メギド72オリスト「茨を駆ける十二宮」   作:水郷アコホ

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3-3後半「手役にジョーカー=アナタとワタシ」

 

 アブラクサスのどこか。

 外からの光を一切締め切られた屋内。

 総石造りの空間に水が張られ、暗さと相まって厳かなナイトプールとでもいった趣。

 

 

シュラー

「……今、最後の一匹が討たれたようだ」

 

ライア

「ですよねぇ。ぱ~ふぇくとげぃむだったんじゃありませんかぁ?」

 

シュラー

「ああ。だが、追放メギドは自力ではフォトンを扱えない……実際に確かめられて良かった」

 

 

 シュラーとライアの二人きり。円形に近い屋内の外周部分に足場があり、残る内側面積3分の2ほどは深い深い水が湛えられている。

 シュラーは髪や肌に水滴を付け、裸にシャツ一枚羽織ってビーチチェアに寝そべり、海のように蒼いトロピカルジュースをストロー越しに味わっている。

 ライアは何やら作業中。閉め切った空間に作業音が響く。

 パフパフ、ヌリヌリ……。

 

 

ライア

「戦う時は基本、り~だ~のソロモン王さんの指輪が頼りみたいですよぉ」

「そのソロモン王さんについてはぁ、ご存知の通りでぇす」

 

シュラー

「最近、会ったよ。少し慌ただしい出会いになってしまったが──」

「若く、真っ直ぐな印象を受けた。幾つかの『傷』も抱えながら……生まれ持って強い存在だ」

 

ライア

「悪どいメギドラルと、りぁるばぅとしてますからねぇ。生半可じゃ足元崩されますよぉ?」

 

シュラー

「良いさ。むしろそれが良い。『答え』はもう、用意してあるからね」

 

ライア

「……」

 

シュラー

「尋ねてくれても、構わないよ?」

 

 

 シュラーがトロピカルジュースを置いて寝返りを打つ。

 閉め切った空間に作業音が響く。

 コテコテ、ベトベト……。

 

 

ライア

「どういう『お答え』……いえ、やっぱ何でもないでぇす」

 

シュラー

「聞きたければ、答えるよ?」

 

ライア

「私が真に受けないタチだって、分かってるからですよねぇ~?」

 

シュラー

「それもある」

 

ライア

「はぁ~あ……自分の性分が嫌んなりますねぇ、ほ~んとぉ」

 

 

 ビーチチェアーの横に立てかけた釣り竿をつつくシュラー。

 釣り糸は水面に垂らしているが、針は付いていない。そもそもこの水の中に生物の気配は無い。

 閉め切った空間に作業音が響く。

 ぎゅるるるるる~、バキバキ、ゴリゴリ……!

 

 

ライア

「シュラー様が言ったんですよねぇ? 王都は最初から私を切り捨ててるって」

 

シュラー

「言ったよ。そして、それは君も薄々感づいていた」

 

ライア

「まあ、私から切り捨てるつもりだったんでぇ、かるみっくぺぃばっくですけどぉ」

「けど私にそう言っといて……どぉゆぅつもりなんですかねぇって、思いもするんですよぉ?」

 

シュラー

「?」

 

 

 にこやかに首を傾げてみせるシュラー。

 作業中のライアは見向きもしないが、シュラーのリアクションには察しがついている。

 閉め切った空間に作業音が響く。

 キュッキュッ、ザシッザシッ。

 

 

ライア

「追放メギドの皆さんは潜入に来てるってぇ、言いましたよねぇ?」

「ど~したって王都の味方だってぇ、あちらのぽりてぃかるな立場も説明しましたよねぇ?」

「の割に……睦まじ~くありませんかぁ? 秘書さんとかに何か言われてませぇん?」

 

シュラー

「言われてみれば、覚えがあるね」

 

ライア

「そういうトコですよぉ、ほんとぉ。上辺くらいは取り繕ってほしいでぇす」

 

 

 傍らにかけてある自分の普段着をまさぐるシュラー。

 服に付着した、花びらのような葉を取り、水に落とした。

 水面を漂う葉が、みるみる茶色く枯れ果てた。

 ライアは作業に集中していて、それを見ていない。

 閉め切った空間に作業音が響く。

 コンコンスココン、コンスコンコンコンコン。

 

 

ライア

「潜入組の正体知らない人が見たってぇ、軟派が過ぎてると思うんですよぉ」

「私も女の子の派閥争いに散々な思いしましたけどぉ、信頼関係とそれとは別ですからぁ」

 

シュラー

「ふふ……お説教までされては、言い訳できないね」

「だが、それでも……君の求めている『答え』なら、既に君の中にある」

 

ライア

「はいぃ?」

 

シュラー

「既に示しているよ。私から、君へ。君になら気付けるよう、丁寧に、何度も」

 

ライア

「まことですかぁ~~~??」

 

 

 心底信用してない声音のライア。

 閉め切った空間に作業音が響く。

 キュ~~~……ッポン!

 

 

シュラー

「ああ。それこそ、今こうしている時にも」

 

ライア

「お仕事中なんて気が散る時にズルくないですかぁ?」

 

シュラー

「計算済みだよ。それでも君は気付けるはずさ」

「君との付き合いも長いからね。それこそ……『視』なくたって分かる」

 

 

 閉め切った空間に作業音が響く。

 ピコーン、ピコーン、ピコーン。

 

 

ライア

「あわわわミスったぁ!」

 

シュラー

「多分……向かって右から3つ目」

 

ライア

「え、あ、これかぁ!」

 

 

 音が止んだ。

 

 

ライア

「ふい~、あと一歩でオジャンになるトコだったわ……」

 

シュラー

「それは良かった。我々の『要』だからね」

 

ライア

「そうよ、本当に……オ、オホン! こ、これでチャラとかは無しですからねぇ!」

 

シュラー

「分かってるよ。私なりに、今後の付き合いを見直そう」

 

ライア

「あなたはココの女性たち『皆』の味方って立場なんですからぁ、弁えてくださいねぇ」

 

シュラー

「ああ。今度、一緒に食事でもどうだい?」

 

ライア

「聞いてましたぁ? 人の話ぃ」

 

シュラー

「アブラクサスの皆と一層親密になれば、帳尻も合うだろう?」

 

ライア

「あぁ~……そっちいきますかぁ」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 同日、夜。アブラクサス学舎、ザガンの個室のドアがノックされた。

 

 

ザガン

「ふあ~ぁ……ん?」

「何だろ、ちょうど寝ようかって時に……はーい、どうぞー」

 

 

 答えながらドアに歩み寄り、ノブに手をかけると、いやに軽い。

 どうやら、たまたま同時にノブを取り、同時に扉を開けようとしていたようだ。

 しばらく止まってみるが、向こうからドアが開く気配が無い。

 どうやら、これまた同時に相手も気を遣って待ってくれているようだ。

 埒が明かないので、ザガンから扉を引いて開けた。

 

 

ザガン

「どちらさ……おおぅ!?」

 

 

 ちょっとギョッとした。

 立っていた人影は、まるで幽霊のような女性だった。別におどろおどろしい身なりというわけでは無い。むしろ楚々とした美しさがあるが、生気の無さがフォトンのように滲み出して感じられる独特の雰囲気だった。

 柔らかに浮かべている笑顔ですらも、真夜中の雨に晒されるような冷たさを感じる。暗がりで突然出会うのは、中々心臓に悪い。

 

 

幽霊のような女

「夜分遅く、失礼します」

 

ザガン

「あ、う、ううん、気にしないで! えっと……私に何か、用かな?」

 

幽霊のような女

「カリナ様で、お間違いないでしょうか」

 

ザガン(カリナ)

「うん。私だけど……」

 

