メギド72オリスト「茨を駆ける十二宮」   作:水郷アコホ

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2-2後半「腐惑の森」

 潜入組がアブラクサスに入国し、自由行動のために散開した、同日。

 アブラクサス近郊の森。時刻は先程、夕方から夜に移り終えた頃。

 

 たった今、何度目か見つけた幻獣を仕留めた直後のソロモン。

 バルバトスとエリゴスを入れて3人で行動している。

 

 

ソロモン

「ふう。日頃の幻獣退治に比べれば遥かに楽だけど、流石に日も暮れて来たしな」

「初日はこのくらいにして、一旦、ゲルに戻ろう」

 

エリゴス

「おーっし、やっと一息つけるな」

「何だかいつもの幻獣退治よりドッと疲れた気がするぜ」

「楽は楽だけど、やる気のねえネズミ幻獣しか出てこないんじゃな……」

 

ソロモン

「俺も正直、途中から延々と同じ作業やらされてる気分になってきてたよ」

「何だか、有るか無いか分からない物を拾うまでグルグル周回させられてるみたいな……」

「ネズミが出るのは降魔祭もそうだし、あっちよりも対処しやすいけど……」

「モチベーション的に少し辛いものがあるのは確かだな」

 

バルバトス

「ただ、それくらい、幻獣を頻繁に見つけたって事でもあるけどね」

「騎士団から聞いた、一日に見つかる幻獣の数より、不自然なほど多く……」

 

エリゴス

「そういや、あたしらが来る前は騎士だけで何とかなる程度の数しか居なかったはずだから……」

 

ソロモン

「今日になって、森に入り込む幻獣が増えた……?」

「まさか、俺達の存在が敵にバレてる……!?」

 

エリゴス

「な、何だよ、黒幕があたしらに幻獣けしかけてるってか!?」

 

バルバトス

「まだ可能性の段階だけどね。何しろ断定するには不自然な点も多い」

「第一に、『今日、敵に情報が漏れたんだ』と懸念する要素が殆ど無い」

「あるとしたら、初日から潜入組の正体が露見したとか、余程の手落ちの可能性くらいだ」

 

ソロモン

「確かに……グレモリーが居て、そこまでのミスを招くとも思えないな」

「騎士団側の活動も、潜入組を届けた事以外は、いつもと変わりないらしいし」

 

エリゴス

「ガブリエル……は、流石にありえねえな」

「つーか本当にそんなヘマしてたら、騎士団もアブラクサスもとっくに大騒ぎだろうしな」

 

バルバトス

「第二に、けしかけるには手駒が弱すぎる」

「統率させてる様子も無いし、見つかるのは十分に満たされて戦う気さえ無い幻獣ばかりだ」

「もし敵の武力が幻獣だけだったとしても、エサを抜いて苛立たせておくくらいは出来るはずだ」

「これじゃ『ただ多く送り込んだだけ』にしかなってない。余りにお粗末だ」

 

ソロモン

「まともに戦おうとしない幻獣じゃあ、俺達の力量を試すのにも使えないのは明らかだし……」

「確かに、こんな手を選ぶ理由が思いつかない」

 

エリゴス

「マジで、たまたま団体さんでやってきただけって線も出てきちまいそうなレベルだな」

 

バルバトス

「そうであったら、取り越し苦労で終わって万々歳だけどね。だが見方を変えれば──」

「もしこの幻獣たちに意味があるなら、今も俺達は敵の術中にあるって事だ」

「わけが分からないからって、油断だけはしないように」

 

エリゴス

「ハイよ、分かってるさ」

「『幻獣が居りゃ、あたしらが戦う』って、それ自体を利用されてる可能性も無くは無いだろうしな」

 

ソロモン

「赤い月みたいに、幻獣の犠牲で大きな仕掛けを動かす前例も何度かあったしな……」

「とにかく、まずは遊撃に出てもらったサルガタナスを召喚するよ」

 

エリゴス

「腑抜けた幻獣相手なら純正メギド単独でも余裕ってアイディア、間違ってなかったな」

「この数なら、バラけた方が効率よかっただろうし」

 

バルバトス

「お陰で、どうにかソロモンも俺ら2人が戦う分のフォトンを捻出できたしね」

「ついでに、乗り気でないサルガタナスに自分のペースで行動させてあげられた」

 

エリゴス

「本人いつも言ってるもんなあ、『やる気までは期待しないで』って」

「もしかしたら、もう一人で先にゲルまで帰ってたりして……ハハッ、なんつって──」

 

サルガタナス

「任された仕事くらいやるわよ」

 

