ブラック・ブレット『漆黒の剣』   作:炎狼

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はい、また遅れました。


番外編 第三話

 宗教組織、『黒神の寵愛』の総本山は東京エリアの中心部から離れた廃墟が点在する場所にあり、外周区の方がほど近い。

 

 実際のところこれは当然といえるだろう。最近になって急に勢力を拡大してきた組織とはいえ、ガストレア信仰は一般の人々からすれば狂った宗教であることに変わりはない。

 

 中心部に総本山を置いていればそれこそ非難、侮蔑の対象となり、世論的にもすぐさま潰される。

 

 だからこそ彼らはここを選んだのだろう。中心部から離れることで人々の視線を多くは集めず、行動を起す時にのみこの場を離れて街中で新たな信者を募る。使われなくなった廃墟も多いこの辺りであれば潜伏するのにもうってつけだ。

 

 そうやって世間の目から逃れながら彼らは巨大な宗教組織へと成り上がり、世間に自分達の存在を知らしめる時をうかがっていたのだろう。そしてそれは起きた。第三次関東会戦だ。

 

 あの戦争により、自衛隊、民警は甚大なダメージを受け、東京エリアの人間達は自分達が偽りの安寧の中にいることを思い出した。

 

 人々の心が不安定になったこのタイミングに乗じ、『黒神の寵愛』は活動を活発化させ、信者の数を急激に増やしたのだ。これを狙ってやったのだとすれば教祖は中々の策士といえる。

 

「まぁやっていることはあまり褒められたものではないが……」

 

 呟いたのは『黒神の寵愛』総本山から、距離にして約800メートルほど離れた廃ビルの屋上で伏せながら双眼鏡をのぞく凍だ。

 

 ちなみにこの双眼鏡は司馬重工が製造した最新モデルだそうで、現在凍が見ている視界には、気温、湿度、風速などは勿論、夜間には暗視ゴーグルと同じ役割をはたすそうな。

 

 それゆえに非常にお高いものだそうで、事務所を出る時「絶対に壊すな」と零子に念を押された。

 

 天童民間警備会社のように会社経営が難航しているわけではないが、零子もなるべく出費は抑えたいのだろう。凛が冥光を持ち出して来る前は出撃の度に新品の刀が粗大ゴミとなって帰って来たため、溜息がたえなかったらしい。

 

 とはいえ、今回の依頼の形式上、滞りなく進めばこれが破壊されることは殆どないだろう。

 

「滞りなく終われば、だが」

 

 一度双眼鏡から眼を離し、肉眼で視線の先に見える『黒神の寵愛』総本山を見やる。

 

 四方を二メートルをやや超えているであろう塀に囲まれたそこは、以前は理学系の研究施設であったらしい。だが、外周区に近くなってしまったこともあるのだろう。現在は建物だけを残し、よりエリアの中心部へと拠点を移したらしい。

 

 無論、中で使っていたらしい薬品やら備品やらの類は全て新たな拠点に移動、ないしは廃棄処理し、中にはもう殆どなにも残ってはいない。

 

 けれど、後に残った建物は中々に巨大だ。四角く囲われた塀の中心には地上四階、地下二階の主な研究施設。その周囲には、なにかの薬品などの保管庫と見られる建物に加え、かつての研究員達が使っていたであろう食堂なども見られる。

 

 そして現在、そこは黒神の寵愛の信徒達の集う場となっている。先ほど覗いた時も敷地内には黒い装束を纏った信徒達が見えた。

 

 口元に指を当てて総本山を睨みつけるようにして監視する凍であるが、背後で鉄製の扉が開く音が聞こえた。

 

「おいっすー、昼飯買うてきたでー」

 

 おちゃらけた様子でやってきたのは樹だ。彼の傍らには相棒の火垂と、凍の相棒である桜がいる。

 

「ああ、ご苦労。では昼食にするか」

 

 施設から視線を外し、三人と共に屋上に設置した簡易テントの下に入る。本格的な夏は過ぎたとはいえ、まだまだ日中は残暑が厳しい。ビルの屋上では日陰も殆どないため、熱中症予防ということでこれも事務所から持ってきたものだ。

 

 テントに入ると、桜が紙コップを用意しお茶を注いでいく。樹から渡されたコンビニ弁当を受け取りつつ、桜の横に腰掛ける。

 