 

 女は荷物を片手に、もう片方の手でスカートの裾を軽く持ち上げ、カーテシーの所作で恭しく礼をしてみせた。

 荷物は、片手には布に包まった物体、その肘には大きめの手提げの籠に布を被せて埃よけしたもの。

 

 

幽霊のような女

「わたくし、ナルセー・カヴァレッタと申します」

「僭越ながらも、シュラー様のお側仕えと医療班を兼任致しております」

 

ザガン

「シュラーの……!? よ、よろしく……」

「……あ、思い出した。今日の空中庭園の時、シュラーと一緒に居たのチラっと覚えてる」

 

ナルセー

「お見知り置きいただき、光栄に存じます。昼間のご活躍に改めて感謝を……」

「今宵は、シュラー様から貴女様へ、お詫びとお礼を兼ねてささやかな品を」

 

 

 籠に被せた布を取り払って、ザガンへ差し出すナルセー。

 

 

ザガン

「お詫びなんて別によかったんだけどなぁ。私、すぐにやられちゃったし……」

「まあ一応、中身くらいは……」

「これは……服?」

 

ナルセー

「シュラー様から、手製のドレスと靴を」

 

 

 籠の中身は、ムレータのように真紅が映えるドレスと、硬く艶やかな質感が良い音を出しそうな靴だった。

 

 

ザガン

「へー、ドレス。またドレ……え?」

「シュラーの、て、手製? 靴も???」

 

ナルセー

「はい。アブラクサスを導く過程で、シュラー様は身の回りの技術を一通り学んでおいでです」

「他でもなく、シュラー様ご自身の衣装も、シュラー様が住民の期待を取り入れ手ずからに」

 

ザガン

「ドレスや靴編み上げちゃうのは、一通りの範疇なのかな……?」

「でも……い、良いの? そんな大層なの」

「それに私、その……できれば、ドレスは当分……」

 

ナルセー

「お納めいただくだけでも結構と仰せつかっております。お礼と、お詫びの品ですので」

 

ザガン

「(あ……こないだのサイティ達にやられた件も合わせてって事か)」

「(じゃあつまり、『今度こそちゃんとしたドレスを』って、シュラーから直々に……)」

「ま、まあ、そういう事なら……所で、もしかしてグ……ギーメイとか他の皆にも?」

 

ナルセー

「直ちにご用意できる物がこちらしかなく、皆様へは追って何らかの形で返礼をしたい、と」

 

ザガン

「そっか。まあ、何だかんだやれてても、アブラクサスは物資不足らしいしね」

 

ナルセー

「誠に、申し訳ない限りです」

 

ザガン

「あ、違う違う! 責めてるつもりじゃないんだ、こっちこそごめん!」

 

 

 草花のように静かに頭を下げるナルセー。

 見かけ以上に物腰柔らかいナルセーに、出会い頭に驚いてしまった負い目もあって、ついおたおたするザガン。

 

 

ザガン

「じゃ、じゃあ折角だし、貰うだけ貰っとくよ、うん」

 

ナルセー

「恐れ入ります」

 

ザガン

「にしても……私が来てから一日そこらで、こんなの作れちゃうもんかなぁ」

 

ナルセー

「恐れながら、元々は別件で誂えていた物を、カリナ様に合わせて仕立て直した次第です」

 

ザガン

「あ、そういう事。それなら、納得……」

 

 

 何となく、ナルセーの装いに目を向ける。

 露出が少なくゆったりした印象があるのに、さり気なくボディラインを浮き上がらせた出で立ち。

 舞台衣装が専らの若いザガンには、普段着の装いとしてはとても不思議なコーディネイトに見える。

 立体物を把握しようとする動物的本能から、否応なく「出る所」に目が行く。

 

 

ザガン

「(もしかして元々は、この人のために作ったドレスだったり……?)」

「(見た感じ背丈や足のサイズ一緒っぽいし、胸とか絞れば、体格も私とほとんど──)」

「(って、こらこら! 何ジロジロ見てるんだ私!)」

 

ナルセー

「気がかりな点がございましたら、何なりと」

 

ザガン

「ち、ちが、何でもないの! あ、あははは……」

「とにかく、ありがとうね。そ、それじゃあ私、これから寝る所だったから……!」

 

ナルセー

「はい。お時間を賜り、ありがとうございました。どうぞ、ごゆるりと」

 

 

 再び恭しくお辞儀するナルセー。

 そのままナルセーが動かなくなり、扉を閉じるのを待っているのだと察したザガンが、「そこまで堅苦しくしてくれなくても」と少し申し訳なくなりながらノブを取った。

 

 

ザガン

「じゃ、じゃあ、おやすみ。えっと、セ……シュラーによろしく……ね?」

 

ナルセー

「かしこまりました。おやすみなさいませ」

 

 

 扉が締め切られるまで、ナルセーは微動だにしなかった。

 閉まってからも何だか気にかかり、ザガンが扉に耳を当てるが物音ひとつしない。

 無性に好奇心が収まらず、そのうちこっそり扉を開けてみたが、その時にはもうナルセーの影も形もなかった。

 一緒に持っていた布の包みの正体が知れずじまいだったが、他にも使いの用があるのだろうと、ザガンは大して気にならなかった。

 

 

ザガン

「……変わった雰囲気の人だったなあ」

「とりあえず、ドレスは一旦目立たない所にでも……」

「……」

 

 

 室内を見回して、こんな部屋にも淋しく設えられている姿見を確認する。

 表面が埃と同化しつつあり、2つ3つのヒビが見受けられるが、使うにはまだ問題ない。

 そしてカゴの埃よけをめくり、再びドレスと靴を眺める。

 

 

ザガン

「シュラー……セルケトが作ったかもしれないドレス……私に贈り物、か」

「ちょ……っと、だけ……ね。ちょっとだけ……」

 

 

 籠を手近な場所に置いて、万一にも傷付けたりしないよう慎重にドレスを取り出すザガン。

 襟から肩にかけてを両手で持って、姿見の前で広げてみる。

 

 

ザガン

「おお。ほんとに見た目サイズぴったりだ。採寸された覚えなんて無いのに……」

「やっぱりセルケトなんじゃないかな。あいつの『眼』なら多分『視る』だけで……」

「いやーでも、私に真っ赤って似合うかな~? それにスカートなんて私、時々しか……」

 

 

 真紅の光沢ある生地に、720度の豊かなスカート部分が血と炎を閉じ込めたように印象的。

 片腕にドレスの腰辺りをかけるように持ち替え、自由になった片手でスカートの裾をつまんで持ち上げてみる。

 頭の高さまで持ち上げてもまだまだたっぷり余裕があり、スカート全体のシルエットも揺らがない。

 

 

ザガン

「っひゃー、ゴージャス! そりゃ派手なの大好きだけどさー、流石に私にこんなさー」

「これ絶対グレモリー達向けだって。『セルケト』のやつ、何でわざわざ私に贈ったかなー」

「もう、本当にあいつは分かんない事ばっかで……」

「えへ、えへへへ……」

 

 

 くすぐったそうに笑みを漏らしながら、姿見の前でドレスを前にかざして自身の輪郭と重ねてみたり、袖口を指先と手のひらで挟んで袖を通した風にしてみたり、小躍り気味に左右に揺れてスカートの挙動を鑑賞してみたり。

 グレモリーの言う「ヴィータとしてのザガン」は敢えて一時忘れて、贈り主=セルケトの前提ではしゃいでいる。

 

 

ザガン

「これだけタップリなら、スカートをムレータ代わりにできちゃいそう……なーんて♪」

「そうだ、靴は……どうせすぐ眠るんだし、ちょっと履き替えるくらいなら……」

「……わ、ピッタリ! すご……普段のブーツよりもしっくり来る。もう足の一部みたいだ」

 

