メギド72オリスト「茨を駆ける十二宮」   作:水郷アコホ

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3-1後半「伝聞形・伝心系・伝断絶刑」

 アブラクサス近隣の森。とある一際大きなゲルの前。

 ソロモン、エリゴス、サルガタナスが幻獣退治を終えて拠点に戻ってきた。

 戦闘前にあらかじめ合流地点として聞いていた場所がこのゲルだった。

 先に到着を待っていたガブリエルが一向に気付き、向き直る。

 

 

ガブリエル

「協力に感謝します」

「今、このゲルに朝食を運ばせている所です。バルバトスも、この中で作業を続けています」

 

ソロモン

「あ、うん……ありがとう」

 

ガブリエル

「……何か気にかかる事でも?」

 

ソロモン

「いや、何でも無いんだ……」

「(幻獣の規模が、昨夜から『減ってない』……)」

「(どっちにしろ数は少ないけど、昨夜も今日も、退治の効率が大して変わってない)」

「(『補充』されてるんだ。退治された分が補われる程度に、アブラクサスからここまで……)」

「(本当にアブラクサスは、幻獣を飼って……操ってる……!)」

 

ガブリエル

「……」

「まあ、いいでしょう。とにかく、まずは中へ──」

 

 

 ガブリエルに続こうとする流れに、興味の欠片もなさそうなサルガタナスの声が投げ込まれた。

 

 

サルガタナス

「ねえ。任務に直接関係ないなら、私はゲルで好きにしてて良いかしら?」

 

エリゴス

「おいおい……」

 

ガブリエル

「我々としては、特に問題ありません」

 

エリゴス

「良いのかよ!」

 

ガブリエル

「バルバトスに進展があれば、後でソロモン王からサルガタナスへ共有すれば良い話ですから」

「それにバルバトスの抱える案件は、傍目にも頭が痛む代物です。大勢で付き合う必要も無い」

 

ソロモン

「バルバトスに何が起きてるんだ……」

 

エリゴス

「例の『手紙』が届いたって話じゃなかったのか……?」

 

ガブリエル

「その『手紙』が少々……見れば分かります」

 

サルガタナス

「戻って構わないなら、私は遠慮なく戻らせてもらうわ」

 

ガブリエル

「どうぞ。丁度、兵たちも来たようですし」

 

 

 ガブリエルが見やる方向から、複数の兵が籠のような容器を持ってやってきた。

 森の空気に、食欲をそそる香りが混じる。

 

 

エリゴス

「お、うまそうな匂い。人数分の飯がご到着ってわけか」

 

ガブリエル

「誰か、食事と共にサルガタナスの護送を。彼女は戻って休むそうです」

 

騎士ヒラリマン

「は! よろこんで!」

 

 

 配食係の1人だったヒラリマンが歩み出た。

 やり取りに構わず踵を返すサルガタナスの後ろにヒラリマンが追従し、退場する2人。

 

 

エリゴス

「すかさず申し出たな……ある意味相性ピッタリだ」

 

ガブリエル

「ではソロモン王、エリゴス。改めて、こちらへ」

 

 

 ガブリエルに促されてゲルへと入るソロモンとエリゴス。

 果たしてガブリエルの言った通り、バルバトスは居た。広いゲルの中にたった1人で。

 その姿と滲み出す雰囲気に、ソロモン達は思わず、声をかけるのを躊躇った。

 

 

バルバトス

「……はぁ~~……くそっ、これじゃまた読み直しって事か……」

 

 

 バルバトスは椅子に腰掛け、卓上の書類と睨み合っていた。

 将校たちが地図を広げて軍議に用いるような広い卓だった。

 バルバトスは片手に手紙らしき書類、もう片方の手にペンを持っている。

 眼前に積んだ紙束にジリジリと何か書き込んでは線を引いて、また書き直す。

 卓いっぱいに、卓から溢れて床にも、書きかけとも書き損じとも知れない大量の書類が撒き散らされていた。

 

 

ソロモン

「あ、あの~……バルバトス……?」

 

エリゴス

「ありゃ大声かけねえと聞こえねえぞ。……よ、呼ぶか?」

 

ソロモン

「い、いや、やめてあげた方が良い気がする。一晩徹夜したみたいな顔になってるし……」

 

 

 バルバトスの目元にはうっすらとクマが浮かび、何度か掻きむしったと見える髪はセットが乱れ、数本の髪がバルバトスの視界を縦断していた。

 眉間のシワも、明らかに長いこと刻まれっぱなしのそれだった。

 

 

バルバトス

「だから……つまり、ここまでがさっきの『過去』の補足文だろ? それで、こっちが……」

 

ソロモン

「……あの、ガブリエル? バルバトスは一体、何をやらされて──」

 

ガブリエル

「少々お待ちを」

 

 

 ガブリエルが、バルバトスの席の隣へ歩み寄る。

 バルバトスの手元の作業をチラと見てから、ガブリエルは卓をダンと叩いた。

 

 

バルバトス

「!?」

 

 

 音よりも、卓の振動で手元が狂った事で初めて我に返った様子で、バルバトスがガブリエルを見上げた。

 

 

ガブリエル

「バルバトス。一旦、休憩を挟みます。いいですね?」

 

ソロモン

「あんなに鬼気迫ってる相手に、直球……」

 

エリゴス

「こういう時、容赦ないのも便利だよな……」

 

 

 やや呆けたような顔で周囲を見回すバルバトス。そこでようやくソロモン達に気付いた。

 

 

バルバトス

「あ……ああ、ソロモンか。そうか、もうそんな時間か」

 

ガブリエル

「あなたに『解読』を任せてから約3時間……進捗を見るに、想像以上だったようですね」

 

ソロモン

「さ、3時間……?」

 

バルバトス

「まあ、やり通してみせるさ、ガブリエル。作戦のためにも、俺のプライドのためにもね……」

 

エリゴス

「おいおい、こっち先に返事してくれよ! 一応だけどほら、女もココに1人居るからよ!」

 

バルバトス

「あはは、失礼エリゴス……確かに、一息入れた方が良さそうだ」

 

ガブリエル

「では、速やかに食事の準備を」

 

 

 ガブリエルの言葉で、外に待機していた兵がゲルに入ってくる。

 バルバトスとガブリエルが卓上と床の紙絨毯をかき集めてスペースを作り、兵達が食事を並べていく。

 そうして会食を初めて、十数分ほど後……。

 

 

ソロモン

「バルバトスが睨み合ってたのが……『ザガンの手紙』?」

 

 

 食事も半分以上が腹に収まって落ち着いてきた面々。

 改めてガブリエルから状況説明を受けていた。

 

 

バルバトス

「そうとも。俺の『個』に懸けても、女性からのメッセージを読み違えるわけにはいかない」

 

 

 今にも卓に肘を突きたいのを誤魔化すようにバルバトスが髪を掻き上げ、糧食を口に運んだ。

 糧食と言っても、ソロモン一行と共に補給が届いたばかりなのもあって、給食のようなある程度の味気と彩りを備えている。

 

 

エリゴス

「手紙1つに懸けるにゃモノがデカすぎだろ……」

「それに何だってザガンの手紙1つで『解読』なんて仰々しい話になってんだ?」

 

ソロモン

「そういえば、ガブリエルは『編集』をしてたとかって……?」

 

ガブリエル

「順を追って説明しましょう。バルバトスは話が終わるまで、食事と休息に専念してください」

 

バルバトス

「ああ。不甲斐ないけど、そうさせてもらうよ……」

 

ソロモン

「(そんなに……!?)」

 

ガブリエル

「まず……潜入組4人からの手紙が、早朝の日の出前に回収されました」

 

ソロモン

「うん。それは幻獣退治に出る前にも聞いたけど……」

 

ガブリエル

「メギド72には体力を温存していただくため、勝手ながら手紙はまず、我々で査読しました」

 

