イナズマイレブン テミスの正義   作:暁月の太陽

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第十一話 彼の想いが星屑当然だったとしても。

「いただきます」

 花伽羅村の定食屋できしめんを頼んだエレン。手を合わせ、きしめんにありつく。

 天使といえど、食べ物への感謝は忘れていないようだった。

「ふふっ、秋はまさに食欲の秋よね。食べ物がおいしいわ」

 平べったい麺をすすり、あったかい出汁を飲む。するとエレンは、その暖かい出汁で何かを思い出したのか、箸を止めた。

「さて、仕事をしなくちゃね。とは言っても…私が仕事しているところなんてあんまり見られていないものだから、さぼっていると思われても仕方ないわね」

 どこかから四角い端末を取り出し、画面に指をあてる。そこにはパソコンでいうワードの画面が広がっており、エレンはそれに文字を書いていく。

「花伽羅村の総評。食べ物が美味しかった、と」

 それだけを書いて送信し、端末の電源を切ると、端末をどこかに消した。端末を入れるような荷物もないのに。

「(スペクトルフォーメーションね…『怪異』とそれに適合した人の融合によって生まれる概念的能力…実際怪異なんていう実態のないものと融合をしているわけだから、概念的というしかないわね。元々怪異はそこにいるだけで人とのつり合いを取っているだけの存在…今ではもう幻想の一つとなってしまった妖怪とは違って人は襲わないし、本来なら無害中の無害、人には見えないはずだけれども、あの人間はそれを成した…興味が高まるわね。もしその力が素晴らしかったら、私の部下として引き入れるのもいいかもね)」

 脳内でエレンは、一星のスペクトルフォーメーションについての自身の解釈を述べる。

 その間にはすでにきしめんは食べ終わっており、エレンはごちそうさまともう一度手を合わせると、お金をちょうどになるように置いて定食屋から出る。

 

 ***

 

 ユースティティアの天使との試合が終わってから、およそ一日が経過した。

 朝になり、明日人たちは花伽羅村の診療所にある診察室の外で、明日人たちは一星の治療の終わりを待っていた。

 苛立ちが溜まっているのか、足で音を立てている者もいるが、誰もその者に注意する気力は無い。

 なぜならば、仲間の一人である一星光が、口から血を流して倒れたのだから。

 心配じゃない人なんていないだろう。いくら二か月前のFFIでのいざこざがあったとしても。

 不安が募り、誰もが嫌な気持ちになっていたその時、花伽羅村の医者が診察室から出てきた。

「先生! 一星くんの容態はどうなんですか?」

「一星くん、大丈…夫ですよね…大丈夫じゃなかったら私…」

 花伽羅村の診療所の診察室から出てきた医者に、夜舞は心配しながらも落ち着いて一星の様態を医者に聞いているが、大谷はもはや心配の言葉が上手く出ず、その場で静かに泣いてしまっている。

「皆さん、落ち着いてください。一星くんの命に別状はありませんし、病気の予兆でもありませんし、何よりサッカー生命も失われておりません。ただ、少し貧血気味なため、点滴は打ってありますが…」

 点滴は打ってはいるものの、命に別状はないということを知り、明日人たちはその場で人が居るのにも関わらず声が枯れる程に喜んだ。中には胴上げもしている。

「一星!」

 早速明日人たちが一星のいる診察室に足を運ぶと、そこにはまるで学校の保健室のような内装が広がっており、一星は薬品棚近くの並んでいるベッドで本を読んでいた。皆が来た途端、一星は本を閉じ、診察室に来た皆を見つめた。

「皆さん…」

「本当に心配したんだからなー!」

 明日人が一星に抱きつく。

「ちょ、ちょっと明日人くん、重いですって…!」

 口では嫌がってても、表情は柔らかい。一星だって明日人に会えて嬉しかったのだろう。

「あ、そうだ! 早速岩戸にも知らせなくちゃ!」

「岩戸の奴、一星が倒れたのを聞いて寝込んでいたらしいからな。きっと喜ぶと思うぞ」

 明日人が何かを思い出した。二か月前のFFIで同室だった岩戸のことだ。風丸も、きっと喜ぶと言っていた。

 診察室では一星まわりの話で盛り上がっているが、とても騒がしく、おまけに大勢が入って来てるので、一星の治療をしていた医者は今現在進行形で困っていたが、明日人たちの話を聞いていると、しばらくはここに居させてあげようという感情になった。

 しかし、何十分も話し続けているので、医者はついに「そろそろ帰ってくれるかな~」と言ってしまった。それを聞いて明日人たちは、「しまった!」とあっとした顔をしながら、失礼しますと治療室から出ようとしたその時、医者が明日人たちを引き留めたのだ。

「そういえば、一星くんってここに運ばれる前、口から血を吐いていたんだって? 僕、レントゲンや様々な器具を使って原因を調べてみたけど、どこにも異常はなかったよ?」

 引き留めてきた医者の言葉に、明日人たちは驚愕した。もっとも一星は、なんで原因が無いんだと困惑していた。

「僕はあまり霊的存在は信じてはいないけど…もしかしたら、霊に憑りつかれたことによるかもしれないから、一応それも頭に入れておいてくださいね」

「はい。ありがとうございます」

 見て下さりありがとうございますの意を込め、一星は医者にお礼をした。診療所を出て、明日人たちはとりあえず花伽羅村のグラウンドに行き、特訓を行うことにした。グラウンドでは先に特訓の準備をしていた茜が手を振っている。

「一星くーん! 辛かったら無理しなくていいからねー!」

 ラストプロテクターのマネージャーになったばかりの茜が、大きく右手を振りながら一星に大声で言っている。

「はい! 宮野さん!」

 茜は恐らく一星を心配してのことだろうが、それが灰崎には少し気に入らなかったようで、言葉には出てないが嫉妬のオーラが出ているに違いない。

「じゃあ今日は…大縄跳び!」

 第三者の夜舞から出される特訓の内容にもだんだん慣れが来たのか、明日人たちも最初は困惑した表情だったのが、次第に納得と面白そうだと思っていることを思わせる表情をするようになっていた。