エリゴス

「おわっ!?」

 

 

 近くの木の陰から、サルガタナスが現れた。

 

 

サルガタナス

「せっかくこっちから合流してやってみれば、人の居ない所で好きに言ってくれるじゃないの?」

 

エリゴス

「じょ、冗談だって、そこまで言うこた……いや、悪かったよ……」

 

バルバトス

「お、同じく……」

 

ソロモン

「ま、まあまあ」

「サルガタナスも、ご苦労さま、助かったよ。今日はここまでにして、ジョーシヤナ達の所に──」

 

サルガタナス

「……?」

 

 

 サルガタナスが露骨に眉間にシワを寄せて、ソロモンたちから一歩遠ざかった。

 

 

ソロモン

「……? サルガタナス、どうかしたのか?」

 

 

 サルガタナスの後退に対し、距離を埋め直すように一歩進み出ようとするソロモン。

 しかし先んじてサルガタナスの声が前進を制した。

 

 

サルガタナス

「近づかないで」

 

ソロモン

「えっ? な、何だよ急に……」

 

サルガタナス

「……」

 

 

 訝しむような目つきで3人を交互に観察するサルガタナス。

 3人の接近を警戒するように身構えながら、もう一歩距離を取り、サルガタナスは口を開いた。

 

 

サルガタナス

「……アンタたちクサイ」

 

アンタたち

「「「…………?」」」

 

 

 強烈なヤツが来たらしく、えづく2歩手前みたいな顔を見せた直後、顔の下半分を手で覆うサルガタナス。

 

 

アンタたち

「「「……」」」

「「「!?!?!?!?」」」

 

 

 2テンポほど遅れて脳髄に電流が走るアンタたち。

 

 

アンタたちA

「な、何を言うんだよ突然っ!?」

「(わ、腋とか? くんくん……いや、大丈夫だ!)」

「ちゃ、ちゃんと体も毎日洗ってるんだぞ!」

 

アンタたちB

「お、お……俺、が……」

「俺が……俺が、お、おオ、ぉ!?」

 

アンタたちC

「お、落ち着けよバルバトス、気をしっかり持てって!」

「幾らメギドとはいえ女に言われたからってそこまで……」

「つか、あたしもって事は……3人揃って幻獣の『落とし物』でも踏んだか──ん?」

「くんくん……うわ何だこれっ!? あたしの手と武器からヒデエ匂いが!」

 

アンタたちA

「え、原因は……エリゴス?」

 

アンタたちC

「あたしだけのせいにされてたまるかよ! 多分ソロモン達の髪とか服にも染み付いてるって!」

「とにかく、ちょっと確かめてみてくれよ。何か心当たりないか? 特に先端がヤバイ」

 

アンタたちA

「あ、うんゴメンつい……じゃあ、ちょっと失礼して……」

 

 

 差し出されたエリゴスのトンファーに顔を近づけるソロモン。

 直後、バネ仕掛けのように反り返ってトンファーから離れるソロモン。

 

 

アンタたちA

「うごっぷ……! げほっ、直に嗅いじゃダメなやつだった……」

「何か、状態の悪い牧場の匂いを、煮詰めて腐らせたみたいな……」

 

アンタたちC

「だろ? 別に変なもの触った覚えもないのに……くんくん」

「ヴゥっ、やっぱクセぇ! 腐らせたっつうか、ハナから腐ってるみてえな匂いだ」

「あたしの地元、治安が酷かったから、よく道端の犬猫がこんな匂い出してハエの山になってたよ」

 

アンタたちA

「げぇ……」

「あ、でも……念の為、もう一回だけ良いかな?」

 

アンタたちC

「おう、何にしても、どこでこんな匂い付いたか確かめないとだしな」

 

アンタたちA

「ありがとう。今度は慎重に……」

 

アンタたちC

「(ニヤリ……)」

「……ほれ!」

 

 

 匂いを嗅ごうと近づいたソロモンに、不意にトンファーをグッと近づけるエリゴス。

 子犬が飼い主のクシャミを間近で聞いた時のような動作で過剰なリアクションで避けるソロモン。

 

 

アンタたちA

「おわっ!? や、やめろよエリゴス! くっついたら匂い移っちゃうだろ!?」

 

アンタたちC

「へへへっ、何か面白くなってきた。ほーれ、うりうり~」

 

アンタたちA

「わっ、ちょ……やーめーろーよー!」

 

アンタたちB

「いたずら小僧か君たちはっ!!」

 

アンタたちC

「あっ、バルバトス復活した」

 

