ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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お久しぶりです。
覚えてる人たちいらっしゃるかな?


番外編 黒神の信徒達
番外編 第一話


 断風家の広大な庭では金属と金属がぶつかり合う甲高い音が響いていた。いつもなら多くの子供達が遊んでいる庭では、長刀を持つ凛と、両手にクナイを持った凍の姿があり、彼等は先ほどから仕切りに互いの得物をぶつけ合っている。

 

 時折空中や屋根にさえ上って闘いあう二人は実に楽しげな笑みを浮かべており、この戦いを心底楽しんでいるのが見て取れた。

 

 何度かの激突の後、二人の動きが止まり鍔迫り合いが始まった。二人の力が強いからなのか、ギチギチという音が鳴り、時折火花も散っていた。

 

「やはり戦闘は白兵に限るなぁ、凛よ。銃で撃ち合うのもまた一興かもしれんが、白兵での命のやり取りこそ素晴しい!」

 

「模擬戦だから命までは取らないでほしいんだけど……」

 

「今のは言葉の綾というやつだ気にするな。まぁ気を抜けば重傷は免れんだろうがなッ!」

 

 物騒な一言を吐いた彼女はグッと力を入れて長刀を弾き、身体を低くして凛の懐にもぐりこむと、彼の腹部にクナイをつきたてようとした。彼女の瞳に一切の迷いはなく、普通に殺してしまいそうな勢いだ。

 

 だが凛も刀を弾かれた程度では動じず、刀を一度放すとクナイを持つ凍の手首をつかむ。そこを支点として身体を浮き上がらせ、凍の側頭部を目掛けてえぐるような蹴りを放った。

 

 凍も反応できたようだが、利き腕は凛にガッチリと握られているので防ぐのは困難だったのか、彼女はそのまま小さく首を動かしただけで凛の蹴りを喰らった。蹴りが直撃した瞬間、凛は握っていた凍の手首を離し、彼女は大きく吹き飛ばされた。

 

 けれども吹き飛ばされた彼女から数本のクナイがこちらを目掛けて飛んできた。なんとかそれに反応できた凛は飛んできたクナイを掴み取り、何歩か下がりながら顔を上げる。

 

 そこには片膝をついた状態でありながらも、今まで以上に楽しげな表情をした凍がいた。

 

 ほぼ側頭部に蹴りが直撃したため、普通であれば脳震盪などを起しているはずなのだが、どうやら彼女にとってそんなものは意に介さないらしい。

 

 二人はしばらく視線を交錯させていたが、やがて二人の間、ちょうど真ん中のあたりに漆黒の長刀が突き刺さった。その様子を見た凍は低くしていた態勢を直し、新たに構えていたクナイをしまうと、「ふむ」と頷いて告げてきた。

 

「今日はこの程度で終わりにしよう。このままやり続けるとどちらかが本当に死ぬことになりそうだ」

 

「了解。というか、さっき完全に僕の事殺しに来てたよね?」

 

「さてな。だがあの程度ならば普通に避けられると踏んでいたし、なによりお前だって飛ばしてる殺気が模擬戦で出すものではなかったぞ?」

 

「その辺はどっちもどっちじゃないかなぁ……」

 

「というか本気で殺すならメイン武装を持ってくるしな」

 

 ハハハ、と笑いながらいう凍に対し、持っていたクナイを投げ返して返却し、地面に突き刺さった黒詠を鞘に収めようとした。けれど、柄に手をかけようとした瞬間、白魚のような美しい手が伸びてきたかと思うと、目の前で刀を掻っ攫っていった。

 

「ちょっと凍姉さん……」

 

「少しぐらいいいじゃないか。ふぅん、改めてみるとこの刀、かなりの業物という一言に尽きるな」

 

 陽光に黒詠を翳しながら呟く彼女の視線は、刀身の根元から刃先までを舐め上げるように動いていた。

 