エリゴス

「まあ、手紙つっても実際は任務の報告書みたいなもんだし、そこは構いやしねえけど」

 

ガブリエル

「まずは……これが、グレモリーからの手紙です」

 

 

 いつの間に用意したのか、ガブリエルが手品のように書類の束を取り出してソロモン達に差し出した。

 

 

エリゴス

「グレモリーが最初だあ? ザガンの手紙の話は?」

 

ソロモン

「まあ、とにかく読んでみよう。どれどれ……」

 

 

 書類に目を通すエリゴスとソロモン。

 

 

ソロモン

「『第一次潜入報告書 一日目夜間より執筆』……ふむふむ」

 

エリゴス

「ん~……堅っ苦しくて目が滑るな……」

 

ソロモン

「え、そうかな? 何か俺、すごく読みやすいけど」

 

ガブリエル

「ソロモン王は立場上、公文書の類も多少は目を通すでしょうから」

「グレモリーの手紙は、王都と領地間などで交わされる書式にかなり寄せて書かれています」

 

エリゴス

「ああ、なるほど。そりゃあたしにゃご縁もねえわなアッハッハ」

 

ソロモン

「ま、まあまあ……」

「グレモリーは領主もやってるから、本人としてもそういう文章の方が書きやすいだろうし」

 

ガブリエル

「我々にとって最も詳細かつ明快な形式であり、その点は大いに助かりました」

「ただ……グレモリーの手紙はあくまでも、『自身が得た情報のみ』を詳述しています」

 

ソロモン

「そりゃあ、それが普通なんじゃないか?」

 

ガブリエル

「問題なのは、執筆前に他の潜入組と一度、情報を共有している点です」

「仲間から得た情報について、グレモリーは必要最低限しか言及していない」

「仲間たちの情報について概略を示しては居ますが、詳細は当人の手紙を参照するように、と」

 

ソロモン

「一番詳しく書けるグレモリーだけ頼らず、ちゃんと皆の手紙も見ろって事か」

 

エリゴス

「ハハッ、粋だねえ。いかにもグレモリーらしいや」

 

ガブリエル

「本来なら、同一の情報も様々な観点から持ち寄る事が望ましいのですが、確かに今回は……」

 

ソロモン

「?」

 

ガブリエル

「いえ、詳しくは後ほど。とにかく、グレモリーの示唆に従い、続く手紙も開封していきました」

「次に開封したのが、こちらのハーゲンティの手紙です」

 

 

 懐から、どこにでもあるような便箋用の封筒を取り出すガブリエル。

 

 

エリゴス

「何でお前の胸に後生大事に収まってんだよ」

 

ガブリエル

「食事と同時、グレモリーの手紙と共に兵たちに運ばせ、嵩張らないので携えておいただけです」

「卓上に置き場も無かったので。大した理由はありません」

 

 

 答えながら手ずから封筒を開け、数枚の手紙の束を取り出し、封筒を再び懐にしまい、手紙を開いてソロモン達に見せるガブリエル。

 

 

ソロモン

「どれどれ……ハーゲンティの手紙ならそんな難しくも無いだろうし……」

「『ボスへ アタイしょにちからだいこんぼしだったよ!』」

「……『初日から大金星』って書きたかったのか?」

 

エリゴス

「おお、こりゃあたしでも読みやすいや」

「つか何か……へへ。仕事の真っ只中だってのに、読んでて顔が緩んじまう書き方だな」

 

ガブリエル

「ハーゲンティは、召喚されてから読み書きを覚えたそうで。多少の誤字は問題ありません」

「そして自身の体験、感想について、より印象の強い事柄を優先して簡潔に記してあります」

「精密さは欠きますが要点は十分に捉えている。当人の学力を鑑みれば期待以上の出来です」

「余談ですが……ハルマとしては、こういった文章は素直に、趣深いと感じます」

 

エリゴス

「へ? 言っちゃナンだが、こんな『お子様の初めてのお手紙』みたいなのが?」

 

ガブリエル

「私事はさておき、重要なのはこの後の内容です」

 

 

 ハーゲンティの手紙の束を上から下へ一枚ずつ移し替え、何枚目かの手紙を見せるガブリエル。

 

 

ソロモン

「(さっきからハーゲンティの手紙、中身の割に扱いが優遇されてるような……)」

「って……ん? 『あとね、あたいきゅうしゃもみつけたよ』……あたい……厩舎!?」

 

エリゴス

「厩舎って言や……まさか、『牧場』!?」

 

 

 思わず身を乗り出す2人。

 

 

ソロモン

「……読み間違いじゃない。アブラクサスで厩舎を見つけて、門前払い受けたらしい……!」

 

エリゴス

「それにおい、こっちの行から書いてる部分って……」

「お目付け役って連中も、とにかく危険って聞いて怖がってるみたいな事、書いてないか?」

 

ガブリエル

「しかも、後のグレモリー達との情報共有を経て、厩舎の大まかな位置も割り出されています」

 

 

 言いながら、ハーゲンティの手紙をそっと元の順番に揃え直して封筒に収め、再び上着の内ポケットらしき辺りにしまうガブリエル。

 

 

ガブリエル

「各々の得た詳しい情報は後ほど改めて説明するとして……ハーゲンティの最大の成果は、この厩舎です」

「これひとつ取っても、我々にとってまさしく大金星と言って良いでしょう」

 

エリゴス

「ハルマがメギドを素直に褒めるたあ、珍しいもん見ちまったなあ」

 

ガブリエル

「それはそれ、これはこれです。種族がどうだろうと、有益な働きには相応に評価します」

 

エリゴス

「そいつぁどうも。乱暴者ばっかのメギドで悪かったねぇ」

 

 

 肩をすくめるような軽い調子で返すエリゴス。

 

 

エリゴス

「でもよ、敵の『武器庫』が見つかったようなもんなのは分かるけどよ……」

「あんたら、『幻獣牧場』は最初から知ってたんだろ? 今さら得になるのか?」

「それに厩舎も1つきりとは限らねえだろうに」

 

ガブリエル

「それが、そうでもなかったのです」

「まず、確かに『牧場』の存在自体はライアから知らされていましたが……」

「ライアが『牧場』を知った時には、彼女はアブラクサスで仕事を割り当てられていた」

 

ソロモン

「そうか、手紙にあった『初日の自由時間』ってのと違って、探し回る時間が取れないのか」

「普通の村よりフォトンも設備も不十分だから、一人ひとりの仕事も忙しいだろうし」

 

ガブリエル

「更に、ハーゲンティの手紙にある通り、厩舎は住民にとって一種のタブーです」

「アブラクサス住民に溶け込み、立場の安定を優先していたライアは迂闊な詮索も控えていた」

 

エリゴス

「潜入組くるまでは1人だけでやってきてたんだから、無理もねえか……」

 

ガブリエル

「まず、厩舎の実在と勤務する人員、更に住民の厩舎への印象、これらを得られた点が1つ」

「次に、『1つ確かめれば十分』という事」

 

ソロモン

「それって……もしかして、『アブラクサスが幻獣で武装してる』って証拠になるから?」

 

エリゴス

「(人のシマで勝手に稼いで、テメエらの拠点まで作ってるようなもんだからな)」

「(下剋上する気満々って事にしかならねえ。住民諸共ツブしにかかったっておかしくねえ)」

 

ガブリエル

「その点も無いとは言いません。ただ、ソロモン王が懸念しているよりは、建設的な理由です」

「例えば所在が割れれば、厩舎に求められる立地条件も見当がつきます」

「運用可能かつ、住民に適度に隠し通せる場所……絞り込みは難しくないでしょう」

「1つ見つければ、後は情報次第で他の厩舎も芋づる式に引き出せるのです」

「そしてグレモリーの手紙に、『まずはアブラクサス全体像の把握に努める』とありました」

 

エリゴス

「それ『偵察に本腰入れる』って事だろ。ますます不安的中してるようにしか聞こえねえぞ?」

 

