「人は、猿から進化したものだと考えられています。一部では、これを否定している科学者もいますが、今は人間の進化前は猿だったことを前提として…」
夜舞がラストプロテクターの一員になる前の夏、花伽羅中ではいつもの授業が行われていた。エアコンはあるが古いタイプの為、生徒の半分は暑さにうなだれている。その中で夜舞は偶然エアコンが配置されている窓近くだった為、一番涼しい状況で授業に集中できた。
「(人類の進化前は猿かぁ…)」
じゃあ猿も、人と同じように感情を持っていたのかな。と、夜舞はまだ猿だったころの人間を考察してみた。
***
「あー! 疲れたー!」
秋風吹くグラウンドの芝生に、夜舞は寝転がる。本日は晴天なり。明日人たちはいつものようにグラウンドで練習していた。
「皆さーん! ドリンク用意しましたよー!」
それぞれの味覚にあったスポドリを人数分持ってくる大谷に、明日人たちはスポドリを求めて歩く。各地で生き返るという声が聞こえる中、大谷のスポドリに手を出した選手が居た。大谷の横からそっと。
「あ、ヒロトさん! ってその恰好なんですか!?」
ヒロトが着ていたのは、なんといつもの青いユニホームではなく、剣道部などで着そうな袴を着ていたのだ。しかし、重たそうな防具は身に着けていない。
「ちょ、ぷっ、おま、ふふっ、なんで袴なんか着てんだはははは!」
灰崎はヒロトの袴姿を見て笑ってしまっているも、もはやお腹を抱えて咳き込んでしまっている。灰崎の笑い声で、皆がヒロトを見つめると、一同がおおー! とヒロトの袴姿に釘付けになっていた。「あんま見んな」とヒロトは言うも、明日人たちは聞いてくれなかった。
「これがジャパンの袴というものなんだね」
「凄い…!」
ロシアから来たフロイたちは、袴を初めて見た為、ここで改めて日本の文化に触れた。
「ヒロトには、剣道の練習をしてもらっていたんだよ」
折谷が昇降口から竹刀やタオルなどを持って出てくると、皆になぜヒロトが袴を着ている理由を話した。すると、吹雪が思いついたように言った。
「あ、剣道の練習をするから、ヒロトくんは袴を着ているというわけですね。折谷さん」
「正解! ヒロトは剣のデバイスを手に入れたから、さらに必殺技の威力を高める為、剣道の特訓中というわけさ」
必殺技の威力を高めるだけなら、剣道は別に関係ないのではと思ったが、折谷が言うなら効果はあるのだろう。
「オリオン財団から監督へと通して聞いたけど、ハーツアンロックのデバイスは、剣なら剣道とデバイスにあった特訓をする方がいいってね。じゃあ、次はグラウンドで剣道だ!」
「はぁ!? なんでグラウンドにまで剣道をしなきゃいけねぇんだよ!」
「ほら、『ゴッドブレーダー』の実力を、彼らに見せてやりなよ」
ゴッドブレーダー…恐らく剣道をしている間に思いついたゴッドストライカーの亜種だろう。
「あぁそうかよ。いいか見てろよ。これが剣道だ!」
折谷に上手く丸め込まれたヒロトは、自信満々に竹刀を持ち、剣道の練習の成果を明日人たちに見せた。しかし、たまに蹴りを入れたり竹刀を片手で持ち始めたりとしていた為、やはり剣道はヒロトの気質的に合わなかったのだろう。しかし、ヒロトが竹刀を持っている姿は、もはや剣道というよりか、喧嘩に近かった。
「もはや剣道というよりか…」
「ただの喧嘩だね…」
最後に回し蹴りを決め、ヒロトの演舞は終わった。拍手喝采が巻き起こる。
「凄いよヒロトくん!」
なんといつの間にか夜舞はカメラを持っており、ビデオでその光景を撮っていたのと同時に、なんとカメラでヒロトの袴姿も激写していた。
「これ、瞳子さんに見せたらすごく喜ぶと思うよ!」
「うんうん! あとヒロトくんのお父さんにもこの写真を見せてあげようよ!」
夜舞と明日人が、瞳子と星二郎にヒロトの袴姿の写真を送ろうかとしていたところに、『ヒロトのお父さんにもこの写真を見せてあげようよ』という夜舞の言葉に反応したヒロトが夜舞に近づく。
「おい夜舞! 俺の袴姿の写真ぜってぇ姉貴と親父に見せんなよ!」
