メギド72オリスト「茨を駆ける十二宮」   作:水郷アコホ

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1-3前半「戦略的追放」

 時間と場所を変わり、イーバーレーベン。ソロモン達が馬車で街を出て少し後。

 イーバーレーベンの屋敷、領主の執務室の扉がノックされる。

 

 

使用人

「旦那様、エリザ様がお越しに」

 

領主マンショ

「ああ、ご苦労。通しなさい」

 

 

 扉が開かれ、ウァサゴが入室する。応接用の長椅子で茶を嗜んでいた貴族の男……イーバーレーベン領主・マンショは、ウァサゴの顔を見て優しく微笑んだ。

 マンショがウァサゴに一礼しようと、非常にゆったりとした動作で椅子から立とうとする。

 

 

使用人

「だ、旦那様……!」

 

ウァサゴ

「マンショ様、ご無理はなさらなずに……!」

 

 

 マンショの外見は、まだまだ働き盛りといった様子だが、膝を震わせて立ち上がる様は老境を思わせるほど頼りない。

 ウァサゴと案内の使用人が駆け寄り、マンショの腕にそっと触れて、座り直すよう促した。

 

 

領主マンショ

「ははは……すっかり、運動不足が祟ってしまって」

 

ウァサゴ

「どうか、ご自愛なさってくださいな」

「ご存知の通り、私はもう貴族では無いのです。敬礼に値など致しませんわ」

 

領主マンショ

「いいえ、とんでもない。貴女は……貴女に礼を尽くさずして、私達の立場など……」

 

ウァサゴ

「そんな事……」

「マンショ様……今日は一段と、お加減が優れないようですわね……」

 

使用人

「……」

 

 

 慣れた様子で、マンショの着席を補助するウァサゴと使用人。

 終始、何気ない笑顔で語るマンショの姿に、痛ましさを表情に滲ませるウァサゴ。

 使用人の顔も同様に晴れないが、領主を長椅子に座らせた後、熟練の手付きで来客のための茶を準備し始めた。

 マンショが一息ついたのを確認して、ウァサゴも向かいの長椅子に腰を下ろした。

 

 

使用人

「それでは、ごゆっくりどうぞ」

「……どうか、よろしくお願い致します」

 

 

 準備を終えて使用人が退室した。

 言葉を暫し飲み込み、まずはもてなしに応えるため、淹れたての茶を味わうウァサゴ。

 

 

領主マンショ

「……エリザ嬢こそ、お疲れではありませんか?」

「いらっしゃるたび、手伝いの者もつけずに『別荘』を手入れなされて」

 

ウァサゴ

「勿体ないお言葉ですわ。でも、ご心配なく。これも楽しみの一つですから」

「それに……要は慣れです。今では『別荘』を整えるたび、気力が充実していくのを感じますの」

 

 

 慈母のように笑んで応えるウァサゴ。

 

 

領主マンショ

「そうですか……」

「時折訪れては、私は貴女に『別荘』を開放し、時に貴女はこうして話し相手に……」

「……いつもならもう、手入れも滞りなく終えられた頃でしょうか」

 

ウァサゴ

「ええ。ですが今日はこの後、久々に物置小屋にも光を通して差し上げようかと」

 

領主マンショ

「そんな所まで……ははは、ここ暫くの間に、ますます活力に満ちておられますな」

 

ウァサゴ

「ふふ……はしたないとは思いながら、今から楽しみで仕方ありませんわ」

 

領主マンショ

「いやいや、とんでもない」

 

 

 そよ風のように笑い合うウァサゴとマンショ。

 互いに、言葉を探すように茶を含み、数秒。

 

 

領主マンショ

「……今回は、2ヶ月振りほどでしょうか」

 

ウァサゴ

「ええ。いつもお忙しい中、何と感謝したら良いか……」

 

領主マンショ

「いいえ……それを言うなら、私達こそ……」

「……貴女の瞳を見るたび、分からされます。貴女はまだ、心から『信じている』」

 

