メギド72オリスト「茨を駆ける十二宮」   作:水郷アコホ

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3-2前半「ダレカ劇場~天上桟敷に不明の願い~」

 アブラクサス。グレモリーら潜入組がソロモン達へ手紙を送った、その翌日。

 

 昼にはまだ少し早い時間帯。

 旧市街地の、かつては市場でも開かれていたのかもしれない広場。

 広場には川が、もとい用水路が流れ、幾何学模様を描くように別れては合流してを繰り返している。

 幅は広く一定で、現実世界なら子供たちが戯れる噴水広場のような趣き。しかし深さは所によって、足裏程度から膝ほどまでまちまちだった。当時の建築家たちの美的センスの帰結と思われる。

 

 一帯を見渡すグレモリー。

 グレモリーが眺める先では、数十人ほどの女性たちが、用水路の比較的深い場所に寄り集まっている。

 用水路から大桶に水を汲み、傍らに積み上げた布を桶に放り込んで、取り出し、時折桶を持って立ち上がり、近くの格子状の蓋がなされた排水溝へと捨てて水を汲み直している。

 

 

グレモリー

「ふむ。用水路沿いの広場で、洗濯担当の者達が衣類を洗う……確かに聞いた通りのようだな」

 

バーズレー

「こんな事で嘘ついて何になるってのよ。バカじゃないの?」

 

 

 サイティの取り巻き3人が、グレモリーの背後を取り囲むようにして、お目付け役として随行している。

 

 

グレモリー

「ほう、それは良い事を聞いた」

「些末な事にまで『サプライズ』を用意してはいないようだな。思ったよりは信用できそうだ」

 

レディス

「はぃ~~? 意ぃ味分っかんぬぁぁいんですけっドゥぉー?」

 

グレモリー

「楽しい『見学会』になりそうだ、と言っただけだ。さあ、引き続き説明を頼むぞ」

 

 

 3人に悠々と背中を晒したまま、グレモリーはスルリと滑らかに歩き出した。

 用水路の流れと逆方向、上流へと向かうグレモリーと、その後を慌てて追いかける3人。

 

 

バーズレー

「あ、こら待ちなさいよ! お目付け役に『教えてもらう』側って事わきまえなさいよね!」

 

レディス

「あんのババア、イノシシが服着たみてえな分際で調子乗りくさっチからに……!」

 

アマーチ

「……」

「(楽しい……か)」

 

 

 追いかける3人の気配を読み取りながら、グレモリーは迷いなく用水路沿いに突き進む。

 

 

グレモリー

「(早朝から私の部屋の隣……サイティ側のお目付け役の部屋で張り込んで正解だったな)」

「(新入りは本日、午前中は仕事の『見学』、午後から『研修』との事だったが……)」

「(部屋から出てきた起き抜けのアマーチのあの慌てぶり……)」

「(他のお目付け役が到着する前に『いびる』算段だったのだろう)」

「(恐らくは、手玉に取れると暴かれたザガンや、純朴なハルファス辺りか……)」

「(ともあれ、ひとまず先手は潰せた。このまま引き付ければ仲間からも目を離せるだろう)」

「(後は、ついでにこうして、見学に用水路沿いの仕事を希望し、勝手に遊山していれば良い)」

 

 

 追放メギドのフィジカルで体幹を存分に駆使して前進するグレモリーに、お目付け役がどうにか距離を詰めた。

 

 

バーズレー

「ハァ、ハァ……追いついた……ちょ、ま、待ちなさいよオバハン!」

 

レディス

「ゼェ、ゼェ……30過ぎの歩く速さじゃないでしょ……いい歳こいて見栄張ってんじゃ……ゼェ」

 

アマーチ

「スッ、スゥ、ハッ、ハァ、スッ、スゥ、ハッ、ハァ……」

 

バーズレー

「アマーチ? あんたナニ変な呼吸してんの、流行ってんの?」

 

アマーチ

「長距離走る時は……スッ、スゥ、ハッ、ハァ……この呼吸法が長持ちするのよ」

 

レディス

「ババァの散歩にガチ走りで追っかけるヤツがあるかよっ!?」

 

グレモリー

「ほう、存外に詳しいじゃないか、アマーチ。どこで習った?」

 

アマーチ

「っ!?」

 

 

 友人相手のように気安く、余裕綽々に話題に加わるグレモリー。

 言葉を投げかけられたアマーチが一瞬、大きく呼吸を乱した。

 

 

アマーチ

「ケホッ、スッ、スゥ……こ、ここに住む前、家業で郵便配達を……スゥ、ハッ、ハァ……」

 

グレモリー

「道理で中々、姿勢が板についている。実に良い。その調子で、私を迷子にさせぬよう頼むぞ」

 

アマーチ

「……!?」

「(ほ、褒められた? こんな、『やって当たり前』の事で……生まれて初めて!?)」

「(この人、昨日も……殺そうとまでした私に『感謝する』って……)」

「(お礼なんて、ザコが媚びを売るためにやるものなのに……勝ったアネさんの方から……)」

 

レディス

「おいアマーチ! ババアに調子こかせてんじゃねぇぞテメコらゲホッ、おい、待っ……」

 

バーズレー

「ア、アマーチまで……速すぎ……!」

 

レディス

「アマー……ゼェ、ゼェ……しゃ、舎弟みだぐ引っ付いてんじゃね……とっ捕まえや!」

 

アマーチ

「(チッ……現実がウザい)」

「腕ずくじゃ適わないし、挑発もコケにしてかわす相手よ? 変な意地張るだけ損よ」

 

 

 競歩のグレモリーとジョギングのアマーチに、老人のように息も絶え絶えで追いすがるバーズレーとレディス。

 

 

グレモリー

「(今の所、結果はまずまずか)」

「(一等意固地に反発するだろうと睨んだアマーチの、この『柔軟さ』は予想外だが……)」

「(まあ良い。私に執心させておけば、こいつらは有象無象……本題は『用水路の先』だ)」

「(ハーゲンティは『厩舎』を発見した後、事故でお目付け役共々、用水路に落ちた──)」

「(ならば用水路下流から遡れば、どこかで厩舎へ続く道に通り掛かる)」

「(昨日の時点で、部屋からの景色で用水路の分布、厩舎の座標の目星も付けてある)」

 

 

 用水路に視線を落とすグレモリー。どこかから風に吹かれたのだろう、花びらとも青葉ともつかない物体が下流へ流されている。

 

 

グレモリー

「(アブラクサス用水路は、給水棟から国土の外周を経て中心へと流れていく構造のようだ)」

「(中央広場には噴水などの水を用いた娯楽設備の名残があった)」

「(誰にも使われず、塵や落ち葉の浮いた水の最後の使い道と言った所か……)」

「(そして恐らく、上流の『頭』からすぐに支流が引かれ、厩舎へと流れている)」

「(当時の……当時『から』、アブラクサスは農業、取り分け畜産を卑しく見なしていた)」

「(汗水垂らして土にまみれる姿を、美しいとは思わなかったのだろう)」

「(特に家畜は、汚物を垂れ流し匂いも移る。従事者を市街に近づける事さえ嫌ったと聞く)」

「(しかし自給自足には欠かせない資源と労働力……汚れた水を与えたのではすぐに果てる)」

「(ならば……『不潔』を『隔離』したはずだ。伝染病を抱えた病人の如くに)」

「(必要な水を与えておいて、恐らく生活用品も配給……人目に触れぬよう『押し込める』)」

「(賤業を存続し体裁も保つ……私ならそう計画する。実行など命と引き換えでも御免だがな)」

 

 

 淀みなく進んでいたグレモリーの足取りが穏やかになり、止まった。

 

 

グレモリー

「ふむ……三叉路か」

「(用水路も上流から分岐し、三叉路と立体的に錯綜する景観……良くも悪くも猪口才な)」

 

 

 少しばかり芸術的に思えた事に一抹の悔しさを感じつつ、逡巡するグレモリー。

 大まかな地形は把握しているが、詳細な道順や土地勘などは無い。それらを確認する意味でもこうして歩いているのだから当然だった。

 

 

グレモリー

「(どの道が厩舎に通ずるか……までは、学舎の景色だけでは確かめようも無かったからな)」

「(左……は、まず無いな。目星を付けた厩舎の座標とは反対の方角だ)」

「(残るは中央と右だが……仕方ない。1つ『カマ』でもかけるか)」

 

 

 振り向きつつ、背後の取り巻きへ呼びかけるグレモリー。

 

 

グレモリー

「貴様ら、3方それぞれどういった仕事があるか、1つずつ説明を……む?」

「……誰も居ないな」

 

 

 後ろに続いていた取り巻き全員が消えていた。

 見た目の割に年季の入った息切れを起こしていたバーズレーも、途中から尻を押さえながら追いすがっていたのを横目で確認したはずのレディスも、律儀に歩調を合わせて付いてきたアマーチも居ない。

 

 

グレモリー

「ふむ……」

「(役目上、私を見失う事は失態となるはず……何よりサイティの不興を買う)」

「(どこかで私の様子を伺いつつ……何か仕掛ける算段をしている、と言った所か)」

 