「大縄跳びと言ったら、8飛びだよな!」いつも体育でしていたぜ! という円堂。

「ダブルダッチもありますよ!」縄跳びの派生版であるダブルダッチを提案する一星。すでに元気そうだ。

「あれ以外に疲れるんですよね…」と坂野上。

 しかしチームの団結力を高めるには十分だろう。なぜなら十六人全員で何回も続けて飛ぶのは結構難しいのだから。

「それを考えての大縄跳びなんですね!」

「そうですね。蛍くん」

 夜舞を見つめながら話す翠嵐と蛍。彼らもまたラストプロテクターの特訓の手伝いをしているのだ。

「お前ら普通に話してっけど、なんで二重跳びしながら話してんだ!?」

 まさかの縄跳びで二重跳びをしながら話していた為、それいヒロトは思わず突っ込んだが、二人は顔を見合わせるだけだった。やはり外の世界と花伽羅村の村民とは少し感覚が違うのだろう。

「みなさ~ん! 今日はオフなので、この村を観光するなり特訓を続けるなりなんなりしてくださ~い!」

 すると、趙金雲の胡散臭い声が聞こえた。どうやら、しばらくはユースティティアの天使もここには来なさそうな為、休憩の意味も含めて今日の練習は休みらしい。そのため明日人たちは、この午後をどんな風に過ごすかを考えていた。 

「ヒカル、この後一緒に食事でも…」

 その中でフロイは、二重人格のことも終わったからヒカルにそのご褒美にと一星を食事に誘った。

「あぁ、ごめんフロイ。俺これから野坂さんと先ほどの試合の解析をしなくてはいけなくてさ…また今度な!」

 しかし一星は、急用があるような顔でフロイからの誘いを断り、一刻も早くフロイとは離れたいというオーラが漂うような足の速さで、一星はその場から一気に離れ、花伽羅中の校舎の方へと向かった。

「……はぁ」

「どうしたのかな? 一星くん」

 切羽詰まった表情から解き放たれ、腕の力を抜いて突っ立っていると、野坂に後ろから声をかけられた為、一星の口から変な声が出てしまう。

「の、野坂さんでしたか…」

「一星くん、今日はオフだから、試合を見る予定はないよ」

 フロイとの会話を聞いていたのか、という声が聞こえそうな表情のまま、一星は悪気のなさそうな顔で話しかける野坂を見つめる。野坂の冷たくて暖かいその眼には、どんなことでもその目に移すことの出来る視野を持っている。逃げるのは無理そうだ。

「は、はい…実は、フロイとはあれから気まずくて…フロイからの誘いを断る為に嘘を…」

「え? そうだったのかい?」

「知らなかったんですか!? ……あ…」

 なんとか言葉を口にして事を伝えるも、野坂はフロイとの気まずさまでは知っておらず、予想外の展開に一星が驚くが、後になって野坂の知らなかったという言葉の意味を理解した時には、野坂はにっこりとした笑顔をしていた。

「つまり、君は今フロイくんとは気まずい仲にある、ということだね」

「うう…」

「ごめんね一星くん。こうでもしないと聞きだせないかなって思ってね」

「野坂さん…」

 確かに自分はあまり悩みを人に伝えたりするタイプだが、それでも不意打ちは酷いと一星は思った。

「別に気まずくてもいいんじゃないかな」

「えっ」

 返ってきた返答_というよりも答えが、自分の知っている「野坂さん」らしくなく、一星は野坂を見た。自分を見つめてきた一星に、野坂は優しくアドバイスをするときみたいに答えた。

「親友との仲は、これから取り戻せばいい。そうは思わないかな? まぁ、君はどっちかというと、早く仲直りしなきゃって考えそうな感じだもんね。でも、僕はさっきみたいなことを思うな。ほら、人生ってまだまだこれからだしね。あ、あとちゃんと死ぬまでには仲直りしなきゃだよ? いや…人生いつ死ぬかわからないから、やっぱり今やった方がいいかもね」

「はぁ…」

 やっぱり長く生きるためには、体も心も命も大事にしなきゃねという野坂に対し、一星はそういう野坂さんは以前脳腫瘍で自分の人生を削ってまでアレスの天秤の欠陥を証明しようとしていたじゃないか。と明日人と灰崎から聞いた話を思い出し、それをあなたがいいますか? という表情と目線で野坂に訴えた。

「というわけで……明日人くん」

「なに? 野坂」

 野坂に呼ばれた明日人は、今特訓していたのにと未練を口にしながら野坂の元へやってくる。それを聞いて野坂はあとで一緒に特訓してあげるからとなだめる。

「夜舞ちゃんと灰崎くんを呼んできてくれないかな? 僕は準備があるからね。あ、一人にしちゃまずいから、一星くんを連れてね」

 夜舞と灰崎を呼んできてほしいという野坂からの頼みに、明日人は後で一緒に特訓するという約束でOKサインを出す。しかし一星と一緒に行くという話になり、明日人は別に一人でも行けるのに! と野坂に抗議するも、聞き入れてはくれなかった。仕方なく、明日人は一星と一緒に二人を探しにいくことになったが、意外にも二人はまだグラウンドで特訓しており、灰崎は一人で練習、夜舞は砂木沼と必殺技の強化に専念していた為、すぐに見つかった。

「ねぇ、明日人くん」

「なに?」

「明日人くんは、どうやって友達と仲直りするんですか?」

 一星から呼ばれたかと思えば、素朴(?)で素朴じゃない質問を急に投げかけられ、明日人はびっくりせざるにはいられなかった。

 しかし、その話をしようとしている一星の目はとても悲しそうで、馬鹿にしないでちゃんと話を聞いてあげなきゃと思った明日人は、ちゃんと質問に答えた。

「う~ん、俺だって万作と氷浦とは喧嘩することもあるし、やっぱりそうなったときは、ごめんって謝るかな。まぁ…一日くらい謝らないでいた時もあるけど…でも、友達ってさ、気づいたら仲直りしているものじゃないかな?」

「え?」

 明日人の答えに、質問したはずの一星が驚いてしまっている。それもそうだろう。自分の人生の中で経験したことも経験しようともしなかったことを易々と言われたのだから。

「俺、一星みたいに兄弟は居ないし、円堂さんみたいに友達はそんなにいないけど…これだけはわかるんだ。仲直りっていうのは、仲直りしたい相手と自分の心がやっとつながって、仲直り出来るものじゃないかな。ほら、喧嘩したのに、少し経つと何事もなかったかのようにいつもみたいに遊んでいたとか、ないかな?」

「………」

 明日人の話を聞いて、一星は過去を『思い出した』。自分も昔は充と喧嘩したことはあっても、一日経てばいつものようにサッカーをしていたのだ。一日が経つ前は、あんなに嫌い嫌いって言ってたのに。