ウァサゴ

「……マンショ様も、自身でお気づきになられていないだけですわ。奥様だって」

 

領主マンショ

「昔は……そうだったかもしれません」

 

ウァサゴ

「そ……」

 

 

 マンショの顔に笑みが消えたのを見て、返しかけた言葉を呑み込むウァサゴ。

 

 

ウァサゴ

「……たった2年の事です。何かが変わるほど、長い時間ではありませんわ」

 

領主マンショ

「変わりましたよ。恐れながら」

「『変わり』も『変え』もしました。この街のように」

「『アリアン』だって、事件からあの日まで……たった2年の事でしたから」

 

ウァサゴ

「……申し訳ございません、思い出させてしまって」

 

領主マンショ

「……いいえ。どの道、私の方から切り出すつもりでした」

「今回どうしても、あの頃の事をお話しなくてはならないと思っていましたので」

 

ウァサゴ

「……誠心誠意、お受け致します」

「今は生家と断絶した身ですが、かつては一家共々、懇意にしていただいた間柄──」

「しかと聞き届けます。『アリアン』……拐かされ、行方を消した、お二方の一人娘について」

 

領主マンショ

「……ありがとうございます」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 ウァサゴの回想。「アリアン」に関わる事件を思い返す。

 

 

 ──私のヴィータの家とイーバーレーベンとは、距離は遠いながらも親しい間柄でした。

 貴族という立場も利害も超えた、そんな関係だったと、私は認識しています。

 

 イーバーレーベン領主ご夫婦の間に産まれた娘の名が「アリアン」。

 私も、メギドとしての記憶を取り戻す以前から知り合い、妹のように可愛がっていました。

 

 しかし……4年前、事件は起きました。

 イーバーレーベンの「移民街」に住む者達が領主邸宅を襲撃し、略奪を働いたのです。

 アブラクサス周辺領には、領地出身でない者が住まう「移民街」が珍しくありませんでした。

 廃れたアブラクサスを出奔した者、アブラクサスに憧れる内に居着いた者。そんな者達の子孫。

 アブラクサスの威光に酔った彼らの素行はお世辞にも良いとは言えず、彼らとの溝は長年の問題でした。

 

 その日、彼ら「移民街」の住民は、手当たり次第に奪って行きました。

 使用人、金品、通りすがりの子供、そして彼らの本当の狙いであるアリアン……。

 白昼の、それも無計画にして衝動的な犯行である事は明らかでした。

 しかし彼らの狼藉の熱は次々に移民街の者へ波及し、数十人規模にまで……。

 捕えて、仲間に襲われ、取り逃し、また捕えてのいたちごっこ……結果は惨憺たるものでした。

 領主マンショ様は、娘を奪われ、民を奪われ、家を荒らされ……。

 

 追手を逃れた下手人達は脅迫文を送りつけ、アリアン返還の身代金を要求しました。

 しかし、マンショ様は断腸の思いでこれを退け、下手人の一斉検挙を宣誓しました。

 そして……。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 場面戻って、向かい合うウァサゴとマンショ。

 

 

ウァサゴ

「4年前の事件……2年の歳月をかけ、マンショ様は見事に戦い抜かれました」

「そしてイーバーレーベンを、周辺領で随一の治安と清浄を誇る地へと……」

 

領主マンショ

「厄介の種だからと、迫害される民を無情に切り捨てた……それは変わりません」

「それに……『大切なもの』が失われました。釣り合いも取れないほどに」

 

ウァサゴ

「生きています。アリアンは必ず」

 

領主マンショ

「……違うんですよ」

「恐ろしいことです……『大切なもの』は、アリアンではなかった……」

 

ウァサゴ

「マンショ様……?」

 

領主マンショ

「2年前、犯人一派の最後の残党を追い詰めた時……私達もその場に居たのです」

 