 

 果たして、グレモリーの予想は的中していた。

 グレモリーが立つ三叉路、その少し手前の路地裏で、バーズレーとレディスがアマーチを半ば取り押さえながら路地の奥へと引き込んでいた。

 

 

アマーチ

「むぐぐ……ぷはっ、何するのよ急に!」

 

バーズレー

「こっちが何してんのだわよ! ここが『仕掛け』のポイントでしょ! なに素通りしてんの!」

 

レディス

「道すがら嫌がらせ食らわせて、トドメに最寄りの『くっさい』厩舎押し込んでひと泡吹かせる!」

「忘れたわけじゃねェだろうなアマーチてめオラ!?」

 

アマーチ

「忘れちゃいないけど……とっくにボツだと思ってたわ」

 

バーズレー&レディス

「はぁ!?」

 

アマーチ

「だってそうでしょ? あのひと……アイツに『あんなの』無駄だと思うし」

「初日の自由行動、アイツを殺せるくらいの万全の準備したつもりだったのに、あのザマよ?」

「今日も、こっちが誘導しようとする前にアイツが自分から向かってる」

「読まれてるまではあり得ないだろうから、偶然でしょうけど……」

 

バーズレー

「だったら好都合じゃない。自分から罠にかかりに行ってるんだから」

 

レディス

「ンだべよ。あン時ゃあの『クソヂカラ』と『床の穴』がたまたまオバンに有利だっただけだろ」

 

アマーチ

「なら私には、『床の穴』が『用水路』や『厩舎の汚物』に変わるだけとしか思えないわ」

「アイツはどんな罠だろうと、真正面から受け止めて投げ返す……そんな気がするの」

 

レディス

「だから『仕掛け』なんざ諦めようってかぁ? ビビリかテメェよぉ?」

 

バーズレー

「あの筋肉バカに力で対抗しようとしたのが敗因なの。今度は違う……そうでしょ?」

「何? 何か急に良い子ちゃんぶってない? ねえ?」

 

アマーチ

「……ハァ。そうね。相変わらず気は進まないけど、私がどうかしてたわ」

「(この場で私だけ空気乱してたら、明日にも人間の暮らしなんて出来なくなるかもしれない)」

「(……人を蹴落とす事に、これほど気分が重くなるなんて……ごめんなさい、アネさん)」

 

バーズレー

「ほら、それじゃ気を取り直して、とっとと『仕掛け』取り出すわよ」

 

 

 バーズレーとレディスが、路地裏の更に片隅に寄って何かゴソゴソと探り始めた。

 廃墟の未撤去のガラクタの中から、偽装用のボロ布をどかして、三人それぞれが大小の箱状の物体を1つずつ手にした。

 

 

バーズレー

「クックック……皆、準備はちゃんと出来てるわね?」

「今度は間接攻撃よ。クソババアの『心』をいたぶってやるのよ……」

 

 

 バーズレーは布で包んだ1m弱のガラスの箱を抱えている。

 箱の口を僅かに開いた状態にして、その上から縄で固く縛り、それ以上少しも口がズレないように細工してある。

 顎下からライトを当てるのが似合いそうな悪どい笑顔を浮かべている。

 

 

レディス

「ふふっ……ええ、もちろん……!」

 

 

 訛りを引っ込め、悪女気分のレディスは頭一つ分ほどの大きさの壺を両手に取った。

 壺の口に布を張って、こちらも縄で布を固定し封をしている。持ち上げる時にチャポンと音がし、多少の液体が含まれているようだ。

 超えてはならない悪事の一線を超えた瞬間のような、冷や汗を浮かべた引きつった笑みを浮かべながら壺を見下ろしている。

 

 

アマーチ

「……」

 

 

 アマーチは片手に収まる程度の木の小箱を拾い上げた。

 表情は2人と対照的に曇っている。

 

 

バーズレー

「いい? 作戦確認するわよ?」

「まずババアが、この先の三叉路にぶち当たる。どうせババアは勝手に道選んで先に行くわ」

 

アマーチ

「確率、半々くらいな気がしてきたけどね……」

「アイツ、初日も私たちのお目付け役としての立場保てるように動いてたし」

 

レディス

「ンなのタマタマよ、タマタマ。むしろ邪魔な私らが消えてラッキーとか思ってるに違いないわ」

 

バーズレー

「どう思ってようが、私たちが居ないくらいでババアが無様に来た道帰るはずがないわよ」

「でも、3つの道をどう選んでも、有利なのはあたし達……!」

 

レディス

「左の道は突き当たって丁字路、片方はさっき来た道」

「いくらオバンの老眼でも遠目に洗濯女が見えるはずだわ」

 

バーズレー

「でも右の道は、この三叉路の真ん中の道と合流。無駄足確定ってね♪」

「そして真ん中の道も右の道も、この路地裏からなら先回りできる!」

 

レディス

「右の道の先、厩舎側にまず回り込んで、見当たらなけりゃ真ん中の道へ回りゃ良いだけってね」

 

バーズレー

「この裏道ならそれでも充分に先手が打てる。いつも生意気な新入りに使ってる手だもの♪」

「最後に油断しきったあのババアに、こいつを……クックック……」

 

 

 バーズレーが布を解くと、ガラスの箱の中には大層なサイズの蛇が収まっていた。

 

 

バーズレー

「このアオダイショウ投げつけてやるわ。このためだけに徹夜でとっ捕まえて来たんだから」

「見てよこのヘビ、ヘビが好きなやつがこの世にいるもんですか……!」

 

 

 確固たる確信の元に主語を誇張しながら、アオダイショウを見下してほくそ笑むバーズレー。アオダイショウは空気穴用にズラされた箱の口から希望の見えない脱出を試み続けている。

 

 

レディス

「私なんてねえ、昨夜の内に素潜りして生タコとらまえて来たのよ。ケケケ……!」

「ヌルヌルなクセに吸盤が貼り付いて全然取れないの……汚いから帰ったら肘まで洗わないと♪」

 

 

 壺の中のタコに軽蔑と優越感の眼差しを注ぎながら、壺の重量と感触を再確認するバーズレー。

 口に貼られた布に時折、脱出を試みるタコの足が薄っすらと浮かび上がる。

 

 

バーズレー

「で? アマーチはどんな最低な生き物用意してきたの?」

 

 

 ウキウキと視線を向けるバーズレーとレディス。

 小さく鼻からため息をつきながら、箱を空けて中を見せるアマーチ。

 箱の中には、巻き貝の殻、木の枝、時間経過で少し萎びた野菜の切れ端が収まっている。

 

 

アマーチ

「私は、ちょっと時間も無くて……たまたま見つけた『でんでんむし』」

 

レディス

「でん……え、な……『何むし』って?」

 

アマーチ

「だから、『でんでんむし』よ。からかってるの? そりゃ迫力は無いけど……」

 

バーズレー

「いや、単に聞いた事ないだけよ。これ……カタツムリと違うの?」

 

アマーチ

「同じよ。何なの? 普通カタツムリの事『でんでんむし』って言うでしょ?」

 

バーズレー&レディス

「いや全然……」

 

アマーチ

「は? ちょ、ちょっと何よその変なもの見る目!」

「アンタたちの方が絶対に少数派だからね!? 断言してもいいわよ!」

 

バーズレー&レディス

「えぇ~~……?」

 

バーズレー

「っていうか、幾ら時間無かったにしてもカタツムリ1匹だけって……」

 

レディス

「そりゃジメジメした所に湧いてきて不潔っぽいトコあるけどねえ」

 

アマーチ

「……でんでんむしって、寄生虫持ってるのよ。人に入ったら死ぬやつ」

 

バーズレー&レディス

「えっ……」

 

アマーチ

「後ね、殻の中に内臓入ってるから、キレイに殻だけ割れたりすると──」

 

レディス

「わわ、分かった、分かったもういい! そんなきったない話なんて良いから!」

 

グレモリー

「聞いた事がある。『カタツムリに食害された野菜は時に毒を持つ』と……そういう仕組みか」

 

バーズレー&レディス

「おげあぁ!?」

 

アマーチ

「ヒィ……!?」

 

 

 グレモリーが、涼しい顔で路地裏入ってすぐの壁に寄りかかっていた。

 品位の欠片も無い悲鳴と共に飛び上がるバーズレーとレディス。

 アマーチも青ざめた顔で、全身のバネを効かせて捩るように後ずさった。 

 

 

グレモリー

「全く、3人揃ってコソコソと……私を見失って不安に震えてでもいたのか?」

「それと、『でんでんむし』の名は私も聞いた事がある。旅の吟遊詩人が童謡で歌っていた」

 

レディス

「(ど、どっから聞いてやがった……!)」

 

アマーチ

「……!!」

「(また、私の味方に……内輪で孤立してるヤツなんて嬲る玩具にしかならないのに……!)」

「(何で? アネさん、あなた何考えて……いいえ、違う。そもそもいったい何者なの……)」

「(何故……アネさんに声をかけられる度に、世界が彩めいて見えてくるの……!?)」

 

