メギド72オリスト「茨を駆ける十二宮」   作:水郷アコホ

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3-2後半「JUMP OVER THE BORDER」

 アブラクサス空中庭園。

 突如乱入した幻獣から住民を守るべく行動する潜入組。

 

ハーゲンティ

「どええぇぇぇーーーい!!」

 

ノンローソ

「……!」

 

 ハーゲンティがピッチフォークを振りかぶり、手近な幻獣に打ち下ろすが、幻獣は上半身を大きく後ろに反らせつつ、後肢の脚力で飛び退き易々とかわした。

 

ハーゲンティ

「ぐへぇ~……やっぱりボスのサポートが無いと全然だぁ」

 

ノンローソ

「シュッ!」

 

ハーゲンティ

「うひっ!?」

 

 

 回避から流れるように幻獣が反撃に転じる。

 ハーゲンティは攻撃の気配を悟り、咄嗟に盾のようにピッチフォークを構えた。

 殆ど偶然にノンローソの拳がピッチフォークと衝突して直撃を免れたが、しかし想像以上のパンチ力を受け止めきれず、ハーゲンティは数cmほど飛ばされて尻もちをついた。

 

 

フォロア

「サシヨンちゃん!?」

 

ハーゲンティ

「あてて……あたいは大丈夫。それより他の人を……」

 

フォロア

「わ、分かった! ほら、そこのあなた、広場の真ん中の方へ!」

 

逃げ惑う女

「嫌よ! ここに居たら殴られるのを待つだけじゃない。連絡橋を渡って逃げないと……!」

 

フォロア

「バカ、その連絡橋からノンローソが来たのよ! 殴り転がされながら渡りきれるの!?」

 

逃げ惑う女

「うう……」

 

 

 観念した女がフォロアの指示通りに広場中央へ、同じようにして寄り合った女の群れへと駆けていく。

 先程からハーゲンティ、ハルファス、フォロアの3人で、闇雲に逃げ惑う住民たちをこのように避難させていた。

 咄嗟の戦闘に比較的慣れているザガンは単身で別行動を取り、同じく避難誘導に奔走している。

 

 

ハルファス

「やっぱり……逃げる人や避難してる人には、あまり興味無さそうだね」

 

フォロア

「え……ノンローソが? そうだったの?」

 

ハルファス

「うん。……たぶん」

 

フォロア

「そういえば夢中で気付かなかったけど、避難させた皆、誰も途中で襲われてないわね……」

 

ハーゲンティ

「ハルちゃーん! それより、コレ、ちょっと手伝ってぇ!!」

 

 

 ハーゲンティを殴ったノンローソは、その後も座り込んだままのハーゲンティを睨みつけている。

 ハーゲンティも立ち上がって逃げたい所だがすっかり射竦められてしまい、立とうとしている間に追い打ちが来るのではと身構えて動けずにいる。

 今は偽名と本名の区別を気にしている余裕もないようだ。

 

 

ハルファス

「あ、うん。でも……良いのかな、倒しちゃって」

 

ハーゲンティ&フォロア

「何で!?」

 

ハルファス

「だって、最初に知らせに来た人、『またノンローソが逃げた』って……」

「もしかしてノンローソって、必要だからアブラクサスで面倒見てたりするのかも」

 

フォロア

「う……」

 

ハルファス

「強いからかな……兵隊さんの代わりかも? 怪我させたら、アブラクサスの迷惑に……」

 

ハーゲンティ

「ハルちゃん! そうかもだけど! 緊急事態だから! 後であたいも謝るから!!!」

 

ノンローソ

「フンッ!」

 

ハーゲンティ

「わひ……!?」

 

 

 ノンローソが振りかぶったのを見て、思わず目を瞑って身を縮めるハーゲンティ。

 だが、すぐに目を開いた。視界が途切れる直前、ノンローソのパンチが明後日の方向に振るわれたのと、翻る赤とが見えたのを覚えていた。それは心強い、仲間の振るう赤だった。

 

 

ザガン

「遅い遅い!」

 

ハーゲンティ

「ザ……ザガン姉さん!」

 

 

 割って入ったザガンが、ノンローソのパンチをいなした。

 続く攻撃にもムレータを荒ぶらせ、華麗にかわしながら会話するザガン。

 

 

ザガン

「ごめん、他の人たち避難させてたら遅くなっちゃった。ついでにオマケも……おっと!」

 

オマケのノンローソ達

「シュッ! シュッ!」

 

 

 引きつけながら移動してきたのか、更に3匹のノンローソが追加でザガンに殴りかかる。

 これもやはり次々とかわし、さながらザガンとノンローソ達のダンスステージだった。

 

 

フォロア

「すっご……」

 

ハーゲンティ

「うっひょ~かっけぇ~~!」

 

ザガン

「さあ、もっともっとおいでよ!」

 

ハーゲンティ

「オーレイ!!」

 

ザガン

「¡ Vamos, vamos, vamos !」

 

ノンローソ達

「……!」

 

 

 歓声を受けてザガンもノリノリである。

 計4匹となったノンローソは、攻撃の尽くをかわされているのを理解すると、ザガンの周囲を取り囲むように移動した。

 

 

ザガン

「死角から襲って来ようって魂胆かな? そのくらいで当たってあげるほど、私も甘くないよ」

 

ハルファス

「……あれ? これって……」

 

ノンローソの一匹

「……フッ!」

 

 

 ザガンの斜め後方に立つノンローソが、鼻息荒く飛び込んだ。

 

 

ザガン

「見えなくても分かるよ……そこだ!」

 

 

 余裕の笑みでムレータをかざすザガン。

 

 

ハルファス

「やっぱり……『陣形』?」

「あっ……ザガン危ない!」

 

 

ザガン

「えっ……?」

 

 

 ザガンがノンローソの一匹に対処しようとした時と、それに気付いた時はほぼ同時だった。

 ザガンの勘が告げていた死角からの攻撃……それと全く同じものが、速度、タイミング、威力、その他諸々そっくりそのままに、計4方向から迫っていた。

 ムレータを差し向けた死角の1匹と同じく、視界前方に居る2匹、そして恐らくは反対側の死角に居るもう1匹も、全く同時にザガンへと拳を突き出し、飛び込んでいた。

 

 

ザガン

「な、え、一緒に──?!」

 

 

 1匹の攻撃をいなす動作が終わらない内に、同時に迫ってくる残り3匹の拳がザガンの胴体に分け入った。

 追い込み漁のような攻撃が、回避するはずだった攻撃さえいなす余地を与えず、4発が全く同時にザガンに直撃した。

 

 

ザガン

「……がふっ」

 

 

 ノンローソが拳を引っ込めると、圧迫から開放された苦悶をようやく口にしながらザガンが倒れた。

 

 

ハーゲンティ

「なっ、そそ、そんな……!」

 

フォロア

「カリナちゃん!?」

 

ザガン

「ぐっ……げほっ……ご、め……ちょ……うごけ、な……」

 

 

 胴回りのどこを押さえたものかも分からず、ひたすら蹲るしかないザガン。

 それを見下ろしていた4匹のノンローソが、再びハーゲンティに狙いを定めた。

 

 

ノンローソ達

「……」

 

ハーゲンティ

「あ、あばばばばば……」

 

フォロア

「(う、動け……動くのよフォロア! ここでサシヨンちゃんを守れなくてどうするの!)」

「(何で……何で動けないのよ! 自分の安全なんて考えてる場合じゃないのに!)」

 

ハルファス

「えっと……どうしよう……」

 

ノンローソ達

「……フ~……」

 

ハーゲンティ

「へ?」

 

 

 聞くからに力の抜けたため息を鼻からゆっくり吐き出してから、ノンローソ達はそっぽを向いて去っていった。

 

 

ハーゲンティ

「え……あたい今、幻獣にガッカリされた? 何かショック……」

 

フォロワ

「サ、サシヨンちゃん! カリナちゃん! 大丈夫? 怪我はない?」

 

 

 ノンローソが背中を向けたと見るや、フォロアが飛び出してまずハーゲンティに抱きつき、ハーゲンティの無事を確かめ、ザガンを揺り起こしに向かった。

 去っていくノンローソは振り向きもせず、他のターゲットを探してうろついている。

 

 

ザガン

「えふっ、ぐ……だ、大丈夫……少し、休めば……」

 

ハーゲンティ

「あ、あたいも大丈夫だけど……今の、何だったんだろ?」

 

ハルファス

「……ザガンも、他の皆も、殴られて怪我はしても、殺されたりはしてない……」

「もしかして、本当は優しい子たちなのかな?」

 

フォロア

「ノンローソに限って、それは無いわね。習性……ああいう生き物なのよ」

 

ハーゲンティ

「習性……?」

 