サルガタナス

「底なしのバカじゃないの?」

 

 

 ソロモンとエリゴスの無邪気な追いかけっこになりかけた所で話が引き戻された。

 

 

バルバトス

「ハァ……サルガタナス、君の言う『匂い』は、今の2人の表現に近いものかい?」

 

サルガタナス

「そいつらのセンスまで腐ってなければ、多分間違いないわね」

「メギドラルでも、『牧場』で似たような臭気が蔓延してた記憶があるわ」

 

ソロモン

「(『牧場』……何となく、深く聞くのは止めておいた方が良い気がするな)」

 

バルバトス

「ソロモンとエリゴスの話からしても、動物から発生する『匂い』なのは明白」

「そして、俺達はさっきまで、『やけに多い』幻獣を退治してまわってた……」

 

エリゴス

「ってーこたあ、これ、幻獣の匂いか?」

「それなら確かに、あたしが前衛で殴りまくってたから、1番キツくなってるかも知れねえけど……」

 

バルバトス

「くそっ……何て卑劣な『手』を……!」

「こんな忌々しい幻獣を……絶対に、絶対に許さないからなシュラー!!!」

 

エリゴス

「おいおい……」

 

ソロモン

「でもさ……だとしたら、幻獣なら騎士団も日頃から戦ってるはずだろ?」

「それなのに、俺達が初日にキャンプに入った時、別に匂いが気になったりはしなかった」

「俺達だけに匂いが染み付いてるって事にならないか?」

 

エリゴス

「それに、サルガタナスも幻獣ノしてくれたはずだから多少は匂いが……」

 

サルガタナス

「喧嘩売ってんの?」

 

エリゴス

「何でそうなんだよ!?」

 

バルバトス

「恐らく匂いは幻獣の体表よりも、内側から湧いているんだ」

「だから、少ない幻獣を手短に仕留めたり追い返したりする程度では、気になるほど匂いが付かない」

「そして、死体の匂いは一般的な腐敗臭に紛れたり、土や虫によって分解されるのかも」

 

エリゴス

「ぶん殴って飛び散った幻獣の血とか汗とかが匂いの元って事か」

 

バルバトス

「それを言えば、俺も銃弾で幻獣に風穴空けてるからね」

「自ら幻獣の匂いをそこら中に撒いたも同然だ……自業自得を誘うなんてますます憎たらしい!」

 

ソロモン

「もうすっかり慣れちゃったけど、戦うからには俺達、結構ひどい事してるよな……」

 

エリゴス

「……待てよ? そういや、騎士団の武器も大抵は剣とか槍だよな?」

「血が臭えんだったら、騎士団も装備の手入れで少しは気付くものじゃねえか?」

「切った刺したで武器に血が付くし、反撃受ければ鎧に幻獣の汗も付くだろ」

 

サルガタナス

「『空気』ね」

 

ソロモン

「空気?」

 

サルガタナス

「この『匂い』が私の知ってるものと同じなら、空気の循環が悪い場所で匂いを強めていくわ」

「逆に言えば、この『匂い』の元は、十分な空気に触れると分解されて無臭になる」

「目に見えないほど細かな『匂い』の元を、空気中の目に見えない矮小な生物が食べるのよ」

「だから 私は クサくない」

「クサイのは分解も間に合わないほど匂いを浴びまくったアンタたちだけ……良いわね?」

 

エリゴス

「お、おう……」

 

ソロモン

「(そ、そんなに気にするほどなのか……?)」

 

バルバトス

「あー……良いかい、サルガタナス?」

「もしかすると、それはこの幻獣たちの元々の棲み家を探る手がかりにもなると思うんだが……」

 

サルガタナス

「いちいち人の知恵借りなきゃ考える事も出来ないなら、世の中のためにもさっさと死んで」

 

バルバトス

「失礼……ただ、『否定しない』って情報を頂けただけでも、心から感謝するよ」

 

ソロモン

「えっと……?」

 

サルガタナス

「話の続きはアンタらで勝手にやってて。私はゲルに戻るから」

「お喋りでもしてたっぷり時間を置いて帰って。そして匂いが落ちるまで私に近寄らないで」

 

エリゴス

「まあ、騎士団やガブリエルにも迷惑だろうし、気をつけるけど……」

 

ソロモン

「幻獣退治で、獣の匂いとか付くのは珍しくないし、そこまで汚いモノ扱いしなくても……」

 

サルガタナス

「鼻が慣れて麻痺してんでしょうけど、アンタたち、シャレになってないからね」

 

アンタたち

「う……」

 