バーズレー

「(クッ……こ、こうなったらレディス! ……あれ?)」

 

レディス

「(おうよ! もうこの場で真正面からヌルヌルのいかがわしい生タコを……あれ?)」

 

 

 2人は手元のナマモノ入り容器を掲げようとして……何も持っていない事に気付いた。

 

 

バーズレー&レディス

「あれ? あれ? あれーーー!?」

 

 

 懐や足元など無意味に探り回ってみるが、もちろん見つからない。

 

 

アマーチ

「(……あ、私のでんでんむしも無い。……まさか、またアネさんが何か……!?)」

 

 

 ひとしきり醜態を晒した取り巻きの背後で、ガチャンと盛大な粉砕音が響いた。

 グレモリー達が音の方を見やると、ガラスの欠片と、陶器の欠片と、転がった小箱。そしてアオダイショウと生タコとカタツムリが屯していた。

 

 

バーズレー

「(しまった……急に、ババアが、来たから……!)」

 

レディス

「(さっきオッタマゲた拍子に、ぶん投げちまった……!)」

 

アマーチ

「(何だ、ただ私達がバカやっただけか……何にしても、終わりだわ……)」

「(でんでんむしはともかく、町中に蛇やタコなんて居るわけない。それに派手な音まで……)」

 

 

 背後のグレモリーに振り向けない取り巻き達。

 口八丁手八丁のサイティのおこぼれに与るだけだった3人に、自覚したピンチに自力で機転を働かすような度量は無かった。サイティからすれば、コマは有能過ぎても迷惑なのだ。

 この場をどうにかできるようなマトモな女は、裏切りを警戒するサイティが既に粗方排除している。

 

グレモリー

「(やれやれ。剽軽も過ぎると不憫だな……)」

「(仕方ない。ここまで3バカなら、逆に泳がせてやる方が得かも知れんな)」

 

 

 路地向こうでは、危険な破片地形を鱗や粘膜で無効化したアオダイショウと生タコが、どちらがカタツムリを食らうかで険しく睨み合っている。昨夜から今朝の間に運び込まれた両者は、ストレスと空腹で一触即発の様相を呈していた。

 グレモリーは一呼吸おいてから、朗々と声を上げた。

 

 

グレモリー

「ほーお。流石に廃墟である以上、野生動物の侵入もやむを得ないか」

 

取り巻き達

「へ……?」

 

グレモリー

「違うのか? 海に接し、森にも近い。大方、こうした生物の処分も仕事の1つなのだろう?」

 

バーズレー

「……! ち、ちちっち違わないわ!」

「そそ、そーおなのよ、きったない生き物ばっかりウジャウジャと!」

「(良かった……こいつバカだ!)」

 

レディス

「そそ、そーおそお!」

「ああして空き家の窓とか家具とか勝手に壊して迷惑してるのよ! ネー!」

「(オラッシャアェ! 所詮ジジババなんざこんなもんよォ!)」

「(世の中テメェん常識だけで回ってるとか決めつけてる薄らボケばっかなんだよォ!)」

 

アマーチ

「……」

「(どう見ても、無理に助け舟出された……私たちが真に受けるくらいバカなの見越して)」

「(自滅でサイティ様の顔に泥を塗ったとバレたら生きていけないところを……)」

「(こんな、道化になってまで庇うなんて……)」

「(何で……あなたの仲間にまで酷い事した私達に、何でそこまでしてくれるの……!?)」

 

グレモリー

「ともあれ……わざわざナマモノのいざこざに首を突っ込んでまで、路地を進む理由も無いな」

 

 

 視線の先では、アオダイショウが噛み付く素振りを見せては引っ込めてを繰り返し、生タコは不慣れな陸地にも動じず敵に絡みつく機会を伺っている。

 両者の鍔迫り合いを余所に、カタツムリはその場を逃れるためか、あるいは持ち主の当初の目的を果たそうと言うのか、ノタノタとグレモリー達の方へと懸命に這っている。

 

 

グレモリー

「貴様ら、今度は見失わずついてこい。この先の三叉路の案内を頼む」

「大方、土地勘には詳しかろう。ひとまず……左から順に、仕事や設備の有無を答えろ」

 

バーズレー

「頼むのか命令すんのかどっちかにしなさいよっての……!」

 

アマーチ

「左は丁字路よ。来た道に戻るか、真ん中の道に合流するだけ」

 

バーズレー

「あ、ちょっと、アマーチ!?」

 

アマーチ

「(私たちのプライドより、サイティ様のメンツが先でしょ?)」

 

 

 小声で仲間に応えるアマーチだが、グレモリーに隠す素振りはほぼ無い。

 どうせ隠そうとした所でグレモリーが見抜くに違いないと観念していたし、実際グレモリーも彼女らが小声で打ち合わせている事を分かっているが、そのまま好きに語らせている。

 そしてレディスもバーズレーも、そんな事に気付きもせずひそひそ話に参加した。

 

 

アマーチ

「(言いたくないけど、ここまでの私たちのセリフ、覚えがあるはずよ?)」

「(私達が新入りの『高慢ちき』達から散々聞いてきた『ほざき』とそっくり……)」

 

バーズレー

「(私達が『わからせて』きた女達と、立場が逆転してる……!?)」

 

アマーチ

「(変に意地張るほど、『高慢ちき』達と同じドツボにハマるわ。そうとしか思えない)」

 

レディス

「(認めたかねえが……クソッ、あのオバンぜってえイテコマす……!)」

 

グレモリー

「(内容までは聞き取れんが……一段落ついた気配だな)」

「左の道は無駄足になりそうだな。それで、何をコソコソやっている?」

 

バーズレー

「な、何でも良いでしょ! 耳遠いババアが若者気取りで首突っ込まないで!」

 

アマーチ

「真ん中の道は、『専門家』たちが水路の整備やってるわ」

 

グレモリー

「専門家……なるほど、中央の道は用水路の上流に繋がるのだな」

「治水の知識や技術を持つ者が入国すれば、優先的に各所の水路にあてがわれる、と」

 

バーズレー

「いちいちそこまで説明しないと分かんないの? ゴミ男並の鈍チンさね、全く」

 

レディス

「チッ……どうせ筋肉オバンには無縁だっての」

 

グレモリー

「生憎、『察する』などという直感未満の判断を信じ込む真似は好まんのでな。で、右は?」

 

バーズレー&レディス

「『なんにも無い』」

 

グレモリー

「ほう?」

 

バーズレー

「再利用できるほどの施設も無い、ただの『掃き溜め』よ」

 

アマーチ

「……」

「(逃げに入るしか、無いものね)」

「(アネさんが独走するってアテも外れて、ナマモノ作戦も自滅……もう『気分』じゃない)」

「(厩舎作戦なんて切り上げて次の作戦を……今度はサイティ様に直接仰ぐのが無難だわ)」

「(……もっとも私には、何したってこの人がビビるなんて想像できないけど)」

 

グレモリー

「よし。では、『右』に行くぞ。ついてこい」

 

取り巻き3人

「んなっ!?」

 

 

 取り巻きが呆気に取られてる間にも既にグレモリーは路地裏から出てズンズン三叉路へ直進していく。

 

 

レディス

「ちょ、ま、お……ままま待てやオバタリアンがよお!」

 

グレモリー

「知らん言葉だな。バタリオンなら古い兵法で学んだが」

 

レディス

「テメエみてえな恥知らずで身勝手な中年を世間じゃ……おい待て速えっつってんだろがぁ!」

 

バーズレー

「何も無いって言ってるでしょ! 私たちに無駄な仕事させないで! 止まんなさい!」

 

 

 いつものクセで恫喝を最優先しているレディスとバーズレーは肉体と呼吸の連携が絶望的であり、既に大きく開けられた距離がこれ以上開かないよう、健気に駆けるので一杯一杯だった。

 アマーチは深呼吸を挟んでから、ひざまずく様な姿勢を取り、地に両手の指を立てた。

 要するに、クラウチングスタートのフォームである。

 

 

アマーチ

「(2人ともビビってる。作戦会議で私が『穴が厩舎の汚物に変わるだけ』って言ったから)」

「(このままだと厩舎に辿り着いて、悪あがきも失敗、本当に厩舎に投げ込まれるかも……)」

「(私だって、例えアネさんを陥れた罰でも、厩舎の匂いまみれなんて絶対イヤ……!)」

「(第一、あそこは……下手したら私たちの1人は……いえ、全員『殺される』……!)」

「スゥ……シッ!!」

 

 

 歯の隙間から強く息を吐き、力強いスタートダッシュを決めるアマーチ。

 不審な足音を察知したグレモリーが振り向き、対処するよりも早く、アマーチが短距離を一気に詰め、グレモリーにがっぷり四つに組みにかかった。

 しかし、土壇場でグレモリーの体捌きが優った。

 

 

グレモリー

「おっと」

 

アマーチ

「ぐはぅっ!?」

 

 

