イナズマイレブン テミスの正義   作:暁月の太陽

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最近オリオン改めて再走。


第四十八話 無人の車いすには誰もいない

 灰崎の気配が変わったことを、鬼道は既に気づいていた。星章学園に強化委員として入学した時から、灰崎とは共に行動することが多かったためか、すぐにわかったのだ。

 今の灰崎は、灰崎凌兵ではない。その証拠に、彼を取り押さえていた兵士は皆その場に倒れており、彼はそのまま真っすぐに台座型の機械に突き立てられたウルティムス・ステラの方へと向かった。

「灰崎、凌兵……?」

 エレンは、王によって負傷したレンとメリーをエンジェルクロスで応急処置を行っていた。その間に、ウルティムス・ステラに向かう灰崎の姿を見て、鬼道と同じようにオーラが違うことを察し、驚愕していたのだ。

『全く___私の剣を、このような形で悪用されるとはな……』

 鬼道とエレンが察した通り、灰崎の口調は変わっていた。そして灰崎は、ウルティムス・ステラの柄を掴もうとした。

「き、貴様! その剣は私のものだ! 取り戻せ!」

 ウルティムス・ステラは自分のものだと考えているタイの王は、兵士たちに命令し、廃材を捕らえるように命じた。兵士たちは銃を構え、ウルティムス・ステラを取り戻そうと走った。

『ぐわぁーーーーっ!!』

 しかし、兵士たちが剣に触れようとしたその瞬間、ウルティムス・ステラから十万ボルトの電流が流れ、兵士たちは全員その場に倒れた。おまけに鬼道たちを取り押さえていた兵士たちも気絶し、拘束から解放された。

「なっ____なぜだ、ウルティムス・ステラは、この子供を選んだというのか!」

 王の脳内では、ウルティムス・ステラに関する概要が流れていた。ウルティムス・ステラは主人を選ぶ傾向があり、特定の者以外忠誠を誓わず、主人以外が触れないような特異性があるのだ。そのため、剣に触れた兵士たちは、皆その特異性によって倒れたのだ。

『この剣はお前たちのような人間が触っていいものではない』

 もう灰崎を邪魔する者は誰もいない。そのため、灰崎はウルティムス・ステラの柄を右手で掴み、引き抜いた。

『これの本当の名は、イルミナーレ・ステラ。悪しき者を浄化する光を放つ剣だ』

「は……灰崎、一体、何があったんだ……」

 目の前で目まぐるしく起こる展開に、頭の良い鬼道でもついていけなかった。そのため、鬼道は灰崎ではない何かに問うしかなかった。

『灰崎……? 違う、私はルアシェルだ』

「ルアシェル……もしかして、サキが言っていた「再び再臨するために人の魂に入り込んでエネルギーを溜めている」って部分の魂は、リョウヘイってことだったのかい!?」

 灰崎、いやルアシェルが自身の名を言い放つと、フロイが反応した。咲からルアシェルのことを聞いていたフロイは、その事実に目を見開いた。しかし、ルアシェルはなんとイルミナーレ・ステラの切っ先を王に向け、こう言い放った。

『お前は言ったな。先ほどは人間の新たな発展のための尊い犠牲だと……おそらくこの剣を使うときは、先ほどのように人間をカプセルに閉じ込めて、そこから魂を抜き取ることによって私の剣の力を行使していたのだろう。全く、聞いて呆れるな。お前たちのような人間がいるから、この世界は穢れてしまったのだ』

 切っ先を抜けられている王は、ルアシェルへの恐怖のあまり、腰が抜けてしまっている。そのため、逃げようにも逃げることはできなかった。いや、逃げたとしてもきっと斬られてしまうだろう。

「……穢れてしまったとは、どういう意味ですか」

 エレンをルアシェルに触れさせないために、アーロンがエレンの前に出る。そして、ルアシェルが先ほど言ったことに疑問を持ち、質問した。

『お前は、()使()()()()()()()()か。まぁ、その名のとおり、美しかったこの世界が、もう愛おしく思えなくなってしまったのだ』

「天使に加担する人間……!? まさか、アーロンはユースティティアの天使の仲間だというのか!」

『……どう思うかはお前に任せる』

 鬼道がルアシェルの言葉に、アーロンがまさかユースティティアの天使の仲間ではないかと考えてしまった。しかし、ルアシェルにそのことを問おうにも、彼は何も答えることはなかった。