フォロア

「ノンローソは、殺さずに『いたぶる』の。忘れた頃にやってきて、何度も何度も……」

「野蛮で傲慢……まるで、そう……『男』が力の差を分からせようとするみたいにね」

 

 

 一方、ハーゲンティ達と離れた地点に居るグレモリー。

 最初の3匹の乱入の後も、その内の1匹と一進一退の攻防を続けている。

 

 

グレモリー

「……やぁっ!」

 

ノンローソ

「……!」

 

 

 グレモリーが掛け声と共に斬りかかると、ノンローソは腰を落とし、脇を締めて身構えた。

 更にグレモリーの刃が体毛を撫でても、ノンローソは微動だにしない。

 グレモリーが斬るか斬らないかのギリギリで剣を翻し、鋭い突きを鼻先に繰り出しても、ノンローソに動きは見られなかった。

 グレモリーの突きは、ノンローソの鼻に突き刺さる直前で止まっている。

 

 

グレモリー

「(2連続のフェイントを見抜いた!? この幻獣、『駆け引き』ができるのか……?)」

 

ノンローソ

「シュッ!」

 

グレモリー

「チィっ!」

 

 

 ノンローソは俊敏なフックで鼻先の刃を払い、後肢のバネで一挙に距離を詰めた。

 剣を弾かれた勢いでグレモリーの姿勢が崩れると同時、肉薄したノンローソの拳がグレモリーの脇腹へ突き出される。

 グレモリーは咄嗟に体を回転させ、マントをはためかせて目くらましにした。

 標的の挙動をマントに隠されたノンローソの拳は、グレモリーの腹筋を僅かに掠って空を切った。

 

 

グレモリー

「(ギリギリだった……技量だけじゃない。攻撃に対し、本能を捨てて臨んだ先の胆力……)」

「(並大抵の幻獣ではない。思った以上にできる……!)」

 

 

 グレモリーはそのまま飛び退いて距離を取り、切っ先を向けて仕切り直した。

 向き直ったノンローソも、獣らしからぬ落ち着き払った仕草で再び構えた。

 絶えず小さく跳ねて、いつでも踏み出す準備が出来ている事を示す動作は、本能のままに襲いかかる多くの幻獣には見られないものだった。

 

 

グレモリー

「大型では無いからと侮っていたか……おいレディス、そろそろ動けるか!?」

 

レディス

「ひぇっぐ……無理だぁ……膝が笑ってるし、ツラもこんなだし……あとシリもイテエし」

 

グレモリー

「なら這いずってでも避難しろ! 仮にも主君の鞘を預かる者がメソメソするな!」

 

レディス

「ひぃぃぃん。なに言ってるか、ぜんぜんわがんねえよぉぉ……」

 

 

 レディスは最初に殴られた場所でへたり込んで、たこ焼きのように腫れ上がった顔をさすって啜り泣いている。

 顔さえ隠せば、そのポーズは愛に敗れた悲劇の淑女だった。

 

 

グレモリー

「(ちっ、普段は威勢が良いくせに、ここまで脆いとは……まるでウブな小娘だ)」

 

 

 なおサイティは、やや遠くで2匹のノンローソに追われて駆けずり回っている。

 最初に乱入した内、グレモリーが相対していない残りの2匹である。

 

 

サイティ

「ちょ、だ、だから、あっち! エサはあっちだってのぉ! あの腰抜け役立たずよぉ!」

 

 

 サイティはレディスを指差して脅威を子分に押し付けようとしているが、ノンローソ達は脇目も振らない。

 ノンローソの執拗な体当たりによろけたりはしているが、辛うじて武術の心得でバランスを取り直し、決定打はもらわずに済んでいる。

 ついでに武器はレディスに投げて寄越し、少しでも身軽になって逃げ出したので手ぶらだった。

 

 

グレモリー

「(真っ先にレディスを盾に逃げてあのザマ……まあ、アレは逃げる気力があるだけマシか)」

「(何かできる事は……気を紛らわせてやるくらいしか思いつかんか)」

「レディス、確かこいつらは『ノンローソ』と呼ばれていたな?」

 

レディス

「ふえ……そ、そだけど?」

 

グレモリー

「アブラクサスで『ノンローソ』……犯罪人相学か?」

 

レディス

「う、うん……サイティ様も、なんかそんな感じの言ってた……」

 

グレモリー

「(口調が幼児退行している……想像も見立ても超えて脆弱な性根なのかもしれん……)」

「アブラクサス周辺領の学者の名だ。『犯罪者は生まれ持った見た目に人格が出る』と主張した」

「曰く、『悪魔を宿す者ほど、他と似通わぬ固有の容貌を持つ』とな。結局デタラメだったが」

 

レディス

「あ、そ、そう……サイティ様も、そんなの言って名前付けてた!」

「『男みたいに野蛮で傲慢で、ノンローソが唱えた悪魔そのものなケダモノ』って!」

 

グレモリー

「(幻獣の名がヴィータに知られていると思ったら、なるほどあだ名か)」

「なるほどな。殴られ泣いて怯えるしかないのが貴様の『底』と言うわけだ!」

 

レディス

「……あ? てめ今なんつったオバン?」

 

グレモリー

「(よし、恐怖から意識を逸らし、火を点け直せたな)」

「違うなら行動で示せ。見返すためにも、生きて足掻くのがアブラクサスの女だろう?」

 

レディス

「んだコラ、命令してんじゃねぇぞ格好つけだけのオバンがよぉ!」

 

グレモリー

「(いかん、煽りすぎたか……逃げる前に私を見下すのが先になってしまっている)」

「なら貴様が倒すか? このノンローソ」

 

ノンローソ

「……?」

 

レディス

「ひっ!?」

 

 

 レディスの恫喝が耳に障ったのか、グレモリーと睨み合っていたノンローソがレディスの方を見た。

 

 

レディス

「だ、だ、誰がンな汚えケダモノとヤるかよ! て、てめえが相手しろ、良いな!?」

 

 

 レディスがサイティの突剣を杖代わりにヨタヨタ立ち上がり始めた。

 

 

グレモリー

「(ふぅ……後はレディスには、サイティが押し付けた武器がある)」

「(目をつけられても最低限の防衛くらいできるだろう……残るは目の前のコイツだ)」

 

 

 ノンローソから視線を外さず、グレモリーはジリジリとすり足で移動した。

 

 

グレモリー

「(ここだ。この位置……連絡橋を背後にすれば、後ずさる余地を確保できる)」

「(普段ならこんな臆病な仕込みは好まんが、今は私が皆の司令塔……油断は禁物だ)」

「(追放メギドとて、肉体は基本、幻獣に劣る。『駆け引き』を使う相手ともなれば……)」

 

 

 グレモリーの目に、ノンローソが僅かに巨大化して見えた。

 仕掛けたノンローソが距離を詰めたのを、脳が遠近感を処理する前に把握するグレモリー。

 

 

グレモリー

「(来た! だがこのまま押し合うのでは不利……)」

「(ならば、死中に活を求める。応えてみせろよ……私の『技』!)」

 

 

 真正面からぶつかりに行くように、同じくノンローソへ踏み出すグレモリー。

 刺突に向いた剣を、あからさまに袈裟斬りの軌道で構えた。

 

 

グレモリー

「(私の読みが当たるなら、ここでノンローソが守りに転じる事は無い)」

「(隙だらけの構えを見せれば、斬撃をかわし、カウンターで勝負を決めにかかるだろう)」

「(だが私の狙いは違う……並のヴィータばかりを相手にしてきた幻獣に読めるか!?)」

 

 

 グレモリーはノンローソがストレートを突き出そうとする、その出掛かりを見抜いた。

 更にグレモリーは、まだ若干遠いはずの間合いで構えた剣を振り下ろす。敵の視線を遮るような軌道で閃いた切っ先は、しかしノンローソの体毛一本触れていない。

 

 

グレモリー

「(空振りにノンローソは動じず……なら勝てる!)」

 

 

 斬撃の勢いそのままに、グレモリーは敵の眼前で体を一回転させた。

 先ほどの一撃をかわした時同様、マントがグレモリーを覆い隠す。

 

 

グレモリー

「(この幻獣は賢い。同じ手は通用せず、今度こそ私を射止めにかかるだろう……)」

「だが……そこだな!」

 

 

 グレモリーの読み通り、ノンローソはマントの向こうに隠れた敵の体躯を正確に予測し、胴体が収まっている位置に狙いを定めている。

 ノンローソがフィニッシュブローを打ち放った瞬間、グレモリーは回転の勢いを乗せた斬撃をその拳に叩き込んだ。

 

 

ノンローソ

「……!?」

 

グレモリー

「(硬い。拳に刃までは通らんか……だが十分)」

「(伸び切った腕、踏み込んだ足、確信と共に全体重を乗せた拳に横槍をねじ込めば!)」

 

 

 ストレートの軌道がガクリと落ち込み、重心を崩されたノンローソがよろめいた。

 

