ヴァイガルド某所。馬車で移動中のソロモン一行。
キャラバンが品を収めるような大型の幌馬車に偽装してあるが、中は広く、座席や窓まで設えてある。多少間取りは異なるが、大まかには列車の客席を思わせる造りだった。
途中、通りすがりの幻獣など退治して、一息ついている。
ソロモン
「──光の通り道?」
バルバトス
「ああ。栄えていた頃の『アブラクサス』は、吟遊詩人の間でそう歌われていた」
「今となっては語りの場での出番も無くなり、むしろ歴史の分野になりつつあるけどね」
ザガン
「ちょっとロマンチックそうな名前だけど──」
「光なら、今ここにも通ってるし、特別って感じはあんまりしないなあ」
時刻は正午少し前。天気も良好である。
バルバトス
「かつては、ヴァイガルドに光は存在しなかったと言われてるんだ」
「アブラクサス一帯の地方の言い伝えではね」
ソロモン
「光が……? どういう事だ?」
バルバトス
「この辺りにはエルプシャフト以前から伝わる民間伝承があるんだ」
「言い伝えではかつて、世界には暗闇と混沌しかなかった」
「しかしある時、何か力のある存在が世界に降り立った」
「その存在は、ある場所で光を掘り当て、それでまず、最初に光に照らされ空が生まれた」
「続いて大地が生まれ、海が生まれ、命が生まれ……そして今のヴァイガルドが出来た」
「歴史の古い土地にはよくある、創世神話ってやつさ」
ソロモン
「この世界が最初にどうやって生まれたか……っていう類か」
バルバトス
「更に言えば、この創世神話、幾つかの伝承がモデルになってる」
「アブラクサス周辺でも文化は色々でね」
「神話と違う伝承を持つ村々が幾つかあって、後から神話にあやかったんだ」
「最も古くスケールの大きい神話に、ウチの言い伝えも関係ある事にしようってね」
ハーゲンティ
「あっ、あたい似てる話知ってる!」
「『ウチの婆ちゃんは王さまの爺ちゃんの隠し子だから財産ちょっとくれ』ってやつだよね!」
エリゴス
「そりゃただの詐称だ……」
バルバトス
「ま、実態は似たりよったりだけどね。お話に実在の法律は関係ないってやつで」
「例えば今の周辺領の一つに、古代戦争後に生まれた、こんな言い伝えがある」
「その地に生まれたとあるヴィータは、誰より強く逞しく、そして美しく成長した」
「そのヴィータは人智を超えた力を振るい、土地と民を守るため、昼夜を問わず戦い続けた」
ソロモン
「古代戦争以降って事は、追放メギドの可能性もありそうだな」
ザガン
「クロケルとかシトリーとか、思いっきり語り継がれてるしね」
バルバトス
「俺もそう思う。とにかく時代が下るに従って、この守り主は創世神話と結びついた」
「光を掘り当てた存在……世界の造り主は、この守り主と同一人物という事になったんだ」
ハルファス
「でも、守り主はヴィータから生まれたんでしょ?」
「光を掘り当てたのは世界が生まれる前だから……どっちが正しい事になるの?」
バルバトス
「どっちも正しい。言ってしまえば、辻褄合わせってのは後でどうにでもなるのさ」
「追放メギドのように、光を掘り当てた造り主と、地元の守り主は同じ魂の持ち主って事さ」
エリゴス
「同じつったってなあ……ヴァイガルドの魂は地に還るもんだろうよ」
「それともアレか、世界の造り主サマの方は、あたしらと同じメギドだったとか?」
バルバトス
「魂が大地に還るって信仰自体がエルプシャフト以降だからね。まあ事実でもあるけど」
「当時この辺りでは、魂は幾度となく生まれ変わると信じられてたんだ」
「時にヴィータに、時に犬や虫、花に。命を終える度に終わり無く……ね」
ソロモン
「魂がフォトンになって自然を循環するのとは、似てるようでちょっと違うんだな」
バルバトス
「そう。似てるから、今の考え方が入ってからも軌道修正は難しくなかったんだろうね」
「今では、造り主の魂は余りに強大だから、大地に還っても形を保つのだと言われてる」
エリゴス
「つまり、魂を維持したまま自然の中を循環してんのか?」
ハーゲンティ
「どっかで詰まっちゃったりしないのかな……」