『さぁ、何か言い残すことはあるか』

 ルアシェルはイルミナーレ・ステラの刃を王の首に当てる。

「ままま、待ってくれ! 金なら用意する! だから命だけは……」

『そうか、それがお前が言い残したいことか……終わりだ』

 王はルアシェルに命乞いをしたが、ルアシェルはそれを聞き入れることはなかった。むしろ、軽蔑のまなざしで王を見つめ、そして剣を横に振り払い、首を斬り落とそうとしたその時だ。

「やめろっ、灰崎!」

 しかし、イルミナーレ・ステラを持つ右手が動かなかった。その理由は、鬼道とフロイが灰崎を抑えており、王の殺害を防いでいたからだ。

『なんだ……』

「お前がルアシェルか……聞いてくれ。今お前を動かしている体の持ち主は、まだ子供だ。その手を汚させるようなことはしないでくれ……」

 ルアシェルの右手を掴む鬼道の手が震える。鬼道は灰崎のためを思い、強大な力を持つルアシェルに乞うていた。

『……お前は、この体の持ち主のことを想っているのだな。いいだろう』

 すると、鬼道の頼みを聞き入れたのか、どこからかイルミナーレ・ステラの鞘を取り出し、その鞘に剣を納めた。

『まだ私の力は戻っていない。今のうちにこの者の魂のなかで回復を待つとしよう。だが、一つ言っておこう。たとえどんなに人が清く正しい道に進もうとしても、いずれはその手を汚さねばならない。覚えておけ』

 その直後、鬼道は灰崎の体からルアシェルのオーラが消えたことに気づいた。しかし、灰崎が重力に従って倒れようとしたため、鬼道とフロイが体を抑える。

「ルアシェル……」

 灰崎は気絶しており、その右手には鞘に納められたイルミナーレ・ステラが握られていた。鬼道はルアシェルの最後の言葉が気になったが、周りを見渡すと王は恐怖で意識を失っており、エレンとアーロンはその場からいなくなっていた。

 

 ***

 

 白いドレスを身にまとい、髪を結った咲は、ここがコンサートホールならば多くの歓声が巻き起こっていただろう。しかし、ここはピサの斜塔の屋上であり、今まさに咲は、天戴無窮の稼働の為に歌を歌っていたところだった。

「やめろ咲っ、歌っちゃだめだ!」

 円堂が必死に咲に歌ってはいけないと言うも、咲は円堂たちなど目に見えていないのか、いまだに歌い続ける。

『無駄です。それにこの歌は、世界中の人を自分たちの思うように操るための歌なのです。天界が消えてしまえば、後は人がこの星を統治しますので。反乱など起こさぬように……』

「ダメだよ! 咲さんの歌を……そんなことに使っちゃだめだ!!」

 坂野上は、咲の歌を一番に知っていた。歌が好き。歌うことが大好きな咲の歌は、今ではこんな汚いことに使われてしまっている。そんなの、咲が悲しむじゃないかと、坂野上はその気持ちのままに叫んでいた。

『……歌い終わりましたね』

 しかし、零儚は咲が歌を歌い終わったことに気づくと、明日人に興味をなくしたか、そのまま地面に投げ飛ばした。

『さぁ、歌の鼓動を響かせるのです』

 零儚は咲に近づき、天戴無窮の稼働を屋上から眺めていた。地上ではカウントダウンが行われており、もうすぐで天界は壊され、おまけに咲の歌によって世界中の人々が洗脳され、王たちの好きなようにされてしまう。そうなれば、サッカーもまた、悪いことに使われてしまうかもしれない_____。

『光芒・炎照鳥!』

 だが、円堂と坂野上が絶望しているそのときだ。絶望した彼らに希望を与えるかのように、炎の球体が空中に現れた。その直後に、まるで太陽のような炎の球体から、鳥の形をした炎が降り注ぎ、零儚の周りに煙を舞わせた。