ガブリエル

「ハーゲンティのお目付け役の中に、『厩舎が何故危険か知らない』者が居たそうです」

 

ソロモン

「ん? って事は……」

 

ガブリエル

「よしんば知っていても説明しないのが暗黙の了解らしい、とも」

「これも安定優先のライアには、簡単には引き出せなかったろう情報です」

「厩舎は複数あり、恐らく……その全厩舎、『存在そのものを知らない』住民が少なくない」

 

ソロモン

「じゃあ……じゃあ、幻獣牧場を運用してるのは、一部の人間だけか!」

「アブラクサスぐるみじゃなく、何も知らずに住んでるだけの人も結構いるって事だよな!」

 

エリゴス

「ならそいつらは純粋な難民だ。問答無用で皆殺しってわけにもいかねえはず──」

「いやでもなあ、王都より護界憲章を優先してた時あったしなあ……」

 

ガブリエル

「ご安心を。あの時ほど切迫はしていません。我々は決して、王都の威信を軽んじはしません」

「ハルマとしては危険の芽は早々に摘み取りたい所ですが、ここはひとまず──」

「人道的解決が王都の長期的な安定に繋がると結論が出ました。今後の方針も大きく前進します」

 

ソロモン

「よ、良かった……!」

 

ガブリエル

「くれぐれも、『偏見』は改めて下さい。我々にとって闘争とは、目的のための手段でしかない」

「戦争や略奪という手段のために目的を問わない、メギドのそれとは違うのです」

 

ソロモン

「ご、ごめん……」

 

エリゴス

「そっちの『偏見』も大概って言いてえが……まあ今回は黙って聞いてやるよ」

「一応、今じゃヴィータの身でもあるしな。今さら種族を偉そうに語る気もねえ」

 

ガブリエル

「それと……最悪の事態には今後とも備えてください。少なくとも次回の手紙が届くまでは」

 

ソロモン

「え……?」

 

ガブリエル

「グレモリーの手紙による総括もあるので、信憑性をある程度は認めています」

「しかし現在、厩舎に実際に赴いたのはハーゲンティのみ……」

「もしハーゲンティの勘違い……例えばお目付け役が口裏を合わせ彼女を騙していた場合は……」

 

ソロモン

「ちょ、ちょっと待ってくれ! アブラクサスの人達をそこまで疑うことも無いだろ!?」

 

エリゴス

「さっきは大金星って認めといて急に落としてくれんなよ!」

 

ガブリエル

「言ったでしょう。それはそれ、これはこれです」

「一個人の感じ取ったままを、組織として鵜呑みにするわけにはいきません」

 

ソロモン

「だからって……」

 

ガブリエル

「とにかく、住民の保護を最優先としつつも、結論としては引き続き様子見です」

「今日明日中には潜入組にも仕事が割り当てられます。調査にかける時間も削れますが──」

「グレモリーの方針では、寸暇を利用して厩舎と住民との関係を突き詰めるとの事です」

「続報があるまでは、あらゆる可能性を疑って下さい」

 

ソロモン

「分かったよ……でも、なんかさ……」

 

ガブリエル

「何でしょう」

 

ソロモン

「王都で説明を聞いた時より……『切り捨てたがってる』印象だなって」

 

エリゴス

「そういや、領主や王都達でアブラクサス住民の受け入れ先を話し合ってるとか言ってはずだ」

「面倒見る気あるなら、多少のワルだろうと邪険にしてる場合じゃねえだろうに」

 

ソロモン

「相手にメギドがいるかもとか、政治の難しい事情があるとか、分かってるつもりだけど……」

「もしかして本当は、アブラクサスの人達を助けるの……嫌がってるのか? 領主の人達も」

 

ガブリエル

「あの場は結局、保護賛成派のグレモリーが取り仕切ったので、聞こえが良かっただけです」

 

エリゴス

「賛成派……って、じゃあ反対派も!? おい聞いてねえぞ!」

 

ガブリエル

「私から説明する理由も無かったので」

「恐らくグレモリーの中で保護は決定事項。余計な悩みのタネを吹き込むはずもない」

 

ソロモン

「じゃあ……あくまで、俺にとっての極端な言い方だけど……」

「領主や王都の中では、住民をアブラクサスごと、『消したい』って意見も?」

 

ガブリエル

「当然です」

 

バルバトス

「俺は……イーバーレーベンに着いた頃から気付いてたよ」

 

ソロモン

「バ、バルバトス!?」

 

 

 既に食後のお茶も半分ほど片付けていたバルバトスが割り込んだ。

 疲労だけでない眉根の形が、悩ましくもここまで口出しを我慢していた事を伺わせる。

 

 

ガブリエル

「バルバトス。伝えるべき要件は、私でも十分に伝わるはずですので」

 

バルバトス

「失礼。いつもだったら、この場では俺の役目だったろうってね」

「ごちそうさま。ちょっと、席を外すよ。食事がこなれるまで、隣のゲルとかで休ませてもらう」

「それに……説教じみるのは、俺も気が進まない」

 

ガブリエル

「前もって手配済みです。どうぞ、ごゆっくり」

 

 

 残りの茶を飲み干して、バルバトスが席を立ちゲルを出ていく。

 

 

ソロモン

「せ、説教……?」

 

ガブリエル

「ソロモン王。アブラクサスの住民……あなたも面倒を見たいと思いますか?」

「あの広いアブラクサスを活用してみせるだけの数を……例えば、グロル村にでも?」

 

ソロモン

「そ、そりゃあ出来るってんなら、そうしたいに決まってる!」

 

ガブリエル

「他の土地と分配しても、グロル村の人口が倍以上になりかねない数を、養ってみせると?」

 

ソロモン

「え、あ……」

 

エリゴス

「……『移民』かあ……」

 

ガブリエル

「かつてアブラクサスが衰退した折、周辺領に『移民』が雪崩れ込み大きな問題となりました」

「どこだって、現在の人口で、等しく、最大限、幸福に暮らせる事を想定し運用されています」

「頭数だけが増えるなら、それだけ一人ひとりが身代を差し出さねばならないのです」

「財産も故郷も無く、流浪に弱り労働力にも微妙、しかし衣食住を賄えなければ虐待の誹り……」

「モラルのために、あなたの新たな故郷はどれだけ身を削る覚悟がありますか。ソロモン王」

「あなたに、グロル村に、その決断と責任を『背負う』事は……出来ますか?」

 

ソロモン

「……………………」

 

 

 泣きそうな顔で視線だけ右往左往するソロモン。

 

 

エリゴス

「……もう、そのへんにしといてやってくれ」

「『無い領地は振れない』か……バカのあたしでもグウの音も出ねえ」

 

ガブリエル

「任務中に諸侯が協議を進める段取りだと説明した通り……ちなみに、王都は保護賛成派です」

「作戦の方針さえ今後次第という理由がお察しいただけたなら、ここまでとしましょう」

 

ソロモン

「……うん」

「(何か……『ごめん』とさえ言うのが自分で許せないみたいな、辛い気分になる……)」

 

ガブリエル

「では話を戻して、手紙の件の続き……なのですが……」

 

 

 フッと気怠げに軽く息をついてから、ガブリエルはティーポッドを取り、ソロモンとエリゴスに茶のお代わりを差し出した。

 

 

ガブリエル

「どうぞ」

 

ソロモン

「え、あ、うん。あり……がとう?」

 

エリゴス

「何だよ急に。空気重くしたからって気にするタマじゃねえだろあんた?」

 

ガブリエル

「空気ではなく、気が重いもので」

 

ソロモン

「ガ、ガブリエルが……?」

 

ガブリエル

「ハーゲンティの次は、ハルファス……先程まで私が『編集』していたそれが、順番として妥当かと」

 

エリゴス

「じゃあ、バルバトスのせいで気になって仕方ねえザガンの手紙は、トリか?」

 

ガブリエル

「バルバトスの神経が落ち着かない内に、会話が向こうへ届いて休息の妨げになりかねないので」

 

