淡い水色の光に照らされた、ドーム状の部屋。その水色の光の出所は、金色のリングで囲まれた水色の球体だ。それも大人の男性の背丈よりも大きく、おまけに重そうだ。その球体の表面には、全人類の名前が記載されている。さすがは天界の技術といったところだろう。しかし、その球体を操作する機械の前に立っているのは、人の形をした何かだった。おそらくは人間の神父か、もしくは現人神フォルセティ本人か。それを確認しようにも、球体の光の逆光で、上手くは見えなかった。
「お父様、元気ですか?」
エレンの声に、人がエレンの方に振り向く。こっち側に振り向いた人の顔色を見て、エレンは頬を緩ませた。
「あぁ、元気だ」
「あまり無理をなさらぬように。いくらこの堕落した世界を救いたいからって、体を壊しては本末転倒ですよ」
エレンの目線が球体の機械に向けられているのか、それとも人に向けられているのかはわからないが、フォルセティと話をしているのは確かだった。そのフォルセティが機械なのか、それともそこの人なのかはわからないが。
「あとそれとお父様、少しお言葉ですが…テミス改革を実行するだけで、人間が変わるとは思いません」
「…何?」
目の前の人の表情が変わったのを、エレンは逆光の中で察するも、話を続ける。
「人は自分たちに置かれている状況を見て、やっと自分達が間違っていたことに気づく不思議な生き物です。テミス改革という人を支配するやり方では、すぐに人は貴方に反乱を起こすでしょう。それに、私は平和の天使ですから、人との関係をよりよく保つのは当然でしょう。お父様」
「……………」
本当に、何を考えているかわからない。
と、フォルセティはエレンの話を聞いた。
平和の天使。地上と天界の平和を守る、正義に相応しい肩書だというのに、このエレンは信用ならない上に本当に平和を望んでいるのかもわからない。そして、テミス改革に賛同しているのかも。だが、人との関係はよくしていきたいとだけはわかる。だが、フォルセティはたとえ自分の娘の言い分を賛同するわけにはいかなかった。
世界は、我ら天使たちの力で買えなければならないのだから。
「しかし、人間はこれまでいくつもの間違いを犯してきた。今ではそれが集大成となって襲ってきている状況だ。お前のような人と共存するという甘ったるいやり方など、人間を甘やかすだけだ」
フォルセティの変わらぬ信念に、エレンは心の中でため息をつくしかなかった。天使の言い分くらい聞いてくれたっていいじゃないかと。そう思っている頃にはフォルセティはすでにエレンの前から立ち去っており、目の前の人も一緒に消えていた。やはり現人神なのだろうか。
「やっぱり、私の平和は私だけで掴むしかないのね」
***
坂野上の恋が枯れ葉のように儚く散った秋。衣服やその他貴重品を詰めたスーツケースを引っ張りながら街を歩いているのは、白い銀色の髪をツインテールに束ねた、十四の女の子。その女の子は、片手に地図を見ながら、ラストプロテクターの宿所前で立ち止まった。
「ここか…」
「坂野上くん、なんだかいつも通りになったよね」
名古屋から東京に戻った明日人たちは、オリオン財団によって施設を改良した後の宿所に居た。宿所内はかなりリフォームされており、一人一人の部屋やトレーニングルームの改良、食堂の器具の変調等、明日人たちにとって過ごしやすいものに変わっていた。
今日は宿所内がリフォームされて初めての朝食だ。朝食が乗せられたトレーを運びながら席に着く坂野上を見て、夜舞はいつも通りになったなと安堵する。
「そうだね、前は練習でのミスが多かったけど、今では落ち着いているというか、まるで自分で失恋を乗り越えたかのようになっているね」
あの落ち込みようじゃあ、もう少し長引きそうだとは思ったけど___と野坂は石を坂野上の形に積み上げた日を思い出しながら言う。あれを直すのは千ピースパズルを制限時間内にクリアするのと同じ、いやそれ以上に難しかったなと、野坂は味噌汁の汁を飲む。
「私は恋をしたことがないからよくはわからないけど、失恋をしたときって、凄く悲しい気持ちになるんだって大谷先輩が言ってたから、野坂くんの言う通りになると持っていたんだけど…」
「まぁ、恋煩いが無くなったのは、僕たちとしてもラストプロテクターとしても、嬉しいところだよ」
「うんうん」
野坂と夜舞がテーブルを挟んで話し合っている中、坂野上は食堂で灰崎ら一年生と恋バナをしていた。恋バナらしい恋バナはしていないが。
「灰崎くん、前々から思っていたんだけど…茜さんとはどういう関係なの?」
灰崎は、突然の質問に嫌そうながらも、自分に質問してきた坂野上に返事をした。
「んだよいきなり。まぁ、普通に幼馴染だ。たまに茜が体調管理には気を付けてってうるせぇけどな。この前もくしゃみをしていた茜にジャージを被せてやろうとしたら、「もっと自分の体も大事にしなきゃ駄目だよ」って言われたんだよ」
俺はお前の体を心配してんってのに…という灰崎に、坂野上と一星は、本人でも無意識に茜を甘やかしているんだなと以心伝心で察した。
「ジャージじゃなくて、マフラーを巻かせてはみたら? 灰崎くん」
「これは茜からのプレゼントなんだよ。そうそう渡せねぇよ」