 

 靴は靴底が低く、硬い。絶妙な高さで、裸足よりも重心の安定を実感できる。靴音はタップダンスのように小気味好い音を立て、履き慣らした靴のような渋みも仄かに感じる。

 子供の頃に聞いた御伽噺、王子が靴を頼りに主人公を探し出すクライマックスシーンを思い出すザガン。

 一通り楽しんだ後、ドレスと靴を丁寧に籠に戻した。

 いい加減、夜も更けてきた。籠の収納場所は明日考えるとして、いそいそと寝床に入るザガン。

 

 

ザガン

「ふぁ~……あ」

「……本当に、シュラーがセルケトだったら良いなあ」

「同じ女の子に転生してたなら、何だか……すごく嬉しいって思える」

「……そりゃ、こんな所に居るんだから、シュラーには良い事ばかりじゃ無かったかもだけどさ」

「でも、こんなプレゼント交わせるのだって、女の子同士だからって部分あると思うんだ」

「こうしてアブラクサスで出会えたのも……友達になれるかも知れないのだって……」

「──……」

 

 

 真正面から、全速力で快眠に突入した。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 同日、深夜。

 都市全体が寝静まったかのようなアブラクサス。

 星と月だけが頼りの荒れた石畳を躓きもせず、同時に足音も殺して進む人影がひとつ。

 

 

グレモリー

「……天文観測塔の最上階にだけ、微かに明かりが灯っているな」

「あそこはシュラーの居室。よもや見張りでは無かろうが……警戒はしておくか」

 

 

 天文観測塔から視線を外し、再び石畳を器用に歩いていくグレモリー。

 昔の街中を進み続けると、曲がり角でネズミ幻獣と出くわす。

 

 

幻獣

「ギ……」

 

グレモリー

「……」

 

 

 幻獣は珍しそうにグレモリーを注視している。

 グレモリーは幻獣を一瞥だけして、何も居なかったかのように足取りも緩めず通り過ぎていく。

 幻獣は暫くグレモリーの背中を見送ると、グレモリーが来た道の方へ曲がり、去っていった。

 

 

グレモリー

「(やはりな。最初は面食らったが、こいつらはただ放たれているだけだ。襲う気が無い)」

「(たまには仕掛けてくる幻獣もあるが、これも蹴飛ばすだけで犬猫のように逃げていく)」

「(騒ぎを避けられるなら好都合だ。私1人で幻獣駆除というのも現実的で無いしな)」

「(ただ、目的が見出だせん事だけは気にかかる。夜間警備と言えばもっともらしいが……)」

「(この地に限っては、侵入者への警戒の必要は薄い。ましてや戦意の無い幻獣では……)」

 

 

 振り返って、やや遠くの学舎を見るグレモリー。

 

 

グレモリー

「(分からんと言えば……)」

「(私が適当な理由を付けただけで、隣室のアマーチは進んで私を送り出した)」

「(嘘も隠し事も到底得意とは言えないこの私の言い分で……だ)」

「(夜のネズミに危険が無いと知っての事か。あるいは逆に私が食われるのを期待した?)」

「(厩舎への嫌悪ぶりから前者は考えにくいか。……もしくは……)」

「(私の実力ならネズミをものともしないと判断した……?)」

「(ふっ、それこそ大穴だ。サイティならともかく、取り巻きにそこまで見る目が──)」

 

遠くの幻獣の声

「ギィィィ……ッ!」

 

 

 進行方向のずっと先から、ネズミ幻獣の甲高い鳴き声。

 同時に、静まり返った夜闇の中で、確信と共に感じ取る。靴でも裸足でもない足音。こちらに近づいてくる。

 

 

グレモリー

「何か来る……!?」

「(音の間隔……歩幅……違うな、広すぎる。これは……跳ねている?)」

「この足音、覚えがある! もしや……!」

 

 

 段々、夜闇の向こうから予想した通りの影がピョンピョン接近しているのが見えてくる。

 そこへ、こちらに向かってくる影を遮るように、途中の路地から飛び出し気味に新たな影。

 新たな影は明らかにネズミ幻獣。

 最初の影がネズミに反応し、一瞬でネズミとの距離を詰めた。

 

 

飛び出し幻獣

「ギィィッ!?」

 

 

 先ほど聞いた甲高い悲鳴と同じ声。

 ネズミ幻獣の影が風を纏ってグレモリーへと飛んできて、無抵抗にグレモリーの脇の地面に叩きつけられ、数10cmほど石畳を滑って沈黙した。

 グレモリーは、自分の背後へ消えるネズミを視線でだけ見送り、剣を抜いた。

 念のため、背後のネズミが起き上がる場合にも備えて気配を探る。

 

 

グレモリー

「やはり……ノンローソか」

 

 

 剣を抜いた時には、件の影はグレモリーの間合いに入っていた。

 

 

ノンローソ

「シュッ、シュッ……!」

 

 

 飛び出したネズミ幻獣を強烈なストレートで吹き飛ばしたその拳を、グレモリーの前で何度も素振りしてみせる。

 

 

グレモリー

「(……妙だな)」

「(私が武器を取る前に、飛び込んで先制の一撃を見舞うくらいの余裕はあったはずだ)」

「(それに、今も仕掛ける素振りが無い。様子見……? このノンローソ、何が目的だ)」

「……む?」

 

 

 剣を収めて、警戒しながらもノンローソに歩み寄るグレモリー。

 

 

グレモリー

「(備えておけば、一発くらいは凌げるだろう)」

 

ノンローソ

「シュッ、シュッ……シュッ、シュッ……!」

 

 

 互いの距離が縮まり、完全にノンローソの射程範囲に入っても、ノンローソは素振りを繰り返すばかり。むしろグレモリーに当たらないように姿勢や素振りの軌道を様々に調節しているようにすら見える。

 もはや取っ組み合えるほどの距離になると、ノンローソは真横を向いて素振りし始めた。

 念のためいつでも防御に移れるようにしながら、グレモリーがノンローソの顔を覗き込んだ。

 

 

グレモリー

「……やはりな。月明かりだけでは見えにくかったが──」

「この顔の傷……私が昼間に叩き伏せた個体か」

 

 

 昼の空中庭園での戦いを回想するグレモリー。

 

 

グレモリー

「でぇい!」

 

ノンローソ

「……!」

 

 

 逆袈裟に迫る刃に、ノンローソは上体を逸らし、スウェーで回避を試みる。

 しかし、僅かに避けきれず、ノンローソの頬から血が跳ねた。

 

 

グレモリー

「それもフェイントだ!」

 

 

 スウェーの姿勢から戻りかけたノンローソの鼻先に、グレモリーの回し蹴りが打ち込まれた。

 剣の重みと振り抜いた勢いとに任せた、先ほどノンローソが不発に終わらされたストレート同様の、一撃必殺前提のフルスイングだった。

 

 

 回想終わり。

 決着の回し蹴りの前、僅かに避け損なったノンローソの顔の傷が、まだ残っていた。

 

 

ノンローソ

「シュッ、シュッ! フッ!」

 

 

 グレモリーがノンローソの顔に手を添えて具合を確かめようとするが、ノンローソは盛んに素振りを見せつけ、全身を躍動させ続けている。

 

 

グレモリー

「む……おい動くな、よく見えん! 仮にもこの地の防衛力だ。傷が膿んでいたりなど──」

 

ノンローソ

「……」

 

グレモリー

「なっ……と、止まった?」

 

 

