明日人たちは、ミーティングルームでテミス改革のことで会議をしていた。
メリーの言っていた、テミス改革とは、人が犯してしまった罪の種を消すことで、フォルセティ自身が世界を支配するというものだ。詳細は不明だが、メリーは永遠の理想郷になると言っていたが…
「人が犯した罪って、戦争を地上でしてしまったことの罪でしょうか…」
「環境汚染、貧富の差、数え出したらきりが無いな…」
坂野上と風丸が、「人の犯してしまった罪」の考察をするも、どれも正しい物とは限らなかった。むしろ、環境汚染に貧富の差も戦争も全て含めた上で罪と呼べるだろう。
「エレンに直接聞くのはどう?」
明日人が天使の統率者であるエレンに聞こうと提案すると、すぐに風丸に叱られる。だが、天使にしかわからないものは天使に聞くといいだろう。だが、
「あいつ、どこに居るかわかんねぇだろ」
灰崎の言う通り、エレンは神出鬼没。おまけに胡散臭い。そんな天使がどこにいるのかも見分けがつくはずも無い。と灰崎が言ったその直後に来るかとは思ったが、来ない。本当に神出鬼没としか言いようがない。
「とにかく今は、ユースティティアの天使と戦うことが先決だろう。考えるのはあとからでもいいだろう」
鬼道の発言で、ミーティングは終了となった。
***
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
明日人が、金色の物体を避ける。避けた先にも先ほどのものがあったが、それに目もくれずに避ける。しかし右に避けたところで金色の物体にぶつかってしまった。
それは敵でもなんでもなく、なんと大仏だった。
「だ、大仏…」
夜舞が目の前の特訓に思わず絶句する。それと同時に大仏相手にこんな罰当たりなことを、そしてこんな変な特訓をイナズマジャパンはしていたのかと夜舞は心の底で思った。まぁ、夜舞もそう言えた義理ではないが。
「ほーっほっほっほ! 皆さん精が出ますね~」
「こんな特訓聞いてませんよ!」
遠くで見ている趙金雲に、この特訓はなんなんだと夜舞が突っ込む。しかし趙金雲は皆が特訓中でもゲームをしており、それに対して夜舞がちゃんと聞いて下さい! とついに怒った。
「皆さん、燃えてますねー!」
大谷が食堂の窓でグラウンドを眺めながらそういう。
「ユースティティアに負けても諦めないのが、ラストプロテクターですからね」
おにぎりの準備をしながら、杏奈が大谷に返事する。
ユースティティアの天使の一人、メリー一向に負けてしまい、彼らは曇天のような心境になっていた。だがそうめげてもいられず、明日人たちはひとまず日本に戻り、こうして特訓を続けているのであった。
「大谷さん、杏奈さん。もしかしたら皆疲れているかもしれないから、おにぎりが沢山必要になると思います」
「そうなんですか?」
「はい! 星章学園でマネージャーでの経験がありますから!」
そう茜は敬語で大谷にアドバイスを送る。しかし、その量を作るのに人手が足りなかった。
「大食いの夜舞さんに稲森くんに、円堂さんが居ますからね。これは凄く重労働になると思います」
私達だけじゃ間に合わないよね…と、大谷が考えると、突然思いついた。
「そうだ! 夜舞ちゃんに手伝ってもらいましょう!」
「ええ!?」
***
「で、私が呼ばれたの?」
椅子に座っているのは、ユニホームの上にエプロンをかけた夜舞。何をするのはまだわかっていない様子だった。
「はい! 夜舞ちゃんのお茶はとても美味しかったですし、もしかしたら料理もお得意なのではないかと思いまして!」
お茶が美味しいって言われるのは嬉しいけど、だからって料理が得意なわけじゃないんだけどなぁ…と夜舞は思った。
「実は夜舞さん、おにぎりを作るのに人手が足りなくて、少し手伝ってもらえませんか?」
「私からもお願いします!」
わかりやすく説明する杏奈、お願いと懇願する茜に、夜舞は『人助けしたい欲』が刺激され、意気揚々に立ち上がった。
「よし! やってみる!」
早速夜舞は準備として手を洗うと、水で手を濡らし、早速塩を乗せた手にご飯を乗せる。