そういうヒロトだったが、同じように撮っていた砂木沼とタツヤによって写真は瞳子の元へと送られてしまった。
「あ、送ってしまった」
「俺も」
「砂木沼ァ! タツヤァ!」
自分の姉が自分の袴姿を見ていることを知って、恥ずかしそうに顔を赤らめながら怒るヒロト。
「それにしても、平和だな!」
ヒロトがタツヤたちを追いかける様子を見ていた円堂が、平和だと呟く。
最近、メディアでユースティティアの天使の話題が無い。国からタブーを受けているのだろうが、ユースティティア自身も最近目立った行動をしていなかった。ここまで平和な日々が続くと、気が緩んでしまいそうになるが、明日人たちはただ練習を続けるしかない。サッカーを取り戻す為に。
「あれ? インターホンが鳴ってますよ?」
すると、宿所のインターホンが鳴りだしたのだ。誰が来たのだろうと、明日人がロビーに行くと、そこには趙金雲が黒服の男たちと話している所だった。
「本当ですかぁ? そんな大金受け取れませんよ~?」
「お願いです。これは総理大臣からのお礼です」
怪しげに笑う趙金雲に目もくれず、黒服の男は総理大臣からのお礼と、アタッシュケースを趙金雲に渡して、ロビーを出て行ってしまった。
「では、私はこれで」
外にはリムジンが待っており、黒服の男はそれに乗って道路を走った。
「監督? そのかばん何ですか?」
「これはですねぇ…」
明日人が趙金雲の持っているカバンについて尋ねると、趙金雲は鞄の蓋を開け、皆に見せた。その中身は、それぞれ人数分の茶色い封筒が入っていた。
「一人一枚だそうですよ?」
「はぁ…」
趙金雲に言われるがままに、明日人たちは鞄から封筒を取り出し、一人一枚持つ。いかにも怪しすぎるその封筒に、明日人たちは意を決して開けた。
『ギョエェーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!』
そこにはなんと福沢諭吉が二十枚も入っており、明日人たちはその金額に思わず腰を抜かしてしまった。
「こ…これ…」
「貰っていいんでしょうか…」
「……」
あまりの金額に、明日人たちはこれが罠なんじゃないかと疑心暗鬼になっていた。
「なんだよお前ら? これくらい普通だぜ?」
封筒をぴらぴらさせながら、御曹司のヒロトは明日人たちに言った。
「そうだ。どうやら国は、俺達に給与金を渡したいみたいだな。監督」
鬼道がこの金についてのことを話すと、趙金雲は高笑いする。
「当たりですよ鬼道く~ん♪ 実はですね、どうやら国はユースティティアの天使達と戦っている私達の疲れを労いに、このお金を渡したそうらしいですよ~?」
ま、そんな金あってもなくても同じなので断ろうとしましたけど、総理大臣に御付きの肩がどうしてもというので。と、趙金雲はこのお金の出所を明日人たちに説明する。
「だからってこんなお金…受け取れませんよ!」
「いいじゃありませんか、国は承諾しているそうですよ? あ、もっと欲しいということですか?」
「そうじゃありません!」
明日人は金を国に返したかったが、もう返せないということらしく、仕方なく明日人は受け取ることになってしまった。
「あ、皆さんの口座もとっくに作っているそうですよ~?」
趙金雲が人数分の通帳を取り出して言い、全員にそれを配る。中には暗証番号と写真が記載されており、本当に国は自分達にお金を渡したいのだと確信する。
***
「今日は外が騒がしいわねぇ…」
青色のスマホを片手に、エレンは東京の珈琲屋の窓から外の景色を眺めていた。
エレンが見ているのはイナッターのトレンドだ。そこには、『ラストプロテクターに給与金付与』というトレンド欄一位に上り詰めているニュースが乗せられてあった。
「給与金付与なんて、この国の人は何を考えているんだろう?」
「少なくとも、己の欲望を叶える為にラストプロテクターを金で利用しようとしている。が有力だろうな」
エレンの近くに、レンとメリーが現れる。しかし今回はいつものユースティティアの天使のユニホームではなく、人間に紛れ込むために人間の服装を着ていた。
