「夜舞さん、お手紙を書いているんですね」
夜舞が寝る部屋、マネージャーたちの部屋にある四つの机のうちの一つに、夜舞は紙にえんぴつを滑らしていた。
故郷の皆さま、元気ですか。と。
杏奈は先に大谷と茜から先に休んでいいよと言われた為、桃色のパジャマ姿で二段ベットの下に座っている。
「うん、寄せ書きを書いてもらったお礼なんだー」
お礼であるということは間違いないのだが、夜舞の手元にある便箋はこれで五枚だ。寄せ書きを書いてもらったお礼と同時に、今までのことや印象に残ったことなどを便箋に残しているため、便箋を大量に使ってしまうせいだ。
普通お礼の手紙でそこまでは書かないんじゃないかと杏奈は思ったが、外の世界が目新しい夜舞にとっては、書くことがいっぱいあるのだろう。便箋の枚数についてを質問するのはやめておいた。
「それに、子供たちがちゃんといい子にしてるか心配だし!」
腕を曲げ、下にぐっと引く姿を杏奈に見せながら言うと、杏奈はそうですねと微笑んだ。
「本当に子供が大好きなんですね」
「いやぁ~子供は純粋だから~♪」
手紙を書き終えたのか、夜舞は五枚の便箋を折って小さくし、それを封筒に入れる。机の引き出しからスティックのりを取り出すと、のりで封を閉じて切手を貼った。
「さーて、そろそろ消灯時間だし、寝よっか!」
夜舞がゴムで長い髪を後ろに纏めながら、杏奈とは別の二段ベットの下にもぐると、杏奈はすぐに天井の電気専用のリモコンで電気を消した。
「そういえば、夜舞さんライセンスカードの登録はしましたか?」
寝る前に何かを思い出すことがよくあるように、杏奈は別の二段ベットに寝転がっている夜舞に、ライセンスカードのことを話した。
「ライセンスカードの登録? そういえば、明日人くんたちがスタジアムに入る時に使っている、あのカードのこと?」
サッカースタジアムに自分達が入る際に、明日人たちが毎回ジャージのポケットから出しているカードを思い出しながら、夜舞はその詳細を杏奈に尋ねた。
「サッカーの選手、そしてそのマネージャーだということを証明するカードのことです。これがあれば、ロッカーでのカギとして扱ったり、スタジアムに入る為のチケット代わりにもなるんです。今まではゲストとして夜舞さんは使っていましたが、そろそろライセンスの登録をしたいと監督が言っているので…」
これは大谷さんから聞いたので、詳しくは知りませんが、と杏奈はライセンスの概要を述べる。
「ふーん」
「明日の朝にライセンスカードに使う写真を撮るので、ミーティングルームにと大谷さんが言ってました」
杏奈がライセンスカードの写真の撮影日を言っているのをおぼろげに聞きながら、なぜサッカー選手なのにわざわざそのライセンスカードというのを登録しなければいけないのだろうかと、夜舞は考えた。そんな、『サッカーをまるで商売みたいな』風にする必要はないんじゃないか。
しかし、眼を瞑って考えているうちに、夜舞は夢の国へと旅立っていってしまった。
***
「はい、撮りますよー」
大谷がカメラを構え、レンズを夜舞に向ける。すると夜舞は、左手を右斜めに上げ、体を左に捻ったのと同時に右手を体より後ろに引いたポーズをする。その瞬間にパシャっと音が鳴り、もう一度撮ってから写真撮影が終わる。
「はい! これが夜舞ちゃんのライセンスカード!」
大谷が機械を操作し、取り出し口から印刷されたライセンスカードを夜舞に渡すと、夜舞はまじまじとそのライセンスカードを見つめた。
「本来ならこれのデータがサッカー協会に渡って、街にもそのレプリカが販売されたり、プレイヤーズカードというサッカープレイヤーのカードに夜舞さんも出る予定だったんですが、今はサッカー禁止条例が出ているので今は出来ないみたいです」
と、大谷は印刷機の電源を切った。
「それに、ここだけの話ですが、サッカー禁止条例が指令されたことで、これまでサッカー用品を扱っていた店の株価が下がったみたいなんですよ…」
「そうなんだ…」
株価のことは特に興味なかったが、サッカーがこの国の経済にかなり関わっていることは、嫌でも夜舞にはわかった。
その頃。坂野上は今、国から支給された給与金の使い道に悩んでいた。といっても、使ってしまえば全部同じだが、坂野上にはどうしても納得できないことがあったのだ。なぜサッカーを取り戻すために戦っている自分らが、お金を貰うのかと。自分たちはお金を貰われるようなことは一切していない。というか、働いてすらいない。それなのにお金を貰うのはどうかと思っていたのだ。確かにお小遣いという意味では働かなくても貰える金ではあるが、二十万はさすがに多すぎる。逆に何に使えばいいのかと迷ってしまう。とりあえず、故郷にいる家族への仕送りにでもするかと思っていたその時、憧れの円堂が坂野上に声をかけてきた。
「よっ! 坂野上! 何か悩んでいるみたいだな!」
「あ、円堂さん!」
円堂に自分が悩んでいることを当てられた坂野上は、自分が何に悩んでいるのかを円堂に話すと、円堂はなるほど、という顔をした。
「それかー。それは結構悩むよな。実はな、俺も国から貰った金の使い道がわかんなくてさ。めっちゃ悩んでる。そのせいで鬼道に叱られてさ。シャキッとしろって」
なんとも円堂らしい理由に、坂野上はそうですかと円堂を見つめる。
「お前も、お金の使い道がわかんないんだよな?」
「はい、実は…」