いつでもしている防寒具のマフラーを指さしながら、灰崎はマフラーの形を整え始める。それは乙女心を理解しているというのか、むしろ無自覚というのか…
「というか…いつもしてるよね。練習中も食事中も。さすがに外さない?」
「別に外さなくったっていいだろ」
一星は、灰崎のマフラーをグラウンドの土か料理の汁かで汚してしまわないかと心配していたが、灰崎は外す気がなさそうなことに気づき、一星はこの手の話をこれからはしないようにと心に決めた。
「フロイ!」
とその時。いきなり食堂の扉が開かれ、話声で包まれていた食堂は一気に静まり返った。そして食堂のドアを開けた女の子を姿を見て、一同は驚きとざわめきに包まれた。食堂のドアにいたのは、三か月前のFFI決勝戦の時にシャドウ・オブ・オリオンのキャプテンとして明日人たちに立ちはだかった、ユリカが居たのだから。
「ユ、ユリカ? どうしたんだよ!」
当時ユリカを勝利への呪縛から解き放った明日人が、真っ先に声をかける。しかしユリカは、それよりも先に話しがしたそうに足先を叩いていた。
「今は説明している暇はないわ! とにかく、フロイはどこにいるの!?」
フロイとユリカは、四歳からの幼馴染みだということはフロイから聞いていた為、幼馴染みのフロイに何か用があるのか? とユリカが来た理由を明日人たちは推測し始めた。
「フロイなら…コンピュータールームにしばらくいるって言ってたぞ?」
円堂がフロイの居所を言うと、ユリカは食堂に来る前に見ていた宿所の内部を頭の中で地図のように写すと、持っていた荷物を食堂に置いてフロイのいるコンピュータールームに行こうとする。
「コンピュータールームね! わかったわ! ありがとう!」
「ちょ、ちょっと待ってよユリカ!」
コンピュータールームへ向かおうとするユリカを追いかけ、明日人たちもコンピュータールームへと走る。
「フロイ!」
ユリカがドアを開けると、パソコンを面を向かっていたフロイはユリカの声に体を震わせ、恐る恐るユリカの方へ椅子を向けた。
「ユ、ユリカ? 何でここに…」
「こんなに無理して!」
ユリカがなぜそんなことを言ったのかは、目で見てわかるだろう。なぜならフロイの目には薄くクマができており、パソコンの横にはおよそ数百枚の紙が積まれて置かれていた。
「フロイが何をしているのかが知りたくてルースに電話したら、もう何日も寝ていないって聞いて、フロイの体を心配して来たの!」
「ご、ごめんユリカ…でも、ユースティティアの天使のことを調べない限り、僕達は彼らのことを突き止められない。これを見てほしいんだ」
フロイが机の絵に積まされた紙の中から一枚の紙を取り出すと、そこにはユースティティアの天使がスタジアム以外で出現したところが、世界地図の上で赤い点で、その横にはどこで何時にという詳細の表が一つの点ごとに細かく記されていた。
「これは…世界地図か?」
「赤い点と表が記されているね…もしかしてこれ、全部フロイくんがやったのかい? というか…大丈夫?」
椅子から久しぶりに立ち上がった為、寝不足と立ち眩みにふらつくフロイを心配しながら、吹雪は書類の詳細をフロイに尋ねる。
「あぁ、全世界のメディアを参考に調べてまとめたよ。そのお陰で何日も寝てないんだけどね…」
寝不足なのをフランクに返すフロイに、ユリカはいい加減に寝てと怒り出した。
「ユリカちゃんの言う通り、確かにフロイくんは寝た方がいいと思う…」フロイの体調の心配をする夜舞。
「つーか、よく起きてられんな」寝落ちしてもおかしくねぇだろ。と言うヒロト。
「ほ、ほんとに大丈夫か?」
「あぁ、いや、ちょっと、疲れ…」
あまりに寝不足だからなのか、まるで名探偵コボクが刑事に睡眠針を刺して眠らせてから犯人を突き止めるというシーンをそのまんまに再現して、フロイは椅子にもたれかかって眠ってしまった。
「ちょ、ちょっとフロイ!」
明日人がフロイを起こそうとするところを、ユリカが止める。
「フロイはこのまま寝かせてあげて。もう何日も寝ていないって言っているから
「フロイくんは、このまましばらく寝かせてあげよう。とにかく今はこのレポートのことで話そう」
野坂がこの紙の詳細が知りたいと、ミーティングルームで話し合おうという提案に乗り、明日人たちはフロイの看病をするユリカをそこに居させてあげ、明日人たちはミーティングルームで話し合うことにした。
「なるほど、そういうことがありましたか~! フロイくんも頑張りましたね~」
趙金雲に事情を説明すると、趙金雲はなるほどといった表情で、ミーティングの開始を許可した。
「それでは、フロイくんが作ってくれたレポートを見て見ましょう!」
フロイのレポートが、ミーティングルームの巨大なディスプレイに写る。白い世界地図の上に、赤い点がぽつぽつとついている。パッと見ではわからなかったが、よく見たら赤い点の中には通常より大きかったり小さかったりしているものもあった。
「どうやら、全世界のメディアの情報を元にして作ったそうですが…頑張りすぎですよねぇ? 一体どこから来るんでしょうかねぇあの根性は」
意味ありげに呟く趙金雲をいつものようにスルーしながら、鬼道はレポートの内容のことを質問した。
「それよりも監督、全世界の出現地点を見ても、日本の出現地点は明らかに少ないです。これは、何かあると思いませんか」
