イナズマイレブン テミスの正義   作:暁月の太陽

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第九話 化け物はいつだって心のなかに潜むもの

 日の光の当たる海辺に、一星は立っていた。

 花伽羅村に海は無いため、これは夢の中_と考えたかったが、そんな明晰夢(めいせきむ)みたいなこと、夢に関して明晰夢を見たいと思わない一星には、これが夢かだとは、考えられなかった。まず、夢と現実の区別なんて、出来やしない。

 しかし、一星は知っていた、ここは、自分が兄である一星充という『偽の』人格と統合した場所だということを。

 自分にはもう、兄の人格なんて居ない。

 そして、本物の兄も、父親も居ない。

 一星__光が、ふと周りを見てみると、さざ波が揺れる浅瀬の中に、一星充が居た。

 それも、ちょうど充が亡くなった、小学五年生の時の姿で。光に対して後ろ向きで立っている。

 まるで、お前の顔なんて見たくない_というように。

 しかし、それでも光は、充に触れようとした。

 どんなに決別しようが、過去と別とうが葬ろうが、そこに亡くなった兄が居る。

 死んだ大事な人が、夢の中に居る。これを、喜ばない人なんて、いないだろう。

 自分だけが生き残って、兄である筈の充より大きくなってしまった手で、光は充の肩に触った。

 その瞬間、空は夕焼けとは違う赤い空に包まれ、海は血の色で染まっていた。

 

 ***

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁあああぁあああああぁぁぁぁぁぁぁああぁあああぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 一星が、勢いよく布団から跳ね起きる。

 夢な筈なのに、その光景、その場面が、くっきりと一星の頭の中に残っており、嫌悪感と悲しみともいえない気持ちで頭の中が満たされる。

 夢への気持ち悪さだけが加速し、背中はびっしょりと汗で濡れており、汗だらけとなった服が肌に所々ついてて、気持ち悪かった。

「ゼェ…ハァ…」

 サッカーで思いっきり練習した時のとは違う荒い息が、部屋の静寂を砕く。

 息をなんとかして整え、一星はこの部屋の辺りを見渡した。

 ここは、病院じゃなさそうだ。昔の病院がどんな内装で、どんな雰囲気をしたかはわからないけど、この部屋に居ると、どこか落ち着くような感じがした。

 懐かしい__ような、そんな雰囲気が。

「おや、起きたのかい。お前さん、半日も寝ていたんだよ。それで、今は朝さ」

 部屋と廊下との境界を示す襖をあけて入ってきたのは、いかにも田舎のおばあちゃんのような見た目と雰囲気をした老婆だった。片手に持ったお盆には、急須と氷の入った茶碗が乗っていて、この人が今まで自分の看病をしてくれたのかと一星は察した。

「えっと、看病してくれて、ありがとうございます。それで、ここは貴方の家なんですか?」

「そうさ。あと、お礼なら孫である月夜に言っておくれ。月夜は、うたた寝するまでずっと、お前さんの看病をしていたんだよ。勿論、あのイナズマジャパンの皆さんも一緒にだ」

「そ、そうなんですか…」

 月夜がこのおばあちゃんの孫だということには驚きながら、一星はくまされた冷たい緑茶を飲みほした。

「おばあちゃん、お茶ごちそうさまでした! それとありがとうございます!」

 夜舞の祖母にお礼を言った一星は、イナズマジャパン_もといラストプロテクター・アースのジャージに着替え、(服装は同じだが)明日人たちのいるところまでジョギングを兼ねた走りをしていた。

 夜舞の祖母の家から、青々とした木々の屋根の道を通り抜け、村の住宅街に着く。

 田んぼや畑が視界に入る中、住宅街の隅っこに建設された花伽羅中が目に見えた。

 そこのグラウンドには、特訓をしている明日人たちがいた。

 なんの特訓をしているのかと一星はグラウンドに近づいた。

「…反復横跳び?」

 そう、明日人たちは今、反復横跳びをしていた。

 

 ***

 

 一星が起きる少し前の出来事_。

「フロイさ~~ん!!」

「マリク、ルース、大丈夫だったかい?」

 花伽羅村の入り口に着いたのは、カーテンがある車で、中からはユースティティアの天使の襲撃からなんとか逃げてきたマリクたちだった。

 袖やズボンなどは刃みたいな何かで斬られており、各所には包帯や絆創膏が張られていた。

 そして襲撃してきたのがよほど怖かったのか、マリクはフロイに抱きついてしまっている。

「父ちゃん、大丈夫だったの?」

 心配そうに、明日人が琢磨に話しかける。

「あぁ…ICPOのパンピエッタが護衛してくれたんだが、長く持たなくてな…それで少し、怪我をしてしまった」

 確かに、痛そうにやたらに右肩腕を抑えている。

「明日人、あの襲撃の先頭に立っていたレンは、危険だ。さっきまで、数千人の人達を倒してきたらしい…」

 ユースティティアの天使で、明日人たちと試合するに至ってはキャプテンだったレン・ナオビ。サッカーでも十分強かったが、まさか数千人を倒せるほどの力を持っていたのだ。明日人、そして人類にとっては、かなりの脅威といえるだろう。

