識は完全に途絶えた。
目の前に横たわる琉璃を見下ろしながらホテルの女性用従業員の制服を着た人物は大きなため息をついた。
「ヤレヤレ、アタシって女を襲う趣味はないんだけどねぇ。出来るならイイ男の方が――」
「馬鹿なこと言ってないでさっさとしてください。その女性の従者が来ると面倒です」
「んもう、少しは聞いてくれたっていいんじゃなァい? アタシ傷ついちゃうワ」
身体をくねらせながらドレスを着た少女に言うと、少女はまるでゴミを見るかのような目でこちらを見てきた。
「あーハイハイ、わかってるわよ。そんなに睨まないでもいいじゃないの。でもまぁアンタにそういう風に睨まれるのも興奮するというか……」
「オカマでロリコンとか救いようがありませんね。百回ぐらい地獄に堕ちて下さい」
「アァ! イイ! イイわァ! アンタのそのなじり方ゾクゾクしちゃうッ!」
「……失礼しました。もう一つ入れておくのを忘れていました、オカマでロリコンでドMの変態でしたね。カオルさん」
あきれ返った様子で言う少女に対し、カオルと呼ばれた女装をした細身の男性は小さくため息をついてから頷くと、用意していたと思われる清掃員の制服に着替え、その間に少女の方はこちらも準備していたと思われる清掃員がゴミを集めるために使うカートを取り出し、琉璃をその中に入れた。
「さぁて、そんじゃあさっさととんずらして身代金でもサクッと頂いちゃおうかしら。ねぇ、リア♪」
少女が頷いたのを確認すると、カオルはそのまま女子トイレから脱し、何事もなくホテルの地下駐車場に向かった。
ちょうどその頃、ホテルの一階に到着した凛は前を行く未織に対して溜息をついていた。
「お嬢様……格ゲーに熱中しすぎでパーティの時間に遅れそうになるのはいかがなものかと……」
「えー凛がもっと早く言ってくれれば切り上げたで?」
「僕何回も言いましたよねッ!? 『遅れますよ』って何度も言ったけどお嬢さまが勝手に『まだまだやー!』とか言ってたんでしょうが!」
「チッ……バレたか」
何がバレたのかわからないが、凛はもういちど嘆息する。すると、彼等の目前を清掃員が深く帽子を被り、軽く頭を下げながら通り過ぎていった。未織がそれに小首をかしげる。
「なんやアレ、随分と急いどるなぁ」
「まぁ清掃員というのも大変なんでしょう。そんなことよりもお嬢様、早くしないと本当に遅れます」
「はいはい、まったく凛は細かすぎやでー」
「司馬家の執事を任された以上、本気でやらせていただきます」
未織の言葉にきっぱりと答えてエレベーターに乗り込み、彼等はパーティ会場のあるフロアへ上がる。
「にしても、今日のパーティとか本当はウチでなくてもええんやけどなぁ」
「そうなのですか?」
「今日はただのお話し合いみたいなもんやし、ウチがいなくても琉璃一人でどうにでもなったと思うんよ」
肩を竦めながら言っているものの、凛は何かが引っかかったのか彼女に問うた。
「本音は?」
「めんどくさい」
「でしょうね」
「だって明日ウチ学校やで!? この気持ちわかる!?」
「まぁわかりますけどね……それでも兵器開発会社の重鎮の司馬重工のお嬢様が出なくてどうします」
「ぐぬぬ……」
正論を言われてしまい未織は悔しそうにしていたが、そうこうしているうちにパーティ会場があるフロアに到着した。エレベーターのドアが開いて未織は渋々降り、凛もそれに続く。
しかし、そこで二人は妙な人だかりが出来ているのを見つけた。
「なんやアレ?」
「女子トイレの用ですが……なにかあったようですね」
疑念を抱きつつも二人がそちらに向かって、未織が適当な人物に声をかけた。
「なんかあったん?」
「こ、これは未織様! いえ、それがですね……宝城琉璃様が誘拐されてしまったようなのです」