「あっつ…」
熱いのを奥歯を食いしばって我慢し、夜舞はぎゅっぎゅっとおにぎりを握ると、夜舞の手には三角に握られたおにぎりが。
「おおー!」
「凄いです!」
茜が夜舞の速い手さばきに拍手を送る。
「そんな~私だってまだまだだよ~?」
「そんなに謙虚にならなくてもいいんですよ!」
「だって私家庭科とか苦手だし…」
そう言った夜舞の一言に、大谷たちは驚いた。
「え!? 家庭科苦手なんですか!?」
「うん、包丁や火を使った料理なんて出来ないし、せいぜい出来るのはお茶くみとおにぎりくらいだけだよ~」
あと、餅付くんの餅つきを手伝ったりするくらいだよ。と、夜舞は家庭科が苦手なのをはっきりと大谷たちに公言する。
「てっきり得意かと…」
杏奈が口に手を当てて驚く。そんな杏奈を見て夜舞はつい最近までやっとおにぎりを握れたくらいだし…という。
「でも、凄い!」
それでも茜は夜舞を凄いとほめている。
「さーて! おにぎり作りますか!」
『おおー!』
大谷の掛け声で、夜舞たちは一緒におにぎりをつくることとなった。
「つまみ食いは駄目ですよ」
「あ、やっぱり?」
夜舞は目の前に食べ物があると、食べられずにはいられないのだ。
「ヒロト、イラついているね」
その頃グラウンドでは、ヒロトがいつもより荒いプレーをしているのをルースが気づいていた。元々ヒロトのプレイは荒いのだが、むしろヒロトのそれはもっと無理しているようにも見えた。
「ハーツアンロックが出来なかったからね。仕方ないよ」
そうマリクがうなづくと、グラウンドへの昇降口から、元気なマネージャーの声が聞こえた。
「みなさーん! おにぎりが出来ましたよー!」
その声が聞こえたあとすぐに、明日人たちはおにぎりの前へとかける。そこには大量のおにぎりがトレーの上に乗せられており、見るからにおいしそうだ。
「夜舞さんにも、手伝ってもらいました!」
そう大谷が手の平を夜舞に向ける。そこには、恥ずかしそうにしている夜舞の姿が。
『いただきまーす!』
明日人と円堂はおにぎりにがっついている。特訓の後のおにぎりはとても美味しいのだろう。
「凌兵、これペンギンのおにぎりだよ!」
茜が灰崎に持ってきたのは、海苔でペンギンの顔を作ったおにぎりだった。少し不器用なところが微笑ましくなり、灰崎は少し頬を緩ませる。それは茜にしか見せない表情だ。
「ルースくんもどうぞ!」
「あ、ありがとう…」
ルースが大谷のおにぎりを食べると、美味しかったのか少し頬を緩ませている。
「(こ、これが杏奈さんのおにぎり…)」
「マリクくん?」
「わあっ!」
マリクは今手の中にある杏奈が握ったおにぎりをまじまじと見ている。それを見て杏奈が声をかけると、マリクは声をかけられたことに驚いて、おにぎりを落としそうになる。
その頃明日人は…
「(しょ、しょっぱい……)」
夜舞の作った塩の多すぎるおにぎりと格闘していた。
***
おにぎりを食べ終え、練習が再開されようとしたその時だった。
ヒロトの体に何かが締め付けるような感覚がしたのだ。それと同時に、体が重い感じがした。ヒロトは一瞬風邪でも引いたのかと思った。しかし、監督や折谷に伝えるのも面倒なので、ヒロトはこのまま練習しようとした。
しかし、今自分がドリブルしているボールがぼやけて見える。そして、瞼も重い感じがした。
あ、これはやばい。と思った瞬間に、ヒロトは倒れてしまった。
「ヒロト!」
倒れたヒロトに、タツヤは急いでかけよる。しかしヒロトはヒューヒューを過呼吸になるだけで、返事を返してはくれなかった。
「大丈夫かヒロト!」
「ヒロトくん!」
円堂達が駆け寄ると、豪炎寺がヒロトの様態を見た直後に、タツヤに指示した。
「タツヤ、お前はヒロトの手を握っててくれ」
「はい!」
「夜舞は、マネージャーたちと一緒にココアの準備を」
「わかりました!」
豪炎寺が的確に指示を出している。
「砂木沼、西蔭、ヒロトを医務室に」
「はい」
「わかった」
そう西蔭と砂木沼が言うと、砂木沼はヒロトを軽々と担ぎ、西蔭の案内の元医務室まで運ばれることとなった。