「なによりオレがアレだけ強く打ち込んだというのに、刃こぼれらしい刃こぼれがまるでない。大したものだな、司馬重工の技術は」

 

「まぁ実際、日本でもトップの兵器産業会社だからね。いい仕事をしてくれるよ、未織ちゃんは。姉さんも頼んでみれば? アレだってもう長いこと使ってるでしょ」

 

「そうさなぁ……アレがぶっ壊れでもしたら頼んでみるか」

 

 持っていた黒詠を返却しつつ彼女は頷いた。凛も自身の手に戻ってきた愛刀を鞘に収めると、子供達がいる母屋の方を見やる。

 

「みんなー、お待たせー。もう遊んでいいよー!」

 

 瞬間、待ってましたと言わんばかりに子供達がわっと母屋から飛び出してきた。今の時間は本来ならば子供達の昼休み。普通であれば彼女らが自由に遊ぶ時間だったものをちょっとだけ借りて二人の模擬戦に使わせてもらっていたのだ。

 

「凛にーちゃん、たたかいごっこおわったのー?」

 

「うん。おわったよ」

 

「じゃーあそぼー!」

 

 駆け寄ってきた摩那よりも四歳ほど年下の少女はニカッと満面の笑顔を浮かべた。彼女は小さな手をスッと向けてきた。

 

 凛も微笑みの表情を浮かべると、黒詠を凍に預け少女に手を引かれながら子供達の輪へと混ざって行った。

 

 受け取った黒詠を肩に担ぎながら凍は母屋へと足を向けた。子供達は凍の方をチラチラと遠巻きに観察しているようだった。まだ彼女に対する警戒心が抜け切っていないのだろう。

 

 実際それはしょうがないことだと思う。どちらかと言うと彼女は、女性の中では身長が高いほうだ。東京エリアで暮らすための物件に引っ越した際、近場の銭湯の脱衣所にあった身長計で久々に測ったらまだ伸びていた。ちなみにバストの方もちゃっかりでかくなっていた。

 

 身長が100cmから130cmそこそこの少女達から見れば、凍はいささか大きすぎるのだろう。だからこそ余計に威圧感を感じてしまっているのだ。

 

「……成長期はもう終わってると思ったんだがなぁ」

 

 溜息をつきながら縁側に腰を下ろすと、氷の入った麦茶のグラスと羊羹が差し出される。

 

「お疲れ様、凍ちゃん」

 

「ありがとうございます、珠様」

 

「様はつけちゃダーメ。もう主君と従者って間柄じゃないんだから」

 

 思わず出てしまった敬称を指摘されてしまった。断風家と露木家が両家の関係を解消してから随分と経つが、露木の人間である以上、家の成り立ちを両親や祖父母からは耳にたこができるほど聞かされた。

 

「わかりました。では、遠慮なくいただきます。珠さん」

 

「はい。召し上がれ」

 

 差し出された麦茶を飲み、口の中を潤してから羊羹を食べる。

 

 模擬戦で適度に体を動かしたおかげで甘いものが身体に染み渡る。時折吹く心地よい風と風鈴の音を聞きつつ、眼を細めながらしみじみとした様子でまったりする。

 

 ……あぁ、闘いもいいが、こういうのも悪くない。

 

 聞こえてくる子供達の楽しげな声に微笑を浮かべていると、母屋の中を駆け抜けた風が一枚の紙を凍の近くまで飛ばしてきた。

 

 残っている羊羹を食べようと視線を移すと、凍の瞳にその紙が写る。紙はなにやら宗教勧誘のチラシらしく、『新世界への転生』だの『人類の救済』だのと胡散臭い謳い文句が記載されていた。

 

「珠さん、これは……」

 

「あぁ、それね。少し前に三人くらいの変な服装の人たちが来てね。うちのやっていることが素晴しいとか、ともに新世界がどーとかいって置いて行ったのよ。うちは宗教なんか興味ないんだけどねぇ」

 