 なんと零儚によって投げ飛ばされていた明日人は、ハーツアンロックを行っており、シュート技のシャイニングバードを進化させた必殺技で、零儚にそれを繰り出したのだ。その煙に零儚が視界を奪われているその間に、明日人は意識のない咲の腕を掴もうとした。

『……いけませんね。まだわからないのですか?』

 だが、あと一歩のところで零儚の尾の一つが明日人を上から押さえつけ、拘束した。

『貴方たち子供が、世界を変えられるとでも? 世界を良き方向に進めることができると妄語しているのですか? ……まぁ、もうこの子に興味はありませんが、貴方は少し行動が目にあまりますね。少し痛い思いを____』

 零儚が明日人に向けて右手を出したその時だ。地上から溢れた白い光は、屋上を包んだ。

「うわっ!」

「なんですか!?」

 その光は目くらましとなり、円堂と坂野上は目を開けていられなかった。しかし、零儚はこの光が天戴無窮が爆発したものによることがわかると、少し眉をひそませながら中に浮いた。

『……天戴無窮による世界崩壊計画は失敗したようですね……まぁいいです。この子はもうお返しいたしますよ……』

 地上からの白い光がなくなったあと、その場に残されたのは気絶した明日人と咲であり、そこに零儚の姿はなかった。

 

 ***

 

 何も見えない暗闇の中で、声が聞こえた。それも、自分を呼ぶ誰かの声だ。

「ゃ……」

 その声は次第に大きくなり、はっきりと聞こえてくる。

「やま……」

 大きくなっていく声に合わせて、夜舞の目もうっすらと開いていく。視界がはっきりしていくと、今自分の目の前に大谷と杏奈、そして茜と、マネージャーたちが心配そうな目で夜舞を見つめていたのだ。

「夜舞ちゃん!」

 大谷は夜舞が目を覚ましたことに気が付いたのか、身をのりだして夜舞に抱き着いた。

「お、おたに、せんぱい……?」

 夜舞は一瞬だけ自分がどういう状況に置かれているのかがわからなかったが、意識もはっきりしていくにつれ、その理由もはっきりとわかっていく。

「よかったぁ……本当に心配したんですからね! 勝手に抜け出して……」

「ごめんなさい……凄く嫌な予感がしたから」

 そうだ、自分はピサの斜塔に向かっていたのだ。咲を助けに向かっている明日人たちに嫌な予感を感じとり、それは次第に胸の中で大きくなる。ついにいてもたってもいられなくなって、気が付いたら走っていたのだ。そこで、白い光に包まれて、気が付いたらここにいたのだ。

「実は、ピサの斜塔付近で爆発が起きたみたいなんです。夜舞さんも、その近くで倒れていたんですけど……」

「幸い、けがは少ないみたいです」

「ばくはつ……でも、なんでだろう」

 あれほど天戴無窮の近くにいたというのに、怪我は少なかったということを杏奈から聞き、夜舞は不思議に思った。

『月夜っ!』

 すると、突然病室の扉が開き、中から夜舞緋華里が現れた。緋華里は夜舞が目覚めたということをどこからか知ったのか、切羽詰まった様子で病室内に駆け込んできた。

「おばあちゃん、どうし……」

「こんのぉー!!」

「えっ……っていだいいだいっ!!」

 自分の祖母が現れたため、夜舞は驚いたが、緋華里はなにも言わずに夜舞のこめかみに握りこぶしを当てた。そして、こめかみに拳を食い込ませるかのように手首を動かし、こめかみを割ってくる。

「この大馬鹿者っ! 一歩間違えたらお前は死んでいたんだよ!」

「ご、ごめんなさいおばあちゃん……」

 一見体罰にも見えるが、緋華里の目には涙が溜まっており、よほど孫の月夜が心配だったことが伺えた。

「や、夜舞さんのおばあちゃん! 一回落ち着いてください!」

「ぜぇーっ……ぜぇーっ!!」

 茜が緋華里の体を夜舞から引き離したため、夜舞は息切れを起こしながらも椅子に座った。

「と、とにかく月夜。もう二度とあんなことするんじゃないよ。明日人たちがいくら心配だからって、あいつらは大丈夫なんだからさ。なんせ私の修行にも耐えた男なんだからさ。式典の様子はテレビでもやってたからね、見てたよ、あれは明らかに怪異の王、神威さ。あの竜は、月夜たちを守るためにわざわざ現れたんだ。つまり、あんな至近距離で爆発して、月夜に傷一つないのは、神威のおかげってわけさ」

