ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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番外編 第二話

 公安警察から連絡があった翌日の昼頃、黒崎民間警備会社には一目でブランド物だとわかるスーツをかっちり着込んだ壮年の男性と、まだ若さが見え隠れしている短髪の青年が来客用のソファに腰掛けている。

 

 この二人が昨日調査依頼をしてきた公安警察から派遣されてきた人物である。

 

 少々痩せ気味ながらも、眼光鋭く端から見てもただの一般人とは思えない風格の壮年の男性の方が、警視庁公安部総務課第五公安捜査10係主任、稲美秀利(いなみひでとし)

 

 稲美よりも筋肉質で、体育会系の風格を持つ短髪の青年の方は、同じく10係所属の巡査部長、樫井晃(かしいあきら)である。

 

 彼らの前には先ほど捜査資料を渡された零子が、ファイリングされている資料をペラペラを捲りながら眺めていた。事務所内には彼女が紙を捲る音のみが聞こえ、どこか不気味ともいえる雰囲気が漂っていた。

 

 一切表情を崩さず視線だけを動かす彼女に、稲美は動じず沈黙を貫いているが、樫井の方はどこか苛立っているような表情を浮かべ、指をしきりに動かしている。

 

 すると、資料を見終わったのか、零子がファイルを閉じて捜査資料をガラステーブルに置く。

 

「わかりました。今回のご依頼、お受けいたします」

 

 にこやかに言うと、二人はそれぞれ頭を下げ、稲美が感謝を述べる。

 

「ありがとうございます。黒崎社長」

 

「いえ、こちらこそ公安警察の方と仕事が出来るとは光栄です。それにしても、まさかこんなところに貴方のような主任がおいでになるとは思っても見ませんでした」

 

「公安警察もいまや人手不足でしてね。下のものばかり動かすわけにはいかないんですよ」

 

 口元に薄く笑みを浮かべる稲美であるが、瞳は笑っておらず零子を真っ直ぐに見据えている。明らかに威圧をかけているのは明白である。

 

 たじろいでしまいそうなその威圧感に対し、零子はまったく動じずに「なるほど」と短く答えるとタバコに火をつける。

 

「では改めて確認させてもらいます。今回の依頼の期間は新興宗教団体『黒神の寵愛』の調査、及び解体が完了するまで。調査に関しては私たち黒崎民間警備会社の社員が行い、解体の際はそちらの特殊機動隊とともに行うということで相違ありませんね?」

 

「ええ。そちらの調査に関しては我々は一切関与いたしません。どのような方法を取っていただいても構いませんとも。けれど、今仰ったように踏み込む際には、我々と行動を共にしていただきたい。また、調査の報告も定期的に頼みたいですな」

 

「承知しました。では、今回の依頼を担当するわが社の社員を紹介しておきます」

 

 言いながら視線を担当する二組に送ると、彼らがそれぞれ席を立ってソファの後ろに立った。

 

「担当する社員はこの二組となります。あなた方から見て右が、IP序列1010位の大神樹と紅露火垂」

 

 紹介された樹は「ども」と軽く会釈をし、火垂の方は特に挨拶もせずにツンとした態度をとっている。

 

「次にこちらがIP序列163位の露木凍と藤間桜です」

 

 樹と同じように紹介された凍は、「よろしく」と短く答え、桜はペコリとお辞儀をしてみせた。だが、凍の紹介を聞いた樫井が「……女かよ」とやや不満げな声をあげた。

 

 瞬間、ピリッとした空気が張り詰めるような感覚が走る。明らかに嫌悪を丸出しにした樫井の言葉に零子が反応する。

 

「彼女では不満ですか?」

 

「まぁ不満といっちゃ不満ですね。タダでさえあんた等民警の手なんて借りたくもないのに、よりにもよって担当する民警が女と来た。警察を舐めてもらっちゃ困るんですよ、黒崎社長」

 

「黙れ、樫井」

 