エリゴス

「ハルマがメギドを気遣ってやがる……!?」

 

ガブリエル

「後は……あなた方にも我々の苦労を、上辺だけでも分かち合うべき代物だろう、と」

 

ソロモン

「何やらかしたんだ、ザガンとハルファス……」

 

 

 ガブリエルは、自分の茶も注いで、一口味わってから席を立ち上がった。

 ゲルの隅に安置された複数の椅子と、その上に並べ積み上げられた、恐らく作戦関係だろう書類束へと歩いていく。

 

 

ガブリエル

「ハルファスの手紙は、あなた方に幻獣退治に出てもらっている間に運んでおきました」

 

ソロモン

「(ハルファスの手紙は他の書類と一緒くたで、ハーゲンティのは自分で持ち歩いてた……?)」

 

ガブリエル

「この場で説明する事になると見越していましたし……現物の置き場にも困っていましたし」

 

ソロモン

「置き場に、困る……?」

 

 

 1つの椅子の正面に立ったガブリエル。

 ガブリエルが上半身を屈ませ、その椅子の上に乗った書類を……まるごと抱え上げた。

 

 

ソロモン&エリゴス

「え……え?」

 

 

 潜入組の手紙に使われた紙はいずれも、決して良質な素材ではなく、一枚一枚が薄い。粗い紙肌はいかにも脆い印象を与えた。

 経済規模と共同体としての地盤が噛み合っていないアブラクサスの事情を現したような、安かろう悪かろうの粗製品である。

 そしてガブリエルが両腕で運んできた紙束は全て、先程のグレモリーやハーゲンティの手紙と見るからに同じ材質だった。

 しかし束の高さは、フォラスやアンドロマリウスが好むようなハードカバー装丁の、丈夫な紙を重ねた学術書一冊強にまで達した。

 ソロモン達の前に置かれた紙の山は、それでも材質の儚さもあってか、軽いですよと言いたげな慎ましい音を立てた。

 

 

ガブリエル

「……ハルファスの手紙は、これで全部です」

 

ソロモン&エリゴス

「…………??」

 

 

 紙の山をしばらく眺めていた2人が、無理もないような間抜け面でガブリエルを見上げた。

 

 

ガブリエル

「聞こえた通りです。この、優に書籍一冊を超える書類全て、ハルファス直筆の手紙です」

「受け渡し業者からも『うちは郵便屋だ、キャラバンじゃない』と強く苦情を呈されました」

「ひとまずは、業者へ労力以上の謝礼を上乗せすると約束してその場は収めましたが」

 

ソロモン&エリゴス

「…………」

 

 

 顔中の穴がだらしなく開いたまま塞がらない2人の前に、ガブリエルはハルファスの手紙だという紙束を丸ごと差し出した。

 

 

ガブリエル

「事のいきさつは、この1枚目……あるいは『1ページ目』を読めば分かります」

「残りに目を通すかは、ご自由に」

 

ソロモン&エリゴス

「……」

 

 

 恐る恐る受け取るソロモン。

 ひとまず半分に分け、ソロモンが上半分、エリゴスが下半分に目を通してみる。

 

 

ソロモン

「……『ソロモンさんへ』……」

「『グレモリーに書き方を教わったけど、やっぱり何を書いたら良いか決められない』」

「『だから、思い出せる事、全部書くね』」

「『馬車に乗った。馬車が動いた。木の陰にモーリュの花が咲いてた』……」

「『空が青い。霊魂ムースみたいな雲を見つけた。馬車が石を踏んで揺れた』……」

 

エリゴス

「『女の人が近づいてきた。声が大きい人だった』……」

「『女の人はライアって名乗った。声が大きくて、いっぱい笑顔で、ちょっと羨ましい』……」

「……なるほど、いつものハルファスだった」

 

ガブリエル

「補足すると、そこに登場するライアが、事前に説明した騎士・ライア本人です」

「入国審査にライアが立ち会い便宜を図れるよう、調整を行いました」

 

ソロモン

「ああ、聞いてる。『裏表のない本当に良い後輩だ』ってジョーシヤナが言ってたよ」

 

エリゴス

「部下や先輩どころか、あんたにも態度変わらないからヒヤヒヤするつってたけど、マジか?」

 

ガブリエル

「ええ。カマエルは時々怒鳴りつけていますが、私は最低限の礼儀を弁えていれば特に何も」

「まあ……あの語彙には引っかかるものがある、というくらいですかね」

 

エリゴス

「語彙?」

 

ガブリエル

「いえ、私事です。『原文』を預かりますので、こちらへ」

 

ソロモン

「あ、ああ」

 

 

 紙束を重ね直してガブリエルへ返すソロモンとエリゴス。

 ガブリエルは席を立ち、ハルファスの手紙を元あった場所へ戻しに行く。

 

 

ガブリエル

「ちなみにこれも余談ですが、ハルファスの手紙について」

「我々と別れてアブラクサスに着くまでの馬車からの描写……何の因果か72ページ」

 

ソロモン

「そんなに気付く物事たくさんあったのか……!?」

 

エリゴス

「しかも覚えてたのかよ! 詩人かよ!?」

「てか、あたしが読んだ下半分でもうアブラクサス入りしてたっぽいって事は、全部で……」

 

ガブリエル

「一般に流通している紙質で、ごく一般的な書物のページ数が、多くともおよそ300ページです」

 

エリゴス

「いやもう何ページだよ!?!? ハルファスもよく一晩で書けたな!?」

 

ソロモン

「『やる』って決まったら、精一杯がんばってくれる子なんだな……」

 

ガブリエル

「そして……こちらが、『編集』の成果です」

 

 

 ガブリエルがゲル壁際の椅子に手紙を戻し、隣席に積まれた常識的な厚みの紙束を取って見せた。

 戻ってきたガブリエルは、先程のハルファスの手紙原文と改めて比較するように、紙束を片手で肩の上辺りに小さく掲げた。

 

 

ガブリエル

「『編集』の意味は、これでご理解いただけたでしょうか」

 

ソロモン

「ハルファスの手紙から、任務に関係ありそうな情報だけ抜き出して、書き写して……」

「それも手紙受け取った早朝から、俺を起こしに来るまでの時間で……!」

 

エリゴス

「ガ、ガブリエル……あんた、すげえよ……ハルマとかメギドとか、もう関係なく」

 

ガブリエル

「お構いなく。ハルマにとって、こういう単純作業はそれほど難しい事ではありません」

「『単純な物量』には些か手こずりましたが……さておきハルファスの情報です」

 

 

 ガブリエルが、手の中のリストアップ情報の中から数枚の紙を取って差し出す。

 受け取って軽く目を通すソロモン。

 

 

ソロモン

「『ハルファスがシュラーとの接触に成功』……!?」

「しかも、4人で一番最初に1対1で会って、読んだ限りシュラーの態度も好意的……!?」

 

エリゴス

「おおっ! 早速お手柄か?」

 

ガブリエル

「生憎と、それ自体は重要ではありません。シュラーは日頃、住民との交流に積極的ですので」

 

ソロモン

「ま、まあ確かに、実際の人物像だけならライアがもう調査済みのはずか」

 

エリゴス

「じゃあ、シュラーに会った事の収穫って他にあるのか?」

 

ガブリエル

「『場所』です」

 

ソロモン

「『場所』? どこでシュラーと会ったかが重要なのか?」

 

ガブリエル

「ええ。シュラーと出会い、その場を離れるまでの一連の描写が緻密に綴られていました」

「しかもこの『場所』の情報、グレモリーの手紙には全く示唆されていなかった」

 

エリゴス

「ああ、まあそりゃ無理もねえって」

「あれだけの文章量、面と向かい合いながら口で全部説明するわけにもいかねえし」

 

ソロモン

「ただでさえハルファス、話すの得意な方じゃないしな」

「多分、潜入組で情報共有した時点では、『シュラーに会った』って事だけ注目されたんだ」

 