「神威……私を、明日人くんたちを助けにきてくれたんだ……」

「とにかく、今日は休みな。退院したらすぐに反省の修行だからね」

 緋華里も、孫が危険な目に遭って疲れたのだろう。夜舞の枕元にコンビニで買ってきただろうおにぎりやパンが詰められたビニール袋を置いて、病室を出た。

「……厳しいことを言ってましたけど、あの人も夜舞ちゃんが心配だったんですね」

「そうとおりですね。自分のたった一人の孫なんですから、心配もします」

「……うん、そうだよね。ごめん、本当に」

「次から気を付ければいいんです、今日は緋華里さんが持ってきてくれたパンやジュースもありますし、少しお話していきましょう」

 神門は、夜舞をいつものように元気な姿にさせるために、女子会を提案した。いつもよりあまり食べていない夜舞を心配はしたが、恋バナや学校での話をしていくにつれ、夜舞の元気も取り戻していった。

 

 ***

 

「茜ちゃん!」

 三人が夜舞の長い黒髪で遊んでいると、吹雪とタツヤが嬉しそうな顔で茜に声をかけた。

「灰崎くんが……」

「目を覚ましたみたい!」

 二人の様子からして、灰崎が危篤というわけではなさそうだった。

「ほ、本当ですか!?」

 むしろ、意識を失っていた灰崎が目を覚ましたという嬉しい報告だったこともあり、茜の喜びは大きかった。

「こっちだよ、茜ちゃん」

「はい! 皆さん、失礼します!」

 吹雪に連れられて、茜は灰崎の病室へと向かう。

「凌兵!!」

 茜が勢いよく病室のドアを開けると、灰崎はスマホでメッセージアプリを開き、自身の家族とメッセージを交換していたところであった。灰崎のことが心配だという母親のメールの他にも、茜ちゃんとは仲良くやっているかなんていう灰崎にとってはこそばゆい連絡まで送ってくる。そんな時に、茜がやってきたのだ。

「あ……茜か?」

「そう! 私茜だよ!」

「……そうか」

 目が覚めて、最初に見た顔が自分の大切な幼馴染であったこともあり、灰崎は嬉しさか申し訳なさで、少し俯いた。

「……僕たちは、少しお邪魔みたいだね」

「しばらくは、二人でゆっくりしていてくれ」

 二人は、灰崎と茜の再会の喜びを邪魔したくないと考え、部屋を後にした。

「あのね、凌兵。凌兵はさ、ピサの斜塔に向かった日から、一日中眠っていたんだよ。鬼道さんとフロイさんが凌兵を抱きかかえているのを見て、私凌兵の身に何かがあったんだって思ったんだ。それに……変な剣も、右手にずっと持っていたんだって」

 茜に自分が眠っていた時のことを話され、灰崎はハッとし、部屋の中を見渡した。すると、部屋の隅には鞘にしまわれたイルミナーレ・ステラが立てかけられており、病室に異質な雰囲気を漂わせていた。

「先生が凌兵の体を見ようとしても、その剣をずっと離さなかったって」

「……………」

 灰崎は、あの時自分が謎の存在に意識を乗っ取られたという感覚を覚えていた。しかし、それを茜に話してもいいのだろうか。ただでさえ、己は茜に心配されているというのに、これ以上心配させてもいいのだろうかと。

「ねぇ凌兵、何かあったんでしょ? 教えてよ、お願い」

「……無理だ。お前には、教えたくねぇ」

「嫌だよ! 教えてよ!」

「だから教えたくねぇって言ってんだろ!」

 心配をかけさせたくないあまり、茜に怒鳴ってしまった。こんなことは初めてで、灰崎は言ったあとすぐに自分を後悔した。

「っ…………!!」

「……茜、ごめん」

「いいよ、全然大丈夫。凌兵が話したくなったら、いつでも言って。じゃあね」

 病室を出ようとする茜を見て、灰崎は歯を食いしばる。わかっている。茜は泣きたい気持ちを我慢しているのだと。本当は灰崎のことが知りたいくせに、その気持ちを押し殺している。茜も、根本的には自分と同じなのだと。