バルバトス

「帰ったら、すぐにでも体も服も清めよう……」

「他に、使える物が有れば何でも使おう。任務に支障を来さない内に、一刻も早く」

 

エリゴス

「まあ、そこは同感だけど……」

 

 

 森の奥へ、「ああ臭かった」と言わんばかりにそそくさと去っていくサルガタナス。

 足音も聞こえないほどサルガタナスが遠ざかったのを確認してから、会話を再開するソロモン達。

 

 

ソロモン

「で……バルバトス、さっきの話だけど」

 

バルバトス

「ああ。もちろん、ちゃんと説明するとも」

「幻獣の匂いは『空気を嫌う』環境で増大するというのは、さっきサルガタナスが教えてくれた」

「幻獣自身がそんな匂いを纏っているという事は?」

 

エリゴス

「そうか、匂いが充満したまま換気されない、空気の淀んだ場所がヤツらの棲み家って事か」

 

ソロモン

「それに、空気そのものが殆ど入らない細かな『隙間』の多い環境かな」

「となると、洞窟とか土の下……湿気も幾らかありそうだな」

「普段はそういった場所で生活してて、たまにこうして、森の方まで出てくるんだな」

 

エリゴス

「いっそベヒモスでも呼んでみるか?」

「あいつなら匂い辿って幻獣の根城も暴けるかもしれねえし」

 

ソロモン

「うーん……多分、やめた方が良いかも」

「俺たち監視組も身を隠してる立場だから、ベヒモスは、その……『向いてない』と思う」

 

エリゴス

「あ、そっか。召喚したらこっちに置いとかなきゃならねえもんな」

「動きたがりな方だし、ベヒモスの分の物資も騎士団に余計に出させる事になっちまう」

 

バルバトス

「『潜伏』って立場上、例え一人分でも物資の消費量は大きな問題だろうしね」

「ついでに、もしサルガタナスの言葉通りだったら──」

「匂いの染み付いた俺たちのせいで、ベヒモスを苦しめかねない」

 

エリゴス

「いや、嗅ぎ分けが得意なのと匂いに敏感なのは別じゃね……?」

 

ソロモン

「何にしても、ベヒモスを凄く不愉快にさせる可能性は高いかも……」

 

バルバトス

「ともかく、追加の召喚は見送るとして……だ。『可能性』はもう一つあるんだ」

「幻獣に染み付いた匂いの仮説その2 ──」

「散々、例えに出た通りだ。『牧場』でも、似たような匂いはする」

 

ソロモン

「『牧場』……えっ、ま、まさか!?」

 

バルバトス

「王都で話しただろう?」

「幻獣が不自然にアブラクサスに現れ、そして消えている」

「しかも、幻獣の居場所はアブラクサスの中という線が濃厚……」

 

エリゴス

「アブラクサスの奴ら……幻獣を『牧場』で飼育してるってのか!?」

 

バルバトス

「正確には、あの手の匂いは『厩舎』から湧きやすい」

「空気が滞るだけじゃなく、飼料や排泄物が一つ所に溜まりやすいのが一因だ」

「流石に『放牧』もしていないだろう。となると、ますます匂いも堆積していく」

「質の悪い飼料も似たような匂いがすると聞いた事がある。幻獣の内側から匂いが湧く説明も付く」

 

ソロモン

「でも、日頃から専用の建物に住まわせて、フォトンやエサを与えてるとしたら……」

「ただ潜ませるよりも、住民に隠し通すのが遥かに難しくなる、それならいっそ……」

「いや……『いっそ』なんてものじゃなく、かなり有り得そうだな……」

 

エリゴス

「おい、あたしも分かっちまったぞ……」

 

バルバトス

「あくまで、この推測が正しければ……だけどね」

「アブラクサスの住民の、全部では無いだろうけど……少なくとも数割が『受け入れてる』」

「大っぴらに幻獣を囲って、自分たちで世話をするという状況を」

「幻獣なんて飼育する理由……すぐに思いつくのは『軍事力』くらいだけどね」

 

ソロモン

「行きの馬車でも、不正な取引を誤魔化すためにアブラクサスが幻獣を使うかもって話はしたけど……」

 

エリゴス

「もし本当に『軍事力』だったら、完全に『難民の集まり』なんて言えなくなるぞ……」

「王都からは『楯突くつもり』としか受け取られねえ。しかも幻獣を使いやがるなんざ……!」

 

バルバトス

「……どうする? この推理、ガブリエル達にも共有するべきだろうか?」

 

ソロモン

「そ、それは……」

 

 