「ヒロトの奴、風邪か…?」
「もしかしたら、持病の可能性もあるな。あとでタツヤか砂木沼に聞くか、アフロディに電話出来ないか?」
円堂は鬼道に、二か月前ヒロトと親しかったアフロディと、今でもヒロトとは親しい中にあるタツヤと砂木沼に聞いてみたらどうだと促すと、円堂はすぐに公衆電話がある廊下まで行き、そこでまずはアフロディと通話する。タツヤと砂木沼はまだヒロトの隣に居るため、邪魔したくはないと思ったからだ。
『はい、円堂さん?』
電話に出ると、水神矢が出た。
「あぁ水神矢? アフロディ呼んできてくれないか?」
「はい、わかりました」
水神矢に変わり、アフロディに電話が渡される。
『アフロディだ。どうしたんだい? 円堂くん』
「あぁアフロディ、お前ヒロトとはFFIの時親しかったよな。あいつに何か持病とかなかったか?」
『持病…円堂くんがなぜそんなことを聞くのかはわからないけど、きっと重要そうなことだね。だけど円堂くん、僕が見た限りではヒロトくんに何か病気があるような素振りはなかったね』
アフロディは、ヒロトには持病があるかどうかわからないとの発言を円堂にする。
「そうか…」
『ごめんね円堂くん。力になれなくて』
「あぁ大丈夫さ! じゃあな!」
そう円堂はアフロディとの電話を切り、受話器を元に戻すと、すぐに医務室へと走った。
***
その頃医務室では、タツヤと砂木沼が、ベッドで眠っているヒロトの隣に居た。
「砂木沼先輩、タツヤくん、失礼するね」
夜舞がココアを持ってきた。ついでに二人の分もある。
「ありがとう、夜舞」
「夜舞さん、僕らの分までありがとう」
「起きたら、ヒロトくんによろしくね」
そう言って、夜舞はヒロトの分のココアをテーブルに置くと、医務室を後にした。
しばらく二人がココアを飲みながら話していると、突然ヒロトが跳ね起きた。
「うわあああ!!」
「ヒロト!」
ベッドから跳ね起きたヒロトに、ココアをテーブルに置いたタツヤが抑える。
「どうした、ヒロト」
「……やべぇ夢を見た…昔の、自分に、殺される夢…」
砂木沼が聞くと、ヒロトは自分に殺される夢を見たと聞いて、砂木沼はまるで理解できないとの感情を示す。
「それって、どういう夢なんだ?」
「わかんねぇよ……うぐっ!!」
ヒロト自身も訳が解らず、呼吸を荒くしていると、急にヒロトの顔が痛みで歪む。
「あぐぅ…ぐ、あがっ…」
まるで腹が裂けるかのような痛みに、ヒロトは耐える。しかし耐えがたい苦痛に、ヒロトはしばらくベッドの上で体を丸め、腹を抱えていた。
「ヒロト!」
「う、ぐぅ…! あ、あ……タツ、ヤ?」
ヒロトがタツヤを見据えた瞬間、腹と全身の痛みが驚くほどにスゥ…と魔法のように亡くなった。
「大丈夫か?」
「あぁ…大丈、夫…」
そう言った瞬間、ヒロトが目を瞑ってしまい、タツヤが起こそうとする。
「ヒロト!」
「待て、寝ているだけだ」
「砂木沼さん…」
と、砂木沼がタツヤを落ち着かせていると、円堂が医務室にやってきた。
「タツヤ、砂木沼。ヒロトに何か持病みたいなのはなかったのか?」
「持病…? 聞いたことが無いな」
「円堂さん、実はヒロト、サッカーをする前までは少し体が弱くて…それで少し体調を崩してしまったかもしれません」
「そうか…」
その後、ヒロトがまた起きるまでタツヤと砂木沼と円堂は一緒にいたが、夜舞が入れたヒロトの分のココアは、とっくにテーブルの上で冷めてしまった。
***
「うん、熱も無いし、ただの体調不良かな」
その後、折谷が駆けつけ、ヒロトの様態を見た。風邪ではなく、ただの体調不良とのことだった。
「しばらく様子見たいから、練習禁止ね」
「ッ、わかったよ…」
しかし、その後もヒロトの体調不良は続き、明日人たちもそろそろ何かの仕業なんじゃないかと疑っていた。
「もしかして…また怪異の仕業かも…」
そう坂野上が言った途端、明日人たちの中に怪異という概要が頭の中に思い浮かんだ。