レンはフードを深くかぶって顔と髪がすっぽり隠した黒いパーカーをしており、メリーは天真爛漫な性格に合っているような、セーラーの襟とスカーフがついたピンク色のワンピースをしていた。
「レン、貴方が何を考えようと私は否定しないわ。でも、人間を軽蔑するのはやめた方がいいわよ」
「なぜだ?」
「『人間は強い』。普段は平和ボケしているだけで、窮地に立たされれば人間は人間の本当の力を出して、私達なんて一気に倒されるでしょう。それに、貴方は少し適合率が低い。気は抜かない事ね。メリー? メリー・エウノミアー? 貴方は貴方のエンジェルクロスの特性、覚えているでしょうね?」
エレンがメリーに確認を取ると、メリーは頷いた。その本心に、何があるのかはわからないが。もしかしたらエレンを喜ばせるための嘘かもしれないが、そもそも嘘をついたところでエレンにはばれてしまう。どの道メリーは頷くしか出来ない。忘れていようが忘れてなかろうが。
「二人共、次の試合では手を打っておくことね。下がりなさい」
そういうと、レンとメリーは人混みに紛れてどこかへと行ってしまった。
「(……私は、あの人の本心がわからない。普段、一人で何をしているのだろうか。そして何を考えているのか、わからない。そもそも、テミス改革に賛同しているかも怪しい…部下からはエレンが一星光を立ち直らすきっかけを作ってしまっただとか、吉良ヒロトの誘拐を阻止したという噂が広まっているが……)」
心の中で、レンは考え事を始める。しかし、どれだけ考えようと、エレンは何を考えているのかはわからなかった。
「あーあ。お金、何に使おう…」
その夜、今明日人たちは、課題に取り組んでいた。今回は宿題が終わる時間が同じチームに分かれて課題を行っていた。その中の明日人と坂野上は、まず勉強が苦手な為、課題が終わるのがいつもギリギリになっていた。なんとかして期限までに出さなければいけないが、明日人は国からの給与金のことで思い悩んでいた。
「そうですね…明日人さん」
坂野上も今では明日人と同じく、ペンを机に置いて顔を突っ伏せている。
「あんなお金、俺なにに使えばいいのかわかんないよ…」
夜舞は、じゃあこれでごはん食べにいこー! ごはん&ごはーん! って早速レストランに行っちゃったけど…と、明日人は夜舞を思い返す。
「俺達、ユースティティアからサッカーを取り戻すために戦っているんですよね…」
「なんでお金なんか、受け取る理由があるんだろう…」
結局二人は、給与金のことで課題に取り組めなかった。
***
「みなさ~ん、今日から、名古屋に行きますよ~!」
翌日、明日人たちが食堂で朝食をとっていると、突然趙金雲の陽気な声が食堂に響いた。その直後、食堂は全員が困惑した表情で埋まられた。
「は!? 名古屋!?」
「急に名古屋に行ってどうするんですか!」
名古屋という街の存在は知っているものの、そこに行く理由がわからず、そんな所に行く暇があったら特訓をしたいところだ。
「そんなの、宿所移動に決まっているじゃありませんか~♪ 実はここの宿所、オリオン財団の計らいによって、もっと過ごしやすくなるように改造する予定なんですよ~。それに、最近の皆さんはユースティティアの天使を倒そうとギスギスしすぎで~す♪こんなときこそ、観光をしてリラックスしましょー!」
確かに趙金雲のいうことには一理あったが、でもだからって名古屋に行くほどでもないだろう。
「それでは、朝食を食べたら行きますよ~?」
「おお~!!」
明日人が目の前でイルカがジャンプしたのを見て、感激する。
「一星くん、次にイルカが出るのは、どこかい?」
「えっと…さっきのイルカさんは好戦的だったので…次はあの場所でジャンプすると思います!」
一星が指をさした所に、ちゃんと先ほどのイルカがジャンプした。
「凄いじゃん一星!」
「ハーツアンロックのおかげで、分析能力が冴えたのかもね」
「お前らなにイルカショーで分析をしてんだよ…」
午後十八時には宿所に移動するため、その間明日人たちは名古屋を観光することになった。今明日人たちは、イルカとペンギンがいる水族館に来ていた。一星はハーツアンロックの所得で冴えた分析能力で、イルカたちの行動を見抜いて遊んでいた。