 ソロモンが考え込んで数秒後、森の奥から何かが近付いて来た。

 

 

ガブリエル

「おや、ここに居ましたか。幻獣退治、ご苦労様です」

 

ソロモン

「ガ、ガブリエル……!?」

 

ガブリエル

「サルガタナスから報告を受けましてね。幻獣の出所に関する『大きな』発見があったと──」

「むっ……?」

 

 

 ソロモン達に歩み寄りかけたガブリエルが、眉を顰めて一歩退いた。

 

 

ガブリエル

「なるほど……サルガタナスの報告通りですね」

 

バルバトス

「戦いは、キレイ事ばかりとはいかないからね……」

 

エリゴス

「んな哀しい目で言う程の事かよ」

 

ソロモン

「ま、まあ、この手際なら、サルガタナスが匂いを落とす準備の手配もしてくれてそうだし……」

「って……今、サルガタナスから『大きな』発見について聞かされたって……?」

 

ガブリエル

「その様子なら、恐らく互いの見解は一致しているでしょう」

「王都側は事前に、潜入した騎士の報告を通して把握しています」

「アブラクサスが擁する武力としての幻獣……言わば『幻獣牧場』の存在を」

 

一同

「!?」

 

ガブリエル

「報告によれば、アブラクサスが保有する幻獣は大まかに2種……」

「現在、森に出現しているネズミ型の幻獣の特徴は、その内の1種に合致しています」

「流石はメギド72、自分たちの力で、そこまで敵状を読み取るとは──」

 

ソロモン

「と……とぼけるな! 何でそれを前もって教えてくれなかったんだ!」

 

ガブリエル

「聞かれなかったからです」

「聞いた所で仕事内容に変化のない情報をいちいち説明したのでは機動力を欠きます」

「むしろ、知り過ぎれば潜入組の現地での演技に支障を来たす恐れも──」

 

ソロモン

「そういう問題じゃないだろ!」

「アブラクサスが住人ぐるみで幻獣を保有してるなら──」

 

 

 ソロモンが、まくし立てていた言葉を引き攣るようにして飲み込んだ。

 

 

ソロモン

「うわっ!?」

 

エリゴス

「なっ!?」

 

ガブリエル

「!?」

 

 その場に居た全員が身を強張らせ、忙しく周囲を見回した。

 

 

バルバトス

「な、何だ……この『音』!?」

 

ガブリエル

「(『もしや』……!?)」

 

 

 地面の土と草葉を巻き上げる音、木の幹に硬く軽い物を打ち付ける音、木の枝が何かにぶつかりざわめき、時にへし折れる音……。

 様々な音が、4人の360度全方位を包み込んで、100分の1秒の間断も無く何重にも鳴り響き続けている。

 

 

バルバトス

「何かが動いて……いや、這い回ってる? 新手の幻獣か?」

「……くそっ、こんな大合奏は今まで聞いた事も無い! 全く想像が付かないぞ!」

 

エリゴス

「ソロモン、せめてあたしの陰で屈んどけ! 何が来るか分からねえ!」

 

ソロモン

「あ、ああ、頼む!」

 

バルバトス

「ガブリエル、これが君の言っていた『2種』の、もう片方──?」

「……ガブリエル?」

 

ガブリエル

「……」

 

 

 ガブリエルは珍しく、険しい顔つきで目を見開き、無言で棒立ちになったまま動かない。

 表情は警戒とも怒りとも、ただならぬ焦りとも取れる複雑なものだった。

 

 

ソロモン

「お、おいガブリエル、どうしたんだ……!?」

 

ガブリエル

「お静かに……」

「……2種の幻獣の情報とは噛み合わない現象……それだけは確かです」

 

エリゴス

「つまりハルマさまでも『分かんねえ』って事だな!」

「バルバトス、回復も補助も後だ、いつでも撃てるようにしとけ!」

 

バルバトス

「言われなくても!」

「この状況……仕掛けてくるとしか思えない!」

 

 

 愛用のラッパ銃を、精密と安定を重視して両手で構えるバルバトス。

 射撃の姿勢を完成させる事に向けていた意識を、銃口の向こう──丁度向かい合っていたガブリエルの更に後方へと集中させ直した……その瞬間だった。

 時間にして十分の一秒弱。もっと短いかも知れない。

 バルバトスは、事態を脳が処理するより早く、条件反射的に指と表情の筋肉を拘縮させた。

 

 

バルバトス

「っ!?」

 

 

 一発の銃声。

 例の「音」が一瞬の間、一際に騒がしく木々を掻き鳴らした後、森に再び静寂が戻った。

 

 