「……そうか、まぁお金の使い道はこれから決めればいいさ! 今はとにかく、目の前のことに集中しようぜ!」
「そうですね……」
今はユースティティアの天使を倒す為に、特訓しようぜという円堂の励ましでも、まだ複雑な感情の中にいる坂野上に、何者かが声をかけた。
「なら、募金してみてはどうだ?」
円堂ではない声に、坂野上が振り向くと、そこには豪炎寺がいた。私服に着替えていた為、出かけてきたらしい。
「あ、豪炎寺! 出かけてたのか?」
「あぁ、コンビニにある募金箱に、さっき十万円を募金してきた。使わないままなのも、国に失礼だしな」
どうやら豪炎寺は、お金を貰えることは自分たちがユースティティアの天使討伐の為に頑張っているからと思っているらしく、そして使い道もなんとも豪炎寺らしい使い方だった。
「募金ですか…」
確かにこの二十万円なら、どれだけの子供を救えるだろうか。そう考えると、募金してみたくなった。
「そのうちの五万円は自分のものにしたが…残りの五万円は家族への仕送りにするつもりだ」
「おっと、そろそろ特訓の時間だな。坂野上、もし何か悩んでいたら、俺たちに気軽に相談してくれよな!」
「お金の問題って、色々あるよな、昇」
坂野上が部屋に戻ると、猿恋が話しかけてきた。お金のことでなんとも言えない感情に苛まれている今は、特に話しかけて欲しくないのだが。
「そうですね…母さんから貰うお小遣いなら喜んで受け取るのに、国が差出人となるとちょっと…」
「まぁまず相手が違いすぎんだよ。向こうは国のお偉いさんなんだからな。まぁ使わないにしろ、貯金はしておいた方がいいぜ? 女はお金のある奴を好くんだからな」
今一瞬坂野上に教育の悪いことこの上ないことを言ったが、猿恋は恐らく女性の本能、いわゆる習性を元にしているのだろう。それは猿恋の口から放たれる。
「女性は、自分と子供を守ってくれる、もしくは子育てをするのにお金に余裕のある奴を好みやすいと言った方が、お前の教育にはいいかもな」
「どっちにしても貴方がそんなことを言うんですね」
恋の怪異じゃないんですか。と坂野上は思った。
「まぁ誰かを好きになるのは自由だぜ? 誰とも好まずに人生を終えた奴もいるし、結婚せずに恋人として過ごすっていう選択肢もあるからな」
全部はお前次第、と言いたいところだが、今は目の前の恋に集中しろよ。と言うと、猿恋は坂野上に話さなくなった。
「(目の前の恋に集中、ですか…)」
目の前の恋。つまり猿恋は、自分があの女性に恋をしているということを言っているのだろう。といっても、あの女性とはぶつかって以来会っていない。まず知らない人にもう一度ある確率は低いのだ。もう一度会えたらそれこそ奇跡なのだが…
「(とにかく、あの人にもう一度会ってみよう!)」
ここで立ち止まっても仕方なかった為、坂野上はあの人に会おうと外に出ることにした。今回はFFIのような、選手のプライバシーと安全が重要視されるようなものは無かった為、わざわざ趙金雲に報告してから外に出るなんて面倒なことはしなくてもいいようになったのだ。(ユースティティアの天使に狙われている明日人は趙金雲に報告しなければいけないが)
とりあえずこの前の女性とぶつかったところを中心的に探してみた。すると、簡単にあの人は見つかった。
目の前に。
そして、目もあってしまった。
「あっ…」
目の前の女性と目を合わせてから、やけに心臓がバクバクする。女性は、また会えたねと言いたそうに坂野上に微笑んでおり、その笑顔に坂野上は胸がはち切れそうになった。
***
「千倍、トンカツ! 千倍トンカツ!」
その頃夜舞は、私服に(ヒロトと遊園地に行った時の服)着替えて大食いキャンペーンをしている店を手当り次第に回っていた。それと同時に昨夜書いた手紙を出したり、都会の街を意味なく散歩してみたり、故郷の村を思い出す為にも駄菓子を買ってみたりと、色々満喫しているようだ。大食いキャンペーンに感じてはこれで九回目であり、夜舞が食べようとしている千倍トンカツの店で十回目となる。
「あ…あれがブラックホール並みの胃袋を持つと言われる、混沌の魔女…!」
「あいつが店の中に入ったら商売あがったりだ!」
「閉めるぞ!」
その悪名(?)は世間をとどろかせており、大食いキャンペーンやっている店の店長たちは、急いでその店のシャッターを閉めるのであった。
「ふぅーやっぱり色んなものを食べると、少し疲れちゃうなー」
千倍トンカツを食べた夜舞は、ベンチに座っていた。色々見ているうちにかなり遠くに来てしまった為、バスを使って宿所に帰ろうとしているのだ。大谷たちが作って待っている昼食の為に。
「月夜ちゃん」
名前を呼ばれ、呼ばれた方を向くと、そこには不知火一誠がいた。手には名古屋名物のヘビまんじゅうの箱を持っている。
「あ、不知火さん! 名古屋城で話した時以来ですね!」
「こんな所で、何をしているんだい?」
「あ、色んなものを食べたので、そろそろ宿所で昼食を食べようかなと帰ろうとしていたところなんです!」
今さっき千倍トンカツを食べましたし! と夜舞が言うと、不知火はまるで子供を見守る親のように微笑んだ。
「そうなんだね。君はよく食べる子なんだね」
「はい! 食べないと大きくなれないっておばあちゃんが言ってましたし!」
「ははは。ちょうど良かった。このヘビまんじゅうでも食べるかい?」
「え、いいんですか!?」