ウァサゴ

「ええ、聞き及んでおります。下手人らが最後までアリアンを連れ回したために……」

 

領主マンショ

「はい。残党も残るは2人となり、妻も私も同行を認められ、あの渓谷へ」

「今でも鮮明に覚えています。崖際に追いやられた哀れなアリアンと、あの2人組……」

 

ウァサゴ

「確か、片方が男性、そして……片や、幼い少女であったと」

「あのような行いに子供が関わっていたとは、にわかには信じられませんが……」

 

領主マンショ

「私もです。しかし、事実です。最後まで抵抗を続けたのも、その少女でした」

「男を捕えるや否や、少女はアリアンに刃物を突きつけ、逃亡のための人質に……」

 

ウァサゴ

「そして……崖に……」

 

領主マンショ

「はい……少女は、アリアン諸共、崖下の急流へ身を投げました」

 

ウァサゴ

「……」

 

領主マンショ

「確かに、死体をこの目で見たわけではありません。見つかってすらいないのですから」

「急流の果てに2人は流れ着かず……途中、アブラクサスへ続く支流もありましたが──」

「支流には水量制御のために古代の水門が幾重も連なって沈んでいます」

「自ら激流を泳ぎでもしなければ、とてもアブラクサスへは……」

 

ウァサゴ

「……その時の『真実』を、お話頂けるのですね?」

 

領主マンショ

「……はい」

 

 

 冷めきった茶を一口啜るマンショ。

 語る事さえ憚られる事情があると察したウァサゴは、せめてこちらが聞き出した形へと流れを変えるべく、敢えて無粋を演じ、進んで言葉を投げかけていく。

 

 

ウァサゴ

「あらましを聞くだけでは、どうにも腑に落ちない事が、かねてから1つ」

「逃亡を企てたはずの少女の無理心中……それが何故起きたのか」

「当時その場に居合わせた方々に聞いても、口ごもるばかりでしたわ」

 

領主マンショ

「はい……私が、口外を禁じました」

「私が……私達夫婦が、アリアンを突き落としたも同然なのです」

 

ウァサゴ

「何故……!?」

 

領主マンショ

「私が命じたのです。『娘に構うな、まずは捕まえるんだ』と」

 

ウァサゴ

「それは、一人の親としてより、領主としての立場を重んじて……!」

 

領主マンショ

「そんな誤魔化しは通じません。他ならぬ、私自身の事なのですから」

「私達の『本性』が、曝け出されたがための蛮行なのですから」

 

ウァサゴ

「『本性』……?」

 

領主マンショ

「……少女が、アリアンを人質に取った時、騎士の一人が毅然と進み出ました」

「誰も疑いもしなかった。少女は、攫われた頃のアリアンよりも幼なかった」

「そんな子が、本当に人を傷つけられるものかと。ですが──」

「少女は躊躇いなくアリアンに刃を刻みました。肩から胸元へ、まざまざと……」

 

ウァサゴ

「! ……可哀想に」

 

領主マンショ

「……本当に……本当に『それだけ』でしょうか」

 

ウァサゴ

「え……?」

 

領主マンショ

「撒かれるアリアンの血を見た瞬間……私も妻も、『本性』に気付いてしまったのです」

「いえ、アリアンに再開した瞬間から既に、『本性』が私達を動かしていた……」

「たった今まで聞こえぬ振りをしてきた『本性』の声を、聞き届けてしまったのです」

「私達の『大切なもの』は、もうここには無いと……私達が見限ったのだと」

 

ウァサゴ

「『大切なもの』……?」

 

領主マンショ

「アリアンは、確かに掛け替えのない『娘』です。そして……」

「そして……『貴族の女』です」

 

ウァサゴ

「……ッ!?」

 

 

 マンショの意味する「大切なもの」を理解し、眉を顰めるウァサゴ。

 胃を抉り取られるような不快感と共に、震える手で自らのドレスに皺を作っていた。

 

 