 と、マリクたちが無事で安心しきっていたその時。

 速い棒状の何かが明日人の横を通り、木に刺さったのだ。

 ユースティティアの天使か!? と明日人たちは真っ先にその木を見つめた。

 ……だが、そこにはユースティティアの天使の姿はなく、代わりに何かの紙が巻きつけられた矢が刺さっていた。

「な、なにこれ…矢?」

「夜舞ちゃん、この近くに弓道場でもあるのかな?」

「ううん、ここに弓道場はないよ」

「じゃあ、天からの矢とでも…」

 と、ヒロトが口を滑らしたその瞬間、明日人たちの脳内には、ユースティティアが放った矢だと確信していたのだ。

「ま、まさか…!」

 円堂が矢を引き抜き、紙の中身を調べると、そこには明日人たちに対しての果たし状とも呼べる文が書いてあったのだ。

『三日後の昼、花伽羅村の救済に向かう』

 これだけの文字だったが、救済が何かわからない明日人たちにとっては、これが危険なことだと分かっていた。

 ユースティティアの天使が花伽羅村に来たら、何をしでかすかわからない。

 伊那国島の時のような、惨劇になってしまうことは確かだ。

 …正直、明日人たちは悔しかった。

 天使にサッカーを奪われた上に、敗北し、さらには家族や身内の人にまで危険にさらしてしまう可能性だって出てしまった。

 倒すチャンスは、今しかない。

「よし、三日後までに、特訓に特訓を続けて、ユースティティアに勝つぞ!!」

『おおー!!』

 そうと決まれば、早速特訓だ。

 とここで、第三者の夜舞の出番だ。

「夜舞ちゃん、今から私たちの練習の風景を見て、気になったことをここにメモしてみて!」

 大谷から夜舞に渡されたのは、クリップボードと紙、それと筆記用具だった。

「わかった! 任せてください!」

 明日人たちが練習しているグラウンドの近くに立ち、夜舞は明日人たちのステータスと練習風景を眺めた。

「(こ、これが…イナズマジャパンの練習風景…!)」

 しかし、ラストプロテクターの練習風景を見ることに夢中になりすぎているようにも見えるが。

「あの子が夜舞月夜なんだね。フロイから聞いたよ」

「はい! ラストプロテクター・アースの第三者として、監督が選んだんですよ! あ、ラストプロテクター・アースは、私達が決めたんです!」

 ベンチで大谷は、ルースの怪我の手当てをしながら、話をしていた。

「そうなんだ…いった!」

「あ、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

 消毒液が染みたのか、ルースは少し顔を歪ませている。

「…フロイさん…なんだか、無理をしているような…」

 その頃マリクは、ベンチでフロイの様子を眺めていた。

 花伽羅村に来る前も、寝ないで新しいメンバーを探していたらしく、それがマリクには無理をしていると思われたのである。

「マリクくん?」

「あ、はい!」

 マリクが振り向くと、そこには薄橙色の髪をした、女の子が隣に座っていたのだ。

「大丈夫ですか? 何か、ぼーっとしていたように見えたので…」

「あ、ぼ僕は大丈夫です!」

 と言いながら、マリクは杏奈に顔を赤らめていた。

 など、ベンチでは甘い青春がある中、夜舞は紙にいろんなことを記入していた。そして、とうとう黒い線で紙が埋まった。

「出来た! 円堂せんぱーい!!」

「え、あぁうん」

 先輩と呼ばれることに慣れていない円堂が、しばらく狼狽えている中、飛んできたボールが円堂の頭に直撃した。

 

『円堂せんぱーい!!』

 

 ***

 