怪異。それは人前に出ることのない妖怪の一種でもあり、一星の中に入っている化け物。稀に怪異が怒って特定の人間の体の中に入ることもあるらしい。そのため、もし怪異がヒロトの体の中に入っていたとすれば…
「じゃあ、大変だよ! もし適合率が低かったら、ヒロトくん、死んじゃうかもしれないんだよ!」
適合率。それは怪異が人の中に入る上での体と怪異との一致度である。それが低ければ、最悪の場合死んでしまうらしい。という夜舞の祖母から教えられたことだが。
「夜舞、お前はおばあさんから何か貰ってないか?」
「一応念の為って、おばあちゃんから怪異の巻物を貰いましたよ」
部屋に置いてありますよ。と豪炎寺に言う。
「よし、それを調べてくれば、ヒロトの怪異がなんなのかがわかるはずだ」
「ですが、調べるのにはまず病状を調べないといけません」
確かに時点で何かを調べる場合も、まず調べたいものが何なのかを知らなくてはならない為、まずは怪異がヒロトの中に入っていることを前提として、明日人たちはこれまでのヒロトの病状を推理した。
風邪のような病状から、呼吸困難。時々平常なのに寒気や顔が青ざめることもあった。しかし、これだけでは怪異の仕業と言える決定打がないと感じたその時、タツヤが呟いた。
「もしかして…これは怪異のせいじゃなくて、病気にかかっただけなのかもしれない」
そうつぶやいたタツヤに、明日人たちが驚く。怪異じゃない?
「実はヒロト、サッカーをする前は、少し病弱だったって聞いたことがあるんだ。もしかしたら、それが再発したかも…」
それを聞いて、一同は驚いた。確かにあんな激しいプレーのしている選手が、実は病弱だったのを知ったら、誰もが驚くだろう。
しかしその中で、円堂は驚かなかった。事前にタツヤから聞いていたからだ。
「とにかく、一回様子を見よう」
風丸の言う通り、少し様子を見ることにした。
食堂では、昼ごはんとしてマネージャー達が懸命込めて作られた食事がカウンターに並べられている。その中で夜舞は、少し考え事をしていた。
「夜舞?」
明日人が話しかけても、夜舞は何も答えない。というより、箸が進んでない。
「夜舞!」
もう一度話しかけてみると、夜舞は驚いた様子で明日人を見た。
「わっ! ごめん明日人くん。ちょっと考え事してて…」
「考え事って?」
「実は…」
***
「ヒロトくーん!」
夜舞が、廊下を歩くヒロトに声をかける。
「なんだよ」
「課題、もう終わったの?」
「あぁ、もう終わらせた。俺、頭はいい方だからな」
と、ヒロトは人差し指で頭を指さしながら、夜舞に返事する。
「すごい! というより、ヒロトくんが頭いいだなんてちょっと意外」
「そうかよ。御曹司ならこれくらい当然だと思うぜ?」
「おん、ぞうし?」
御曹司も知らない夜舞に、ヒロトはため息をつく。
「夜舞、御曹司ってんのはな。お金持ちの息子って意味だ」
「そうなんだ! いいこと知れたな~!」
そう呑気に言う夜舞に、ヒロトは何かが切れた気がした。
「おい夜舞。お前何でも知ろうとすると、痛てぇ目に遭うぞ。知らなきゃよかったと、思っちまうくれぇにな」
「…え?」
そう夜舞が固まっていると、ヒロトはそんな夜舞を置いてどこかに行ってしまった。
「ということがあって…ヒロトくんの知らなきゃよかったってなんなんだろうな…って」
「う~ん、夜なのに今日が特売日だってことを思い出しちゃったこととか?」
確かにそれは知らなきゃよかったって思うことだが、そんなことではないと思うと、夜舞は明日人に訂正した。
昼食後。午後の特訓をしに、更衣室でジャージからユニホームに着替えようとしていた時だった。
「(…え!?)」
明日人は、見てしまったのだ。
ヒロトの体に、「蛇が巻きついている」のを。
嘘。と明日人が目を擦ると、そこには何もないヒロトの背中だけがあった。
しかし明日人は、さっきヒロトの体に巻きついていた物が怪異なのだと直感で確信し、今すぐにも夜舞のいる女子更衣室へと向かった。
「(これ…もしかして怪異!? 早速夜舞に伝えなきゃ!)」
そう考えながら、明日人は夜舞の居る更衣室をノックし、夜舞を呼ぶ。