「私も、鬼道先輩みたいに気になったことがあります。ほら、アメリカやドイツ、インドや中国等、人が賑わっているところが中心的に出現地点があります」
明日人たちが夜舞の言葉を参考にディスプレイを見ると、そこには確かにアメリカなどの賑わっている国が中心として狙われていた。夜舞が言うにはこの赤い点の正体はユースティティアの天使の出現場所の他に、被害状況なども記録されていたそうだ。出現場所を記入するだけではそうはならないとは思ったが、そうなれば何日も寝ないのも当然だろう。
「ユースティティアは、地上の戦力を減らそうとしているのか…?」
「地上の戦力を減らすだけなら、軍施設や国会を襲撃するだけでもいいはずです。風丸さん。ですが、フロイの集めた情報によると、明らかに軍施設ど同時に街も狙っている。これは一体…」
一星は、ユースティティアがなぜ軍施設や国会を中心的に襲わないのかと考えていた。そうした方が効果的なはずだ。と一星はそう感じていた。とその時、ミーティングルームのドアが開かれた。まさか、ユースティティアの天使か!? と明日人たちは立ち上がって身構える。
「おーう! なんだかしょっぱい話しているみたいなだな!」
しかし、そこにはなんと剛陣とアフロディ、水神矢がいただけで、ユースティティアの天使は居なかった。
「ご、剛陣先輩!?」
剛陣の登場に驚いた明日人が、剛陣に近づき、本物かどうかを剛陣の体を触って確認する。
「ほんとだ…本物だ…!」
「おい明日人、俺をなんだと思ってんだよ…」
剛陣が離れろよというも、明日人は離れる気はなく、むしろ抱きついてきた。よほど剛陣の深津が嬉しかったのだろう。
「待ってたかい? 円堂くん」
「アフロディ! 怪我はもう良くなったのか!?」
その頃アフロディは、円堂の元へと向かっており、挨拶を交わす。そんな中、水神矢は灰崎に会えて嬉しそうだった。
「灰崎、元気そうでよかった」
「そりゃどーも」
「『フィールドの悪魔使い』として、早く灰崎のもとに戻らないとだけを考えてリハビリを続けてきた結果があったよ」
「まだそれを言うのかよ…」
フィールドの悪魔使いという水神矢の新たな二つ名(?)に、灰崎は嫌悪感を催す。
「剛陣先輩! 水神矢くん! えっと…アフロディ先輩! 宜しくお願いします!」
夜舞はすぐに、新たに仲間になった三人にお辞儀をした。
「ははは、そんなにかしこまらなくてもいいよ」
神様のような(見習いだが)笑顔で、アフロディはラストプロテクターの第三者の夜舞に宜しくの挨拶を交わす。
「はいそれでは~! 水神矢くん、アフロディくん、剛陣くんの怪我が治ったところで、これから皆さんにしてもらうことがありま~す」
怪しげに笑う趙金雲に、明日人たちはクエスチョンマークを出す。
「皆さんにはこれからチームにに分かれて、世界中に行ってもらいま~す!!」
「え」
『えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?』
まさかの監督命令に、明日人たちの驚きは地球を越えてどこまでも響いた。
***
趙金雲によれば、世界中に行って色んな人達にインタビューをしユースティティアの天使の情報を集めるというものだった。
そのため、明日人たちはそれぞれチームに分かれて行動することにした。
明日人チーム(灰崎・水神矢)は日本。
円堂チーム(坂野上・豪炎寺・鬼道)はアメリカ。
野坂チーム(一星・西陰・ユリカ・フロイ←復活した)は中国。
風丸チーム(不動・ヒロト・タツヤ)はブラジル。
大谷チーム(杏奈・茜・李子分・ルース・マリク)はオーストラリア。
夜舞チーム(剛陣・アフロディ・砂木沼・吹雪士郎)はロシアに分かれて調査を始めることにした。
しかし、唐突過ぎるあまり、明日人たちは世界中を観光しようとは思えなかった。それでもなんとか街の人にインタビューをしようとするも、やはり中学生。最初はインタビューに集中しようとは思ったものの、目の前の珍しい光景にどうしても心惹かれ、インタビューをほっといて観光をメインにしてしまっていた。
「夜舞さん、とても素敵な人だったな。灰崎」
「なんでそれを俺に振るんだよ」
「魔女と悪魔はつきものだろ?」
確かに魔女と悪魔は似合っているが、灰崎と夜舞は別にただ単に仲間だと思っているだけで、別に灰崎は『月光の魔女の悪魔』ではない。
「まぁ灰崎も最初は悪魔ぽかったけど…夜舞もそんなに魔女って感じはなかったなぁ」
むしろ聖女でいいんじゃないかとは思ったものの、理由は不明だ。その二つ名の理由は夜舞から直接聞かないとわからない。
「あれ? マモル?」
「おお! マークにディランじゃないか!」
アメリカに経った円堂たちは、偶然にもマークたちに合ってしまい、いつの間にかサッカーをしてしまっていた。
「ひえ~! 辛いです! 野坂さん!」
「そうだね。一星くん」
中国に発った野坂たちも、今は昼食をと中国料理を食べており、その辛さに一星が顔を歪ませた。その頃、野坂は西蔭の料理にタバスコを大量に振りかけているのを見て、フロイとユリカは絶句する。
「…………」
「…………」
「ここ、どこだろうな…」
風丸たちが思わず迷い込んでしまったところは、レンソイス・マラニャンセス国立公園。白い砂丘とその中に浮かぶ青い池に、風丸たちは迷ってしまったのだ。