「…フロイも、俺と仲直りしたいって思っているのかな…」

「絶対思っているよ! 俺だったら、一星とずっと気まずいままだなんて嫌だよ!」

「んだよ、お前にしてはいいことをいってんじゃねぇかよ」

 そう言って一星を元気づける明日人の近くで灰崎の声がした。隣には夜舞も居て、夜舞は明日人たちに小さく手を振っている。

「その感じ、凄くわかるよ~。子供たちはいつものように喧嘩するけど、私が少し目を離した隙にいつの間にか仲直りしていたってこともあるからね~…。でも、私も昔は友達と喧嘩したことはあっても、すぐに仲直りしてたよ」

「夜舞さん!? 灰崎くん!? いつの間に!?」

 明日人と話していたら、いつの間には呼びに行く筈の二人がこっちに来ていたという現象が起こっていたことに一星は驚いた。

「僕が呼んだんだ。どうやら話をしているみたいだったから、僕が代わりにね」

「そ、そうですか…」

 じゃあ俺らが呼びに行った意味がないじゃないですか…と言わんばかりに、一星の表情と脳内は複雑な感情で埋まっていた。

「じゃあ、皆揃ったし、夜舞ちゃん、案内できるかな?」

「任せて! 野坂くん!」

「えっ、えっ?」

 一星には何が何だかわからない様子だったが、それは灰崎も同じであり、野坂たちのノリについていけてないようだった。

 一方で明日人は、野坂たちの目的に気づいたのかノリにノッている。

「それでは、花伽羅村を観光しよー!!」

『おー!』

『お、おー?』

 なんと、野坂が二人を呼んできてと言ったのは、皆で花伽羅村の観光をするためだったのだ。野坂曰くせっかくのオフなんだから、皆で村を観光しようということだったが、灰崎と一星は何をしているのかがわかってない感じだった。

「ええ!? の、野坂さん! 観光するなら俺に言ってくれても」

「サプライズ感があっていいでしょ?」

「よくありません!」

「ほら、野坂くんも一星くんや私たちのことを思って隠しておいたんだとは思うよ?」

「どう思ったんですか…」

 夜舞のフォローがあろうがなかろうと、一星は野坂のそのサプライズの意味がわからないでいた。

 そして灰崎は、夜舞と野坂はもしかしたら気があるんじゃないかと、野坂だけでも厄介なのにさらに夜舞という灰崎にとって未知の存在である女の子(茜が居るけど)が加わる為、野坂とのコンビネーションもあいまって余計に気分を悪くさせていた。

「じゃあまずは美味しいものがいっぱい揃っている商店街にいってみよー!」

『おー!』

 明日人たちの先頭を先走る夜舞。それを見て一星と灰崎は女の子ってみんなこういうものなのかと思春期あたり始めの感情が流れていた。

 

 ***

 

 村での観光を終えたその夜、一星は旅館で誰かに起こされた。重い瞼を開いて起こした人物を見ると、そこには夜舞が。

「え…夜舞さ…」

「しっ」

 夜舞が皆が起きないようにと大声を出しそうになった一星を制する。

「実は、一星くんに見せたいものがあって」

「それでこんな時間に起こしたんですか…?」

 小声で話す夜舞と一星。一星は夜舞の突然の誘いに、蛍の言っていた一直線の意味をやっと理解する。

 その間にも、夜舞は一星を旅館の外に連れて行くと、同じように旅館の外には明日人と灰崎、野坂が居たのだ。

「え、明日人くん!? 野坂さんに、灰崎くんまで…」

「えへへ、実は三人にも声かけたんだ~! ほら、私の見せたいものは、すっごく綺麗だから!」

 そ、そうなんですか…と一星はだからってこんな夜中に呼び出すか? と心の中の声を隠しながら苦笑いをした。

 しかし、夜舞の見せたいものと、夜の花伽羅村も見たい気もあったので、一星は少しの罪悪感がありながらも一緒に夜の村を歩くことにした。

 深夜の花伽羅村は、いつになく静かだった。

 都会とは違って、午前一時ともなれば村の人達は電気を消して寝静まっていた。その為満月の夜はここの道がとても明るく見えるのだそうだ。そして都会特有の騒がしさもない為、深夜の花伽羅村は秋の鈴虫と蛙たちが夜を支配していた。

 夜舞はライトの代わりに提灯で自分達の行く道を照らしている。しかしそれでも花伽羅村の道はでこぼこしており、また丸太の端や川もある為、それを渡る場合、夜舞は明日人たちに声かけしていた。

「つーか…夜の花伽羅村はこんなに涼しいんだな…」

 ジャージでも着てねぇと風邪引いちまいそうだ。と灰崎は夜の村を見渡した。

「今日が久しぶりに暑かったのが嘘みたいですね。あ、でもカザニの夜も結構涼しかったですし、何よりサッカーするに最適な気候でしたよ!」

「なんで張り合ってんだ…?」

「まぁいいじゃん灰崎! 今夜はゆっくり楽しもうよ!」

「そうだね、明日人くんの言う通り、君はもう少し楽しんだ方がいい」

「あぁ? なんだそれ」

「野坂さん! あまり灰崎くんをからかわないでください! あと灰崎くんもそうやって突っかかっちゃダメですって…ほら、夜舞さんも居る事ですし!」

「私は別にいいよ? 喧嘩を止めるのは得意だし! あ、でも近所迷惑になるような喧嘩だけはしないようにね」

「だって、灰崎くん」

「野坂…テメェは俺をなんだと思ってやがんだ…」

 夜舞の後ろで繰り広げられる漫才のような光景に、夜舞は思わず晴れやかな笑い声をもらした。

「あ~…ごめん明日人くんたち。だって皆の話を聞いてると、よく村で喧嘩する子供たちみたいで笑えてきちゃって…!」

 変な理由で笑っている夜舞を見て、明日人たちは子供扱いされていたのかと複雑な心境になり、灰崎は夜舞の笑った理由に馬鹿らしくなり、怒っていた感情が段々薄れていく。

「さぁついた! ささ、座って~座って~!」

 家などの建造物が何もない空き地のような広場には、たんぽぽや、シロツメクサなどの草花が生い茂っており、子供達がここで遊んでいるのが目に見える広場だった。夜舞は持っていたブルーシートを広げて広場の中心に敷くと、風で吹き飛ばされないうちに明日人たちを座らせ、最後に自分も靴を脱いで座った。