「夜舞! 見つけたよ!」
「何が見つかった、の……?」
夜舞が明日人の声を聞いて、ドアを開けるも、そこには下がユニホームのズボンで上だけ裸の明日人がいたのだ。
「……明日人くん」
「なに?」
「まず服を着よっか」
夜舞が改めて言った為、明日人は初めて自分が上半身裸だということに気づき、顔を赤らめる。
***
「そうなんだ、明日人くんの目には、ヒロトくんに巻きついた蛇が居るってことね」
ユニホームを着た明日人と夜舞が、休憩中に話し合う。
「うん、俺この目で見たんだ」
じゃあ、信用できるね。と夜舞はいう。
「ねぇ夜舞。今からでも図書館に行って調べられないかな? ほら、俺も怪異について知りたいし」
図書館に行かないかという明日人に、夜舞は少し考える。
「う~ん。折谷さんと監督が許してくれるかどうかだね…今オフの時でもないし…明日にしてみようよ」
***
「よし、見つけた…!」
翌日、明日人と夜舞はオフの時に図書館に行き、明日人が図書館で怪異のことを調べている中、夜舞も同じように図書館の学習室で怪異のことを調べていた。夜舞緋華里という夜舞の祖母からもらった巻物を広げ、さっさと目を滑らす。
そこで目についたには、『叶え蛇』という白蛇だった。
吐く蛇ともいえる蛇は、まさに『吐』く言葉のマイナスを引くことで、願いが『叶』うという言葉合わせによく酷似していた。叶え蛇は、取りついた人の想いを叶える怪異で、神のような怪異だと夜舞は思った。
「神の成り下がりで、未だに神としていようとする…」
なんだか、ヒロトくんっぽいな。と、夜舞はこれまでヒロトの話を聞いて、思い出す。彼はいつでも、自分をゴッドストライカーだと自称していた。
「う~ん…蛇は神聖な生き物だから、ゴッドストライカーの名をもつヒロトくんにとっても似合うけど…」
しかし夜舞は、何かが引っ掛かっていた。
「(叶えるってことは、ヒロトくんは何かをお願いしたんだよね…何をお願いしたんだろう…)」
夜舞がテーブルに突っ伏せると、少し喉が渇いた感じがした。そのため、、水飲み場に行こうと巻物を終い、水飲み場へと行こうとしたその時。
「月夜ちゃん?」
「あ、不知火さん」
声をかけられ、その声のした方を向くと、そこには不知火がいた。また会えたことに夜舞は喜ぶ。
「久しぶりですね」
立ち話もなんですし、と夜舞は、図書館内の喫茶店で不知火とお茶をすることにした。
「じゃあ私は…コーヒーを頼もうかな」
不知火がコーヒーを頼むと、ついでに夜舞の分であるチョコクッキーとオレンジジュースを頼んだ。
「勉強していたのかい?」
「はい、少し調べものをしていたんです。ただ、何かが引っ掛かって…」
ただ、の後を、夜舞は不知火に聞こえぬようボソッと呟いた。
「そうか、勉強するということはとても素敵だ。己の視野を広げる重要なことになるからね。勉強したことは、絶対に無駄にはならないよ」
「私もそう思いますね」
クッキーとジュースを交互に食べ飲みしながら、夜舞は不知火と話す。
「だけど月夜ちゃん。世界には、『知ってはいけない』こともあるって知っていたかな」
「知ってはいけない、ことですか?」
「ほら、「あんなこと知らなきゃよかった」とか、「知らない方がよかったかも」とか、そう思ったことはあるかい?」
不知火の質問に、夜舞は疑問に思った。なぜ、知らなきゃよかったと思うのかと。だがここで夜舞は、ヒロトが同じようなことを言っていたのを思い出した。
「…よくわかりませんが、知っててよかったなってことは、よくありますよ」
ジュースを夜舞が飲み干す。それを見た不知火がおかわりを夜舞に注文しようとしたその時だった。夜舞の最近買ったスマホの着信音が鳴りだした。設定も何もされていない。
夜舞が画面を見ると、そこには明日人の名前が。
「すみません。……うん、どうだった? そっか、わかった、すぐ行くね」
明日人からの電話に応対し、すぐに電話を切ると、夜舞は財布から千円を抜き取り、不知火の座っているテーブルの上に置いた。