「ほらほら~!」
「やりましたね~!」
大谷たちもいつの間にかクイーンズランドのビーチで大はしゃぎしており、女子達はビーチで海水浴、マリクたちはそんな女子達を見ながら日焼けをしていた。
「先輩見て下さい! あの食べ物美味しそうじゃありませんか!?」
街の中にあるレストランの一つのガラスケースに置かれている料理のサンプルを見て、夜舞はこれを食べたそうに目を輝かせている。
「夜舞ちゃんはロシアに来るのは初めてなんだよね」
楽しそうにロシア観光(ちゃんと聞き込みもしている)する夜舞を見て、吹雪は楽しそうだと微笑む。
「はい! ロシアは食べ物が美味しいと聞いたので!」
「そうだよな! ここは空気もうめえし、食べ物も上手い! ここカザニは最高だぜ!」
剛陣も夜舞の意見に賛同し、ロシアのいい所をマシンガンのように話し始める二人を見て、アフロディたちは思わず苦笑いする。
「そういえば剛陣先輩! 三ヶ月前のFFIではロシアに行ったんですよね! どうでしたか!?」
「お? 聞きたいか?」
「はい!」
夜舞が興味津々にFFIの時の話をして欲しいというので、剛陣たちは夜舞に当時の話をすることにした。
「最初は俺だな! まず俺らは日本代表のイナズマジャパンの選手に選ばれて、そこで晴れ晴れの世界大会に挑める! と思っていたところに、実はイナズマジャパンの中にオリオンの使徒が紛れ込んでてよー。それが、一星充。今では人格統合して一星光になったんだぜ?」
「その一星くんが二重人格になった原因の交通事故が、実はオリオン財団の仕業だったんだけど、一星くんはそれを受け入れたんだよね」
剛陣が当時の話、吹雪がその後の話と、回想を繋げていく。
「そんでいつの間にか世界大会からオリオン財団との戦いになっちまってよーまぁ優勝できたからいいけどな!」
ちょこちょこオリオン財団という言葉が出てきた為、夜舞はその当時のオリオン財団のことを質問することにした。
「すみません剛陣先輩。そのオリオン財団って、フロイくんのお兄さんが運営している財団ですよね。それがFFIとどう関係があるんですか?」
「夜舞さん、メディアではイナズマジャパンが優勝したって書かれていたけど、実はオリオン財団は、サッカーで経済を操作するパーフェクトワールドを作ろうとしていたんだ」
「えっ…」
また経済の話。大谷が言っていた、サッカー支店の株の話と合わさって、夜舞はアホ毛を下げた。
「オリオン財団にも、世界中の子供たちを助けるために世界経済を利用したビジネスをしていたんだけど、実はその裏にはイリーナっていう女性が居てね。その人がオリオン財団を操っていたんだ」
「吹雪が言うには、オリオン財団の不正を暴く革命軍に入って、何とかオリオン財団の不正行為を突き止めることに成功したんだな。吹雪」
「そ、そうなんだ…」
オリオン財団にそんなことがあったなんてと、夜舞は話を聞いて思った。
話をしている間に、一同はオリオン財団本部近くまで歩いていた。そんな話をしているうちに、足がその方向に向かってしまったのかはわからないが。しかし夜舞たちは、オリオン財団本部近くで上がる悲鳴を聞き、何が起きているのだと状況を見渡した。
「なっ…!?」
「あれは、ユースティティアの天使!?」
オリオン財団本部の建物に群がる鳥のような黒い物。それはユースティティアの天使であり、なんとユースティティアの天使は天界の高度な技術を生かした武器で、オリオン財団本部を攻撃していく。
そこには勿論、メリーもレンも居る。
「壊れちゃえ!」
メリーの桃色のハサミは、みるみるうちにオリオン財団のビルよりも大きいハサミとなり、包丁で食材を切るみたいに屋上から縦に一刀両断していく。
「破魔の札よ、世界を壊す魔女の巣窟を浄化せよ!」
水色の札を三枚空中に放つと、三枚の札はまるで何枚も重なっていたかのように一枚の札から分裂するように増えていき、オリオン財団全体を札で囲んだ。すると、札は光りだし、札から浄化の光が放たれてビルを破壊していく。
「これは…まずい光景に出くわしてしまったね…」
空を飛ぶユースティティアに自分達の存在がばれぬよう、夜舞たちはすぐに建物の陰に隠れた。吹雪はスマホを片手に、各地に居るチームの電話番号を入力している。しかし吹雪が仲間に連絡するよりも先に、中国に居る野坂チームのフロイの元に一つの着信音が鳴り響いた。
フロイがスマホの画面を見ると、そこには『ベルナルド』と書いてあった為、フロイは嬉しそうに受話器のイラストが描かれたアイコンを押す。
「どうしたの? 兄さ」
『フロイ! 今オリオン財団本部がユースティティアの天使に襲われている! 俺のことはいいから早く逃げろ!』
突然の事態にフロイは固まったが、スマホの奥から聞こえる爆発音に、フロイは事の重大さに驚く。
「兄さん!? 兄さ」
フロイがベルナルドの無事を確認しようとするも、電話は多くの悲鳴と爆発音によってベルナルドの声は途切れ、通話は切れてしまった。
「どうしたんだ!? フロイ!」
「ヒカル、今オリオン財団がユースティティアの天使に襲われている! すぐにロシアに行こう!」
しかし、今から飛行機で行っても、間に合うかどうかはわからなかった。なにせ、日本とロシアその距離は何キロメートルにも及ぶのだから。
