罪人イベント前に考えた内容のため、原作とはハルファスの出自が大きく異なります。
予めご了承下さい。
※ここまで前書き
いつかのヴァイガルド。朝早く。イーバーレーベンのとある武器屋。
今日も、手慣れた平手打ちの音が爆竹のように軽快に響いた。
母親
「この悪ガキが! また買い出しの駄賃が合ってないじゃないか!」
「私が言った通りに買えば、お金が途中で足りなくなるはず無いんだよ!」
「今度こそ余計な物買ってきたんだろう意地汚い! とっととお出し!」
頬を張られた幼いハルファスが、よたよたと姿勢を直しながら口を開く。
ハルファス
「ごめんなさい。言われた物しか買ってないけど、いつものお店で幾つか売り切れてて……」
母親
「フン! それで何でまともに買うより残りが少ないんだい! 誤魔化すにしたって少しは頭使いな!」
ハルファス
「ごめんなさい。前にも売り切れてた時、そのまま帰って、お母さんに叱られたから」
「『だったら他の店で買うくらいの事するもんだ』って。だから、別のお店を探して──」
母親
「だから『私悪くないもん』とでも言いたいのかい、フン、嫌味ったらしい!」
また平手が飛んだ。
母親はハルファスを詰る合間にしきりに鼻を鳴らしている。どうやらクセらしい。
母親
「無責任にも程があるよ、いい年こいて! 何だってそうオマエは自分で物を考えないんだい」
「それで倍近い値段ぼったくられたって? 値札くらい見えるだろうにわざとやってんのかい!?」
ハルファス
「ううん。他のお店も探したけど、そこしか売ってなかったから──」
更に頬を打つ音。ハルファスが床に手をつき、いそいそ立ち上がる。説教されてる時は立って聞くのが暗黙の了解だった。
ちなみにこの頃のハルファスは、年齢にして8つか9つくらい。
母親
「武器屋の娘のクセに相場も考えずホイホイ買ってくるなんてどうかしてるよ、本当に!」
「どんだけ親を悲しませりゃ気が済むんだろうねこの子は。あたしゃ情けなくて言葉もないよ!」
ハルファス
「ごめんなさい。『そうば』っていうの、教わった事無かったから──」
母親
「フン、またそうやって人のせいにする!」
「毎日汗水垂らして働く親と暮らしてて、どうしてそうボサ~っと生きてられるんだいオマエは!」
「そうアホみたいに毎日生きてるとね、オマエもお父さんみたいな男しか嫁の貰い手なくなっちまうよ」
「あんな甲斐性もロクデも無い男に仕方なく貰われるなんて、オマエも嫌だろう。ええ?」
ハルファス
「えっと……よく分からない」
母親
「良い事と悪い事の区別もつかないのかい!? 少しはマジメになれないのかいオマエは?」
「こんなに大切に育ててやってるのに、なに考えてりゃそこまで親不孝で平気な顔できるんだい!」
ハルファス
「えっと……ご、ごめんなさい……」
男の声
「おい、朝っぱらからうるせえぞ」
廊下からノソノソと中年の男が現れた。
母親
「ああ、お父さん。見なよこれ、買ってきた品と、これが駄賃の残りだよ」
父親
「あ? ……あぁ~、こりゃあ」
母親が指差したゴルドと買い出しの品を、父親が頭をポリポリ掻きながら見る。
程なくして父親はのそりとハルファスに歩み寄り、その脳天にゲンコツを落とした。
ハルファス
「あぐっ……!」
父親
「程があるだろ、バカ! ウチは金ばら撒くような物好きじゃねえ、しがない武器屋なんだぞ!」
ハルファス
「ご……ごめん、なさい……」
ハルファスは頭を押さえて、小動物のように震えて痛みをこらえながら返事した。
父親
「いちいち痛そうにしてんじゃねえ、シャンとしろ! 殴った俺や母さんの手だって痛えんだぞ」
「イーバーレーベンはクズばっかなんだ、絞れるやつはガキでも搾り取ろうってヤツしか居ねえ」
「一度でも金を渡しちまえば、オマエはもうカモだ。クズ共があの手この手ですり寄ってきやがる」
「その痛みがオマエのやった事の重さだ。オマエのためにやってる事なんだぞ、震えてんじゃねえ!」