ガブリエル

「責めるつもりはありません。あくまでも事実と経緯を説明したまでです」

「むしろ、グレモリーの総括以外を軽んじていた我々の先入観を思い知らされた面もある……」

「話を戻して、その『場所』というのが天文観測塔……星を研究観察していた設備です」

 

ソロモン

「昨夜、地図で見せてもらった、アブラクサスの端っこの塔だな」

 

エリゴス

「あの海岸の……下水を捨ててる側の、ほとんど塀と合体してるような所か」

 

ガブリエル

「(ただ、ハルファスは『よく分からない人達に教えてもらった』と妙な事を……)」

「(今の住民に知る術の無いアブラクサス建国史を演劇調で教えてくれた、とも)」

「(しかも調査の結果、王都が把握する歴史と同等以上の精度で……)」

「(繁栄の経緯、強引な土地開発、国家変態賞……全てが史実に即していた)」

「(何より、ハルファスの本来のお目付け役でないと自ら明かし、消えた……)」

 

ソロモン

「ガブリエル? 何か考え込んじゃって、どうしたんだ?」

 

ガブリエル

「いえ……とにかく、ハルファスはこの天文観測塔の最上階でシュラーと出会い──」

「そこで、大量の『バラ』を見たと報告しています。2枚目をご覧ください」

 

ソロモン

「『バラ』……『原種』か!?」

 

エリゴス

「ど、どれだ!? どこだ!?」

 

 

 たった1枚紙をめくるだけの動作に食いつくようになりながら、該当する行を探す2人。

 

 

ソロモン

「……あ、あった!」

 

ガブリエル

「読みながらで構いません。続けます」

「ハルファスが詳述してくれたバラの特徴は、文献にある『原種』のそれとほぼ一致しています」

 

エリゴス

「ってこたあ、やっぱり!」

 

ソロモン

「いやでも……『原種』と良く似た別の品種って可能性は?」

 

ガブリエル

「ゼロとは言えないまでも、現状の調査では可能性は極めて低い」

「王都が確認済みの品種の中で、ここまで『原種』の原型を保っているバラは皆無です」

「これがハルファスの手紙から得られた中でも特筆すべき収穫であり……同時に、問題です」

 

エリゴス

「違えねえ。消えたはずの『原種』なんざ言い値で売りさばける……大問題の証拠だな」

 

ガブリエル

「いいえ。『それでは安直すぎる』事が問題なのです」

 

エリゴス

「は?」

 

ガブリエル

「見つからなかった……などという事が、あると思いますか?」

「鍵のかかっていない建物の、一部とはいえ壁を覆うまでに繁茂したバラが、今の今まで」

 

ソロモン

「じゃあ、バラはもっと前からライアが見つけてて……?」

 

ガブリエル

「逆です。何故か、『ハルファスが初めて見つけた』のです」

「これまでのライアの報告に、天文観測塔のバラなど一度も記された事は無かった」

「天文観測塔の内部を調査した報告資料なら、何度も送ってきていたにも関わらず」

 

ソロモン

「ん……え?」

 

ガブリエル

「文面の中だけで類推するなら、大きく分けて4つ……」

「1つ、ハルファスの見聞に大なり小なり『思い違い』が含まれていた」

 

ソロモン

「ハルファスが見たのは普通の花だったけど、つい『原種』と思い込んだ……とかか?」

「あり得ない……とは言い切れないけど、ハルファスがってのが……余り想像できない」

 

エリゴス

「ああ。ぽーっとしちゃ居るが、あいつは『見た通り』を色眼鏡抜きで受け取れるやつだ」

 

ガブリエル

「では2つ……ライアが今日に至るまで、バラの事実を隠蔽していた」

 

エリゴス

「それも、それで……よく知りもしない相手を疑うような真似もなあ」

 

ソロモン

「うん。それにそもそも、そんな事してもライアに何の得も無い」

「追加の潜入組が来れば必ずバレるような嘘を突き通したって、無駄に信用を失うだけだ」

 

エリゴス

「『仕事終わったら処罰してください』って、わざわざツバ吐いてるようなもんだよな」

「それにジョーシヤナがライアを随分気に入ってたのを思うと、疑うのは尚更……」

 

ガブリエル

「3つ。最後のライアによる調査から今までの間に、突如バラが発生した」

 

ソロモン

「最後に天文観測塔をライアが調べたのは?」

 

ガブリエル

「仕事の一環で点検に訪れた、つい先週」

 

エリゴス

「論外だな……持ち込めたにしたって日持ちしねえし意味もねえ」

 

ガブリエル

「では最後……自覚の有無を問わず、潜入組の誰かが、既に『籠絡』されている」

 

ソロモン

「なっ……!!」

 

ガブリエル

「潜入組の誰かが、アブラクサス側の意図通りの手紙を書いているために矛盾が生じた」

 

エリゴス

「おい! そりゃ幾らなんでも……!」

 

ガブリエル

「説明はつきます。それに──」

「(特にハルファスの手紙……『よく分からない人』が余りに怪しい)」

「(緻密な描写だけに、あの『くだり』が異彩を放つ。極論、何らかの幻覚を……)」

「(……いま検討しても無意味か)」

「それに、メギド達はともかく、ライアはアブラクサスに潜入して、もうかなり長い」

 

ソロモン

「……もしかして王都はもう、ライアを疑ってかかってるのか?」

 

ガブリエル

「『もう』ではありません。最初からです」

「諸事情で最初の潜入人員がライア1人に限られた時から、幹部級は全員、念頭に入れています」

「ライアは最悪、潜入初日からでも既に、アブラクサスに寝返っている」

 

エリゴス

「んだとぉ!? あんたらのために身一つで働いてるやつをテメエ!」

 

ガブリエル

「身一つだからこそです」

「追放メギドなら、環境の違いがどれほど己を変えるか、ご理解いただけるのでは?」

 

エリゴス

「……っ!」

 

ガブリエル

「男子禁制……言葉にすれば簡単ですが、行うとなれば、ただ国を閉鎖するのとは次元が違う」

「事実、王都の人間でアブラクサスの実態を目にしているのは、今までライア1人だけです」

「そして、王都とアブラクサスの橋渡しを可能とするのは現状、ライアのみ」

「危惧しながらも敢えて泳がせた事で、今回のメギド潜入に漕ぎ着けたと言っても過言ではない」

 

ソロモン

「『異物』を入れさせず、内から情報を漏らさせもしない『やり手』が居るのか……」

 

エリゴス

「一年も会ってない内に、何かの拍子でその『やり手』に抱き込まれて……ってか?」

 

ガブリエル

「かつて放逐された男性達が保護された事で、アブラクサスの一件が発覚したのですが……」

「そのアブラクサス出奔者の中で今現在、まともに口を利ける者は1人も居ません」

 

ソロモン

「ど、どういう意味……?」

 

ガブリエル

「幻獣や暴漢に襲われ、あるいは病にかかり……『証言』は様々でした」

「いずれにせよ、王都が調査に赴いた時点では、生き残りは会話すら困難な者ばかりでした」

「男性は元より、その恋人や家族など、連れ立ってアブラクサスを出た女性も同じく……」

「ライアの報告以外、アブラクサスの情報は断片的な証言の継ぎ接ぎが殆どです」

 

エリゴス

「この流れで話すって事は……それも『やり手』の仕業だって?」

 

ガブリエル

「……出奔者を保護した周辺領はいずれも、後にアブラクサスと不透明な貿易を行っています」

 

ソロモン

「ま、まさか……」

 

ガブリエル

「証言が可能な出奔者はいずれも、『会話が困難』という被害が共通しています」

「聴取した出奔者は皆ひどく錯乱していたため、領地の関係者が介添人として同席していました」

「聴取直前、あるいは聴取後に、出奔者の半数近くが原因不明の容態悪化で死亡しています」

「そして王都は、『出奔者が実際に領外で何かに襲われた』という痕跡を掴めていません」

 