「よいしょ…おお! これ特訓に使えるかもな!」
円堂達は、科学館という所にきており、その中の実験道具の一つの回し車がとても重く、また回しづらかった為か、円堂がこれは特訓に使えるんじゃないかと予想する。
「全く、円堂は本当に特訓が好きだな」
風丸が苦笑いで回し車を回す円堂を見つめる。
同じところでヒロトたちは世界最大のプラネタリウムを見にみており、同じところで豪炎寺と鬼道は電気ラボというところに居た。
「………」
「………」
いかにも電気が溜まっている球体。興味本位で挙手したものの、実際近くに来ると、少し身じろいでしまう。しかし、なんとか勇気を振り絞って折り曲げた人差し指を出してみると、案外痛くもかゆくもなかった。
「案外、痛くなかったな」
「怯えて損をしてしまったな」
手をパンパンと汚れを払いながら、席に戻る。
「「グルメ激戦区、名古屋…そこには、味噌煮込みうどんや卵とじラーメン、台湾ラーメンや小倉トーストを食べようと各地から名古屋にやってくる…」」
「夜舞ちゃ~ん、写真撮ってくださ~い!」
「あ、わかった!」
夜舞が名古屋のグルメを食べに旅しようと一人で語っていたところに、大谷がそれを写真を撮ってほしいの一言で止めた。今夜舞とマネージャーたちは、名古屋名所の一つ、名古屋城に来ていた。
「はい、チーズ!」
くノ一の顔出し看板越しに大谷と杏奈と茜を撮る。
「写真、だいぶ取りましたね~!」
「そろそろ新しいSDカード買わないとなぁ…」
そうつぶやいていると、茜がトイレに行きたそうに大谷に声をかけた。
「大谷さん、私トイレ行ってきますね」
「あ、じゃあ私も!」
まるで連れションするかのように、大谷たちは夜舞を置いてトイレへ行ってしまった。
「行ってらしゃい~」
とりあえず行ってらっしゃいと言い、夜舞はとりあえず近くのベンチに座ることにした。すると、近くで大太刀の演舞が行われており、夜舞は興味本心でその演舞に近づくと、写真をパシャパシャと取る。
「(凄いなぁ…!)」
重い物を持っているのにも関わらず、演舞者はまるで軽い物で扱っているかのように大太刀を振り回している。
「おや、奇遇だね。夜舞ちゃん」
「あ、不知火さん!」
隣に不知火が居た為、夜舞はカメラをしまって不知火と向き合う。その光景はさながら親子のように見えるだろう。すると、不知火と夜舞が親子だと勘違いした演舞者は、なんと空中で大太刀を投げたあと、それを刀が落ちていくなかで見事に鞘の中に刀を治めたのだ! 観客は歓声で盛り上がり、不知火も夜舞も盛り上がっていた。
「凄い! 今の見てました!? 不知火さん!」
「あぁ、これぞ、日本の美、日本の刀って感じがしたね」
演舞が終わり、観客が帰っていく中でも、夜舞は不知火と話していた。
「不知火さんって、本当に日本が大好きなんですね! 今度、ぜひ日本の魅力を教えてください!」
「今度と言わず、今教えるよ。まず、この名古屋には昔、織田信長が育ってきたのは知っているよね。実は、この名古屋城こそが、織田信長が嫡男として生まれてきた場所なんだよ」
「そうだったんですか!?」
名古屋城のことはあまり知らなかった(織田信長のことは知っていたが)為、夜舞は名古屋城の新事実に驚愕していた。そして、不知火と名古屋城を交互に見た。
「この城に織田信長が住んでいたとなれば、考え深いですね…」
「そうだね。織田信長は、その強さから第六天魔王と言われていたけど、安土城の城下町に住んでいた人からは慕われていてね。楽市楽座を開いて商売を自由な方向へと活性化させたんだ」
「怖いけど優しい。それが織田信長ですね」
「もし織田信長が豊臣秀吉みたいになにかの幕府を作っていたら、この名古屋は今頃首都になっていたかもね」
気がつけば不知火と織田信長のことで語り合うようになり、長い時間を不知火と話していた。
「夜舞ちゃ~ん!」
「夜舞さ~ん!」
自分を呼ぶ声が聞こえ、夜舞は当初の目的を思い出した。
