メギド72オリスト「茨を駆ける十二宮」   作:水郷アコホ

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1-3後半「プアシェアロンダー星群連邦評議体」

 ソロモン一行を乗せた馬車。周囲は些か水気の乏しい土壌。

 例によって発見し、退治した幻獣について語らっている。

 

 

ザガン

「さっき倒した幻獣、何かやる気ない感じだったねえ」

 

ハルファス

「皆が攻撃するまで、襲って来ようとしなかったね」

 

ハーゲンティ

「お腹が空いて力が出なかったのかな?」

 

バルバトス

「いや、飢えた獣はむしろ凶暴になるものだ。つまりその逆……」

 

ソロモン

「安定した餌やフォトンを得られてる……もしくは、与えられてる」

 

グレモリー

「うむ、森に駐屯している騎士団からの報告と、外見も合致していた」

 

ソロモン

「あれが報告のあった、出処不明の幻獣……」

「しかも、アブラクサスに消えた幻獣たちとも関係があるかもしれない」

 

ザガン

「こんな所で餌に困らないってなったら、シュラーが餌付けか何かしてるしか有り得ないしね」

 

エリゴス

「あたしらが見つけた時にゃ、幻獣はこの先の森に向かってたし、今度は間違いねえな」

 

ソロモン

「そういえば、フォトンの枯れた土地に森ってのが、ずっと引っ掛かってたけど……」

「こう言う事か。森というか……林?」

 

ハーゲンティ

「何か、あちこちポツンポツーンと……お財布みたいに寂しい」

 

ソロモン

「(『お財布』イコール『寂しい』ってのも、凄く寂しいな……)」

 

エリゴス

「地元にこんな感じの頭のオッサンが居たなあ」

 

バルバトス

「(それは寂しいというより、不憫だな……)」

「面積に比べてまばらでも、エルプシャフト文化圏の法律では、林は植林した樹木群と定義されてる」

「だから、自然に残っているアレは森ってわけさ。お役所仕事だねえ」

 

ザガン

「そもそもさ、木が残ってるってだけでも珍しくない?」

「棄戦圏とまでいかなくても、フォトンが枯渇した土地って、もっとこう……」

 

ハルファス

「ヒビが入って、地面が石を敷き詰めたみたいになってるよね?」

 

グレモリー

「『元来の環境』の問題だ」

「そういった土地は既に、あるいは最初から、フォトンありきの土地だっただけだ」

 

ザガン

「フォトンありきの土地?」

 

ソロモン

「フォトンのお陰で、維持されてるように見えていたって事か?」

 

グレモリー

「そうだ。最近では学者の間でも問題視されている」

 

バルバトス

「分野じゃないけど、聞いた事はあるよ」

「ある豊かな土地を調査した所、そこは死んでいるはずの土地だった……とか」

 

ハーゲンティ

「何それコワイ……」

 

バルバトス

「まあ、ある意味では怖い話だけどね」

「原因はなんと、そこで行われていた大規模な農業だった」

 

ソロモン

「農業? 植物を育ててるなら、むしろ肥沃な土地になりそうだけど?」

 

バルバトス

「所がどっこい。例えば俺達もパンだけで生きてるわけじゃないだろう?」

「植物も同じさ。品種によって、土から回収している栄養分が違うんだ」

 

ザガン

「牛は草だけ食べるけど、私達は草以外も食べないと保たないみたいな?」

 

バルバトス

「そういう事。例えば、そうだな──」

「アクィエルはまだまだ、血以外の食物を受け付けられないよね?」

 

ソロモン

「ああ。本人も頑張ってはくれてるけど……今の所、噛み菓子がやっとだったな」

 

エリゴス

「あ、そうか。アクィエルがメギドラル遠征行くようなものって事か」

 

ハーゲンティ

「へ?」

 

エリゴス

「アクィエルが他のメシも食えるように頑張ってんのもそのためだろ?」

「向こうじゃ、いつ生き血なんてものが採れるか分かりゃしねえ」

「同じ作物ばっか育ててると、生き血の在庫切らした時と同じ事が起こる」

 

ザガン

「私も分かった! 土の中の作物の栄養が無くなっちゃうんだ」

「メギドラルで私達の糧食は残ってても、アクィエルの分が底をついちゃうって事でしょ?」

「雑草が食べれる栄養は残ってるかもだけど、作物の栄養が殆ど無くなってる! どう?」

 

バルバトス

「正解。本来なら餓死寸前の作物のはずが、フォトンの加護でそれなりに育って見えるんだ」

「だから、フォトンが枯渇するとまず作物が育たなくなる」

 

グレモリー

「ごく最近まで、フォトン便りの農法で食いつないできた村々も多いからな」

「だが、影響はそれだけに留まらない」

 