エリゴス

「……お……『音』が……」

 

ソロモン

「止まった……?」

 

 

 バルバトスが構えたラッパ銃から、薄く硝煙が昇っている。

 ガブリエルはいつの間にか、両の掌を肩越しに背後へ向けるような姿勢を取っていたが、落ち着いた所作で腕を下ろした。しかし、その顔には冷や汗が一筋つたっていた。

 一方、震える手をゆっくりと下ろしたバルバトスは、発砲後から今までの僅かな間に、顔中からワッと冷や汗を噴き出していた。

 

 

バルバトス

「……済まない、ガブリエル……俺は、とんでもない事を……」

 

ガブリエル

「いいえ。今回ばかりは、あなた達ばかりに責任を求めるつもりはありません」

「この状況を踏まえなかった、こちらの落ち度の方が重いと言えます」

 

ソロモン

「ど、どうしたんだ、2人とも……?」

 

エリゴス

「何だ? そんな大した事してねえだろ?」

「あの『音』が鳴ってた時に、バルバトスが多分、敵に向けて撃ったってだけで……」

「……あれ? つまり今、ガブリエルの方を向いてぶっ放したって事に……?」

 

ソロモン

「!?」

「じゃ、じゃあ……バルバトスの……メギドの攻撃が、ガブリエルに!?」

 

ガブリエル

「落ち着いて下さい。バルバトスの狙いは『正確』でした」

「弾は弾頭どころか衝撃波さえ、私に掠めてもいません。護界憲章は健在のはずです」

 

ソロモン

「よ、良かった……!」

 

エリゴス

「良くねえよ!」

「狙いが正確だったか何だか知らねえけど、どんだけテンパったらそんな危機一髪やらかすんだよ!?」

 

ソロモン

「『音』が止んだって事は、狙いの先に敵が居て、たった今、命中して無力化した……?」

 

エリゴス

「んな事あたしでも想像がつく!」

「なんでそれをわざわざギリギリの狙いで迎撃しなきゃならなかったんだって話だ!」

 

ガブリエル

「私は瀬戸際で『感じ取った』に過ぎません……」

「バルバトス……貴方には、何が『見え』ましたか?」

 

バルバトス

「……」

「……俺が銃を向けた瞬間、『影』が見えた」

 

ソロモン

「影……?」

 

バルバトス

「詳しく姿を読み取っている暇は無かった」

「ガブリエルの向こうの木々から、何かが飛び出してきているように見えたんだ」

「そして、そう思った次の瞬間には……『影』がガブリエルのすぐ背後に居た」

 

エリゴス

「飛び込んで来るように見えたと思った時には、ガブリエルの後ろに……」

「ヴィータが物を考える以上の速さで襲いかかってきた……?」

 

バルバトス

「多分、そういう事だ」

「『影』はガブリエルの頭くらいの高さから、腕か、尾か……細長いものを振りかぶってた気がする」

「行動を選ぶ余裕なんて無かった……あの一瞬で、よく俺が攻撃なんて出来たと思うくらいだよ」

 

ソロモン

「次の瞬間には、ガブリエルが攻撃を受けてたかも知れないのか……」

 

エリゴス

「でもよ……それくらいなら別に問題なくねえか?」

「ガブリエルなんてどうでも良いってわけじゃねえけど、ハルマはあたしらよか強いはずだろ」

「ハルマが遅れ取るほど素早いとしても、一発もらったくらいで一大事とまでは──」

 

バルバトス

「なったかもしれない。それを誰より、ガブリエル本人が警戒していた……」

「少なくとも、そんな風に見えたからね。あの『音』が喧しかった時のガブリエルは」

 

ガブリエル

「……」

 

ソロモン

「ガブリエルが警戒……幻獣の攻撃を本気で恐れてたって事か?」

 

バルバトス

「俺は、一言も言ってないよ」

「ガブリエルを襲撃した『影』が、幻獣だったなんて」

 

ソロモン&エリゴス

「!?」

 

ガブリエル

「……王都で説明した通りです」

「シュラーの正体がメギドである可能性は極めて高い」

 

ソロモン

「シュラーが直接、俺たちを襲ってきた……!?」

 

バルバトス

「『音』がした直後のガブリエルを見て無ければ、撃ちまではしなかったかもね」

「エリゴスの言う通り、普段の彼なら、幻獣くらいで『取り乱し』たりはしない」

 

ソロモン

「襲ってきた相手が、幻獣より遥かに危険な存在だと察してたから……って事か」

 