 胴体に組み付こうとしたアマーチだったが、小さく身をかわしたグレモリーの腕に受け止められた。

 アマーチはグレモリーの腕に衝突し、更にグレモリーの腕も体幹も大木の如く微動だにしなかったため、アマーチは自分の加速で自分の胸郭とみぞおちを強かに打った。

 

 

グレモリー

「その加速も、郵便配達の心得か?」

 

アマーチ

「げほっ、くっ……ぼ、防犯……走り仕事だと、泥棒の逮捕も、押し付けられる、から……」

 

グレモリー

「なるほど。十分な規模の自警団を『持てない』土地ならではの兼務、という事か」

 

レディス

「ぜぇ、ぜぇ……うぉしアマーチ、よぉやったぁ!」

 

バーズレー

「はひ、へひ……こ、のババア、どこまでも、つけあがって……!」

 

 

 グレモリーがアマーチと語らう内に、ヨタヨタと残り2人も追いついた。

 アマーチは苦々しい顔で2人の到着を確認すると、グレモリーに向き直り、精一杯に睨みつけた。

 

 

アマーチ

「くっ……」

「い……いい加減にしなさいよ。こっちだって、仕事でやってんの。立場、考えなさいよ……」

 

グレモリー

「ほう……」

「(脅かしてやった昨日の今日にしては、あの2人より随分と肝が座って見える)」

 

レディス

「ハァッ、ハァッ……うぅし、そんままだぁアマーチ、離すんじゃねぇぞ……!」

 

 

 アマーチの眼光を一瞥してからグレモリーは、残る2人を見やる。

 レディスもバーズレーも、サイティ配下の楽な暮らしで持久力が衰えたところへ不規則な徒競走を強いられグロッキーだった。

 そして2人とも、やや距離をおいてグレモリーに侮蔑と憎悪の眼差しをぶつけるばかりで、取り押さえるどころか近づく様子すら無い。

 

 

グレモリー

「(私に組み付く役目を完全にアマーチに押し付けて、自覚も無く『こき使っている』な)」

「(心身ともに怖気付く2人に比べ、アマーチにはある種の執念を感じる。油断ならんな)」

 

 

 アマーチがグレモリーの腕を引き寄せようとして、微動だにしないのでアマーチの方から抱きつくようにして絡め取り、勝手な動きを封じようと試みた。

 

 

アマーチ

「いい加減……こっちの案内通りに歩く事くらい、覚えて頂戴。い……犬じゃないんだから」

 

グレモリー

「犬か……ククッ、なるほど。言われてみれば今の私は、散歩ではしゃぐ子犬にさも似たり、か」

「まあ良いだろう。右に何も無いというなら、先達の言葉を尊重しよう」

「……些か右の道から『クサイ風』が漂って、気が『ひかれて』いた所だからな」

 

取り巻き達

「っ!!」

 

アマーチ

「(右の道から行き着くのは厩舎だけ……厩舎の匂いが? 相当な距離あるわよ!?)」

 

バーズレー

「(このババア……耳遠いクセに鼻は効くわけ!? ほんとに犬畜生なんじゃないの!?)」

 

グレモリー

「(散々疲弊させてやっただけに、少しカマをかけただけで滑稽なほど反応を返してくれる)」

「(やはりこの先に厩舎がある。道筋も覚えた。なら、後で幾らでもチャンスは作れる)」

 

 

 片腕のアマーチを引きずったまま、先程までと全く同じ速度で前進を再開するグレモリー。

 

 

アマーチ

「くうっ!? 本当に、ムチャクチャな力……!」

「(うわ……密着してみるとアネさんの腕、見た目よりずっと硬くて……逞しい!)」

 

グレモリー

「ほら、どうした。私を案内してくれるのだろう?」

「ここまで来たんだ。私と縁遠くとも、中央の道から水路の専門職を見学するのが筋と思うが?」

 

バーズレー

「い、言われなくても……って、だから少しくらいスピード落としなさいよ!」

 

レディス

「案内されたきゃぁちったあ足取り合わせろや! 業突く張りのオバンは社会のダニなんだよ!」

 

グレモリー

「全く、若い連中が情けない…」

 

 

 冗談とも本音ともつかない苦笑混じりのため息を吐いてから、グレモリーが歩調を落としてやった。

 

 

グレモリー

「このくらいで良いだろう。まだ足りんなら己を恨め」

 

 

 今度は女の早歩きくらいならどうにか追いつける速度だった。

 バーズレーとレディスが鼻息で呼吸を整えながらズカズカと詰め寄り、グレモリーの肩をアマーチ諸共わざと突き飛ばしながら追い抜き、立ち塞がるように前に立った。

 ぶつけられたグレモリーは涼しい顔で、ぶつけた2人は各々自分の肩をさすっている。

 苛立ちを隠しもせず形だけ先導するように歩きながら、首だけ振り向いて威嚇するバーズレーとレディス。

 

 

バーズレー

「アマーチ、ちゃんと捕まえておきなさいよ! 首輪もリードも無いんだから!」

 

アマーチ

「……分かってるわ」

 

レディス

「おいオバン、テメエにも言ってんだよ! マジいい加減にしろよ!?」

 

グレモリー

「分かった分かった。『仲良く』やろうというのに、失態ばかり演じさせるのも本意ではない」

 

レディス

「こンの……ペッ!!」

 

 

 レディスがグレモリーの顔面めがけて唾を発射した。

 グレモリーは最初から分かっていたかのように余裕でかわし、代わりに回避動作に引っ張られたアマーチの頭に直撃した。

 

 

アマーチ

「あぐっ!?」

「(ぐ……レディスはキレるといつもツバ引っ掛けて……しかも口クサイし。リャマかっての)」

 

 

 レディスは悪びれもせず、的を外した自覚すら無さそうに前方に向き直り、バーズレーと聞こえるか聞こえないかの愚痴を溢し始めた。

 

 

グレモリー

「私のハンカチで良ければ使え」

 

 

 グレモリーはいつもの鋭い微笑でアマーチにハンカチを差し出した。

 顔は前方を向けたまま、アマーチに向けているのは視線のみ。

 その視線が対象の反応を見通す鷹のそれであるとは、素人には気付く由もない。

 

 

アマーチ

「……いらない」

 

グレモリー

「……そうか」

 

 

 アマーチは自分を見下ろすグレモリーから目を背けながら、服の袖でレディスの唾棄を拭った。

 

 

グレモリー

「(施しは受けん、か。歩みを合わせる『柔軟さ』を保ちつつ、意地を通す所は通す……)」

「(戦士としてサマになってきたな。やはり、アマーチは特段の警戒が必要か)」

 

アマーチ

「(レディスのツバなんかで、アネさんの持ち物汚してたまるもんですか……)」

「(『汚す』……そうよ。だったら間違ってもアネさんが厩舎へ行くなんてのもゴメンだわ)」

「(アネさんがまた右の道に興味を持ったら、いつか自分で立ち寄ってしまうかも……)」

 

 

 前方のバーズレーとレディスを確認するアマーチ。

 2人とも、すっかりグレモリー中心の罵倒大喜利に夢中で、先程までの疲労もあって速度が落ちに落ちている。

 グレモリーがわざわざスピードを合わせ、時に立ち止まって、付かず離れずを保ってやっている事に気付く様子も無い。

 

 

アマーチ

「(い……今ならいける……)」

「(厩舎に押し込むのは、アブラクサスでは『極刑』。死よりも重い罰。その警告を……!)」

 

 

 上目遣いにグレモリーを確認するアマーチ。

 グレモリーの射抜くような目は前方に向いているが、何を注視しているかは伺い知れない。

 表情は先程見た通りの、自信と余裕を体現したような微笑を保っている。

 

 

アマーチ

「……お、大きな声出さないで、聞いて……」

 

グレモリー

「む?」

 

 

 一瞬だけ、グレモリーの表情が幻獣と相対するような警戒に満ちたものに変わり、すぐに元通りの微笑に戻ってアマーチを見た。

 

 

アマーチ

「歩きながら……前の2人に、絶対気付かれないように……」

 

グレモリー

「……良いだろう。心得た」

 

アマーチ

「こ……これから話す事、仲間内以外に話さないって約束するなら……情報を、出します」

 

グレモリー

「…………ほう?」

 

 

 瞬時に、脳内で今ある情報を再検証し直すグレモリー。

 

 

グレモリー

「(嫌がらせが失敗した直後で……安直に考えればこの言動、媚びを売っているとしか思えん)」

「(こちらが如何に軽蔑しているかも弁えず、おべっかで機嫌を取り誤魔化そう、とか……)」

「(だが先程の一連の醜態の中、アマーチだけは幾分か冷静だった。そこまで愚かでも無いはず)」

「(……読めんな。情けない話だが、この手の駆け引きは私の分野ではない)」

「(ならば……)」

 

 

 今一度、腕に絡みつくアマーチを観察するグレモリー。

 アマーチの表情は険しく、視線はグレモリーと合わず前方ばかり見据え、まるで仲間のはずの2人だけを警戒しているかのようだった。

 

 

グレモリー

「まあ良い。聞くだけ聞いてやろう」

 