ソロモン

「まあ、畑がダメになったからすぐに砂漠化……って事は無いだろうしなあ」

 

バルバトス

「これはちょっと難しいから、早速答えを出してしまおう」

「ズバリ、生態系の崩壊だ」

 

ハーゲンティ

「す……饐えた池に放火……!?」

 

エリゴス

「燃える泥水が湧く土地って噂は聞いた事あるが……」

 

バルバトス

「どれだけムリヤリ聞き間違えてるんだ!?」

「要するに、巡り巡ってその土地の生き物全てがまともに生活できなくなるんだ」

 

ザガン

「作物ひとつのせいで?」

 

エリゴス

「ちょっとピンと来ねえな……」

 

バルバトス

「作物が吸い上げてた養分と、同じ養分を必要とする雑草だってあるはずだろ?」

「まず、作物と一緒にそれらの草花が枯れる。そして、草花を餌にする生物は数多い」

 

ハルファス

「じゃあ、一緒に枯れちゃった花に停まってた蝶とか、いなくなっちゃうね」

 

ソロモン

「あ……少し、分かってきた気がする」

「特定の草花を食べてた虫や獣が消えて、それらを食べてた鳥なんかも消える」

 

エリゴス

「じゃあ、鳥とか小動物を獲ってた獣も飢えるなり出てくなりしちまって……」

 

バルバトス

「土の養分を供給する方法は2つ。1つは生物の死体が大地に還る事」

「もう一つは洪水や嵐で他所から土ごと運ばれてくる事」

 

ザガン

「動物が出ていっちゃうんだから、養分は戻ってこなくて……」

 

ハーゲンティ

「洪水とかそんなの、何度も起きるものじゃないし……」

 

バルバトス

「頼みの綱は残った雑草達だが──」

「土の性質っていうのは、その土の原料と養分のバランスで決まるものらしい」

 

エリゴス

「するってーと……?」

 

ソロモン

「フォトンで保たれてたバランスが崩れて、土が変質する?」

 

エリゴス

「おおっ、なるほど! フォトンが失せた途端に今までの土地じゃ無くなっちまうわけか」

 

グレモリー

「土壌が変われば、土を肥やしてきたミミズやモグラも脅かされる」

「無論、雑草共も、よほど強靭な種類以外は枯れ果てる」

 

バルバトス

「そしてトドメを刺すのが……井戸だ」

 

ソロモン

「い、井戸ぉ?」

 

バルバトス

「フォトンスポットは大体、水源と共にある」

「そしてヴィータは井戸を掘る。水がより多く湧く場所から重点的にね」

「ここでまず、地下水の一部が井戸へと流れ込みやすい仕組みが出来る」

 

ザガン

「水の在り処が偏るって事……? だからって酷い事にはならなそうだけどなあ」

「そんなに井戸が重要なら、掘った時点で周りの自然が変わっちゃったりしない?」

 

バルバトス

「ん~、残念だけど、それではまだハズレだ」

「草花を育んだ土がフォトンのお陰で現状を保てていたのなら、水だって同じはずさ」

「フォトンが枯渇した水には、かつて程、命を支える力は無い」

 

ソロモン

「水もフォトンが無い分、今まで使ってきた量じゃ足りなくなるって事か……ん?」

「まさか、植物や俺達が、普段飲んでる量の水で生きていけるのって……」

 

エリゴス

「え、おい……まさかあたしら、フォトンのお陰で飲んだ分よりも何つーか……潤ってる?」

 

グレモリー

「あくまで、まだ仮設の段階だがな」

「実験しようにも、フォトンの枯渇した水というものが、そう易易と手に入るものではない」

 

バルバトス

「フォトンスポットと水源の繋がりは、奥が深いようだからね」

 

ハーゲンティ

「じゃあ、トーターバウムとかが街の周りまでガサガサだったのって……」

 

グレモリー

「最初に言った通りだ」

「既に、『単純な自然界』の中では循環しきれる資源量でなかったのだろう」

「本来なら、石畳や家屋を被せられた土壌は徐々に痩せていくそうだからな」

 

ソロモン

「大きな街へ開発していくほど、街になった土地は弱っていくのか……」

 

ハルファス

「森の木を切りすぎて砂漠にしちゃったって話なら聞いた事あったけど、色々難しいんだね」

 

バルバトス

「しかも先に話した通り、大体のフォトンスポットは井戸を建設している」

「貴重な水の更に幾らかが、石造りの筒の中で無為に蒸発を待ち続ける」

「フォトン欠乏と共に住民が激減し、井戸を使う者が途絶えた後もずっと……ね」

 

ハーゲンティ

「ほ、本当に別の意味でコワイ話だった……」

 