領主マンショ

「『可愛い娘だ』と、『何としても救わねば』と……その心に嘘は無かったと、今でも断言できます」

「しかし……薄汚れた2年前の端切れを纏う娘を見た時、私達の『本性』は答えを決めていました」

「……どこの家が娶りましょうか。2年も賊の手に落ちた女を。痛ましい傷を残す女を」

「むごい思いをした娘に縁談など、傷に塩を塗るばかりではないですか」

「どれだけかければ、立ち直らせられるのか。その後に、どれだけの将来を遺してやれるのか……」

 

ウァサゴ

「っ……!」

「(否定したい……けど、出来ない! そんな傲慢な事……!)」

「(刃にかかったアリアンを哀れんだ時、私が同じ懸念を抱いていなかったなどと言い切れない……)」

 

領主マンショ

「あの時、何を思って『捕らえろ』と命じたか……今でも、理路整然とした答えは出せません」

「ただ、確かな事は……あの時、私達は娘を愛する以上に、娘を『捨てたかった』……自分を守るために」

 

ウァサゴ

「……事件以来──」

「事件以来、お二方はすっかりお痩せになられましたわ。身も心も」

「マンショ様は今では足まで悪くされ、奥様もあれ以来、お姿を見せなくなり……」

 

領主マンショ

「妻は、私以上に思う所が有ったのでしょう。酷い有様でした」

「『本性』は、私達に見いだされてなお、己を醜いものではないと言い張るのです」

「『もう我が家には要らなかった』『選ばなくて良かった』『失敗したのは娘の方だ』」

 

ウァサゴ

「おやめください! それは貴方がたの心が紡いだ言葉ではありません!」

 

領主マンショ

「いいえ……私が抗い、思い知らされ、踊らされたあの言葉達は、確かに私達の内に湧いたモノです」

「私達が愛したのは、『娘』では無かった。『跡取りの女』に見栄を担保させていただけだった」

 

ウァサゴ

「違うッ! 事実ではありませんわ! 後悔が己を不当に卑しめさせているだけです!」

 

領主マンショ

「いいえ! 私達は現に、娘を失った悲しみより、自分達の『本性』と向き合い続けていました」

「時を経て、娘が過去へ去っていく程に、これこそ私達の唾棄すべき、そして求めていたものだと!」

「娘の本当の不幸は、『こんな』人間の下に産まれ──」

 

 

 ガン、と、茶器が跳ねた。

 テーブルを殴ったウァサゴの頬を、はらはらと涙が伝っている。食いしばる歯がどうにか開かれた。

 

 

ウァサゴ

「……お二人が……例えどんなに……どんなに過ちに満ちていたとしても──」

「アリアンは……貴方達の愛する娘は、誰より貴方達を愛し、誇りに思っていました」

「認めない事が不実でも……卑劣でも、大罪でも、どうか……どうか、その先だけは……!」

 

領主マンショ

「……私としたことが、いい歳をして、とんだ失態を……」

 

 

 冷静に立ち返ったマンショが俯き、しばし沈黙が流れる。

 お互いに、荒れた脳を鎮め終えた頃、再びマンショが口を開いた。

 

 

領主マンショ

「……『必要でなくてはならない』……近頃は、そう思うのです」

 

ウァサゴ

「……?」

 

領主マンショ

「生まれた事、生きている事……それが『求められている事』だという、証明が──」

「人は誰しも、富むも貧しきも、『必要であれ』と求められますから」

「しかし、世はままならぬものです。『必要だから』やる事は、『当たり前だ』と見向きもされません」

 

ウァサゴ

「……」

 

領主マンショ

「人は皆、求められたように生きた所で、誰にも認められはしないのです」

「可憐な貴女には、理解及ばぬ卑しい話かもしれません、しかし──」

「証明を求めた末の答え……その1つが、『親である事』なのではと、考えるのです」

「命を生み出す事……自分無くして生きられぬ存在を手に入れる事……」

 

