イナズマイレブン テミスの正義   作:暁月の太陽

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第五話 旅の始まりと赤い蠍

 明日人は、突然のことに頭がついていけてなかった。

 頭の中の脳内処理が追いついていないのだ。自分を狙っているというユースティティアからの逃亡に成功したかと思えば、仲間である筈の灰崎から別れの言葉を告げられ、自分達の元を去ってしまったのだ。

 それを目にした明日人は、しばらくその場から動けなかった。

 絶望で、両足がまるで石のように固まってしまったのだ。

「灰…崎…」

 夏から秋になったばかりだというのに、氷のように冷たい風が、明日人の熱くなった体を冷やす。その風の冷たさで、明日人は出すに出せなかった感情が涙となって溢れだし、明日人は泣きながら逃げるように皆が居る病室に駆け込んだ。

「み、皆! 灰崎がっ、灰崎がっ、お前らとは行けないってどこかに行っちゃったんだ!」

「な、なんだって!?」

「灰崎が…!?」

 それを聞いた全員は先ほどまで楽しそうに会話していたのとはうってかわって、仲間が居なくなったことによる恐怖と不安で顔を青ざめていた。心配のし過ぎかもしれないが、明日人たちにとって灰崎は、共にFFIで活躍した仲間だ。冷静などではいられなかった。

「灰崎に連絡を取ってみる」

 そう言いだしたのは水神矢だった。枕元の後ろにある棚の上に置いてあるスマホを手に取り、灰崎の電話番号を入力し、発信する。

 その間、病室が静寂に包まれる。

 灰崎が無事で居ればいいがという心配と、なんで灰崎は居なくなったのという困惑で、ここに居る全員が混乱していた。するとその時、水神矢のスマホから、「ガチャッ」という起動音が聞こえる。灰崎に繋がったのかと全員が歓喜するも、スマホから流れたのは機械的なアナウンスの声。

【お掛けになった電話番号は、電源が入ってないか、電波が届かないところにある為、かかりません】

 そのアナウンス音で、灰崎は無事だという希望は打ち砕かれた。そして、皆はそれぞれの解釈を立てる。

「まさか…もう遠くに行ってるんじゃ…」

「俺達が連絡をしてくることを予測していたか…電源を切っていたようだな…」

「推測に過ぎないが、電話をかけられない状態にありそうだな…」

 これは鬼道や豪炎寺や円堂の推測でしかないが、最後に言った豪炎寺の言葉で、一気に病室が凍り付いた。

「ど、どうしよう…灰崎くんが居なくなっちゃうだなんて……」

「なんで灰崎くんが…」

 大谷が涙を目に溜めながらおどおどと怯え、神門もまた、足を固く閉じる。

「明日人。聞いておきたいが、なぜ灰崎が俺達と別れたか知っているか?」

 灰崎に電話がつながらないのなら、その時近くに居た当事者の話を聞くのが一番だと、豪炎寺が明日人に、灰崎のことを尋ねた。

「なんか、お前らに迷惑はかけたくないって…」

 そう答えた明日人の声は、いつもの元気で大きな声などではなく、まるで虫の声のように小さかった。

「……灰崎の奴、一体何を考えてんだよ…」

 明日人の返答に、ヒロトが若干の焦りを感じていた。

 多くの人が困惑する中、それでさらに不安が募った明日人はいよいよ我慢が出来なくなったのか、自分一人でもと灰崎を探しに行こうとする。

「俺、探しに行ってきま……!!」

「待て明日人!」

 もしかしたら灰崎が危ない目に遭っているんじゃないかと、明日人が病室から外へ行こうとするが、何者かに腕を掴まれ、行動を制限された。

「風丸さん…?」

「ユースティティアがなぜお前を狙うのかはわからないが、ここに逃げる前にあった状況を氷浦の証言から、お前は確実にあいつらに狙われている。だから、お前を外に出すわけにはいかない」

「その通りだ。稲森はここで大人しくしておけ」

 風丸の意見に鬼道が同意するのを見て、明日人は自分に対する危機感を抱いた。

 風丸たちは、明日人が灰崎を追っている合間に氷浦から事情を聞いていたのだ。ユースティティアに狙われているということも、ユースティティアの言う救助のことも、明日人が危険だということも。仲間が敵に狙われているなら、このまま放ってはおけないと思ったからこそ、灰崎を探すために外に出る明日人を止めたのである。

「氷浦…」

 明日人は、氷浦の顔を凝視する。だが氷浦は、明日人がこちらを向くと同時に目を反らしてしまった為、そこにある氷浦の表情は見えない。氷浦たちなら、自分がユースティティアに狙われていることは秘密にしてくれると思っていたのに___確かに自分は狙われている。でも仲間に心配かけたくない。その思いが明日人の頭の中を支配する。