 子供達とトランプをしながら呆れた様子でいう珠であるが、チラシを見ている凍の顔は先ほどとは打って変って険しいもの担っていた。

 

 ただの宗教勧誘ならよくある話で見過ごせたのだが、このチラシに書かれているのは民警として見過ごせる内容ではなかった。

 

「ガストレアが絶対神、ねぇ……」

 

 

 

 

 

 東京エリアのとあるカフェのテラス席では、一人の無精ひげを生やした青年とショートボブカットの少女が言い合いをしていた。

 

「せやからさっき見てきたトコから決めればええやんか!」

 

「いやよ、あんなオンボロ! 第一私たち二人が住むのに一部屋だけってありえないわ!!」

 

「そこは……ホラ、布団を別個にするとかいろいろ方法はあるやろ」

 

 痛いところを突かれたといわんばかりになんともいえない表情をしているのは、先日黒崎民間警備会社に入社した大神樹である。

 

 そんな彼に対し、ゴミを見るような絶対零度の視線を送るのは彼のイニシエーターである、紅露火垂である。

 

 コンビを組んでから数日経った現在、二人は居住先を探すための物件めぐりを始めていたのだ。いつまでも事務所の泊まり部屋に世話になるわけにもいかないということで、意気揚々と事務所を出た二人ではあるのだが。

 

 現在、絶賛意見が対立中である。

 

 樹はとりあえず住めればいいというスタンスであり、探す物件はどれも激安のものばかり。紹介された物件はどれも今にも倒壊しそうなものが多かった。例えるならば蓮太郎達の住んでいるアパートのほうがまだマシである。

 

 対して火垂は断固として二部屋は必要と言い、トイレとバスルームは勿論別、出来るだけ新しい物件がよいと譲らなかった。こちらも例えるとするならば、凛のようなマンションタイプがいいということだ。

 

「布団を別個にしたとしてもそれは嫌。プライベートな空間がなさ過ぎるでしょ……。まさかとは思うけど樹、アンタ……」

 

「なんやその人間のクズを見るような目は! ちゃうからな、ワイはロリコンの気は全くない!! 出来ればバインバインのお姉ちゃんがええ!!」

 

「大声でそういうこと言わないでくれる? 本当にデリカシーがないんだから」

 

「お前が誘導したんやないか……! こんガキィ……!!」

 

 プルプルと震えながら拳を構えている樹ではあるが、火垂はそんなことを意に介さないのか、広げられた物件の資料を纏めると、一気に引き裂き、小さく纏めると近くにあったゴミ箱にシュートした。

 

 さすがイニシエーターと言うべきか、結構な厚さがあった紙の束をまったく力を要れずに引き裂いていた。

 

「と・に・か・く!! 次の物件探しは私にやらせてもらうから。樹に任せていたんじゃどんな酷いところに暮らすことになるのかわかったもんじゃないわ」

 

「へーへー、わかりましたよー。ほな、休憩はこんぐらいにしてさっさと次行こうや」

 

 樹は頭をガリガリと掻いた後、少しだけふてくされたように唇をやや尖らせながら席を立った。

 

 自分よりも子供のような態度をとる相棒に嘆息しつつも、彼の後を追ってカフェを出る。

 

 カフェを出てから火垂は、タブレットを取り出して昨日ピックアップしておいた物件を扱っている不動産屋を目指す。

 

「準備ええやっちゃな」

 

「アンタが準備しなさ過ぎなのよ。事務所を出る時『ワイに任せとけ!』って行った辺りから『あ、これはダメだな』って思ってたわ」

 

「おぅ……辛辣ぅ……」

 

 非常にドライな態度に樹は苦笑いを浮かべるものの、その鼻先にズイッとタブレットが突きつけられた。

 

 ディスプレイには火垂が昨日探したであろう物件の情報が載っていた。広さも二人で住むにはちょうどよく、築年数もあまり古くない。初期費用も零子が出してくれる範疇におさまっている。

 