「すみません不知火さん! 私そろそろ行かなくては…あと、おつりはいいです! それでは!!」
喫茶店から出て、夜舞は明日人の所へと走り出した。
「明日人くん、そっちはどうだった?」
「うん。見つかったよ。怪異じゃないけど、妖怪を払う本ならあったよ」
「こっちも、ヒロトくんに憑りついた蛇のことがわかったよ。『叶え蛇』っていうんだって」
宿所の食堂で、明日人と夜舞が成果を報告しあう。
「二人共、何をしているんだい?」
さっきから何かをしている二人を見かねたタツヤと灰崎が、二人に声をかける。
「「ヒロト(くん)の怪異のことを調べていた(んだ)」」
「そ、そうなんだ…って、ヒロトのあの病状は、怪異の仕業なのかい!?」
二人同時にタツヤに返事を返すと、タツヤは少し返事をしたその後に怪異の仕業!? と驚いた為、夜舞たちは調べたことをタツヤたちに話す。するとタツヤは何かを思いつき、明日人たちに話す。
「もしかしてヒロトは今…自分自身の嫌なことをその怪異に吐き出しているんじゃないかな…ほら、叶え蛇の別名を吐く蛇と言うんなら、もしかして想いを叶えるんじゃなくて、何かを吐き出していることもあるんじゃないかな…?」
しかし、灰崎がタツヤの話の穴を指摘した。
「どうすんだ? ヒロトの奴がその怪異に嫌なことを吐き出してんなら、ヒロトはその怪異という心の拠り所を失くしちまうってことになりえるよな」
「だけど、このままじゃヒロトくん、危ないよ」
確かにこのままではヒロトが危ない。しかし、ヒロトは、過去の自分を自虐することで生きてきた。そんなヒロトが今、嫌なことを怪異に吐き出さなければいけない程苦しんでいる。
そう明日人たちが考えていると、タツヤが意を決して話し始めた。
「三人とも、考えがあるんだ。ヒロトの家に行こう」
***
夢の中で、ヒロトはあの怪異を待った。
すると、暗闇の中から白い蛇が現れ、こういった。
『可哀想に、自分が『あの吉良ヒロト』の代わりだって知って、哀しくなられたのですね。だから自分は、愛されていないのだと、思っていたのですね』
「……親父は、死んだあの吉良ヒロトの代わりとして、俺を産みやがった…そして…」
『失敗したのですね』
「あぁそうだよ。元々なんか愛されてねぇなと思ったが、十二歳の頃にはっきりしたぜ。親父は俺のことなんか見てねぇってな。いっそ、こんなこと知るくれぇなら、死んだ方がましだったぜ」
『そう思っているなら、叶えてあげますよ。私は『神様』ですからね。貴方のお願いくらい、叶えられますよ』
「へぇ…お前神様なのかよ。俺とおんなじだな」
『そうですね。同じくして神になれなかった者同士ですね』
***
『次は~富士箱根~富士箱根~』
電車のアナウンスが鳴り響く車両の中、明日人たちはヒロトの家に向かっていた。
「この駅で降りれば、ヒロトの家だよ」
そういうタツヤの声を、明日人たちは片耳で聞いていると、いつの間にか目的の駅についていた。明日人たちは電車を降り、道なりをずっと進む。
「タツヤくん、どれくらいで着くの?」
「もう少し…あ、ここだよ」
タツヤが指さしたのは、いかにも屋敷って感じがした家で、明日人たち三人は屋敷を見つめていた。
「ここにヒロトの奴は住んでんのかよ…」
「私の家と全然比べ物にならないよ…」
「すごい…」
明日人たちが口々に感想を述べながら、明日人たちは屋敷の中に入ろうとした。が、門番の役割をしている執事たちがここを通してくれなかった。
「俺達、ヒロトの友達です。ここを、通してもらえませんか?」
「駄目だ。それに、ヒロト様に友達なんていません」
タツヤがヒロトの友達だと言うも、門番たちはここを通してはくれなかった。
「お金持ちの家の子って、こんなに厳しいんだね…」
「俺、普通の家庭でよかったな…」
ヒロトの家のセキュリティに、夜舞と灰崎は普通の家でよかったと言うも、それが門番に聞かれ、声を張り上げられる。
「とにかく駄目だ。ヒロトさまは今まで一人で生きていられたからな_」
と門番の一人がそう頑なに言おうとしたその時、明日人がタツヤの前に立ち、こう大声で言い放った。