 

グレモリー

「(私の『技』は、戦争を怠けていたメギド・グレモリーとしてのものではない)」

「(磨き上げた技術で、敵の動作の『起こり』を見極め牽制し、不発に終わらせる)」

「(フォトンの破壊は、暴発に備えてメギドの力を応用した『ついで』でしかない)」

「(弱きヴィータに転生したからこその、追放メギド・グレモリーのオリジナル)」

「(まさしく、継続して積み重ねた力に優る技はないという事だ……そして!)」

 

 

 隙を見逃さず、更に剣を振り上げる。

 

 

グレモリー

「でぇい!」

 

ノンローソ

「……!」

 

 

 逆袈裟に迫る刃に、ノンローソは上体を逸らし、スウェーで回避を試みる。

 しかし、僅かに避けきれず、ノンローソの頬から血が跳ねた。

 

 

グレモリー

「それもフェイントだ!」

 

 

 スウェーの姿勢から戻りかけたノンローソの鼻先に、グレモリーの回し蹴りが打ち込まれた。

 剣の重みと振り抜いた勢いとに任せた、先ほどノンローソが不発に終わらされたストレート同様の、一撃必殺前提のフルスイングだった。

 

 

ノンローソ

「……!?!?!?」

 

 

 ノンローソは頭から地面に叩きつけられ、更に石の床で一回転して止まった。

 起き上がろうとするノンローソだが、少し体を持ち上げては崩れ落ちてを繰り返している。

 

 

グレモリー

「獣の弱点は鼻先と相場が決まっている。脳震盪でしばらくは動けまい」

 

レディス

「す……すす、すげえ……」

 

 

 まだほんの数歩ほどしか歩けていなかったレディスが、グレモリーを見てあんぐりと口を開けている。

 

 

レディス

「ノンローソに……勝ちやがった……しかも蹴り一発って……」

「や……ヤれんじゃねえか! ヴィータでもノンローソはブチ殺せる!」

 

グレモリー

「む?」

 

レディス

「おいテメエラ! 女ども! ノンローソなんて殺処分だぁ!」

「正体はヴィータにも負けるザコだったんだよ! シュラーのペットとかもう知るもんか!」

「殺せ殺せぇ! ついでにこんなブツの面倒見させたシュラーを引きずりぱっきゃお!?」

 

 

 鬼の首を取ったように叫び散らしていたレディスの顔面真正面に、めり込まんばかりに拳が叩き込まれた。

 

 

ノンローソA

「フ~……」

 

サイティ

「いやったぁ! まずは一匹ぃ~♪」

 

 

 サイティがこちらに戻ってきて、更にレディスの陰に隠れて身代わりにした結果だった。

 2匹の内の1匹がレディスを殴り倒し、もう1匹も力強く跳ねながらサイティに迫っている。

 

 

ノンローソB

「フンッ! フンッ!」

 

グレモリー

「(なるほど。レディスが何か喚いていたのはシュラー絡みか)

「(ネズミ幻獣がそうなら当然、ノンローソもシュラーが従えた幻獣)」

「(『また逃げた』とも言っていたな。不定期に住民に武力を誇示してくる兵器……)」

「(厄介に思う者が出るのも必然か。特に反シュラー派には、格好の批判材料になる)」

 

サイティ

「ほら、ほらぁ! 次はあっちよ、あっちぃ! あの元・私兵さまよぉ!」

 

 

 サイティは、レディスを殴り倒した方のノンローソのすぐ脇に立ってグレモリーを指差し、後続のノンローソに標的を指図している。

 

 

グレモリー

「『次』とはどういう事だ? 武器も無いなら、早く中央に避難するべきじゃないのか」

 

サイティ

「オホホホぉ~ぅ粗野な兵隊さんはやっぱり何も分かってないのねぇ~!」

「こいつら所詮は『男』と同じよぉ。それも女を道具としか思ってない最低野郎どもとねぇ」

「ノンローソが暴れるのは、弱い女を殴って良い気になりたいだけのゲスだからに決まってる!」

 

グレモリー

「ふむ……『決まってる』と表現するという事は、あくまで推測という事だな?」

 

サイティ

「それがなにぃ? どう見てもそうとしか思えないんだから決まってるでしょぉ?」

「女を殴らせりゃこいつらは大人しくなるのよぉ。いつもそうだったんだからぁ」

 

ノンローソA・B

「……」

 

 

 追いついたノンローソと、サイティを殴ったノンローソとが、まるでサイティの両脇に侍るかのように立った。

 

 

サイティ

「さぁ、ほらほら兵士さまぁ、挨拶なさいな、新しい訓練相手にぇてす!?」

 

ノンローソA・B

「シュッ!」

 

 

 2匹の風切るアッパーが、サイティの細い顎を真下から正確に打ち抜き、宙に浮かせた。

 

 

グレモリー

「(だろうと思った……)」

「(直接戦った私には分かる。こいつらはそんな短絡的な理由で暴力を振るってはいない)」

「(獣ゆえに深謀遠慮とはいくまいが、彼らなりの道理……生き様のようなものがあるのだ)」

「(でなければこれほど……『武術』と呼べるまでに洗練された力を持てるわけがない)」

 

 

 サイティが完全に伸びたのを確認した2匹のノンローソは、すぐさまグレモリーの方を向いてファイティングポーズを取った。

 

 

グレモリー

「ふっ、次は2匹か……流石にソロモンが恋しくなってくるな」

 

 

 笑みを崩さないグレモリーの頬に冷や汗が伝う。

 

 

グレモリー

「(殺すにも気絶させるにも、こいつらの動きは本能任せの幻獣たちとわけが違う)」

「(そして、私にはザガンほどの柔軟な機動力も無い……凌げるか?)」

「ふぅ……チータ! そこの転がってる2人を中央に運べ! お前の怪力なら出来る!」

 

ハルファス

「……あ、私? 分かった」

 

 

 ノックアウトされたサイティとレディスの元へ駆け出すハルファス。

 しかし、2匹のノンローソの片方がハルファスに気付いて飛び跳ねた。

 

 

ノンローソA

「……!」

 

ハーゲンティ

「あ! あのノンローソ、ハルちゃん狙ってる!」

 

フォロア

「まずい……避難した人と私達以外、もう皆ノンローソに気絶させられてる……!」

 

ハーゲンティ

「あたいらデザート!? ハルちゃーん、逃げてー!」

 

ハルファス

「え……でも、あの人達を助けないと……あ」

 

 

 ハルファスが手を拱いている間にも、ノンローソがジグザグのステップを踏みながらハルファスへと近づいてくる。

 

 

ハルファス

「……」

「(……右、左……ゆっくり右……今度は小さく左……動きを読まれないようにしてるのかな)」

 

 

 迫りくるノンローソをしっかりと目で追いながら、ハルファスは棒立ちでそれを眺めているだけだった。

 見る間にハルファスは、ノンローソを至近距離まで招き入れてしまった。それでもハルファスは自然体で突っ立っている。斧は無造作に掴んだまま。適切な位置に握り直す事すらしないでいる。

 

 

ハルファス

「えっと……ちょっと、先に行かせてもらっても良いかな?」

「あ、プーパじゃないと言葉って分からないんだっけ──」

 

 

 呑気に幻獣に話しかけるハルファス。その目だけは、しっかりと捉えていた。

 ノンローソが腕から余分な力を抜き、それによって得た常人には反応すら難しい速度で、撫でるようにハルファスの顎を叩くまでを。

 やはり目にも留まらぬスピードでノンローソが拳を引っ込めるまで、ハルファスの体は微動だにしていない。

 

 

ハルファス

「ん……あれ? 痛いかな?」

「あ……地面、傾いて……?」

 

 

 ハルファスが、歩きもせずに転んだ。まるで見えない力に引っ張られるようによろめき、地面に吸い込まれるように。

 

 

ハルファス

「あれ……起き上がれない?」

 

フォロア

「な……何が起きたの!?」

 

グレモリー

「(今の一瞬の動き……アンドレアルフスとの戦闘で見た覚えがある)」

「(私がノンローソに仕掛けたのと同じ……脳を揺さぶられたか……!)」

「っ、大量の殺気……!?」

 

 

 ハッとなって周囲を見渡すグレモリー。

 空中庭園に躍り込んだ、のべ数十匹のノンローソの全てがグレモリーを見ていた。

 

 

グレモリー

「これは……どういう状況だ……?」

「(『弱い女を殴る』だと? バカを言え……)」

「(ハーゲンティとフォロアを差し置いて、私にばかり闘志を燃やしているじゃないか)」

「(流石に些か解せん。同胞を蹴り伏せた強敵から狙うなど、獣の道理に反するはず……)」

 

 

 足で背後の地形を確認するグレモリー。

 

 

グレモリー

「(いくら私とて、全員まとめて相手をするのは無茶が過ぎる。だが……)

「(連絡橋への退路は確保してある。いざとなれば狭い連絡橋に下がり一匹ずつ……!)」

 

???