「ホラ、こういう良い物件だってあるんだし、ちゃんと探した方が特なのよ。住めるだけが帰る家じゃないでしょ? しっかり心のケアもできるのが本当の家よ」

 

「……そらそうかもしれんな」

 

「そうよ。で、樹。アンタ移動手段は考えてあるの? 確かバイクに乗れるって言ってたけど」

 

「ああ、せやな。けどバイク自体があらへんからなぁ。後で買うことになるかもしれん」

 

「だったらバイク置き場のあるところも候補にいれないとね。住んでみてバイクが置けませんじゃ損だもの」

 

 タブレットを戻しながら火垂はまたいくつかの物件をピックアップしていく。そつなく進めていく様に、樹は「現代っ子やなぁ」と肩を竦めるも、表情はどこか面白げだった。

 

 二人でしばらく歩いていると、二人のいる場所から車道を挟んで向かい側の歩道で奇妙な服を着た一団がマイクを使ってなにかを訴えていた。

 

『東京エリアの皆さん! 世界は今リセットの時にあるのです!! 人類は新たなステージへと上らなくてはなりません。そのためにガストレア様を恐れてはいけません!』

 

 必死に訴える声だが、樹と火垂は過激な内容にギョッとしてしまった。今のご時勢、ガストレアのことを『ガストレア様』などという呼び方をする人間がいるとは思っていなかったからだ。

 

 よくよく演説を続ける集団の方を見てみると、やはり服装からして異常だった。彼らが纏っている衣服は黒一色の着物であり、まるで葬列のようだ。他に例えるならば日本書記や古事記に出てくるような古墳時代の衣装といえば妥当だろうか。

 

 とにかく現代日本ではありえないような服装を纏った連中がマイクを使って、非常に過激なことを発言している。

 

 殆どの人は彼らの言葉に耳を貸していないようだが、中には立ち止まって演説を聞き入っているものもいる。

 

『よいですか! ガストレア様が行っているあの捕食行動は決して殺戮行動ではないのです! あの行動は我々人類を新たなる世界、エデンへと転生させていただける神聖なる儀式なのです!! 黒神様達は我々を救済するために現世を降立っているのです!!』

 

「……なんやそのむちゃくちゃな謎理論は」

 

「ホント、呆れるわね。人間って追い詰められたりすると本当にあんな風になっちゃうのね。ガストレアが神様って馬鹿みたい」

 

 火垂はあきれ返ったのかさっさとその場から早歩きで歩き始めた。樹も軽く首をすくめると、集団の方を軽く一瞥しながら火垂の後をついて行った。

 

 その際、彼の瞳には集団の周りに立てられているのぼりが目に付いた。

 

『黒神の寵愛』と黒い下地に赤い文字で書かれたのぼりは、どこか不吉にはためいていた。

 

 

 

 

 それから数日が経ったある日。黒崎民間警備会社に司馬重工から輸送物の護衛依頼の一報が伝えられた。

 

 担当するのは凛と摩那、杏夏と美冬のコンビとなった。どうやらエリア外にて小さいながらも新たなバラニウム鉱山が発見されたらしく、司馬重工がその土地の占有権を得たとか何とかで、採掘するための物資や機材を運ぶため輸送チームを護衛して欲しいとのことだ。

 

 期間は凡そ一週間から二週間の中々の長丁場の依頼であるが、依頼が無事に完遂されれば、司馬重工から買っている武器やらを特別価格で買うことができるため、黒崎民間警備会社としても非常に旨みのある話だった。

 

 護衛につくのが恐らく東京エリアにおいて最強戦力といっても過言ではない凛と摩那に加え、多くの銃火器の扱いに長けた杏夏に索敵特化型の美冬なので失敗することはないだろう。

 

 ゆえに零子も未織からの依頼を快諾し、凛達は連絡のあった翌々日から任務へ赴いたのであった。

 

 

 

 

 