 ノンローソが素振りをピタリと止め、自然な立ち姿で呼吸を整え始めた。

 少し困惑したグレモリーは、傷が早くも治りかけているのを確かめた後も、暫くノンローソの毛並みを撫でてみたりした。

 ノンローソは静かに立ち尽くしている。

 

 

グレモリー

「言葉が分かる……? いや、咄嗟に動きを押さえつけようとした私の手付きで察したのか」

 

通りがかりの幻獣

「……ギ?」

 

 

 グレモリーとノンローソが、新たに路地から出てきたネズミ幻獣の鳴き声に振り向いたのは、ほぼ同時だった。

 

 

グレモリー

「む、新手……ノンローソに気を取られて接近に気づかなかったか。迂闊──」

 

ノンローソ

「……!」

 

 

 撫でくられていたノンローソが急に飛び跳ねた。

 

 

グレモリー

「あっ、おい!?」

 

ノンローソ

「シュッ!」

 

通りがかりの幻獣

「ギギィッ!?」

 

 

 瞬く間にネズミ幻獣の正面に飛び込んだノンローソが、そのまま爽快なまでのアッパーを繰り出し、ネズミ幻獣を空高く打ち上げた。

 ネズミ幻獣が、引っこ抜かれた作物のように宙を舞い、頭から地面に突っ込み、程なくして思い出したように痙攣するだけになった。

 それを確認したノンローソが、グレモリーに振り返る。

 

 

ノンローソ

「シュシュッ! シュッ!!! フフンッ!」

 

グレモリー

「これ、は……もしや?」

 

 

 ノンローソがステップを踏みつつ、グレモリーに素振りを見せつける。

 つい先程、両者が出会った直後と同じ構図になっている事に、グレモリーは何かを感じ取った。

 

 

グレモリー

「……」

 

 

 スラリと剣を抜いて構える。

 

 

ノンローソ

「フッ! フッ!」

 

 

 ノンローソのシャドーボクシングが一層激しくなる。

 

 

グレモリー

「……」

 

 

 剣を鞘に収めた。

 

 

ノンローソ

「シュシュッ! フッ!」

 

 

 ノンローソはグレモリーの方を向きながら跳ねて、先ほどアッパーでKOしたネズミを踏みつけ、もう一度素振りを始めた。

 その挙動は、剣を抜いた時よりは穏やかだった。

 

 

グレモリー

「…………まさかとは、思うがな」

 

 

 グレモリーは剣を収めたまま、無造作に歩み寄る。

 さっきの繰り返しだった。

 ノンローソはグレモリーを殴らないように素振りをし、至近距離まで近づけばそっぽを向いて素振りを継続。

 今度はすぐ近くの石壁を殴って凹ませ、更に数発叩き込んでぶち抜いた。

 

 

グレモリー

「こら。住民の居住区を無闇に壊すな」

 

ノンローソ

「フー……」

 

 

 先ほどと同じようにノンローソを手で制すと、今度もノンローソはすぐさま素振りを止めて呼吸を整え始める。

 顔は真横を向いているが十中八九、ノンローソのやや側頭部寄りに付いた目はグレモリーを視界に捉えている。

 

 

グレモリー

「……ついてこい」

 

ノンローソ

「……フッ!」

 

 

 身振りで促しながらグレモリーが踵を返すと、ノンローソはその後ろを付かず離れず追随した。

 

 

グレモリー

「(背後を晒しているのに殺気が無い。勝者に怖じけて強がっている線はこれで消えた)」

「(この幻獣、にわかには信じがたいが……『かしずいて』いる。服従でなく、己の意思で)」

「(犬のように上下関係を理解する獣自体は珍しくないが、これは……)」

 

 

 グレモリーの行く手に、今度は別個体のノンローソが飛び出した。

 

 

通りすがりのノンローソ

「……?」

 

ノンローソ

「フッ……!」

 

グレモリー

「あ、おい……?」

 

 

 気付いた直後、背後の傷ありノンローソが割り込んできて、声をかける間もなく不意打ち気味に胴体にストレートを打ち込み、通りすがりのノンローソを沈ませた。

 そしてまた、グレモリーの方を向いて素振りを始める。

 

 

ノンローソ

「シュシュッ! シュッ!」

 

グレモリー

「(同族だろうと容赦なしか……)」

「しかし、これはやはり……ふむ」

「……その程度では、戦ってやれんな」

 

 

 口にした言葉を態度で示すため、グレモリーは歩く速度を変えず、気にする様子もなくノンローソの脇を通り過ぎる。1回、撫でるようにノンローソの頭に手を置きながら。

 すると、ノンローソはすぐさま素振りを止めて、またグレモリーの後に付き従う。

 

 

グレモリー

「(恐らくノンローソは、勝者に対してある種の『敬意』を払うようになるのだろう)」

「(自分を負かした相手に、敗者の義務とばかり自ら従う。その一方で闘志も捨てていない)」

「(故に、隙あらば力を誇示する。『今度こそ貴様に勝てる力があるぞ』と)」

「(そうして、敗者たる己の都合でなく、勝者から再戦する気になるよう煽っている)」

「(少なくとも、私にはそのように見える。何の因果でそんな習性を得たかは知れんが──)」

「……着いたな」

 

 

 ノンローソへの考察を中断して、前方を見据えるグレモリー。

 

 

グレモリー

「ハーゲンティが見つけた厩舎……『幻獣牧場』。恐らくあそこで間違いない」

「(ここを探るために、こんな真夜中に抜け出してきたのだ。最低限の成果は得られた)」

 

ノンローソ

「フッ、フッ……」

 

グレモリー

「こいつが厩舎の幻獣を前に暴れ出さんか気がかりだが……」

「まあ、先程と同じように済むのなら、止めるのは難しくなかろう」

 

 

 星と月だけが頼りのアブラクサスの夜だが、厩舎にはまだ、奥で灯りが揺らめいているのが見える。

 

 

グレモリー

「(──通用口に鍵は無し。それどころか半開きのままか)」

「(居住区と違って、仮にも生産設備。最低限のセキュリティはあると思ったが──)」

「(万一にも幻獣に襲われた時の逃走経路、そして第三者が訪れるはずが無い故の不用心か)」

「(……コソコソしたやり方は好かんし、今は想定外の『連れ』も居る。それに──)」

「(見つかったとして、アマーチ曰く厩務員は被差別階級。抱き込む手立てもあるはずだ)」

 

 

 粗末な木戸を遠慮なく開いて正面から厩舎に侵入するグレモリー。

 片手でノンローソの耳を軽く握ってついて来させている。首輪も縄も無いので、暴れだした時のための緊急措置。

 開いた木戸が弱々しくキイと鳴き、グレモリーの視界に最初に入った、枯れ木のような人影がガタリと立ち上がった。

 

 

みすぼらしい人影

「!?」

 

グレモリー

「夜分遅く失礼する。先日、アブラクサスに『入国』した新参者だ。害をなす気は毛頭ない」

 

ノンローソ

「……」

 

みすぼらしい人影

「あ……う……うう……?」

 

 

 人影は、溺死したてで井戸から這い上がって来たかのような辛気臭さに満ち満ちた女だった。

 その目はグレモリーとノンローソの間を行ったり来たりしている。

 

 

グレモリー

「これは道中で偶然『拾った』。暴れるようなら責任をもって私が抑止す──いや、違うな」

「『ハーゲンティ』、または『サシヨン』……聞き覚え無いか。かけがえのない私の仲間だ」

 

みすぼらしい女

「うぁ……? あ……あのこ……の?」

 

グレモリー

「『すぐに立ち去った』とは聞いているが、迷惑があったなら私から言っておくぞ?」

 

みすぼらしい女

「あ……だ……だい……じょうぶ……」

 

グレモリー

「それは何よりだ」

 

みすぼらしい女

「そ……そのこ……」

 