「申し訳ありません……遅くなってしまって」

 

グレモリー

「!?」

 

 

 真後ろから声がした。

 グレモリーが振り向いた後ろには、空気に溶け込むように存在感の希薄な女が1人。

 グレモリーの視線に気付くと、女は胸元に抱いた布に包んだ物体を気遣いながら、深々とお辞儀した。

 

 

儚げな女

「……」

 

???

「ここは、責任をもって私が収めます。しかし、もしもの事があれば……」

 

 

 横から声がした。

 グレモリーが振り向く間に、小柄な声の主はその隣を抜けていた。そして今は、グレモリーに代わってノンローソ達の視線に立ちはだかっている。

 

 

シュラー

「後の避難を、よろしく頼みます……ギーメイさん」

 

グレモリー

「シュラー……!」

「(この2人……ここまで近づかれるまで、気配すら無かった……!)」

 

 

 途端、グレモリーは自分に向けられていた殺気が失せていくのを感じた。

 空中庭園に居座るノンローソ全頭がシュラーを凝視している。

 

 

シュラー

「では、皆さん……1曲、踊ってもらえますか?」

 

 

 シュラーが片足を一歩引き、片手を慎ましく胸に当て、ボウアンドスクレープの仕草を見せた。

 それが何かの合図だったのか、ノンローソたちが一斉にシュラーへ飛びかかった。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 アブラクサスにて、潜入組が幻獣ノンローソの襲撃に見舞われていた頃。

 

 待機組が駐屯する近郊の森。幻獣退治からゲルに引き上げるソロモン一行。

 

 

ソロモン

「ふぅ……良い気分転換になった……」

 

エリゴス

「おいおい」

 

サルガタナス

「幻獣殺しで気が休まるなんて、だいぶメギドに染まってきたみたいね」

 

エリゴス

「『ちょっとまとまった数見つけたから念の為』つったら、すかさずついてきたしな……」

 

ソロモン

「いや、そういうのじゃなくてさ。バルバトスの手伝いに付き添ってたから……」

 

エリゴス

「例の手紙か? つってもソロモンが手伝う事なんざ、紙束まとめるくらいじゃなかったか?」

 

ソロモン

「そうなんだけどさ。手紙の破壊力を知ってると、隣にいるだけで……『圧』がすごい」

 

エリゴス

「『圧』……」

 

ソロモン

「バルバトスが本当に鬼気迫ってるのもだけど……手紙から、何か……」

「気のせいとは思うんだけど、威圧感っていうか、危険な雰囲気っていうか……目が離せない」

 

エリゴス

「あー、意識しちまうとなあ。ジズ達のイタズラに巻き込まれて、似た経験ある」

「『この箱が爆発するぞ』とか言われて、ブラフだって分かってても少し身構えちまってよ」

 

ソロモン

「あ、多分そんな感じ……って、ジズがイタズラ?」

 

エリゴス

「おう。こっちが箱に執心させられてる間に、笛の音とそよ風で脅かしてくんだよ」

「あいつ、仲間になった頃よりだいぶやんちゃになってきてよ。今から将来が楽しみだぜ」

 

サルガタナス

「バカじゃないの? 事実だけ見ていれば、『圧』がどうだの出し抜かれるだのなんて無縁よ」

 

エリゴス

「ははは、ごもっとも。割り切れたら一番ラクなんだけどなあ──」

 

 

 語らっている内に、バルバトスが籠もっている大型ゲルの前までたどり着く一行。

 

 

ソロモン

「ん? ゲルの前に居るの……バルバトスとガブリエル?」

 

ガブリエル

「おや、戻りましたかソロモン王。ちょうどよかった」

 

 

 ゲルの前に即席の椅子と机が並べられ。バルバトスとガブリエルが並んで座り、書類の束を一緒に覗き込んでいた。

 一行に気付いたガブリエルが席を立って、机の周囲に配備された椅子を引いて周り、着席を促した。

 三日三晩孤軍奮闘したようになっているバルバトスも、一行に手振りで軽く挨拶する。

 誘導されるままに手近な椅子に腰を降ろすソロモンたち。

 

 

ソロモン

「どうしたんだ……って、その書類、俺が幻獣退治に行く前に何か書き込んでたやつ……?」

 

バルバトス

「そうとも。お待ちかね……手紙の解読、それと校正が終わったよ」

 

ソロモン

「お、終われたのか、ようやく……お疲れ、バルバトス。本当に」

 

サルガタナス

「どれだけなのよ。確かめたくもないけれど」

 

エリゴス

「で、肝心の成果はどうだったんだ?」

 

 

 三者三様の思いを胸に、バルバトスの解説を聞こうと身を乗り出すソロモンたちとガブリエル。

 

 

バルバトス

「要点を一言で言えば……ザガンは、シュラーの正体が『セルケト』だと考えている」

 

ガブリエル

「『セルケト』……?」

 

ソロモン

「確か、ザガンが言ってたメギドだよな?」

 

エリゴス

「あの、メギド時代のザガンが1度も勝てなかったって相手だろ?」

 

ガブリエル

「ほう……」

 

ソロモン

「そうか、行きの馬車での話だったから、ガブリエルには初耳か」

 

サルガタナス

「あの時の……ちっ、また不愉快になってきた」

 

エリゴス

「まあまあ、今は軍議が先だろ」

 

サルガタナス

「言われなくてもそのくらい弁えてるわよ」

 

ガブリエル

「私以外に共有されているなら、既知のセルケトの情報は省いて結構です」

「まずは手紙を優先……言葉にすれば単純な内容が、なぜこうも難解な長文に?」

 

バルバトス

「ざっくり言えば、ザガンの中でも相反する考えがあって、当惑していたからだ」

「ザガンの記憶と経験では『セルケト』に違いないが、同時に強い違和感もあるそうだよ」

 

サルガタナス

「ざっくりまとめても要領を得ないわね。低能」

 

エリゴス

「いや待て……これつまり、アレか? 例えば、あたしのメギド時代の仲間に会ってよ──」

「そいつがあたしのメギド体見りゃ、『こりゃ間違いなくエリゴスだ』と思うだろうけど──」

「でもヴィータの今のあたし見たら、『こんなんエリゴスじゃねえ』ってなる……みたいな?」

 

サルガタナス

「は?」

 

エリゴス

「『高潔なるエリゴス』って聞いた事ないか? 自分で名乗るのもくすぐったいけどさ」

 

サルガタナス

「ああ……落ちぶれすぎて見る影もないってわけね。納得」

 

バルバトス

「落ちぶれてるかは分からないが、大体似たような理由みたいだよ」

「ザガンのどこかで、『これはセルケトじゃない』って部分があって、無視できないそうだ」

 

ソロモン

「手紙の序盤から、いきなりメギドラルの話に飛んでたのは?」

 

バルバトス

「ザガンが知る限りの『セルケト』が、片っ端から書き出されてるんだよ」

「グレモリーの助言を受けて、俺らからも意見を募ろうと思ったんだろうね」

 

ソロモン

「でも、どっちにしても確証は無いんだろ?」

「ザガンには悪いけど、部外者の俺たちに説明されても何とも言えないんじゃ……?」

 

ガブリエル

「いえ。余分過ぎる手間はありますが、対応自体は無駄とは言い切れないかと」

「シュラーは『セルケト』であると、そう信じられるような能力を持っているという事ですから」

「この手紙の本命は、長らく素性不明だったシュラーの情報に切り込む第一歩になりうる点……」

「つまり『セルケトか否か』でなく、『セルケトらしき者の正体』を考えれば良いのです」

「何より、シュラーを『無力化』する上でも、敵の能力を予測できる事は大きな利点です」

 

ソロモン

「(そういえば馬車でザガンは、俺と『セルケト』が気が合うかもって言ってた……)」

「(それに調査はまだ始まったばかりだ。皆の手紙から、シュラーが何者か見えてくるかも)」

「(本当に『セルケト』だったら、今回の問題を平和的に解決するチャンスにも……?)」

 

エリゴス

「まあ難しい話は何にせよ、せっかくのザガンの手紙なんだぜ」

「役に立つかは読んで考えりゃ良いだろ。それで、ザガンは『セルケト』について何て?」

 

バルバトス

「ガブリエルの厚意に甘えて、馬車の話と被る部分は一旦飛ばすとして、そうだな……」

「まずは、基本的な能力についてかな。ザガンが見聞きした範疇で、だけどね」

 

ソロモン

「あの、メギド体のザガンを無傷で投げ飛ばした能力か……」

 

エリゴス

「あの時の話だけじゃ、あたしらじゃ勝負になるかも分からねえくらいだったもんな」

「万一に備えて、情報はあるに越したこたねえ」

 