ウァサゴ

「マンショ様──」

 

領主マンショ

「どうか、言い捨てさせて下さい。貴女の涙に報いるには……抱えてきた物が、多すぎるのです」

 

ウァサゴ

「……」

 

領主マンショ

「親とは、2つの証明のいずれかに、己の在り方を委ねんとする存在だと思うのです」

「『子を育む者としての自分』、そして『親という実績を満たしたい自分』──」

「後者は簡単な事です。子に求め、合わせてもらい、時に作り変えてしまえば良いのですから」

「ですが前者は……前者は『本性』……いえ、誇りという『本能』との戦いです」

 

ウァサゴ

「(『本能』……高い誇りを保つ事が、『本能』……)」

 

領主マンショ

「底知れぬ個人に有限の時間と手段を費やし、拒絶されようとも尽くし、証明を乞うのです」

「しかもこの証明だけは、媚びては決して施されず、積み上げた全てを捧げて、ようやく満たされる」

 

ウァサゴ

「マンショ様は……ヴィータが証明に飢えるがために、気高く在り、他者を救わんとすると……?」

 

領主マンショ

「見返りを欲する善行は偽善……誰が言い出したか、世はそのように人を裁きますから」

「だから清廉を装い通せぬ者に、一人として生きる事を『求めてあげる』事はありません」

「そして、貴族ならば当たり前、平民ならば、家族ならば……だから『私を証明してみせろ』と」

 

ウァサゴ

「……」

 

領主マンショ

「……」

「もう少しだけ、お待ち願います。もうすぐ来る頃ですから」

 

ウァサゴ

「どなたか、いらっしゃいますの?」

 

領主マンショ

「『理由』です。今更こんな話を打ち明けようと決心した、その『理由』が……」

 

 

 お誂え向きに、執務室の扉が叩かれた。

 

 

領主マンショ

「入りなさい」

 

 

 誰何の言葉も無く、マンショが応じた。

 扉が開かれると、先程の使用人と、老婦人が一人入室した。

 

 

婦人

「まあ、『ウァサゴ』様、ごきげんよう。やっとお会いできましたわ」

 

ウァサゴ

「そ……その声、奥様……!?」

「(幼い頃、確かにマンショ様達の前でメギドの名を語った事もありましたけれど……)」

 

 

 慌てて椅子を立ち、恭しく礼を返すウァサゴ。

 

 

婦人

「そう堅苦しくなさらないで、折角久しぶりの再会ですもの」

 

ウァサゴ

「こ、こちらこそ、奥様がお元気そうで、本当に……」

「(奥様、マンショ様より随分お若い方のはずでしたのに、あんなにやつれて……)」

「……あら? 奥様、その腕に抱かれているのは……?」

 

婦人

「ええ。私達にも、『ようやく』女の子が産まれましたの」

 

ウァサゴ

「え……?」

「(『ようやく』……?)」

 

 

 婦人が「おくるみ」に包まれた赤子を顔の横に掲げ、穏やかに笑った。

 

 

領主マンショ

「妻は体が弱くて、難しいお産になるだろうと」

「なので可能な限り刺激を避け、最近まで周囲にも、この事を伏せるよう伝えていました」

「出産に立ち会った者以外は、まだ妻が臨月だと思っている事でしょう」

 

ウァサゴ

「そ、そ、それは……お、おめでとうございますわ」

 

婦人

「貴女がいらしていると聞いて、是非ご挨拶をと思っていましたの」

「ようやく今日、ベッドから出る許可をいただけましたわ」

 

ウァサゴ

「ま、まあ、私のためにそんな……」

 

使用人

「奥様、そろそろ診察のお時間が」

 

婦人

「あら、ようやく会えたと思ったのに……」

 

領主マンショ

「今日は、挨拶までになさい。彼女も、まだしばらく滞在する予定のようだから」

 

婦人

「残念だけど、仕方ないわね……でも、1つだけ良いかしら?」

 