「いったた…」

「大丈夫か円堂」

「ま、まぁな…」

 保冷剤でなんとか頭のコブを冷やしながら、円堂は風丸に大丈夫だと返す。

「それでそれで!? 何か見つかったんですか!?」

 大谷が興奮しながら、その内容を早く提示してほしそうにしていた。

「そ、そうですね大谷先輩…」

 近すぎて逆に説明しづらいと、夜舞は苦笑いする。

「夜舞、今回の特訓メニューはお前に任せる。お前の鋭さ、見せて貰うぞ」

 鬼道が何やら期待した顔で詳細を待っている中、夜舞が提示したのは…

「えっと…私が見てわかったのは、皆には瞬発力が欠けているような感じがしたんだ。それをカバーする為にも…とりあえず…裸足になって反復横跳びだよ!!」

『反復横跳び!?』

 最初の指摘はまだしも、それをカバーする特訓メニューがまさかの裸足で反復横跳びということに、明日人たちが大いに驚いた。

「大丈夫大丈夫! ここの砂はそれほど痛くないし、それにここは毎朝おじいちゃん達が裸足で反復横跳び体操をしているから高齢者にも安心だよ!」

「なんだその体操は!?」

 靴と靴下を脱ぎながら話す夜舞の反復横跳び体操の話に、許容範囲の広い砂木沼も、これには思わず突っ込んだ。

「いった…結構痛いですね…」

「そうかな…裸足で村中走ったりするし、普通だとは思うけど」

「夜舞さんの感覚がおかしいんです!」

 校庭で裸足になるなんて小学校の運動会の組体操以来な為、ちらほら痛い足裏を撫でたり片足を上げる者もいた。

「反復横跳びのやり方は知ってる?」

「知ってる。三本の線を飛び越える奴だろ?」

「正確には、三本の線を踏んだり飛びこたりする特訓だね。体力テストでもやったとは思うよ」

 夜舞の問いに、ヒロトとタツヤが皆にわかりやすく解説する。

「さて出来た! じゃあ皆、真ん中の線をまたいで立ってね。あと、記録は自分で計ってね」

 古紙を纏めるのに使う紐を反復横跳びの線に見立て、明日人たちはその真ん中の線を跨いで立つ。

「蛍くーん! 記録お願いね!」

「はい!」

 いつの間にか隣に居た蛍に、夜舞が記録のメモを頼むと言った。

「制限時間は十分間…よ~い、ドン!!」

 ドンと言った直後に、明日人たちは裸足で反復横跳びを開始した。

 しかし、室内でやる反復横跳びとは少しわけが違っていた。それは、裸足で校庭で反復横跳びをしているため、小石が足に刺さって痛くなり、思わずスピードを緩めてしまうことだ。

 それにも関わらず、夜舞は明日人たちの前でスピードを緩めることなく、長い髪を左右に強く揺らす。それよりか、明日人たちより速い。

 やはり、慣れているからであろうか。

 なお、その頃一星は既に起きており、明日人たちが練習しているグラウンドにきていたのだ。

「は、反復横跳び…?」

 一星が困惑している中、十分はとっくに過ぎており、明日人たちは息を荒く呼吸しながら、その場に尻をついた。

 しかし夜舞は、地面に尻をつかせることなく、蛍が書いた記録表をまじまじと見ていた。

「平均点67回かぁ…結構低いね、蛍くん」

「そうですね…」

「「お前達の感覚がおかしいんだよ!!」」

 十分反復横跳びし続けても67回で低いと言われ、ヒロトと灰崎は思わず夜舞たちの感覚に突っ込んだ。

「あの~皆さんは一体何を…」

「あ、一星! 起きたんだ!」

 思わず明日人たちに駆け寄った一星に、明日人たちは一星が起きたことに大いに喜んだ。

「明日人くん、なんで皆は反復横跳びを…しかも裸足で…」

「実は、夜舞が俺達の反発力を鍛えるためだって、裸足で反復横跳びを十分も…」

「嘘でしょ!?」

 痛そう…と、一星は明日人の話を聞いて、そう実感した。

「一星もやってみてよ!結構痛かったぞ~」

「は、はぁ…」

 明日人くんも、夜舞さんみたいだなぁ…と一星は心の中で思った。

 とその時、懐かしい香りがした。

 充といつも幼い頃練習していたサッカーフィールドの匂いだ。

「兄ちゃん! なんで裸足で反復横跳びなんて…」

「あぁ光、実は俺、試してみたいことがあってさ」

「な、なにそれ…」

「反復横跳びをすれば、瞬発力が鍛えられるし、何より足の裏を鍛えたら、足も速くなる! な、一石二鳥だろ?」

「そ、それは……でも! 走るんだったら、ちゃんとフォームとか、体幹とかを鍛えないと駄目だよ!」

「はは! 光は相変わらず厳しいなぁ~!」

 

 

 

「……にい、ちゃん…」

 一星がそう呟いた。

 今自分が見えている明日人が、幼い頃に見た兄によく似ており、思わず涙が出てしまっていた。

 一星が気づかないうちに。

「い、一星!? なんで泣いて…」

「え、明日人くん!? ご、ごめんなさい! ちょ、ちょっと昔のことを思い出してしまって…」

 明日人が泣いている一星の顔を覗き込んだ。すると一星は我に返り、涙を拭きながら明日人に謝った。

「大丈夫か? 辛かったら、休んでも…」

「大丈夫ですよ、辛くなったら、俺がマネージャーに言いますんで!」

 笑顔のまま、一星は夜舞の練習メニューに取り掛かった。

「明日人さ~ん! こっち手伝ってくださ~い!!」

「どうしたの、坂野…ってええ!?」

 自分を呼ぶ坂野上の声がし、その声のした方に振り向くと、そこにはピラミッドという組体操の技をしていた坂野上たちがいたのだ!