グレモリー

「ん? ああ、この獣がどうかしたか」

 

みすぼらしい女

「……いいこ……かわい……そう……はなして……あ……あげて……」

 

グレモリー

「ふむ。実は……私も少し、ぞんざい過ぎたかと思っていた。ここは『プロ』を信じよう」

 

 

 微笑んでノンローソを解放するグレモリー。

 ノンローソは何事も無かったようにその場を動かず、たまに何もない所へ顔を向けたり、いかにも動物らしい挙動を見せながら落ち着いた様子を見せている。

 

 

グレモリー

「(情報収集の足がかりは、存外楽に得られたな。思ったより捗りそうだ)」

「ここに来た理由を話す前に、仕事が残っていれば手伝わせてくれまいか。興味がある」

 

みすぼらしい女

「き……きょうみ……こ……ここ……に……?」

 

グレモリー

「ああ。ここにも……貴様にも、な」

 

みすぼらしい女

「……!」

 

 

 グレモリーの目に、みすぼらしい女の瞳が少しだけ光を灯らせたように見えた。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 同日深夜、グレモリーが夜の街を散策していた頃。

 アブラクサス某所。慎ましい灯りに照らされた空間。

 テーブルを囲むサイティ、秘書、ナルセー、そしてシュラー。

 

 

秘書

「では……4を2枚から」

 

サイティ

「ほら、9・9」

 

ナルセー

「パスします」

 

シュラー

「同じくパス」

 

秘書

「パス」

 

 

 夜も遅くにカードゲームに興じている。

 親番を勝ち取ったサイティが場に札を1枚出す。

 

 

サイティ

「いつものオゲハッチョとかいう領主、明日来るらしいから、あと頼むわよぉ」

 

ナルセー

「かしこまりました」

 

秘書

「いつもいつも、あのハゲの時だけ通達がギリギリじゃないか。何をサボってるんだか」

 

サイティ

「領主様が旅好きだから私悪くないわぁ。頭皮を太陽で焼きながら育毛剤探しですってよぉ」

「それに誰かさんも幸せでしょぉ? いつもいつも、あのハゲの相手、断った事ないものぉ」

 

 

 サイティがこれ見よがしに、ナルセーから顔も目も背けた嘲り顔で悪態をつく。

 次の親は秘書が取った。

 

 

秘書

「あんたが人事すっ飛ばしてナルセーに強いてるだけじゃないのかい」

 

サイティ

「言いがかりは止めてくださらなぁい?」

「現実と妄想の区別がつかないのはボケの印らしいわよぉ、『ガマチビ』おばあちゃま?」

 

秘書

「フンッ。ああそうだねえ。証拠も噂も“見当たらない”んじゃ仕方がない」

 

 

 鼻を鳴らして受け流す秘書。

 再びサイティが親番を取り返す。

 

 

サイティ

「噂ならあるわよぉ? どっかの誰かさんが、筋金入りの女嫌いの尻軽だってウ・ワ・サ」

「あ~ナルセーちゃんの事じゃないわよぉ? ナルセーちゃんのは誰でも知ってるものねぇ」

「オスどもを叩き出す前から、女性にだけ作り笑顔の鉄面皮って有名だったものねぇ~♪」

 

ナルセー

「過分のご評価、面映ゆく存じます」

 

サイティ

「あぁら簡単に認めちゃダメよぉ。噂なんかに負けちゃダァメ♪」

「そんな弱気じゃ『踏んだり蹴ったり』よぉ? ここに流れ着いた頃みたいに……」

 

 

 ニコニコとナルセーの表情を覗き込みながら目が笑っていないサイティと、死に顔のように安らかな笑顔を崩さないナルセー。

 親はナルセー……ではなく、シュラーが取っていた。

 

 

サイティ

「それともナルセーちゃんは本当に『そう』なのぉ? 男相手の方が楽しくて仕方ないのぉ?」

 

ナルセー

「最低限の身だしなみさえ整えれば、軽んじられすれど、邪険にされる事はございませんから」

 

サイティ

「……へ~ぇ」

 

 

 末期の病のような生気の無さを除けば、生きる歓びを語るかのように柔らかな微笑みで、サイティに答えるナルセー。

 口元は笑いつつも氷のような視線を返すサイティ。

 次の親も続けてシュラー。

 

 

シュラー

「では、8から……今日は、8切りは無しだったね」

 

 

 眼前のやり取りを、まるで一家団欒のように穏やかな顔で見守りながらシュラーが札を出した。

 

 

秘書

「9です」

「人に茶々入れる舌があるなら、『ミミズ』の駆除が滞ってる言い訳でも聞きたいもんだ」

 

サイティ

「そぉんなもの報告済みに決まってるじゃないのぉ」

「『ミミズ』自体の数が減ったから数が上がらないのよぉ。そうに決まってるわぁ」

 

秘書

「なるほど、カシラが調子乗ってる間に『ミミズ』が知恵つけたってわけだ」

 

サイティ

「やっだぁ、ばばちゃまそんなに『ミミズ』が好きなのぉ? ウケる」

「あり得ないわよぉ。どんな『モノ』なのか、よく知ってるでしょぉ?」

 

秘書

「知ってるとも。知ってるから、浅知恵の1つくらい付けると考えるもんだろうと思うがね」

 

サイティ

「弱くてちっちゃいオババだから、頭の中で敵作りすぎて被害妄想してるだけよぉ」

「『ミミズ』に本当に知恵があるなら、今頃『ネズミ』に損害出てなきゃおかしいものぉ」

 

秘書

「フンッ、いいとこ暮らししか知らない『捨てられ組』の頭がめでたいだけさ」

 

サイティ

「だーかーらぁ、私は何も悪くないのにって言ってんでしょぉ?」

 

 

 露骨に声色が低くなるサイティ。

 

 

サイティ

「私はねぇ、ここに落ちるべくして落ちたクズ女どもとは違うの」

「私を妬んだゴミどもに拉致されて、ここに放り込まれただけで、なーんも身に覚えが無いの」

「私は『繭』なの。この新世界で生まれ変わり、殻を破り、私を陥れた連中に裁きを下すのよ」

 

秘書

「フンッ……鏡見たことあんのかね、こいつは」

 

サイティ

「当たり前でしょぉ。『ガマチビ』と違ってお化粧も大変なんだからぁ」

 

秘書

「私は見てるよ、鏡」

「生きるために手段を選ばず、シュラー様の寛大さに臆面もなく寄りかかるクズがそこに居るよ」

「性根の滲み出た、醜い『ガマチビ』がそこに映ってるよ。あんたの鏡には何が見える?」

 

サイティ

「はーいかっくめーい♪」

 

 

 秘書の言葉に対してそうするように、サイティが猫撫で声で手札4枚を卓上に叩き捨てた。

 サイティの残り手札は1枚。

 

 

サイティ

「どーーうよ、私の珠玉のファビュラス革命ナイト、『K』4連!」

「まさに! これこそ! 私の答え! 全てなのよぉ!」

 

ナルセー

「ご無礼致します」

 

サイティ

「は……?」

 

ナルセー

「革命返しです」

 

サイティ

「……………………は?」

 

 

 ナルセーが素朴に手札4枚をそっと差し出した。

 ナルセーの手札も残り1枚。

 

 

サイティ

「は……はぁぁぁあああ~~~???」

「何コレ! 私のファビュラスに何クソザコハゲオヤジのケツみてえな『3』突き返してんの!」

「しかもこの局面でよ!? サマ積んだでしょアンタぁ!」

 

秘書

「カードの用意も配るルールも全部お前の希望通りで、何抜かしてんだい」

 

ナルセー

「シュラー様があがる『流れ』をご用意しようと思っていたのですが、いつの間にか」

 