アマーチ

「!!」

 

グレモリー

「(こいつらの策略の『底』は知れている。アマーチの態度が罠だろうと、問題になるまい)」

「(先のナマモノの程度の低さからして、今回はサイティの策略の懸念も無い)」

「(何が降りかかろうと、仲間と離れている今なら好きなだけ打ち破れる)」

「(ならば、情報とやらが例えデタラメでも、暇潰しくらいにはなるだろう)」

 

アマーチ

「その……右の道の、事で……」

「(う、受け入れてくれた……!! 汚い事ばかり仕掛けてきた私を、あっさりと……!)」

 

グレモリー

「やはり、何かある……とでも?」

「(腕から伝わる心拍が急に強まった。そして表情も視線も過剰に強張ったまま……)」

「(慣れない『博打』でも仕掛けに来たか……? 何の思惑か、可能な限り見定めねばな)」

 

アマーチ

「右の道の先……厩舎があるんです。家畜じゃない……化け物を飼うための」

 

グレモリー

「化け物、か……」

「(やはり実在したか。王都がライアを通して得た情報通り……幻獣を囲う厩舎が)」

 

アマーチ

「アブラクサスの財産や女目当ての『暴力』に対抗するための、『力』として……」

「幾つか有って、右の道の厩舎には、ヴィータを一方的に食い殺せるほどの大きなネズミが……」

 

グレモリー

「なるほど。そういった類の『化け物』なら、旅の最中に幾度も出くわした」

「だが私の知る限りでは、『化け物』がヴィータと共存している話は『実質』皆無だった」

 

アマーチ

「私たちも、理屈なんて知りません。最初は反対する女も多かった」

「けど……アブラクサスに近づく化け物を、何故かシュラーは、簡単に服従させたんです」

 

グレモリー

「ここでもシュラー、か」

「(やはり、幻獣を統率しているのはシュラーと見てほぼ間違いなさそうだ)」

「(方法はさておくとして、程度の低い幻獣ほどフォトンを与えるだけで格段に大人しくなる)」

 

アマーチ

「全く、シュラーが絡めば大体奇跡ばっかりよ。ちょっと手品を披露すりゃバカ女どもは……!」

「あ、いえ、話が逸れました。とにかく、それでも化け物の世話なんて誰もしたがらなくて……」

「危ないし、肉体労働の中でもキツいし、臭くて汚くて仕事中の話し相手も居ないし……」

 

グレモリー

「だがそれでも、世話をせずに放し飼いとはいくまい。となれば、その役回りは……」

 

アマーチ

「厩舎絡みの仕事は、ここでは『人間未満』の仕事です。そういう女に押し付けるんです」

 

グレモリー

「(確かハーゲンティの報告でも、『痩せたおばさん』が厩舎から出てきたとあったな)」

「(アブラクサスですら自然と爪弾きにされた、最底辺に充てがわれる仕事が幻獣の飼育係か)」

 

アマーチ

「特にあの厩舎は……あそこの女は、本当に人間じゃない。たまたま人型に生まれたゴキブリです」

 

グレモリー

「仮にもそれなりの領地で生きた身としては、人間に対して聞き捨てならん物言いだな」

「(仮にゴキブリだとして、それの何がいかん……とまで言った所で話が拗れるだけか)」

 

アマーチ

「見れば分かりますよ……でも、見てはダメです。絶対に会ってはいけません……!」

「あそこに行って、匂いが移ったってだけでもう『人間未満』です」

「私より古参の女達は、厩舎の匂いだけでパニック起こすんです」

「それくらい、厩舎はアブラクサスで忌み嫌われているんです」

 

グレモリー

「つまり、そこに気に食わない女を押し込んで、化け物のフンでもなすりつければ……」

 

アマーチ

「っ……!」

 

グレモリー

「(まあ、私を『そうする』予定だったのは火を見るより明らかだな。浅はかな)」

 

アマーチ

「と、とにかく……あそこの女だけは、そんなクソを這うような生活を、喜んでやってるんです」

 

グレモリー

「化け物が相手でも、やる事は実質、畜産業だろう。何か問題でも?」

 

アマーチ

「全然別物じゃないですか! 化け物なんですよ?」

「なのにあの女は化け物とよろしくやって……意味分かんない。信じらんない……!」

 

グレモリー

「(『対象』ではなく『行為』を問うていると言うに……)」

「(この手の応答には嫌というほど出くわすが、毎度解せんな。まあ、今は余計な事だ)」

「よろしくやる、とは?」

 

アマーチ

「汚臭の中で、自分の食料まで与えて、一日中厩舎ぐらしで、化け物に名前まで付けてるんです」

「しかも簡単に増えるネズミの厩舎なのに、あそこだけあの女独りで切り盛りしてるんですよ?」

「だからあの厩舎はどこよりも汚くて危険……厩舎を知ってる女なら誰もがそう聞いてます」

 

グレモリー

「……分からんな。獣に変わりなく、見境なく牙も剥かず……なら、慈しむ事に不思議はない」

 

アマーチ

「……あなたが、『持ってる』人間だから言えるんですよ」

「化け物は、臭くて、汚くて、恐ろしい。そんなのに近づかされるのは、いつも私たち……!」

 

グレモリー

「『持ってる』人間か。思考停止の文句にも聞こえるが、未開拓区の件もある。聞き入れよう」

「では話を変えて……『そう聞いている』という事は、実際に確かめたわけでは無いのだな?」

 

アマーチ

「た、確かめるわけ無いですよ! 一番管理が悪い厩舎なんて、死にに行くのと一緒です」

「もし無傷で帰れたって、匂いが付いて女達からクサがられて、たちまち厩舎に『追放』です」

 

グレモリー

「(ふぅ……ここまで行くと、差別だの賤業だのの『言葉』で反論しても通じんな)」

「(彼女らの中で『公共の限度』を超えているのだろう。この手の問題は和らぐだけで奇跡だ)」

 

アマーチ

「だから……絶対、近づいたらダメです。お仲間の皆さんも、絶対」

「その時点で、アブラクサスでは『人間』の『成り損ない』です。逃げ道はありません」

 

グレモリー

「……良いだろう。あくまで直感だが、嘘をついているようでは無いと見た」

「ここでの生活で、少なからず有益な情報と言える。心から感謝しよう、言葉通りの意味でだ」

 

アマーチ

「っ!!」

「(また、感謝、された……! 嫌味でも上っ面でもない、まっすぐ響いてくる言葉……!)」

「(まさかこの人……上も下も無い……対等に? 私をそんな、お伽噺みたいな関係として?)」

 

グレモリー

「(今、アマーチの心拍が一段と強まった。挙動にも不審な点が増え始めている)」

「(策を決行した、興奮と不安ふたつ共にあり、と言ったところか……?)」

「(情報は嘘ではない。経験上、この判断には自信がある。だが……真意が未だ掴めん)」

「(十中八九、サイティの台本ではない。『餌』にしては実がありすぎるし何の得もない)」

「(となれば、アマーチの独断。思い当たるのは……『汚名返上のための独走』か?)」

「(入国審査の際、アマーチは真っ先にサイティに見切りをつけられて見えた。つまり──)」

「(アマーチもそれを察し、抜け駆けで私から得ようとしている。サイティに捧げる情報を)」

「(故に私への敬意を演出し、敢えて真実の情報を流し懐に擦り寄り、潜り込もうとしている)」

「(私に思い当たる策は、そのくらいか……これもまた、功を焦る割には気長な策になるがな)」

 

 

 グレモリーはアマーチへの集中を一旦解除し、前方を確認し直した。

 バーズレーとレディスは最早、誰とも知れない女たちの悪口を片っ端から語り合って会話に薄汚れた花を咲かせている。最初から、職場案内などする気は無いのだろう。

 

 

グレモリー

「(バーズレーとレディスは論外……このまま昼まで適当に付き合ってやれば良さそうだ)」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 一方、おおよそ同じ頃、アブラクサスのどこかに佇むハルファス。

 

 

ハルファス

「……」

 

 

 廃墟や空き家というより、形ばかりの柱と屋根しかないようなあばら家で、何のために作られたかも分からない石塀の残骸のようなものに腰掛けている。

 もう少し原型が残っていれば、例えば石塀は椅子ほどの高さでグルリと円を描き、中心部に慎ましく草花など茂らせ、簡素な柱と屋根で日陰を作った長閑な休憩所だったりしたのかも……そういった想像を広げられなくもないが、今そこにあるのは、人1人座れる程度の石の塊が2つ3つ転がっているだけだった。

 しょぼくれた石に腰掛けるハルファスを指差して内緒話するように、遠くで小鳥の囀りが聞こえた。

 

 

女A

「ずんちゃっちゃ~ずんちゃっちゃ~ずんちゃっちゃ~ずんちゃっちゃ~♪」

 

女B

「むかーしむかし~……あ、別に最近でも良いけどね。とある村の出来事でございます~」

「時は夕方、父子2人暮らしの家に、村の大人が押しかけ何やらキャンキャンバウバウと……」

 