エリゴス

「確かに、マジで相手がメギドだったら、ハルマが一発でも貰えば即・ハルマゲドンだしな」

「しかも、敵の間合いに入ってるのに姿も見えやしないと来た……」

 

バルバトス

「ただ、メギドの襲撃が『何故このタイミングなのか』って疑問は残るけどね」

「このタイミングで襲撃を直感できた、ガブリエル……君についても」

 

ガブリエル

「報告されていた幻獣のいずれとも異なり、限定的ながらハルマを出し抜く能力……」

「懸念するには十分な状況です。仮に万一だとしても、起きてからでは遅いのですから」

 

バルバトス

「(嘘では無いだろうけれど、本音でも無いと言ったところかな……)」

「まあ良いさ。今はそれより……」

 

 

 バルバトスが踵を返し、ソロモン達の背後の森へと向かっていく。

 

 

ソロモン

「バルバトス、どこへ?」

 

バルバトス

「君たちも付いてきてくれ」

「俺が『影』を撃った直後か、ほぼ同時……俺のすぐ横を『風』が通り抜けた」

「そして……アスラフィルたちほど大した耳は持ってないが、俺の聴覚が確かなら──」

 

 

 森の木々を観察し始めるバルバトス。そして、一本の木の幹を見て止まった。

 

バルバトス

「あった……見てくれ、『影』の正体、その手がかりだ」

 

ソロモン

「手がかり? ……あっ」

 

 

 バルバトスが指し示す木の幹を覗き込み、一目で手がかりが何かを理解するソロモン。

 続くエリゴスとガブリエルも理解した。

 

エリゴス

「木の幹に……足跡?」

 

ガブリエル

「土踏まずの辺りで直角を描いて途切れている……見るからに靴を履いたヴィータのそれですね」

「しかも泥などの付着ではなく、めり込むようにして、うっすらと刻印されている」

 

バルバトス

「最後の騒音は俺の背後から聞こえ、そして一瞬で『遠ざかった』」

「血痕や遺留品が見当たらないから、恐らく俺の銃弾はかわされてる」

「敵は飛び出してきた方とは反対側へ駆け抜け、そして撤退していったんだろう」

「つまり、さっきの『音』の正体は、この足跡の持ち主ただ一人って事でもある」

 

ソロモン

「あの取り囲まれたような『音』を、一人だけで……!?」

 

ガブリエル

「ふむ……退路と思われる方角の木が、不自然に枝や葉を落としていますね」

「我々に目撃されないため、高速を維持したまま、枝葉を巻き込んで去っていったのでしょう」

「撤退の痕跡がこれ1つのみだとすれば、バルバトスの『1人説』が妥当ですね」

「複数の幻獣の犯行と考えるとしても、靴を装着した小型幻獣の群れという事に……」

 

エリゴス

「よっぽど愉快な幻獣でも無きゃ、確かにピンと来ねえな」

 

バルバトス

「探せば同じ足跡がそこら中に見つかるだろうね。『音』の一部は、木を足場にしたためのものだ」

「硬い靴底と木の幹が打ち合わされ、靴跡が残る程の力を受けて枝が揺さぶられたんだ」

「多分、最初に俺が『影』を見た地点にも、同じような足跡があるはずさ」

「ガブリエルに飛びかかるための大ジャンプ……相当の踏み込みが必要だったろうからね」

 

エリゴス

「つまり……ナニか?」

「襲ってきたのは多分メギドで、力の弱いヴィータ体のままで勝負挑んできて──」

「木に足跡叩き込むくらいの脚力で駆けずり回って、あたし達を脅かすだけ脅かして帰ってったって?」

 

バルバトス

「状況から見れば……ね」

「正体がシュラーでありメギドだとすれば、敵は一撃必殺に特化した『能力』なのかもね」

 

ガブリエル

「偶然にせよ何にせよ、バルバトスの迎撃が間に合ったために好機を逸失──」

「やむなく撤退し、次の機会を待つ……といった形ですか」

 

ソロモン

「あるいは、最初から挑発が目的だったのかも……」

「何の目的かまでは分からないけど、この場でハルマを攻撃するつもりは無かったんだ」

 

バルバトス

「ありえるね。『影』は眼前に迫っていたし、完全に銃の射線上だった。そうそう外す状況じゃない」

「ガブリエルもあの時、襲撃に気付いて迎撃する様子があった。敵にとってはそれで十分だったのかも」

「襲撃に気づかせて、後は戦線離脱。だから俺の迎撃を事前に察知して、弾くか避けるか出来た……」

 