サイティ

「クソがぁ!!」

 

 

 サイティが最後に残った手札「A」をテーブルに投げ捨て試合放棄。

 秘書もシュラーも手札の総数すら足りずパス。自動的にナルセーのいち抜けが決まった。

 

 

シュラー

「すると決まったなら恐れを持たない。それがナルセーの魅力だよ」

「『飛び立つ鳥は大地を見ない』……私の好きな言葉を、彼女は体現している」

 

秘書

「鳥……ですか?」

 

サイティ

「ハンっ、マキシマ・フォーリズム著、『誠のヴィータに翼あり』──」

「大昔に書かれたってだけでチヤホヤされる『うっすい』自己啓発本よ」

「意外ねぇ、天下のシュラー様が、そんな『くっさい』金言ご引用なさるなんてぇ」

 

 

 椅子の上で片足だけあぐらにしたような姿勢で不貞腐れながら、八つ当たり気味のサイティ。

 

 

シュラー

「出典までは知らなかったよ。ありがとう。流石の博識だ」

 

 

 バージンスノウと青空の入道雲を同時に思わせるような、屈託ない笑顔のシュラー。

 

 

サイティ

「(こいつ……本当に心から、嫌味の欠片もなく言ってる)」

「(それが分かるくらい鍛えた自分の観察眼にますます腹が立つ……ッ!)」

「(クソクソクソ! 明日にでも『気晴らし』に出てやる! でないと虫が収まらないわ!)」

 

 

 歯ぎしりでも始めそうな顔のサイティを他所に、シュラーが秘書に語って聞かせている。

 

 

シュラー

「『飛び立つ鳥は大地を見ない』……なぜなら鳥は、『落ちる』と恐れながら羽ばたきはしない」

「『出来る』と信じる者、知っている者、分かりきっている者──」

「彼らは皆、目指す大空から目を背ける理由など持たない。人はそこに気高さを覚える」

「ヴィータが希求し、要求される理想の1つ……私は、そう解釈している」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 深夜、日付が変わる頃、厩舎のグレモリー。

 

 

グレモリー

「これで仕事は全部か」

 

みすぼらしい女

「そ……そう……あ……あり……が……とう」

 

 

 みすぼらしい女の仕事を一緒にこなし、だいぶ打ち解けてきていた。

「なぜグレモリーが厩舎に来たのか」を上手いこと有耶無耶にし通しながら。

 

 

グレモリー

「こちらこそ、中々に得難い良い経験だった」

「前々から身をもって実感したいと思っていたが、中々やらせてはくれなかったのでな」

 

みすぼらしい女

「みんな……いやがる……のに?」

 

グレモリー

「多くの命と、人々の財産を預かる尊い仕事だと、私は思っている」

 

みすぼらしい女

「ざい……とう……と?」

 

グレモリー

「(む……言葉を余り知らんのか?)」

「人が生きるために、無くてはならない大切な仕事の1つ……という事だ」

 

みすぼらしい女

「……これが……たいせつな……」

 

 

 立ち尽くして、ぼんやり繰り返すみすぼらしい女。

 

 

グレモリー

「(実感が持てないか。アブラクサスの扱いでは無理もない。しかし、それよりも……)」

「(紛らわしい外見だが、年の頃は私と変わらない。直感だが間違いないはずだ)」

「(『尊い』はともかく『財産』という単語に、この歳まで縁が無いものだろうか……)」

 

 

 立ったまま意識を失ったかのように言葉を反芻する女の姿は、過酷な生活によるものだろう衰えから、一見して年齢を断定するのは困難だった。

 しかし、グレモリーの目は無意識に、骨格や肌の弛みの有無、細かなシワの所在などを観察し、特徴を捉えていた。

 社交界で嫌でも聞かされる加齢に纏わる諸々の悲喜こもごもを脳が、語り手の年齢と外見の比較を戦士としての観察眼が、本人も気づかぬ間にデータを蓄積させ、その結果としての直感だった。

 

 

グレモリー

「(ともあれ、誇張でもお世辞でもなく、素直に感服せざるを得ないものだった)」

「(飼育していたのは、いずれもネズミ幻獣。ノンローソは別の厩舎住まいか)」

「(幻獣ども、余所者が来たというのに落ち着き払っていた。さながら文字通りの厩舎だ)」

「(何が『人間未満』だ。臭さも汚さも無縁……この女の仕事、並大抵の手腕ではない)

「(私の領地で数人がかりで運用する厩舎より遥かに手入れされている)」

「(匂いに至っては幻獣の獣臭さえ気にならん。飼い葉の匂いばかり胸に清々しいほどだ)」

 

 

ノンローソ

「……!」

 

 

 適当な床の上でうたた寝していたノンローソが急に立ち上がった。

 

 

グレモリー

「む? どうした」

 

ノンローソ

「フッ!」

 

グレモリー

「おい何処へ行く?」

「(厩舎の奥……あっちは先ほど、あの女が1人で掃除していた。何かあるのか?)」

 

みすぼらしい女

「あ……だめよ……だめ……!」

「おねがい……『けんか』は……!」

 

グレモリー

「!」

 

 

 みすぼらしい女の言葉を聞くなり、グレモリーは腰の剣を鞘ごと抜き取り、ノンローソ目掛けて投げた。

 

 

ノンローソ

「フッ……!?」

 

 

 風切り音が聞こえたのか、ノンローソが振り向き剣を叩き落とす。

 その間にグレモリーが見せつけるようにノンローソへ重々しく歩み寄り、ノンローソの口吻を包むようにガシッと掴み、目つきを一段と険しくして見下ろす。

 

 

グレモリー

「ここで許可なく戦う事は許さん……いいな?」

 

ノンローソ

「……フゥ」

 

 

 小さく鼻息を漏らしてノンローソが大人しくなった。

 間もなく、厩舎の奥から足音が近付いてくる。

 

 

幻獣

「……ギギ?」

 

みすぼらしい女

「あ……『チュチュ』……」

 

グレモリー

「ちゅ……『チュチュ』?」

 

 

 現れたのは、ここに来るまでにも何度も見かけたのと変わらない、一匹のネズミ幻獣。

 みすぼらしい女が、先ほどまでより若干活気のある声で、ネズミに向かって『チュチュ』と呼び、駆け寄った。

 

 

みすぼらしい女

「おかえりなさい、チュチュ……けがしてなあい?」

 

チュチュ(幻獣)

「ギギギ……」

 

グレモリー

「幻獣を……撫でくり回している……!」

 

 

 みすぼらしい女が幻獣の全身を慈しむように撫で、幻獣は撫でられるままになりながら、しきりに匂いを嗅ぐような動作をしている。

 みすぼらしい女が懐から若々しい色の茎野菜を取り出すと、チュチュと呼ばれた幻獣は野菜をモリモリと齧り始めた。

 毛並みの粗い巨大なネズミ相手でさえ無ければ、完全にペットと飼い主がじゃれ合っている構図だった。

 

 

グレモリー

「そ、その幻……いや化け……オホン!」

「……その動物は、何か特別なのか?」

 

みすぼらしい女

「そう……このこ、いちばん……いいこ」

「だから……なまえ……つけたの……チュチュ」

 

グレモリー

「そ……そうか」

 

ノンローソ

「……」

 

 

 ノンローソはグレモリーに制止を受けてからずっと、マズルを掴まれっぱなしで突っ立っている。

 その佇まいは何だか、グレモリーと一緒に呆気にとられているようにも見える。

 

 

グレモリー

「……おっと、握ったままだったな。大人しくしていろよ」

 

ノンローソ

「……フ」

 

 

 ノンローソの口吻から手を離し、ふと気付くグレモリー。

 