「だけど、今から飛行機で行っても間に合うかどうか…」
一星も、日本とロシアの距離には気づいていた。
一か八か、ハーツアンロックにかけてみるしかない。
***
「吹雪先輩、何をしているんですか?」
「各地のチームに連絡を入れた。だけど、すぐには難しいだろうね。だから…」
「俺たちだけでユースティティアの天使と戦うのかよ!?」
剛陣が吹雪の考えていることを予想する。剛陣自身、ユースティティアの天使と戦うのは初めてではないのだが、彼らには重症を負わされた為、剛陣にとっては苦い思い出だった。それに、自分達は今五人だ。戦うにしてもあと六人足りない。
「何も、サッカーでとは言ってないとは思うよ。ほら」
アフロディが建物の影から指さしたところは、ユースティティアの天使の襲撃で逃げ惑う人々。女性や男性の悲鳴も混じって、嫌なオーケストラを奏でている。
「もしかして、街の人々を避難させるのか?」
アフロディの思惑は砂木沼によって明かされ、夜舞たちは自分が今すべきことを露わにした。
「アフロディ先輩が言うに、そうだと思いますよ。剛陣先輩」
「とにかく、急ごう!」
夜舞たちは、街の人の避難の為、一斉に建物の影から飛び出した。夜舞と吹雪は、避難所へと大勢の人たちを誘導。アフロディは足や耳が不自由な人の為の状況説明も兼ねた避難。剛陣と砂木沼は、オリオン財団のビルが崩れた時の瓦礫によって埋まった人への、できる限りの救助。
「こっちです!」
「落ち着いて避難してください!」
しかし、皆はユースティティアの天使の襲撃によって混乱しており、中々夜舞たちの指示を聞いてはくれなかった。おまけに人も多く、またユースティティアの天使の攻撃の拡大化に伴って瓦礫による被害も増大しており、またユースティティアの必殺技によってオリオン財団が火事を起こしていた。早くしないとオリオン財団のビルが焼崩れてしまう。
「くそ! 重たすぎる…!」
瓦礫を上げようとする剛陣の目の前には、小さな子供が。あと少しでその小さな体が押しつぶされてしまいそうだ。しかし、この瓦礫は重たすぎる。もう少しで力尽きそうなその時。
「任せろ!」
誰かの手が、剛陣でも精一杯だった瓦礫をなんと片手で持ち上げ、横に倒したのだ。隣の人にお礼を言おうとして剛陣が横を向くと、そこにはブラジルに居たはずのハーツアンロックをしたヒロトだった。
「っておま、ヒロト!?」
「俺も居ます!」
空を飛ぶ巨大な短剣のようなものから飛び降りた一星は、ハーツアンロック・スペクトルフォーメーションをしていた。ハーツアンロックによる飛行能力と、スペクトルフォーメーションによってジェット機よりも早く底上げされた走力で、オリオン財団本部の周りで自身による竜巻を起こし、オリオン財団を攻撃していたユースティティアの天使と炎をその風で吹き飛ばした。
「やるじゃねぇか一星」
オリオン財団本部の火事が鎮火したその直後に、オリオン財団の屋上に近い階が先ほどの炎によって崩され、それによる瓦礫が混乱によって逃げ遅れた街の人に降り注いだ!
「させねぇよ! ビックバン・エクスプロージョン!!」
翼の生えたマント(?)で空を飛んだヒロトは、ビックバン・エクスプロージョンの順序を取り、そして剣型デバイスの『オーディン』を取り出した。その剣捌きは折谷の指導によってさらに強化されており、この前まで一点集中だったエクスプロージョンが、今では狙った場所に向かって拡散するようになり、その拡散爆発によって瓦礫を爆破させ、一気に瓦礫を無き物にした! そのお陰で、街の人々は避難を終えることが出来た。
「ヒロト! 無事か!?」
一星の乗っていた巨大な短剣のような乗り物は地面につき、すぐにタツヤがヒロトの心配をする。
「無事も何も、ハーツアンロックしてるじゃねぇか」
「一星くん。よくやったね」
乗り物には、全チームが乗っており、そのハーツアンロックの汎用性に夜舞は驚いた。
「凄い、これがハーツアンロックなんだ…」
「夜舞!」
「明日人くん!」
明日人たち全チームが夜舞チームの無事を確認する。
「何とか間にあったな」
「それにしても、ハーツアンロックに空を飛ぶ機能がついていたなんて驚きですよ」
街の人の避難を終わらせ、一星とヒロトはハーツアンロックを解く。一星はヒロトのハーツアンロックが空を飛べるものだと驚いていたが、ヒロトにとっては一星の出した乗り物の方がよっぽど凄いと思った。
「だけど…オリオン財団は…」
フロイがオリオン財団の残骸を見て呟いた。オリオン財団本部だったものは、今や黒い残骸と瓦礫だけが残っており、もはや以前のオリオン座のような輝きを持っていなかった。その悲しみに空も思わず同情しているのか、地上には土砂降りの雨が降っていた。
「フロイ!?」
フロイが悲しみに暮れているなか、ベルナルドの声が避難所の方角から響いた。その声にフロイがその方向に向くと、フロイの目の先にはボロボロになったベルナルドの姿があった。
「兄さん! 無事だったんだね!」
フロイは、自分の兄が無事だということが嬉しくなり、思わずベルナルドに抱きついた。しかし、その感動の再開もすぐに終わってしまう。
「あれ? ヒカル?」
一星の存在に気づいたのか、宙からメリーが地上に降りてくる。オリオン財団を壊したメリーを見て、ベルナルドとフロイは苦い顔をした。