エリゴス

「それ、『王都が調べに来る前に口封じされてた』って言ってるも同然じゃねえか……」

 

ソロモン

「そ、そんなのもう……その時から、周辺領でグルになってたとしか……」

 

ガブリエル

「当然、王都も全力で追求を試みましたが……結果は無念という他ありませんでした」

「『原種』の毒が知れてから今まで、周辺領には『反原種』とでも言うべき思想もあったので」

 

エリゴス

「『反原種』?」

 

ガブリエル

「ええ。『原種』の毒が恐ろしいものだと、過剰に感化された者たちです」

「『原種』を忌み嫌う余り、『原種』の文献が全て焼かれている領地さえあるほどに」

「例えるなら流行病の噂に怯え、根も葉もないデマで他者を排斥する現象とほぼ同義でしょう」

「流行病について書かれた医学書すらも、病を想起させて『汚らわしい』と焼き捨てるが如く」

 

エリゴス

「あー……」

 

ソロモン

「(メギドラルでのビルドバロックも、ある意味似たようなものかもな……)」

「って事は、『原種』が生まれたアブラクサスから来たとか、それだけの理由で……?」

 

ガブリエル

「ええ。それだけの理由で、です。なまじ根絶して歴史を経た事が裏目に出ました」

「口にするだけで『反原種』派に『成敗』されると口を噤む者もあり、捜査は難航しました」

「領地によっては、『原種』の毒は伝染するというデマまでまことしやかに浸透している例も」

 

エリゴス

「そんなデマのある土地で、アブラクサスからボロボロのヴィータが来ちまったら……」

 

ガブリエル

「病院でなく、領地の外塀の陰で聴取した記録も残っています。そういう事です」

「当時の王都の推測では、アブラクサスの根回しによる口封じが半分、残りは……」

 

エリゴス

「ああ、分かった……もういい」

「『やり手』にライアが操られてるかも知れねえし、本当の敵は『やり手』だけでもねえ──」

「よっぽど覚悟決めねえと、アブラクサス切り崩すのはハンパにゃいかねえんだな」

 

ソロモン

「(アブラクサスに関係なく、自分たちの信じたデマで、王都の調査まで拒んだのか……)」

「(アブラクサスを追放されて、そのアブラクサスのせいで迫害されて……)」

「(男ってだけで、そんな事に? あんまりだ……)」

 

 

 消沈する2人の手からガブリエルが書類を抜き取り、順番を揃えて紙束に戻した。

 無言で席を立ち、ハルファスの手紙同様に元あった場所に置き、席に戻って茶を一口含んだ。

 

 

ガブリエル

「いずれにせよ、この『バラ』の齟齬については、5人全員に問い合わせの返信を送る予定です」

「アリバイを偽装するため返信の殆どは明日以降になるでしょうが、何か動きは出るはずです」

 

エリゴス

「あ……『蟻這い』?」

 

ソロモン

「時間の辻褄合わせみたいな意味だよ」

「潜入組は、筋書き上の故郷とか遠くに送った事になってるから、返事も遅くしなきゃだろ?」

 

エリゴス

「あー、届いて返事書かれて、またアブラクサスまで届けられてってか」

「遠くの領地からの手紙が一日そこらで届いちゃ、そりゃ怪しまれるもんな」

「つーかそんな言葉、生まれて初めて聞いたぞ。ソロモンもよく知ってんなあ」

 

ソロモン

「俺も、前に推理小説っていう本で偶然知って、アンドロマリウスに教えてもらったんだ……」

 

エリゴス

「アハハハ、小難しいなあ世の中ってな」

 

ガブリエル

「一般的に珍しい単語ではありませんよ」

「エリゴスはともかく、ソロモン王はもう少し書を知るべきかと。さておき──」

「筋書き上の誤差も出ますが、最も早い返信先がグレモリーなので問題も少ないでしょう」

 

エリゴス

「あんたらが一番疑ってるライアに最初に届いて、握り潰されたりせずに済むわけだ……」

 

ソロモン

「グレモリーが手紙送る相手が、一番アブラクサスの近所って事になってるのか?」

 

ガブリエル

「そういう事です。ライアよりも早く返信が届く筋書きをと、ジョーシヤナに依頼しました」

 

ソロモン

「寝返ってる場合に備えて、か……」

 

ガブリエル

「ジョーシヤナの筋書きでは、アブラクサス周辺領に届く事になっています」

「業者の動き次第では、早ければ今夜中に届けても辻褄を合わせられます」

 

エリゴス

「でもグレモリー……じゃねえ、『ギーメイ』はもっとヨソの領地の私兵って筋書きだろ?」

「しかもギーメイは元居た国から追われてるから……手紙出せる相手なんて居るか?」

 

ガブリエル

「筋書きでは、ギーメイは周辺領のとある人物の手引でアブラクサス入りした事になっています」

「筋書きによると、そのとある人物は昔、川で溺れた少女を助けた──」

「そしてその少女が今、アブラクサスに居ると噂に聞いた」

「その真偽を確かめるため、安住の地を求めるギーメイ一行にアブラクサスを紹介した……と」

 

ソロモン

「ああ、じゃあその実在しない『周辺領のとある人物』に手紙を送ってる事にしてるんだな」

「『とある人物』が助けた女の子について、アブラクサスから情報を届けてるって形で」

 

エリゴス

「体張って助けた子供が吹き溜まりみたいな所に流れ着いてたら、まあ心配にもなるか」

「『ギーメイ』じゃなく『グレモリー』でも、そういう事情なら律儀に手紙もよこしそうだ」

 

ガブリエル

「他に潜入組の返事に加えたい事柄があれば、今の内に考えておいてください」

「さて、多少は気分も落ち着かれたなら……バルバトス曰くところの『至上の難題』に入ります」

 

 

 ガブリエルが瞳を卓へと移した。

 視線を追うと、バルバトスが座っていた席の前に広がる、書きかけの紙の海と、幾つかの書類の小山。

 

 

エリゴス

「そっか、そういやザガンが残ってたんだった……」

 

ソロモン

「『難題』って、バルバトス……」

 

ガブリエル

「あながち的外れとも言えません。最初は、何も知らずにジョーシヤナが査読を担当しました」

「ここに置かれているのが、ザガンから送られた手紙なのですが……」

 

 

 ガブリエルが書類の山の1つに手を伸ばし、上から数枚ほどを取って内容を確認する。

 

 

エリゴス

「ジョーシヤナが読んで……どうしたって?」

 

ガブリエル

「20分後、手紙と共に部下が差し入れていたスパゲッティに顔面を突っ込んで撃沈していました」

 

ソロモン

「なんで!???」

 

ガブリエル

「少々お待ちを。バルバトスの『解読』の妨げにならないよう、慎重に扱っ──」

 

 

 ガブリエルが発話を中断し、眉を顰め、顔を俯向けながら目頭のあたりを押さえた。

 

 

ソロモン

「ガ、ガブリエル!? どうした!?」

 

ガブリエル

「……いえ。少しめまいを受けただけです」

 

エリゴス

「(奥義かよ……)」

 

ガブリエル

「バルバトスに託す前、私も少し『解読』を試みたので、記憶がぶり返しました」

「……もう大丈夫です。こちらがザガンの手紙、最初の1枚からの数枚分です」

 

 

 ガブリエルの反応を目の当たりにした2人は、ゴクリと唾を飲み直してから手紙を受け取った。

 

 

ソロモン

「これがザガンのてが、み……ん?」

「…………なんだこれ?」

 

エリゴス

「……えらい『ガタガタ』だな。下半分から……斜めに読むのか? いや、波型に?」

 

ソロモン

「どうなってんだ? ザガンって、別に読み書きが苦手とかじゃ無かったはずだけど……」

 

ガブリエル

「最初の1行だけ……唯一まともに記されているそこだけ、読んでいただければ十分です」

 