「どうぞ、凍様」

 

「ああ、ありがとう。ところで三人とも街中はどうだった?」

 

 どうというのは、黒神の寵愛の行動についてだ。三人にはそれぞれ黒神の寵愛がホームページ上で行うと言っていた街頭演説の現場に行ってもらい、その様子を見てきてもらったのだ。

 

「やっとることは前見た時とそんな変わった様子はなかったで」

 

「右に同じく。連中が呼びかけているのは『ガストレアが神様』で『世界新たに生まれ変わる時を迎えようとしている』ってことばかり」

 

 火垂は辟易した様子で両肩を竦め、桜が彼女に続いて答える。

 

「どの演説も殆どの人は足を止めずに聞き流している状態でした。ただ、何人かは彼らの演説に足を止める人も見られました」

 

「それもおったな。せやけど肝心なのは、演説が終わった後や。演説中は近寄りもせぇへんかった連中が、終わった途端チラホラ近寄ってくのが見えたわ」

 

「一種の怖いもの見たさってのもあるんでしょうけど、中には熱心に話しを聞いてる人もいたわ。というか、あの連中の演説って言ってることは間違ってるんだけど、なんか耳に残るのよね」

 

 サンドウィッチを食べる火垂は、不快そうな表情を浮かべながらポケットからスマホを取り出し、気を紛らわすためにアプリゲームを開いている。

 

「耳に残る、か。桜、お前はどう感じた?」

 

 火垂の様子からこれ以上彼女に黒神の寵愛がらみのことを聞くのは、気分を不快にさせるだろうと考えた凍は、桜に問いを投げかける。

 

「火垂さんの仰ることとほとんど一緒です。言っていることは正しくはないのに、なぜか耳に残って興味を惹かれる。そんな感じがしました」

 

「ふむ……。ようは連中の演説にはカリスマ性があるということか。演説文を教祖が考えているとすれば、やはりそれなりに心理学を学んでいるということか。その他になにか気になった点は?」

 

「あー、気になったことって言えば、アレやな。話し方に結構抑揚つけてしゃべっとった。導入部分は大人しい感じやったけど、後半の特にしめに差し掛かるあたりはとにかく力強く演説してる感じやったな」

 

「なるほど。信徒や幹部の中には有名大学のOBやらOGもいる話だったが、これは政治家も絡んでいる可能性も出てきたか。演説教育も行き届いているとは、一筋縄で行かないな」

 

 溜息を漏らしながら視線の先にある総本山を見やった凍は、コンビニ弁当を手早く片付け、その場にゴロンと寝転がる。すると、樹が思い出したように「せや」と声を漏らす。

 

「姐さんはなんか収穫あったんか?」

 

「ああ。これで見てみればわかる」

 

 傍らに置いておいた双眼鏡を樹に渡し、「端まで行って見てみろ」と短く告げる。

 

 表情に疑問を浮かべながらも、樹は双眼鏡を片手に屋上の端まで足を運ぶ。

 

「倍率を上げて施設の正門前と屋上、あとは敷地内をくまなく見てみろ」

 

 寝転がった状態で指示を出され、彼女の言うとおりに総本山を見やる樹であるが、しばらくすると「おいおいマジか……」と、若干驚愕交じりの声を上げた。

 

 それにつられ、ゲームをしていた火垂と桜も双眼鏡を覗き、二人も樹と同じように驚愕交じりのリアクションをとった。

 

 凍も体のバネだけで飛び起きると、三人の下へ向かう。

 

「見えたか?」

 

「ああ。そらもうバッチリと……。せやけどどうなっとるんやアレ」

 

 樹が驚くのも無理はない。凍は桜から双眼鏡を受け取り、再び施設を見やる。

 

 施設には相変わらず黒装束の集団がチラホラを見えているが、凍が見ているのは施設の正門前だ。

 

 主に外部からやってくる信徒を迎える正門であるが、そこは決して穏やかな空気が流れているとはいえない。

 

 工事現場で見るようなガードフェンスが道にせり出す様に配置され、どこから拾ってきたのか、鉄骨で来たバリケードには有刺鉄線がこれでもかと巻かれている。

 

 だがそれ以上に物々しさを現しているのは、正門前で警備を担当しているであろう信徒が持っている物だ。

 