ハルファス
「は、い……」
父親がハルファスを罰する傍ら、母親の目がキッとハルファスの向こう、廊下の陰を見た。
睨みつけた先で、パジャマ姿の幼女がビクリと身を強張らせた。
幼女
「(み、見つかった……)」
母親
「『イラーネ』! 起きたんならちゃんと家族に挨拶しな! オマエも嫁の貰い手なくなるよ!」
イラーネ
「ぅ……お、おはよう、お母さん、お父さん……」
父親はハルファスがまだ痛そうにしているのを叱るのに夢中で、イラーネに見向きもしない。
母親も挨拶を促しておきながら、眉1つ動かさず話を続けた。
母親
「返事したならチャッチャと動きな! 姉妹揃ってそんなんじゃ立派なレディになれないよ」
「とっとと顔洗って、着替えて、朝食済ませな。私もお父さんも暇じゃないんだから」
イラーネ
「え……?」
母親
「なに不思議そうな顔してんだい。買いそびれの分、オマエが代わりに買いに行くんだよ」
イラーネ
「は……はい」
イラーネは横目にチラリと姉を見て、すぐさま虫の鳴くような声で答えた。
その時もまだ父親は、湧き水のように溢れ出す言葉でツバを飛ばしてはハルファスを指で小突いたりしていた。
イラーネ
「(……『無駄』だ)」
「(正しいも、悪いも……強いも、弱いも……)」
「(ここには、『無駄』しかないんだ。言う事も、やる事も、全部『無駄』になるんだ)」
・ ・ ・ ・ ・ ・
イーバーレーベンの街中。そこそこ人で賑わう通り。
イラーネが体いっぱいで荷物を持ち上げて家路を急いでいる。
イラーネ
「フゥ……フゥ……」
「(息継ぎは、変えない。気にすると苦しくなるから)」
「(他の人を見ない。目を合わせると騙してくるって、お父さん達が言ってた)」
「(何も考えない。何も見ない。聞かない。悪者は気になる事して人を『釣る』って、お父──)」
急に響く大声
「そうとも!! これを聞き逃せば、希望も未来も全てが『無駄』になる!」
イラーネ
「!?」
思わず振り向いてしまったイラーネ。声は、今しがた通り過ぎたすぐ斜め後ろからだった。
意味ありげな薄汚れたローブを纏った男が、子供たちに囲まれている。
芝居がかった男
「この世界にはまだ、君たちの親も、そのまた親も知らない本当の『昔話』がある」
「この話は、間違いなく今に繋がっている。そしてヴィータの未来をも指し示しているのだ」
「確かな未来を知らなければ、叶わぬ夢に努力し、最後に全ては無駄だったと絶望する事になる」
濁った瞳の少年
「ウっソくせー、吟遊詩人だって今時もうちょっとマシなフリ入れるぜ」
冷めきった笑顔の少女
「こいつペテンだよ、人さらいだ」
「おいコラ人さらい、突き出されたくなけりゃ出すモン出せよ」
芝居がかった男
「ああ良いとも、お菓子でも小遣いでも幾らでもくれてやるとも」
「私は商売などのためにこの地へ訪れたのではない。真に君たちへ伝えるためなのだから」
「これは『智の番人』より受け継いだ話……約束された、世界の最果てへの道……」
イラーネ
「……」
「約束、された……世界……」
イラーネは、買い出しの荷物の重さも忘れて立ち尽くしていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
その夜、イーバーレーベン、ハルファス達一家の武器屋。
夫婦の寝室の扉がノックされる。
母親
「なんだい、ようやく寝付けそうって時に……?」
「お父さん……は違うようだね」
父親
「ごがー、んごご……ごごっ」
父親は隣のベッドで大いびきで寝入っている。
渋々とドアを開けると、そこにはイラーネが立っていた。
母親
「イラーネ? こんな時間に起こすんじゃないよ、また何かやらかしたのかい」
イラーネ
「……違うの」
母親
「じゃあ何だってんだい、人の迷惑考える心があるなら、とっととハッキリ言いな」
「歯磨き教えたのも、タダじゃないパジャマ与えてやったのも、マトモな男に嫁げるためなんだよ?」