バルバトス

「読んだ限りは馬車でも聞いた通りだ。例の能力は『技』とは少し違うらしい」

「セルケトのフォトンを使う『技』は2つ。どちらもセルケト自身がザガンに語ったそうだ」

「『速く走る事』と、『視力を高める事』……『技』と呼べるのはこれだけってね」

 

ソロモン

「速く走る……そっちは馬車では聞いてなかったな」

 

エリゴス

「視力の方もだな。力の流れが見えるとか言う話はあったけど」

 

バルバトス

「まず『走る』方。ザガンの記憶によると……」

「スピード自慢の飛行メギドで1時間かかる距離を走破するのに、1分もかからないらしい」

 

エリゴス

「速っ!? しかも空飛ぶやつよりって……いや速!」

 

サルガタナス

「バカじゃないの? どうせ記憶の中で盛ってるだけよ」

 

バルバトス

「俺も、多少は『思い出補正』じゃないかと、思いたいんだけどねえ……」

「もし、シュラーがセルケトだったとしたら……昨夜の『影』に説明が付く」

 

ガブリエル

「! なるほど……襲撃から逃走まで、セルケトなら可能という事に」

 

サルガタナス

「何の話?」

 

バルバトス

「あの場に居なかったサルガタナスも、森が異様に騒がしかったのは覚えてるだろう?」

「あの時、俺達は周囲を謎の『足踏み』に取り囲まれて、身動きが取れずに居たんだ」

「しかも、その場に居た全員、襲撃者の影も形も捉えられず、あっという間に逃げられた」

 

サルガタナス

「まさか……確かに『足音』は聞こえていたし、『足跡』も後から確認したけど……」

 

ソロモン

「目にも止まらない速さで、1人で俺たちを取り囲み、そのまま逃げる……」

 

エリゴス

「しかも逃げる前に森全体をグルッと半周して、だ」

「メギド的に考えてもゴリ押しすぎるが、ザガンの言う通りだったら、やれるかもな……」

 

ガブリエル

「信ぴょう性がどうだったとしても、真実の『像』を絞り込む手がかりにはなるでしょう」

「シュラーがセルケトなら、可能性はある……今はそれで十分です」

「もう一方の、『視力』についての詳細は?」

 

バルバトス

「端的に言えば、ザガンを翻弄した戦法の精度を上げる……かな」

「これもセルケト自身が語ったらしいが、力の流れが見える事は、特別な事じゃないらしい」

 

エリゴス

「どこがだよ……」

 

バルバトス

「多分、『セルケトにしか出来ない事じゃない』って意味なんだろう」

「セルケト曰く、コツさえ掴めばヴィータだろうと虫だろうと、きっと出来るだろうってさ」

「恐らく、修行を積み重ねれば誰にでも体得の余地がある『技術』なんだ」

「セルケトがたまたまそれを、才能ひとつで手に入れてしまったというだけで」

 

ソロモン

「アスラフィルの楽器の才能みたいなものか? あっちは努力も合わせてのものだろうけど」

 

エリゴス

「そりゃ、相手の力を利用ってだけなら、出来ない事じゃないだろうけどよ……」

 

ガブリエル

「力を利用……騎士団や自警団に教導している、暴漢の制圧術にも同じ言葉を用いますね」

「ただ、完璧に成功させるのは、決まりきった動作への反撃でも至難の業だと聞きます」

 

サルガタナス

「そもそも自分の強みを『誰でも出来る』なんて言う時点で、メギドとしてイカれてるわ」

 

バルバトス

「そこは同感……だが、話を戻すとだ」

「つまり『視力』は言い換えると恐らく……力、そしてフォトンの流れを看破する精度だ」

 

ソロモン

「更によく見えるようになる……?」

 

バルバトス

「そんな所だね」

「ザガンが決闘を仕掛ける前に、セルケトが先客と戦っている事が何度かあったらしい」

「その時のザガンの記憶を読み取ると、セルケトの大体の戦い方が見えてくる」

 

エリゴス

「付け入る隙はありそうか?」

 

バルバトス

「そこはまだ何とも。ただ──」

「まず、『速く走る』。セルケトがザガンの前でこれを使って戦った例は無い」

「恐らく、専らザガンのような『挑戦者』の元に馳せ参じる時の移動手段でしかなかった」

 

サルガタナス

「馬車で『セルケトは力が弱い』とも言ってた記憶が正しければ当然ね」

「速く動けたって、自分から決定打を与えられないんじゃ宝の持ち腐れだわ」

「ヴィータが巌の周りを駆けずり回って蹴りを入れてるようなものだもの」

 

ソロモン

「虚しい……」

 

バルバトス

「それにセルケトには『技術』があるから、素早さを活かして回避……なんて必要もない」

「向こうの攻撃を徹底的に捌いて、ダメージをそっくり相手に返せばいい」

「しかし相手の防御力が、相手の攻撃力より高い場合……ここで『視力』を使うようだ」

 

エリゴス

「サブナックみてえなのと戦う場合か……けど、それで『視力』?」

 

ソロモン

「そういえばザガン、セルケトが岩の塊みたいな議席持ちを倒したって言ってたような……」

 

バルバトス

「まさしくそれだ。その時の事が手紙に書かれていた」

「岩のメギド体はどんなに投げられても、ヒビひとつ入らなかったらしい」

「だが、セルケトが『技』を使うと、武器の一撃がスルリと通ったそうだ」

「まるで砂山……ヴィータの知識で例えれば、砂どころかプリンやムースみたいにね」

 

エリゴス

「???」

 

ソロモン

「岩に、プリンみたいに……?」

 

ガブリエル

「メギド体がフォトンで構成されている以上、その強度はフォトンに左右される……」

「強度や質感を再現しきれていないフォトン同士の僅かな綻び……そこを見抜いた?」

 

一同

「!?」

 

バルバトス

「恐らくね。目撃したザガン自身は、何が何だか分からなかったようだけど」

「多分、そういった絶対の弱点を、絶対に防げない一瞬……それを『見出す技』なんだ」

「その後、続けて決闘を申し出たザガンに、セルケトが説明してくれたそうだ」

「自分の『技』で『眼』を高め、魂に到達する一点を『視抜いた』とね」

 

サルガタナス

「バカじゃないの? なに手の内明かしてるのよ」

 

バルバトス

「ザガン曰く、とにかく『そういうヤツ』らしいよ。呆気に取られるくらいのお人好し──」

「そういえば、メギドラルには『お人好し』にあたる言葉って無いな」

 

エリゴス

「言われてみりゃ確かにそうだが、そりゃ今どうでも良いだろ」

 

ソロモン

「うーん……」

「……なあ。セルケトと戦った相手って、『攻撃役』ばかりだったのか?」

「何ていうか、デカラビアやインキュバスみたいな『技』を使う相手は……?」

 

バルバトス

「居たみたいだよ。ザガンはセルケトがメギド体の群れを山にするのを見たそうだしね」

 

ガブリエル

「山に……相当な個体ですね」

 

エリゴス

「セルケト自身は弱いらしいけどな。もしかしたら攻撃力や体力的な意味かもしれねえけど」

「しかし『搦手』か。そういうの、かばうのも避けるのも楽じゃねえもんだけど……」

 

バルバトス

「避けたらしいよ。何か仕掛けるなら、仕草やフォトンから『予備動作』が見えるらしい」

 

サルガタナス

「もう『何でもあり』過ぎて白けてくるわね」

 

バルバトス

「それは多分、急場過ぎて、俺の語りの腕が訛ってるからだろうね」

「理不尽な敵なら何度も出会ったし、それを同じ理不尽でねじ伏せるのがメギド体の戦争だろ?」

 

エリゴス

「まあ『予備動作』ってのは、何となく分かるしな」

「ケンカで急に腰落とすヤツは大体蹴り狙ってくる……みたいな」

 

バルバトス

「セルケトは具体的に何を仕掛けるかまでは把握してなかったらしいが──」

「それでも、どこにどんな『当て方』を狙っているかは、大体読み取れたらしい」

「インキュバスの例なら、視線や言葉にフォトンが乗るとか、後は仕草──」

「安全を確保して命令するだけなら、インキュバスは『攻撃の仕草』を取らなくなる、とかね」

 

ソロモン

「そうか。『話そうとする』だけで他に何も仕掛けてくる様子が無いように見えたなら──」

「その時点で術中にはまってるって考えられる。耳を塞ぐとかで干渉を絶てば良いのか」

 

ガブリエル

「要点をまとめると、おおよその攻撃は防がれ、力を丸ごと返される」

「鉄壁で対処すれば回避困難な即死の一撃」

「ザガンとの戦争では不使用ながら、視認不可能なスピード」

「もしそれがシュラーであり、戦闘は避けられないとなった場合……」

 