バスの停留所で、夜舞と不知火は六つあるヘビまんじゅうを、それぞれ三つずつ食べる。
「んー! 美味しい! 茶色い皮に包まれた餡子が美味しいです!」
「喜んで貰えて嬉しいよ」
嬉しそうに饅頭をほおばる夜舞を見て、不知火は夜舞に会いにいった理由を思い出した。
「そうだ、ちょうどいいし、私のミラージュ社団法人を見学してみないかい?」
ちょうどこの近くにその支部があるんだと、不知火は言う。夜舞は嬉しそうな顔をしたが、すぐに困った表情をする。なぜなら、急に自分が見学に行って迷惑ではないかと感じていた。
「それは嬉しいんですが、大丈夫なんですか? 急に見学なんて…」
「大丈夫さ。今から職員の皆に伝えてみるよ」
不知火がスマホを出し、不知火の部下であり職員たちの上司である職員長に電話をかける。
「あぁ■■かい? 実は今日見学者がいるから、お手やらわかにに頼むよ」
スマホから「は!?」という声が聞こえたが、不知火からの要件を聞くと、スマホ越しの人は嫌々ながらも電話を切った。
「じゃあ、すぐ近くにあるから、いこうか」
と、不知火が指さしたのは、ちょうど夜舞のいるバス停留所の前にあるミラージュ社団法人の支部だった。
「……ということだから、昼ごはんは後でいいですよ」
ロビーのソファに座り、案内人を待っている中、夜舞は大谷たちに電話をしていた。
『そうですか…ところで夜舞ちゃん、その不知火さんって誰なの?』
「不知火さんは、私のお父さんのお友達なんです。今不知火さんにかけますね」
電話先の大谷に、不知火がこの前まで知らない人であったことに嘘を言うと、夜舞は不知火が夜舞の父親の友達であることを大谷に認識させる為、自分の隣にいる不知火にスマホを渡した。
「もしもし、月夜の父の友人の不知火一誠だ。いつも月夜が世話になっているようだな」
『あ、はい…』
三十代とは思えないほどに綺麗な声に、大谷はスマホの先で顔を赤らめる。
「まぁ私のことは月夜の保護者だと思っててくれ。それでは」
簡潔に大谷に嘘の自己紹介をすると、不知火は夜舞にスマホを返した。
『ちょっと夜舞ちゃん! あんなに美声で聞いた感じイケメンな人と今一緒にいるんですか!? 羨ましすぎますよ!』
大谷は不知火の存在に驚いているようで、小声で夜舞に物申した。
「あはは…」
夜舞が苦笑いしていると、案内人の職人が困った顔をしながらスタッフルームからやってきた。
「あっ、案内の人が来たから、切るね」
夜舞がスマホを切り、不知火と案内人に付いていく。
「会長、なんですかこの子は。会長の親戚なら問題はありませんが、急に見学なんてどうかとは思わないんですか。」
「まぁまぁ、後で酒を奢ってやるから」
「そうやって誤魔化すのも今のうちにしてくださいよ」
案内人の職員は、不知火会長の突拍子もない行動に多少イラついており、職員は会長の急な予定変更に合わせることに疲れている様子だった。
「まぁ…見学者がいるということなら、それなりの仕事はしますけど…」
こっちですよ。と案内人の職人は夜舞を社団法人の中へと連れていく。
白い壁と床の廊下を歩いていくと、左右にドアと窓がついた廊下に来た。ドアの向こうでは職員たちが実験室などで研究や、パソコンで文書を書いたり表を作成していたりしていた。
「私達ミラージュ社団法人は、世界中で恵まれない子供たちや、家庭の事情などで保護された子供たちを保護したり、虐待されて病院に保護されたものの、どこにもいけない子供たちの為に私達でそれぞれ支援をする所なんだよ」
案内人の職員の立場を奪いつつ、この社団法人についてを説明する不知火の声を聞きながら、夜舞は廊下の周りを見渡していた。
すると、自分から見て左方にステンドグラスで飾られた窓があった。それも、まるで無地の白い壁とアクセントを取るように、全面がステンドグラスでできており、壁として機能している。気になった夜舞が、ステンドグラスからもう少し先の木のドアに貼られた強化ガラスから、中の様子を見る。
「………!」
そこには褐色の肌をした子供や、アルビノと呼ばれるメラニンが欠如する遺伝子疾患がある子供、他にも車椅子に乗った子供や点滴を打っている子供などの子供たち数十人が、中でご飯を食べていた。内装は外の白い壁と床ではなく、木の柱や床、テーブルには可愛らしいテーブルクロスが引かれており、可愛らしい内装に子供たちも楽しそうにご飯を食べていた。
「気になるのかい? 中の子供たちが」
食堂らしき部屋を見つめる夜舞に気づいた不知火も、夜舞と同じようにガラスから中の子供たちを見つめる。
「ここにいる子供たちは、親の元に要られなくなった子や、闇商売によって内蔵や肉を売られそうになった子、施設に入れない障害者の子等が、ここで暮らしている。最初は皆怯えるんだけど、次第に周りの子供たちと遊ぶようになり、今のように『普通』の生活を送れている。不幸せではない、やっと普通の暮らしを送れたんだ。それは、とても嬉しいことだよ。私としても、職員たちとしても」
「………」
世界は、必ずしも皆が皆幸せというものではない。今こうして夜舞がサッカーをしている今でも、海の向こうでは誰かが戦争をしているかもしれないし、誰かが死んでいるかもしれないし、誰かが食べ物を探して盗みを働いたり、誰かが自分の子供を虐待していたりと、自分が生きている今では、必ず誰かが何かをしている。己が生きるために。