「……なぜだ…」
「ん?」
「何故父さんの作ったオリオン財団を破壊したッ!? 答えろ!」
いつもおちゃらけてるフロイが、鋭い目つきで眉を寄せ、怒っている。そんなフロイはみたことが無いと、一星は思わず身じろいだ。
「なんでって…なんで?」
「は…?」
メリーの忘れんぼが発揮されたタイミングがあまりにも悪く、フロイは今にもメリーに掴みかかりそうだ。
「私は、お父様の指示でオリオン財団を壊した。それがなんだったのかは、わかんない」
「………」
「フロイ…」
怒りのあまり、無言になってしまっているフロイを観て、ベルナルドは声をかけようとしたが、その怒りのオーラに触れてはいけないと察したのか、ベルナルドはすぐにその手を引っ込めた。
「確か…『世界を壊そうとした、魔女の巣窟を壊せ』ってお父さまが言ってたような気はするけど…」
魔女の巣窟。と言われ、明日人たちは三ヶ月前の出来事を思い出した。魔女、イリーナは堕落した王たちを失脚させ、自分がその王になろうとした人間である。しかし、明日人達によってその野望は防がれ、イリーナはロシアの警察によって逮捕された。それがなぜ今、ユースティティアと関係があるのか。
「レンお兄様によれば、あの魔女が……えっと、なんだっけ…」
「あの魔女が王となれば、世界は闇に覆われ、あの魔女の思うがままになっていただろう」
オリオン財団だったはずの瓦礫達を背に、レンが人形代を持ってオリオン財団の邪心を吸い取る。それは人形代の容量をも凌駕するほどの邪念であり、人形代は火の粉のように散ってしまった。
「なるほど…あの魔女の邪念が詰まっているな…己の子を己の欲で支配し、世界をまるで己のものかと思うその傲慢さは…」
まさに魔女だな。とレンが言い放つと、フロイはレンに掴みかかった。
「母さんを、母さんを侮辱するなっ! 母さんはこの世界がいかに不完全なのかを教えてくれた! だから僕たちオリオン財団は、この世界を完璧にしていかなきゃいけないっ! 母さんが望んでいた理想郷の為にも!」
フロイは、彼女がいかにしてあのような行動をとったのかを知っていた。彼女は世界の不条理さに気づき、それを変える為に国の首相たちに反乱を企てたのだ。そしてそれはこの世界がいかに不完全かをフロイに実感させるものであり、フロイはサッカーが禁止される前までずっと、学校に通いながらオリオン財団で世界を良くする為に働いていた。だが、世界を良くする為の手段は、ユースティティアの天使によって壊されてしまった。
「因果応報…というのを知っているか」
「それがなに…?」
「自分が行った行動が、後になって返ってくることだ。いい行いをすれば勿論自分にとっていいことが返ってくる、そして悪い行いをすれば自分にも悪いことが返ってくる。世の循環だ。しかし、この世界には、世界の因果である因果応報を受けぬものもいる。因果応報は誰にでもある、いや、無ければならないものだ。世の理が乱れてしまうからな。……君というか、オリオン財団の場合は、自分らが今までこの世界の経済を思うままにし、さらに世界を征服しようとしたという罪がある。罪は償わなければならない。その身を持ってな」
因果応報の話を長々と聞かされたものの、フロイにはその話が上手く頭の中に入っていかなかった。理解していないわけではない。罪は償わなければいけないということは。だからこそオリオン財団は変わったのだ。
「だから…だからオリオン財団を破壊したのか!」
「そうだ。世界を支配しようとしたのだ。それくらいの罰は必要だろう。だが、お前への罰がまだだったな」
レンが、札を明日人たちの上空に投げる。それは明日人たちの周りを囲むように設置され、結界が出来る。一見なんの変わりない結界のように見えたが、その結界の中は重力が地球の何倍の重力になっており、円堂達はその重力に逆らえずに全身を打ち付けられてしまった。
「皆!」
結界の外に居たフロイと、なぜか結界の影響が出ていない明日人が、皆の危機に声を上げる。フロイは結界を叩いて壊そうとするも、その結界はまるで鉄のように固く、人の腕で壊せるものではなかった。
「君への罰、それは…」
首にかけていたエンジェルクロスを外しながら、レンが結界の中に入る。天使には影響がないのか、結界の中でもレンは地上の重力と同じように歩く。
「な、何を___」
「_明日人! 逃げろ!」
レンは明日人の目の前に近づき、円堂がそれに気づき、明日人に逃げるように促す。しかし時すでに遅く、レンにエンジェルクロスの光を見せつけられた明日人は、意識を失ってレンにもたれかかる。
「明日人!」
灰崎が明日人の名を呼ぶと、周りも明日人の異常に気づいた。明日人はレンの腕に抱かれて眠っており、こちらの声に起きる気配も無い。
「明日人くん! ……ハーツアンロ…」
明日人が攫われる、そう察した一星が、鋭い目つきでレンを睨みながらハーツアンロックをしようとする。
「させないよー?」
しかしそこにメリーが現れ、メリーの魔法でハーツアンロック所持者にだけ重力がプラスされた。
「なんだよこれ…押しつぶされそうだ…!」
これではハーツアンロックが出来ず、ハーツアンロック所持者のヒロトと一星は強まった重力に苦しむことになる。
「君への罰、それは君が大事にしている明日人だ」