ガブリエル

「いずれにせよ、この場の全員、敵に完全に手玉に取られたという事実が全てでしょうがね」

「敵は恐らく一人。何も対処出来ず、正体も掴みきれず……」

「そして私もまた、事態を軽視し、エンカウンターの準備を怠りました」

 

バルバトス

「エンカウンター、持ってきてはいる……という事だね?」

 

ガブリエル

「無論です」

 

ソロモン

「それは当然の事じゃないか、バルバトス?」

「本当にシュラーがメギドだったら、場合によっては戦う可能性も十分あるんだし」

 

バルバトス

「それもそう……なんだけどね」

 

 

 木々が再びざわめいた。今度は至って常識的な音だった。

 ガブリエルがやってきたのと同じ方角から、複数の人影が現れた。

 

 

騎士ヒラリマン

「ソロモン王! ガブリエル様! 今の騒ぎは一体!?」

 

 

 数人編成の騎士団の部隊だった。

 

 

ソロモン

「騎士団の人たち!?」

 

エリゴス

「こんな夜中にガサガサカタカタ鳴らし立ててりゃ、そりゃゲルまで聞こえてるわなあ」

 

ガブリエル

「ご苦労。結果的にですが、こちらは問題ありません」

「あなた達は付近の敵の警戒にあたってください。ひとまず慎重に帰投し、道中で説明を──」

 

サルガタナス

「まだよ」

 

 

 騎士団の陰から、サルガタナスが現れて待ったをかけた。

 

 

ソロモン

「サルガタナス? 何で戻ってきて──」

「あー……」

 

エリゴス

「大掃除の準備みてえに布切れで口と鼻覆ってやがる……遠慮のカケラもねえや」

 

サルガタナス

「拠点でまで悪臭に見舞われるなんてゴメンだから、確実にケリを付けに来てあげたの」

「ほらヴィータども、言った通りにさっさと片付けてちょうだい」

 

騎士ヒラリマン

「了解です! サルガタナス様!」

 

騎士ジョーシヤナ

「事情はちゃんと聞いてます。ソロモン王達はひとまず、その場でお待ち下さい」

「こう見えて私、王都に出るまでは家業の出張掃除人の手伝いしてましたから、お任せ下さい!」

「さあ、荷物おろして頂戴。久々に腕が鳴るわ!」

 

荷物運びの騎士

「はっ!」

 

 

 騎士たちが開封した荷物から、水やら薬剤やら布巾やらが次々に並べられていく。

 

 

ソロモン

「あっ……サルガタナス、ちゃんと騎士団に俺たちの事、相談してくれたのか……!」

「ありがとう……で、良いんだよな?」

 

バルバトス

「俺のプライド的には複雑だけど、ここは素直に『助かった』と思うとするよ……」

 

エリゴス

「けど、あたしら完全に汚れもん扱いなんだが……」

 

ガブリエル

「気持ちは分からなくもありませんが……」

「各員。念の為、私の洗浄も頼みます。彼らと同等に容赦なく……私が認めます」

 

バルバトス

「それほどまでに……か」

 

ソロモン

「エリゴスの武器嗅いだ後だと、正直、無理もないと思えてくる……」

 

エリゴス

「うへえ、もしかすりゃ任務中、ずっとこれが続くわけか……?」

「バルバトスほどじゃないにしろ、こりゃ思った以上にコタえそうだな……」

 

 

<GO TO NEXT>

 

 




※ここからあとがき

 実際には、牧場などで問題になる悪臭成分は一度付着したら簡単には落ちない物のようで、そもそも匂いの元を蔓延らせない方向で酪農家の方々も苦心されているそうです。
 一応、嫌気性微生物由来の匂いなので酸素の多量な空間では拡散したり分解されたりで匂いが薄れては行くそうです。
 後は、服に付いた場合ならオイルクリーニングが有効であるとか。
 サルガタナスが無臭を主張できたのは、幻獣に出会っても直接殴り合ったり体組織を飛び散らすような戦いをしなかったためであり、微生物の迅速な仕事はサルガタナスの仮説に過ぎないと、そんな感じで補完してください。
 騎士団の装備についても、血や脂を効果的に落とす整備手順と、換気や乾燥の条件が良かったために、気になる前に悪臭を除去できていたとかでよろしくお願いします。



 話は変わりますが、ザガンさんがヴィータ体になった事に思う所が無いというオリ設定について。
 驚かれる話のように書きましたが、恐らくブエルとかも公式で、ヴィータになった事を殆ど気にしてないと思われるので、少数派ではあっても他に例を見ないほど珍しい事ではないという感じでよろしくおねがいします。念の為。
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