「いいや、黙ってられませんね。主任、やっぱり民警の手を借りるのはやめましょう。警視庁の知り合いの推薦だかなんだかしりませんが、こっちのやり方もろくに知らない連中なんて捜査の邪魔になるだけでしょう」

 

 よほど民警に嫌悪感を抱いているのだろう。彼はついに立ち上がって苛立たしげな表情を隠しもしなくなった。だが、実際は彼のような反応が多くの警察官の反応である。

 

 民警が発足されて以降、警察官はガストレア関連の事件、事故に口を出すことが出来なくなった。彼らができるのは、ガストレアが確認された区画の避難誘導や民警が戦った後の事後処理程度となる。

 

 ゆえに彼らは民警に手柄を横取りされる形になっている。なので、警察の民警に対する風当たりは非常に強い。金本のような民警に好意的な警察官は非常に稀有な存在なのだ。

 

「彼らは対ガストレアのスペシャリストだ。黒神の寵愛にガストレアの影がある以上、我々だけの捜査では危険が大きい」

 

「しかし……ッ!!」

 

 諭されてもなお食い下がろうとする樫井であるが、稲美が向けた鋭い眼光にはさすがに怯んだようで、悔しげに拳を硬く握り締めたかと思うと軽い舌打ちの後に稲美に頭をさげた。

 

「すみません、稲美主任。頭を冷やしてくるので先に車で待ってます」

 

 稲美が頷くと彼はすぐに頭をあげて、零子達には一礼もせずに事務所から出て行った。ただ最後、扉が閉まる直前、はっきりとこちらを睨んではいたが。

 

 事務所内に沈黙が流れるが、稲美がスッと立ち上がりふかぶかと頭を下げた。

 

「大変申し訳ない、黒崎社長。部下の暴言を許して欲しい」

 

「頭をあげてください。いいんですよ、我々も警察の方々によく思われていないのは重々承知しておりますので」

 

「そう言っていただけると助かります」

 

 やや険しい表情のままだが、稲美はソファに腰を下ろす。

 

「しかし、彼は他の警察官よりもさらに我々民警のことを嫌っているようにもみえましたが、なにかあったんですか?」

 

 問いに一瞬だけ彼が悩んだような表情を浮かべたが、小さく息をついた後に彼は「いいでしょう」と問いに答える。

 

「樫井の保身というわけではありませんが、一応あなた方にも知ってもらっていた方がいい。彼はかつてガストレアによって同僚を食い殺されているのです。その際、駆けつけた民警があまり性格のよくない輩だったのでしょう。酷い言葉を浴びせられたようです。同僚の死を馬鹿にされ、踏みにじられたことに憤りを感じた彼は、民警のことを嫌悪するようになったと聞きます」

 

「そういうことでしたか。まぁ確かに民警も様々な連中がいますからね。彼は最初にあった民警がわるかったということでしょう」

 

「こちらに赴く際、感情的な言動は控えるようにと念を押しておいたのですが、お恥ずかしい限りです」

 

 依然として険しい表情を浮かべる稲美であるが、彼にたいして今まで沈黙していた凍が声をかけた。

 

「アンタはどうなんだ? オレたちのような民警が邪魔なんじゃないのか?」

 

 あまりにもストレートな質問に、隣に立っていた樹が「今それ聞くんかい!?」と言いたげな表情を浮かべた。だが、凍の質問に稲美は被りを振った。

 

「そのような感情が0といえば嘘になります。しかし、あなた方民警も、我々警察もこの東京エリアを守るということに変わりはありません。いつまでも子供のような感情に流されてはいけないでしょう」

 

「そうか、ならいいんだ。変なことを聞いてわるかったな。社長と話を続けてくれ」

 

 満足したのか、彼女は瞳を閉じて腕を組み再び沈黙する。

 

 凍の若干失礼とも取れる質問を軽く流し、零子は「では報酬なども踏まえた話をいたしましょう」と、今後の方針も兼ねた会話を始める。

 