その言葉に未織の表情が一瞬固まったが、すぐさま彼女は驚愕の声を漏らす。
「ハァ!? 琉璃が誘拐ってなんやねんそれっ!?」
今にも問うた人物につかみかかりそうな剣幕で未織が詰め寄ったが、そこでトイレの入り口から一人の男性が飛び出してきた。
琉璃の執事である風間レオだ。彼はすぐにこちらを発見すると神妙な面持ちで告げてきた。
「司馬様……この方が言ったのは本当です。これを」
彼が未織に私たのはドラマや映画でよく目撃するいかにもな脅迫文だった。
「えっと……『宝城琉璃は預かった。返してほしくば、二時間以内に三億を用意して建設中の勾田麗鵬ビルに来い♥』……って三億の前にハートってなんやねん! なめとんのか!」
ペシッ! と大理石のフロアに脅迫文を叩きつけた彼女に凛は問う。
「いかが致しますか?」
「決まっとる。凛、主の命令や、今すぐにレオと協力して琉璃を奪還せえ」
告げられ、凛はその場に肩膝をつき胸に手を当ててから彼女に頭を垂れる。
「
するとその光景を見ていたレオが不思議そうに問うてきた。
「ま、待ってください! 司馬様とお嬢様は仲が悪いはず! なのに、なぜ助けようなどと!?」
レオの問いももっともだろう。しかし、未織は小さく息をつくと彼に言い切る。
「レオ、ウチは確かに琉璃のことは嫌いや。でもな、もしこのまま琉璃に消えられると、兵器系の話で張り合うヤツがおらへんようになってまう。そんなん暇やん。せやから助ける。琉璃とはまだまだやり合っていたいからなぁ」
薄い笑みを浮かべて言う未織に対し、レオはハッとしたあと彼女に対し深く頭を下げた。
「ありがとうございます、司馬様……!」
「ええよ。ほんなら二人とも、全力で琉璃を救出するんや!」
その言葉に頷くと、凛とレオは琉璃を救出するために麗鵬ビルへと向かった。
麗宝ビルに向かう車内の中で凛とレオは状況を整理していた。
「なるほど、宝城様がお手洗いに行っているうちにさらわれたと……」
「ああ。オレがついていながらなんてザマだ……!」
レオは悔しそうに拳を握り締めていたが、凛はさらに問いを投げかけた。
「ところで、トイレには何か手がかりのようなものはありましたか?」
「手がかり? ……そうだ、壁に何者かによって殴られたような痕跡があった。あとはホテルの従業員の制服程度だ」
「殴られた痕跡……大きさは?」
「中心は小さかったが、ひびはかなりのものだった。それが手がかりになるのか?」
問いに対し、凛は小さく頷いた。そして赤信号で停車しながら彼はレオに告げた。
「恐らくですが、敵は複数。その中には『呪われた子供たち』がいます」
「なっ!? だが、そうか……中心が妙に小さかったのは子供の手だったからか」
「ええ。しかもあのホテルの壁を破壊したとなると、パワー系だとは思います。宝城様は殴られてはいないでしょうが、それでもかなり力をセーブした方でしょう」
凛の言葉にレオがゴクリと生唾を飲み込んだ音が聞こえた。そして車が再発進したところでレオが問う。
「もし、相手側の呪われた子供たちに殴られたらどうなる?」
「本気であれば即死は免れないでしょう。まぁ打ち所もあると思いますが、腹部に直撃すれば内臓破裂。頭に叩き込まれれば頭がはじけ飛ぶかもしれませんね。レオさんは呪われた子供たちの相手は初めてですか?」
「ああ。不甲斐無いがな……」
「いえ、それも無理はないと思います。基本彼女たちと戦うのは民警でも避けますから。まぁ僕の友人には勝利した人物もいますけど。
では一応、分担を決めておきましょう。僕が子供の相手をしますから、レオさんはそのほかの相手をお願いします」
「承知した。しかし、断風。お前一人で大丈夫なのか?」