「でも、灰崎をさがさないと! このままだと、俺達の届かないとことまで行っちゃいそうなんですよ…!!」

 明日人は、あの時の灰崎の言動から、灰崎が自分達の知らない場所まで行ってしまうのではないかと心から不安になっていた。自分の仲間があのような行動をしてきたら、誰だって心配する。そして、雷門中に灰崎が来た時の遅延の理由、試合中に見た手を抜いているかのようなプレー。その時それぞれに感じた不安が、一つの塊となって明日人の心の中に漂っていた。

 どれだけ手を伸ばしても、届かないんじゃないかという不安が。

 それだけはさせたくはないと、明日人の仲間の静止を振り切る決意となる。

「だから、この手を放してください!」

 確かに自分は、ユースティティアに狙われている。だが、明日人にとっては自分が狙われていること以前に、灰崎の行方の方が重大となっていたのだ。

 だから、明日人は風丸の手を振りほどいた。

「…確かに灰崎の行方も心配だ。だけど、それでお前が捕まったら元も子もないだろっ!!」

 しかし、明日人が必ず自分の手を振りほどくということを予測していたのか、明日人が病室の外へと走るより先に、風丸は明日人を羽交い絞めにして拘束する。

「風丸さんの言う通りだよ、明日人くん。たしかに灰崎くんのことは探さなきゃならない。だけど、僕達は灰崎くんと同じくらいに明日人くんのことを心配している。だから、今だけはここで大人しくしててくれないかな」

「確かにそうだけど!!」

 野坂に大事なことを伝えられるも、明日人は決して意志を曲げなかった。

「明日人」

 そんな明日人を叱るように、円堂が明日人に低い声で言った。

「大丈夫だ。灰崎は俺達がお前の代わりに探す。だから、わかってくれ」

「……」

 ついに黙り込んでしまった明日人に対し、円堂は説得を続ける。

「ユースティティアのことは、俺達もまだわかってない。サッカーを禁止にさせて、何がしたいのかもわかってない。だけど、お前をこのまま放っておくわけにはいかない。捕まったら、お前はもう元には戻れないかもしれない。約束しよう。俺達は、絶対に灰崎を見つけ出す」

「………」

 

「俺は、嘘をつかない」

 

「…わかりました」

 約束という覚悟を持った円堂の強い意志に、明日人は根負けし、大人しく病室に居ることを口にした。

「でも、どこに行ったかもわからないのにどうやって探すんですか?」

「その心配は無用だ。この街の区域に分かれ、それぞれで灰崎を見つけるんだ。何かあったら各地に連絡だ。行こう」

 そして、現在残っているメンバー十六人のうち、明日人の監視役として不動を残した十四名が、鬼道から命じられた区域で灰崎を探しに病院内から散った。

 

 ***

 

「…う~ん…」

 病院から半径百メートルを担当された一星は、スマホのマップを見ながら、灰崎の性格かが行きそうな所を分析し、そこを手当たり次第に探してはみた。だが、当然そう簡単に見つかる筈もなく、おまけに担当を任された場所の全ての建物を探した為、行くところもなく一星は病院に戻って、これからどうしようかと悩んでいたのだ。

 今ここに野坂が居れば…と一星は思ったが、野坂さんに頼ってばかりじゃだめだと気持ちを切り替え、またもう一度探そうと歩き出そうとしたその時、病院の駐車場に止めていた自分達のバスから物音がしたのだ。

「は、灰崎くん…?」

 正直そこに誰かが居るとは考えられない。だが、もしかしたら灰崎がそこに隠れてはいないだろうかと、一星は鍵の開いたバスの中に乗りこんだ。

「…フロイ!?」

「ん、ヒカルじゃん! どうしたの?」

 中に居たのは、同じくして雷門中からこの病院に逃げてきたフロイだった。前座席の後ろに取りつけられた簡易式机の上には、黒のノートパソコンとペットボトルが置かれており、フロイは運転席の後ろの座席に座っていた。

「そっちこそ、ここで何してたんだよ…」

「あぁこれ? チョウキンウンから頼まれてさ、メンバー補充の為に色んなサッカー部の選手を見ていたんだよ」

「メンバー補充!?」

 確かに雷門中での試合(直前)で怪我人が大量に出てしまったせいで、このままユースティティアを倒すには心細いという理由で、メンバー補充もあり得るが、そんなことをするなんて監督からは聞いていなかった。

「確かにメンバーは、FFIの時と比べてかなり減ったけど…メンバー集めをするだなんて聞いてなかったよ…」

「まだ話してなかったんだね。あの人」

「監督は、色々と隠していますから…」

「でも、メンバー集めはユースティティアが伊那国島を襲ったって聞いた時から、チョウキンウンはすでにメンバーを集めることを決めていたって。……ヒカル、多分今回の敵は、今までのよりもかなり強敵だよ。気を付けてね」