 

 

 

 約二時間近くの打ち合わせが終わり、公安警察の二人が帰った事務所では、「あー、疲れた」と愚痴をこぼしながらソファーに横になる零子の姿があった。

 

 夏世が給湯室からやってきてガラステーブルの上に冷たいお茶を置いた後、零子の上に跨ると労うようにマッサージを始めた。

 

 すると、先ほどまでの威厳のある声はどこかにいってしまい、代わりにやや気の抜けた声が響く。 

 

「あ~……そこそこ、うー気持ちいい~。上手くなったな、夏世ちゃん。このままいけばマッサージ師になれるぞー」

 

「お褒めに預かり光栄です。まぁ、話をする姿を見ていてこうなることは予知できました。さすがの零子さんでも公安警察と話すのは疲れるようですね」

 

「普段は金本警部とばかりはなすからなー。いきなり真面目一辺倒なおっさんが来てやりづらかったよ」

 

 大きく息をつきながらリラックスした声をもらす零子であるが、今まで腕を組んで黙っていた凍が「だが」と否定的な意見を述べる。

 

「あの稲美とかいう男、ただの真面目一辺倒な正義漢には見えなかったがな。アンタも気付いていたんじゃないか?」

 

 冷徹な声色の凍は、明らかに稲美に嫌悪感をもっているようだった。沈黙を貫いていたがゆえに不機嫌さが際立っている。

 

 ソファで寝転がって夏世にマッサージをしてもらっていた零子は、顔だけを横に向けて彼女の問いに答える。

 

「まぁ気付いてはいたさ。アレだけ野心丸出しの眼光をしていれば嫌でも気付く。というか、樹くんも気付いてたろう」

 

「そりゃ正面回ってあのおっさんの目ぇ見たら気付くわな。おっさん笑っとった時もあったけど、目だけは終始笑っとらんかったなぁ」

 

「あきらかにこちらを警戒、いやこちらに気を許すつもりはない。といいたげな雰囲気だったな」

 

 そう。彼らのいうとおりであった。打ち合わせの最中に感情を爆発させてしまった樫井と違い、稲美は難しい表情を浮かべていて近寄りがたい雰囲気ではあったが、会話自体はしっかりと成り立っていた。

 

 けれど、稲美は樫井以上に警戒心をむき出しにしてこちらと接していた。彼としては上手く隠しているつもりなのだろうが、事務所の面々にはあっさりとばれていた。あちらも場数は踏んでいるのだろうが、こちらの方が潜ってきた修羅場の数が違う。

 

「にしても意外やったのは凍の姐さんが樫井っちゅうヤツになにも言わんかったことやなぁ」

 

 肩を竦めながら言う樹は、心底意外そうな表情を浮かべていた。凍は彼女のまとう雰囲気や言葉遣いの影響もあり、喧嘩っ早い印象があるのだろう。

 

 そのため、見下したような態度をとった樫井に食って掛かっていくのではないかと、樹は心配していたようだ。

 

「お前はオレを凶犬かなにかと勘違いしていないか?」

 

「せやかてあない言われたらカチンと来ることもあったんやないか?」

 

「その逆だ。寧ろオレはあの樫井の方がまだ好感を持てる。人間としての対応として考えるなら間違っているが、感情をむき出しにして食って掛かるあの姿勢、自分に正直で良い生き方をしていると思うぞ」

 

「ほんならなんでそない不機嫌なんや?」

 

 不思議そうな表情を浮かべる樹に、鬱憤を晴らすかのような大きく深い溜息を着いた凍は、桜が持ってきてくれたお茶を飲み干す。

 

「オレが気に入らないのは、稲美だ。感情をむき出しにしろとは言わないが、あいつの自分の真意を隠そうとする姿が気に入らない。第一、民警に良い感情を持っていない部下をこんなところに連れて来るか? アレは樫井が民警に対して感情を抑制できないことを知っていてわざと連れて来たんだろうよ」