レオが心配そうに問うてきたが、凛は小さく笑みを浮かべると頷く。
「一応は大丈夫だと思います。僕も過去に何度か相手をしてますから何とかなるでしょう」
「そうか……本当にすまない。オレがもっとしっかりしていればこんなことにはならなかった」
「今は気にしてもしょうがないです。ほら、もう着きますよ」
凛が指差す先には建設途中で鉄骨がむき出しになった状態の麗鵬ビルが闇夜にそびえたっていた。
琉璃は頬に吹き付ける冷たい風によって目を覚ました。
少々首筋が痛んだが、それを気にせずに軽く頭を振って意識をハッキリさせ、身体を起そうとしたが背中に当たる冷たい感触と、腕に巻きつく縄の感覚で自分が鉄骨に縛り付けられているのだと理解が出来た。
仕方がないので周囲を見回すことで状況を確認すると、どうやらここは建設途中のビルのようだ。
「ここは……」
「お目覚めかしらァ? もうちょっとばかし眠ってるもんだと思っていたけれど……存外丈夫にできてんのねェ」
声のする方に視線を向けると、そこには赤いコートに身を包み、真っ赤な髪の男がいた。しかし、顔は化粧をしているせいなのかわからないが、妙に女のような顔立ちだ。
「アナタは?」
「あぁ自己紹介がまだだったわねぇ。アタシは
身体をくねらせて言う彼に琉璃は嫌悪感たっぷりな眼差しを送る。すると彼もそれに気が付いたのか、琉璃の頬に指を食い込ませた。
「なぁにアンタみたいな雌豚がアタシにそんな視線向けてんのよ。さっきは形式的にお姫様って言ってあげたけど、次そんな顔したらただじゃ置かないわヨ」
「他人に自分の価値観を押し付けるのは良くないと思いますよ、カオルさん」
その声が聞こえると同時に薫は手を離して肩をすくめた。
「冗談よ冗談。これぐらいいいでショ? リア」
薫の視線の先にはハードカバーの本を懐中電灯を当てて読んでいた少女の姿があった。
「アナタはさっきの!」
「どうも、リアと言います。以後お見知りおきを」
ペコリと頭を下げた彼女は薫と比べるとかなり礼儀正しかった。しかし、それがどこか恐ろしかった。
「その変態のことは気にしないでください。如何せん男にしか興味のないゲイなので」
「ちょっとリア! 男にしか興味がないってアタシが男ならなんでもいいって言ってるみたいじゃない! 訂正なさいヨ!」
「チッ……失礼しました。イケメンの男にしか興味がない変態ですので、女性から変な風に見られると、キレます。だからなるべく見ない方がいいですよ」
リアが若干貶し気味でいうが、薫は大して気にもかけていない。というか、若干興奮した様子でいるのは、やはり変態なのだろうか。
「……アナタ達の狙いはなんですの?」
「狙い? それは金よ。アンタみたいな令嬢をさらえばかなりの金額がもらえるでショ? だから誘拐したの。安心しなさいよ、別に殺しはしないから」
鮫のようにとがった歯をぎらつかせながら言う彼の言葉は信じられるものではなかったが、声には殺意は孕まれていなかった。
すると、そこで本からパソコンに目を落としたリアが告げた。
「カオルさん。一階に二人の男が入ってきました」
「アラ、早いわねェ。もう金が準備できたのかしらァ?」
「さぁ? でも、どうしますか?」
「もちろん、下に行くに決まってるでショ。それじゃあね、お姫様。できればそこでおとなしくしてなさいよ」
薫とリアはそのまま階段を使って降りていったが、琉璃は離れたところにあるパソコンのモニターを見て笑みを浮かべた。
「そちらも、わたくしに手を出すならもうちょっと下調べをしたほうが懸命ですわね」
麗鵬ビルの一階にたどり着いた凛とレオはそれぞれ互いの獲物に手をかけていた。
凛の手には大型のナイフが二本。レオはマグナム拳銃を持っている。