「ッ__まてっ!」

 気が付いたら、ベッドから降りていた。痛みがあったような気がしたが、そんなことはどうでもよかった。今は、茜の悲しみを拭いたく、その腕で茜を後ろから抱きしめた。

「え、りょうへー……」

「……俺は、お前をもう傷つけたくはないという一心で、大事なはずのお前を傷つけていた……ごめん。さっきも、お前には心配をかけさせたくはなかったから言ったんだ。それに、お前の前では、いつもの『灰崎凌兵』でいたかったんだよ……せっかく、こうして話せているんだからよ……」

 灰崎は、アレスの天秤プログラムで茜の心が無くなってしまった時のことを思い返していた。5年間、本当の宮野茜に会えずにいた。だから、心が戻ったときは、一緒に学校に行き、FFI日本優勝のお祝いで、遊園地デートにも行った。それくらい嬉しくて、だからこそ、愛おしくて、だからこそ、不安な顔をさせたくなかった。

「……凌兵、私もね、怖かったの。私みたいに、このまま目が覚めないんじゃないかって。もし凌兵が死んじゃったらどうしようとか、考えてた」

「茜……」

 灰崎は、茜も自分のような悲しみを抱いていたのかと考えた。

 それなのに自分は、茜を突き放すような言動で怒鳴ってしまった。

 そしておまけに、意識を乗っ取られていたとはいえ、人を殺そうとした。そんな自分が、今この手で抱いている茜を抱きしめる資格はあるのだろうか?

「あのな、茜。あの剣は、ピサの斜塔の地下室で見つけた神遺物なんだ。ルアシェルっていう怪異を生み出した堕天使が持っていた剣でな……」

 だとしても、話そう。

 例え嫌われたとしても、それでいい。これ以上心配をかけるわけにはいかなかったからだ。

 灰崎は、茜に自分がルアシェルに取り込まれていたということ。そして、ルアシェルの魂の拠り所となっていたのは、自分であったこと。そして、意識を乗っ取られていたとはいえ、人を殺そうとしていたということも、全部茜に話した。

「そうだったんだ……ごめんね」

「謝るのは俺だ」

「違うの、そんなに辛いことを話させちゃって」

「……いいんだ」

 

 ***

 

「エレン様、ここは私たちにお任せください」

「貴方は、世界を救うための業務に当たってください」

「そう、わかったわ」

 負傷した天使を治療する担当の天使と神父は、重症のレンとメリーを集中治療室へと運ぶと、エレンに退室を諭した。レンとメリーのことが気がかりではあったものの、エレンは言われるがままに治療室を後にする。

「(レン、メリー……こんなことを守れなかった私が言うのもなんだろうけれど、どうか死なないでちょうだい)」

 廊下を歩いていると、いつの間にか足は中庭へと向かっていた。そこではいろんな思い出があるからだ。昼にはメリーがそこで遊び、ミラがお茶会を開く、そして深夜にはレンが修行に励む。自分たち天使の憩いの場でもあったのだ。そこに足を踏み入れたエレンは、その中心に建てられているマリア像に向けて、二人の無事を祈った。

 しかし、その直後に湧き出る毒のような憎悪と、炎のように燃ゆる心。それにエレンは自身の胸に手を当てた。

「(そう、これが()()()という感情なのね)」

 人に対する。

 今までそのような感情はなかった。それも、人は信じるものなのだと言ってくれたある女性の影響からだろうか。

 思えば、人間との評議会の時に気づけばよかったのだ。人間が簡単に天使の共存に検討をするとは思えない。端から天使を利用するつもりだったのだ。後の調査でわかったことだが、最近の天使の遺体とイルミナーレ・ステラには関係性があり、それは利用という言葉でエレンの心を強く支配していた。

「(今になって__当たり前の日々が美しく感じてしまうなんて)」

 