「アスト!」
明日人の危機に、フロイが必死になって結界を壊そうと殴る力を強める。しかし、その間にもレンの翼は展開し、今にも明日人を抱えて飛び去ってしまいそうだった。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォオオオオオオオ!!』
しかしその時、獣とも人ともいえぬ雄叫びが、ロシアに響いた。その雄叫びによって明日人は目を覚ます。すると、何者かの雄叫びに乗せられたのか、一星とヒロトと明日人の怪異たち、蠍と蛇と狼が彼らの体から抜け出し、結界の外で空に向かって雄叫びを上げる。
「グオオオオオオオオオ!!」
怪異たちの雄叫びに引かれたのか、曇天の宙から細長い蛇みたいな化け物が、口を大きく開けながら現れる。それはオリオン財団のビルよりも大きく、尾の長さも含めれば空にまで届きそうな、竜(ドラゴン)だった。前後ろ足のある体は黄金の輝きを持っており、白いひげに青色のオーラを纏っていた。その容姿は、まさに『王』と言ったところだった。竜は明日人の存在を少し睨んだあと、突然に前足を降り降ろし、結界を壊した。そのため、結界の意味を失くしたお札の効力は薄れ、円堂達を苦しめていた重力が無くなった。
「あれは、何…?」
「ドラゴンみたいですけど…」
円堂達は、目の前の竜の存在に困惑していた。
「まさか、天界のドラゴンなのか!?」
剛陣の言う通り、この竜が必ずしも明日人たちの味方ではないことは予測できる。しかし、先ほど自分達を苦しめていた結界を壊した為、味方なのではないかと円堂達はかすかに思っているようだった。
「レンお兄様、あのドラゴン何!?」
しかし、メリーとその部下は、竜の存在に怯えている。存在が秘匿された竜なのだろうか。
そう考察している中、竜は青い目を光らせ、周りの空間をモノクロにした。周りの時が止まったのだ。その隙に竜はレンから明日人を引き剥がし、一星のいるところまで引っ張り、配置する。
モノクロの世界が色づいていき、時が再び動き出した。
「え、明日人くん!?」
一星が、明日人が自分の近くに居ることに驚く。明日人も自分がここに居ることに驚いており、竜が時を止めたことには気づいていないようだった。明日人の無事を確認すると、竜は再び空に帰って行ってしまった。
「レンお兄様、明日人取り返されちゃったね」
「そうだな」
「やっぱり、ここはサッカーで決めようよ]
無事でよかったと周りから抱きつかれている明日人を睨みながら、メリーは呟く。
「明日人は、絶対に救済されなきゃいけないの」
***
ロシアのスタジアムには全体にカメラが内蔵しており、ロシアの技術を生かして全国のテレビに直接届くようになっている。
「レンお兄様、ここは私に任せて、お兄様はドイツの国会の襲撃に向かってよ!」
国会襲撃。それは国の柱にもなっている重要な建物だ。それを、今からレンは襲撃しようをしている。そのため、明日人たちが驚かずにはいられなかった。
「国会襲撃!?」
「円堂、ここは国会襲撃を阻止しよう」
鬼道が円堂に、メリーとの試合よりも、国会襲撃阻止が最善と提案した。
「そうだな、一星! 頼む!」
「はい!」
「いいの? いいならそれでもいいけど、そうしたらロシア中の皆は私の信者になっているよ?」
一星が全員を運ぶ乗り物を出すために、ハーツアンロックをしようとした。しかしそこに、メリーから究極の選択を迫られる。
「今からドイツにいってレンお兄様の襲撃を阻止するか、私と試合をしてロシアの皆さんを守るか、どっちがいい?」
「ひ、卑怯な…」
「酷い…フロイくんの故郷の人を人質にするなんて…」
フロイは、この故郷ロシアのことを大事にしていた為、メリーの選択に歯を食いしばらずにはいられなかった。
『安心しろ』
明日人たちが葛藤に苛まれている中、スタジアムの電光掲示板から声が聞こえた。
『ドイツの国会襲撃の件、それは私達に任せてくれ」
電光掲示板に移されたのは、クラリオなどのFFIで見たことのある選手たちが写る。
「クラリオ!」
『円堂…ドイツ国会襲撃は私達に任せてくれ』
クラリオの後ろにはぺクなどのオリオンの使徒たちもおり、ベルナルドはぺクたちオリオンの使徒の存在に驚いている様子だった。
『ベルナルド様。我々も無力ながら、世界を守る為に戦わせていただきます』
「ぺク…」
ベルナルドは、ぺク達オリオンの使徒たちが、今こうして戦っていることに心を動かされた。
今まで彼らの過去を利用して、自分達の駒としていたというのに、今ではベルナルドの為に戦っている。そんな彼らを見て、ベルナルドも泣いてばかりはいられない。
「…そうだな。全オリオンの使徒に告ぐ! ドイツ国会襲撃を何としてでも阻止せよ!」
オリオンの名の元に! と、右手を左胸に当てるベルナルドの声に伴って、ぺクたちオリオンの使徒たちも右手を左胸に当て、唱える。
その直後に、電光掲示板の映像は切れ、元の得点盤となった。
「……どうしても、私達の邪魔がしたいの?」
メリーの問いに、明日人たちは何も言わずにうなずく。
「……何度でも言うよ。テミス改革はこの世界を救う。この世界に希望の光をもたらすの」
すると、メリーは部下が出した椅子に深く腰掛けた。