「あぁ、わかった」

 一星の分析能力をえてしても通用しなかったユースティティアは、彼らは一体、何者なんだろう。と、一星は考えていた。

 自分の記憶力に無いとなれば、恐らくFFやFFI等の公式戦には一回も出ていないチームだということがわかる。

 だが、彼らは自分のことをユースティティアの天使と名乗った。

 それにしてもおかしい。

 天使が地上に降りてくるなんてこと、今までの人類の歴史においてあっただろうか。

 それは、歴史に限らず、神話やおとぎ話の中でも。

 おまけに先ほど病室内で調べたが、フォルセティという神が天使を産んだという話はない。情報に頼り過ぎている面もあるが、一星が今知っている情報といえば、これくらいしかない。

「ふぁ…」

 だが、一星が考え込んでいる途中でフロイの欠伸がバス内に響き、意識がそちらに向いてしまったせいで思考が乱れてしまった。

「フロイ? 眠たいの?」

「ん。まぁ、一日くらいは寝てないかな…」

「それ徹夜だよね!? 大丈夫だったの!?」

「まぁ、病院に着く前にひと眠りしたから多分大丈夫だとは思うけど」

 ペットボトルに入れられたアイスコーヒーを飲み干し、フロイは再び作業を開始した。

「光の言う通り、趙金雲は何を考えているんだろうね。僕達に全国のサッカー部を調べてこい~なんて言ったかと思えば、自分だけ寝ちゃうからさ。でもまぁ、ユースティティアも僕達を待ってはくれないから、僕達は頑張って今も調べているんだ」

 ちなみにルースとマリクはひとまず先に休ませているよ。とフロイは付け加えながら、眠気を抑えるために体を伸ばした。

 自分だって眠いくせに二人を先に寝かせるフロイを見て、仲間思いなんだなと感じたが、それよりも監督は仮にもサッカー選手である子供を徹夜させないでほしいと一星は思った。

「じゃあ、さっきの物音は灰崎くんのじゃ…」

「ハイザキがどうしたの?」

 一星がボソッと呟いたのを、フロイは眠くて感覚が鈍っているというのにも関わらずに聞きとったのを見て、一星は仰天とした。

「聞こえてたの!? ……実は、灰崎くんが僕達に何も言わずに病院から出てしまったのを明日人くんが見て、僕達は心配だから灰崎くんを探していたんです」

「そうなんだ…勿論、アストはちゃんと保護したんだろうね」

「フロイ?」

「あぁいや、アストはユースティティア狙われているから、ちゃんと守っているんだろうなってさ」

 明日人に関することを話した時のフロイの声が低くなったことに一星は気になったが、フロイ本人もただただ明日人が無事かどうかを確認したかっただけということを確認した一星は、特に気にも留めなかった。

「じゃあ、俺はもう行くね」

「あぁ、光も気を付けてね」

 そういって光はバスから降りて、再び灰崎を探しに出かけた。

 光が見えなくなったのを確認すると、フロイはこっそりと呟いた。

「アストは、僕がちゃんと…」

 

 ***

 

 バスを出た一星は、スマホのマップを開いて、今度はこのルートを進んでみようかな考えていたその時だった。

 ドサッ。という誰かが倒れたような音だ。その音は一星が背を向けているバスで鳴り、一星はバスの方に振り向いた。あのバスに乗っているのはフロイ一人だけ、もしかしたらフロイに何かあったのではないのだろうかと、一星はもしもユースティティアの天使だったことを考えながら、戦闘態勢を取りながらバスの中に入った。

 天使は居ない。

 天使の象徴である羽根も、特徴的な黒いユニホームもない。

「フロ、イ……?」

 自分が来るときには逃げてしまったのだろうかと考えながら、一星はフロイの居た座席を見る。そこには簡易机に倒れているフロイの姿____

 いや、寝ているフロイだった。

 すーすーと寝息を立てながら、フロイは眠っている。

「もう…心配かけさせて…」

 フロイがユースティティアの天使たちに襲われたのかと思ったよと、一星はフロイを座席の背もたれに寄りかからせ、上段の荷物置き場に畳まれたひざ掛けを、そっとフロイの肩にかける。

 その時ふと目に付いたパソコンを視認し、一星はノートパソコンの電源を切ろうと、机とフロイに挟まれているパソコンを取り出し、電源を切る場所を探した。

 だが、ブラウザのタブの一つに、「オリオン財団の報告書」と書かれたタブを見つける。なんだろうと、一星はオリオン財団の報告書ってどんな感じなんだろうと、興味本位でタブを開き、報告書を読んだ。

 文字は難しそうだったものの、一星はなんとか読み進めていく。だが、その報告書に記された日にちと画像を目にして、一星は思わずパソコンの蓋を閉じる。

「_____うそ……」

 