 寝転がってみてという夜舞に言われるがままに明日人たちが寝転がると、空には眩いほどの星空が広がっていた。藍色の空には星々がそれぞれ輝いており、六等星から一等星まで煌めいていた。都会では中々見られない光景に、明日人たちは心奪われ、開いた口を閉じるのを忘れてまでも、星空を見ていた。

「き、綺麗…」

「ここまで星空が綺麗だなんて、思いませんでした…」

 本来ならとっくに見えなくなっている筈の天の川も今でははっきりと見え、夏の名残が明日人たちの中に思い浮かんでくる。

「ここ、私のお気に入りの場所なんだ~」

 夜舞がそう口に出すまで、明日人はすっかりこの星空に見入っていた。こんなにも美しい夜空は、伊那国島でも見たことが無くて、つい見惚れていたのだと、明日人は夜舞に言った。

「そうなんだーじゃあ伊那国島が、明日人くんの故郷なんだね。あ、明日人くん。北極星ってどこだと思う?」

「北極、星?」

 夜舞が急に北極星についての話をふってきた為、明日人は思わず星を見た。しかし、数多くある星空の中では、とても北極星を見つける事なんて難しそうだ。

「北極星は、ぺガスス座からカシオペヤ、そしてこぐま座へ、北極星を見つけるんだってね。夜舞ちゃん」

「うん! えっとね、明日人くん。まず空を見て、四角形になっているところを探してみて、そこがぺガスス座だよ!」

「どこ~!?」

 夜舞がまずぺガスス座の場所を教えるも、あまり星を見る習慣のない明日人にとってはかなりの難問だった。そしてまず、ぺガスス座がどんな形をしているかもわからなかった。

「…ねぇ、灰崎くん」

「なんだよ」

「その…先ほどの試合ではありがとうございました。灰崎くんのおかげで、俺はまた人格統合が出来たというか…」

 明日人と夜舞と野坂が星を眺めている間、一星と灰崎が二人して話していた。一星は灰崎に感謝しているらしいが、灰崎はお礼を言われてなんだか変な感じになっていた。

「お礼なんていい。変な感じするからな」

「そんなこと言って、茜さんにお礼を言われたとき照れていたじゃありませんか」

「なっ! それどこで知りやがったんだテメェ!」

「あはは、旅館での廊下先ですよ」

 お礼を言われるのを断る灰崎に、一星は充の時のような悪いことを考えているような顔で、前に灰崎が茜にお礼を言われたときのことを話してやった。それに灰崎は恥ずかしくなってきたのか、怒りだしてきた。それでも怖さという怖さはあまり感じず、一星はさらにからかってきた。

 一星の表情を見て灰崎は、野坂に似てきたなと面倒くさそうな顔でそう思った。

 

 ***

 

 夜が明けてきた。夜舞は村の外周を走っており、鶏の声が聞こえたと同時に、夜舞は旅館へと一直線に走った。

「おっはよ~!!」

 明日人たちが眠る部屋の襖を明け、大声でおはようと言うと、明日人はその大声に驚いて跳ね起き、眠いまなこを擦りながら夜舞を見た。それは円堂たちも同じで、皆夜舞を見ていた。

「おい…まだ五時じゃねぇか…!」

 不動が布団に横になりながらスマホで時間を確認すると、時計には午前五時ちょっとの時間。起きるにはまだ早い。

「おはよう♪さ、特訓だよ!」

 満面の笑みでそう夜舞は言うも、まだ早いと灰崎たちはまた布団にもぐってしまった。

「おーい! もう朝だぞ~?」

「円堂さんもそう言ってますよ!」

 しかし特訓大好きな明日人と円堂はちゃんと起き、まだ寝ようとする十三人に声をかけるも、ねむい~の返事が返ってきた。

『お前らー!起きないと朝飯抜きだぞー!』

 円堂の大声は先ほどの夜舞の大声よりも大きく、これには明日人も夜舞もあと他の人も耳を塞いだ。まだ部屋には記~んと音が残っている。

「わかった、起きりゃあいいんだろ!?」

 灰崎たちが次々に起き、まずは食堂に着いて朝食にありつく。だが、やはり慣れない時間に起きた為か、眠い眠いと言いながら朝食を食べている。そしてユニホームに着替え、花伽羅中のグラウンドへと辿りつく。

 しかし、あれだけ眠かった目もサッカーをやっているうちに自然と目が冴え、いつの間にかいつもと変わらない風景になっていた。

「ねぇ夜舞」

「ん? どうしたの?」

 ベンチで夜舞が休憩していると、隣に居た明日人が話しかけてきた。

「ずっと聞きたかったんだけど…なんで俺達をかくれんぼに誘ったの?」

 明日人が気になっていたこと、それはかくれんぼのことだ。なぜ夜舞は自分達をかくれんぼに誘ったのか。その理由が知りたかったのだ。

「ん~? それはね…あのイナズマジャパンとかくれんぼ出来たら、子供達も嬉しいかな~って」

「そんな理由で!?」

 力を試す為に自分達をかくれんぼに誘ったとか、そんなのじゃないの!? と、ラストプロテクターの第三者らしからぬ発言に、明日人は酷く仰天した。

「子供達ってさ、遊ぶのが大好きなの。私くらいの年齢になると、やっぱりかくれんぼとか鬼ごっことかは恥ずかしくなるけど…でもやっぱり子供達と遊んでると、楽しいんだ。子供達も、明日人くんたちと遊べて、嬉しかったと思うよ」

 明日人は、子供と一緒に遊んだことが無いため、夜舞の子供達が好きなことはよくわからなかったが、遊ぶのが好きだということは明日人でもわかったし、おまけに自分達のお陰で子供達が楽しめたというのなら、嬉しいなと明日人は恥ずかしそうに頬を染めていた。