「私は、この世界で生きる子供達に、この世界の未来を託したいという思いから、今もこうして他の職員達とで世界中の子供たちを保護している。もしかしたらこれは、ただの夢ものが…」
「そんなことありませんよ! そう思っていること自体、貴方は素敵な人ですよ!」
夜舞に言われると、不知火は思わずポカーンと呆気にとられた顔をした。
「私、ここを見学してわかりました! 不知火さんの夢は、決して夢物語でもきれいごとでもありません! むしろこれは『素敵事』として解釈すべきです!」
素敵事。恐らく綺麗事を素敵なことだと思った夜舞の新たな言葉だとは思うが、夜舞の新しい語録に思わず不知火は笑ってしまう。
「ふ、ははは! 思わず笑ってしまいそうだよ。まさか私の夢を素敵ごとだと言ってくれる人が居たなんてな。さぁ、次の所に行こうか」
不知火に手を繋がれるも、夜舞は特に嫌悪感などは感じなかった。むしろ、不知火と手を繋げて嬉しいと思っているようだ。
「ところで月夜ちゃん。なぜ君の友達に、私が君の父親の友人であると嘘をついたんだ?」
聞かれると予想していた夜舞は、理由を淡々と話す。
「ほら、本当のことを言ってしまえば皆が心配してしまうので…」
「そうか、君は優しいんだね」
夜舞の話の一部分だけで、不知火は彼女のことを優しいと実感した。
「……不知火さん。変な話してもいいですか?」
「構わないよ」
「私…たまに不知火さんが、お父さんのように思えるんです。変ですよね…他人なのに…」
夜舞は、他人なのに不知火のことを自分の父親だと思っていることを嫌そうにしているが、不知火はそんな夜舞を見て、少し目を反らしていた。
***
夜舞がミラージュ社団法人の支部を出た時には、既に外は真っ暗になっていた。
そのため、一人では危ないと不知火が、夜舞を宿所まで送っていっているのだ。
「不知火さん。今日は楽しかったです! 保護されている子供たちと遊べましたし、色んなことを教えて貰って、すごく楽しかったです!」
不知火の自家用車を使っている為、運転席に座っている不知火に夜舞はお礼の言葉を交わす。
「ははっ、楽しんでもらえて嬉しいよ」
そう不知火が言った直後、車は宿所の前で止まった。
「気をつけるんだよ。月夜ちゃん」
「はい! 不知火さん!」
夜舞が不知火の車から降りると、不知火の車はミラージュ社団法人へと方向を変えて走っていった。
「(どうしよう…遅くなっちゃったなぁ…)」
無事に宿所に帰ったものの、こんな時間だ。素直に謝ろうか誤魔化すかの間で揺れる夜舞。考えながらも、その足は自分の部屋へと向かっていた。
「(これって、素直に謝った方が…でも一応連絡したし、大丈夫だとは思うけど…)」
まるで泥棒のようにコソコソと自分の部屋に戻ろうとする夜舞。自分の部屋に続くコンピュータルームのドアを通り抜けようとしたその時。ドン、という音が聞こえた。何? と夜舞はコンピュータルームのドアに耳を傾けた。
「こ、ここで倒れるわけには…」
フロイの声が聞こえ、中にフロイがいるんだと夜舞は察する。
「せめて…このレポートがまとまれば…」
改めてフロイが椅子に座る音がしたため、夜舞はフロイが椅子に座っているんだと確認する。
「あの声ってフロイくんのだよね…声をかけた方が、」
「ツクヨ」
夜舞がコンピュータールームの扉を開けようと、腕に力を込めようとしたその瞬。、後ろから声をかけられた。ルースだ。なにやら真剣な眼つきで夜舞の背中を見ていた。
「わっ! る、ルースくん?」
「ここは俺が行く。君は下がってて」
そんなこと言われてもと、夜舞は思ったが、ルースの真剣な眼つきを見て引き下がらないわけにはいかなかった。
ルースが扉を開けると、扉との隙間からはフロイがパソコンとにらみ合っており、それをルースが止めた。
「フロイ、いい加減寝て」
「駄目だ…あと少しで、あと少しで、このレポートが完成するんだ…」
「そう言って、もう何日も寝てないじゃないか」
夜舞が外に居ても聞こえるルースとの会話に、夜舞は困惑した。何日も寝ていない? 一体なんの為に? それを聞くためにルースと同じように扉を開けようとしたその瞬間、声をかけられた。
「あー!」
いや、声をかけられたというよりも、見つかった。という表現が正しいか。
「夜舞ちゃん! こんな遅くまで何していたの!」
「皆心配してるよ! 夜舞さん!」
大谷と茜から遅いと言われ、夜舞は狼狽えながらもスマホで時間を見た。時計の針は午後の八時くらいを刺しており、今はもう夕食の時だ。
「(も、もうこんなに時間が…!?)わ、ごめんなさい! 少し不知火さんと話していたら遅くなって…」
「不知火さん?」
夜舞が不知火の名前を出すと、茜は不知火の存在に困惑する。
「不知火さんは、夜舞ちゃんのお父さんのお友達なんだって」
さ、詳しい話は部屋でしましょうねー、と大谷は夜舞と茜を強引に自分の部屋に連れて行く。
「えっとね茜ちゃん。不知火さんは、私のお父さんのお友達で、ミラージュ社団法人っていう社団を運営しているんだって」
ミラージュ社団法人と聞いて、大谷と茜は驚いた。
『ええ!?』
「な、なにもそんなに驚かなくても…」
「驚きますよ! だってミラージュ社団法人って、世界中の子供達を保護するめっちゃいい社団じゃありませんか! つまり不知火さんはそこの職員ってことなんですか!?」