 ***

 

 明日人は、皆がそれぞれの事情でこの病室を離れたのを確認する。重症の氷浦たち伊那国中の皆は、検査の為病室から運ばれ、中にはリハビリ室やトイレに行く人も居た。監視役も監視役で、トイレに行ってしまった。それを見届けた後に、明日人はジャージのポケットから折りたたみ式ハサミを取り出した。

「(皆は俺のことが心配だって言ってたけど、このまま待ってなんか…)」

 逃げられぬように明日人を緊縛しているロープを、ハサミで一本ずつ慎重に切った。音一つでも立てたら、またふりだしに戻ってしまう。そのことに気を付けながら、明日人は自分を縛っているロープを切って、縄をほどいた。

「(よし…!)」

 皆が戻ってこないうちにと、明日人は全速力で病室から離れ、ロビーにある出入り口へと向かう。

 しかし、現実はそう上手くはいかなかった。

「あれ? 明日人くんどこに行くんだい?」

 ロビー近くの廊下で、点滴を左手で押している、リハビリを終えたアフロディと鉢合わせになってしまたのである。普通に問いかけているというのに、明日人にとってはそれすらも恐怖を感じていた。明日人は、焦りからか心臓がバクバクを鳴り響き、背中は冷や汗でインナーが濡れていた。

「お手洗い…かな? それとも、お腹が空いた…とかかな?」

 明日人がなぜここに居るのかという答えを並べているアフロディを見て、明日人は戦慄した。

「あっ、いや、その…」

「でも、明日人くんがあのまま黙って待つとは思えないからね。きっと、灰崎くんを探しに行くんだろう?」

 言い訳の言葉を探している明日人に対して、アフロディは直結に明日人の行動の先を見破った。

「それなら、役に立たないかもしれないけど、これを持って行って」

 薄水色の病衣のポケットから、アフロディが取り出したのは、小学生がランドセルに付けているような防犯ブザーを、中学生用にスマートでクールにした灰色の楕円形のブザーにしただった。

「世宇子中の集金で貰ったんだけど、僕には必要ないから君にあげるよ」

「え…いいんですか?」

「これから危険な目に遭うかもしれないからね、いつも身に着けていた方がいいよ。じゃあ、自分の身に気を付けながら、灰崎くんを見つけ出すんだよ」

 明日人に防犯ブザーを渡したアフロディは、そのあと何事も無かったかのように明日人の横を通り過ぎた。

 それを見届けた明日人は、絶対に灰崎を見つけ出すと意気込みながら外へ出た。

 

 ***

 

 東京の繁華街を、一人の少年が走り抜ける。

 何かから逃げているようだ。

 その少年は建物の隙間に入り、路地裏に身を潜め呼吸を整える。

 黒服の神父のような恰好をした男たちが走り抜けるのを、灰崎は建物の隙間から覗く。

「___!? ッ……」

 今のうちだと、灰崎は追手を撒こうと走り出そうとするも、足首に強い痛みが生じたかと思えば、灰崎は思わず膝をついてしまう。

 逃げる途中で階段から転がり落ちてしまった時に出来たのかと、灰崎は左足首を抑えながら察する。

 足の痛みに意識を向けた途端、急に痛みが強くなり、もう走ることは出来ないだろう。

 壁に右手を付きながら、生まれたての小鹿のようにおぼつかない左足を引きづりながら、灰崎は追手から逃げようとした。

「見つけたぞ!!」

 だが、左足が機能しなくなった歩きなど老人の歩きに近い物で、すぐに神父らしき男たちに周りを囲まれてしまう。

「無駄な抵抗は寄せ。お前の大事な者に傷をつけたくなかったらな」

「……「茜」を、返せ…」

 鋭い眼で睨みつけるも、男たちはじりじりと灰崎に迫ってくる。前進も後退も出来ず、気づけば神父に両手を後ろに回されていた。

「_! 離せッ!」

「安心したまえ…お前が我々ユースティティアに協力してくれらば、お前の大事な人間は…」

 解放する、と男たちの一人が言いかけたその時、耳を塞ぎたくなる程でかい音量のブザーが鳴り響く。そのブザー音は、誰もが一度は聞いたことのある防犯ブザーの音だった。

「これは…防犯ブザーと思わしき音です」

「人が集まっては困る。退却するぞ」

 そう男たちが呟いたその瞬間、男たちは灰崎の目の前から一瞬にして姿を消し、同時に灰崎の腕の自由も効くようになった。だが、突然拘束が解かれた時の反動で、ここまで逃げてきた時に消耗した体力が限界に近付いてきたのか、灰崎は地面に倒れそうになる。