「吹雪さん! 坂野上! 大丈夫!?」

「お、重いです…円堂さ…」

「稲森く~ん、早くきて~」

 しかも三段ピラミッドで、坂野上と吹雪は一番きついであろう一段目にされていた。しかも一人足りない状態で。

「深呼吸して、少しでも負担を軽くしてくださいね~~!」

「無理に息を止めると、体に悪いからね~!」

「や、夜舞!? 蛍!?」

「あ、明日人くん」

 皆に組体操の楽な仕方を教えている夜舞は、今不動としゃちほこのポーズをしており、蛍はバベルのポーズをしていた。傍から見れば、何をしているのかと疑惑に思うだろう。

「今夜舞先輩は、チームの団結力を高める為に、組体操という特訓をしているんですよ!」

「え、ええ!?」

 慣れている蛍と夜舞はともかく、他の皆は今にも組体操の形が崩れてしまいそうだ。

「………何これ、ルース」

「……俺にもわからない…」

 組体操の文化が無い二人には、明日人たちが何かおかしなことをしているようにしか見えなかった。

「ねぇ大谷、これって____!?」

 大谷にこれは何なのかとルースは話しかけるも、大谷と杏奈は今高床式倉庫という組体操のポーズを二人でしていた。

「組体操…小学生の時以来ですね!」

「え、私は…やったことがなくて…」

「じゃあ一緒にやりましょう!」

 大谷も明日人たちの組体操を見て何かが燃えたのか、自分達も組体操をしていた。

「……」

「………」

「ぼ、僕たちは、何か別の特訓を」

「組体操は、危機感を掴むためのいい経験になるからね。やってみる価値はあるよ」

 後ろに何か視線を感じ、二人が恐る恐る振り返ると、そこには組体操の本と体操服二着をもった折谷がいた。

 

 ***

 

「あ~!! 疲れた~!!」

 夕方になり、組体操や反復横跳び、縄跳び等と言った夜舞から出された特訓をなんとか乗り越え、明日人たちは地面に寝転がった。

「でも、楽しかったな!」

「組体操なんて、小学生ぶりだよ」

「組体操って、こんなに楽しいものだったんだね」

 しかし、夜舞の提示した特訓は悪いものばかりではなく、皆が口々に楽しかったと言う。

「じゃあ、旅館に行って、体の汗を流そっか!」

「お、いいね~!」

「旅館かぁ~!」

「旅館と言えば、露天風呂だよね!」

 と、夜舞に連れられて明日人たちは旅館に行く。

 その中、一星はまだグラウンドに居た。

「…前にも、運動会で兄ちゃんが組体操してたのを見てたな…」

 また、充との思い出がよみがえり、一星の目から涙が零れ落ちた。

 とっくに日は落ちており、寺の鐘が村中に鳴り響いた。

「こんなところに居やがったのか」

「あれ…灰崎くん? 旅館に行ってた筈じゃ…」

「お前が居ねぇことに気づいたんだよ、ほら行くぞ」

「あ、うん…」

 灰崎に連れられて、一星は夜の花伽羅村を歩く。

 店の入り口にぶら下がる提灯、急いでおうちに帰ろうと先を急ぐ子供達、都会では全くみられない綺麗な星空。そこはまるで、屋台が立ち並ぶ夏祭りに一星は見えた。

「…懐か…しいな…」

「あ? 何がだよ」

「いや、俺が子供の頃、兄ちゃんと父さんとで、夏祭りに行ったことがあったんだ。その時の風景を思い出して…」

「そうかよ。言っとくけどな、あんま過去に縋るもんじゃねぇよ」

「え…? それってどういう…」

「おら、着くぞ」

 灰崎と話している間に、自分達は和装の旅館についており、灰崎の言葉の意味を聞けなかった。

 

 ***

 

 一星たちが旅館につくと、美人なおかみさん達が出迎えてくれ、一星たちは明日人たち男子たちが居る広い部屋に移された。

 そこではそれぞれがそれぞれのことをしており、とても賑やかだった。

「ということがあってさ~」

『そうなんだね』

『おい円堂さん! 兄貴と変わってくれよ!』

『アツヤ、円堂さんにあまりそういう言葉使いしちゃだめだろ』

 公衆電話では円堂が稲妻総合病院に居るアフロディたちと会話しており、向こうでも元気なようだ。

「しりと…り!」

「リオデジャネイロ」

「ロシア」

「あ…アメリカ合衆国!」

「クロアチア」

「アルメニア」

「なんで国名しりとりになってるんですか!?」

 坂野上と野坂と西蔭は、どうやらしりとりをしていた。しかし、途中で国名しりとりになってしまっているが。

「フロイさん、ベルナルドさんに送ったデータは…」

「あぁ、ちゃんと届いてるよ。それに、兄さんも十分に厳重するって」

 フロイ達は、ノートパソコンでユースティティアのことを調べていた。

 まるで、修学旅行みたいだ_と一星は思った。しかし、一星は、修学旅行はおろか、林間学校も行ったことが無いので、実際の修学旅行がどうなのかは、一星は知らなかった。

 本当だったら…充も、光も、修学旅行に行けたというのに。

「一星! 今トランプをしてるんだ! よかったら、一緒に…」

 明日人がトランプに誘ってくれたことで、自分はまだ露天風呂に入ってないことに気づいた。

「あ、明日人くん。実はまだ風呂に入ってなくて…少し洗い流してからでいいですか?」

「あぁ!」

 着替えを持ち、急いで風呂に入ろう_と、一星は風呂に急いだ。

 しかし、今の時間は、なんと混浴であった。

「____夜舞、さん?」

「あれ、一星くん? 入らないの?」

「いや…その…失礼しましたッ!!」

「???」

 夜舞は、なぜ一星が風呂から出て行ったのもわからず、クエスチョンマークを頭の上に並べていた。

 風呂は夜舞が出た後でゆっくり入り、一星は野坂と少し話し、寝ることにした。

 実は、皆とこうして布団を並べて寝るのは初めてであった為、一星は少しドキドキして眠れなかったのである。

「(……初めてだなぁ…こうして皆さんと一緒に寝るなんて…)」

 沢山の寝息が木霊する中、一星はゆっくりと目を瞑った。

 皆となら、あの悪夢を見ることは無いだろう。と。

 