大谷たちにとってミラージュ社団法人はとても有名らしいのだが、夜舞にはよくわからなかった。
「いや、会長らしいんだけど…」
『うそーーん!!』
だからそんなに驚くこと? と夜舞は驚きの素振りを見せる二人に思わずこう思った。
「あとさ…大谷先輩と茜ちゃんだけに言っておくとね。実は私、不知火さんのこと…」
そのあとすぐに、夜舞が恋の話をしたため、今まで恋に疎かった夜舞がまさか恋をしているなんてと、大谷と茜はまじまじとその話をまるで壁に張りつくヤモリのように聞いた。
「まるで私のお父さんのようにも見えてきちゃって…ってあれ? なんで二人共ずっこけてるの?」
***
国から給与金が渡されてから、もはや数日が経った。明日人は未だに使い道がわからず、苦難していた。
「お金は後で返せばいいって私は言ったけど、やっぱり多少は自分のために使った方がいいとは思うよ?」
明日人を気遣った言い方なのだが、明日人にはどうしても夜舞の説得を受け入れることなどできなかった。
「私だったら、ご飯を食べるのに使うけど…」
「でもなぁ…」
明日人はあの二十万の金の使い道について、まだ決めていない様子だった。
「…あれ? 坂野上くん、どこに行くんだろう」
まるでこっそりと宿所を抜け出すような素振りに、夜舞は気になってロビーの方を見た。
「夜舞?」
「あぁ、明日人くん。実はさっきここで坂野上くんが外に出ようとしてて…」
「そうなんだ…ちょっと行ってみよう!」
「あ、明日人くん! 一人で外に出たら危ないよー!」
坂野上の行くところが少し気になった明日人は、ちょっとした好奇心で坂野上のあとをついて行こうとする。そのため一人で外に出ようとする明日人を追いかけ、夜舞も外に出る。
しばらく走っていると、公園のベンチに坂野上がいるのを見かけた。
「あ、あそこだよ、明日人くん。」
木の影に隠れ、坂野上の様子を見る。
坂野上がべンチに座っていると、二十代くらいの女性が公園に入っていき、坂野上の隣に座った。女性の存在に気づいた坂野上は、嬉しそうに女性と話した。
「仲良さそうに見えるね…」
明日人たちがしばらく見ていると、女性は用事を思い出したのか、急いで公園の外へと行ってしまう。
「別れたみたいだね…」
「それで坂野上も帰ろうとしているみたい…」
何事もなかったかのように宿所に帰ろうとする坂野上を追いかけ、明日人たちは時々隠れながら進む。
「なんだか坂野上とあの女性、姉弟みたいだったけど、夜舞知ってるか?」
「でも、坂野上くんにお姉さんがいたなんてこと、聞いたことないよ…」
夜舞の記憶を探っても、確かに坂野上に姉がいるなんて話は聞いたことがない。
「とりあえず、坂野上に聞いてみよう!」
「そうだね」
坂野上が見えなくなる前に、明日人たちは坂野上の元へと走る。
「坂野上くーん!」
「あれ? 夜舞さん? それに明日人さんも…」
坂野上はここに明日人たちがいることに困惑しており、それと同時に何かを隠すような素振りも見せる。
「坂野上、実はさっきあの公園で、お前が大人の女性と話していたのを見たんだけど…」
「み、見てたんですか!?」
その瞬間、坂野上の顔が耳まで赤く染まった。
こうなってしまってらもう隠し事は出来ないと察したのか、坂野上はぼそぼそとさっきの女性の話をした。
「……あ、あの人、関口紗代さんって言うんです。あの人とは名古屋を観光していた時に会いました。俺があの人とぶつかって、それであの人が手を差し伸べたところで、俺はあの人に惚れて…」
歩きながら、明日人たちは先程の女性がなんなのかの話をしていく。
話してて恥ずかしくなったのか、坂野上は顔を俯く。
「あ、まぁ、一目惚れってよくあることだし…」
明日人が何とか坂野上をフォローする。明日人自身も、伊那国島にいた時はエレンに一目惚れしそうになったものなのだから。
「だとしてもですよ? 敵に一目惚れって…」
だが、後になってわかったことだったが、エレンは敵なのだ。そんなエレンに一目ぼれしたという話は、今ではもう恋の話と言うよりも笑い話だ。
「仕方ないよ! だって綺麗だったんだから!」
エレンが綺麗なことは言うんだ。と夜舞は思った。
しばらくの間街を歩いていると、繁華街に着いた。とその時。
「隠れて!」
「わっ!」
突然同い年くらいの男の子によって明日人たちは押されてしまったが、建物の影に隠れる形となったので、これは吉か凶か。
「の、野坂くん!?」
「しーっ。気づかれたら困る」
なんと明日人たちを建物の影に隠したのは、野坂であり、その隣には西蔭がいて外を見渡している。
「なんでここに…」
「少し気になったことがあってね」
よく見たら野坂と西蔭はパーカーでフードを深く被っており、まるで正体を隠しているような格好だった。
「野坂さん、もう人は居なくなりました」
「そっか。じゃあ行こう」
今のうちにと、野坂は明日人たちの腕を引いて、宿所のへと走った。
「野坂、なんで俺たちに隠れててって?」
「実はね、今デマが起こっているんだよ。僕達の給与金に関しての」
野坂の話を聞き、明日人たちはそんなことが!? と驚愕した。
「さすがに国民も受け入れられなかったんだろうね。僕達に給付金を渡すということを」
野坂がその話をすると、坂野上は何かを思い出したかのようにスマホを取り出した。
「あ、そういえば、イナッターのトレンドでその事が書いてあった気がしました!」