 

グレモリー

「そういえば、この動物についても貴様はさっき、『いいこ』と言っていたな」

「貴様のお気に入りに殴りかかろうとしていたようだが……それでも『いいこ』なのか?」

 

みすぼらしい女

「そのこたち……ノンローソ……いいこよ」

「ただ……つよくなりたい……だから……たまに……きもち……わすれるの」

 

グレモリー

「……ふむ」

「……この動物たちは、好きか?」

 

みすぼらしい女

「だいすき……にんげんとちがう……すきになっただけ……こたえてくれるの」

 

グレモリー

「……そうか。少し、分かった気がする。道理で快適な厩舎なわけだ」

 

 

 みすぼらしい女の声は、チュチュが訪れてから少し感情が乗って聞こえるようになっていた。

 辿々しくも、ノンローソ達への好意さえ感じ取れるような声色に、グレモリーは無意識に自分の思考回路を、彼女の言い分に歩み寄らせていた。

 

 

グレモリー

「(いつか、熊を愛玩動物に飼っていた貴族が居たのを思い出す)」

「(子熊の頃から面倒を見たという熊は、私が出会った頃、確かに飼い主によく懐いていた)」

「(しかし熊はある時、飼い主を食い殺してしまった。熊もまた飼い主を愛していたろうに)」

「(狩りも、外の世界も知らぬのに、それでも何か突き動かされるものがあったのだろう)」

「(一時の混乱にせよ、本能にせよ、獣や虫達の行為が己を守る結果に繋がるとは限らない)」

「(本能で生きる獣も、時に合理的になれず、変える事のできない不条理を抱えるのだろう)」

「(この女は、そういった『ままならない』ものをも含めて、幻獣たちを愛しているのだな)」

「(……同じヴィータに、希望の欠片も見出だせずに生きてきたからこそ)」

 

 

 みすぼらしい女がチュチュにおやつを与え終え、房へと誘導している。

 不意の気まぐれでグレモリーは、子供が友達へ悪ふざけするように、ノンローソの眉間を軽くチョップしてみた。

 ノンローソはペチンと、同じく軽くグレモリーの手刀を払い落とした。

 別方向からチョップを試みると、これも怪我をしない程度の力で次々カットしていく。

 ノンローソに「戯れる」という知性がある事を理解する。

 

 

グレモリー

「……ふふっ、なるほど」

「(幻獣という色眼鏡を無理にでも外せば、こいつの習性も見え方が変わってくる)」

「(ある意味、サイティの言い分は当たっているのかもしれん)」

「(厩舎を飛び出し、空中庭園でシュラーに挑みかかった理由も、それなら分かる)」

「(危険な試みと分かっていながら、挑んでみたくて仕方ない──)」

「(生存のためでも略奪のためでも無く、『勝つ』ために戦い、生殺与奪にも無頓着──)」

「(世間の誰もが呆れかえる『バカ一徹の男』のような、そんな幻獣なのだろうな)」

「(さて……)」

「(和むのは、このくらいにしておくべきか)」

 

 

 みすぼらしい女の方を見やる。

 チュチュが自らの入る房の、格子状の出入り口から顔を突き出している。

 女は、チュチュの口元に躊躇する事無く手をあてがい、何か作業している。

 

 

グレモリー

「何をしてやっている所だ?」

 

みすぼらしい女

「はを……みがいて……あげてるの」

 

 

 みすぼらしい女は、ブラシのような器具でチュチュの歯の裏側まで優しく磨き、食べ滓を指で取り除いてやっている。

 チュチュが女に噛みつく様子は無く、目を薄めて眠そうですらある。

 

 

グレモリー

「そうか。チュチュも心地よさそうな顔をしているな」

「……チュチュは、何を『喰って』きた?」

 

みすぼらしい女

「……」

 

 

 グレモリーは声を意図的に低くして問いかけた。

 伝わったかどうかは分からないが、これが何気ない雑談で無い事を暗に示した。

 

 

グレモリー

「チュチュが現れてからずっと、この厩舎に無縁だった臭気が私の鼻をついていた」

「獣の糞を晒し続けたような悪臭に紛れて、確かに覚えのある匂いを感じた」

「……ヴィータの血の匂いだ」

「チュチュを含め何匹か、口が血肉で汚れていたのも、仕事を手伝う傍らに見つけた」

 

みすぼらしい女

「……」

 

グレモリー

「貴様を責めはしない。決して他言もしない。何か知っているなら、教えてくれ」

「私は、その動物が『何をさせるために』育てられているのか、知っている側の人間だ」

「チュチュが来た事で流れてきた、厩舎奥からの空気も同じ匂いがした。奥に何がある?」

「街中で私を見ても意に介さないこいつらが、何故この奥では飼い葉でなく血肉を喰らう?」

 

みすぼらしい女

「……このこたち……いいこよ」

 

グレモリー

「ああ、分かるさ。貴様が心から愛し世話する彼らを否定などしない。だがそれでも──」

 

みすぼらしい女

「ひと……たべてない……このこたち……『ミミズ』……たべてくれるの」

 

グレモリー

「……言葉通りの『ミミズ』では無いだろう。何を『ミミズ』と呼んでいる」

 

みすぼらしい女

「『ミミズ』……こわいもの……とても……」

「むかしの……ここ……すんでた……たくさん……ひとを……」

「わた……しも…………」

 

 

 みすぼらしい女が、ガタガタと震えながらうずくまった。

 頭を抱え、よだれを垂らし、尋常な様子ではない。

 

 

グレモリー

「……分かった。辛いようなら、そこまでで良い」

 

みすぼらしい女

「うう……う……」

 

 

 取り乱した女に、グレモリーは彼女が落とした器具を拾って持たせてやる。

 荒く呼吸しながら、女は僅かに心を持ち直していく。

 

 

グレモリー

「ネズミ達は、アブラクサスが『ミミズ』と呼ぶ存在を食っている……それは分かった」

「『ミミズ』は、アブラクサスの住人が移り住む以前からここに生息していた」

「そいつらは恐ろしい存在であり、この厩舎の奥の何かと関係がある」

「『ミミズ』は今も生きていて、『ミミズ』を倒すためにネズミ達を送り込んでいる」

「街中にまでネズミを放っているという事は、『ミミズ』は不意に街に入り込む恐れもある」

「……そんなところか?」

 

みすぼらしい女

「……そう」

 

グレモリー

「わかった……直接関係ないだろう事を、ひとつ聞きたい」

「どうやって、放ったネズミたちを元の厩舎まで呼び戻している?」

 

みすぼらしい女

「それは……」

「きっと……たいせつに……おせわ……してるから」

 

グレモリー

「なるほど」

「(幻獣の誘導は別の者が……ほぼシュラーが遠隔操作していると見るべきか)」

 

 

 女は少し落ち着いてきたようだが、細かな震えが収まっていない。

 こういった状況に慣れてないのか、見た目通り心身ともに弱いためか、短時間の間に女はすっかり衰弱しきっているように見えた。

 

 

グレモリー

「(これ以上、情報を聞き出すのは酷か)」

「苦しませて済まなかった。今日はこれで退散させてもらう」

「また何か聞かねばならん事ができるかもしれないが、次は詫びの品くらい用意してこよう」

 

みすぼらしい女

「……また……きてくれる……の?」

 

グレモリー

「貴様が嫌でなければな」

 

みすぼらしい女

「……うれしい……わたし……はなし……してくれるひと……いないの」

 

グレモリー

「(そうか。厩舎自体が恐れられて、誰も寄り付かんのだからな)」

「(近寄る者が居たとて、サイティらのような嫌がらせの道具目的、あるいは罵詈雑言か)」

「分かった。近い内にまた来よう」

「もう夜も遅い。貴様も歯磨きを済ませてやったら、早く休むといい」

 