「そうだ! 今日の特訓は鬼ごっこにしようかな! 鬼ごっこは体力作りにも瞬発力を鍛えるのにもいいし、早速皆に伝えてこよっと!」

「多分、皆やらないとは思うけど…」

 夜舞が立ち上がり、皆で鬼ごっこをしようかと提案をした。しかし明日人は、皆がそう簡単に鬼ごっこを承諾するとは思えない為、夜舞の提案を断った。

 その頃グラウンドでは、一星とフロイがゴールでシュートの特訓していた。

「ヒカル」

「え、何…?」

 今一星は蠍の化物のことを考えていた為、フロイから話しかけてくるとは予測できず、一星は思わず顔が緊張で強張る。

「一緒に特訓しないかい?」

「あ、うん…」

 ここで断る理由も見つからず、仕方なくフロイと一緒に練習することになった。

 一星がシュートでゴールにボールを入れる。

 ボールはゴールネットによって跳ね返り、一星の元へと転がった。

「最近、僕のことを避けているよね」

「え…」

 フロイの声からは怒ったような感情は見当たらず、むしろ何かを諦めたかのような声だった為、一星はどうしたのだろうと誰も居ないゴールにボールを蹴るのをやめる。

「仕方ないよ、僕はこれに関して何も言わないさ。ただ、最近アストと一緒にいることが多くなっているから、少し気になっただけだよ」

 フロイが蹴ったボールはゴールに突き刺さり、そのまま跳ね返ってフロイの足元へと戻っていく。

「僕は___いや、僕たちはヒカルの大事な物を奪ってしまった。避けられても仕方ないよ」

「違う…」

 本当はそうじゃない。

 そう言いたかった。しかし口からは歯切れの悪い一文字しか出ず、一星がどれだけ口を動かそうとしても無駄だった。

「何が違うんだよ…僕は、今ヒカルに責任を感じている。もし僕が母さんを止めていたら、君はこんなに苦しむことはなかったかもしれない…」

 そうじゃない。責任を感じているのは自分だ。

 自分は親友を殺そうとし、親友に対して酷いことも言ってしまったし、出来もしないはずの難題も与えてしまった。

 だから、これからフロイにどうすればいいのかわからないだけなのだ。

 だからそんなに考えていただなんて、自分には知りもしなかった。

「僕は、ユースティティアの天使の力をこの目で見る為にラストプロテクターに入ったわけだけど、もし僕の存在が君の邪魔になるのなら…」

 フロイが一星に背中を向けると、そのままグラウンドの外へと歩きだした。

 

「僕は、ラストプロテクターを”抜けるよ”」

 

 聞きたくも無い声が親友の口から聞こえた瞬間、一星の体が突然重くなった。同時に、胸が抉られるような感覚がした、それは、蠍が自分の中に入っていた時よりもずっと『重く、痛い』ものだった。

「___フロイ! 待ってくれ! 責任を感じているのは俺だ! フロイの存在は、俺の邪魔じゃない! むしろいて欲しい!」

 手を伸ばしても、何を言っても、フロイはその足を止めることは無く、その無力さを語るように一星の喉はどんどん枯れていく。

「頼む…いかないでくれよ……」

 

 ***

 

「ん…あれは一星…?」

 茜の買い出しの為に灰崎が一緒に歩いていると、グラウンドのゴールの近くに一星が居るのを灰崎が見つける。

 微動だにしていない一星を見て、灰崎が一星に声をかける。

「おい、一星…」

 灰崎が一星の肩に右手を置いた瞬間、一星の体はまるでドミノを倒したかのようにゆっくりと倒れていった。灰崎はまさか一星が倒れるとは思えず、そのまま硬直していた。

 しかし、一星の虚ろな目を見て、灰崎は意識を戻す。

「おい! 一星!!」

 灰崎が一星の体を揺さぶるも、一星の意識はいつまでたっても戻らない。茜はどうすればいいかおどおどとしている。

 そんな茜を見て灰崎は、野坂が自分達にしていたことを思い出す。

「茜! 明日人と野坂を呼んでくれ!」

「う、うん!」

 茜が急いで向こうにいる明日人と野坂を呼びに走る。

「明日人さん! 野坂くん! 一星くんが倒れちゃったの!」

 茜の報告を聞いて、明日人たちは試合のときのことを思い出し、急いで一星のいる場所へと行く。

「一星!」

 明日人たちが一星の前へ行くと、そこには目を虚ろにして横たえていた一星がおり、前みたいに吐血はしていないが、危ないことは確かだった。

「誰か、一星を運べる奴はいないのか?」

「俺が運ぼう」

「サンキュな、砂木沼」

 砂木沼が一星をおぶらせ、診療所へと運ぶ。

「それにしても、なんで…」

 大谷が今にも泣きそうになるが、それに杏奈がハンカチを渡す。

「_! そういえば、フロイくんは?」

 フロイくんなら、一星くんが倒れたってっ聞いて駆けつけないわけないよと、夜舞は周りを見渡すも、そこにフロイは居なかった。

「マリク、フロイの居場所は知らないのか?」

「それが鬼道さん…俺にもわからなくて…」

「鬼道、とにかく今は一星の回復を待とう。フロイならきっと連絡をしてくれるはずだ」

 今までもそうしてきた、とルースが言う。

 そこでタツヤが思いついた。

「そうだ、発信機は? 発信機なら、フロイの居場所を掴めるかもしれないよ」

「それがあったか」

 ルースが思いついたようにノートパソコンを取り出すと、キーボードとマウスで色々と操作した。画面に現れたのは…

「あった、今は…この村の森の外だ」

「んなところでなにしてんだよ……一星が倒れてる時に…」

 言葉こそ荒いものの仲間想いのヒロトが愚痴る。

「俺、フロイさんの所に行ってくるよ!」

 マリクが率先してフロイの所へ向かった。マリクにとってフロイは尊敬すべき存在だからだろうか。

「じゃあ、俺達は一星の所に向かおうか。フロイのことはマリクに任せて」

 ルースの言う通り、今は一星の無事を確認しよう。フロイのことは、マリクに任せよう。きっとやってくれる。

 ***

 

「う…うん…? ハッ!」

 一星が目覚め、体を起こす。

「一星! 気がついたんだな!」

「明日人くん…ハッ、フロイは!?」

 一星にフロイのことを言われ、明日人は思わず口をつぐんだ。なぜなら今フロイは、村の外に出てしまっているから。とその時、ルースが口をつぐんだ明日人をフォローした。

「フロイなら、少し頭冷やしてくるって。そのうち戻ってくるよ」

「そうですか……すみません、また迷惑かけちゃいましたね」

「そんなことないよ、一星が無事ならなによりだよ!」

 明日人が再び一星を活気づける。その直後、ルースが一星に質問してきた。それも真剣な表情で、一星は怖さをも感じた。

「一星。ずっと聞きそびれていたけど…蠍の化物って、何?」

 蠍の化物。一星がスペクトルフォーメーションを成功した時に言った言葉の一つだ。ルースの言ってきたことに対し、一星は確かに言ったけど、それしか表現できなかったんです…と言った。