 

 夫より10以上も老いて見える婦人がウァサゴに歩み寄り、手の中の赤子を差し出した。

 

 

婦人

「ウァサゴ様も、どうか一度、この子を抱いて差し上げて」

 

ウァサゴ

「え、あ……その……よろしいので?」

 

婦人

「もちろんですわ、貴女と私達の仲ですもの」

 

ウァサゴ

「で、では……」

 

 

 赤子を受け取り、顔を覗き込むウァサゴ。

 静かに眠っている赤子に微笑みかけてみたつもりだが、ウァサゴ自身にも、自分がどんな顔をしているか分からなかった。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 夫婦の「第一子」との触れ合いを終えたウァサゴ。

 憂いを帯びた微笑みで、退室する婦人を見送っている。

 

 

婦人

「またいらしてちょうだいね、ウァサゴ様」

 

ウァサゴ

「え、ええ……遅くとも、帰りの前日には必ず」

 

 

 閉じられた扉の前で立ち尽くすウァサゴ。

 その背中に語りかけるマンショ。

 

 

領主マンショ

「……アリアンを『貴族の女』と最初に呼んだのは、他ならぬ妻です」

「アリアンが谷底に消えて間もない頃、半狂乱で口走りました」

「主治医が言うには、アリアンが『貴族の女』なら、妻もまた『貴族の女』──」

「アリアンのために自らを呪えば、呪いの言葉は全てアリアンにも降りかかってしまう」

「それは即ち、自身も、家族も、アリアンも、今までの全てを悪と断ずるに等しい」

「しかし、愛する娘だけを切り離そうとする自分を、受け入れる事も出来ず……」

 

ウァサゴ

「そして……あのように?」

 

 

 マンショに背を向けたまま、応えるウァサゴ。

 

 

領主マンショ

「妻は、アリアンにまつわる今までの記憶を全て、改ざんしてしまったようです」

「どうにか平静を保てるように、都合よく……そうして、ようやくあそこまで」

 

ウァサゴ

「……気の毒に」

 

領主マンショ

「アリアンと仲良くしてくださった貴女についても、ご覧の通りです」

「かねてから家族のように受け入れて来たのは、『メギドの大貴族ウァサゴ様』なのだと」

「決して、『娘が姉のように慕っていたエリザ嬢』ではなく……」

「幼い貴女から聞いた『世界』に……己の『本性』の救いを、求めたのかも知れません」

 

ウァサゴ

「メギドは……メギドは、ヴィータの願うような『悪魔』ではありませんわ」

 

領主マンショ

「ええ。私も妻も、かつての貴女から、そう聞き及んでいます」

「それでも、そう思わなければ、もう……耐えきれないのでしょう」

「妻が今、どんな歴史を歩んだ『世界』に居るのか、主治医にも、判断が着きかねるそうです」

 

ウァサゴ

「……『二人目の』娘も……そのために?」

 

領主マンショ

「はい。妻は、彼女に『アリアン』と名付けると。そして、私もそれを認めました」

「言い訳はしません……『次こそ、私達のための娘に育つように』と」

 

ウァサゴ

「………………残念です」

 

領主マンショ

「どれほど厚かましくとも、覚悟の上です。しかし……これ以上、生きられそうに無いのです」

「アリアンを想うほどに私達は、人の在るべき姿と、忌まわしき自分との間で苛まれ続ける」

「貴女がアリアンを探す事に、協力は惜しみません。ですがもう、あの子の人生を『背負う』事は……」

 

ウァサゴ

「(『背負う』……私には、責められませんわね)」

「……心得ました」

「アリアンも、そろそろ独り立ちの年頃ですもの」

 

領主マンショ

「本当に、申し訳ありません」

 

ウァサゴ

「代わって、そうお伝えしますわ。いつか必ず、アリアンに……」

 

領主マンショ

「……」

「貴女は何故……アリアンのために、そうまで尽くせるのですか……?」

 