 彼らの手にあったのは、アサルトライフルと称される銃だ。銃には疎い凍であるが、あれがそういった名称の銃だということはわかる。

 

 そして彼らから視線を外し、施設の屋上を見やると、屋上には四方を警戒するように立つ四人の信徒達が見えた。彼らの手にもまた光を鈍く反射させている銃、スナイパーライフルがあった。

 

 敷地内に視線を戻してもそれは同様で、アサルトライフルからショットガン、スナイパーライフルなど一通りの武装が揃っている。

 

「どうして、ただの宗教団体があんなモノを……」

 

 口元を押さえた火垂が僅かに後ずさる。確かに彼女の反応も無理はない。連中が持つ武器は、明らかに民間の宗教団体が持っていい戦力を超えてしまっている。

 

「どっかで拾ってきたってことはあらへんよなぁ」

 

「仮にそうだったとしても装備が整いすぎている。というかアサルトライフルにスナイパーライフル、ショットガンなど道端に転がっているものでもあるまい。大阪エリアじゃあるまいし」

 

「そらそうやな。けどそうすると、連中が持っとる銃はどっから仕入れたんやろな」

 

「考えられるとすれば闇ルートだな。連中の中には元警察関係者、民警崩れもいると聞く。正規ルート以外を知っていてもおかしくはない。もしくは関東会戦の終了の折、戦場転がっていた武器を拾ってきたか……」

 

 一応選択肢を出してみるものの、後者は限り無く低いだろう。零子や凛に聞いた話では、関東会戦直後の戦場跡はすぐさま封鎖され、モノリス建造のための作業員しか立ち入ることができなかったらしい。

 

 それに、関東会戦で武器が転がっていたとしても、殆どは壊れているはずだ。双眼鏡で見た限り、彼らが持っている武器は新品とは行かないまでもそれなりの新しさは保っているものだった。

 

 これらのことから彼らが持っている銃は闇ルートから仕入れた可能性が濃厚だ。

 

「しっかし結構厳重に警備されとるなぁ。ガストレアがおるかおらへんかを確認してから突入する言うてたけど、これやと難儀しそうなんやけど」

 

「まぁな。潜入して調査できなくはないが、面倒であることに変わりはない。人が多いのはそれだけで姿を見られる可能性が高くなるからな」

 

「そんなら警備ぶっ飛ばしてから潜入するとか?」

 

「馬鹿を言え。連絡が取れなくなった仲間が見に来て気絶してる連中を見たら警戒レベルが跳ね上がるだろうが。やるなら誰にも存在を感知されず、速やかにやるべきだ」

 

 潜入を楽観的に考えている樹に、凍はギロリと鋭い眼光を向ける。睨まれた樹は若干表情を引き攣らせ、冷や汗をかく。

 

 そんな相棒の若干不甲斐無い様子に静かに聴いていた火垂が「馬鹿……」と呆れたように被りを振る。

 

「ではどうしますか、凍様?」

 

「とにかく今日は連中の警備シフトを監視しよう。闇ルートの洗い出しは後日だ。いいな?」

 

 凍の指示に、三人はそれぞれ了承する。

 

 そしてやや遅めの昼食を片付けた後、凍と桜は引き続き屋上での監視。夕暮れ時に樹と火垂は総本山周辺を周り、警備が手薄な箇所の洗い出しに向かった。

 

 

 

 

 

「で、なにこれ」

 

 非常に不機嫌かつ不満げな色を孕んだ声を上げたのは、苛立たしげな表情というよりも、もはや無表情一歩手前の表情をしている火垂だ。

 

 彼女の隣には「なんのこっちゃ」と言いたげな樹が首をかしげてなにやら準備をしていた。

 

「ちょっと、聞いてんの?」

 

「聞いとるわ。なんか不満そうやけどなんやねん」

 

「これよ!!」

 

 額とこめかみ近くに青筋を立てるほどの声を上げた火垂を見ると、彼女の背中には赤いランドセルがあった。年齢的に見ても実にマッチしている。

 

「別に変なことないで。ちゅうかお前も普通なら小学生なんやからランドセルくらいしばぁッ!!??」

 

 言いかけたところで件のランドセルが樹の顔面、細かく言うならば左頬とこばなの辺りを襲った。

 