「だのに夜更かしなんて覚えちゃ台無しじゃないか、どうしてこう子供ってのはいつもいつも──」
イラーネ
「……て、ほしいの」
母親
「なぁにぃ?」
イラーネ
「こ……今夜だけ……一緒に、寝させてほしい、の……」
母親
「はぁ? フン、あっきれたねぇ全く。あんた今年で幾つだい?」
「私はね、もうオマエ達の夜泣きの面倒2人も見てきた頃みたいに若くないんだよ」
「オマエね、親を都合の良い道具か何かだと思ってるなら大間違いだからね」
寒い夜でもなしに、イラーネの体が震えている。
それを確かめる明かりが点いていないのも確かだが、母親が震えに気づく様子は無い。
母親
「第一、いま何時だと思ってんだい? 何でそれっぽっちの事を寝る前に言わなかったんだい」
イラーネ
「…………」
「……もういい」
母親
「あ?」
イラーネはそれ以上答えず、踵を返してトボトボと子供部屋へと戻っていった。
母親
「あ、ちょっと……フン、何なんだい本当に」
「あれが親に向ける態度かねえ。大人をナメる事ばっかり覚えるのが早いんだから」
「……フン、まあ良いさ」
暗闇に消えてくイラーネの背中を見送りながら、母親は何やら満足げな笑みを浮かべる。
母親
「やっぱり子供なんて、いつまで経っても可愛い甘えた盛りって決まってるんだねえ」
「でも、あの子も自立した立派な女になって、良い男を捕まえてもらわにゃならないからね」
「今は心を鬼にして突き放しても、いずれあの子達も、私がどれほど愛情深い親か分かるはずさ」
「いつだって、お母さんの言う事は全部正しかったんだってね……フフ」
人情味を満面に溢れさせたしたり顔で、母親は扉を閉じ、ベッドに戻っていった。
一方、子供部屋でイラーネは1人、シーツで体を縛るように包んで震えていた。
イラーネ
「……『無駄』……全部、『無駄』なんだ……」
「あの変な人の話……ハルマゲドン……赤い月……世界は、もうすぐ全部、壊れて無くなる」
「世界なんて、きっと初めから……私を『無駄』にするために作られてたんだ……!」
「私を……私を『いらない子』にするように、世界はできてるんだ!」
イラーネは、とある夜の事を思い出していた。
その夜、些細な用でベッドを抜け出したイラーネは、まだ起きていた両親の夫婦喧嘩を立ち聞きした。
その内容を聞いたイラーネは、初めからそこに自分が居なかったかのように、物音を立てずに子供部屋へと引き返した。
ある夜の父親
「オマエな! 勝手にヘンなモノ発注するなって言ってるだろ! ウチを潰したいのか!?」
ある夜の母親
「店のためを思ってやってあげてるって言ってんだろう、見る目ってモンが足りないんだから」
「今時は何の店だろうと、客の目を引いてこその時代なんだよ」
「この店は昔気質でダサすぎるっていつも言ってんだろ。いいかい、私はね──」
ある夜の父親
「『実家が服屋の私のセンスに狂いは無い』ってんだろう? もう聞き飽きた!」
「ならそのご自慢のセンスで説明してみろ、あの斧はどういう客がどう使うんだ!?」
「金メッキやら石飾りだのゴテゴテ付けた斧で木こりでもやりたい女が居るってか?」
「それもあのデカさで! 毎日品出しで甲冑運んでる俺でも持ち上がりやしねえ!」
「運搬道具代までかかる斧で一体誰が何を切るのか、言ってみやがれってんだよ!」
ある夜の母親
「あーあー何て女々しい男だろうね、アレもコレもアタシのせいにしようってか、フン!」
「いつも店主だ亭主だ威張りくさってるクセに、そのくらい自分で考えようって気は無いのかい?」
ある夜の父親
「オマエがどんな客を意識して店の金に手ぇ付けたかって聞いてんだろうが!!」
「それにオマエの実家が潰れたのも、俺のトコに転がり込んだのも、そこら中で噂じゃねえか」
「思いつきの服を勝手に作らせて売れもしねえ、男にもケチ付けるばっかで行き遅れたってよ!」
ある夜の母親
「妻の言葉より噂信じるってのかい!? あーそうかい、ならこっちも言わせてもらおうか!」