バルバトス
「はっはっは、詰まるってのは斬新だな。そのアイディア、後で買おう」
ハーゲンティ
「マジで!? あざぁっすっ!!」
バルバトス
「まあ詰まりはしないらしくて、造り主の魂は延々とこの世界を循環する」
「そしてその魂と精神は、いつかの時代、どこかの命に宿って姿を現すのさ」
ザガン
「昔と今の考え方、両方を上手く取り入れたってわけだね」
バルバトス
「そして、さっき話した守り主の方の名が──『シュラー』だ」
「今では光を掘り当てた存在の名も『シュラー』って事になってる」
「造り主は名を持たない存在として伝えられてたから都合も良かったんだな」
ソロモン
「アブラクサスの長の名前……! そうか、そこから来てるのか」
エリゴス
「さっきの話で考えると、アブラクサスの長はシュラーの生まれ変わりって具合か」
ソロモン
「世界の創造主で、人々を守るために戦うヴィータの名で崇められる……」
「それくらい、長は住民たちにとって大きな支えって事か」
ザガン
「うーん……依頼の後の事を考えると、ますますやりづらくなるなぁ……」
バルバトス
「こればかりは割り切るしか無いよ。あるいは考え方を変えるかだ」
「シュラーを頼りに生きてるって事は、その庇護を抜けられないって事でもある」
「彼女たちを廃墟から出し、依存を断ち切り新たな生活を与える──」
「そのためには、一度革命を起こし、シュラーを否定しなくちゃならない。そうだろ?」
ソロモン
「それも、そうかもしれないけど……」
ハルファス
「あの……まだ分からない事があるんだけど、良いかな?」
「光を掘り当てた場所って、アブラクサスで合ってるの?」
「さっきのお話だと、どこで光を掘り当てたかって言ってなかったと思うけど」
バルバトス
「お、ナイスタイミング。一旦、話を戻そう」
「こういった事は、悩んでも一朝一夕で答えは出せないものだからね」
ソロモン
「わかった。俺も、一旦切り替えるよ」
バルバトス
「それが良いとも。さて、ハルファスの質問だが……答えはその通り」
「ただし、後付でそうなっただけってオチがつくけどね」
ザガン
「後付? 『アブラクサスから光が出た事にしよう』って誰かが決めたって事?」
バルバトス
「そういう事。アブラクサスはバラを機に発展して、浜辺の漁村から大都市になった」
「以降のアブラクサスは主に学問と芸術を重んじ、街の美観をどんどん高めたんだ」
「その大躍進と全盛期の美しさを讃えて、この地こそ『光の通り道』に相応しい……とね」
エリゴス
「丁度、空も地面も海もあってお誂え向きってか。まあ良いんじゃねえの?」
「しかも、大昔からバラ1つに10万も100万も出す物好きな奴らがいて──」
「その結末が廃墟ってのも皮肉が効いてるしな」
バルバトス
「ちなみに、当時の正式な二つ名は『巨都アブラクサス』」
「名前通り、そこらの領地の倍は軽く超える面積だった事から来てる」
「その発展ぶりから王都との交流も深く、ハルマを誘致した記録もあるほどだ」
ソロモン
「ハルマも一時期は暮らしてたって事か。殆ど辺境ってくらい離れてるのに」
「経緯はだいぶ違うにしても、エンゲルシュロスと似た所があるんだな」
バルバトス
「後から住んでもらったって形だから、親密さでは流石に差があるけどね」
「ただ、似通っている所があるのも確かだよ。例えば……」
「ハルマが何か独自の設備を作ったという噂はあるけど、証拠が出てない所とかね」
ソロモン
「そ、そこ持ち出してくるのは、ちょっとどうなんだ……」
ハーゲンティ
「ちょっとそこ詳しく! もしかして、お宝の隠し場所とか!?」
ソロモン
「いや、そう言うんじゃないんだ。余り面白い話じゃないけど……」
「エンゲルシュロスの地下には、ハルマの実験場があったんだ」
「その……ヴィータが何人も犠牲になるような、人体実験のための」
ハーゲンティ
「お、おおふ……」
エリゴス
「なんでえ、ハルマ様でも案外やる事やってんだなあ」
バルバトス
「折しもメギドと戦争中に考案されたものだからね」