 凛達が任務に出発した翌日、黒崎民間警備会社には彼らを除いた社員が全員しっかりと出勤していた。

 

 ただし、若干一名、魂が抜けて瞳孔が開いた眼差しで天井を仰いでいる社員が皆それには一切触れずにいた。いつものことだからである。

 

 事務所内のBGM変わりにつけられているテレビからはお昼のワイドショーが写っており、お笑い芸人上がりのMCが専門家やら芸能人やらと面白おかしくゴシップやらグルメやらを紹介していた。

 

 だが、先ほどまで和気藹々としていた番組だったが、CM明けのニュースで一気にシリアスな空気を漂わせ始めた。

 

『えー、では次の話題に移りたいんですけれども、これより先の内容はガストレア関連の話題になりますので、ご気分の悪くなった方はすぐに視聴を中止していただくことをおすすめいたします』

 

 MCが軽い注意喚起をしてから少したち、その話題へと番組がシフトしていく。

 

『現在東京エリアのあちらこちらでこのような、えー、チラシが配られていたり、街角では「黒神の寵愛」なる宗教団体が活動しているのを皆さんはご存知でしょうか』

 

 フリップを取り出したMCの言葉に、自然と事務所内の視線がテレビに集まる。ただ一人を除いては。

 

『この黒神の寵愛なる団体は、ガストレアを崇拝の対象として置いており、ガストレアを神とあがめているようなんですねぇ。私はそのー、にわかには信じたくはないんですが……先生方はどうお考えなんでしょうか』

 

 専門家の意見を求め、カメラが専門家陣を映し出す。すると、そのうちの一人、宗教の専門家と紹介された人物が口を開いた。

 

『実はこう言った団体は十年前の大戦前から結構あったんですよ。特に外国に多かったですかねぇ。ガストレアは神、もしくは神の使いであり、捕食されることは死ではなく新たな生への昇華のプロセスなんだという発言が多く見られました』

 

『そうなんですか!? いやー、知らなかったですねぇ。では、諸外国の影響で今回も新たに発足されたと考えるべきなんですかね』

 

『まぁそれもあるでしょうね。もしくはついこの間起きたばかりの第三次関東会戦ありましたよね。アレの影響で再び人々の心が不安定になってきているのかもしれませんねぇ』

 

 専門家は腕を組みながら難しい表情を浮かべる。それに対し、MCは眉間に皺を寄せながら頷く。

 

『警察や政府は動いたりしないんでしょうかね』

 

『ガストレア信仰自体かなり過激な思想ですからね、既に公安警察が動いていても可笑しくはないと思いますよ。だけど、宗教関連の問題は非常にデリケートな問題ですから、慎重に捜査していくことが必要だと思いますよ』

 

『なるほどぉ……。えー、一旦CMを挟みますが、この後も引き続きこの話題に触れて行きたいと思います。また、ご気分の優れない方はすぐに視聴をやめていただきたいと思います』

 

 MCが言い終えると、番組の音楽が流れCMへと移行した。すると、先ほどまで静かにテレビの話を聞き入っていた樹や凍が口を開いた。

 

「今でてきとった黒神の寵愛って奴ら、見かけたことあんで」

 

「オレは見たことはないが、凛の実家でチラシを見かけたな。珠さんがすぐに追い払ったらしいが」

 

 話題はやはり、先ほどテレビにも出てきたガストレア信仰の宗教団体の話だった。すると、窓際でタバコをふかしていた零子が「二人とも来てみろ」と呼んだ。

 

 彼女に呼ばれ何事かと二人は零子と同じように窓の外を見やる。子供達もそれに釣られて外を覗いた。

 

「どうやらテレビで言っている以上に熱心に活動しているらしいな。黒神の寵愛とやらは」

 

 彼女の言葉のとおり、窓の外の車道には所謂選挙カーのような形をした黒塗りの車が怪しげな謳い文句を叫びながら走っていた。

 