「灰崎!!」

 だが、それを何者かが支えた。

 右手にはアフロディから貰った防犯ブザー持っている明日人だ。

「大丈夫か?」

 倒れた灰崎に肩を貸し、裏路地からなるべく人気のある公園へと移動し、灰崎をベンチへと座らせる。

「明日人…なんで来たんだよ…」

「だって、灰崎があんなこというから、俺黙ってられなくて……」

「よくもまあ外に出られるな…狙われているんじゃねぇのかよ…?」

 灰崎の言葉に、明日人はそちらの方へ意識が向く。灰崎は氷浦から話を聞く前に病院から出ていってしまったから、知らない筈なのにと、明日人は思いながら灰崎に耳を傾ける。

「何で知ってるの?」

「俺を追っている奴らが言ってたのを聞いた」

「追ってるって…もしかして俺達と行けないっていうのは……教えてくれよ。灰崎の口で言ってくれないと、俺もわからない」

 明日人の押しに根を上げた灰崎は、ため息をつきながら話した。

「……雷門中に来るところで、人質を取られたんだよ」

「__!!」

 明日人は、灰崎の言ったことが信じられなかった。雷門中に来る途中で、人質を取られるなんて、そんなことあるのだろうかと感じた。

 だが、それでも明日人は灰崎の話を聞いた。

 これは、雷門中に行こうとしている時のことだった。

 

 

 

 

「じゃあ、行ってくるからな。茜」

 東京から少し離れた田舎町のアパート。その二階に通ずる階段近くで、灰崎と茜が話していた。

「あ、行く前に凌兵。これ持ってて」

 茜から手渡されたのは、白い布に包まれた高さ四センチの長方形の箱だった。

 布の結びを解き、中身の水色の箱の蓋を開けると、そこには箱の仕切りによって分けられたご飯やおかずなどが詰められていた。

「茜、これ…」

「うん。荷物になっちゃうと思うけど…雷門中に着いたら食べて」

「そうか…ありがとう茜」

 茜がわざわざ自分の為に弁当を作ってくれたのかと思い、嬉しさが脳を埋める。

「雷門中に着いたら食べるよ。行ってくる」

 再び結び直した弁当箱を鞄に詰め、駅に急いだ。灰崎は、走りながら茜が弁当を作っているところを想像する。

 朝早くから起きて、おにぎりを作って、タコウィンナーと卵焼きを作って、サラダを作って…茜のことだから、しいたけも入ってんだろうなと思ったが、茜が作ってくれたなら難なく食べられそうだと、灰崎は未来のことを想像する。

 そう考えながら駅に着くと、スマホの着信音をが鞄越しになった。両親のうちの一人か、茜かと考えながら画面を付けるが、そこには見知らぬ番号。電車を待ちながら、電話に出る。

『灰崎凌兵だな?』

「そうだが…」

 名前を問われ、知らない人だなと考えるが、切る気にはなれなかった。変なことを言われたら切ろうとだけ考えていたのだ。

『宮野茜は預かった。返してほしければ我々の指定する場所まで来い。来なければわかっているな?』

「…は?」

 電話をかけてきた主の発言に、灰崎はどういうことだと発言する前に、なんだこれはと唖然とした。電話主と灰崎との少しの沈黙が流れ、灰崎の頭の中でこの状況を理解したその瞬間、灰崎の怒りは頂点に達していた。

「……どこに行けばいい…」

 人は怒りが最大になると、人は静かに怒るという。以前の自分のようにはいかないものの、無関係な茜を自分が居ない隙に攫い、ましてや茜の命を自分を誘う餌とするなんてと、灰崎の心は怒りに満ちていた。

『お前の住んでいる街にある、ビルの廃墟があるだろう。まずはそこに行け』

 身代金を要求する犯人の様に、主は灰崎に命令した。

 場所がわかり、灰崎は乗る筈だった電車を無視し、駅から真っ先に廃墟へと向かった。

 

 

 

 

「……それで、俺が廃墟に着いた時には、茜はさっきの奴らに捕まってて、茜を返すために条件を出してきやがった。ユースティティアの実験に協力すれば、茜は返すってな…」

「……だから灰崎は…でも、だったらそのことを俺達に話せば…」

「ダメだ。茜を取り返すような真似をしたら、茜は殺される。あいつらに言ったら、間違いなく茜を取り返しに行く。だから、話せねぇ」

 だが、お前なら話せる。お前はいつも誰かの主張を大事にしているからな。と灰崎は今までの明日人の行動から、明日人にだけこのことを話したのだ。

 だが、それでも明日人は圧倒的に灰崎の方が不利じゃないかと感じていた。

 明日人を狙い、人質を使って灰崎というストライカーの戦力をイナズマジャパンから削るユースティティア。確実にイナズマジャパンを貶めてきている。明日人が灰崎の顔を覗くと、灰崎は剣幕とした表情で奥歯を噛みしめていた。