「相手は手段を選ばず有利になる一方だ。選り好みして滅ぶわけにもいかない」
ソロモン
「でも、今回はそういう事は無いはずだよな」
「後で調べてみたけど、アブラクサスが出来たのは古代戦争の後だし」
バルバトス
「……本当に何も無ければ、と思いたいけどね」
ソロモン
「同じハルマ絡みだからって、そんな疑ってかからなくても……」
バルバトス
「単なる印象被りなら、俺だってさっき沈んだばかりの空気にこんな話題投げないよ」
「ただね。エンゲルシュロスの一件以来、ずっと気になってるんだ」
ソロモン
「エンゲルシュロスの頃って……もうだいぶ前じゃないか」
「それからずっと、バルバトスでも未だに答えが出せてないって事か? 一体何が……」
バルバトス
「古代戦争時代、メギドに対抗するために作り出してしまった『負の遺産』──」
「護界憲章以降、それらはどこに行ったんだろうってね」
エリゴス
「普通に壊すなり、ハルマニアに持ち帰るなりしたんじゃねえの?」
バルバトス
「だったら、エンゲルシュロスの実験場だって現代に残ったはずがない」
「実際、実験場の機能は停止していたけど、破壊はされてなかったんだ」
ザガン
「確か、エンゲルシュロスって昔はハルマの砦だったんだよね?」
「だったらハルマが堂々と出入り出来る街だから──」
「何か見つかっちゃマズい物があるなら、いつでも簡単に壊せたはずか……」
エリゴス
「言われてみりゃ確かに……なら何でわざわざ残しといたんだ?」
「後でハルマのイメージ悪くする事くらい、戦争で頭に血ぃ昇ってたって分かるだろうに」
ハーゲンティ
「わかった! 勿体ないから!」
エリゴス
「いやいや、勿体ないで取っとくには流石に──」
バルバトス
「大雑把に言えば、俺の考えも大体同じだ」
エリゴス
「マ、マジかよ……」
バルバトス
「だってそうだろう? 護界憲章は殆ど、ハルマとヴィータのために作ったものだ」
「だったら、フォトン不足で喘ぐメギドラルが協定一つを馬鹿正直に守るはずがない」
ソロモン
「そうか。不測の事態の備えか」
「護界憲章を作った頃、もうハルマはある程度、予測していたんだな」
「メギドラルが憲章の網を潜って、フォトンを掠め取ろうとする事を」
バルバトス
「恐らくね。よもやこんな形でやってくるとまでは思わなかっただろうけども」
エリゴス
「ならまあ、『勿体ない』ってのも分からないとは言えねえか……」
「いつか仕掛けて来るなら、折角用意した『力』だ。捨てるに捨てきれねえ」
バルバトス
「だがその『力』も、護界憲章の直後では流石に無用の長物」
「憲章を2,3日で踏み倒す事までは流石に無い。当分の置き場が欲しくなるはずだ」
エリゴス
「で、結局使わず終いってか」
バルバトス
「まあ、戦争の道具なんて、そうであるに越した事は無いけどね」
「時間が経てば、流石に経年劣化で実用に耐えない物が出てくるはず」
「そうなると、今度は残した記録がハルマのイメージを汚しかねない」
「だから実物は腐るに任せ、歴史だけ隠蔽したんじゃないかな」
ソロモン
「ハルマは種族として老化して、外の事に興味を失ってるってどこかで聞いたな……」
「それで……アブラクサスを隠れ蓑にして、そのまま遺物の管理を放り出した?」
バルバトス
「あくまで可能性の話だけども、ただ──」
「何しろ今回、どうも『きな臭い』からねえ」
バルバトスが視線を向けると、一行も、言わんとする所を察して注目する。
会話に参加しているメンバーの座席から少し離れた所で、グレモリーが一人、武器の手入れをしていた。
グレモリー
「私に気を遣う事は無いぞ。構わず続けるといい」
一行の方に見向きもせず、優雅に答えるグレモリー。
少し声を潜めて会話を再開する一行。
バルバトス
「何も言う事は無い……ってわけか」
ザガン
「イーバーレーベンで領主様に挨拶済ませてから、ずっとあの調子だもんね……」
ソロモン
「それに……説明を受けた時に『我々も』同行するとは言ってたけど……」
今度は窓の外を見る一行。
ソロモン達が乗る馬車とは別に、人間が乗るに丁度良いサイズの馬車が並行していた。