「天使との共存、だと?」

 以前、エレンは部下たちを連れて国の大統領たちと評議を行っていた。それは、エレンが掲げている天使と人間の共存という議題の会議であり、エレンはやっと人間の大統領たちと話してもらえる機会を作れたため、このチャンスは逃せないと考えていたのだ。

「はい。もちろん、貴方たち人間と天使には大きな確執があることは承知しております。私たちのやり方が強引でしたことを、天使たちのリーダーとして改めてお詫び申し上げます」

 エレンは椅子に座ったまま、頭を下げる。天使のリーダーが人間に対して頭を下げたという事実に、大統領たちは驚いていた。そして、人間とは本当に共生を諮(はか)りたいと考えていることが感じられた。

「しかし、一体私たち人間側になんのメリットがあるんだ?」

「メリットでしたら、事前に渡しておきました資料に事細やかに書いてはおりますが、まず第一に、天界の技術を貴方たちに御共有することを誓いましょう。資料にも書かれてあるとは思いますが、天界ではこの地球の水の成分と変わりない人工液体を創り出す手法に、砂漠でも自然を育てる技術などが存在しております」

「なるほど、環境問題やアフリカの貧しい子供たちを助けられる手段を用意すると……」

 大統領の一人は、その共生に賛成的な表情を見せる。

「私たちは確かに、人と天使という相いれない存在ではあります。ですが、同じこの地球を愛している者として、お互いに手を取り合って生きていきませんか?」

 その会議は3日に分けて行われ、表沙汰にはならなかった。そして、検討はするという人間側の結論によって評議は終わった。

 しかしその後、天使たちの遺体が見つかるようになり、エレンたちは不審がって調べることになった。

 そして、人間側がイルミナーレ・ステラという神遺物によって、天使から莫大なエネルギーを生み出していることがわかったのだ。そのためにエレンたちはその剣の回収に向かったが、結果として部下二人に重傷を負わせてしまうことになってしまった。

 

「エレン……」

 治療室を出たすぐのこと、エレンは今までサボっていた仕事に打ち込むようになり、執務室で終わらなかった仕事は部屋に持って帰って行うなど、以前とは変わった様子をミラに見せた。そのため、心配になったミラは部下のアーロンを連れてエレンに直接会うことにしたのだ。

「あら、ミラ。どうしたの?」

「ほんの少し心配になって来ましたの。レンさんとメリーのことがありましたでしょう」

「レンたちのことは心配よ。でも、人が天使を利用して、それを尊い犠牲だなんて言う人がいるってことを知った今、こっちも行動を起こさずしてはいられないわ。それより、救済人の七光咲のことなのだけれど、あの子は魂をウルティムス・ステラに捧げてしまったせいで、抜け殻の状態よ。おまけに、あの子の歌には人の心に作用する能力もある。だから」

 すると、エレンは積まれた書類とは別に置かれた一枚の紙をミラに渡した。

「あの子の保護をしてもらいたいの。救済とは別に天界に連れて行くことを許可してほしいという書類を渡すわ。受理を頼むわね」

 

 ***

 

 さらに翌日、明日人の怪我は完全に完治しており、病室のベッドに備え付けられたテーブルでいつもの課題を行っていた。一人ということもあり、わからない問題があるため全然進まなかったが。

「ねぇアカツキ……なんだか俺、怖くなってきたな」

『……人のことが?』

「ううん。自分の力がないせいで、誰かを守れないんじゃないかって、怖いんだ」

 しかし、一人ではなかった。アカツキがいるため、明日人は課題を行いつつもアカツキに相談を行っていた。

『……確かに、零儚はとても強かった。ハーツアンロックしてても、全然歯が立たなかった』

「そう、だから俺、サッカーだけじゃなく、誰かを守れるくらいに強くなりたいんだ。今度、監督に相談してみるよ」

『そっか……明日人が強くなりたいっていうなら、僕は何も言わないよ』

「ありがとう、アカツキ」

 アカツキとの相談を終え、明日人がペンを進めようとしたその時だ。病室にノック音が響いた。

「明日人、監督が呼んでる」

「うん、わかった!」

 

 