ほら見てください! と坂野上が出したスマホの画面には、デマ当時の映像が流れており、画面に写っている人のプレートには、『ラストプロテクターには金を渡すのに、貧困層には金を渡さないのか』という文字が書かれていた。
「確かに家庭の貧困は問題になっている。だけど、それと給付金は関係ないはずだ」
正義という刃を振りかざして、デマを起こしている。醜いよね…と野坂は言う。
「さすがにもう沈静化はしてるとは思うけど、今僕達の存在が知られたら、デマをしている人達は黙っていられないだろうね」
「やっぱり、金額が多すぎたんでしょうか…」
やっぱりお金を国に返した方がいいんじゃないかと明日人が思ったその時、西蔭が口を挟んだ。
「それと同時に、今までの国の行動も相まって、国民の怒りが爆発したんだろうな」
これまでの国の行動って? と明日人たちは西蔭の質問に疑問を感じた。
「駄目だよ西蔭、ちゃんと明日人くん達にわかるように説明しないと」
「すみません。しかし、今は身を隠した方がいいでしょう」
「そうだね。明日人くん、夜舞ちゃん、坂野上くん。実は国は、今まで国民の怒りを買ってしまうような無責任ことをしてしまっていたんだ。それが、オリオン財団日本支部襲撃事件さ」
あれって偶然じゃなかったのか!? と明日人たちは驚いた。オリオン財団日本支部襲撃は、マリクとルース、琢磨が居たところだ。そこが襲撃されて、今は宿所内で過ごしているため、驚かないわけにはいかなかった。
「その時オリオン財団日本支部を見学していた国会議員の一人が、同じように見学していた国民を放置して自分だけ逃げたせいで、死者が出てしまった事件のことさ。確かに議員の人が何かいい判断をすれば、死者は出なかったかもしれない。でも、急にユースティティアの天使が襲撃してきたら、咄嗟によい判断なんて出来ないとは僕は思うね」
だけど、そのせいでSNSは大荒れ、逃げた国会議員が謝罪会見を開くなどの大事になってしまったんだ。と、野坂は言う。しかし野坂は、自分たちだって急にユースティティアの天使が襲いかかってきたらどうするんだい? 咄嗟にいい判断なんて出来ないはずだ。と、イナッターで襲撃事件に関するイナートをしている人達に思ったことだった。
「そ、そうなんだ…」
それを、明日人たちは走りながら聞いた。
***
その頃、坂野上はいつものように関口と話していた。次第に緊張しなくなったのか、今では関口と対等に話せている。
「それでですね! 最近新しく入ったのが夜舞月夜さんで、とても強いんです! DFなのに前に出てシュートを決めたり、その他にも状況を見極める事の出来る鋭さと強さ、それに優しさと美しさの四面を持っているんですよ! そのお陰か風丸さんも吹雪さんも夜舞さんの強さには一目置いてますし、それで…」
「うんうん」
坂野上の長い話を、関口はうんうんと話を聞く。
「つまり、昇くんはその夜舞ちゃんが好きなのかな?」
「え?」
まさかの捉え方をされ、坂野上は思わず固まった。自分が今好きなのは、目の前に居る関口だというのに。
「私、昇くんの恋、応援しているね!」
「は、はい…」
関口の中で、坂野上は夜舞に恋をしているという設定が出来上がってしまい、それが坂野上の嘘だということに気づかないままだった。
「昇くんのサッカーの話を聞いていると、昇くんのサッカーって凄く純粋なんだね」
「え?」
「私、サッカーのことはよくわからないけど、昇くんのサッカーは純粋なんだってことはよくわかる。まるで、お猿さんがボール遊びをしているような、そんな感じ」
純粋なのはよくわかったが、猿というのがよくわからず、坂野上は困惑した。
「お、俺のサッカーって純粋ですかね…」
自分でも自分のサッカーがわかっていなかった為、坂野上は自分のサッカーが純粋だったのかと考え始めた。
本能。という意味では、純粋と同じだし、猿という動物にも本能はある。まぁ人間も動物のような為、本能くらいはあるだろう。
「アイデンティティ…っていうのかな。ほら、自分は誰であるか。って言うでしょ? まぁ、サッカーにアイデンティティを求めるなんて変な話だけどね…」
関口は心理学の仕事をしているらしく、それを聞いた坂野上は、関口は医者をしているんだと感じていた。しかし、実は違うらしい。これ以上はプライベートの話になるので句らしくは言えないらしいが。
しかし、坂野上は一つだけ決意したことがあった。
明日、関口に告白すると。
夜舞が好きだということが関口の中で根付かないうちにと。
関口と話した翌日の朝、坂野上は昨日の夜から告白の予行練習をしていた。
「お、俺、前から貴方のことが好きで…」
「駄目駄目! もっと大声で!」
猿恋から駄目出しをくらいながら、坂野上は最高の告白への完成を目指す。坂野上が持っているノートには告白の時のセリフやメモでページは埋まってしまっている。
「あのー猿恋さん」
「なんだ? 休憩か?」
少し気になった坂野上が、いえ…と猿恋に言葉を続けた。
「いや、あの人に告白して、大丈夫かなぁ…って思って…」
「そんなこと考えてるから失敗するんだって俺の経験が言っている! もっとこうドーン! といけ!」
一瞬だが、大人に告白(しかも結構美人で結婚しているかも怪しいし)しても大丈夫なのかと心配になっていたが、猿恋曰く、そんなこと考えているから失敗するんだそうだ。
「…あ、そろそろ朝食の時間ですね」