「あ! 皆をトイレに待たせていたんだった! すみません不知火さん! 私行きますね
!」
その話はまた今度いたしましょう~!! と言いながら、夜舞は向こうへ行ってしまった。
「夜舞さん! どこに行っていたんですか!」
「ごめん杏奈ちゃん、少し気になってたものがあったから…」
大谷たちに謝り、また歩き始める。
「夜舞さんのことですから、きしめんでも食べたんですよね」
そう杏奈が言うと、夜舞はこの名古屋でまだ食べていないものを思い出した。
「はっ! そうだきしめん! きしめん食べてない! いますぐ食べにいこー!」
食べ物の話となれば、夜舞は止められない。それはまるで、闘牛牛の如く。
***
「わっ!」
坂野上が名古屋の街を走っていると、突然誰かにぶつかってしまった。これによって坂野上は尻餅をついてしまう。
「いったたた…」
「大丈夫?」
「あ、は…」
顔を上げると、ぶつかってしまった相手は、なんとOLさんだった。茶色い髪をポニーテールにし、女性もののスーツから覗く胸は屈んだことによってより強調された。
「はい…!」
「そう、ならよかった! 気をつけてね!」
あー忙しい忙しい。と、OLさんは向こうの大きいビルの中に入っていってしまった。
「あの人…綺麗だったな…」
「ねぇ明日人くん、最近坂野上くん、ボーっとしていない?」
名古屋観光を終え、東京にある宿所が完成するまでの間、仮の宿所に戻った明日人たちだったが、坂野上は食堂で夕食に手も付けずに空を見ていた。
「確かに…ぼーっとしているというよりも、もはやどこを見ているかわからないところをみているよね…」
明日人もこれには少し坂野上のうわの空ぶりに引いており、少し坂野上から離れていた。
「もしかしたら坂野上くん、恋をしているのかもしれませんね…」
「お、大谷先輩!?」
食堂で料理の仕込みをしていた筈の大谷がなぜか明日人たちの前に居た為、二人は大谷の登場に驚いた。
「あんなにうわの空になっている坂野上くんはみたことがない…それには、人は恋をするとずっとその人のことを考えてしまうという病状があります…これはつまり、坂野上くんは誰かに恋をしているということです!」
「単純に課題のこととかで悩んでいるだけだとは思うけど…」
「俺もそう思う…」
夜舞と明日人は、坂野上がうわの空なのは課題のことではないかと解釈したらしい。夜舞自身、坂野上の課題の提出がいつもギリギリになっているのは知っていた。しかし大谷は、それを聞いてもなお、坂野上は誰かに恋をしているという己の説を曲げなかった。
「いいえ! あの顔はきっと、このチームの誰かに恋をしている表情です!」
「じゃ、じゃあ俺はこれで…」
これ以上いると面倒なことに巻き込まれそうだと察した明日人が、夜舞を置いて食堂から出ていってしまった。
「あ、明日人くーん!」
夜舞が手を伸ばすも、明日人は足を止めるどころか、早歩きからもはや走ってしまっていた。
「さぁ! 誰が好きなのかを当てていきますよ! 夜舞ちゃん!」
「ええ…」
夜舞は特に恋愛経験などなかった。たまに花伽羅中サッカー部の部員から相談を受けることもあったが、それだけだ。
サッカー、勉強、子供たちの面倒を見たりとするのが夜舞の日常だったため、恋愛に関しては本当に疎かった。しかし夜舞は楽しそうにしている大谷を放ってはおけず、話を合わせていくことにした。
「じゃあ、茜ちゃんとか?」
とりあえず身近な茜から予想を出した。しかし大谷は、手の平を横に振って、ないのジェスチャーをした。
「いや、茜ちゃんを好きになったら、それこそ灰崎くんに殺されますよ?」
「灰崎くんは人を殺さないよ!?」
そういう意味じゃないですよ…と大谷は騒ぐ夜舞を落ち着かせる。
「ほら、嫉妬のあまり殺しちゃうっていう意味ですよ。ほら、灰崎くんいつも茜ちゃんと一緒にいるでしょう?」
「まぁ確かにいるね。幼馴染みだから」
夜舞は灰崎と茜が幼馴染みであることは知っていた(恋人ではないことも)為、なんとなく灰崎がいつも茜の隣にいることは知っていた。