「…実は、俺が欠になっていた時に、蠍の化物に会ったことがあるんです。それも、何か欠と俺にアドバイスをくれるような…そんな感じでした」

「そう…もしかしたら、それが一星の倒れる原因になっているかもしれない」

 一星の返事にルースは考え込む。聞いていた明日人たちには、何の話をしているのかわからなかった。

 蠍の化け物って、一星が言っていたこと? しか明日人たちは知らなかったのだ。

「ルース。つまりこう言いたいんだな? 一星の中には、蠍の化物が居るって」

「しかし、だとしてもその蠍の化物が何なのかがわからなければ、説明しようがないと思うぞ」

 鬼道の言う通り、その蠍の化物が何なのかがわからなければ、一星が時々倒れる理由にならない。

 しかしその時、夜舞が呟いたのだ。

「…もしかして…それって『怪異』じゃない?」

 怪異。という夜舞の発言に、明日人たちは一気に夜舞の方面を向いた。

 一星も何やら怪異のことを知りたそうだった。

「怪異とは、なんだ? 夜舞」

「私もよくはわからないんだけど、おばあちゃんが読んでいた書物に書いてあったんだ。そこに存在するだけで、人とのバランスを保っている存在だって。砂木沼先輩」

 しかし、バランスを保つ存在なら、なぜ一星に憑りついたのだろう。

「私、霊的な物はこの村でよく見るから信じているっちゃ信じてはいるけど、そういうのは、私のおばあちゃんに聞いた方が早いから、聞きに行こうよ」

 夜舞の祖母が怪異のことを知っているなら、手っ取り速いと、ルースは思った。

 

 ***

 

 夜舞の家は、とても豪華だった。夜舞の祖父が村長だからというのもあるが、これほどまでの豪邸は見たことが無い。松、梅、桜の士気を彩る木と鹿おどし、そして鯉が住んでいる橋のかかった川がある、小石を土を敷き詰めた簡単な日本庭園。瓦の錣(しころ)屋根と木造で出来た、有名な大きな神社といっても差し支えの無い程の大きさを持つ、縁側のある和風の大豪邸の平屋。廊下ともベランダともいえる縁側で景色を堪能しながら飲むお茶は格別だろう。

 ちなみに大谷たちは、旅館で先に昼ごはんの準備をしている。

「おばあちゃん、お客さん連れてきたよ~」

 広い玄関口を抜け、廊下を真っすぐ、右に曲がって階段を上がり、また真っすぐ行き、その襖の先には、屋根裏部屋で書物を書いていた夜舞の祖母が居た。

「あら月夜。今日はいっぱいお客さんを連れてきたんだね」

「うん。お茶を入れてくるから、皆はここで待ってて!」

 部屋を出て、夜舞は急いで全員分のお茶を汲みにいった。お客さんを呼んだ時にはお茶を入れ居るのが夜舞のマナーになっているのだろう。

「お前さんたち、久しぶりね。確か…一星光くんというのがここに運ばれてから、かしら…あとお前さんたち、立ってないで座っておいき」

 久しぶりだと明日人たちに挨拶を交わすと、夜舞の祖母は座布団十五枚分を取り出し、畳の上に並べさせる。それを見て明日人たちは、お言葉に甘えて座ることにした。

「みんなー! お茶持ってきたよー!」

 廊下を走りながら部屋の襖を明けて入ってきたのは夜舞で、お盆には明日人たち十五分のお茶が組まれていた。

「月夜、廊下は走っちゃいけません」

「ごめんなさーい!」

 だって早く本題に入りたいんだもんと言わんばかりに、夜舞は軽く祖母に謝った。

「円堂先輩たちもどうぞ!」

「あ、ありがとな! アチチ…」

 湯呑にはあったかい緑茶がある為、熱が湯呑を通して指に伝わり、円堂はフーフーと息を吹きかけながら湯呑を床に置いた。

「自己紹介をしようかね。私は夜舞月夜の父方の祖母、夜舞緋華里(ひかり)じゃよ」

 夜舞の祖母、もとい夜舞緋華里は、改めて明日人たちに自己紹介をした。

 しかし、その容姿はとても夜舞の祖母とは思えない程美人で、どちらかというと母のような感じだった。夜舞曰く、年を取る度に若くなっているような気がするとのことらしい…

「おばあちゃん、実はおばあちゃんのところに来たのは…」

 夜舞がここに来た理由を話した。その時、夜舞緋華里はひどく青ざめ、一星の体を凝視した。

「まさか…怪異というのがお前さんの体の中に入っておるのか!? 大変じゃよ! 早くこの子の体から怪異と取り出さんと、大変なことになってしまう! 月夜、神主さんを呼んどくれ!」

「わ、わかった!」

 ドタドタと緋華里が箪笥から色んな服を出しては畳の上に投げ、畳の上に投げとしているなか、夜舞は怪異が危険であることを理解すると、急いで廊下を走って神社から神主を呼びに行った。

「あった! お前さん、これを着るんじゃ!」

 夜舞緋華里が出したのは、真っ白な肌襦袢であり、それを一星に着るよう促す。

「は、はい!」

 一星はすっかり緋華里の緊迫した表情に流され、別室でジャージから肌襦袢に着替えた。

 一方明日人たちは、それを目で追うことしか出来なかった。

「さて、神主さんが来るまでお前達に話しておかんといけんことがある。本来ならば怪異は人前に出ることのない妖怪の一種なんじゃよ。しかし稀に怪異が怒って特定の人間の体内に入ることがあるんじゃよ。中には入られても平気だという者もいるんじゃが、ある人間は中に入られた時点で急死してしまったということもあるんじゃよ!」

 夜舞の祖母の話を聞いて、明日人たちは青ざめるしかなかった。もし一星もそうなったらと…

「書物によれば、口から吐血しても少量の場合はそれなりに適合しているんじゃが…とにかく、危険なことは確かじゃ。お前さんには悪いが、お前さんの命の為じゃ。怪異にはお前さんの体内から出て貰うことにするよ」

 

 ***

 