並行する馬車には、一般の馬車にも時折見かけられる簡素な窓が付いている。
窓から見える馬車内の人物が、一行の視線に気付いて、目だけ一行に向けた。
ガブリエル
「む?」
「……ふっ」
何がおかしいのか軽く笑んで、すぐに視線を自身の足元辺りに戻した。恐らく読書中か、公文書の類を査読しているのだろう。
エリゴス
「普段からあたしらに頼みっ放しのハルマが、わざわざ付いてくるたぁな……」
ザガン
「バルバトスの予感、本当に当たってたりして……」
ソロモン
「エンゲルシュロスの時も、密偵を送って遺跡を密かに破壊しようとしてたし……」
バルバトス
「自分で疑っといてなんだけど、そうなると今度はグレモリーが妙だけどね」
「王都にそんな企みがあるなら、あのグレモリーが簡単に足並み揃えるとは思えない」
ソロモン
「多分、シバがガブリエル達の不審な動きに悩んでるのを、グレモリーも承知してる」
「シバがどう思うか分かってて、シバの断り無く、ガブリエルと何か繋がりを持った事になる」
バルバトス
「尚更、そんな不誠実をグレモリーが認めた理由ってのが分からなくなるね……」
ザガン
「そういえば、お姫様は何であんなにしんどそうだったんだろ?」
ソロモン
「説明を受けた後、シバに聞いたんだけど……」
「何でも、ここの所、ずっとあちこちを走り回らされてるとかって」
エリゴス
「あちこちって、具体的には?」
ソロモン
「言葉通りだよ。エルプシャフトの、実際に行った事無い場所を片っ端から」
「東西南北……まるで世界地図を1から作らされてるみたいだって言ってたよ」
バルバトス
「何のためにそんな虱潰しみたいな……」
ソロモン
「それが……『何か危険な兆候が無いか探すため』としか聞かされてないらしくて」
ザガン
「『危険な兆候』って?」
ソロモン
「肝心のそこが全く。シバが説明を求めても同じ返事が返るばかり……」
「シバも『どこで何を調べれば良いのか分からない』って困惑してたよ」
「それも、何故かガブリエルは同行しないで、カマエルとだけ」
「カマエルも何も聞かされてないから、今にも噴火しそうになってるって」
ハーゲンティ
「うへえ、暑苦しいのにゾッとくる……」
バルバトス
「ガブリエルが別行動ってのがますます怪しいね。シバも気に病むわけだ」
「しかもアンチャーター探しみたいな、大まかな目標すら無いと来た」
「ちょっと、信じられないレベルだな。『重い盾』の王都なはずなのに……」
ソロモン
「『軽い剣』の俺だって、こんな仕事やらされたらって考えるだけでうんざりしてくる……」
ハーゲンティ
「お宝の地図も無しにお宝探すようなものだよね。わかる、あたいわかっちゃう……」
「そもそも都合の良いお宝なんて無いかもしれない。そんな事は分かってる──」
「でもそうでもしなきゃ、お宝でも見つけなきゃやってられない生活が待ってるから!」
「しかもお宝探しで無駄にした時間とセットで! 苦行ってレベルじゃないよ!」
バルバトス
「それは現実から目を逸らしてるだけじゃないかな……」
ザガン
「そこは流石に、地道にコツコツ働こうよ……」
エリゴス
「そもそもそんなしょうもない仕事、何だってシバの女王がやらなきゃならないんだ?」
「いつもみたいに騎士団パシらせりゃあ良い話だろうに」
バルバトス
「本来ならそうするのが当然だけど、騎士には任せられないのかも……」
「余程の機密に関わるか、その『兆候』の正体がハルマを必要とする程の『危険』か……」
ソロモン
「でも、それもそれで怪しすぎる」
「『兆候』の正体をシバに説明できてないって事は……」
バルバトス
「うん。危険と分かっていながら正体が掴めてないか、シバにも言えない何かって事だ」
「捜索を命じたであろう、王さまやガブリエルすらも、ね……」
ザガン
「でも、グレモリーは何か知ってるかもしれないって事だよね……?」
「ガブリエルと協力してるし、今回の依頼も王さまと一緒に出してるし……」
再びグレモリーを見る一行。
武器の手入れを終えたグレモリーはリラックスした様子で、依頼に関する書類の束を読み直している。