 

「どういうことですか、凍様?」

 

 おぼんに乗せたお茶を樹たちに配っていた桜がコテンと首をかしげる。子供達は皆同じように疑問を浮かべたらしく、夏世と火垂も疑問の表情を浮かべ、口から出掛かっている焔の魂を必死に押し留めている翠も首をかしげていた。

 

「ようは自分の株を上げるために部下を出汁に使ったんだよ。部下はああいうヤツだが自分は民警に嫌悪感は抱いていません。だから評価してくださいって言ってるようなもんだ。それに社長が聞いたからとはいえ、部下のフォローも行い、出来る上司アピールと来た。どうせ警察内部でもあんな風にやってるんだろうさ。ああいうヤツは、大概クズが多い。追い詰められれば部下に責任を押し付けるだろうよ」

 

「じゃあ、凍さんがあそこで質問したのは……」

 

「そうだ、火垂。アイツがどういう人間なのか見極めるためだった。結果は見事にビンゴだったがな」

 

 彼女は肩を竦めると、来客用のソファに仰向けに寝転がる。すると、ちょうど夏世によるマッサージが終わったのか零子が立ち上がって大きく伸びてから肩をまわす。

 

「相手がどうであれ今回の依頼は完遂する。とりあえずは明日から君達は黒神の寵愛の調査に当たってくれ。ガストレアの存在が明確になった時点で機動隊と共に踏み込む。踏み込んだ際は一般教徒に手を出さずに、ガストレアの対処を頼むぞ」

 

 命令に二組は「了解」と答えると、凍は「少しだけ寝る」と告げてソファの上で眼を閉じ、桜は彼女にタオルケットをかけてガラステーブルに残っていたグラスを下げる。

 

 樹も火垂と共にデスクに戻り、二人でパソコンを覗き込みながらなにやら相談を始めた。大方先日決まらなかったという部屋探しでもしているのだろう。

 

 焔はあいも変わらず口から魂が抜けかけているし、翠はそれを必死に繋ぎとめている。

 

 それぞれ非常に自由な過ごし方であるが、彼らの様子を見た零子と夏世は大きく溜息をついている。

 

「君達、一応は勤務中なんだが……いいか、書類整理と言ってもあまりないしな」

 

「こうして見るとやっぱり民警は事務作業に向いてませんね」

 

 

 

 

 

 都内を走る黒塗りのセダンの中では、険しい表情を浮かべた樫井がハンドルを握っている。

 

 現在彼らは黒崎民間警備会社から、本部に戻っている道中である。やがて車は赤信号で止まり、樫井は「あの」と稲美に声をかける。

 

「さっきは本当に、邪魔をしてすみませんでした。ついカッとなって……」

 

「そうだな。確かにアレは褒められたものじゃない。民警に恨みがあるといっても、今回はあくまでも協力関係にある。今後行き過ぎた行動は控えるように」

 

「はい……」

 

 静かな叱責に樫井は少しの間俯く。けれど、その様子を見た稲美は小さく笑みを浮かべる。

 

「けれど、お前の気持ちもわからなくはない。いくら協力関係とはいえ、私も民警の力を借りたくはない」

 

「主任も?」

 

「私だけではない。今回の捜査に関しては、殆どの警察関係者が反感をもっている。しかし、ガストレアの影がある以上、我々だけの捜査では捜査員に命の危険が及ぶことも考えられる。だからこその異例の協力体制だ。本当は誰だって民警如き部外者に大きな顔をされたくはないだろう」

 

 信号が変わり、樫井は再び車を走らせる。彼の表情は先ほどまでと比べると幾分か明るくなり、口元も少し口角が上がっているようにも見える。

 

「嬉しげだな」

 

「すみません、主任も民警の嫌ってるんだなって思ったらつい」

 