 屋根の上に設けられたデッキの四方には、『黒神様は神』『世界の救済者黒神様』などなど、ガストレアを崇拝しているような文字が赤い文字で描かれていた。

 

「街宣車まで所有しているとは恐れ入る。相当な信者がいなければできないぞあんなこと」

 

「街中でものぼり立てて宣伝しとったなぁ」

 

「加えてこんなチラシまで配っているとは、段々とひとごとのレベルを超えてきているな」

 

 凍は胸の谷間から珠から貰ってきたチラシを零子のデスクの上に置いた。その際樹が「不○子ちゃんかいな……」と呆れていた。

 

「ガストレア信仰か……。まぁこういう混沌とした時代だからこそ現れる問題だな。さっきも専門家殿が得意げに話していたが、実際この手の宗教は本当にあったんだ」

 

「そうなんですか?」

 

 夏世が首を傾げたので、零子は頷くと「いい機会だ」と事務所の暗幕のスイッチを押す。すると、窓際の暗幕が引かれ、天井からはそこそこの大きさのスクリーンが垂れてきた。

 

 天井に併設されているプロジェクターの電源を入れると、零子はパソコンに保存してあるデータを呼び出してスクリーンにを見ながら説明を開始した。

 

「遡ること十数年前、アメリカでとあるガストレアを神とあがめる新興宗教が誕生した。その団体の名前は『ブラックゲート』。最盛期の信者数は全世界を含めるとなんと五十万人を超えた超巨大宗教団体だ」

 

「五十万って、どんだけやねん」

 

「まぁ本気でのめり込んでいた連中は五十万人よりは少ないだろうが、当時あったネットの会員ページではそれぐらいをたたき出していたらしい。本拠地は、アメリカのとある地方都市。当時はまだガストレアの認知が甘く、世界もまさか人類がまけるなんて思っていなかった。しかし、戦況は段々と混迷しはじめ、世界の終わりだなんだと叫ぶ連中とともにこのような宗教が発足した」

 

 ページを切り替えながら零子が説明すると、子供達は興味津々と言った様子で聞き入り、凍と樹は斜に構えながら聞いていた。

 

「やがてガストレアがその地方都市に現れるようになり、『ブラックゲート』は都市内で急速に成長を始めた。それこそ市議会以上の発言権を得るまでにね」

 

「どうしてですか?」

 

「彼らは聖書にある言葉を巧みに解釈して民衆を煽ったんだよ。世界で一番信仰されているのはキリスト教だ。その数凡そ二十億人、その都市でも圧倒的にキリスト教の信者が多かったんだろう。そのため、人々はブラックゲートのことをやがて信じるようになり、盲信に近い状態になってしまった。そして、ついに悲劇が起こった……」

 

 零子は大きく息をついた後、「少々子供達には刺激が強すぎるが見てもらうよ」と言いつつ、動画ファイルを再生した。

 

 動画ファイルは家庭用のビデオカメラで撮影されたものらしく、画質はそこまでよくはなかった。しかし、何が写っているのかだけは理解できる。

 

 カメラの前には多くの人が半円を描くように展開しており、その人垣の前に一人の中年男性が一体の赤い瞳を持つ黒い獣と対峙していた。

 

「あれは、まさかガストレア……?」

 

「そう。大きさからいってステージはまだⅠ。やりようによっては何とか撃破できるはずだった。しかし、この街は既に手遅れだった。さて、始まるぞ」

 

 零子が声音を低くした瞬間だった、今まで動かなかったガストレアが突如として行動を開始し、中年男性の首元に噛み付いた。

 

 普通であればここで悲鳴が起きるはずだ。しかし、起きたのは悲鳴ではなく、歓声だった。余りにも異常と思える光景に子供達は困惑の表情を浮かべ、凍と樹は険しさを増した表情を浮かべる。焔は天井を仰いでいる。

 

「彼らはガストレアに捕食され、死ぬことが新たなる世界への転生を意味すると信じていた。ゆえに、ここで起きたのも教祖であるあの男が新たなる世界へ旅立ったことを信じているんだろうさ」