「この店潰すかどうかだったら、アンタの方こそ怪しいんじゃないのかい!」
「『作る気の無かった二人目』を立派に面倒見てやったのはどこの誰だと思ってんだ!?」
「それとも店の外から冷やかし浴びるのがお望みだったのかしら?」
「『おたくの店は、厄介な客も招くだけ招き入れて間引くんですか』ってさぁ!」
ある夜の父親
「オマっ……言って良い事と悪い事の区別もつかねえのか!?」
ある夜の母親
「フン、先に区別捨てた方が偉そうにするんじゃないよ! 女を何だと思ってんだい!」
今でもイラーネは、その時の両親のやり取りを一字一句、漏らさず思い出せる。
気分としては泣き出したいが、目は渇いて、冷や汗と不快な味の唾液ばかり増えて、心臓が煩わしいほど鳴り響いている。
イラーネ
「あの斧、今もずっと店に飾られっぱなし……売れないから、きっとお金も減ったまま」
「パジャマのお金、歯ブラシのお金、今朝の買い出し……」
「『無駄』になった分は、きっと一番いらない私の分から無くなってく」
「私は、もうすぐお腹が減るか、病気になって死ぬんだ」
「ここから逃げても、行く所なんてない。生き方なんて知らない」
「……ううん、いらない子なら、その前に追い出されて、道端で死ぬんだ」
「そして、それでも、私なんかに奇跡が起きても……ただ死ねなかっただけでも……」
「すぐに世界が終わる……何をしても、怖い世界が壊れる怖さの中で、いらない子のまま……!」
「うぷっ……ぐっ……!」
胃の中の物が喉を焼くほどこみ上げたが、咄嗟に飲み込み直した。ベッドを汚せばまた叱られる。
イラーネ
「はぁ、はぁ……た……たすけて……」
「誰か、助けてよ……今だけ、そばに居てくれるなら、誰だって……誰か……」
「……お……おねえちゃん……」
イラーネは殆ど這うようにベッドを抜け出し、寝室から廊下へと逃げた。
一方その頃、武器屋の店舗部分の部屋で、ハルファスは1人、品物の掃除をしていた。
ハルファス
「……ふあ……」
「眠い……けど、ちゃんと掃除しないと。ちゃんと買い物できなかった罰だから」
「埃や曇りがあると、お母さんがすぐに見つけるから。また叱られちゃう……」
「ふぁ~あ……でも、あとはこれだけ」
「この斧、大きくて背も高いから大変だけど……」
「これを拭いて、他の武器も並べ直したら、全部おしまい」
目立つ所に立てかけられた、巨大な斧を見上げるハルファス。
斧以外にも、比較的派手な武器類を周囲に立てかけている。
周囲の斧以外の武器は、普段は壁の高い所に掛けられている殆ど展示用で、幼いハルファスには上げ下ろしだけでも一苦労なので、先に手入れだけ済ませてある。
斧の埃を落とそうとしたその時、店の奥、住居部分に繋がる扉がキイと鳴った。
ハルファス
「あれ? ……あ、イラーネ?」
イラーネ
「お、おね……おねえ、ちゃ……」
イラーネは、扉を閉めるのも忘れてハルファスに歩み寄った。いつでもどの扉でも一度開けた瞬間から「ちゃんと閉めろ」と、閉める素振りを示す僅かな時間すら許さず注意されていたが、それどころでなかった。
掃除のために明かりを灯していたのもあって、イラーネが膝までガタガタと震わせているのがハルファスの目に見て取れた。
ハルファス
「ど、どうしたの? どこか、具合悪いの?」
イラーネ
「おねえ、ちゃん……私……私……」
「し……死にたぐないぃ……!」
ようやく涙が堰を切り、ほぼほぼ倒れ込むようにハルファスに抱きつくイラーネ。
ハルファス
「え? わ、あ……!」
「えっと……イラーネ? 何かあったの? 私、よく分からなくて……」
イラーネ
「だって、だっで、ゔぇ、ぅ、ひぐ……」
「だって……『ハルマゲドン』がぁ……」
ハルファス
「……!」
「……『ハルマゲドン』……」
「(……あれ?)」
「(『ハルマゲドン』……聞いた事、ある気がする?)」
イラーネ
「おね゛が、おね゛、ぢゃ……たずげて……!」