エリゴス
「やっぱり、一度ビシッと言ってやった方が良いんじゃねえか、ソロモン?」
「『あからさまに腹に一物抱えといて本当に協力する気あんのかー』とかよ」
「それにほら……あの……」
「ここしばらくさ、仲間内でギクシャクする事もあったし……」
ソロモン
「俺もだいぶ考えたけど……多分、それは『やるべきじゃない』んだと思う」
バルバトス
「俺も同感。『やるだけ無駄』というのもあるけど、別の意図がある気がするね」
ザガン
「別の意図?」
バルバトス
「依頼の説明に入った時点から、怪しさが露骨すぎるんだよ」
「つまり、俺達が怪しんで、『考える』。そうなるよう仕向けたいんだ」
エリゴス
「ちょっかい出されたくらいで音を上げてちゃナメられるってわけか。ふざけてくれるぜ」
ソロモン
「不安はあるけど、俺達は仲間としてグレモリーを信じてる。それはグレモリーも同じはずだ」
「その信頼の上で、こういう形を取る理由があるんだと思う」
ザガン
「理由って……?」
ソロモン
「まだ分からないけど……多分、『試してる』」
「きっと、俺達がグレモリー達の思惑を見抜けるかどうかは、大した問題じゃないんだ」
「正解とか確かな基準は無くて、この状況で俺達のとる行動から、『何か』を見定めたいんだ」
バルバトス
「筋書きが読めない事に変わりはないけどね」
「シバの冷遇に、王さまに不信が飛び火する恐れもあるあの態度だ……」
「ハルマが『試験』を提案して、グレモリーが思う所あって監修……か?」
エリゴス
「グレモリーがかぁ……?」
ザガン
「でも、ちょっと有り得そうな気がしてきたかも……」
「グレモリー、自分にも他人にも厳しいし、いざとなったら苦しい決断とかもできそうだし」
一行
「……」
一行の間で、「グレモリー達についてこれ以上考えても、今は良くないことにしかならなそうだ」という空気が充満する。
エリゴス
「……あっ」
「だったらさ、ポータルで飛んだ街の領主、あのおっさんとか手がかりにならねえかな?」
「あたしは外回りに出てたから良く知らねえんだけど」
バルバトス
「ああ、イーバーレーベン領主の……確かマンショって名前だったな」
「彼は、どうだろうな……人畜無害が服着たような御仁だったからねえ」
ソロモン
「挨拶した時も、特に不審な点は感じなかったな」
「協力してるって事は、連名依頼者の一人って可能性はあるけど──」
「ハルマ主導の考えを、一介の領主や貴族にどこまで共有されてるかも微妙な気がする」
エリゴス
「そっかあ……まあ、期待はしてなかったけど」
ザガン
「イーバーレーベンで貴族って言えばさ、ウァサゴには声かけなくて良かったの?」
ソロモン
「うん。会えたら挨拶くらいはとも思ったけど……」
エリゴス
「ウァサゴ?」
ザガン
「イーバーレーベンから馬車で移動するからって、ポータルで来たでしょ?」
「その時さ、フォカロルの帳簿にウァサゴがポータル使った記録があったんだよ」
ソロモン
「行き先も同じイーバーレーベン。それも、依頼の説明があったあの日に行ったきりだった」
エリゴス
「あっ、じゃあソロモンの誘い断った理由がイーバーレーベンって事か」
ソロモン
「うん。それから今日まで滞在してる。何が用事があるんだと思う」
「一声くらいかけて行こうかとも思ったけど、帳簿を見たら、気が引けちゃって……」
ザガン
「帳簿? 何かあったっけ?」
ソロモン
「何気なく、過去のポータルの使用履歴を見たんだ。そしたら──」
「不定期に、ウァサゴがポータルを使った記録が幾つも有ったんだ」
「全部イーバーレーベン行き。数日から一週間くらい滞在してる」
エリゴス
「あー……通い詰めてるな」
ソロモン
「人に会うにしては、ちょっと頻繁な感じっていうか……」
「多分、何か時間のかかる用があって、ずっと取り組んでるんだと思う」
バルバトス
「それに、ウァサゴは決して横着するようなタイプじゃないからね」
「なのに一つ所へ行くのにポータルを使うのは、移動の時間も惜しいって事かもしれない」
エリゴス