「…もう行って来いよ。今の俺じゃあいつらの戦力にはなれねぇし、お前も狙われているんだしよぉ…」

 半ば自棄になったかのように、灰崎は明日人に言った。

「でも、俺はお前を一人にはしたくない」

「じゃあ、どうするってんだよ」

 これで灰崎自身が認めてくれるかはわからない。だけど、お前を一人にはしたくない。と、明日人は先ほど灰崎が言った言葉を噛みしめていた。

「……俺は、ユースティティアからサッカーを取り戻したい。それに、灰崎の代わりに俺達が、茜さんを助け出す。だけど、ここでお前を一人にしたら、いつお前が危ない目に遭うかわからない。だから、俺達と一緒に居てほしい。戦えないのなら、俺達が戦うから」

 灰崎を一人にしたら、今度こそまた灰崎が危ない目に遭ってしまう。自分も、狙われている身だからこそ、言えるんだ。と、明日人は灰崎の安全を考えながら言った。

「……わかった。だが、茜が人質に取られていることは、あいつらには秘密にしてくれ」

「うん、約束するよ」

 灰崎が立ち上がり、帰るぞと明日人に言った。

 灰崎は、まずここから安心して帰れんのかと思い、逆に明日人は灰崎がここに居てくれてよかったと思った。文字にしてみれば、なんともまぁ明日人の緊張感の無さがわかる。とにもかくにも、明日人達が公園から出ようとすると、公園の出入り口周辺に円堂が居るのを、二人は遠くで見つける。

「まいったな…豪炎寺もまだ灰崎のことを見つけてないみたいだ…それに、風丸から明日人が逃げ出したっていうことも聞いたし、一度…」

 円堂がふと公園の方を向くと、そこには円堂が求めていた人物がちょうどよくそこに居た。おまけに二人共。

「___明日人、灰崎?」

 目を擦りながら、不信そうに二人に近づく円堂。

「ただいま、円堂さん」

「か、勝手に抜け出したりして、ごめんなさい…」

「やっぱり、明日人と灰崎だ!!」

 灰崎と明日人の声を聞いた円堂は、すぐさま二人に抱きついた。

「あ、早く皆に連絡しないと!」

 本来の目的を思い出した円堂が、スマホを使って豪炎寺や鬼道と、連絡を取っていく。

「…これなら、安心して戻れるな」

「え~俺黙って病室に出たから…」

「怒られるかユースティティアに捕まるか、どっちだ?」

「……怒られる方がマシかも…」

 

 ***

 

 明日人達は、円堂に電話で呼ばれた鬼道の車で、病院まで送ってもらえる形で無事に病室に戻った。灰崎からは、心配の声と戻って来たことへの喜びの声が発せられた。

「……心配したんだからな、明日人」

「ご、ごめんなさい…」

 が、案の定明日人はチームの母親的存在の風丸に即見つかってしまい、正座を強制された上での説教が何十分も続いたのであった。

「でもまぁ、明日人と灰崎が無事で良かったじゃないか! こうしてここに居るんだからな! それに、明日人も自己責任でやったことだし…な」

 風丸の幼馴染でもある円堂から念を押され、渋々風丸は明日人への説教を終わらせた。

「ユースティティアの言う救済がなんなのかはわからないが、これからは無断で外出をしないように、いいな?」

「は、はい……」

 それよりも足が痺れて上手く立てない、と声を上げた明日人に対し、円堂と風丸は明日人が正座出来ないことに驚愕したのであった。

 明日人に肩を貸してなんとか立たせていると、大谷達がドタドタと廊下を走りながら、病室に入っていった。

「皆さん! 監督がそろそろ出発をしたいということなので、駐車場に来てください!」

「監督からは、しばらくはここに戻ってこれないということなので、話しをしたかったら今のうちにお願いします!」

 あ、あと忘れ物をしないようにね! と付け加えながら、大谷と神門は走りながら病室から出た。

 いよいよ旅が始まるんだなと、病室に残された明日人達は自分の中にある気持ちを切り替え、病室に居る知り合いと最後の会話をした。

「灰崎、向こうでも元気でな」

「あぁ、わかってる」

「兄貴、頼むぞ」

「わかったよ、アツヤ。アツヤこそ元気でね」

「頑張ってね、円堂くん、皆も」

「あぁ! 絶対にサッカーを取り戻して見せるからな!」

 水神矢と灰崎、吹雪士郎とアツヤ、アフロディと円堂と、それぞれがそれぞれで、元気にしててねという会話をした。

「明日人、ユースティティアに捕まるなよ」

「…わかった、わかったから…そんな睨まないで!」

 