 ***

 

「みなさ~ん! 朝ですよ~!!」

 大谷の声とスマホのアラームが同時に響いた為、明日人たちはすぐに起きられた。

「おはよう! 一星!」

「おはよう、一星くん」

「おはようございます! 明日人くん、野坂さん!」

 挨拶を交わしていると、フロイも同じように起き上がり、一星とあいさつを交わした。

「おはよう。アスト、ヒカル」

 しかし、フロイの首には、青がかった手の跡がついており、明日人はそれにすぐに気づいた為、朝から大きな声で驚いてしまった。

「フ、フロイ!? どうしたのその手!」

「え? 手?」

「本当だね…まるで、首でも絞められたみたいな手の跡だね…」

「ユウマは面白いことを言うね」

「と、とりあえず鏡を見てよフロイ!」

 最初は冗談のように受け取っていたフロイだったが、一星から鏡をもらって、やっと自分の首に青い手形がついていることを知った。

「…確かに手形がついているね…それも首を絞めたみたいな…」

「ねぇフロイ、これってやっぱり幽霊の仕業なんじゃぁ…」

 明日人は、フロイの首についていたあの手形を霊の仕業だと信じて疑わなかった。そのため、霊的存在をあまり信じていない一星からは突っ込まれる。

「明日人くん、もしかしたら寝相で誰かが思わずフロイの首を…」

「怖いよ!」

「さすがに僕もそれはちょっと怖いね」

「ええ!?」

 確かに、一星の案も十分に怖い。というか、霊も怖いが。

 

 ***

 

「そういえば、一星くんの通っている学校って、どんなところなの?」

 一星と夜舞とでグラウンド周りをランニングしていたその時、隣で走っていた夜舞が一星に声をかける。

「いいですけど…いきなりどうしたんですか?」

「まぁ…特に意味はないんだけど、外の世界の学校とか知りたかったし、何より一星くんを話がしたくて!」

 ランニングしながら話すのは呼吸的に駄目じゃないかと一星は思ったが、自分と夜舞の体力的に大丈夫だと思い、一星は話し出した。

「俺が今通っているのは、王帝月ノ宮中っていうところなんです」

「凄い名前だね」

「まぁそうですよね…そこには野坂さんも西蔭さんも通っていて、同じサッカー部に所属しているんです。あと、あまり関係ないかもしれませんが、野坂さんのお陰で俺は王帝月ノ宮に通えることが出来たんです」

 一星の通学に野坂が関係しているのかと思った夜舞は、一星に質問をした。

「野坂くんが、一星くんをその王帝月ノ宮に通えるようにしてくれたの?」

「そうですね。実は俺、二か月前のFFIでは二重人格者、いわば解離性同一性障害になっていたんです。自分の中に一星充っていう俺の兄ちゃんの偽物を作って、皆さんに酷い事をしていたんです。でも、皆さんのおかげで俺は人格統合に成功して、居場所も無かった俺に野坂さんは居場所を作ってくれて、そして俺はこんなにも恵まれた仲間たちとサッカーが出来ているんです」

「そうなんだ…ってええ!? 一星くん二重人格だったの!?  そんな昔の漫画みたいな…それに、新聞では一星充はのっぴきならない家庭の事情で弟の一星光と交代したって書いてあったけど…」

「あぁそれですか…監督がインタビューの時に俺が二重人格者であることを隠すための嘘ですね」

「嘘だったんだ!」

 やっぱり世の中真実だけじゃないのかぁ…と、夜舞はしょげる。

 二人が話している間に、ランニングの目標には達した為、二人は近くのベンチに座った。

「じゃあ、小学校はどうだったの?」

「小学校ですか? 低学年の時は日本の小学校でしたけど、高学年の時はロシアでしたね」

「ロシア!? すご~い…でも、楽しかったんだよね。色んな行事して、色んなことをして、ロシアにしかないような行事もしたんだろうなぁ…」

「え?」

 夜舞がロシアの小学校についての感想を述べたその時、一星の表情から困惑の表情が漏れた。

「ロシアって凄くサッカーが上手いところなんだよね? それなら一星くんが強いのもなっと」

「すみません、少し一人にさせてください」

 夜舞の言葉を遮り、一星は一人にさせてほしいとお願いした。それに対して夜舞は、何か気に触ってしまうようなことを言ってしまったんだろうかと焦る。

「もしかして…ロシアの学校、嫌いだったの? そうだったら、あやま…」

「いいから一人にさせてください!」

 さっきまで楽しそうに話ししていたのに急に怒りだし、夜舞が驚いている中、一星は遠くに行ってしまう。

「ちょ、ちょっと待ってよ一星くん! ……これ、凄く怒ってるよね…」

「夜舞、さっき一星の怒鳴り声が聞こえたんだけど、どうしたの?」

 野坂と特訓をしていた明日人が、一星の怒鳴り声が気になって夜舞に近づいた。

「明日人くん、野坂くん。実は私が一星くんの学校の話をしてて、それで一星くんが小学校の時似通っていたロシアの学校の話になった途端、急に怒りだして…もしかして、何か気に触ることを言っちゃんたんなら、謝らないと!」