コツコツと二人の歩く音だけが響くが、そこで二人に照明が照らされた。同時に、甲高い声が前方のエスカレーターの上から聞こえる。
「ようこそ、いらっしゃいました。お二方、さぁて……金は準備できたのかしらぁん?」
「金など用意していない! さっさとお嬢様を返してもらうぞ!」
「あら残念。お金がないんじゃあお嬢様は返せないわねェ」
こちらをあざ笑うかのような声にレオが苛立ちを露にするが、そこで声の主と少女が現れた。
「でもまぁ、アンタ達戦う気満々みたいだから……少し戦ってあげるわ」
声の主は奇抜な格好をしたオカマだった。顔だけ見れば女のようなのだが、体つきは男っぽさが残っている。
彼の手には二丁の拳銃が握られており、少女はメリケンサックをつけている。
すると、男の方はこちらをそれぞれ吟味するように舌なめずりをしながら見てくる。その際に鮫の歯のようなギザギザした歯が覗く。
彼はレオを見たあと興が削がれたように「ヤレヤレ」とかぶりを振るが、凛を見た瞬間、瞳をくわっと見開いた。そして彼はしばらくワナワナとしたあと、万歳するように手を高く掲げる。
「イイ男キターーーーーーーーーーーーッ!!!!」
大絶叫に少女の方はいやそうな顔をしながら耳を塞いでいたが、凛とレオは怪訝な表情をする。すると彼は凛を指差して問うてきた。
「そこのアンタ! 名前は!?」
「僕ですか? 凛といいます。断風凛です」
「リン……あぁ、なんて甘美な響きなのかしらッ! いいわ、アンタ実にイイ! 決めた、戦いが終わったらアタシがいろいろしてア・ゲ・ル♥」
言いながら彼は投げキッスをしてきたが、凛はそれを無表情のまま迫っていたであろう『♥』をはたき落とした。
「アァン! そんな冷たいところもス・テ・キッ!! 胸がキュンキュンしちゃうッ!!」
身体を捩らせ、頬を僅かに上気させる彼は男であるにも関わらず妙な色気があった。しかし、凛はそれを見ながらレオにただ一言。
「レオさん、僕ああいう人苦手なんで、やっぱり分担はさっきの通りでお願いします」
「……心得た」
レオも嫌な表情をしていたが、それはそれで仕方がないだろう。というか、彼のパートナーである少女のほうでさえ嫌そうな表情をしているのだから、目の前の彼は相当気持ち悪いのだ。
すると、ひとしきり悶え終えた彼とパートナーである少女はこちらを見やりながら自己紹介を始めた。
「アタシは郷九薫。よろしくネ、リンちゃん」
「リアといいます。よろしくどうぞ。あと、この変態をみて気持ち悪く思うことは至って正常なので大丈夫です」
「んもう、リア。もう少しフォロー的なやつ入れなさいヨ!」
「え? アナタにフォローを入れる余地なんてありましたっけ?」
協調性があるのかないのか良くわからない二人の掛け合いに怪訝な表情をしつつも、凛とレオはそれぞれ戦闘態勢に入る。
それに気が付いたのか、薫とリアも構えを取った。
「それじゃア、ヤりましょうかァ!!」
はい、大分空けてしまいました申し訳ない。
今回は琉璃さんが誘拐されました、オカマに。オカマに。
大事なことなので2回言いました。
まぁ元ネタは言わなくても皆様理解してくださるでしょう。
例のアイツです。CVは福○潤さんで再生どうぞ。
ちなみにリアも元ネタはアッチから引っ張ってきました。
凛の苦手なもの……それはオカマだったのだ……。
次回は決着つけて、執事編も終了です。
皆様このような駄文にお付き合いしてくださり、誠にありがとうございます。
一応アンケートは次回の投稿までは受け付けております。
今のところ杏夏のお話がトップですね。皆様ラブコメの波動を感じたいかー!?
ではでは、感想などありましたらよろしくお願いします。