「…そういえば西蔭、一星くんを見てないかい?」

「いえ、見てません」

 だが、野坂は他の人と話をしていなかった。野坂は、この部屋の違和感がなんなのかを調べていたのだ。そして、先ほどから湧いていたこの病室の違和感に気づいた野坂が、西蔭に声をかける。

 この部屋の違和感。それは、この部屋に一星が居ない事だった。野坂は、一星の事をほとんど知っている。その為、一星が「絶対にしないようなこと」をしているのに気づいたのだ。

「彼、ここに来るのが遅すぎやしないかい? 彼なら、明日人くんと灰崎くんが戻ってきたという連絡を受けたら、真っ先にこの部屋に戻ってくる筈だ。それなのに来ていない。これは、おかしいことだと思わないかい?」

「…確かに、さっきから一星の姿が見えないような気もしますが…」

 西蔭はすぐさま病室全体を見渡し、すぐに一星が居ないことを視認した。

「まだ連絡の輪が届いていないのかもしれない。探しに行くよ」

 

 

 

 

 

 野坂と西蔭が病室を出て一星を探しに行こうとしたその頃、一星は病室裏で膝を抱え、苦悩していた。

「嘘でしょ…あ、あの時の事故が、全て図られていたなんて…」

 フロイが使っていたノートパソコンを持ち出していた一星は、パソコンに写るオリオン財団の報告書を、各所各所視認していた。そこに書いてあったのは、一星光があの時全てを失ってしまった、交通事故の報告書だった。最初は、自分がオリオンの使徒だった時に作られた、自分を題材にした報告書なのかと思っていたが、問題はそこでは無かった。

 この報告書を書いていた人物は、恐らくあのオリオンの魔女とも呼べるイリーナ・ギリカナンを賛同していた人物だと思わせている。「実験は成功した」「一星光を使徒にさせるという計画は成功した」等と言った、初めから自分は使徒にさせられる予定だったということに、一星は気づいてしまったのだ。

「何で…だって、あの事故は、偶然起こったことで、わざわざ俺を限定に使徒にする必要なんて…」

 これは何かの嘘だと自己暗示をかけるも、あの事故の真実にぐちゃぐちゃとなってしまった頭では、自己暗示などただの呟きにしかならず、ますます一星自身の心を苦しめていった。

 一星の脳内が、あの時の光景で埋め尽くされ、一星自身のトラウマが蘇る。

「も…もう、やだよ…たすけて、兄ちゃん…」

 一星の足元に忍んでいた「()()()」は、静かに一星の右足首にその毒針を刺した。

 

 ***

 

「一星くん!」

 野坂と西蔭が病院の建物内を分担して探していると、野坂は病院の裏で一星が倒れているのを見つける。倒れた一星の近くにサソリが居るのを目にしたが、野坂はサソリに気にも留めなかった。

「一星くん! 大丈夫かい!?」

「……う、んん?」

 野坂が一星を揺さぶっていると、一星はうっすらとその目を開ける。

「野坂さん…?」

「一星くん、気がついたみたいだね。君はさっきそこで倒れてたけど、何があったんだい?」

「あ…なんでも、ないです」

 いつもなら素直に答えてくれるはずだが、今回は自分を隠すようなたどたどしい返事が返ってきたことに、野坂は困惑する。

「なんでもないわけないだろう、一体どうしたんだい?」

「だ、だからなんでもないですって!!」

「一星くん!」

 深く問い詰めようとしたものの、一星は野坂の元から逃げて行ってしまった。それを見て、野坂はただ手を伸ばすことしか出来なかった。

「…僕は、君のことが心配なだけなのに…」

 

 その頃。話を済ませ、趙金雲の居るバスの近くに来ていた明日人たちは、そこで驚くべきことを耳にした。

『えぇーー!!??』

「メ、メンバーを集める!?」

 監督から言われたのは、これから現地に行ってメンバーを集めに行くとの事だった。

「と言っても、一人だけですけどねー。まぁ詳しい話はフロイくんから直接聞きましょうか、フロイくーん! フロイくーん、起きてくださーい」

 趙金雲がバスの扉を開け、簡易型の机に突っ伏しているフロイを揺さぶって起こす。

「ん、ん…? な、なんだチョウキンウンか…___! ヒカルは!?」

 フロイが目を擦りながら起き上がるも、机に置かれていた筈のノートパソコンが無くなっていることに気づいたフロイは、すぐに趙金雲に一星の不在を確認した。その声につられ、明日人たちもバスの中に入ってくる。

「光…あぁ一星くんのことですかぁ~」

「呑気なことを言っている場合じゃないよ! あの事故の真実を知ってしまう可能性だってあるのに…!」

 あの事故と聞いて、円堂が感づく。他の皆も、円堂と同じように察する。あの事故と言えば、一星が父と兄を失ってしまってしまい、兄である一星充の人格を作ってしまうことになってしまったあの交通事故。