 余りの速度でぶつけられたそれは、中になにも入っていないとはいえ、一種の質量兵器と化し、樹は空中に投げ出された後二回ほど回転してアスファルトに落下した。

 

 が、瞬時に彼は立ち上がり、鼻血を垂らしたまま火垂に詰め寄る。

 

「にゃにしゅんねん!?」

 

「アンタが私の話を聞いてないからでしょうが!! 私はなんで警備状況を確認するのにランドセルが必要なのかって聞いてんのよ!」

 

「ド阿呆!! これはワイの考えた立派なカモフラージュでなぁ! 少し歳の離れた兄妹作戦じゃ!!」

 

「アホはアンタでしょうが! 大体平日のこんな時間にランドセル背負ってこんなところ歩く小学生なんて怪しさ半端ないでしょうが。あと、私とアンタが兄妹って無理があるわ!」

 

「いわれてみれば確かに……!」

 

 興奮して一気に捲くし立てられ、樹は驚愕する。それを見た火垂は、体の奥底から出るような大きな溜息を漏らした。

 

「部屋探しの時から感じてたけど、樹。アンタってホント馬鹿よね……」

 

「じ、じゃかあしい!!」

 

 悔しさ交じりとも恥ずかしさ交じりとも取れる声を上げた樹は、何度か肩で息をした後、頭をガリガリと掻いてから「ホレ!」と乱雑に何かを放った。

 

「なにこれ、眼鏡?」

 

 火垂の手におさまったのは黒縁のどこにでもありそうな眼鏡だった。

 

「ただの眼鏡やない。所謂小型カメラ搭載の眼鏡や。ここんところ見てみぃ」

 

 トントンと同じような眼鏡をかけた彼がヒンジのあたりを叩くので、火垂もそこを凝視する。確かに、なにか小さな穴のようなものがありその奥にはレンズのようなものが見えなくもない。

 

「録画の開始はつるの部分にボタンがあるから、それを長押しすれば録画が開始されるようになっとる。静止画は軽く押せばええ。夜に録画した映像と撮影した画像を見ながら姐さんと打ち合わせすることになっとるから失敗せぇへんようにな」

 

「こんなのあるんだったら最初から渡してよ。それでさっきの作戦はナシにしてどうするの?」

 

 眼鏡をかけつつ聞くと、樹は周囲を見回した後頷く。

 

「さっきお前に言われたとおり、この辺は廃墟が多くてワイらが二人仲良く並んで歩いとったらそれだけで不信や。せやから二手に別れて行動や」

 

 スマホのマップ画面を火垂にも見えるようにしゃがんだ樹は、マップを指差しながらそれぞれが調査するルートを示す。

 

「ワイが行くのは総本山に近いこっちのルートや。火垂は少し離れたこっちのルートを頼む」

 

「わかったわ。けど、なんで両側から攻めないの? 遠くを偵察するよりも内側を二人で回った方が早いんじゃない?」

 

 火垂のいうことは最もだ。どうせやるならば二人で同時に偵察をした方が、より早く終わる。早く終わった分別のこと、例えば連中が持っていた武器の闇ルートを探すなどの時間に割けそうなものだが。

 

「確かにそれは最もや。けどな、向こうはガストレアを信仰するようなイカレた連中や。お前が呪われた子供ってわかったらどんな行動を起すかわかったもんやない。それにさっきも言うてたやろ。こんな時間に子供が出歩いてるなんておかしいて。連中にそ見られたそれだけで警戒される危険性もある。せやからワイが内側、お前が外側や。ワイなら声をかけられても入信希望者装ったり、裏社会の人間のフリもできるからの」

 

 ニヤリと笑った樹の顔は確かに「ヤ」の付く職業の人のように見えなくもない。まぁどちらかと言うと若頭ポジションではなく、冒頭で殺されそうな鉄砲玉のような雰囲気ではあるが。

 

「とりあえずはこんなもんや。んで、偵察が終わったら、一度ここで合流して姐さんたと桜のいるビルの屋上に戻る。ええな?」

 

「了解。……なによ、普通にそういう考えもできるんじゃない……」

 

「あん? なんか言うたか」

 

「別に、何も言ってないわよ。ホラ行くならさっさと行って終わらせましょう。まだまだやることはたくさんあるんだし」

 