「とにかく、坂野上くんもそこらへんは鋭いので、灰崎くんがいつも茜ちゃんの隣に居るのを見て、思わず灰崎くんと茜ちゃんとは恋人だと思って諦めてしまうわけですよ。夜舞ちゃん」
単に一緒にいるだけで恋人だと勘違いするのって、それは逆に疎いのでは…? と夜舞は思った。
「じゃあ、杏奈ちゃんとかは?」
「杏奈ちゃんは野坂くんのことが好きですし、坂野上くんもこれには気づいているんじゃないでしょうか?」
もう選択肢が自分と目の前に居る大谷しかいなくなってしまった為、夜舞は勢いよく大谷に指を指して言った。
「じゃあ大谷先輩! 大谷先輩はいつも元気ですし、いつも私達のことを思ってくれています! だから大谷先輩ではないでしょうか!?」
「そんなこと言わないでくださいよ~♪そんなこというなら、夜舞ちゃんだって可愛いし、サッカーは上手いし、料理は駄目でも勉強できるし優しいしで、絶対に夜舞ちゃんですよ~!」
いつの間にか互いを褒めあっている二人に、周りはざわめていていた。
なんだ? 百合か? と。
周りがざわめきだしたのを見て、二人は急に冷静になる。
「……」
「……」
「決まりませんね」
「そうですね」
「最初から坂野上くんに聞いてみたらよかったじゃないですか」
「そうですね」
なぜこんな会話をしていたのか、それはお互い興奮していたからである。恋バナは楽しいものなのだから。
「ねぇ坂野上くん。坂野上くんの好きな人って誰なの?」
さりげなく坂野上の隣に座った夜舞は、さりげなく坂野上の好きな人を聞いた。
「う~ん…夜舞さんも神門さんも大谷さんも宮野さんも好きですが…やっぱり一番は…」
坂野上の一番好きなのは誰なのかと、夜舞と大谷はドキドキしていた。
「この前ぶつかったときに手を差し伸べてくれた、大人のお姉さんです!」
まさかの回答に、夜舞と大谷は椅子から転げ落ちた。
「や、夜舞さん!? 大谷さん!?」
「ま、まさかの回答ですね…」
「そうだね、夜舞ちゃん」
***
その夜、坂野上は課題に取り組んでいる同室の明日人よりも先に、眠りにつくことにした。
確かに夜舞に言われたとおり、助けてくれた大人のお姉さんが好きだということは少し心外だったかもしれない。それに、年の差が凄すぎる。それなのに好きなのは少しおかしい。
「(やっぱり…この気持ちは隠しておいたほうがいいんでしょうか…)」
考えている合間に、いつのまにか坂野上は意識を飛ばしており、気がつけば夢の中に居た。
「兄ちゃん、あんた何諦めてんだよ」
「え…」
人間のような黒い眼が、坂野上をまるで鏡のように移した。しかし、その黒い眼は、人間のように見えて人間ではない何かのように見えた。人間なのに、動物みたいな。
黒い眼が遠さがり、坂野上はその黒い眼の正体を知ることが出来た。猿だ。赤い顔をして、毛皮を身にまとっているニホンザルだった。人間の祖先ともいえる動物(だったかもしれないが、坂野上の知識では確証出来なかった)が、目の前に居る。なぜここに居るのかもわからず、坂野上はひとまず起き上がることにした。
「あ、貴方は誰なんですか」
「俺か? 俺は恋の怪異。名前を付けるとしたら、『猿恋』だな」
前に夜舞に巻物を見せてもらった時には、こんな怪異なんていなかったはずだ。もしかして、新しく出来たものではないかと、坂野上は猿を見て感じていた。が、恋の怪異にしては名前の縁起が悪すぎる。と坂野上は思った。
「あの…恋の怪異に『去る恋』って…縁起悪すぎませんか?」
「俺は恋を実らす怪異だ。失恋を成功させるような怪異じゃねぇし」
というか失恋の怪異も十分やべぇだろ。と、猿恋は思った。
「とにかく、お前はあの大人のお姉さんに恋しているんだろ?」
「まぁ…そうですね。でも、年の差とか、それに俺が告白してもあの人困るかもしれませんし、それにもしあの人に好きな人が居たら…」
そうもじもじと告白したくても出来ない理由を坂野上が探していると、猿恋から喝を入れられた。
「阿呆、その人がまだ結婚してるかしてないかなんてわかんねぇだろ」
「で、でも…」