一同

「……」

 

ソロモン

「それって……勝てるの?」

 

サルガタナス

「……まずは書き手か読み手の『勘違い』でも無いか探したら?」

 

 

 しばし、沈黙が流れた。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 一方、アブラクサス空中庭園。

 ノンローソの1匹が、石造りの床に自らの顔面を叩きつけた。

 

 

ハーゲンティ

「えっ……え!? 今、何起きたの?」

 

フォロア

「あのノンローソがシュラー様の顔を殴って……何で殴った方が倒れてるの!?」

 

 

 一番槍を仕掛けたノンローソのダメージは深く、モゾモゾと手足を動かすばかりで満足に動けないでいる。

 

 

グレモリー

「(殴られたんじゃない……顔で受け流したんだ)」

「(あの俊足の拳が繰り出される前から、シュラーは僅かに姿勢を崩していた)」

「(恐らくダメージを殺し、更に全身を使って、拳の軌道を曲げるために)」

「(そしてノンローソは、拳の勢いそのままに、足元へ『飛び込まされた』……!)」

 

シュラー

「……うん。以前よりも磨きがかかっていますね」

 

 

 シュラーがノンローソを称賛しながら、拳を受けた左の頬を感慨深そうに左手で撫でている。頬には掠り傷1つ無い。

 そして頬に触れるために、シュラーは視線、手、首、重心を無防備に傾けている。

 サイティを撃沈させた2匹の内、もう1匹が健在であるにも関わらず。

 

 

2匹目のノンローソ

「……!」

 

 

 この隙を逃すほど、ノンローソは愚鈍な幻獣では無かった。

 すかさず跳ねるように移動し、完全にシュラーの視線の外まで回り込んでから大ジャンプ。接近の足音を聞かせずに、空中からの右フックを敢行した。

 

 

シュラー

「立ち回りにも、一段の工夫が感じられますね。実に良い」

 

 

 シュラーは姿勢を崩さないまま、一見無造作に右手を宙に差し出した。

 すると、まるでノンローソの方から合わせたかのように、右フックがシュラーの右手に収まった。

 シュラーの足元にビシリと一筋のヒビが走ったが、変化はそれっきりだった。

 ノンローソが空中からストンと素直に着地する。それに合わせてシュラーも右手を滑らかに下げる。

 この一場面だけ見れば、ただのヴィータと獣の心温まる握手である。

 

 

グレモリー

「(何だ今のは……拳の威力を、地面に逃したとでも言うのか……!?)」

「(それも、ノンローソは受け止められた位置から真下に着地している……)」

「(直前のジャンプの、放物線軌道まで殺されている……まるで玩具扱いじゃないか)」

 

2匹目のノンローソ

「……」

「……フゥッ!!!」

 

 

 しばらく呆気に取られたように静止していたノンローソが、我に返ったのか特大の鼻息と共に足腰にグッと力を込めた。

 次の瞬間、ノンローソはシュラーの頭上より遥か高くを、真っ逆さまの姿勢で上昇していた。

 

 

ハーゲンティ

「投げたー!? 何アレ、シュラーって力持ちなの!?」

 

フォロア

「わ、私もシュラー様の戦う所、直接見るのは初めてで、何が何だか……!」

「あっ! それよりサシヨンちゃん、仲間の人、助けましょ! ついでにサイティ達も……」

 

ハーゲンティ

「そうだった! 他のノンローソもシュラーばっか見てるし、今の内に……!」

 

 

 ハーゲンティとフォロアが、おっかなびっくり動き始めた。

 2人の会話の最中、投げられたノンローソは更に上昇し、ピークを迎えて落下。そして今はシュラーより頭一つ分ほど高い位置に居た。

 

 

シュラー

「失礼」

 

 

 シュラーが、逆さまに落下するノンローソの首に右手を添えた。

 そしてノンローソを手にしたまま、その場でクルリとターンを決める。

 タオルを振り回すようにシュラーは見た目に軽々と右手のノンローソを一回転させた後、本来頭から落下するはずだった地点に立たせ直した。

 1秒ほど置いて、ノンローソは力なく地面に昏倒した。呼吸はしているようだが、ピクリとも動かない。

 

 

グレモリー

「(まだ、ついていける……理屈だけなら、何が起きたか読み取れる)」

「(握手の姿勢からノンローソが踏み込んだ。シュラーはその力を利用して真上へ投げた)」

「(恐らく足腰だけでなく、踏み込みと共に繰り出すはずだった腕力……否)」

「(踏み込む瞬間の体中全ての力を、真上へ向くよう『操った』……!)」

「(そして落下の勢いを、受け止めた部分……首に集中させ、軌道を急激に曲げた)」

「(落下速度そのままに振り回されて脳が揺れ、頸動脈も塞がれ気絶……か)」

 

 

 残るノンローソ達が、ザガンにそうしたように広く展開し、シュラーを取り囲んだ。

 シュラーは悠々と歩き、むしろノンローソが位置取りしやすい場所へと移動していく。

 グレモリーとシュラーとの距離が開き、その間に数匹のノンローソが割り込んでシュラーの背後を狙う。

 

 

グレモリー

「(これは……どう動くべきだろうな。シュラーを援護すべきなのか……)」

「(だがシュラーは連絡橋からも私からも離れ、自ら不利に孤立するよう動いている……)」

 

 

 一方、ハーゲンティとフォロアは、まず手近に横たわるハルファスとザガンの救助を試みていた。

 

 

ハーゲンティ

「ハルちゃん、立てる? 肩貸すから、ひとまずこっちに……」

 

ハルファス

「うん……あ、でも、お母さんの斧、置いていっちゃう……」

 

ハーゲンティ

「今は武器よりハルちゃんだよ! 後で一緒に運んだげるから!」

 

フォロア

「カリナちゃん、動ける? 今、シュラー様が……」

 

ザガン

「けほっ……うん。さっきから見てた。私は大丈夫」

 

フォロア

「良かった……でも、今度はシュラー様がカリナちゃんみたいに囲まれて……」

 

ザガン

「ううん。あのくらい大丈夫……動けなくなるのはノンローソの方だよ。指一本いらない」

 

フォロア

「えっ……?」

 

 

 既に8匹ほどのノンローソ達によるシュラー包囲網が完成していた。

 その内の1匹が口火を切る。

 

 

突っかけるノンローソ

「……ッ!!」

 

 

 一瞬の遅れがあるか無いか、一気呵成に全てのノンローソがシュラーになだれ込む。

 

 

シュラー

「……」

 

グレモリー

「(腕を広げた!? 迎え入れる気か……自殺行為だ!)」

「バカなッ! 避けろ、シュラー!!」

 

 

 ハグの前動作のように、シュラーは伸び切った腕を肩の高さまで上げて、ノンローソの前に華奢な胴体を突き出した。

 前後左右、全方位から渾身の左ストレートが発射される。

 グレモリーの見立てでは、こうなっては飛ぶか伏せるか、残った方向に一縷の望みを託す他無い。しかしノンローソ達の打点は絶妙で、一様にシュラーの腰回りを狙っている。

 

 

グレモリー

「(いかん……アレでは上下に回避しても容易く拳が追尾してくる!)」

「(いっそ空でも飛べなければ、直撃は免れん……!)」

 

 

 シュラーは受け入れる姿勢のまま微動だにせず、果たしてノンローソ達の同時攻撃が何の予定変更も無く直撃した。

 シュラーの体が僅かに揺れる……が、シュラーの表情には一片の痛みも力みも無い。優雅そのものだった。

 そしてそのまま1秒、2秒……更に数秒が過ぎても、シュラーもノンローソも、インパクトの瞬間から時間が止まったかのように動かない。

 

 

グレモリー

「なんだ? 何が起きて……」

 

突っかけたノンローソ

「……!?」

 

追随したノンローソ達

「フッ……フッ……!!」

 

 

 ノンローソ全員、真っ直ぐ突き出した拳をシュラーに密着させたまま離さない。

 段々と、息を荒げ、体を細かく震わせる個体も出てくるが、1匹も姿勢を解こうとしない。

 

 

シュラー

「どなたか。庭園に迷い込んだノンローソは、これで全部ですか?」

 

 

 渦中のシュラーが、庭園中央に避難した女性達に呼びかけた。

 変に力を入れている所など微塵もない、長閑な声色だった。

 

 

避難済みの女

「は、はい! ずっと数えてました、間違いありません!」

 

シュラー

「ありがとう。では、今日はここまでにしましょう」

 

 

 シュラーが手近なノンローソの肩に手を置いた。

 そっと力を込めると、ノンローソ達がジワジワ体を低くし、全頭揃って自ら地べたに這いつくばってしまった。

 見れば、全てのノンローソが喘ぐように呼吸を繰り返し、体表から湯気を立ち上らせている。明らかに疲労困憊していた。

 

 