「そうだね、一星くんを追いかけよう」

 

 

 

「夜舞、一星とどんな話をしたんだ?」

「まず、一星くんの『今』通っている学校、王帝月ノ宮中の話をしたよ。そこで、私は一星くんが昔解離性同性障害だってことをしったんだ。最初は信じられなかったけど…あと、一星くんが急に怒りだした小学生の頃の話をしたよ。一星くん、高学年からロシアの学校に通い始めたんだって。それで、私が行事の話をした途端、急に一人にしてって怒りだして…」

「一星くんが怒りだした理由はわからないけど、とにかく今は一星くんを追いかけよう」

 村中を探していると、長い石の階段を上った先にある神社に、一星は居た。明日人たちに対して背中を見せながら。

「一星!」

「一星くん!」

「…なんですか」

 明日人たちが一星を呼ぶも、帰ってきた返事は生気のなさそうな声だった。

「一星くん、さっきはごめん! 一星くんに何か酷いことを言っちゃって…」

「…酷い事? 夜舞さんは別に何も言ってませんよ」

「え…じゃあなんであの時怒って…」

 なぜ怒ったのかと聞きだそうとするも、一星は黙りこくるだけだった。

「……」

「一星くんどうしたの? 私達、さっきまで楽しくしてた筈じゃ…」

 沈黙を続ける一星に、夜舞が一話しかけようとしたその瞬間、一星は瞬間的に夜舞の方へ向き、いきなり夜舞の胸倉を掴んだのだ。

「夜舞……お前に、光の何がわかるというんだ!!」

「!?」

 一星の今の口調、そして、その行動から、野坂と明日人は一星に『充』の人格があるのではないかと感じていた。

「一星くん!」

「ッ! …なんだよ…」

 苛立ちながら、一星?は野坂の方を向いた。

「一星くん…いや、充くん。落ち着いて、僕は君と光くんを傷つけるわけじゃな…」

「うるせえ…お前はッ、光の何もわかってない!! お前はただ、光の想いを利用し、逆撫しただけだ! 充もそうだ!」

「一星!」

 もはや今の一星には光の面影はなかった。今は充?が体を支配している。しかし、それでも明日人は、一星に大きな声で呼びかけた。

 その瞬間、歯を食いしばりながら苛立っていた一星?は夜舞の胸倉を掴んでいた手を放すと、一星は再び沈黙した。

「………_____あ、あれ…こ、ここは…」

「一星!」

「一星くん!」

 一星が元に戻ったことに、夜舞と明日人はすぐさま一星に寄る中、野坂だけは一星の近くには寄らなかった。

「夜舞さん? 明日人くん? それに野坂さんまで…今、特訓の時間じゃないんですか?」

 やはり、一星には新たな人格が生まれているのだろうか。以前の自分が何をしたのか、覚えていないようだ。

「一星くん、覚えてないの?」

「…すみません夜舞さん。前のことは覚えてなくて…で、では、俺はこれで…」

 一星は、早く特訓に戻らないとと思っているのだろうか。そそくさと神社を後にした。

「じゃあ、私たちも一緒に…野坂くん?」

 自分達も戻ろうとしたその時、夜舞は野坂がその場から動いていないことに気づいた。

「野坂…?」

「明日人くん。夜舞ちゃん。聞きたいことがあるんだ。僕が、もし一星くんの想いを利用して、逆撫していたにすぎないのなら、僕は一体、どうすればいいんだろうね」

「え…それは…」

 いつも冷静で、落ち込むことがなさそうな野坂が落ち込んでいるのを見て、明日人は驚いた。

「……でも!野坂くんはいつも一星くんのことを思って行動してる! さっき一星くんの話から野坂くんのことを聞いたから!」

 夜舞は、一星から野坂は居場所の無くした自分に居場所を作ってくれたと言っていた。それは、居場所のない一星のことを思ってのことだったのだろうと、夜舞はそう野坂を励ました。

「野坂、お前は一星の想いを逆撫でになんかしていない。お前は、一星のことを思って、参謀に入れたんだよね。だったら、後悔しちゃだめだと思う。野坂は、野坂がやりたいと思ったことをしたんだ。それでいいはずだ」

「明日人くん…そうだね。僕は、僕のやることをした。後悔をしている場合じゃないね」

 明日人と夜舞に励まされた野坂は、いつもの表情に戻すと、「さぁ、フロイくんの所に行こうか」と二人に声をかけた。

 

 ***

 