「明日人、体はもう大丈夫なのか? 完治したって聞いたけど」

 集合場所に向かう途中、氷浦は明日人の怪我の心配をしていた。

「あぁ、もう今すぐにでもサッカーがしたいんだ!」

「おいおい、完治したとはいえ、無理はするな」

 明日人は早くサッカーがしたいと、監督の待つ庭へと走った。集合場所である噴水のある広々とした広場には、自分たちを呼び出した趙金雲と、円堂たちが集まっていた。

「お待たせ!」

「お、怪我は平気か?」

「はい!」

 明日人と氷浦。全員が集まったことを確認した趙金雲は、改めて話し始める。

 

「ホーッホッホッホ、皆さん、よく来てくれましたね。実は、皆さんに伝えなくてはならないことがあります」

「伝えなくてはならないこと……?」

 夜舞がどういうことかと趙金雲に説明を求める。

「実は今日、咲さんの治療が終わり、結果がわかったんです。まぁ、これは見てもらった方が早いでしょうね。ベルナルド君」

 趙金雲の言葉に、坂野上は咲が元気になったかもしれないと期待していた。しかし、その期待は見事に裏切られるものとなってしまう。なんと、ベルナルドが連れてきた咲は、車いすに乗っており、当の本人はうつろな目で明日人たちを見つめていたのだ。

「さ、咲さん……」

 もちろん、全員がショックを受けた。

 なんと、咲は廃人状態となってしまっていたのだ。

「……医者によると、咲さんは死んではいません。しかし、生きてもいないようです。あのあと円堂くんと坂野上君から事情は聞きました。咲さんは、魂がウルティムス・ステラという神遺物に捧げられたため、現在は植物状態に近い状態になってしまっています」

「か、回復の見込みはねぇのかよ!」

「残念だが……」

 剛陣が切羽詰まった状態で希望を求める。しかし、結果は非常にもベルナルドが首を横に振っただけであった。

「……ごめん、俺がもっと早くに咲さんを助けに行ってれば……」

「明日人くんが悪いんじゃないよ」

 あの時自分が零儚に負けてさえいなければ、咲を助けられたかもしれないと考えたが、夜舞の励ましによってそれはなくなった。

「あぁ……俺たちも、判断が甘かったと思う」

 鬼道も後悔をしているようで、少し俯いている。あの時、ユースティティアの天使の目的が正しいものかどうかなんて、どうでもよかったのに、明日人たちを置いて別行動をとってしまった。その結果がこれであると、まるで鬼道に告げているかのようだ。

「俺たち、屋上で咲の怪異の零儚にあったんだ。そいつが言うには、咲は自らの意志で魂を捧げて、その魂をウルティムス・ステラっていうのでエネルギーに変えて、天戴無窮を稼働させようとしていたみたいなんだ」

「しかも、その天戴無窮を作ったのは零儚です。零儚は、咲さんの『俺が自由にサッカーができるように』っていう優しい心を利用したんだ」

 咲はおそらく、自分の魂によって天界がなくなってしまえば、日本の支配もなくなり、サッカー禁止令もなくなり、坂野上がサッカーできると思っていたのだろう。しかし、結果として天界がなくなることはなく、咲は廃人状態となってしまった。

「坂野上が、自由にサッカーができるようにか……咲、そんなことを考えていたんだな……」

「ともかく、咲さんの退院手続きが済みましたら、私たちが泊まる宿所へと向かいます。咲さんのパートナーは、坂野上君、お願いします」

 風丸が咲を見る中、趙金雲は咲の乗る車いすを押し、坂野上に引き継いだ。坂野上が車いすのハンドルを握ると、咲はとても軽かった。まるでそこに咲はいないのかと感じてしまうほどに。

 

 君はもう喋れない。歌えない。

 




最近SNSのフォロワーさんが虫歯系のやつをやってます。(虫歯系とは?)
そのため最初期に考えてた短編(健康診断が内容)を思い出したので、書いて別の方に投稿しようかなぁ。

この小説の中でどのコンビが好きですか?

  • 明日人とエレン
  • 不知火と月夜
  • エレンとレン
  • エレンとメリー
  • エレンとミラ
  • 不知火とベルナルド
  • 明日人と月夜
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