グレモリー

「!!??」

 

フォロア

「な、な、何あれ……何が、どうなってんの?」

 

ザガン

「私もさっぱり……でも、私は知ってる」

 

フォロア

「な、何を……?」

 

ザガン

「今、シュラーがノンローソ達にやった事……全く同じのを、見た事あるんだ」

「ずうっと昔に……」

 

 

 ザガンは、しみじみと微笑を浮かべてシュラーを見ていた。

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 アブラクサス空中庭園。騒ぎは一段落している。

 

 

報告に来た女

「シュラー様。庭園のノンローソは全て、係の者が拘束と回収を終えました」

 

シュラー

「それは良かった。改めて、到着が遅れてしまった事を、何とお詫びしたらよいか……」

 

報告に来た女

「と、とんでもないです! どうか堂々となさっていてください!」

「むしろシュラー様の麗しいご活躍を見れて、ご褒美……いえ何でも!」

 

シュラー

「では間を取って、この埋め合わせは追って考えるという事に。それと……」

 

 

 シュラーが報告担当の女を抱き寄せた。

 

 

シュラー

「……あなたに傷が無くて、本当に良かった」

 

報告に来た女

「はうあぁ……!」

 

 

 シュラーが開放すると、報告担当の女が夢心地で去っていく。

 傍らで少し居辛そうにそれを見ていたグレモリーがシュラーに歩み寄った。

 周囲は訓練を中断し、後片付けや怪我人の治療でバタバタしている。

 この喧騒の中でも足音が聞こえたのか、シュラーが振り向いてグレモリーに笑顔で応じた。

 

 

グレモリー

「何もかも驚かされっぱなしだったが……まずは、助かった。素直に感謝する」

 

シュラー

「いいえ。ギーメイさん達のお陰ですよ」

 

グレモリー

「私達では、ノンローソの群れを鎮圧するのは不可能だったよ」

 

シュラー

「それだけが、なすべき事でも無いでしょう」

「不誠実かもしれませんが、連絡橋を渡る間、ある程度の状況も確認していました」

「皆さんが避難と陽動を請け負ったからこそ、被害を抑える事ができたと考えています」

 

グレモリー

「ふ……分かった。お互いに最善を尽くせたと……それで良いな」

「それより、ノンローソの制圧は『ここ』だけで良かったのか?」

「『逃走した』という事は、他の場所にも逃げた個体が居るんじゃないのか」

 

シュラー

「他のノンローソ達なら今頃、自ら住処に戻っている頃でしょう」

 

グレモリー

「……分かるのか?」

「(シュラーが幻獣を操っているなら、戻るよう仕向けられるのが当然ではあるが……)」

 

シュラー

「いつも、私が彼らの相手をしていますから」

「彼らは逃げるために飛び出すのではない……それは自信を持って言えます」

 

グレモリー

「……分かった。長の言葉だ、まずは信じよう」

「(だが操っているなら、そもそも厩舎から逃がし、庭園に仕向ける意味もない……か)」

「では……もう一つ、頼みたい事がある」

 

シュラー

「何なりと」

 

 

 シュラーが答えるなり、グレモリーは近くに落ちていた突剣を拾った。

 サイティ御用達のなんちゃって刃引きの突剣だった。

 最後に持っていたレディスはノンローソに沈められた際に取り落し、そしてここにそのまま放置されていた。

 突剣を構えて、「頼みたい事」の内訳を示すグレモリー。

 

 

グレモリー

「訓練だ……シュラー直々の手合わせが見てみたい」

 

シュラー

「なるほど……」

 

 

 一層顔を綻ばせるシュラー。

 周囲の女達が、グレモリーとシュラーのやり取りに気づいて静まり返っていく。

 

 

フォロア

「あれ? ギーメイさん、何やって……」

 

ザガン

「あの顔……シュラーとやる気だね」

 

フォロア

「ええ!? ちょっと、前代未聞よ、そんなの! シュラー様にこっちから挑むなんて!」

 

ザガン

「それってつまり、手合わせ自体はしてくれるって事?」

 

フォロア

「そう聞いてるけど、あくまで色々な仕事を視察に来てくれる『ついで』であって……!」

 

 

 静寂がどよめきに変わってきたが、騒ぎを他所に見つめ合うグレモリーとシュラー。

 

 

シュラー

「本気の勝負がしたい、と……そう『見受け』られますが、さて……」

 

 

 シュラーが脇へ目配せする。

 視線の先には、相変わらず気配のない儚げな女。

 胸に抱いた塊と別に、奇妙な器具を手にしている。

 

 

儚げな女

「……どうぞ」

 

シュラー

「準備が良くて助かるよ。これすらも、『お見通し』だったのかな?」

 

儚げな女

「ご用意できるものは、あらかじめ……」

 

シュラー

「ありがとう。世話をかけるね」

 

 

 シュラーが儚げな女から器具を受け取る。

 器具には複数のベルトのような部品が付いており、シュラーはそれを自身の左手首に巻きつけていく。

 

 

グレモリー

「(このタイミングなら、多少は自然にシュラーを値踏みできるだろう)」

「(手合わせという建前上、おいそれと殺されはすまい)」

「(ザガンの話では、セルケトはもっぱらヴィータ体で戦争を行っていた)」

「(同一人物なら、今も変わらんはず。武器も、戦い方も……確かめて損はあるまい)」

 

シュラー

「奇怪に見えるでしょうが、侮辱する気はありません。これが、私の武器です」

「と言っても訓練用ですので、危険のない物に置き換えていますが」

 

グレモリー

「構わん。知人には、大真面目に食い物で戦う者も居る」

 

 

 シュラーが武器を装備し終えた。

 篭手のようなパーツと、そこから伸びる木の棒で構成されている。

 

 

ハルファス

「あれが……シュラーの武器?」

 

フォロア

「ええ。訓練に立ち会った子たちが言うには、相手を刺すための武器なんじゃないかって」

「あの棒の部分で、急所を突く戦い方をするのよ。それこそ蝶のように蜂のように……ね」

 

ザガン

「……」

 

ハーゲンティ

「ザガン姉さん? ど、どうなんですかい……?」

 

ザガン

「はは……ちょっとゾクゾクってしちゃった」

「そっくりだよ……アイツの武器と」

 

フォロア

「カリナちゃん、さっきも言ってたけど……シュラー様と似た人を知ってるの?」

「あっ……そ、それとも、昔のシュラー様と知り合いだったとか……!?」

 

ザガン

「あ……そ、それはどうだろう。ほ、本当にずーっと昔の事だからさ……はは」

 

フォロア

「……?」

 

 

 武器を装着したシュラーだが、先ほどまでと変わらないリラックスした姿勢のままで、「構え」らしい所が無い。このままフラリと、他の女達の手伝いにでも歩き始めそうなくらいだった。

 儚げな女が一礼してその場を離れる。

 

 

グレモリー

「受けてくれる……と理解して問題ないのだな?」

 

シュラー

「ええ。合図は結構でしょう。いつでもどうぞ」

 

グレモリー

「若い身空で、まるで達人の貫禄だな。だが……油断も容赦もせん!」

 

 

 グレモリーが突剣を閃かせ、同時に周囲からワッと声があがる。

 直立するシュラーの鼻先スレスレで突剣が止まっている。

 

 

グレモリー

「っ……!」

 

 

 強く大きく踏み込んで距離を詰め、突剣を斜めに切り下ろす。

 シュラーの衣服の襟を、刃引きした刀身が掠った。

 

 

グレモリー

「ギリギリの間合いでかわすとは、見せつけてくれる……まだまだ!」

 

 

 流れるようなグレモリーの猛攻が続く。

 作業に従事していた女達から、驚嘆とも歓喜とも取れそうな声が湧き上がる。

 観衆の中にはハーゲンティとハルファスの姿もある。ほぼ無傷のハーゲンティと一時的なめまいで済んだハルファスは、ノンローソ騒ぎの後始末を手伝っている所だった。

 

 

シュラー派の野次馬

「シュラー様、気を付けて! サイティの剣は危ないんです!」

 

サイティ派の野次馬

「すご……サイティ様が素人いびってる時でも、あそこまでは……!」

 

ハーゲンティ

「うっひょ~……マム、あんなに素早く戦えたんだ……」

 

ハルファス

「でも、全部避けられちゃってるね」

 

 

 グレモリーは剣をまるで自在に操り、シュラーの周囲を這わせるかのように絶え間なく攻撃を仕掛ける。

 しかしシュラーは、緩やかに踊るように後ずさりながら、攻撃を全て紙一重でかわしている。

 一方、ザガンとフォロアは特に何をするでも無く、観戦に専念している。

 臓腑を強かに殴られたザガンは、治療担当の者たちに様子見のために少しの間の安静を言い渡され、フォロアにも付き添われて若干渋々ながら従っていた。

 