記者役の女A

「旦那さん! 旦那さん! 今朝方、お宅の昇降機を突如撤去された件ですが!」

 

記者役の女B

「板に乗るだけで、ロープと重りの力でお庭の大樹に誰でもスルスル登り降りな昇降機を!」

 

記者役の女A

「ナウいアイツもおキャンなアノコも誰でも簡単ライズアップ! な昇降機を、なぜ急に!」

 

記者役の女B

「村のお子さんお母さん方にも大人気な昇降機の無断撤去に批判の声も寄せられていますが!」

 

父親役に転じる女A

「エ~、その点につきましてはエ~、かねがね村の皆様にお知らせしてエ~、来ました通り……」

「エ~、昇降機も大樹も老朽化が進んでおりエ~、調査の結果、事態は深刻と判断しエ~……」

「昇降機も枝も、作動中に倒壊する恐れがあるとの事でエ~、皆様の安全を鑑みまして……」

 

婦人役に転じる女B

「イ・ヤ・ダ・ワ~、ちょっと人気者だからって、小難しい事言って偉そうにしちゃって!」

 

同じく婦人役に転じる女A

「元々息子さんが作ったクセにすっかり持ち主ヅラよ、最初は良い人だと思ったのにね~」

 

婦人役の女B

「ウチの子もお気に入りの昇降機なのに、全くいい迷惑ったら無いわよ」

 

婦人役の女AとB

「「やぁ~ねぇ~」」

 

記者役に戻る女A

「しかし旦那さん! それなら昇降機、チョチョイのチョイと修理すれば良いだけなのでは?」

 

父親役の女A

「それにつきましてはエ~、息子が改修を試みましたがエ~、再稼働は困難であるとの事でして」

「また、前々から昇降機の危険は周知しておりましたがエ~、利用を求める人は後を絶たずエ~」

「真夜中に忍び込んで昇降機を使おうとする子供達も目撃されており、安全第一としまして……」

 

婦人役の女B

「イ・ヤ・ダ・ワ~、そんな遅くまで起きてバカやる人いるわけないじゃないの」

 

婦人役の女A

「そうよそうよ、人様の子供何だと思ってるのかしら。きっと人のせいにして誤魔化す気よ」

 

婦人役の女B

「ウチの子なんて近頃、自分から寝室にそそくさ籠もるくらい良い子なのに、ありえないわ」

 

婦人役の女AとB

「「やぁ~ねぇ~」」

 

記者役の女B

「それで旦那さん! とにかく昇降機の再開の目処は付いているんですか!?」

 

父親役の女A

「その件につきましてはエ~、従来の昇降機の提供は難しいと判断致しました」

「しかしながらエ~、息子曰く、前々から新しい昇降機の導入にエ~着手していたとの事で……」

 

婦人役の女A

「イ・ヤ・ダ・ワ~、そこを何とかしてこれまで通りに直すのが責任ってもんじゃなーいの~?」

 

婦人役の女B

「ブチブチ言ってるけど、本当は旦那さんが余計な注文付けて壊したとかじゃありませんの~?」

 

婦人役の女A

「てゆーかー、所詮はお子様手作りで手抜きだらけだからバレないようにはぐらかしてるとか?」

 

婦人役の女AとB

「「やぁ~ねぇ~」」

 

女B

「なーんて大人達がキャンキャンやってると……おや〜? 遠くの方から声がするぞ~?」

 

遠くの息子の声役の女A

「おーい、お父さーん、みんなー」

 

婦人役の女B

「この声はっ! 昇降機を作った息子さんの声!」

 

婦人役の女A

「見て、屋根の上よ! キャ~、こっち見てー!」

 

婦人役の女B

「か~わ~い~い~! いよっ、天才少年!」

 

父親役の女A

「むむ、む、息子よー、危ないから降りなさーい! ナニユエそのように高く登るのかー!」

 

婦人役の女B

「まあ、旦那さんたらどのツラ提げて息子さんに命令なんてしてんのかしら」

 

婦人役の女A

「イ・ヤ・ダ・ワ~、誰のお陰で私たちに喜ばれてると思ってんのかしらね~」

 

婦人役の女A・B

「「やぁ~ねぇ~」」

 

記者役の女B

「息子さ~ん、昇降機について何か一言~! 手に持ってる長いロープは何ですか~!」

 

遠くの息子の声役の女A

「これから皆にねー、新しい昇降機をお披露目するんだよー」

 

記者役の女B

「新しい昇降機!?」

 

遠くの息子の声役の女A

「僕の持ってるロープねー、お空のお星さまに繋がってるんだよー」

「お星さまが流れ星になると、引っ張られて僕たちのお家も空を飛ぶんだよー」

 

婦人役の女B

「んまぁ~あロマンチック♪」

「夕方だから、もう空に星もポツポツと…どれ? どの星でお空に昇るの?」

 

父親役の女A

「む、息子よー! だからってそんな高い所に昇るのはやめなさーい!」

「庭の木よりウンと高いじゃないかー! 落っこちたらタダじゃすまないんだぞー!」

「それに……それに……本当に空を飛んだりしたら、家ごとこの村とお別れしちゃうだろー!」

 

婦人役の女B

「イ・ヤ・ダ・ワ~、子供の夢に本気で文句言うなんて、それでも立派な大人なのかしらね~」

 

婦人役の女A

「息子さんは本気で空を飛ぼうとしてるのに、しみったれた子持ちのオッサンはこれだから……」

 

婦人役の女AとB

「「やぁ~ねぇ~」」

 

遠くの息子の声役の女A

「大丈夫だよお父さーん。お空に行けば僕もお父さんも、やっとこんな──」

 

父親役の女A

「いいから息子よー、今そっちに行くから、おとなしくそこで待ってなさーい! うおー!」

 

女B

「なーんて、旦那さんがダバダバお家の中に飛び込んだ、その瞬間の事でした~」

 

婦人役の女A

「あら、流れ星」

 

屋根だけ息子もろとも飛んでいく効果音役の女B

「スポーーーーーーーーン……」

 

婦人役の女A

「……」

 

婦人役の女B

「……」

 

婦人役の女AとB

「……やーねー」

 

ハルファス

「……」

「……あっ、終わり?」

 

 

 遠くの音に気付いたモモンガのようにピクッと揺れてから、ハルファスはぺちぺちと拍手を始めた。

 

 

ハルファス

「えっと……多分、面白かったと思う」

 

女A

「優しい感想マジあざーっす。沁みる……」

 

女B

「まーこんな風にね。チャチくても娯楽も作ろうって流れがあるわけッスよ、アブラクサスにも」

 

女A

「昔はねー、一般の人が手人形とか切り絵とかで即興の芸やって子供笑かしたりしてたのよ」

 

女B

「あと影絵とかねー」

 

ハルファス

「そうだったんだ。……想像したら、ちょっと楽しそう」

 

女A

「んでまー、午前中はお仕事見学して、午後からお試しで働いてもらう……」

「のが! 今のアブラクサスの決まりだけどもぉ?」

 

女B

「ぶっちゃけコレ、お仕事見学じゃないのよねぇ」

 

ハルファス

「え……あ、そっか。生きるために畑仕事とかが大事だから、芸はお仕事にできないね……」

 

女A

「そうでもナッシン! お客さん1人いれば収入ゼロでも立派な仕事なのよ」

「タテマエワネ……でもねー」

 

女B

「そもそも私ら、お仕事見学のお役目じゃないのよねー」

 

ハルファス

「役目じゃない……? あ」

「もしかして、お目付け役の人じゃ……」

 

ダレカA

「とあるダレカさんが、あなたの事探してる所だったりするのよねー」

 

ダレカB

「またまたとあるダレカさん達ったら、お役目のコ放ったらかしちゃってねー」

 

ダレカA・B

「「やぁ~ねぇ~」」

 

ハルファス

「じゃあ……あなた達はもしかして、昨日の……」

 

 

 寝起きのムササビのようにピクッと揺れてから、ハルファスはもそもそと辺りを見回した。

 正午までまだ少しある穏やかな陽光が、木漏れ日になって無表情なハルファスを彩っている。

 

 

ハルファス

「……また、誰も居ない……」

 

???