「でももこうしたもない! いいか昇! 恋は誰だろうとなってしまう病気だ! だがそれを抑え込もうとするな! お前は、誰よりも先に『恋』をしたんだ! 喜べ!」
なぜ恋をしたことを喜べというのかはわからなかったが、誰よりも先に恋をしたということに、坂野上は思わず誇らしくなった。
「いいか、恋をしないで終わるなんて、そんなの人生の半分を台無しにしている。恋があるからこそ、人は出会えんだ。そして、新たな命が…」
「あ、その話、俺にはちょっと…」
「あ、ごめん」
***
「……なんか変な夢見たなぁ…」
坂野上が起き上がると、すぐに恋バナをした猿恋のことを思いだした。
「夢じゃないぞ」
「わっ! 猿恋さん…」
心の中にいつのまにか入っていた猿恋に、坂野上は驚いた。
「とにかくまずはあのお姉さんとお話しする所から始めよう。それにお前ラストプロテクターの選手っていう称号があるから、話しかけたらめっちゃ喜ぶとおもうぜ?」
「そんな風に自分の称号を使いたくはありませんでしたが…」
権力の横領とはまさにこのことである。
「じゃあとにかく、お前がぶつかった場所まで行ってみようぜ!」
早く行きたそうにする猿恋。しかし、坂野上には一つ大事なことがあった。
「すみません猿恋さん、実はこのあと課題があって…」
「なんだよ~!」
「月夜、君にやっと課題が届いたよ」
ラストプロテクターのオフ日、この日、坂野上は残った課題をやらなくてはいけなかった。そして、夜舞もなんと今日でやっと課題が花伽羅中から届いた為、坂野上を一緒にあることになった。嬉しそうに折谷から茶色の封筒貰うと、中には、数十枚のプリントと花伽羅村の人達からの寄せ書きも入っていた。
「わぁ~! 村の子供達からの寄せ書きだ!」
寄せ書きを早速みてみると、大人にしては汚い字と子供にしては綺麗な字が混ざっており、坂野上は凄く村の人達に好かれているんだなと夜舞の前で実感していた。
「ん? 『もし負けたら千年修行を最後までやってもらうからね』? もー! おばあちゃんたら!」
その中で夜舞緋華里(夜舞の祖母)からの寄せ書きは、いつもの夜舞緋華里を思わせる内容で、夜舞はもーっと頬を膨らませると同時に、自分のおばあちゃんが元気なことに安堵をした様子をみせる。
「夜舞さんって、本当に村の人達から好かれていますよね」
「まぁ、村の皆とは家族みたいなものだから」
夜舞が早速封筒に入っていたファイルからプリントを出すと、さっと全てのプリントの内容を見て、簡単なものから取り組むことにした。すらすらと立ち止まることなく進める手首を見て、坂野上は声をかけた。
「夜舞さんって、頭いいですよね」
「そうかな…? 確かにテストではトップクラスだけど…」
「自分で言うんですね!」
でも、夜舞の言うことは本当らしい。テストではいつもトップクラスだが、生徒会長でもないし、テストでいつも百点を取っているわけではない。単純に頭のいい生徒なのらしい。
「学年一位なのは、春咲たんぽぽちゃんだよ~一度見た物を忘れないっていう天性の特性があって、そのおかげか学年でのテストではいつも一位を取っているんだ~」
それを、現代ではギフテッドというのだが、夜舞は現代用語をあまり知らない為、恐らくギフテッドと言っても薬の名前か歴史上人物の苗字か名前として解釈されてしまうだろう。
「そうなんですか…いいですね~俺、国語の作文とかが苦手で…いつも提出するときに赤ペンを引かれて、」
「坂野上くんの作文じゃなくて先生の作文になっちゃうってこと?」
「そうそれです!」
感の鋭い夜舞が坂野上が次にいうことを予測すると、坂野上は夜舞の鋭さに驚いた。
「あ、夜舞。課題届いたんだな」
じゃあちょっと教えて! と言いたそうに明日人が夜舞たちの席に近づいた。手には大量のプリントが。
「明日人くんも一緒にやろうよ!」
「うん、俺もそのつもりだったし」
四つがけのテーブルに座っている夜舞が右斜めに見える坂野上の隣の席に、明日人は座る。
「明日人さ~ん、俺作文とか苦手で…教えてもらえませんか?」