「民警のことが好きな警察官など本当に一握りだろうよ。お前も今回のことは割り切って行動しろ。民警はあくまでも道具だ。実権は我々が握っていることを消して忘れるな。今回奴らに捜査権を渡したのは仮にあそこの民警が殺されようと、私たちには関係のない話だ。全てあちらが勝手に捜査して死んだということにできるからな」

 

「なるほど。ようは捨て駒に出来るってことですね」

 

「そういうことだ。民警の一人や二人死んだところで誰も気にも留めん」

 

 ニヤリと笑う稲美に、樫井も自分が間違っていなかったと思ったのか同じように笑みを浮かべた。

 

 けれど、歳若い彼はわかっていなかった。稲美の笑みが自分と同じものではない、邪まで下卑た感情を秘めているということを。

 

 

 

 

 

 就業時間も終わり、露木姉妹は相棒達と共に先日見つけた賃貸マンションに戻ってきていた。部屋の数は凛のマンションよりもいくつか多い。まぁ住む数が違うので当然だが。

 

 キッチンでは事務所では魂が抜けかけていた焔が、桜と翠の二人も交えて夕食の準備をしている。どうやら焔は事務所に行くと愛しい凛がいないという現実を突きつけられ、魂が抜けてしまうらしい。

 

 杏夏がいればまだ多少は張り合い甲斐があるのだろうが、彼女は凛と行動を共にしているため、張り合う相手もおらず、事務所に残っている面々はツッコミには縁遠いメンツであるため、ツッコミすらされずに放置されているというわけだ。

 

「ところでさ、凍姉」

 

 包丁で野菜を切っていた焔が不意に声をかけてきた。ぼーっとテレビを眺めていた彼女はなんとも「んー?」とやる気のなさげな対応をする。

 

「今回の依頼って隠密術使うわけ? 宗教団体が相手なら結構ヌルそうだけど」

 

「どうだろうな。明日からは数日間「黒神の寵愛」の拠点の張り込みと決めているから少なくともその間は侵入はしない。隠密術の使いどころもないな」

 

 テレビから視線を外し、テーブルの上に置いた資料を眺める。樹と話し合い、とりあえず始めるべきところは、黒神の寵愛の拠点となっている建物の監視と、警備の確認である。

 

「けど張り込みって言ったって向こうはズブの素人でしょー? そんな連中に張り込みまでする必要性ってあるわけ?」

 

「まだ資料をみていないのか? あぁそういえば魂が抜けてたな……」

 

 溜息を着きながら妹を見やると、はてと疑問符を頭に浮かべている。いくら魂が抜けかかっていたと言っても露木の忍、話くらいは聞いているものだと思ったのだが。

 

 すると、そんな焔に呆れたように翠が説明を始めた。

 

「黒神の寵愛には有名大学のOBやOGに加え、現職の弁護士や医師に看護師もいるそうです。そして中には元警察関係者、元自衛官、さらには民警くずれなども含まれているため、彼らが主体となって拠点の周囲を常に警戒していると昼間来た刑事さん達が話していましたよ」

 

「え、マジで? そんなこと言ってたっけ?」

 

「焔さんは上の空でしたからね……。というかいくら凛さんがいないからと言っても気が抜けすぎですよ! 明日からはもっとシャンとしてくださいね。凍さんや樹さんがいない今、黒崎民間警備会社で出動できるのは私たちと零子さん達だけなんですから」

 

 少しだけ怒った様子の翠はほっぺをプクッと膨らませている。彼女の珍しい様子に焔もヤバイと思ったのか「ごめんごめん~」と額に汗を滲ませて謝っている。それを近くで見ていた桜は口元に指を当てて笑い、凍もやれやれと呆れた表情を浮かべる。

 

 キッチンから視線を戻し、凍は再び資料を見やる。この資料は警察から渡された捜査資料とは別のものである。いくら協力関係を結ぶとは言っても、捜査資料を安易に渡すことはできないのだろう。

 