『友達を家に入れさせないで、何が門番だ!』
一部めちゃくちゃな明日人の声に、タツヤたちはびっくり仰天する。
「あ、明日人…」
灰崎が声をかけようとしたその時、門の中にある屋敷の扉が開かれ、中から女性が出てきた。
「今の大声は何ですか?」
黒髪のロングヘアをした女性は、ヒロトの家族なのだろうか。と、明日人たちは女性を見ながら思った。
「瞳子姉さん!?」
「ひ、瞳子さま!」
タツヤと門番が同時に驚く。
「あら、タツヤ…なんでここに…」
「姉さん、実は俺達、ヒロトの家に入りたくて…」
そうタツヤが事情を説明すると、瞳子と言われた女性はため息をつきながら、門番に言った。
「貴方達、この子を通してあげなさい。タツヤ、ひとまず私の部屋に行きましょう」
瞳子がそういうと、門番は厭々ながら明日人たちを家の中に通した。明日人たちはヒロトの屋敷の中を、首を縦横に振りながら景観を見ていた。豪華なシャンデリア、高そうな壺と、壊してしまったら弁償だけじゃ済まされなさそうだ。
廊下を歩き、階段を昇ると、そこには瞳子の部屋だった。明日人たちがソファに座ると、瞳子が紅茶を出した。
「どうしたの? 貴方たちがここに来るなんて…」
「瞳子姉さん、実はヒロト、怪異という妖怪に憑りつかれているんです。ですが、それを解くカギが見つからなくて…ヒロトの家に行けば、何か見つかると思って…」
タツヤの説明に、瞳子は最初は驚いたものの、すぐに納得した表情をする。
「そう…ヒロトがここまで…やっぱり、記憶なんて消さなきゃよかったわ…」
記憶、という言葉に、明日人たちは反応する。
「瞳子姉さん、記憶ってどういうことですか?」
「あ…貴方には、関係のないことよ」
「そんなこと言わないでください! 俺達、ヒロトを救いたいんです!」
はぐらかす瞳子に対し、明日人はまたしても大声でヒロトを救いたいと瞳子を説得し、その念を折らせた。
「…わかったわ。長くなるけど、いいかしら」
***
「ヒロトには、昔同じ名前をした吉良ヒロトが居たの。その人は私の兄で、当時の私は凄く彼に憧れていたの。でも、あの人は海外に留学中に事故にあって、無くなってしまった__だから父さんは、もう自分の子供を死なせたりはしないって、また子供を作ったの。それが、今の吉良ヒロトよ。
「吉良ヒロトと父さんの仲は、昔はよかったのよ。仕事が休みの時は、一緒にヒロトと遊んだりしたわ。だけど、あの事件のせいで全ては変わってしまった__
「あの事件は、ヒロトが五歳の時よ」
瞳子の脳内に、幼きヒロトの笑い声が聞こえる。
「その時は私と父さんと一緒に、遊園地に行ったの。とても、楽しかったわ。お化け屋敷に入って、コーヒーカップに乗って、観覧者に乗って、凄く楽しかったわ。だけど、事件はここから始まった。
「私が、あの時目を離したりしてなかったら__」
瞳子が涙を見せる。
それは、あの時の事件のせいだ。
「ヒロト、一緒にトイレに行く?」
「ううん、僕、ここに居る」
「そう。じゃあベンチに座ってて、絶対、誰にもついていっちゃだめだからね」
そういって、吉良星次郎と瞳子はお手洗いに言った。その間ベンチに座ったヒロトは、どんなに可愛らしいキャラの着ぐるみが来ても、ピエロが来ても、絶対ベンチを離れなかった。そして、ヒロトにとって長い時間を待つと、二人がトイレから出てきたのを見たヒロトは、思わず二人に向かって走った。
しかし。その時だった。
「ヒロト!」
黒い影がヒロトを攫っていったのだ。黒い影は一気に人混みの中に逃げ、遊園地の外で同じ仲間と共に車で逃げていってしまった。
「ヒロト……」
「ヒロトは、誘拐されたわ。勿論、身代金の要請が来て、そこから逆探知することでなんとかヒロトを誘拐した犯人を突き止めることは出来たわ。でも、誘拐されていた時間はあまりにも長すぎた。そのせいで、ヒロトは犯人たちに酷い事をされてきた。
「それがトラウマになって、幼稚園にも行けなかった。そのうち、食事を抜くようになって、死ぬ一歩手前になっていたのよ。父さんは、もう少し早く助けられなかったのかと自分を責めていたわ。だけど私も同じように自分を責めていたの。