「ねむれないの……怖いのやだよぉ……もうやだよぉお!」
ハルファス
「イ、イラーネ、落ち着いて」
「あの、えっと、今もしかしたら危な……あ!」
前後を見失ったイラーネが力の限りハルファスに抱きつき、ハルファスは掃除の疲れも手伝って、押されるままによろめいた。
立てかけていた幾つかの武器に腕がぶつかり、切っ先を地面に立てた武器類がバランスを失い、ドミノ倒しのように床に倒れた。
背後の斧に背中が当たり、装飾で不安定な石突と、宙空に重心を置いて聳える刃とが、確かに揺らいだ。
イラーネ
「あ……」
ハルファス
「たおれ……イラーネ、危ない!」
「……!」
斧の陰になって段々暗く染まっていくイラーネの表情が、ハルファスの目に焼き付いた。
現在と未来の全てを否定する証拠を目にしたような面持ちだった。
幼いハルファスが、妹の弛緩して斧だけを見つめる様を見て、咄嗟に思い浮かべた感想は一言。
「死んでる」。
本物を見たことの無い歳でも確信した。それは死体の顔だった。
頭の中で、ヴィータとして生まれて今日までの生活が早回しで駆け巡った。
ハルファス
「(……)」
「(……『ハルマゲドン』)」
「(……の……ちょっとした……)」
頭の中で、確かな像と言葉が駆け抜けた。
黒衣のメギド
「少なくとも、『ハルマゲドン』のちょっとした邪魔くらいには役立てるはずだ」
黒衣のメギド
「オマエの名前だ」
「それが『証明』になる。俺がオマエを、この世界に存在して良いと認めた『証明』──」
「オマエがダレカに『見つけてもらった』という、世界に刻むオマエの『証明』だ」
サタン
「俺は、サタンだ」
武器類が床に転がる音に紛れて、一際重くガツンと、床以外の物体に金属の激突する音がした。
イラーネ
「……え?」
「な、え、……おねえちゃん?」
「なに……何が、起きて……?」
ハルファス
「……えっと……」
「ごめんなさい。私にも、よく、分からないかも」
ハルファスはイラーネの顔を覗き込むようにして、いつも通りの調子で答えた。
状況だけ見れば推測は容易かったが、それでもハルファスには結論を選び出す事は出来なかった。
ハルファスはイラーネを抱きしめて座り込んでいる。
その後頭部に、斧の刃を支える中心部分が寄りかかっている。
直前までの位置関係でなら、ハルファスの頭に乗るのは刃部分より手前の柄のはずだった。姉妹二人の顔を並べたより広い刃部分の面に潰されるのはイラーネのはずだった。
ハルファス
「とりあえず……これ、戻した方が良いよね? ちょっとだけ、待ってて」
ハルファスは背後の斧に横目を向けてから、イラーネを放して、するりと立ち上がり、斧を元あった場所に立てかけ直した。
イラーネ
「え、ちょ、え、え……!?」
「お、おねえちゃん!? そ、それ、斧……お、お、重くないの!?」
ハルファス
「え? あ」
「えっと……一応、重い……かな?」
「でもこれ、お父さんでも持てない斧だったよね。私、何で持ち上げられたんだろ……」
イラーネ
「えぇ~~……」
・ ・ ・ ・ ・ ・
その後、子供部屋。
1つのベッドで横になるハルファスとイラーネ。
ハルファスが「よく分からないけどとりあえず」と言った感じでぎこちなくイラーネを抱いている。
イラーネ
「あの……おねえちゃん?」
ハルファス
「ん。なに?」
イラーネ
「お店の品物……本当に、あのままにしちゃって良かったの?」
「お母さん達、起きてこなかったけど……散らかったお店見たら、おねえちゃん怒られちゃう」
「斧も場所は戻したけど、掃除し直さないと……私、落ち着いたから手伝えるよ?」
ハルファス
「うん。きっと、お父さんもお母さんも、物凄く起こる気がする」
「もう一回、戻った方が良いのかもしれないけど……よく分からない」
イラーネ
「『分からない』って……」
ハルファス
「分からないけど……何だか、離れられない」
「多分だけど、何が起きても……お母さん達に怒られても、イラーネから離れられないと思う」