ソロモン&エリゴス

「(唯一って……)」

 

ソロモン

「えっと、最初の……あ、これは真横に読めそうだ」

「『書きたい事ありすぎるから、思いつくまま全速前進で書く。読みにくいかもだけどゴメン』」

 

ソロモン&エリゴス

「……」

 

ガブリエル

「グレモリーの手紙のお陰で、ザガンが記したでだろう、おおよその主旨は分かっています」

「どうやらザガンは、シュラーの正体について重要な情報を握っているそうです」

 

エリゴス

「ザガンが!?」

 

ガブリエル

「何をどうしてかは、グレモリーからは何も……ただ、『相談』を受けたそうです」

「シュラーについての報告内容で、ザガンは何か悩む所があったとか」

「そこでグレモリーは、全てが価値になりうるから、考えている全てを書いて伝えろ……と」

 

エリゴス

「それで肩押されるまま、全力ぶつけたってか……手紙に」

 

ソロモン

「全速前進って書いていながら蛇行どころじゃないんだけど……」

 

エリゴス

「それはほら、いつだってザガンが向いてる方が『正面』ってこったろ?」

 

ソロモン

「……ちょっと分かりそうで全然分からない」

 

ガブリエル

「行が上下に傾いているくらいは、まだ序の口です」

「例えば2枚目の中盤、何の前触れも無く、内容がザガンのメギドラル時代に飛びます」

 

ソロモン

「え……あ、なんか、メギドラルがどうこうみたいな単語は拾える」

 

エリゴス

「なあ、2枚目の下の端っこから、真ん中あたりまで矢印ひかれてるのは何だ?」

 

ガブリエル

「4枚目後半から書かれる、矢印が指す行への補足文……だろうとの事です」

 

ソロモン

「確証には至ってないの……?」

 

ガブリエル

「何分、『解読』はまだ途中ですので」

「その矢印にしても、段落の頭だったり段落全体の中ほどを指していたりで読み取り困難です」

「他、説明不足の造語、表現を変えただけの同じ話題の繰り返し、過剰な主観的表現──」

「何行も取り消し線で埋めた話題を『5枚目くらいに後回し』としながら、語られたのは8枚目」

「それらが文脈も時系列も明示されないまま、四方八方へ飛んでは入れ替わり……」

 

ソロモン

「本当に『思いつくまま』書いたのか……」

 

ガブリエル

「担当撃沈につき、破壊力を知らぬまま私と騎士数名で『解読』を引き継ぎましたが……」

「朝食の片手間で臨んだ、私を除く騎士全員が、朝食のスパゲッティに顔面を墜落させました」

 

ソロモン

「だからなんで顔突っ込むの!?」

 

エリゴス

「何にしても、それで慌ててバルバトス起こして、バルバトスもあの有様になってる、と……」

 

バルバトス

「『解読』の傍ら、気を紛らわすように呟いていました」

「『時制表現の嵐に呑まれている』、『紙の上のハルマゲドン』などなど」

 

エリゴス

「……文字が読める幻獣とか出てきたら、もしかしてこれ見せたら……」

 

ソロモン

「いやいやいや、ザガンなりに真面目に書いた手紙だろ!?」

 

ガブリエル

「結局、ザガンの手紙の内容については、今はまだ解読待ちとなります」

「私はまだ仕事がありますので、これで。ついでですので、食器も私が預かります」

 

 

 空になったソロモンとエリゴスの食器を重ねていくガブリエル。

 

 

ソロモン

「えっ!? あ、あり、がとう……」

 

エリゴス

「ガブリエルがあたしらの飯の片付けって……夢でも見てんのかな」

 

ガブリエル

「通りがかりに騎士に渡せば効率的だというだけです。ソロモン王には後を頼みたいので」

 

ソロモン

「頼む?」

 

ガブリエル

「バルバトスが戻り次第、幻獣が現れない限りは『解読』を手伝ってください」

 

ソロモン

「お、俺が!?」

 

ガブリエル

「彼1人に任せっきりでは、『潰れ』てしまわないとも限らないので」

「少なくとも書類の整頓……後はフォトンを与えれば、活力の足しくらいにはなるでしょう」

 

ソロモン

「……ザガンの手紙を、一緒に『解読』……」

「(『見てる』だけならまだ良いけど、『読む』と思うだけで、頭が痛くなる……)」

 

エリゴス

「……さ、さーて、あたしは腹ごなしに巡回でもしてくるかなー」

 

ソロモン

「あ、ちょ、待っ……!」

 

 

 縋るように伸びるソロモンの手をかわして、エリゴスがゲルの外へ逃げ去っていった。

 

 

ソロモン

「そんな……」

 

ガブリエル

「エリゴスはフォトンが無くとも戦力として期待できます。適切な判断かと」

「……おっと。出る前に、ハーゲンティの手紙を置いていきます」

「同じ軍団の者が読む方が、気付く事も増えるかもしれませんから」

 

 

 懐にしまっていた封筒を取り出すガブリエル。

 手にした封筒を暫く見つめている。

 

 

ガブリエル

「……」

 

ソロモン

「な、何だよガブリエル。ハーゲンティの手紙、手放したくない理由でもあるのか?」

 

ガブリエル

「そうではなく……ケアレスミスです。私とした事が、1つ不手際がありました」

 

ソロモン

「不手際?」

 

ガブリエル

「ハーゲンティの手紙に、『これ』が同封されていたと説明するのを忘れていました」

「昨晩、シュラーが住民たちの前に現れた後、ハーゲンティが拾ったとかで」

「時間を整理すると、『影』の襲撃、シュラー出現、最後にこれを拾った形です」

 

 

 ガブリエルが封筒にそっと指を入れて、何かを取り出して見せた。

 

 

ソロモン

「緑色の花びら……じゃない! 葉っぱだ! しかもこれ、この森の……!」

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 やや時間を遡り、ソロモン一行がガブリエルとゲルの前で合流した頃。

 海岸沿いの「別荘」の庭先にて。

 穏やかな潮風を浴びながら、少し離れた木の根本を見下ろすウァサゴ。

 木陰のツワブキは、微かな木漏れ日を浴びながら青葉を広げていた。

 ウァサゴは両腕に籠を抱え、寝具を物干しにかけようとしていた所だった。

 

 

ウァサゴ

「……」

 

 

 視線を遠く、アブラクサスへと向けるウァサゴ。

 空気の層に霞む虚都の像は、雲上の城のようにも見えた。

 

 

ウァサゴ

「(アブラクサス……)」

「(貴女を求め、探し続けて……けれど彼の地だけは、ずっと避けるように……)」

「(……マンショ様。わたくしも、ずっと、気づかぬ内に目を背け続けていたのです)」

「(『アリアンはアブラクサスへ流されていない』……きっと、遠く別の地へ至ったのだと)」

「(どんなに美辞麗句を言い聞かせても……今朝の虚飾が、もう己に暴かれてしまう)」

「(マンショ様。お二方もこうして……身も心も打ちひしがれてしまったのですね)」

 

 

 ウァサゴの脳裏に、アリアン捜索の過程で焼き付いた一帯の地図が浮き上がる。

 転落したアリアンが流された先の水路の詳細な絵図。

 人工的にアブラクサスへと引かれた支流ではなく、元々の本流から枝分かれした川沿いの各地。

 周辺領も多々含まれ、郊外の村々まで1つ残らず頭に入っている。

 1つ残らず、実際の風景さえも……。

 

 

ウァサゴ

「(わたくしは恐れていました。アブラクサスか、本流か……大きな二者択一を潰すことを)」

「(『アブラクサスの支流に流されたなら、水門に遮られて見つかりはしない』……)」

「(『奇跡的に生きて流れ着いたなら廃墟を出て、キャラバンやわたくしが見つける』……)」

「(『今や公然の秘密たるアブラクサスの流民に保護されたなら、報せの手立てもある』……)」

「(だから、彼の地に『わたくしの求めるもの』など無いと……醜い言い訳を並べ立てて……)」

「(『見つかるかも』という希望を、少しでも多く残したかった……諦めるくらいなら……)」

「(諦めるくらいなら、永久に答えなど出なくて良いと……わたくしの『本性』は……!)」

 