「でも、ついにヒロトが行動に出たわ。風呂で溺れようとしたみたい。すぐにメイドが見つけて助けたからよかったけど、もう少し遅かったらと、思うと、怖かった…。
「とうとう看過しきれなくなった父さんは、ヒロトの記憶を消すことにしたの。ある団体に頼んで。私もその時の名前は憶えていなかったけど、あの人たちはヒロトの記憶を消してくれたわ。誘拐の記憶が消えて、ヒロトは元気になったわ。
「でも、私たちはその後のことを考えていなかった。ヒロトは誘拐のことと同時に、『遊園地のことも、今まで父さんに愛されてきた記憶も、消えてしまったの。』
「そして、父さんは酷く後悔したわ。自分の子供が、自分の子じゃないみたいになってしまったから。そのうち、実の子であるヒロトによそよそしくなってしまった。愛されていたことを忘れてしまったヒロトは、次第に父さんに愛されていないって、思うように、なって……」
瞳子がすすり泣き、タツヤがハンカチを渡す。
明日人たちは顔を見合わせ、ヒロトの過去に悲しいという気持ちでいっぱいだった。
「ごめんなさい…大人なのに、みっともない、わね…」
その時の瞳子の顔は、本当に記憶を消してしまったことを後悔しているような顔で、明日人たちはますます苦しくなった。
「あの…瞳子さん。私、貴方のお父さんを誤解していました。ごめんなさい…」
子供の世話をおろそかにするなんて保護者として本末転倒だよと言ってしまい、夜舞は少し責任を感じているのだろう。
「構わないわ。実際、父さんは少し逃げてしまっていた。自分の子供の面倒を見れず、ただひたすらに孤児院の子達を見てきたわ…でも、やっぱり父さんは、ヒロトのことを誰よりも愛しているのよ…」
***
ヒロトの家を出た明日人たちは、重い足取りで宿所に戻ろうとしていた。
「…記憶を消してまでも、ヒロトくんを、助けなきゃいけなかったんだね…」
夜舞がそうつぶやくと、タツヤが足を止める。
「…もう一度、ヒロトの記憶を消してしまおう」
そう言ったタツヤに、その場にいる全員が驚く。
「タツヤくん!?」
「テメェなに言ってんだ!」
「もうこれしかないんだ…今のヒロトを救うのには…」
そうヒロトが断言しようとしたその時、明日人がタツヤの言葉を遮って言った。
「駄目だ…瞳子さんだって言ってたじゃないか! 記憶を消してしまって、凄く後悔したって…だから、一星の時みたいに、怪異を受け入れる方法を探すんだよ!」
タツヤの考えを、明日人は真っ向から否定する。
「そうでもしないと…また記憶なんて消しちゃったら、今度は皆で作った思い出すらも忘れちゃうかもしれないだろ!?」
明日人の説得に、タツヤがこれまでの記憶を思い出す。
ヒロトと出会ったあの日のこと、FFでのこと、FFIで優勝した日のことを。それを思い出し、タツヤが我に返る。
「ありがとう明日人…君のおかげで、我に返ったよ…」
夜舞がほっとする。
「じゃあ、本題に戻ろうか。明日人の言っていた怪異を受け入れるには、どうすればいいかを考えよう。明日人」
「え? 俺?」
急に話を設けられ、明日人は困惑する。
「お前が言ったんだから、お前しかねぇだろ」
「ごめん、実はないんだ」
『ええええええええええええええええ!?』
さっきの説得はなんだったんだよ! と灰崎が突っ込むと、明日人が謝る。
「そうだ…記憶を思い出してもらうってのはどう!?」
夜舞の宣言に、明日人たちが耳を傾ける。
「だけど夜舞さん。消してしまった記憶は…」
「大丈夫だタツヤ! 記憶は絶対に無くならない! 今もまだそこに残っているんだ!」
夜舞と明日人の説得に、タツヤが夜舞の意見に賛同すると、灰崎も便乗するかのように賛同した。
「じゃあ、どうすればいいかな。夜舞さん」
『皆で遊園地に行く、なんてどう!?』
怪異も人間も、『本物の』神にはなれない。
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明日人と月夜