「とある女の子の話をしよっか。その子はね、自分の年齢の約半分を、家の中で過ごしたの。お友達と遊べない。美味しいご飯も食べられない。来るのは残飯だけ。一人で遊んでてもつまんない」
演説者のようにペラペラと話すメリー。椅子に立ったり座ったり、人形やバレエなどで物語を表現する様は、まるで演者だ。
「でもある時その子は決行したの。こんな座敷牢から逃げ出して、外の世界に行こうって。そしてその子は、」
メリーがハサミを持つと、それを、大人くらいの大きさの人型の人形の胸に突き刺した。
「侍女を殺して、その子を閉じ込めた両親も殺したの。人を殺しちゃ駄目なんて、教わらなかったんだもん。教わらなかったなら、知らなくて当然だもん」
人形を捨て、今度は巨大なハサミで顔を突き刺した。
「そして、その子はお金を奪って、逃げた。でも、生きるには殺したり、お金を奪ったりするしかなかった。でも、その子は人を殺しちゃ駄目って知らないもん。でもね、長い時を生きていると、お父さまを信仰している人達が、メリーを保護したの。そこでやっと、その子は人を殺しちゃ駄目って知ったの。そしてその子は、お父様を信仰している人達に囲まれて、楽しく幸せに暮らしたんだって」
人形劇の幕が降りて、話は終わった。
「ね? これがお父様によって救われた人間。でもね、その子以外にも、辛い子は沢山いる。それに、その子が救われたのは、自分であの座敷牢から逃げ出したから。でも、『普通の子』はそんなこと考えられない。救われないまま、死んじゃっていくんだ」
子供のジンジャーブレッドの頭をかじり、死ぬさまをそのまま表現する。
「でも、テミス改革さえあれば、みんなみんな救われる。それだけじゃない。世界中が幸せになれるの。それにね、国の偉い人たちは皆、嘘ばかりつくの」
また椅子に座ると、メリーは膝を抱えて話しだした。
「国の首脳さんたちは、嘘ばっかりつくの。平和平和って言いながら戦争しているし、貧しくて美味しいごはんが食べられない人はたくさんいる。そんな薄っぺらな平和なんて、私は要らない」
全世界のテレビでメリーの声が生放送される中、メリーは話し続ける。
「良い子は、今日も学校でいじめられて、家に帰れば殴られて、可哀想でしょ…? 悪いことが許されるなんて、そんなの平和じゃないよ…」
「メリー…」
泣きながら、メリーは話す。
「それに、気づいちゃったの。知っちゃったの。国が、ありあまる金を持っているのに、それを兵器を作るのに使ってるって!」
メリーが顔を上げ、明日人たちに言う。涙は零れ、その涙は明日人たちにとっては嘘泣きに全然見えなかった。
「酷いよ…こんなのってないよ。人は、私なんかよりも優れた記憶力と学習能力を持ってて、誰かの不幸を悲しむことが出来る心を持ってるって。でも、違ったの。国の首脳さんたちに、人の不幸を悲しむ心なんて無かったんだ。国民の気持ちを無視して、兵器を作ってる。悔しいよ…私は、忘れっぽいから、人を助ける事なんて出来ない。他の天使や、レンお兄様みたいに上手くは出来ない。でも、だから私は、助けられないことの悔しさを知っている。でも、この気持ちもどうせいつか忘れちゃうんだ…」
メリーの握りこぶしが強くなる。メリーは、悔しかったのだ。人を信じることしか出来ず、誰かが苦しい思いをしても、助けられなくて。
「だったら、私達が変えるしかないの。平和を司るエレンお姉さまを先頭にして、人を変えていくしかないんだって」
お姉さまだって、普段はあんなんだけど、いつも地上のことを考えてる。どうすれば人は争わなくなるのか、どうすれば人は幸せになるのかって、いつも考えてる。と、メリーは心の中でたい焼きを食べながら地上を眺めているエレンを思い浮かべながら、明日人たちに説明する。
「だから、邪魔しないでよ」
メリーのエンジェルクロスが輝きだし、ピンク色のオーラがメリーを包んだ。その衝撃は全世界に強風を吹かせるほどのものであり、その風からメリーの怒りが表現されている。風が止み、明日人たちが目を開けると、メリーはなんと妖精のような桃色の翼を六つから八枚にした状態で君臨していた。
「私が、変えなきゃいけないの。だって私は、『秩序』の天使なんだから」
翼を生やした全開モードで、メリーとの試合が始まった。
力不足な魔法少女だからこそ、
彼女は人々に鉄槌を下す天使となった。
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明日人とエレン
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不知火と月夜
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エレンとレン
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エレンとメリー
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エレンとミラ
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不知火とベルナルド
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明日人と月夜