 

 手にした籠が、軋んで震えた。

 

 

ウァサゴ

「(気付けば2年……もう、他に探せる土地は探し尽くしてしまった)」

「(こんなに近くにありながら、2年……貴女は、どうしていたかしら)」

「(貧しいアブラクサスで、今日まで泥と傷にまみれて……?)」

「(それとも、今も水門の底に骨を晒し、世界を循環して……?)」

「(それとも……それとも……)」

「(膨れ上がった水死体が、砕け流れて、貴女の欠片が今も彼の地のどこかで……)」

「(逃げ続けたわたくしへ、突きつけられるために──)」

 

 

 籠の中に顔を投げ込んで、思考の中断を試みるウァサゴ。

 それでも、いっそ籠の中身が角張った岩か、刃の山であれば良かったのにと脳裏によぎる。

 数秒後、観念したような表情を持ち上げた。

 

 

ウァサゴ

「(……王都がアブラクサスを注視している事は、既に周辺領の有力者たちも感づいている)」

「(彼の地の隆盛を鑑みれば不正は明白。ならばきっと……時間は残り少ない)」

「(確かめるなら今しかない。そこに絶望が待とうと、虚無が待とうと……)」

 

 

 アブラクサスを見つめ直すウァサゴ、意を決したような面持ちは、瞳は陰り、唇と目尻の震えを懸命にこらえている。

 

 

ウァサゴ

「(幻獣らしき噂が湧く今、破損のリスクを承知で馬車など借りる無礼は冒せない)」

「(けれど、足では丸一日を優に過ぎる。幻獣の戦力も知らず、フォトンの支援も無く……)」

 

 

 考えるように目を閉じ、少しして、また開いた。

 ウァサゴの顔から余計な力が失せ、口元は笑み、瞳に微かに光が灯り、そして涙が一筋流れた。

 

 

ウァサゴ

「……ごめんなさいね、アリアン」

「今日のわたくしは、もう貴女の『天使』たり得ないかも知れない」

「それでも……遠い情景にかけて──」

「どんなに醜くとも、『誇り』だけは……貫いて見せますから」

 

 

 ウァサゴは、日干しのために持ち出した寝具を抱えたまま、踵を返した。

 

 

ウァサゴ

「(貴女に見合う『誇り』を貫き、その末に貴女が叱ってくれるような……)」

「せめて、そんなわたくしでありたいのです……アリアン……」

 

 

 今日はもう、旅支度と、もしもの時の手紙をしたためるだけで良くなった。

 

 

 

 

 

<GO TO NEXT>

 




※ここからあとがき

 ご無沙汰しておりました。
 諸々の別件を優先していました。
 ジワジワと執筆を生活サイクルに仕込み直しながら、再開していければと思います。


 ヴァイガルドの一般に出回る書物の材質について、現実の歴史等から考えて羊皮紙基準でイメージする事にしました。
 羊皮紙というのは薄いほど上質らしいので、ヴァイガルドで書物として気軽に手に取られる物は一枚あたりそこそこの厚みがあると思われます。
 ついでに、恐らく分厚い方が丈夫でしょうし、学術書や歴史資料などは長持ちする紙の方が珍重されるかなと。
 そしてアブラクサスは牧畜に難があると設定したので、まず羊皮紙のような獣の皮は用いていないだろうなと。
 なのでアブラクサスで使われる紙のイメージは、羊皮紙以前に普及していた、麻の一種や古くなった布の繊維をほぐして手漉きして作る麻紙で考えたつもりです。
 更に、フォトン不足で物資の不安が拭えないアブラクサスなので、一枚あたりに費やす材料が少なく、薄くて頼りない、ともすれば所々透けてたりほぼ穴が空いてるような、そんな紙かもしれません。
 まともな羊皮紙の類は周辺領からの輸入頼みでしょうから、取引の証書とか、記録の必要がある場合にだけ使われるのでしょう。
 ハーゲンティの手紙だけ封筒に入っているのは、サシヨンのお目付け役達が手紙の話を聞いて、こっそり保管していた品を譲ってくれたとか考えましたが、描写の必要は無いかなとカットしました。

 外では当たり前の品も、アブラクサスの中では相対的にちょっとした贅沢品になります。
 王都が掴んでいるような豪勢な商取引で買い入れた品々は、大半はシュラーに貢がれるかサイティ一派がガメてるので、一般住人は時折手に入る服や化粧品や、封筒などの洒落た小道具を大切に手元に置きつつ”慎ましい”生活に甘んじています。




 以下は最後の更新から今日までのメギド周りの雑記ですので、読み飛ばして問題ありません。





 おかーさんをお迎えしました。ファロを狂炎でじっくりコトコトして依頼期間内に☆6達成。
 イヌーンもお迎えしましたが、ケチャ攻略が中々に手間なのでひとまず様子見。ニスロクやオリエっちやアザゼルがいるのでバレット編成を学ぶ準備は出来てはいますが……。

 フォラス、シバ相手には敬語だったのか……。そりゃそうか……。

 恐れながらウァサゴの一人称、「私」と書いて「わたくし」だと勘違いしたまま3-1まで進行していました。
 原作では文面でも平仮名で「わたくし」だったんですね。
 3-1前半では脳内で「アリアンとの最後の夜から意味合いが変わった」とか無理くり辻褄合わせながら書き分けましたが、今後は覚えていられる限りは、「わたくし」で統一するよう心がけようと思います。
 以降のウァサゴの一人称に「私」と「わたくし」が混在しても、ただの書き間違いで特に意味は無いのであらかじめご査収ください。

 結婚イベ、ハルファスとハーゲンティが隣り合いつつも、ハーゲンティが名前呼んでくれなかったのが口惜しい。
 ついに公式で立派な服を手に入れたおべベレトに感無量。

 アジトツアーの医務室に蛇口があるので、エルプシャフトに水道が普及してるという答え合わせが。
 辻褄合わせとかでなく純粋な考察としては、それでも地下敷設の水道管だと現在でも錆が混じって赤くなる問題が残っている点や、整備取替の手間を考えると、現代のような上水道ではなく貯水タンクか何かがあって、水を多用する医務室や台所にだけ直結してるといった具合でしょうか。
 すると今度は、一箇所に取り置き続ける水が腐らないようにどんな工夫がされるかも気になる所……来年の質問箱に送ってみたい所です
 質問箱に送ったウァサゴのヘアスタイルについては、いずれ一枚絵が来ると信じておこうと思います。

 ブリフォー、気さくで冷静で姉御肌であのガタイ、しかもヴィータを無闇にナメたりしない。
 頼りがいの塊みたいなのに本人は下支え専門。少しハッとさせられるキャラでした。

 SNSで、コロッセオがザガンさんと相性良さそうという話を見かけ、これは筆者的にもかなりアリそうな気がしてます。
 今回の話、もしリジェネしたらラッシュザガンさんだなと、性能まで妄想していたのもあり、できれば本当に公式からラッシュザガンさんがお出しされる前に書ききれたら良いなと思います。
 ラッシュフルフルを妄想していたらカウンターフルフルがお出しされ、カウンターウァサゴを妄想していたらバーストウァサゴがお出しされたので、もしかしたらバーストザガンさんだったりするかもしれませんが。

 仁義イベのマケルーみたいなキャラが好きなので、こう、エモい的なアレが……。
 トラウマのせいで社会の「余分」になって、熊と相対する恩人を前に都合の良いヒーローみたいに精神的転生する事もできず……とか、そんな所ばかり注目してしまいます。拙作の回想での扱いはアレですが。

 メインクエと併せて、ザガンさんが「牛くん」「熊くん」と呼ぶ所が地味にありがたい供給でした。


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