黒の水   作:matome0101

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楽しんでいただければ光栄です。
カグヌは臭みの強いカンパチです。


宿屋白梟

「だいぶ歩いたな。」

  

 そう呟いた私の声は、瞬時に風の音にかき消される。

 

 昨日までとは一転して、今日は猛吹雪だ。

 

 身を切るような、冷たく、激しい風と豪雪のせいで、手の届く範囲ほどしか、視界を確保できない。

 

 その内雪は降るだろうとおもっていたが、まさかこんな吹雪になるとは。

 

 天気というのは本当に気まぐれだ。

 

 さて、方向があっていればそろそろ宿屋につくはずだが、、、

 

 あった。猛吹雪の中にぼんやり光る松明の明かりが見える。

 

 綺麗に磨き上げられた看板には、整った字で

 

 「宿屋白梟(シロフクロウ)

 

と書かれている。

 

 直方体の建物の外壁は全面白く塗られ、所々に円い窓が開いている。屋上からは、排煙用の煙突が突き出ている。

 

 私は、壁と同じく白く塗られたドアを開けて中に入った。

 

 内装は全体として暗めの色合いが使われている。内壁は塗装されておらず、建材である木材の木目が暖かい雰囲気を作っている。

 

「ずいぶん遅かったですね」

 

と、宿屋白梟(シロフクロウ)の主である、紳士服姿の老人が呼びかけてきた。

 

「私が来ることを知っていたのか?」

 

私は老人に訊ねた。老人はにこりと微笑み、こう言った。

 

「お部屋はいつも通り二階に用意してあります。食事は20時からですので、それまでどうぞごゆっくり」

 

 質問に答えるつもりはないようだ。この老人はいつも、こうして私が来ることを知っていたかのように部屋を用意している。ここに来ることは、いつも誰にも言ってはいないのに、だ。

 

 まあ深く考えても意味はないので、私は老人から部屋の鍵を受け取り、二階へ上がった。

 

 一晩を過ごす部屋は、机と椅子とベッドがあるだけの簡素な部屋だった。 

 

 掃除の手が行き届いているのだろう、床、壁、部屋の隅、どこを見ても、埃一つ落ちていない。

 

 ベッドにかけられた布団は洗濯したてのふかふかだ。

 

 机の角には、万年筆とインクのはいった小瓶が置いてある。

 

 部屋に一つだけある窓が、風に吹かれて時折ガタガタとなっている。

 

 重い鞄を床に下ろし、毛皮のコートを椅子にかけ、ベッドに仰向けに寝転がった。

 

 目を閉じれば、思い出すのはやはりあの黒い液体のことだ。

 

 なにもなかった森の空き地に、突如として湧き出たあの黒い液体。

 

 一体あれは何なのだろうか。

 

 ・・・そういえば、海の底には、石油と呼ばれる黒い液体が埋まっていると耳にしたことがある。

 

 石炭や木炭より遥かに優秀な燃料として使える石油はとても価値があり、バケツ一杯分の石油が売れた金で、一年は寝て暮らせるらしい。

 

 もしあの液体が石油だったら、私は億万長者になれるのか。

 

 まあ、海の底に埋まっているものが森の中に湧き出てくるわけがないから、売上金の使い道を考えるだけ無駄だろう。

 

 さて、そろそろ夕食の時間だ。下に降りよう。

 

 

 

 一階の食堂に行くと、さっきは紳士服だった老人が、今度はコックの格好をして、厨房にたっていた。

 

「誠に申し訳ないのですが、まだ料理ができていないのです。お席のほうそちらに用意してありますので、お座りになってお待ちください。」

 

老人はテキパキと料理をしながらそう言った。

 

 私は言われた通り、席に座った。

 

 テーブルの上には既に例の美味い酒が用意してあった。

 

 このあたりでは、酒といえばビールが主流なのだが、この酒は、あの老人がいうには、なんと、芋から作られているらしい。

 

 土の中に埋まっているあの芋から、どうやったらこんなに美味い酒が作れるのか、とても気になるが、老人は作り方も、どうやって手に入れたのかすらも教えてはくれない。

 

 酒瓶には、異国の文字で何か書いてある。

 

 老人によると、地名が書いてあるらしい。

 

 どこの地名なのかと聞いたが、答えてはくれなかった。

 

 

 

 暫くして、料理が出てきた。

 

 メニューは老人に任せている。

 

 まず、カグヌの刺身が出てきた。

 

 カグヌはこのあたりで多くとれる川魚で、臭みが強いので、刺身にする事は殆ど無い。

 

 だが、老人の作ったこの刺身には、臭みは全くなく、繊細な味に仕上がっている。 

 

 一体どうやって臭みを抜いているのだろうか。

 

 当然、老人が作り方を教えてくれることはない。

 

 つぎに、いつもこの宿来ると出される、練り物が出てきた。

 

 味から察する限り、どうやら魚の練り物のようだが、こんな料理は他では食べたことがない。

 

 老人にこの料理の名前を聞くと、

 

「これは、私の故郷で酒のつまみとしてよく食べられていたものです。」

 

 といわれた。

 

 どうやら料理名すら教えないつもりのようだ。

 

 老人の言う通り、この練り物はとてもこの芋から作った酒と合う。

 

 料理名が分からなくても、老人の料理は美味しい。 

 

 ならば老人に料理のことをしつこく聞く必要はないだろう。

 

 あまり多く食べたつもりはないのに、いつの間にか満腹になっていた。

 

 老人にうまかったと告げると、

 

「お気に召したようでよかったです。」

 

と答えた。

 

 二階の部屋に戻り、机の上の万年筆を手に取った。

 

 

 

 

10月29日  吹雪

 

 今日は酷い吹雪だった。

 

 殆ど視界の無い中、何とか宿屋白梟(シロフクロウ)までは辿り着くことが出来た。

 

 老人はいつものように、部屋を用意してくれていた。

 

 夕食に、カグヌの刺身や酒などを頂いた。

 

 今は自室でこれを書いている。

 

 まだ吹雪は収まっていない。

 

 明日までには止めばいいのだが、、、

 

 さあ、今日はもう寝よう。




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