ウァサゴ

「それは……」

「お答えする前に、確かめねばならない事がございます」

「マンショ様は、ソロモン王と悪魔の軍勢の噂について、ご存知でしょうか?」

 

領主マンショ

「は? はあ、つい最近そのような噂が流れ着いた事なら」

「余り、市井で信じられては居ないようです。微塵も知らぬ者とて、少なくないかと」

 

ウァサゴ

「それは幸運な事ですわ。であれば、前もって申し上げます」

「マンショ様にとってどのような理解であれ、私はメギドです」

「そしてメギドの住まう世界というものも、確かに実在するのです」

 

領主マンショ

「ふむ……承知しました。決して、疑いはしません」

「かつて貴女が語った、貴女の生まれた『世界』……半ばながらも、信じるに足るものでしたから」

 

ウァサゴ

「感謝致します」

「かつて私が居丈高にも布告した通り、私はメギドとしても、遥かに高貴な身分でした」

「そして、メギド全てにとってヴィータとは、有り体に言って存在自体が下賤……」

「ヴィータに生まれ変わるという事を、何と喩えれば実を伴ってお伝えできるか……」

「ともすれば……人が人の心のまま、蝿として生きるかのような」

 

領主マンショ

「それは、エリザ嬢……いえ、『貴女』もまた?」

 

ウァサゴ

「少なくとも、記憶を取り戻したばかりの頃は」

「そう……アリアンに出会うまでは」

 

領主マンショ

「あの子が……? 勿体ない程のよく出来た娘だったとは思います。しかし──」

「親の私から言うのもなんですが、貴女の言葉に報いるほどまでとは……」

 

ウァサゴ

「精神は肉体に影響される……私が幼い身の上だった事も幸いしたのかもしれません」

「あの頃の私にとって、彼女は誰より気高く、貞淑で、それでいて年相応に快活で愛らしく……」

「メギドの社交界に引き入れても決して劣らない……そう思えるだけの素養を感じていました」

 

領主マンショ

「そうですか……あの子も、光栄に思う事でしょう」

 

ウァサゴ

「貴族としてヴィータを尊重し、守って見せる。そんな今の私の生き様──」

「その切っ掛けが彼女と言っても、過言ではありませんわ」

「彼女が全てだったと言えるほどには……私も、もう幼くはなれませんが」

 

領主マンショ

「充分です……理解しました」

「貴女にとってアリアンは、それ程までに──」

 

ウァサゴ

「ですから……アリアンの友として、貴方達を許す事はできません」

 

領主マンショ

「…………はい」

 

ウァサゴ

「どんなに苦しみ抜いた末でも、アリアンを切り捨て、それを受け入れた事は事実です」

「貴方達を否定する資格も、罰する権利もありません。ただ……許せないと、そう思うだけです」

 

領主マンショ

「……」

 

ウァサゴ

「何より、私も……少しだけ、求めてしまいました」

「両親も……家柄の道具としての私を選んだ両親も今頃、少しでも、お二人と同じ心持ちであったらと」

 

領主マンショ

「え……?」

 

 

 決して振り返らず、一呼吸挟むウァサゴ。

 

 

ウァサゴ

「お二方の『本性』が如何なる姿でも、それは決して、お二方だけに科された『業』ではございません」

 

領主マンショ

「……ありがとうございます。肝に、銘じますとも」

 

ウァサゴ

「また、折を見て伺います。本日はこれにて」

 

領主マンショ

「はい。是非、見送りの者を付けさせて下さい」

 

 

 マンショが呼び出し用のベルを手に取った。

 

 

<GO TO NEXT>

 

 




※ここからあとがき

 オリキャラをヨイショする的な表現はストレート過ぎても鼻につくかなと不安になり、少し持って回った感が。
 しかしどの道、原作キャラとの関係性のためにヨイショする事に変わりないわけで、もっと開き直れるようになりたいものです。
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