「おぉーーーい、ハルファ……じゃなかった、チーターー!」

 

ハルファス

「あ……今の声、ザガン?」

 

 

 声のした方角を見ると、ザガンが小走りでこっちに駆けてきている。

 すぐにハルファスの目の前までやってきたザガンは、少しも乱れてない息を整えながら、ついでに前髪も整えたりしている。

 

 

ザガン

「ふぅ。いやー良かった、たまたま見つかって」

 

ハルファス

「ザガ……カリ……何て呼べば良いんだったっけ」

 

ザガン

「カリナで合ってるよ、大丈夫。それよりどうしたのさ、こんな所で1人で。お目付け役は?」

 

ハルファス

「あ、えっと……よく、分からない」

 

ザガン

「なるほど……こりゃチータの方も『同じ』みたいだねえ」

 

ハルファス

「『同じ』って?」

 

ザガン

「私の方のお目付け役の皆、どんだけ待っても来なくってさ。急用でも入ったのかもと思って」

 

ハルファス

「急用……私のお目付け役も、そうなのかな?」

 

ザガン

「きっとそうだよ。普段のお仕事と掛け持ちでお目付け役やってくれてるみたいだし」

 

ハルファス

「そっか……そうなのかも」

 

ザガン

「そうそう。もう待ちくたびれちゃってさ。学舎を何周かしても影も形も見えないし」

「だからこうなったら、もう自力でどうにかするしか無いって思って飛び出してきちゃった」

「誰かのお目付け役探してついてこうと思ったけど、ひとまずチータに会えたから予定変更かな」

 

ハルファス

「?」

 

ザガン

「2人で適当にお仕事見て回ってちゃおうよ。後は時間に遅れなければ問題なーし♪」

「『研修』のために集まる場所とか時間とか、ライアからちゃんと聞いてるしさ」

 

ハルファス

「でも私、お仕事してる人達がどこにいるのか、分からない」

 

ザガン

「それは私も同じだよ。それでも前に進んだ方が、ここでジッとしてるより絶対マシだって」

 

ハルファス

「そう、なのかな……よく分からないけど、決められないから、カリナの言う通りにするね」

 

ザガン

「オッケー、それじゃあ早速、しゅっぱーつ!」

 

 

 意気揚々と歩き始めるザガン。その後ろをハルファスがテクテクついていく。

 

 

ハルファス

「……ねえ、ザ……カリナ」

 

ザガン

「ん? どうかした?」

 

ハルファス

「この近くに、私以外の人って、ダレカ居た?」

 

ザガン

「んー? ん~……チータ以外に人らしいものは見てないけど……どうかしたの?」

 

ハルファス

「えっと……私にも、よく分からないの」

 

ザガン

「あははは、チータは相変わらずだねえ」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 少しして、真昼のアブラクサス某所。

 建物の間を行き交う連絡橋の1つ。

 いくつかの連絡橋が落ち合う、100人はゆうに収まりそうな広い円形の中継地点。

 数多の女性たちが木剣や刃引きした武器を持ち寄って屯している。

 そこに潜入組4人の姿もあった。

 

 

ハーゲンティ

「……お、来た来た! お~~い、マム~~、みんな~~!」

 

 

 中継広場の中央近くから、ハーゲンティが手を振って仲間たち3人を招く。

 連絡橋と広場のほぼ境を通りがかっている仲間たちも身振りでこれに応じる。

 

 

ザガン

「お、サシヨンが先に来てる。結構マメなんだねえ」

 

グレモリー

「今回に限ってはそうとも限らんかもな。サシヨンの隣を見てみろ」

 

ザガン

「え? あ、そう言えば見覚えある人」

 

ハルファス

「昨日のパーティで、指揮者やってた人……かも?」

 

グレモリー

「ああ。名前は確かフォロア。先日のミーナと同じ、サシヨンのお目付け役だ」

 

ザガン

「ああ、私も思い出した。ということは……」

 

グレモリー

「午前中までお目付け役と『真っ当に』見学を済ませ、適切な時間に案内されたという所だろう」

 

ザガン

「じゃあ、いい人たちみたいだね。サシヨンのお目付け役」

 

グレモリー

「ふっ。流石の私も、性根は善人だろうという気がしてきたよ」

「恐らくフォロアが、ここの仕事を担う1人……フォロアの隣の物体にも見覚えがあるしな」

 

 

 フォロアがザガン達を見て会釈した。自分の事を話していると気付いたようだ。

 4人が合流すると、フォロアは改めて一行に挨拶しながら、傍らに安置されていた車輪の付いた筒のような物体をゴロゴロと引き寄せた。

 

 

フォロア

「こんにちは。ギーメイさんに、カリナちゃんに、チータちゃんね。話はミーナから聞いてるわ」

 

ザガン

「よろしくね、フォロア。えっと……ソレは?」

 

フォロア

「見ての通り、『武器入れ』よ。この辺で手に入る種類の武器なら一通り用意してあるわ」

 

グレモリー

「自警団や兵士の武器を管理する用具の1つだ。領地ではこれに本物の武器を預け入れている」

「安価な武器を用意し、訓練時には各々手近な物を抜き取って使うという具合だ」

 

ザガン

「へえ。でも……それにしてもちょっと扱い雑じゃない?」

 

ハルファス

「剣と柄を留めてる部品、緩んだり寸法ズレてるかな。多分」

 

ザガン

「そうなの? 意外と詳しいんだね……」

 

グレモリー

「物資難のアブラクサスではこんなものだろう。個人の装備でなく、訓練用の消耗品だしな」

「ガタの入った武器を打ち直すにも、資材も設備も人材も酷く限られているだろうからな」

 

フォロア

「あはは……流石ね。私が説明する出番なかったわ」

 

ハーゲンティ

「ちなみに、あたいは先にフォロア姉さんからバッチリ教わったからね!」

 

フォロア

「ありがと~サシヨンちゃん。優しさがしみる……!」

 

 

 ハーゲンティを軽くハグして頭を撫でるフォロア。

 

 

ハーゲンティ

「えへへへ~♪」

 

ザガン

「(何かすごい気に入られてる……!?)」

 

グレモリー

「(私のお目付け役を思うと、和まざるを得ないな……)」

「ライアからは定時にここへ来いとだけ聞いていたが……全員同じ『研修』を受けるようだな」

 

フォロア

「あっと……そうみたいね。ここでは、いざって時のために『戦闘員』が訓練をしてるわ」

 

 

 ハーゲンティからちょっと名残惜しそうに離れて、仕事の顔に戻るフォロア。

 

 

ザガン

「へー。やっぱり、そういう事はシュラーに頼りっぱなしってわけにもいかないか」

 

グレモリー

「私達は先日まで、4人だけの旅を生き抜いてきた。相応の腕を期待されるのも必然か」

 

フォロア

「むしろ、『シュラー様を守れるように』って感じかしら」

「シュラー様に助けられてるからって、『汚れ仕事』まで押し付けたくはないものね……」

 

グレモリー

「(今の言葉、含みがある……暴力沙汰という意味だけではなさそうだ)」

「(そも、幻獣牧場があるなら、ヴィータの、それも素人の女ばかりで武術に励む必要はない)」

「(フォロアは恐らく、この『戦闘員』という欺瞞について何か知っている。覚えておくか)」

 

フォロア

「っと……もうすぐ訓練開始の時間ね。簡単に説明するわ」

「あなた達は『研修』だから、まずここでの訓練を通じて『戦闘員』の適正が審査されるわ」

「『研修』は大体3日くらい色んなお仕事を回ってもらって、それから働くお仕事が決まるの」

 

グレモリー

「仕事別に、素質や人員の多寡によって選ぶわけだな」

 

フォロア

「そう。ただし『失格』……合わないお仕事については『研修』中でも即日言い渡されるわ」

 

ハーゲンティ

「ま、あたいらなら化け物退治も日常だから一発オーケーだね!」

 

フォロア

「ううん。『戦闘員』は、ただ強けりゃ良いってわけじゃないの。そこも気をつけておいてね」

 

ハーゲンティ

「ぬぇ!?」

 

グレモリー

「ひとつの『軍団』だからな。協調性や判断力、武器や資材の管理能力も問われるのだろう」

 

フォロア

「そういう事。だから、『弱いから失格』とは限らないの。そこは余り気にしないで」

「誰か『失格』でも、私と同じ『備品管理』なら毎日のように仲間とも顔合わせられるしね」

 

ザガン

「『備品管理』……さっきのギーメイが言ってた、武器や資材の管理って方?」

 

フォロア

「ええ。『武器入れ』をここまで引っ張って来て、訓練終わったら片付けるのが私の仕事」

「とは言っても、途中までは『戦闘員』も武器の手入れや片付けするけどね」

「特に、自分用の武器持ってる人は、武器の管理は原則自己責任よ」

 

ザガン

「私達が持ち込んだ自分の武器も自己責任か……まあ、日頃からやってるから心配ないけど」

 

グレモリー

「『戦闘員』の手伝いだけが仕事でもなし、『武器入れ』の運搬、武器在庫の記録……」

「大勢居るなら、他の資源も手分けして取り扱える。故に総じて『備品管理』か」

 

フォロア

「備品担当はどこも人手不足だから、武器管理希望すればすぐ入れるわよ。ふふっ」

「それじゃ最後に、一番大事な事なんだけど……」

「ここの訓練、きっと想像以上にキツいと思うから気をつけて……色々な意味で」

 

ザガン

「い、色々な意味……?」

 

???