 

 淡々とした零子の声が響くなか、映像の中では、我先にガストレアに捕食してもらおうと数名の信者達が駆け出した。それを見ていた翠と桜が「あっ」と小さい声を漏らしたが、既に遅かった。

 

 ガストレアに体液を注入されたものは、遺骸からでもガストレアとなる。そして異形のバケモノとなり、その数をねずみ算式に増やしていく。

 

 そこからはまさに瞬く間の出来事だった。次々に信者達がガストレアに喰われ、そして形を変えて再びガストレアとして生まれ変わり、別の信者へと襲い掛かる。

 

 さすがに異常さを感じたのか、信者達はガストレアに向かうのではなく、我先にと逃げ始めた。だが、既に手遅れだったのだ。カメラをまわしていた人物も、カメラの電源を切ることもせずに駆け出した。

 

 画面が揺れながらも、阿鼻叫喚の悲鳴があちらこちらから上がっていた。まさに、この世の地獄そのものを表現した世界がそこにはあった。

 

「幸いなことにこのカメラの所有者は車に乗ってアメリカ軍に保護された。そしてこのの動画ファイルをフリーの素材としてアップロードした。ガストレアの危険性と安易に近づいてはいけないという警鐘を込めてね」

 

 零子は暗幕を開き、プロジェクターの電源を落とす。窓からは眩しい陽光がカーテンの隙間から事務所に降り注ぐ。

 

 事務所内には非常に重たい空気が流れている。特に子供達にはショッキングだったようで、困惑や恐怖が入り混じったような表情を浮かべている。

 

「ガストレア信仰とはこういう事態を招くから非常に危険だとされている。こういった動画を見せたとしても、信者達はガストレアに非はなく、寧ろ人間側の態度がダメだったと謎の論理を展開させているのさ」

 

「まさか、さっきの団体。黒神の寵愛もこんなことをしようとしているんでしょうか」

 

 桜は不安そうに零子を見やった。だが、零子は小さく笑みを浮かべると彼女の頭を優しくなでる。

 

「大丈夫さ。今は民警も多いし、東京エリアが滅ぶようなことにはならない。聖天子様も何か対策を講じようとしているはずさ」

 

 事務所の重い空気が少しだけ軽くなった。確かに彼女の言うとおり、今は民警も多く、ガストレアに対抗できる手段は十年前よりも増えている。それに、関東会戦を生き残った東京エリアであれば、何が起きても乗り切ることが出来るはずだ。

 

 安堵を浮かべた子供達であるが、その安堵すら許さないというように零子のデスクに置かれている電話が鳴った。

 

 ヒールを鳴らしながら電話に歩み寄った零子は、受話器を取り、応対用の声音で答えた。

 

「はい、黒崎民間警備会社ですが。……はい、はい。えぇ、私が黒崎です。はい……それは、ご依頼ということでよろしいでしょうか? ……はい、わかりました。細かい事情は後ほどこちら来て説明していただけるということでよろしいでしょうか。 はい、わかりました。では、明日お待ちしております」

 

 終始落ち着き払った状態で応対を終え、受話器を下ろす。大きく息をついたあと、社員達を見据えて告げる。

 

「公安警察だった。例の新興宗教団体『黒神の寵愛』の調査、及び解体を依頼したいそうだ」




改めてお久しぶりです。
二年ぶりですかね? 就職やらいろんなことがあって全然活動が出来ませんでした。
きっと読者の方々も離れてしまわれましたよね。本当に申し訳ありません。

さて、言い訳をこの辺りにして、行き成り番外編を始めてみました。
カルト教団との闘いを描いていきたいと思います。
活躍するのは既におわかりかもしれませんが、あの四人です。

なるべく早い更新をしていきたいと思いますので、また見守っていただけると幸いです。
では、感想などありましたらよろしくお願いいたします。

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