文法は出来ているものの、語彙力の無さが裏目に出てしまい、(円堂の真似あるかもしれないが)バキューンやドカーンなどの効果音が混ざっている作文を明日人に見せる。すると明日人は少し考えたあと、坂野上に教えた。
「まずは、効果音を少し消してみて、効果音を使わずに文字で表した方がいいよ」
明日人が一目でわかる注意点を述べると、坂野上は草稿を修正していく。
「明日人くんって、作文得意なの?」
「得意というよりか、慣れているんだ。ほら、サッカーと同じで体が覚えてるって感じで」
「でも、明日人くんが作文を教えてくれるなら、私助かるよ」
夜舞と明日人が時々話しながらプリントを進めていると、いつの間にか夜舞はとっくに終わっており、ひたすら明日人の問題の答えを教えたりとしていた。すると、明日人が話しかけてきた。
「ねぇ夜舞。夜舞は、あのお金どう思う?」
「どうって…国からの給与金のこと?」
「うん、俺達はユースティティアからテミス改革を阻止する為に戦っているんだよな…ばら、このお金は別に要らないんじゃ…」
明日人の言うことは確かに理に適っている。自分達はお金を貰うようなことは一切していない。それなのにお金をもらっている。二十万という大金を。今こうしている間にも、貧しい人たちは今日もご飯を食べられない。そんな人にこそお金を渡すべきではないのか。
「…お金は、あとで国に返せばいい。とにかく今は、自分に出来ることをしようよ。明日人くん」
夜舞の言っていた、国にお金を返すという新たな使い道を知り、明日人はその考えも頭に入れておくことにした。
「明日人さん、今度はどうですか?」
また新たな草稿が出来、それを明日人に見せる。しかし効果音などは消えたが、代わりに誤字がいっぱいだった。
***
「昇」
廊下を歩いていると、折谷に話しかけられた。
「はい、なんですか折谷さん」
「昇、最近少し様子がおかしいよね」
様子がおかしい。そう言われ、自分はこれまでの行動を振り返る。しかし、特におかしいと思われるような点はなかった。『練習に集中出来なかっただけで』」
「そうですか?」
「最近、練習でもミスが多いし、何があったのかなって思ったんだけど…その様子だと大丈夫みたいだね。ごめんね昇」
そういうと、折谷は坂野上とすれ違って行ってしまった。
「お前、結構病状出てんだな」
「え? 俺病気にかかってましたっけ?」
猿恋の独り言を真に受け、素直に返答すると、猿恋は一言「違う」と言った。
「いや、恋をしてしまった時の病状がよく出てんなってさ」
「そうですか…?」
「一度、本屋で調べてみろよ」
「ふんふんなるほど…」
坂野上は今、近くの本屋にある国語辞典を読み漁っていた。猿恋に言われ、『恋』という言葉を調べていたのだ。
恋、それは、特定の相手のことを好きだと感じ、大切に思ったり、一緒にいたいと思う感情のことである。というのが、国語辞典での意味。そして次に、自分が恋をしているかの診断をすることにした。
何かに集中できない。いつも相手のことを思ってしまう。という欄に当てはまってしまった。
「でも、どうしよう…」
坂野上は、これからのことを考えて呟いた。
「何がだ?」
「これじゃあ、練習に集中できませんよ…なんとかする方法はないんでしょうか…」
坂野上は、ユースティティアの天使と戦う為にここにいる。そして、病院に残された仲間たちの想いを背負って練習に励んでいる。それなのに練習に集中できないとなれば、戦力なしと見なされてしまうかもしれない。仮にも、世界をかけた戦いなのだから。
「う~ん…恋は病ともいえるしなぁ…まぁ治すとしたら、きっぱり諦めるか、本当の気持ちを伝えるかのどちらかだな」
「それはそうですけど…」
だとしても、サッカーに恋なんて、関係ない。
関係ないはずだし、仮にも今自分は天使と戦っている。
それなのに、あの人のことを思ってしまうのはなぜだろうか。
恋は、誰であろうと落ちてしまうものだ。
この小説の中でどのコンビが好きですか?
-
明日人とエレン
-
不知火と月夜
-
エレンとレン
-
エレンとメリー
-
エレンとミラ
-
不知火とベルナルド
-
明日人と月夜