イラーネ
「おねえちゃん……?」
ハルファス
「イラーネは今朝、『ハルマゲドン』のお話を聞いて、怖くなっちゃったんだよね?」
イラーネ
「え、う、うん」
「赤い月っていうのが、お空に昇って、そしたら、ハルマゲドンが起きて……起きて……」
「せ、世界が、全部……どこに、どこに、逃げても……うぅ……」
ハルファス
「あ……!」
再び震えだすイラーネ。
ハルファスが慌て気味に、より強くイラーネを抱きしめる。
イラーネ
「うっ……げふ、おねえちゃん、つ、つぶれる……!」
ハルファス
「あ、ご、ごめん」
ちょっと緩めた。
イラーネ
「けほ……おねえちゃんって、こんなに力持ちだったの?」
ハルファス
「そう……『だった』のかも。私も、よく分からない」
イラーネ
「……」
「ふふっ、変なの」
ハルファス
「うん。イラーネが言うなら、変なのかも」
イラーネ
「もー、何それー。ふふふ……」
震えもピタリと収まり、自然な笑顔を見せるイラーネ。
ハルファスが普段と変わらない、キョトンとしたような顔のまま答えるので、それが一層イラーネには可笑しく思えたようだ。
ハルファス
「……ねえ、イラーネ」
イラーネ
「なに?」
ハルファス
「私、どうして良いか分からないし、何もできないかも知れないけど……」
「けど……私、イラーネを守りたいって思ってる。ハルマゲドンから」
「きっと……ううん。絶対に」
イラーネ
「おねえちゃん……」
ハルファス
「……多分」
イラーネ
「そこはバシッと決めようよ……」
ハルファス
「そう思ったけど、決められなくて……」
イラーネ
「私も……明日、おねえちゃん、きっと怒られちゃうだろうけどさ」
「お母さん達が怒ってる間、怖くて何もできないと思うけど……」
「片付け、私も手伝うね。もし手伝えなくても、おねえちゃんの代わりに沢山働くから」
ハルファス
「うん。ありがとう」
イラーネ
「おやすみ。おねえちゃん……」
姉に埋もれるように目を閉じたイラーネを見つめながら、ハルファスはこの後どうしていいか分からないので、イラーネを優しく抱いた姿勢をジッと保ったまま、同じく瞼を伏せた。
ハルファス
「(……)」
「(私が何かすると……誰かの『迷惑』)」
「(後悔しかしなくて、良い結果にならない。振り撒く……『害悪』)」
「(そうなのかな。そうかもしれない。お使いも、お店の掃除もダメだった)」
「(でも……イラーネは、私を頼ってくれた。言う通りにできた。喜んでくれた)」
「(私が、こんな私のままで居るのに……私は、イラーネを安心させられた)」
「(これって、良い事……だよね?)」
「(今夜の、イラーネとの事だけは後悔しないって……そう思っても良い……よね?)」
※ここからあとがき
非常に間が開きましたが、完全に手を止めたわけでは無いので、完結まで頑張りたいと思います。
ザガンさんもグレモリーもハルファスもすっかり公式で掘り下げられましたが、もうここまで来たら遠慮なく当初の予定のまま書き上げるのも怖くないかも知れません。
・東征編について
ムチャリンダ絡みでもう暫くザガンさんの出番が続いてくれそうなのが有り難いです。
随分前にメギドとして香香背男を妄想した事ありましたが、カクリヨの大物として名前が埋まりましたね。
筆者の妄想の中では、メギド72の航空戦力が充分でない印象あったのを元に思いつき、高高度を浮遊する能力を持つメギドを思いつき、メギドラルのロストテクノロジーな武器を使う遅延行動メインとか性能まで考えてました。
他にオリエンタルな名前で考えた事があるのは、
シユウ(蚩尤)
ギューキ(牛鬼)
ラーヴァナ、
ヴァジュラヤクシャ、
サルメ(猿女君)およびウズメ(天鈿女命)
カイジャク(海若、天邪鬼)
クィティエン(斉天大聖)
マドークシャ(火車)
パピアス(マーラ・パーピーヤス)
烏滸がましい話ですがこの先、埋まる名前があるかちょっと楽しみだったりします。