みすぼらしい女

「お……おや……おやす……み……なさい」

「あ……きを……つけて……」

 

グレモリー

「何をだ?」

 

みすぼらしい女

「におい……」

「ここ……くさいって……いつも……いわれるの」

 

グレモリー

「……ははっ」

「バカを言え。今夜はここに泊まろうかと思ったくらいだ」

 

 

 半ば素で笑みを漏らしながら、ノンローソを連れて厩舎を出た。

 そして厩舎の木戸を出て、しかと閉め直してから一呼吸挟む。

 

 

グレモリー

「ふぅ……私は『巣穴』に戻る。貴様も今日は休んでおけ」

 

 

 語りかけながら、ノンローソの背中を軽く叩いてやると、それだけで言葉の細部まで理解したかのようにノンローソは夜闇の向こうへ跳ねていく。

 

 

グレモリー

「イルカは獲物を嬲って遊ぶ……だったか」

「あれだけ高い知能があれば、妙な生き方をするのも不思議ではないのかも……ん?」

 

 

 グレモリーが目を細め、ノンローソを目で追った。

 

 

グレモリー

「あいつ……どこへ向かっている」

「あっちはアブラクサス外壁の方角。厩舎どころか絶壁しか無いはずだ」

「間違いない、外壁が陰になってどんどん暗闇に……むっ!?」

 

 

 辛うじて目で追っていたノンローソの姿が、空へと上昇していく。

 

 

グレモリー

「見間違いでなければ……何かを登っている?」

「鹿の類は直角に近い岩壁も登るというが……いや違うな、何かあるのだ!」

 

 

 駆け出して、ノンローソを追うグレモリー。

 

 

グレモリー

「見えなくなったか。だが、おおよその位置は記憶している」

「距離もそう遠くない。確かこの辺りの……これか」

 

 

 すぐに辿り着いた目標地点、そこに聳える物体を見上げる。

 

 

グレモリー

「外壁と密着する形で建っているこれは……そうか、覚えがあるぞ」

「風化で建材が所々欠け落ちている。これを足がかりに登っていったのだな」

「すぐ隣が厩舎という事は、恐らく……!」

 

 

 外壁の陰になって見通しが悪いが、正面から見ると、レンガ造りの円筒形にサーカステントのような独特の形状の屋根が付いた、小さな塔。

 出入り口のようなものは見当たらず、縦に小さな窓が幾つか並んでいる。

 その窓の最上段。屋根部分に設けられた、人1人が優に入れそうな大きな窓を目指して、クライミングの要領で登っていく。

 そして易々と、既に開け放たれている大窓に到着し、中へ身を乗り出す。グレモリーは自分の予想が当たった事をその目で確かめた。

 

 

グレモリー

「やはりな……『サイロ』だ」

「飼い葉を中で熟成させ、家畜の飼料としてより上質な物へと作り変える設備……」

「いつかアジトでマルチネが、牧場が大成したら導入したいと言っていたのをよく覚えている」

「そして……おい、止まれ!」

 

 

 見据えた先に怒鳴る。

「そこ」に立っていたノンローソがグレモリーに振り向いた。

 どことなくヨーグルトを思わせる香りが残るサイロに、ノンローソのシルエットが逆光になって映っていた。

 閉鎖され暗闇であるはずのサイロ対岸の一箇所が崩れ、星明かりが注ぎ込まれていたためだ。

 

 

グレモリー

「よし……急用が出来た。こっちへ戻れ」

 

 

 グレモリーが手招きすると、すかさずノンローソがサイロの底へと降りていく。

 そしてサイロ内壁の「崩れ」を足がかりにグレモリーの元へと近付いてくる。

 

 

グレモリー

「手慣れてるな。さては何度もここに通っていたな。とんだイタズラ好きめ」

「(サイロ対岸の壁が崩れ、その向こうのアブラクサス外壁まで崩れている)」

「(ここまでは風化だろうが……外壁内部に『謎の通路』……水道管理用か?)」

「(通路を挟んだ向こうの壁は、明らかに殴り壊されている)」

「(つまり、ここから見えている景色は……アブラクサスの外に繋がっている)」

 

 

 大まかに位置関係を表すなら、

「外」

「アブラクサス外壁1」(恐らく風化+ノンローソが破った)

「謎の通路」(ここにノンローソが立ち、グレモリーが呼び止めた)

「アブラクサス外壁2」(風化で崩れ落ちた)

「サイロ壁」(風化で崩れ落ちた。外壁と一体化したように建てられている)

「サイロ内部」(飼料は撤去されて残り香だけ)

「サイロ窓」(グレモリーの現在地点)

 このようになる。

 

 壁の向こうの地平線を眺めている間に、グレモリーの頬にノンローソの鼻息がかかった。

 

 

ノンローソ

「フッ、フッ」

 

グレモリー

「よし、来たな。まずは降りて、そこで待っていろ」

 

 

 下を指差し、サイロ外の地面に降りるよう仕向けるグレモリー。ノンローソが期待通りに動くのを見届けてから、サイロから見える外の景色をもう一度確認する。

 

 

グレモリー

「アブラクサスの外、か……まるで随分と久しく見ていなかったような気分だ」

「ふっ……存外、私もアブラクサスの息苦しさに参っていたのかもな」

「あの通路がどこに繋がっているか、これをシュラー達が把握しているのかも気になるが……」

 

 

 サイロ内部から視線を外し、下方を振り返るグレモリー。

 指示した通り、ノンローソは直下の石畳に立ってグレモリーを見上げている。

 

 

グレモリー

「ともかくこれは……使えるぞ……!」

 

 

<GO TO NEXT>

 

 

 




※ここからあとがき

 ラッシュザガンさん、公式にご登場ですね。クラウチングスタートのフォームでしたね。
 予約投稿なので、この話がアップされてる頃にはイベントも始まっているはず。
 今作で、「リジェネはさせないけどリジェネ意識させるならラッシュかな」と性能まで考えて話を組んでたので、ある意味、発表の時点から既に答え合わせを食らっておりました。
 今のところ、コロッセオはRアガリアレプトで蹴り払う時の後押し程度の理解ですし、バフという概念もフォラスのアタック強化やネクロゴリ押し以外意識した事が余りありません。
 幼い頃からRPGは攻撃技ばかり選択し、格闘ゲームは必殺技ぶっぱだったツケが回ってきた節を感じます。これを機に勉強していけたらと思います。
 イベントタイトルが「優しさ」となると、ウシを屠る事に抵抗を感じて闘牛失敗してしまったとかなのでしょうか。筋肉イベでウァプラと問答した後でそれでは今更感があるので、これでは安直すぎますかね。

 期間限定依頼の報酬に尻を叩いてもらって9章2節までクリアしました。
 9章1節および2節……これは……これは……!
 押し寄せるものが多すぎると言いますか、何からどうコメントしたものか……そうかこれだったのか……!
 コメントの本題とは別の点で気になるのは、ヴァイガルドに送られる幻獣の「条件」ですかね。
 幻獣牧場の、特にみすぼらしい女の管理下の幻獣は、メギドラルでの仕込みさえ忘れさせるほど安定した環境で育てられているという事で。
 あと、ベイグラント攻略がつらいです。ある程度安定攻略できてますが、覚醒スキルされたら撤退ほぼ確定です。

 最後に次回予告。
 ザガンさん同様、ハルファスのオリジナル過去話に入ります。
 筆者が遅筆すぎるせいで既にハルファスがリジェネし原作過去話が出てきたので完全にウソロモンですが、何卒大目に見ていただければと。
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