「ひや~! 冷たいです!」

 村の滝近くの川で禊を行うよう神主から言われたが、秋の水の冷たさに一星が悲鳴をあげる。もし今が夏だったら、もう少しは楽に要られたかもしれないが。

「つ、冷たそう…」

 明日人が寒がる一星を見て、冷たそうだと言葉を漏らす。

「だ、大丈夫だよ、明日人くん。神主さんとおばあちゃんの除霊能力はお墨付きだから…」

 実際、昔ここに住み着いていたという悪霊を私の先祖がやっつけたという逸話があるくらいだし、と夜舞は語る。

 明日人たちは今、一星から遠く離れた場所の河原に敷いているブルーシートの上に正座しており、それは怪異が抜けた時に誰かの体の中に入ってしまう可能性があるからだという。

 すると、神主が一星を川からござへと座らせ、お祓いが始まった。

 神主は呪文を唱えながら、神酒が染み込んだ大幣を一星の頭の上で何度も振り、神酒を頭の上にかぶせる。本来ならばここで怪異が飛び出るのらしい…のだが。その瞬間、一星の髪が燃え上がり、試合の時に見た赤色の三つ編み姿となった。

「あれは、スペクトルフォーメ―ション!?」一星がスペクトルフォーメーションをしたことを確認した豪炎寺。

「なぜいきなり一星が…!?」驚く風丸。

 明日人たちは、目の前の光景に目が離せなかった。なぜなら一星は平然としてスペクトルフォーメーションをしているのに対し、夜舞緋華里とその神主は今にも驚いて倒れそうになりそうだ。

「ま、まさかこれは…怪奇融合か!?」

「怪奇融合って何!? おばあちゃん!」

 夜舞が立ち上がり、夜舞緋華里に怪奇融合のことを尋ねた。すると夜舞緋華里は、そこまで知りたいのなら、と、一星を立ち上がらせ、謎の呪文でスペクトルフォーメーションを鎮めさせた。

「スペクトルフォーメーションが…」

「怪奇融合は、怪異によって体内に入られる時に、体の一部が変化することよ。それが起きた者は、偉人になったり恐ろしい程の力を手に入れたりもするんだけど…都市伝説かと思っていたけど、まさか本当だったとは…しかし、怪異には適合するものとしないものがいるのよ。今回はたまたま怪異が融合できるほどの適合率だったからよかったもけど、一歩間違えれば死ぬかもしれんかったわよ…」

 そう一星に伝えると、一星は青ざめながらもそれを真剣に聞いていた。もし適合率が低い上で怪異に入ってこられたら__と思うと、一星は背筋が凍った。

 夜舞緋華里の話を聞いていた明日人たちは、自分たち見たものは怪奇融合だったんだと確信していた。

「怪異…恐ろしい化物ですね…」

「しかし、スペクトルフォーメーションをした時の一星の強さは、俺達よりも格段に強かった。有効活用すれば、ユースティティアにも対抗できそうだが…」

 鬼道はわかっていた。スペクトルフォーメーションを使った際、一星が吐血し、その場を倒れたことを。それならば、無難に使わない方がいいとは思ってはいるが_。

「月夜。確か一星光くんは、怪奇融合をした後、吐血したその場を倒れてしまったんだね」

「うん。多分これもおばあちゃんの言っていた適合率関係だとは思うけど…」

 夜舞は、夜舞緋華里の話から、一星が吐血しながら倒れたのは適合率関連のせいだと頭の中で推理し、それを夜舞緋華里に提示した。その推理は見事に当たり、夜舞緋華里は答えた。

「そうよ月夜。一星光くんが吐血して倒れたのも、適合率が『怪異を体の中にとどめておく』だけの適合率だったのを、無理に怪奇融合したからそれに体が耐えられず、一星光くんは倒れてしまったのよ」

 野坂、鬼道、風丸、円堂等の感の鋭い選手は適合率関係の話を理解していたが、明日人や坂野上などの選手は、それを理解できていなかった。

「えっと、適合率…?」

「つまり、やりすぎると一星くんに負荷がかかってしまうことでしょうか…」

 坂野上はさりげなく答えを言ったが、それに本人は気づいていない。

「だけど、これもあのユースティティアの天使と戦うためには、仕方ないことなのね…」

 感が鋭い夜舞緋華里は、わかっていたのだ。怪異の力を、ユースティティアの天使を倒すために使うのだと。本来なら、お祓いして、一星光を一刻も早く安全な状態にしてあげたかった。しかし、こうなれば仕方ない。止めても無駄そうね。と確信した夜舞緋華里は、着物の裾から紐を取り出すと、それを使って袖をたすき掛けでまとめた。

「いいかい一星光くん。これからお前さんには適合率を上げる修行をしてもらうよ。その覚悟はあるかい?」

 夜舞緋華里がドンと構えて一星に言う。

 一星は少し考える。そして、言った。

「…やります! この力、使いこなしてみせます!」

「いいねぇ、だけど、私の修業は厳しいよ?」

 私の孫の月夜だって、私の千年修行の七百回目を目前として、やっと根を上げたんだからね。と夜舞の失敗談を祖母にさりげなく話され、夜舞はそんなところまで言わなくていいよ! と言いたそうに頬を膨らませていた。途中で根を上げてしまい、悔しかったのだろう。

「千年修行って…そんなに厳しいの? 夜舞さん」

「厳しいよ! 千回の難しい修行内容を一つずつ熟さなきゃいけないんだから! 今度こそは絶対に千回突破してやるだからね! おばあちゃん!」

「はっはっは、楽しみにしているよ~」

 そうフランクに返す夜舞緋華里。夜舞の祖母の若い頃は夜舞よりも身体能力が高かったのだろうか。知りたいところだったが、無理な修行をしてからと言われそうだった為、タツヤはそのまま口をつぐんだ。

「あ、そうじゃった。千年修行をするなら、お前達もしなければいかんぞ?」

「え?」

『ええー!!』

 夜舞緋華里のいうことに、明日人たちは顔を青ざめながら驚いた。あの夜舞でさえも途中で根を上げたという千年修行を、外の世界の人間である明日人に言っているのだ。おまけに修行の内容すら理解できない。そんな修行を明日人たちに言っているのだ。