予行練習は後にすることにし、坂野上は台本のノートを机の上に置き、朝食を食べに食堂へと向かった。
「おはよう! 坂野上くん!」
先に席に座って食べている夜舞のお盆には、大量のご飯とおかずが乗せられている。そんなに食べると折谷からなにか言われそうではないかと坂野上は感じた。だが、特に何かを言われたような様子はない。
「…どうしたの? 坂野上くん。少し顔色が悪いけど…」
昨日遅くまで予行練習をしていたからだろうか。坂野上自身もそれには気づいていなかった。
「そ、そうですか…?」
「え、坂野上調子が悪いのか?」
最近よく夜舞の隣に居る明日人が、坂野上の顔を夜舞を真似して見るも、特にこれといって坂野上の顔に変わったところはなかった。明日人は夜舞とは違って少し感が鈍いからなのだろうか。夜舞は恐らく顔色よりも別のことを言っているがする。
「何か面白いことをしているようだね」
「あ、野坂! なんか坂野上、調子が悪いみたいなんだよ」
顔色が悪いってだけで必ずしも調子が悪いってわけではないのでは? と夜舞は明日人の発言に対してこう思った。
「そうなんだ。ところで坂野上くん。最近君はよく外に行っているようだけど…」
にっこりと笑った野坂が、興味津々に坂野上に近づくのに、坂野上はその表情に恐怖を抱いていた。
『ぎょええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?』
夜舞は坂野上が今日関口に告白すると聞き、食堂内だというのに大声で驚いてしまっていた。
「どうした? 変な声出して」
「あ、なんでもないです円堂先輩!」
「そうか?」
夜舞の大声に駆けつけた円堂達をなんとか追い返し、坂野上の話に戻る。
「つまり、坂野上くんは今日の午後にその関口さんに告白をするんだね」
野坂が概要を述べた。その瞬間、やはり恥ずかしいのか坂野上は赤面する。
「はい…ですが俺一人じゃ自信は無くて…」
沢山練習はしてきたものの、やはり告白となると少し自信がなくなってしまう。それは告白をする人にとっては当たり前のことなのだが、坂野上にはその感情が当たり前だということには気づいていなかった。
「分かってる! 一緒に来てほしいってことだろ?」
「明日人さん…!」
明日人の言葉によって、明日人たちは坂野上の告白に付き合うことになった。
そして、坂野上が告白に成功すれば、皆でマサドナルドにバーガーを食べに行こうという話になぜかなってしまった。
***
「西蔭、クラッカーの準備は出来たかい?」
「はい。この通り人数分」
西蔭が鞄から取り出したのは、明日人たちの分のクラッカー。結構大きい。告白が成功すれば、これでお祝いをするつもりなのだろう。
「あ、来たよ!」
明日人たちが草木の陰に身を潜めると、公園の外から関口がやってくる。
「ごめんね昇くん! 少し仕事で遅くなっちゃって…」
「あ、大丈夫ですよ!」
いつものベンチに、関口と坂野上が座る。これで完全にこの公園は、二人だけの世界になった。
しかし、坂野上の口が震える。
失敗してしまったらどうしよう。もし変な人だと思われればどうしようと思っていた。
『昇! 絶対に諦めるな!』
猿恋の励ましを耳にしても、どうしても告白予行練習の時のセリフが出てこない。
「昇くん?」
関口の声に、坂野上は我に返る。そして、もはや自棄ともいえるようなセリフで、坂野上は口を開いた。
「あの、関口さん…実は俺、貴方のことが好きなんです!」
突然の告白に、関口はびっくりしているが、気にせず坂野上は言葉を続ける。
「夜舞さんではなくて、貴方が好きなんです! びっくりするかもしれませんが、この気持ちは本当です!」
坂野上は勇気をだして告白した。予行練習の時のセリフとは全く違うが、これはこれで坂尾上らしかった。
猿恋と明日人たちがいいよいいよと気持ちが高まっている中、関口の答えは。
「…ごめんなさい。実は、結婚している人が居て…」
『え?』
「というわけで、ごめんなさい…でも、君と過ごせた時間は楽しかったわ。ありがとう」
笑顔で、関口は公園から立ち去ってしまった。その間も坂野上は状況が掴めないまま、その場に立ち尽くしていた。
長い時間が過ぎると、坂野上は関口の言葉の意味を理解したのか、坂野上は石の塊となって、割れたガラスのようにその場に砕け散った。
『え"え"え"え"え"え"え"え"え"!?』
関口が誰かと付き合っている。もしくは結婚しているという可能性もあると野坂から言われていたが、坂野上はそれでも受け止めきれなかったのだろう。その頃明日人たちは石となって砕け散った坂野上の光景を見て、思わず大声で驚いた。
「さ、坂野上くん…」
夜舞が声をかけるも、坂野上は元に戻らない。仕方なく野坂とで坂野上(の形をしていた石)をパズルのように積み上げる。
「坂野上…ほら、バーガー奢るからさ…」
明日人がマサドナルドのバーガーを奢るからと励まそうとするも、坂野上は戻らない。よほどショックがデカかったのだろう。
「野坂くん、私接着剤持ってくるね」
夜舞が坂野上を元に戻そう宿所から接着剤を持ってこようと走る。その時に目にした電柱に、ある祭りのポスターが貼られていたのを、夜舞は見つける。
午後二十時から、花火大会と。
「そうだ…」
夜舞が、秋祭りのポスターを見て思いつく。
「坂野上くん!」