「あ~らぁ、流石は元私兵さま、『お上品』な訓練をなさるのねぇ」

 

ザガン

「(う……)」

 

ハーゲンティ

「(こ、この声は……!)」

 

 

 日を置いてもなお、嫌な形で耳に焼き付いている声色だった。

 渋々振り向くと、初日とはまた別のアプローチでギラギラとしたコーディネートのサイティがクスクス笑っている。

 傍らにはレディスも居た。取り巻きの内、彼女が「戦闘員」なのだろうと察する一行。

 

 

サイティ

「まるで年頃のお喋りに混ざりに行くかのような優雅さ……手ほどきいただきたいものだわぁ」

 

レディス

「ちょっと見ただけじゃ、とても剣を扱う人間の身のこなしには見えませんよね~え」

 

 

 レディスがサイティの嫌味に乗っかった直後、周囲でごく自然な賑わいを見せていた女達の様子も変わる。

 

 

付和雷同な女

「ふふっ、良いわねえ。金持ちのとこの兵隊さんって、訓練も楽しそうなのね」

 

空気を読もうとする女

「あ、う、うん、本当にね。う、羨ましいったら……は、ははは……」

 

 

 サイティの肩を持つ流れが、音のようにスムーズに広がっていく。

 

 

ザガン

「(げえ……サイティが何か言うだけで、一気にこんな……)」

 

ハーゲンティ

「(ザ、ザガン姉さん! 今度は、今度こそ冷静に……!)」

 

ザガン

「(流石にもうキレないって。むしろ何か……うんざりしすぎて気が塞ぎそう)」

 

グレモリー

「(しかし、なるほど。訓練が厳しい理由は、つまり教官が?)」

 

フォロア

「(うん。ウチで最も武術に長けてるのはサイティだから……睨まれたらタダじゃ済まないわ)」

 

ザガン

「(お金の管理に武術まで……本当に何でも出来る人ではあるんだね)」

 

グレモリー

「それほどの英才教育を受けていて、品性だけああも捻じくれた事が実に惜しいな)」

「(環境との折り合いか、生まれ持った資質か……考えてみても詮無いが」

 

フォロア

「(ついでにサイティ別にしても訓練の空気乱せば、ここに居るほぼ全員から厄介者扱いよ)」

 

ハーゲンティ

「(何で!?)」

 

グレモリー

「(サイティが教鞭を執る以上、揉め事は直ちに統率者であるサイティの不興を買う)」

「(サイティの機嫌と好き嫌いで制裁が飛び、全員がとばっちりを受けかねん)」

「(事の是非より、余計な真似で全員に迷惑を与えたという事の方が重大なのだろうよ)」

 

フォロア

「(ただでさえ仕事の付き合いなんて『うっすい』から、波風立てない方が大事なのよね……)」

 

サイティ

「丁度良かったわぁ。せっかく『仲良く』したいお人ですもの」

「レディス」

 

レディス

「はい、こちらに!」

 

 

 サイティは、レディスに持たせていた上等な細工の突剣を掴みスラリと引き抜き、数m先のグレモリーに突きつけた。

 

サイティ

「紳士的に、淑女的に……お手合わせ願えませんこと?」

 

ハーゲンティ

「(自分用のゴージャス武器!?)」

 

ザガン

「(うーん……何か悔しいけど、構えだけなら素人が見ても結構な腕だよ、アレ)」

 

ハルファス

「(刃引きしてるけど、切っ先丸めてないから刺さっちゃう……刃引きの意味、無いかも?)」

 

グレモリー

「(『安全に加工した訓練用の武器』という体裁だけ整え、自分から仕掛けるか……)」

「(よもや公衆の面前で刃傷沙汰は起こすまいが、『本気では』という威圧感は与えられる)」

「(そして我々は、仮にも手合わせとして『安全な』武器で応じざるを得ない……小賢しい)」

 

ザガン

「(勝ち負けよりも、格の違いを見せつけるのが目的って感じがする……)」

 

グレモリー

「(分かってきたじゃないか。私に適わなければ、『寛容に』降参して見せれば良いだけだ)」

 

ザガン

「(分かっても全然嬉しくないなあ……)」

 

サイティ

「そんなに怖がらなくても大丈夫よぉ。私は教える側……『勝たせてあげる』からぁ♪」

 

グレモリー

「(気は進まんが……昨夜のパーティのような、仲間を辱めるような真似だけはやらせん)」

「私が行こう。手合わせなら、『顔を立ててくれる』だろうからな」

 

ハーゲンティ&ザガン

「(瞬殺する気だ……!)」

 

 

 グレモリーがサイティに詰め寄り、道中で適当な訓練用の鉄剣を引き抜く。

 

 

サイティ

「レディス、開始の号令お願いねぇ」

 

レディス

「はい、サイティ様!」

 

グレモリー

「(剣の状態は……確かに、良いとは言えんな。仕掛けが有っても握っただけでは分からん)」

「(が……問題ない。剣を持てば剣を振るのは『お勉強』までだ。私の筋書きは私兵……)」

「(ならば『実戦』の作法だ。剣など打ち合わせるまでもなく、叩き落として組み伏せる)」

 

レディス

「行きますよ、レディィィィ~~~~……!」

 

 

 両者の間合いに手刀を差し込むようなポーズで、やたらと号令にタメを挟むレディス。

 

 

レディス

「ィィィ~~~~~……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くの女の悲鳴

「『ノンローソ』だーーーーーー!!」

 

レディス

「ィは?」

 

サイティ

「んなっ……?」

 

グレモリー

「む……殺気!」

 

 

 グレモリーが反射的に飛び退いた。

 直後、グレモリーの真横やや上空から影が飛び込む。

 同時、サイティとレディスが二目と見られなさそうな顔で互いの頭をぶつけ合った。

 

 

サイティ

「もはっ!?」

 

レディス

「めどっ!?」

 

 

 立ち会いに乱入した影が3つ。

 1つはグレモリーの横面を狙ったが、かわされた。

 残る2つはサイティとレディスの同じく横面に的確に拳を埋め込み、拳と互いの頭とで顔面両サイドを圧迫させ、赤子をあやすような変顔を強制的に披露させた。

 3つの影はいずれも、同じ姿をしていた。

 

 

グレモリー

「これは……幻獣!?」

 

備品管理担当の女

「また『ノンローソ』が逃げて、こっちに向かってるっでンぷし!?」

 

 

 第一声を訓練場に投げかけた女が、その背後から回り込んできた、やはり同様の幻獣にアッパーカットを食らって空中で後方一回転した。

 

 

グレモリー

「くっ……カリナ、サシヨン、チータ!」

 

ザガン

「分かってる! 皆、他の人達の避難最優先!」

 

ハーゲンティ

「了解! こんなトコで襲われたら落っこちちゃうかもだね! ハル……チーちゃん行こう!」

 

ハルファス

「うん」

 

フォロア

「わ、私も手伝うわ!」

「(サシヨンちゃんにだけ危ない事させるなんて出来ない……そんなのヴィータ失格よ!)」

 

 

 訓練場は、連絡橋の間に設けられた空中庭園。

 数十人の女達が集っても広さは十分にあるが、転落防止の柵は大半が風化して失われている。

 高さは低く見積もっても4階建て相当。落ちればほぼ助からない。

 

 

グレモリー

「『ノンローソ』……この幻獣の名か」

 

ノンローソ

「フッ、フッ……シュッシュ!」

 

 

 前半は鼻息、後半は素振った拳が風を切る音。

 ノンローソの外観は、面長で二足歩行の哺乳類。血管が浮き出るほど全身が厚い筋肉に覆われている。

 発達した後肢が、やや前傾した背骨を支え、前のめりの重心が拳撃の質量を跳ね上げる構造となっている事が用意に想像できる。

 手は圧縮ゴムのように硬く分厚く、それでいて弾力も感じさせる。

 

 要するに、グローブを付けたカンガルーだった。

 

 

 

 

 

<GO TO NEXT>

 




※ここからあとがき

 再びご無沙汰致しておりました。年末年始は別の執筆に挑んだり、あるいはだいぶ生活が破綻してたりしておりました。
 少しずつ進めていた前回と違い、今回は全く手を付けない期間も挟まってしまい、勝手を忘れている所もあるのではと不安も少々……できるだけ早く立て直していきたいです。

 今回のアマーチのくだり、メルコムイベより早くに書き上げたいところでした……もっと時間が欲しい。




・筋肉について
 ミカエル、やはり絵より彫刻が似合うハルマでしたか……そしてやっぱり砕かれたか。

・8章について
 ギーメイ……! まあ、シヌーンとか名前が被る事は時折ありますので。
 8章後半、読んでみたらこの「十二宮」で書きたいことの大半と重なる所があって、やっぱ原作はすごいですね……しかもあの尺の内で。
 あと、最終節の面々のVH攻略は、少々気が重いですね……。

・ベレトについて
 ベレト……!
 バーストベレト……!
 これで安心してカトルスに帰れます……。
 それはそれとしてラッシュベレトの構想もあるのでいつか書けたらと思います。

 前回のあとがきの直後に、編成だけ用意していたおかーさん&狂炎編成をケチャ・ラジャにぶつけた所、協奏で必死こいてたのが嘘みたいに5~8ターンほどの安定攻略が可能になりました。
 タイガンニールVHも焼き払いました。
 マモンNもどうにか燃やし尽くしました。
 ロクサーンも最後はおかーさん&狂炎でした。
 やはり狂炎……狂炎は全てを解決する。

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