「そうなんだ…そういうことが…」

 早速明日人たちは、フロイにこのことを話した。一星の言動と行動が一気に変わったこと、元に戻った一星が以前のことを覚えていないことを。

「まさか…いや、これは僕の責任だ…」

 何やらぶつぶつと呟いていると、フロイは顔を上げて、明日人に話した。

「アスト、ツクヨ、ユウマ、皆を呼んでほしい。皆には、話さなきゃいけないことがある」

 フロイの真っすぐな瞳には、何やら責任を感じているところもあったが、明日人たちはの言う通り特訓中の皆を集め、円堂たちにフロイの話を聞かせる。

「フロイ、こんな時にどうしたんだ? 明日人に呼ばれてきたんだが…」

「あぁマモル、実は皆には話して置かなきゃいけないことがあるんだ」

「話しておかなきゃいけないことって…一星のあの事故のことか?」

 察しのいい円堂は、フロイが今から聞かせる話の内容を言い当てる。

「あぁ、ヒカルがミツルになることになってしまったあの日、それを、僕は話さなきゃいけない。ヒカルの中に今ミツルともいえない人格が生まれたのなら、僕たちはなんとしてでも人格を統合しなきゃいけない。だから、皆を呼んだんだ」

 

 ***

 

「こんな話をするのは、僕も少し気が引けるよ。でも、ヒカルが今これほど苦しんでいるというのなら、君たちに教えないといけない。

「まず、皆にはあの事故の真実を伝えなきゃいけない。あの事故は、『僕の母さんが意図的に起こした』ものだったんだ。

「信じられないよね。僕だって、信じられなかったさ。だって、それを僕の母さんが実行したなんて、知らなかったからね。

「これだけ聞くと、無責任に聞こえるかもしれない。でも、僕は実際無責任さ。本当なら、母さんのしていることを、止めることだって出来たかもしれないのに_!

「……ごめん、話を戻そうか。僕の母さんがなんであの事故を起こしたのには、報告書に乗っていたんだ。僕がメンバー探しの時に、オリオン財団の力を借りようとオリオン財団のホームページでそれぞれの国の報告書を見ていたんだ。それで、更新ログを開いたら、そこにはヒカルの交通事故の報告書が記載されていたんだ。

「僕の母さんは、ヒカルの分析能力に目を付けて、それで以前ヒカルの家族にオリオン財団の話を持ち掛けたことがあったらしいんだ。もちろん、彼らは拒否をしたんだってさ。でも、僕の母さんは、これでヒカルを諦めるわけじゃなかったんだ。母さんは、自分の欲の為なら、どんなことでもするからね…。だから、僕の母さんは、意図的に事故を起こした。それで、ヒカルの父親を始末したんだ。でも、ミツルも死んだ。本当なら、ミツルもヒカルも自分の手駒にしたかったらしい。……酷い話だよね_。

「それで、ヒカルはこの現実に耐えきれなくなって、ミツルの人格を作ったのは知っているよね。僕の母さんは最初、なんとしてでもヒカルの分析能力を利用したかったらしいけど、結局、ミツルのサッカープレイに固執したんだ。それで、ミツルとヒカルは、君たちによって救われるまで、ずっと地獄の日々を送っていたんだよ__」

 フロイの話が終わり、部屋の中は憂鬱な雰囲気に包まれた。

「ひ、酷い…」

「一星くんの分析能力を利用したいからって_」

 大谷たちが、イリーナの行動に若干引いている。

 その空気を破ったのは、灰崎の声だった。

「おいフロイ、聞きてぇことがある。俺が一星を旅館にまで連れて行ったとき、一星がこの村の外観を見て懐かしいと言ったんだが、それとこれとは何か関係あんのかよ」

「あれ…? おかしいな。リョウヘイ、それは本当かい?」

 灰崎の質問に、フロイが困惑する。

「本当じゃなかったらなんだよ」

「実は…オリオンの報告書には、ミツルとヒカル、そしてその父親が夏祭りに行ったっていう履歴が『一切ない』んだけど…」

 フロイの周りが、驚きの声に包まれる。

「はぁ!? じゃあ俺があの時聞こえた一星の懐かしいっていう声は何だったんだよ!」

「…推測にしかないけど、一星くんは多分、解離性同一性障害によって、記憶があやふやになっているんだ」

 野坂の推測は、まさに食い違いのない正解そのものだった。

 解離性同一性障害は、記憶に影響を及ぼしてしまうこともあるらしい。そのため、もしかしたら一星の記憶が先ほどの人格によってあやふやになっている可能性も高い。

「それじゃあ…一刻も早く人格を統合しないと、元の記憶が無くなってしまうってことですか!?」

「……そういうことに、なるだろうね…」

 野坂がそういうと、周りは一気に重たい空気となった。

「そ、そういえば、一星はどこなんだ?」

 その空気をなんとかしたいかのように、円堂が口にしたのは、一星の居所だった。

「一星なら、外で練習を_」

「そっか、俺呼んでくるよ」

 円堂が一星を呼びに行くと、俺も俺もというように、他の人も一緒に円堂についていった。

 野坂は、同じくして部屋に残った西蔭にあることを相談していた。

「ねぇ西蔭、もし僕が、一星くんの分析能力を利用したくて参謀に入れていたということになっていたら、君はどうする?」

「野坂さん…」

 西蔭も、正直一星の参謀入りには驚いていた。しかし、一星の分析能力とサッカープレイ、そして自分のヒーローである野坂を尊敬する気持ちが同じなこともあってか、西蔭はいつの間にか一星のことを同じ参謀仲間だと意識していた。