 薄く笑みを浮かべた火垂は、やや小走りに先を行き始めた。

 

「なんや急にやる気出して……。わからんやっちゃな」

 

 樹は先ほどまで不満げだった様子とは打って変ってやる気を見せた彼女の様子に、一度肩を竦めて疑問を浮かべながらも後を追う。

 

 二人は先ほど示したルートに沿って総本山周辺の偵察を開始した。

 

 

 

 

 黒神の寵愛の総本山にある窓のない部屋。外界からの光は一切差し込まない室内には、円形に配置された蝋燭につけられた小さな火が唯一の光となっている。

 

 その中心で一人座禅を組み、胸の前で手をあわせている人物がいる。蝋燭の火が弱弱しいためか、表情まではわからないが、辛うじて見える口元は真一文字に閉ざされている。

 

 纏っている衣服は、黒を基調としたもので、祭服と呼ばれるもののようだ。一見すると神道の祭服にも似ているようだが、肩からはカトリックのストラを思わせる赤い帯が伸びている。二つの祭服を融合したような祭服はどこか異様であった。

 

 すると、部屋の扉が開かれ、室内に白い光が差し込む。

 

「大導師」

 

 低い、男の声であった。声の主の顔は逆光になってわからないが、大導師と呼ばれた人物は優しげな声音で答える。

 

「なんでしょう。なにか問題でもおこりましたか?」

 

 人の心を見透かすような澄んだ声は男性のものであり、ここでやっと大導師と呼ばれるこの人物が男であることがわかった。

 

「いえ、問題ではなく報告がありまして。申し訳ありません、祈りの時間を邪魔してしまって」

 

「気にすることはありませんよ。それで報告とは」

 

「はい。お喜びください。今日、我等が教えに賛同する新たな教徒達が更に増えました。また、大学所属の優秀な若者たちの信者数も着々と増えています」

 

 低い声音が嬉しげな色を孕み始め、彼がこころから歓喜しているのがわかった。すると、大導師もまた口元を僅かに緩ませる。

 

「素晴しい。この調子で活動をさらに大きくしていきましょう。警察や政府も我々のことを懸念しているようですが、心配することはありません。我々には黒神様たちがいるのですから」

 

「はい! それで、大導師。私たちの『()()()()』はいつに……!」

 

 そこまで言ったところで男は口をつぐむ。恐らく先ほどの言葉を出すことが大導師への無礼に当たると判断したのだろう。叱責されると感じたのか、男は僅かに顔を伏せる。

 

 けれども、大導師は気にしていないというように柔和な声で答える。

 

「恥じることはありませんよ。人間である以上誰しも早く救いを求めるもの、今の言葉も無礼ではありません。ですが、儀式はもう少し先になります。前回の儀式以後、黒神様からはまだ行うべきではないと言伝られています」

 

「それは我等の信仰心が足りないと黒神様が判断され、お怒りになっているということなのでしょうか!?」

 

「そんなことはありません。黒神様は我等の信仰心を受け取られています。黒神様が仰られるには、今は新世界へのゲートが弱まっており、今転生の儀を行うと、ゲートから零れ落ちた魂が新世界へ昇華できず、虚無世界へと堕ちてしまうとのことなのです」

 

「おお……! つまり、神は我等の魂を案じられているというこですか!」

 

「ええ。今一度私からも呼びかけておきます。儀式が行えるとわかった際は、貴方を一番にしていただけるように進言しますよ」

 

 大導師の言葉に、男は歓喜に打ち震えた表情を浮かべると、目尻に大粒の涙を溜めながら頭を下げる。

 

「ありがとうございます! この私、よりいっそうの信仰を捧げさせていただきます!!」

 

 彼は最後に「失礼しました」とだけ告げると、部屋の扉を静かに閉めた。再び室内は蝋燭の光のみが照らすだけとなった。

 

 大導師は座禅の姿勢を崩すことなく、瞳を開けると、目の前にある壁を見やる。

 

 壁には黒い異形の神が描かれていた。この世のものとは思えない異形のそれは、世間一般的には人類の敵とされる怪物。

 

 けれど、黒神の寵愛内においては、人類を救済する絶対にして完璧なる神。

 