「当たり前よ。「修業は一人よりもライバルと」が私ら一家の修行のモットーだからね」

「そんなモットー昨日まで無かったよねおばあちゃん!」

 夜舞が祖母に昨日までそんなものは無かったはずではとツッコミをいれる。夜舞緋華里は気分やなのだろうか。

「お前さん達を見て、私の修行・指導魂が飛び火したんのよ。さぁ! まずは神社の階段上り外周七十五周!」

 いきなりきついはずの特訓を七十五回と言われ、明日人たちは背筋が凍った。しかし、趙金雲のおかしな特訓よりかはマシ…だが、これは数が酷すぎる。

「ふ、ふへ~…疲れました~」

 坂野上が外周五十周を前にして息を切らしている。

「頑張って! これでも優しい方だから!」

「(厳しいのはどんな回数なんだ!?)」

 軽々と神社の階段を何周か回る夜舞。慣れているだけあって息は切れていない。しかし、夜舞のこれでも優しい方だというのを聞いて、坂野上と不動は同じことを考えた。

「次は、腕立て伏せ百回!」

 グラウンドでひたすら腕立て伏せ。

「次は、瞑想!」

 寺の内室でひたすら無心になるも、どうしても何かを考えてしまう為、いつも夜舞緋華里に肩を叩かれる。

「次は、神社の掃除!」

 やっと休憩と思える特訓内容となり、明日人たちはしばらく掃除道具をほっぽって神社の境内で寝転がって息を切らしていた。

「き、厳しすぎる…」

 雷門中のイナビカリ修練場で鍛えていた円堂たちも明日人たちもこれには呼吸を荒くしており、汗でユニホームの色が濃くなっている上に肌に纏わりついていて気持ち悪かった。

「さすがだな…夜舞緋華里というお前の祖母は…」

「普段は優しくていいおばあちゃんなんだけど…こういう時になると私もなぜか巻きこまれて…」

 それで海を泳ぐわ東京に行ってはトライアスロンするわで最悪だったよ…とうつぶせになって倒れている夜舞に、マントを脱いでいる鬼道が話していた。

「でも、適合率を上げるには、体を痛めつけるのが一番最適だっておばあちゃんが言ってたよ…一星くん…」

「だとしても…これは痛めつけるというより痛めつけられていませんか…?」

 まぁ…見方によってはそうなるよね…と、夜舞も緋華里の修行内容には呆れている様子だった。

「みなさ~って大丈夫ですか!?」

 その時スポーツドリンクとタオルを持ってきたのは大谷たちで、大谷は総勢十六人が境内の中で疲れて倒れている光景を見て思わず絶句した。

「神社の掃除は後にして、今は休憩しろとの報告です!」

「よ、よかったです…」

 坂野上が賞賛の声を上げる。

 なお、スポドリは基本自分で取るようになっているが、ほとんどの人が疲れて動けない状態だった為、大谷たちが率先してそれぞれの味覚にあったスポーツドリンクを全員分に渡す。

「野坂くん、大丈夫?」

「あぁ…僕は大丈夫だよ…」

 そうは言っているものの、体はフラフラしている。一応熱中症ではない(というか水分補給の時間はちゃんと入っていた)のだが、杏奈は心配していた。

 あの日本代表がここまで疲れている。それだけ夜舞緋華里の修業は厳しかったのだ。と、杏奈は心の底から思った。

 

 ***

 

「よし、皆さんは寝てますね…」

 一星がゆっくりと布団から体を起こすと、まずは皆が寝ているかを確認した。といっても、皆は千年修行で朝まで起きることはないのだが。

 慎重に部屋を出て、旅館を出る。あとは自由だ。一気に神社まで走る。

「おお、寝過ごさずにちゃんと来たんだね」

 神社には、提灯を持った夜舞緋華里が居た。そう、一星はこれから夜の修行をするのだ。

「じゃあまずは…怪奇融合…じゃなかった、スペクトルフォーメーションをしてくれるかな?」

 夜舞緋華里がそう言った為、一星は深呼吸して怪異との融合を始める。

 赤く染まった髪は、神社をほんわかに照らしていた。

「じゃあ、まずはあの木に向かって、全身全霊の戦いを見せてくれ」

 夜舞緋華里が指指したのは、藁が巻かれたケヤキの木。そこに一星が立つと、一星は深呼吸をしてから、まずは真っすぐ右ストレートをかました。ケヤキはとても固く、指が痛い。しかし、ここでやめるわけにはいかなかった。すぐに両手で素早く殴打し、右足による横蹴り、足刀で攻撃を加える。本来ならさらにここからコンボが繋がるのだが、スペクトルフォーメーションをしている体では、すぐに息切れを起こしてしまう。

「まだまだだよ!!」

「はい!」

 と意気込んだ瞬間、一星の後ろで物音がした。

 思わず振り向くと、神社の縁側にスポーツドリンクとタオルが置かれていたのだ。

「おや…これは神さまからの贈り物だね。じゃあもう一息がんばるか!」

 

 ***

 

 一星の夜の修行も終わり、一星には先に帰って寝て貰うことにした。

 そして夜舞緋華里も、夜舞月夜を起こさぬよう慎重に自分の部屋に戻ろうとするも、なんと自分の部屋にはラストプロテクターの監督、趙金雲が我が物顔でどうどうと部屋の座布団に座っていたのだ。

「お邪魔してますよぉ」

「そうですか」

 趙金雲の常識外れた行動を易々とかわす夜舞緋華里に、趙金雲は中々やりますねぇと眉を少し潜めた(あんまり変わってないが)

「お茶でもいかがですか?」

「日本茶はあまり好きではありません」

「そうですか」

 お客さんとして出迎えるも、要らないと言われ、仕方なく夜舞緋華里は、趙金雲と向かい合うようにして座布団に正座する。すると、趙金雲が話しかけてきた。

「夜舞さんのおばあさん。一星くんの適合率は上げたはずではないのですかぁ?」

 なぜそんなことを聞くのだろうか。一星の適合率は上がっているはずではないのだろうか。

「趙金雲さん、わかっているでしょう? 適合率は「簡単には上げられない」と。私が今までやってきたのは、あくまで応急措置ですよ」

「応急措置にしては、少しやり過ぎだとは思うますがね」

「あなたほどではないと、あの子たちは言ってました」

 そう言われ、趙金雲はそうですかぁ…? と顎を指で抑える。

「あぁそうそう、適合率を上げるには、どうすればいいかわかるかしら? これは私にもよくわかっていないことなんだけど…」

「そのわからないことを私に説明するんですかぁ?」

「貴方にはどうせわかりませんよ。適合率を上げるのは、いつだって、『心』なのですから」

 

 

 

 その星屑はいつか、大きな想いとなる。

 

 

 

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