「一人で来てるって事は、アジトとは切り分けたいってのもありそうだしな……」
ソロモン
「うん。だから、そんなウァサゴに気安く会いに行っちゃうのは……」
「何ていうか、ウァサゴの集中を乱しちゃうんじゃないかって」
ザガン
「それ、ちょっと分かるかも」
「ショーが始まる直前とか、急に友達に会っちゃったりすると緊張が解けちゃうし」
バルバトス
「まあ、会いに行こうと思った所で、イーバーレーベンの領内には居なかったろうしね」
ソロモン
「え?」
バルバトス
「エリゴス。ポータルで移動してすぐ君に頼んだ事、覚えてるかい?」
エリゴス
「もちろん。『庭の偵察』だろ?」
「アブラクサスとの取引記録が無いつっても絶対じゃねえから、調べられるもん調べとこうって」
ソロモン
「バルバトス、そこまで考えてたのか……」
バルバトス
「ふっふーん。抜け目ないのが俺の良い所さ」
「ま、エリゴスの調査も、俺の館内調査も大した手がかりは無かったわけだけど……」
「今、つながったよ。エリゴスの調べでは、俺達が発つ前から馬車が一台消えていた」
エリゴス
「気のいい使用人ばかりでよ、馬小屋に馬車の車庫も色々見せてもらったんだ」
「で、馬と馬車が一組分、きれいさっぱりだ」
「聞いてみたら、『とびっきりの物を馴染みの知人に貸し出してる』だと」
ザガン
「それが、何でウァサゴと繋がるの?」
バルバトス
「ポータルの設置場所、領主の敷地の中だろ?」
「なのにアポ無しで庭先に現れたウァサゴが驚かれてない」
「つまり、立場的に考えても、領主とウァサゴは結構な顔見知りだ」
「なら、用向きのあるウァサゴに手助けしないってのは、付き合い上よろしくない」
エリゴス
「お、何だかあたしもちょっと分かってきたぞ? も1つ頼まれてたアレ──」
「『それとなく領主の最近の交友関係や人の出入り調べとけ』ってやつだろ?」
バルバトス
「その通り。いやー、お株を奪われかねないというのに、不思議と嬉しさしか無い」
エリゴス
「へへっ、うるせーよったく」
ソロモン
「人の出入り……確かに、怪しい取引が無いか確かめるなら、必要な情報だな」
バルバトス
「ところが空振り。逆に領主はここ最近、奥さんのご懐妊を機に人付き合いを控えてる」
エリゴス
「つまり、アブラクサスとの繋がりがまずシロって事だな」
「で、わざわざ上等の馬車貸すような客も殆ど無い……だろ?」
バルバトス
「んー、素晴らしい。俺の自慢の知性さえ霞んでしまいそうだ」
ハーゲンティ
「あーなるほどー、そーいうことねー、うんうん……」
ザガン
「ハーゲンティ、無理しなくて良いよ……?」
ソロモン
「(依頼の説明で集まった時に、自分で答え出せたプライドが、まだ残ってるんだな)」
「そ、そうか。ハ、ハーゲンティに少し遅れを取ったけど──」
「領主には今、ウァサゴ以外に馬車を貸し出すような相手がそもそも居ないって事だな」
「なら、ウァサゴとは馬車を使うほど離れてて、ちょっと探したくらいじゃ出会えない」
ハーゲンティ
「そーそー! いっやー流石ボス、あたいの言いたかった事そのまんまだよー!」
ザガン
「ハーゲンティ……」
ソロモン
「(まあ、すぐに忘れて、いつも通りに戻るだろうし……)」
バルバトス
「しかし改めて考えると、イーバーレーベンも随分と『落ち着いて』きたな」
「ちょっと前まで、治安の悪化でピリピリしてたくらい……いや、もう数年前の話か」
ザガン
「ど、どういう事? イーバーレーベンって危ない所だったの?」
バルバトス
「アブラクサス絡みで色々と面倒があってね。まあ噂に聞いた程度だけど──」
「当時のイーバーレーベンでは、馬車は地下室に隠すものだったらしいよ」
「地上に置いとくと、領主の邸宅と言えど盗まれるから……ってね」
ソロモン
「盗む? 馬車を!?」
バルバトス
「深夜に数人がかりで押すなり引くなりしてね」
「馬車ってのは服や装飾品に次いで、家柄の看板だからね。結構、高く売れるんだよ」
エリゴス
「確かに、この馬車にしても、かなり気合入ってるしなあ」
「つか、荷馬車に偽装して人が乗れる作りになってるのって、その名残か……?」