 

ザガン

「2人とも、まだ全然本気じゃないな……」

 

フォロア

「そうなの!? 今の時点でもう、目で追うのがやっとなくらいだけど……」

 

ザガン

「少なくともグ……ギーメイの剣の腕は、まだまだあんなもんじゃないよ」

「多分、万一でも『事故』にならないように、様子見から入ってるんだと思う」

 

フォロア

「シュラー様に様子見って……しかも、あれで様子見……?」

 

 

 グレモリーが嵐なら、シュラーは嵐の中を傘もささず濡れもせずに踊っている。

 いっそ予定調和じみて見えるほどの攻防を続けながら、両者は段々と空中庭園を横断していく。

 

 

グレモリー

「(ザガンの推測通りシュラーがセルケトなら、ノンローソとの戦闘も幾分納得できる)」

「(馬車で聞いた通り、特性のみでメギドを下して来た傑物なら、幻獣如きも容易かろう)」

「(鍔迫りに持ち込めばノンローソの二の舞。剣先だけで技量を計るしか無いが……)」

「(そろそろ十分……!)」

 

 

 最初の一突きと同じように、グレモリーの剣がシュラーの鼻先で止まった。

 

 

グレモリー

「この剣は『刺さる』らしい。気を付けておけ」

 

シュラー

「『そろそろ』だろうと、思っていましたよ」

 

 

 シュラーがニコリと笑って言い終わる頃には、剣を引いて再び突くまでの動作が完了していた。

 胴体を狙った一撃は、またも衣服に触れるギリギリでかわされている。

 観戦している者たちは声を上げる暇もない。

 大半の女達が何が起きたか見えても居ない内に横薙ぎの二撃目が振るわれ、これも一歩後ずさりながらかわされた。

 

 

グレモリー

「(仲間内で、私の本気の連撃を前に、フォトン抜きで10以上かわしきった者はいない)」

「(皆、その前に直撃を受けるか、回避から防御に転じざるを得なかった)」

「(最高記録はアマゼロト、アリトン、アザゼルの8、次いでザガンとアモンの5……)」

「(貴様はどうだ……シュラー!)」

 

 

 3手目。再び斬撃に行くよう見せかけ、そして刹那の間にシュラーが更に後退したのを感知するグレモリー。

 常人には想像もつかない速度で間合いを読み直し、更に攻撃を突きに転じる。

 狙いは武器を装着した左腕。

 

 

グレモリー

「(ハルファスの話では、左手はシュラー自ら『関節が増えている』と語っている)」

「(十中八九、骨が折れたまま治癒してしまって生じる『偽関節』。慢性の痛みを伴うと聞く)」

「(傷を庇う故に攻撃を避けているのか……どうあれその武器の業前、見せてもらう!)」

 

 

 シュラーの回避まで想定の内に入れた、会心の一撃を放った。

 好ましくはないが、この場でシュラーの左腕を破壊する事も辞さないつもりで狙いも定めていた。

 そして、グレモリーの切っ先と、シュラーの武器から伸びる棒の先端とが触れ合っていた。

 

 

グレモリー

「なっ……!?」

「(打ち合わされた? いや、違う……手応えが無い。反発も、標的に触れた重みさえ)」

「(かわされている! 私の突きと全く等速になるよう、全身で後退しているのか……!)」

「(わざわざ武器の先端を触れさせながら……何という芸当!)」

 

シュラー派の野次馬

「シュラー様、後ろ!!」

 

グレモリー

「っ!?」

 

 

 投げ込まれた声に、グレモリーは初めて気付いた。

 踏み込み前進するグレモリーに対し、バックステップに上体を微妙に反らせ、腕の動きも添えて完璧に合わせてくるシュラーだったが、彼女の背後に足場がない。

 いつの間にか空中庭園の端まで移動していた。シュラーが飛び退いた先では、遥か下方の地面だけが待ち構えている。

 

 

シュラー

「ふっ……」

 

グレモリー

「しまっ……くぅぅっ!!」

 

野次馬たち

「きゃああああああっ!?」

 

 

 遅れて事態を把握した住民たちが我先にとばかり叫ぶ。

 一通りの悲鳴が通り過ぎた後、空中庭園直下の石畳に叩きつけられたのは、グレモリーが使っていた突剣のみだった。

 無我夢中でグレモリーがシュラーを引き寄せていた。崖っぷちで互いにダンスのフィナーレを飾るようなポーズになっている。

 シュラーが、グレモリーの腕に身を委ねたまま穏やかに笑った。

 

 

シュラー

「すみません。余りの腕前に、少し興奮してしまいました。自分の立場さえ忘れるほどに」

 

グレモリー

「いや……私の方こそ、とんだ失態だ」

 

シュラー派の野次馬

「素敵……翻弄されながらも最後は剣を捨て、シュラー様を救うなんて……絵になるぅ!」

 

中立派の野次馬

「シュラー様が余裕そうに見えたけど、本当の腕前は互角ってトコかしら……」

「最後の突きを防ぎきれずに、あわや転落……実質、引き分け?」

 

ハーゲンティ

「おおお? 何か、マムの人気が上昇中?」

 

ハルファス

「(こういうの、顔を立ててもらった……って、言うのかな?)」

 

フォロア

「ギーメイさん、ただ者じゃないのね。それに最後の咄嗟の判断……流石だわ」

 

ザガン

「(違う……落ちる直前、シュラーは笑ってた)」

「(用意したんだ。シュラーがグレモリーに助けられる状況を……!)」

 

 

 グレモリーはシュラーを庭園に立たせ、決まり悪くその場を去ろうとする。

 その背中にシュラーが呼びかける。

 

 

シュラー

「ギーメイさん」

 

グレモリー

「……何だ」

 

シュラー

「『見たかったもの』は、見せられたでしょうか」

 

グレモリー

「……ああ。まあな」

 

シュラー

「……ふふ」

 

 

 グレモリーは振り向かずに答えて、改めて去っていく。

 

 

グレモリー

「(最低限の手の内しか明かさず、唯一見せた武器の用途も『訓練用』ならではのもの……)」

「(どこまで『見透かした』のか底が知れんが……惨敗だな。完全に煙に巻かれた)」

 

 

 シュラーから離れてはみたが別にアテがあるわけでもなく、ひとまずグレモリーはザガン達の元へと向かった。

 

 

<GO TO NEXT>

 

 

 




※ここからあとがき

 ノンローソのゲーム的な性能は
「アタック・スキル時に、次の行動が同じフォトンである味方のフォトンを同時に消費して性能を1つにつき100%上昇」みたいな感じをイメージしてます。

ア       ア
ス   ス   ア
1・○・ 2・○・ 3の並びと行動順だとして
1の行動で1のスキルと2のスキルが同時に消費され、1のスキル性能が100%上昇。
その後、2は無行動。
3のアタックで1のアタックが同時に消費されダメージ2倍のアタック(もしくは3が普通にアタックし、2巡目の1のアタックが3のアタックを同時消費して2倍になる)。

 仲間の力を束ねて一発のダメージで勝負を決めるスタイルです。最大何百%とか上限が付くかもしれません。
 一撃が重いと防ぎきれないザガンさんと非常に相性が悪い相手として考えました。



 グレモリーのスキルが転生してからのオリジナルという部分は筆者のオリジナル解釈です。
 バフの覚醒スキルと奥義はともかく、フォトン破壊攻撃がメギドラル時代の持ち味というのは、戦争を他人任せにしていたというプロフ文と少し違和感があるかなと思ったのを切っ掛けに妄想してみました。
 まあ、地位を手に入れてからは全く使ってなかった技と考えても問題ない事ではありますが。


 いわゆる「オーレ」は観客からの賛辞として使われる言葉とどこかで見たことがありまして、何気ないオーレがダレカを傷つけたりしないよう、ハーゲンティに代わりに言わせてみました。
 この仮設に則るとしても、ザガンさんが使ってるのは、自分を褒めたり肯定する事で自信ややる気を引き出す一種の自己暗示という事で問題ないかと。


 バルバトスの手紙解読とシュラーVSノンローソの描写は、個人的に「並行して進んでる」感を出したくて悩みましたが、原作ゲーム風の進行を意識してこのような形に落ち着かせてみました。
 シュラーを「ぼくのかんがえたさいきょうのメギド」みたいに描いてますが、7~8割くらい意図的です。その点も演出の一部という事で何卒。



・他
 ついにハルファスのリジェネが……ほぼ間違いなく過去話出ますね。
 カイムが炎上リジェネしますしハルファスの実家焼かれますし。
 今作でハルファスの過去を捏造してストーリーに結びつける気だったので、真っ只中の答え合わせによりハルファス編はウソロモン進行となります。ひとえに筆者が遅筆なせいですが。
 ザガンさんだけは、リジェネが来る前に書き上げたい所です。
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