 黒き体躯と鮮血よりも赤い瞳のガストレアの壁画に、大導師は小さな笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「だーッ!! なんじゃありゃ!!」

 

 開口一番、大きなため息と共に苛立たしげな声を上げたのは、総本山周辺の偵察を終えて戻ってきた樹だった。

 

 既に火垂は先に戻ってきており、今は桜と一緒に携帯ゲームで協力プレイをしているようで、時折、「桜、罠お願い」という声が聞こえたり、「火垂様、次は紅玉です」という声が聞こえる。

 

 周囲は既に日が暮れ始めており、群青色の空とオレンジの夕日が見事なコントラストを描いている。

 

 樹は双眼鏡をのぞいて監視を続けている凍の横に座ると、「ん」と乱暴に缶コーヒーを置いた。

 

「ああ、ありがとう。ところで随分と荒れているようだが、何かあったか?」

 

「あったもなにも、あそこまるで監獄やで。正面はこっからも見てわかるとおり門番がおる。けど、施設の四隅にも武装した信者。有刺鉄線にバリケード、見張り台まで増設してサーチライトまであったわ」

 

「監獄というよりも要塞だな。それだけ警備を厳重にするものがあるということか……。ご苦労だった、少し休んでいてくれ」

 

「言われずとも休むわ。姐さんの方はなんか進展あったんか?」

 

 缶コーヒーを一気に飲み干した樹が聞くと、凍はコーヒーをつまみあげると人差し指でプルタブを開けながら双眼鏡から眼を離した。

 

「シフトはそれぞれ四時間。その内三十分ほどの休憩あり。正面と屋上が常に四人の警備、銃は予備もあるようだ。それと、警備のうち最低一人は、警察官、ないし自衛隊員が配備されているようだ」

 

「なぜにそんな連中がおるとわかるんや……」

 

「体つき、体の動かし方、視線の動き、銃の構え方その他もろもろだ。完全な素人もいたようだが、どうやら教育もうまく行っているらしい」

 

「なる、ほど……。よくまぁ見ただけでわかるなぁ」

 

「そういう観察眼を持っていなければ忍は務まらん。とりあえずこのまま監視は続行だ。完全に夜になったら明りは使いすぎるな。後ろの夜景の光でごまかせているといえ、気付かれると厄介だ」

 

「あいさー。んじゃ、すこし向こうで休ませてもらうでー」

 

 樹は大きな欠伸をしながら屋上に張ってあるテントへ向かい、すぐに横になった。体力的には余裕はあるのかもしれないが、敵に悟られないように動いたため精神的に疲れが来たのだろう。

 

 そんな彼の様子に凍は小さく笑みを零すと、コーヒーを一口飲んでから再び双眼鏡をのぞく。

 

 視線の先にある総本山では、警備が夜の状態に移行したのかサーチライトがつけられていた。

 

「随分と厳重な警備だ。中に何があるのやら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗く、ほんの一メートル先すらも見えない空間に、懐中電灯を持った祭服に身を包んだ男。黒神の寵愛の大導師がいた。すると、ゆっくりと歩みを進める大導師の靴音のみが響く空間に、別の音が響き始めた。

 

 ピチャリ、ピチャリというどこか粘着質な水音だ。それと同時にガリガリ、ゴリゴリというなにかを削るような耳障りな音。

 

 やがて大導師が足を止めると、暗闇の中で赤い光が灯る。それは静かに上下しており、まるで呼吸をしているようだった。

 

「もうすぐだ。もうすぐ、真の神が降臨する……!!」




お疲れ様です。

……誰だ! 定期的な更新を心がけるって言ったやつは!!

オレだ!!

はい、申し訳ありません。また遅れました。
うーむ、出来れば二週間更新を心がけたいんですがブランクもあって難しい。
しかし努力をせねば……!!

まぁ更新が遅れた理由としてはアニメやらにどっぷり嵌ってたんですが。
主にGGOだったり、ダリフラだったりその他もろもろだったり……。
ダリフラ、ゼロヒロ尊み……。


武装化してる時点で警察がさっさと踏み込めよとか言っちゃだめ。
ガストレアがいるかも知れない時点で警察は踏み込めないんでしょう(適当)
この調子だと戦闘はしばらく後になるかもですね。
凍姉さん実力が出せればよいと考えております。

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