「あの事故の真実…それってなんだ? フロ「すみません! 遅くなりました!」

 円堂があの事故についてをフロイに聞きだそうとしたその時、何者かの声が外に響いた。気になった明日人たちがバスから降りて確認しにいくと、そこにはノートパソコンらしき端末を抱えた一星がバスに向かって走っていた。

「一星!」

「すみません円堂さん、遅くなりました!」

「でも、無事ならよかった! ん? その腕に抱えているのはなんだ?」

「あ、これですか? フ、フロイに貸していて…」

 勝手に持って行ったことへの言い訳を、貸していたと表現し、一星はフロイにパソコンを返す。

「ごめんフロイ、勝手に持ち出して…」

「…大丈夫? ヒカル」

 その時一星は、フロイに小声で勝手に持ち出したことを謝った。だが、フロイ自身パソコン自体は別によかったのだが、問題は一星の心だ。

 あの事故の真実を知ってしまった一星は、あの事故のトラウマの傷を深く抉られてしまった。

「だ、大丈夫だよ…」

 だが一星は、フロイに心配をかけさせたくはないと、自分を誤魔化した。

「じゃあ、一星も来たことだし、出発するか!」

「でも、荷物はどうするんですか?」

「荷物ならさきほどの雷門中ですでに円堂くんや坂野上くんの分の他に、全員の分をバス内に詰めておきましたよ~」

『いつの間に!?』

 荷物の心配をする坂野上の質問に、李子分はすでにバス内に詰めておいたと答える。

「じゃあ、ルースとマリク。僕が居ない間、頼んだよ」

「はい、フロイさん!」

「わかった」

 フロイはしばらくの間イナズマジャパンについていき、ユースティティアの情報を間近で手に入れてくると同時に、イナズマジャパンのメンバーの代役を務めるとのことだった。その間、ルースとマリクにはベルナルドと琢磨と協力して、ユーティティアの情報を集めてほしいと頼んだのであった。

「兄さんも、それでいいかな?」

『あぁ。イナズマジャパンの為にも、日本の為にも、頑張るんだぞ』

「わかった、兄さ……」

「ベルナルドくん? 私達はもうイナズマジャパンなどではないのですよ?」

 ノートパソコンのテレビ電話での会話で、ベルナルドから承諾を貰ったフロイだったが、趙金雲によって通話を無理やり終了させられ、今ここにベルナルドと趙金雲が対面することとなった。

「ほう。では、なんというのだ?」

 レジスタンスか、ラストリゾートかと、思いつく限りの単語を並べながら、ベルナルドが趙金雲に聞いた。イナズマジャパンなどではないのなら、なんのチームだと。

「その名も____」

 その時、誰もがこのチームの名はなんになるのかと緊張していた。

 できれば、シャドウ・オブ・オリオンのようなふざけた名前になってほしくないと誰もが思った。

 

 

「その名も……チョウキンウンズです!!」

 

 

 そう趙金雲が宣言したその時、趙金雲以外の人達が、全員ずっこけた。

 座席から転げ落ちる者。肩を落とす者。座席に体を預ける者と、皆個性的なずっこけかたをした。

「…随分個性的な名前だな…」

 Yシャツの上着が少し肩からずれてしまったベルナルドが、奇想天外な趙金雲のチーム名に混乱しながら、その場に似合うような言葉を探し出した。

「それでは、出発しますよ~」

 趙金雲の命令を聞き、イナズマジャパン…いや、チョウキンウンズのメンバー全員は趙金雲から指定された座席に座り、残る者はバスから降りた。

「監督、少し待って貰っていいですか?」

「…いいですよ~!」

 明日人の質問を聞いた趙金雲は、明日人の言葉に隠された本心を聞きとり、承諾した。

 趙金雲から承諾された明日人は、バスから降りたかと思えば、バスを降りた琢磨の元に近づいた。

「…父ちゃん。俺は今、ユースティティアに狙われている。……だけど、心配しないで! 父ちゃん! 不安はあるけど、頑張るよ!」

 別れ際の明日人から発せられた意外な一言に、琢磨は自分の息子がこれほどまでに成長したことへの感情が風船のように膨らみ始め、思わず明日人の頭を撫でた。

「…そうか、明日人。旅路には気を付けるんだぞ」

 父親から頭を撫でられた明日人は、嬉しさのあまり目から一粒の涙が流れおちる。

「わかった父ちゃん! じゃあ、行ってきます!」

 明日人はその涙を拭い、父親相手に笑顔で出かけて行った。

「おまたせ!」

「よし…じゃあ出発だ!!」

 明日人がバスに乗り込み、座席のシートベルトと締めたその直後に、バスは病院から走り出した。

 

「…百合子。明日人の事を、見守ってくれ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅は道連れ世はサソリ

 

 

 

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