「……野坂さんは、そんなことの為に、一星を参謀なんかに入れたりしません」

「そうだよね…ありがとう。西蔭」

 話を聞いてくれたお礼に、と野坂が出したのは、餅付がいるお餅やで買ってきた黄な粉餅やあんこ餅一式だった。

 

 

 

 今は草木眠る丑三つ時。丑三つ時はおばけが出るという時間帯だが、都会ではおばけなんて見られない。むしろ、花伽羅村の方がおばけは出そうだが。

 明日人たちが眠っている部屋の中で、一つだけ布団が跳ね除けられたあとがあった。

 そして大谷たち女子が眠る部屋を通り過ぎて、監督たちが眠る部屋を通り過ぎて、フロイ達が眠っている部屋についた。その中でルースとマリクを無視し、フロイの足元に立った。

「お前は…光の何もわかってない…_!!」

 入ってきたのは、一星だった。

 酷く歪んだ顔をしており、両手は震えている。

 そして、一星の両手がフロイの首に辿りつきそうなその時、声がした。

「やめておけ」

 一星の近くまで、ガサガサと近づいてきたのは、赤い蠍だった。

 おまけに、喋っている。

「お前がフロイ・ギリカナンを殺したところで、なんの解決にもならない」

 淡々と、赤い蠍は声の表情も変えずに一星を説得する。

「ッ_黙れ! オリオンは、光の人生をめちゃくちゃにしたんだ!! 兄の充と、幸せになるはずだったんだッ! 光本人は知らないだろうが、本当は自分の分析能力さえ無かったらと思っている! 俺は光の代わりに復讐がしたいだけなのに…なぜ邪魔をするんだ!」

 大声で蠍に言っているのに、フロイたちは起きる様子を見せない。蠍の力だろうか。

「『一星光_そして一星充は、今を生きている。』過去に縋ってばかりのお前に、今の一星光たちの人生を決める価値など無い。一星光たちの幸せは、一星光達が掴む。お前は、ただ一星光たちを見守ってやればいいだけだ。殺したところで、なんの解決にもならないことは、お前も知ってるだろう」

 一星に言い放つと、蠍はまたガサガサと音を立てながら一星の元から消えてった。

 

 ***

 

 ユースティティアの天使が来る最後の一日。その日は最悪にも雨だった。

 仕方なく、いったん花伽羅村を出て、近くの屋内スポーツセンターで特訓しようと考えたその時。一星の姿が無かったのだ。

 どこにいるんだ。

 まさか、ユースティティアの天使が攫った?

 いや、ユースティティアは明日人を狙っている。一星を狙うのはおかしい。

 でも、人質として利用するかもしれません。

 と、旅館内で騒ぎになっていた。

 一方一星は、雨が降り注ぐ神社に居た。

 参拝道の真ん中で、何も考えずに神社を見つめていた。

「……俺、大丈夫だから。兄ちゃんを奪ったオリオンは憎いよ? でも、俺は復讐なんてしたくない」

 一星は、自分の中にある新たな人格に、名前を付けていた。

 欠けた欠片。人格というピースと、自分というパズルという意味を込めた名前らしい。皮肉めいてていい名前だ。

『何を言っているんだ光! オリオンはお前たち兄弟の人生をめちゃくちゃにしたんだぞ!?』

「でも、だからってフロイに当たっていいわけじゃないよ。確かに俺は…昔が幸せだった。でもね」

「辛いものよね」

 その時、前方に声がした。と思った瞬間、一星の意識は途絶え、欠の人格になってしまった。

「………」

 つりあがった目で、前方に居る人間を見つめる。

 賽銭箱へと続く階段に座っているのは、エレンだった。

 日傘もいつものように指している。

「でも、人生なんてそういうものよ。裏切られて、誰かが死んで、本来なら出来たはずのことも出来なくて。だけどその不幸の向こう側には必ずと言っていいほどの幸せが待っている。でも、幸せは自ら貴方のところにはいかない」

「…何が言いたい」

「つまり、何をしようと貴方の自由ってことよ。幸せだった過去に縋ってもいいけど、せっかく今という時間を生きているのだから、他人という人間に人生の選択をさせないで、自分自身の在り方で生きてみなさい」

 怪しそうに笑いながら、エレンは一星に助言する。

 そして、日傘で雨を受けながら一星の横を通り過ぎようとしている。

「黙れっ…お前にあいつら兄弟の何がわか」

 

『貴方じゃない。貴方『達』に言っているのよ。___一星充(いちほしひかる)くん?』

 

 エレンが一星に持っていた日傘を渡した直後、突如噴き出した水しぶきとともにエレンは消えた。そして妙なことに、一星には一切濡れた痕跡がなかった。

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 どれほどの間、沈黙していたのだろう。

 雨粒を受ける日傘の音と、ザーザーと振る雨の音しか聞こえない。

 しかし、人格が光に戻った一星は、何かを決意したかのようにエレンの日傘を置いて旅館へと走り出した。

 

 

「……やっと、決意したようだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 君の中に生まれた化け物は___俺だった。

 

 続く

 

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