 ここにあるのは、黒神の寵愛に関する最低限の情報が載ったものだ。確認されている黒神の寵愛の拠点に推定される信者の数。また、幹部連中の素性も調べてあるようで、数人分のプロフィールがあった。

 

 とは言っても最後の幹部連中のプロフィール意外は、黒神の寵愛が運営しているネットのホームページを確認すればすぐにわかることだ。つまり、これは公安の嫌がらせにも近い挑戦状のようなものだ。

 

 ……まぁ最初から期待などするわけもないが。

 

 資料を適当に放った凍は、おもむろに立ち上がると自分の部屋に行き、クローゼットを開ける。

 

 クローゼットの中には凡そ40cmほどの長さの桐の木箱があった。それを持って凍が再びリビングへと戻ると、焔が「おっ」と声を上げた。

 

「それ持っていくんだ。って、ガストレアがいるかもしれないんだから当たり前か」

 

「ああ。実際使うのは突入時だがな。念には念を入れて持っていくだけさ」

 

 言いながら木箱を開けると、中には左右でそれぞれ大きさの違う黒い籠手があった。黒でありながら綺麗に磨かれた金属の籠手は、妖しく輝いている。

 

 この籠手こそ凍が愛用している武器だ。先祖が使っていた籠手を対ガストレア戦用のため、大阪エリアの職人にバラニウムと混合させて鍛えたものだ。

 

 長さは凍の指先から肘までを覆い、内側は柔軟に動かせるように一部を除いて、柔軟なレザーを使用し、手の甲などの腕の外側に当たる部分をバラニウム合金が覆っている。

 

 左右で大きさの違う理由はそれぞれが別の役割を果たすからだ。左の籠手は合金の面積が広く厚い。これは左の籠手が防御専用であることを現している。また、左はガストレアに噛み付かれても牙や爪が届かないように内側にまで合金で覆われている。

 

 右の籠手は左と比べるとやや小さいが、その代わりに非常に鋭角的な意匠が施されており、ガストレアの肉を引き裂き、骨を砕ける仕様になっている。また、こちらは防御よりも攻撃に特化しているためか、軽さを重視しているようで、内側は殆どがレザーで構成されている。

 

「それも結構使ってるよねー。新しくしたりしないわけ?」

 

「壊れたら新しくするさ。凛にもいわれたよ、司馬重工に頼んで新しくしたらどうだってな」

 

「ふぅん。私もなにか作ってもらおうかな」

 

 呟く焔を横目に凍は籠手を腕に装備し、動きを制限しないか確認する。違和感がないことを確認すると、軽く拳を放ってみる。

 

 同時に近くにおいてあったラックのガラスがカタカタと揺れる。

 

「待った待ったッ!! 凍姉、部屋めちゃくちゃにする気!?」

 

 焦りながら焔が凍の腕を止めた。凍も「あっ」と声を漏らすと若干バツが悪そうに苦笑する。

 

「いや、すまんすまん。コイツを装備するとついテンションが上がってな。拳を放たずにはいられなくなった」

 

「だったら屋上にでも行ってやってきてよ。下手に力入れたら部屋が台風の後みたいになっちゃうでしょ」

 

「悪かったよ。それじゃあ、まだ夕飯は出来ないみたいだから屋上でトレーニングしてくる。出来たら呼んでくれ」

 

 籠手を外した彼女はそれを肩に乗せて部屋から出て行った。それを見送った翠は、隣で食材を切っていた桜に声をかける。

 

「桜さん。凍さんが部屋をめちゃくちゃにするってどういうことなんですか?」

 

「あぁ、翠さんは凍様の力を見たことがありませんでしたね。凍様はあの籠手を見てもわかる様に、拳を使った戦闘をします。あの人が放つ拳は、通常の人よりも強いため、拳を打った時の空気の余波でガラスが割れたりするんですよ」

 

「なるほど、そういうことなんですね」

 

「あまりおどろかないんですね」

 

 桜はあまり驚いていないことに気付いたようで首をかしげている。それに頭を振った翠は「そうでもないです」と続ける。

 