待宵神社という小さな神社に続く道路は、現在屋台を出すために封鎖されていた。なぜなら、今は秋祭りを開催しているからだ。今の子供達にとってはもはや祭りなど美味しいものや楽しい遊びが出来るテーマパークみたいなものだと認識しているが、昔は、村の豊作に感謝する祭りだったのだ。
人は賑わっており、家族連れや友達連れなどの人達全員が、この秋祭りの締めである花火大会を待ち望んでいた。その中には、勿論関口も居た。茶髪の髪をおだんごに結った着物姿をしており、屋台の影から見守る坂野上には、その姿が綺麗に見えた。しかし、その関口の隣には、結婚相手を思わしき男性とその子供が居る。本当なら、自分がそこに居た。身長は違えど、カップルとしてなっていただろう。醜い嫉妬の心に悩まされている坂野上に、野坂が声をかける。
「来たよ、坂野上くん」
「はい」
しかし、ここで決めなきゃ次はないと、坂野上は屋台の影から次のスタンバイへと着いた。
「来たみたいだね。じゃあ、始めよう」
野坂のスタートと同時に、花火大会が始まった。花火の逆光で、野坂の全身が黒くなる。
「わぁ…」
関口は花火に見とれている。色んな形の花火が夜の空に咲き、散っていく。そして、ファンファーレとなるその時に、野坂が右手を明日人たちに向ける。
「今だ!」
野坂が指示すると、明日人と夜舞が、河川敷の影でサッカーボールを明日人がサンライズブリッツ、夜舞がムーンライトメテオを繰り出して、花火が咲く前兆のように見せた。
「いけー! 坂野上!」
「はい!」
坂野上が仕上げの、「旋風のトルネード」を放つ。すると、坂野上の愛の力なのか、風はドラゴンとなって二つのシュートにぶつかり、巨大な花火作り出した。
「旋風の、ファイアーフラワー!」
黄色と赤の巨大な天の川のような花火に、人々は感動する。
「お母さん! お父さん! あれキレイ!」
関口の子供がはしゃいでいる中、関口は花火を空いた口を塞ぐのも忘れて見ていた。
「___綺麗……」
「関口さん!」
関口たちのいる河川敷の道路に向かって、大声で坂野上は告白する。
「俺、貴方のことが好きでした! そして、これからも貴方を応援してます!」
そう言うと、坂野上は恥ずかしそうに、いや、泣きながら河川敷を離れ、住宅街の方にいってしまった。
「_昇くん……」
「今の子、誰なんだ?」
男性が紗代に話しかける。
「あぁ、■■さん。あの子はですね…」
「坂野上くん、泣いてもいいんだよ」
その頃、坂野上は待宵神社の境内に続く階段に、体育座りで座っていた。
「泣きません、ここで泣いたら、関口さんに顔向け出来ませんから」
「でも、言えたじゃんか。好きだってこと」
明日人の言葉を区切りに、坂野上は涙を流してしまった。それを見て、夜舞はその背中をさする。
失恋の涙を流す坂野上を。
***
「坂野上ー! お前に手紙だぞー!」
円堂が坂野上の扉をノックし、手紙があることを伝える。
「ん…? なんですかぁ…」
机に涙の跡が残る位に泣いていた坂野上は、ふらふらしながら扉を開けた。
「どうやらお前にファンレターだってさ、じゃあ俺はこれから特訓があるから、じゃあな!」
円堂が坂野上に手紙を渡すと、坂野上が円堂を止める言葉も発させないうちに円堂は部屋を離れてグラウンドへと行ってしまった。ファンレターと言っているあたり、中身はみていないようだ。
「なんでしょうか…」
桜色と白の封筒には、あの関口紗代の名前が書かれていた。まさか、と思い坂野上は部屋の扉を締め、封筒の封を切って中身を確認する。
『拝啓、坂野上昇様へ
『こんにちは、昇くん。えっと、住所はここでよかったかしら。ちゃんと届いてる? ……読めているということは、ちゃんと届いたみたいね。あ、ごめんなさい。手紙を出すのはあまり慣れていないのと、住所が合っているか不安になってて…あ、住所はテレビで監督さんがでかでかと教えてくれたわ。近づかないことと、ファンレターは一人一枚というルールで、住所を公開してくれたの。「ファンレター待ってます」って。
『さて、前置きが長くなってしまったわね。今回この手紙を書いたのは、昇くんに伝えたい事があったから。まずは一つ目、せっかく勇気を出して告白をしたんだとは思う。だけど、昇くんにショックを与えてしまうようなことを言っていたら、ごめんなさい。もし気にしてなかったら、この話は無かったことにしてね。次に二つ目、私にあんなに綺麗な花火を見せてくれてありがとう。とても綺麗だったわ。
さて、いよいよ三つ目です。三つめは、これからも応援しています。サッカー、頑張ってください。私の夫と娘で、貴方の活躍を見させていただきます。
それでは、これからも怪我のないように、お元気で。
敬具』
綺麗な便箋で書かれた紗代の文字を見て、坂野上は便箋に涙をこぼした。それと同時に、関口との思い出と、失恋したときの気持ちが心の中にこみ上げてきた。しかし、坂野上は首を振って、関口との思い出を振り払うと、便箋を封筒の中に戻して引き出しの中にしまい、部屋を出た。そして洗面台で顔を洗った。涙を洗い流し、食堂に入ると同時に、皆に笑顔を繕った。
紗代と別れを告げたのだ。
紗代に自分の全力のサッカーを見てもらうために。
今度は君にも、この歌を聴いてもらおう。
『恋する少年の失恋ソング』を。
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