バルバトス
「多分ね。そんなイーバーレーベンが、一見した限りでは街を出るまで清浄そのもの……」
「幾らか前に大きな事件があって、改革があったって事までは聞いた事があるけど──」
「精々数年そこら、それだけの間に何をどうしたらここまで……」
「そうだ、ハルファスはイーバーレーベンが地元だったね? 何か知ってるかい?」
ずっと静かだったハルファスが話題を向けられ、一秒ほど遅れて考え込む。
ハルファス
「うーん……」
「ごめんなさい、ずっと旅に出てたから、最近の事は全然分からないの」
バルバトス
「そうか……そういえば、ハルファスもソロモンに会うまで旅をしてたんだったな」
「ありがとう、気にしないでくれハルファス」
ザガン
「そっか、ハルファスも私と同じで旅してたのかぁ……ん?」
「……その、失礼かも知れないんだけど……ハルファス、旅先とか大丈夫だった?」
ハルファス
「大丈夫って?」
ザガン
「いや、その、何ていうかさ……」
エリゴス
「その筋金入りの優柔不断で、悪どい連中につけ込まれたりしなかったかって事だよ」
ハーゲンティ
「そうそう。置き引きとかピンハネとかボッタクリとか、世の中落とし穴が沢山あるし!」
エリゴス
「ハルファスの性格考えると、ずっとキャラバンとかにくっついてたんだろうけど」
ハルファス
「ううん。ずっと一人で旅してたけど、悪い人や悪そうな事とかは、全然無かったと思う」
ソロモン
「ハルファスが、一人旅……?」
ハルファス
「でも、たまに助けてもらった事ならあったよ」
「『小さいのに大変だね』って食べ物くれたり、野宿の方法を教わったり──」
「大道芸人の一座で斧とか樽とか持ち上げたり……あ、悪い人に会ったりもしたかも」
ソロモン
「え!?」
バルバトス
「ハルファス……もし、ちょっとでも『言いにくいな』と感じたら、一旦話すのを止めるように」
エリゴス
「お、おいよせって、身構えちまうだろ、あたしらが……」
ハルファス
「うーん……そんな感じはしないから、話しても良いんだよね?」
「キャラバンの人に頼まれて何日か護衛してた時、強盗が来たから投げたりしたんだけど」
バルバトス
「あ、ああ、うん。それなら大丈夫」
エリゴス
「な、投げる……」
ソロモン
「……その時は、強盗を撃退しても良いって、『決められた』のか?」
ハルファス
「ううん。キャラバンの人が『そいつらを遠くにやってくれ』って言ってたから」
ソロモン
「そっか。そこはやっぱり変わらないか……」
バルバトス
「ともあれ奇跡的に、つけ込まれるような事には出くわさなかったと見て……良いのかな」
エリゴス
「とは言っても、何か随分と濃そうだけどな」
「一人旅って事なら、会って分かれての繰り返しだろうし」
ザガン
「旅を始めてから野宿の仕方を覚えたってのも……」
「私が旅してた時よりも、その日暮らし感がすごいって言うか……」
バルバトス
「待てよ? 旅に出てたからイーバーレーベンの変化をよく知らないって事は──」
「ハルファスが旅に出たのは、数年前のイーバーレーベン改革以前……?」
ハーゲンティ
「数年……あれ?」
「ハルちゃん、あたいと同い年で、15歳じゃなかった……?」
ハルファス
「うん。数え間違えたりとかは、してないと思うけど」
一同
「……んん?」
ハルファス
「あの……皆、どうしたの?」
ソロモン
「ハルファス……ちょっと聞きたい事がある」
ハルファス
「うん。何でも言って」
ソロモン
「ハルファスが旅を始めてから、今日まででどのくらい経ったか……覚えてるか?」
ハルファス
「えっと……」
「3年くらいかな?」
一同
「さ……3年!?」
ザガン
「じゃ、じゃあ……12歳の女の子が、たった一人で、3年間ずっと……?」
エリゴス
「しかも……このハルファスが……?」
ハルファス
「……?」
「あの、ソロモンさん。私、ちゃんと応えられてたかな?」
ソロモン
「えっ、あ、ああ、うん……大丈夫だ。ありがとう、ハルファス……」
ハルファス
「うん。それなら良かった」