「驚いてはいますよ。けど、私の前のプロモーターの人も生身でガストレアを倒せる人だったので」

 

「そうだったんですね。その人も相当な使い手だったのでしょうね」

 

「はい、強かったです。強くて、優しい人でした……」

 

 少しだけ物悲しげな翠の様子に、桜がフォローを入れようとするが、彼女の代わりに焔が翠の頭を優しくなでる。

 

 それだけで翠の顔が明るくなったのを見ると、桜も安堵したように胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 いまだ新居が決まらない大神樹と、紅露火垂は今日も今日とて黒崎民間警備会社の宿泊室でくつろいでいた。

 

「ところで樹。アンタ明日からあの馬鹿でかい武器持って行くの?」

 

 スマホにインストールされているゲームを遊びながら視線だけを部屋の壁に向ける。

 

 そこには薄汚れた布とベルトで包まれた樹の武器、「フェンリル」があった。正式名称は『バラニウム式機動大盾抉杭フェンリル』であるらしい。

 

「うんにゃ、凍の姐さんと打ち合わせして調査の間は軽い携行武器だけ持っていくことになった。これとかやな」

 

 言いながら腰のホルスターにおさまっていたバラニウム製のナイフと、サブウェポンである、スミス&ウェッソン M&Pをちゃぶ台の上に置く。

 

 それを見た火垂は「ふぅん」と少しだけ残念そうなに顔をゆがめた。

 

「なんや、えらく不満そうやな」

 

「不満と言うわけではないんだけど。できればアレを使って戦うところを見たくて」

 

「何回か見とるやろ。今更なんか確認する必要あんのかいな」

 

「確かに何回かは見てるけど、まだ連携が取りづらいのよ。どうせまだ全部の仕組み見せてないんでしょ」

 

 火垂の鋭い眼光と鋭い洞察力に樹は「ギクッ」と体を震わせた。確かに彼女の言うとおり、まだ見せていないフェンリルの機構はいくつか存在している。

 

 後々見せていけば良いと考えていたのだが、まさか既に見透かされているとは。

 

「まったく鋭い子やなぁ」

 

「誰でも気付くでしょこんなこと。アレだけ大きいくせに武器としての機能が先端のバラニウム製の杭だけってありえないわ」

 

「そらそっか。まぁせやなー、じゃあ突入ん時に使うことがあったら見せてない機能見せたるわ」

 

「そうしてくれると助かるわ。アレだけ大きい武器を近くで振り回されて、頭に当たりでもしたら死ぬもの」

 

 僅かに棘のある言い方であるが、声音はこちらを信頼してくれているようだった。樹もそれに笑みを浮かべると、火垂に拳を向けた。

 

「なによ」

 

「グータッチや、特殊な依頼やけど頑張って行こうや」

 

「そうね。よろしく、相棒」

 

 ニッと笑った火垂は、樹と拳をあわせて互いの奮闘を願った。

 

 

 

 

 

 翌日、ついに黒崎民間警備会社による新興宗教『黒神の寵愛』の調査が始まった。




はい、お疲れ様です。

二年放置と比べれば多少は早く更新できましたかね。
文章は、ちょっと荒かったかもしれませんね、申し訳ない。
これから上手く書けるように勘を取り戻していきます。

今回は調査までの準備回って感じです。本格的な調査は次回からとなります。
実際ブラブレの本来の警察の民警に対する風当たりってこんなもんだと思うんですよね。
零子さん達の周りがある意味異常なだけで。多田島さんもここまでではないですけど、民警嫌いでしょうし。それが特化しちゃうと樫井くんみたいになるんじゃないかと。
稲美さんは多分悪い人です。世渡り上手かもしれませんが。悪い人です。

凍姉さんはガントレット使います。ガストレアに対してこう、ズドンと重い一撃を拳で叩き込む感じで……。
では、次回もなるべく早めに更新できるように頑張りたいと思います。

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