ザガン

「人の手が入って、フォトンに頼りきって無茶な事してたせい……?」

 

バルバトス

「あくまで、結果だけ見た内の半分くらいは……って感じだけどね」

「結局は、人も土も遥か昔からフォトンに支えられてきたのがヴァイガルドという世界なんだ」

「フォトンが枯渇すれば、そこが野山だって海だって、少なからず同じ結末を迎える」

 

ソロモン

「メギドラルみたいに、か……」

「もしかして、ヴァイガルドもフォトンの助けが無かったら、棄戦圏みたいな環境ばかりだったり……?」

 

グレモリー

「何とも言えんな。そもそも『ヴィータが生きるために造られた世界』などという保証も無いのだ」

「ソロモンが懸念している通りの仮設を唱える声もあるし、その逆を訴える者もいる」

 

ザガン

「逆って?」

 

グレモリー

「逆に、フォトンに首まで使ったヴィータを置き去りに、『真の生存競争』が始まる」

「環境によって滅びるのが動植物なら、再生させるのも動植物だ」

「獣、虫、植物、菌類……衰退したヴィータの代わりに、彼らがヴァイガルド全土を覆い尽くす」

 

バルバトス

「フォトンが無くても最低限の環境で図太く生きられる種族だけの、密林世界になるわけだね」

 

ザガン

「オ、オセくらい逞しくないと、ちょっと厳しいね……」

 

ハーゲンティ

「どう足掻いてもヴィータ絶望じゃないっすか……」

 

エリゴス

「まあ、起きるかも分からねえ辛気くせえ話はそのくらいにしてよお、つまり──」

「アブラクサスの場合は、元々『このくらいで済む』土地だったって事か」

 

バルバトス

「それもあるけど、どうにかトドメを回避できてるのかもしれないね」

 

ソロモン

「トドメ……水か?」

 

バルバトス

「まあ説明は、まず実物を拝んでからにしようか」

 

 

 バルバトスが窓に身を乗り出し、一方を指差した。

 連れ立って指し示した先を確かめる一行。

 

 

(※下記リンクからアブラクサスのイメージ図)

 

【挿絵表示】

 

 

 

 海に面した崖沿いに、高々と聳える人工物の群れが見える。

 

 

バルバトス

「あれが、目的のアブラクサスだ」

「近辺の森に向かうから、この後、一旦遠ざかる事になるだろうけどね」

 

エリゴス

「今の内に、よく確かめとけって事か」

 

ハーゲンティ

「たっけーーー……何あの塔、あんなに原型残ってて、ほんとに廃墟なの?」

 

ハルファス

「小さい頃たまに、イーバーレーベンからもボンヤリ見える事があったよ」

「その頃からずっとあんな感じだから、多分、そう……なのかな?」

 

ソロモン

「アブラクサスの周りだけ、随分と木が生い茂ってるな」

 

バルバトス

「恐らく元々、ここの環境に古くから適応してる、丈夫な種類の木なんだろうね」

「アブラクサスの周囲だけは真水も豊富だから、そのお陰で生育できてるんだろう」

 

エリゴス

「海沿いで真水? 漁村とかだと井戸掘っても海水混じるから大変って聞くけど?」

 

バルバトス

「全盛期アブラクサスの、資本と技術力の賜物だよ」

「向かって右端、アブラクサスの外から伸びてるアーチ状の構造物……あれが水路橋だ」

 

ソロモン

「水路……なるほど、別の場所から水を引けば……って……んん?」

 

ザガン

「その水路、何か、地平線の向こうまで続いてるように見えるんだけど……」

 

バルバトス

「地平線のそのまた向こう、最寄りの山に流れる渓流まで繋がってるよ」

 

ソロモン

「や、山ぁ!? あ~、確かに真っ青に見えるくらい遠くに山が見えるけど……」

 

ザガン

「そこからわざわざ、ここまで……!?」

 

バルバトス

「そう、わざわざここまで。氾濫しないよう、常に幾つもの水門で調節されながらね」

 

グレモリー

「流れの早い川の水は腐りにくく、虫や病が混じる事も極めて稀だ」

「山間を日々大量に流れているのだから、そうそう涸れる事も無い。理想的と言えば理想的だ」

 

バルバトス

「井戸で土地の水脈を乱す事も無いしね」

「供給した水は後で敷地の周囲にも撒かれてるから、最低限、植物の育つ水分が確保されてるのさ」

「そして、今度は向かって左……崖っぷちを見てくれ。滝みたいになってるだろ?」

「あれが下水道だ。水路橋を通った水は給水棟を経由して街全体に行き渡り、下水道から捨てられる」

 

エリゴス

「ん? 引いてきた水が、あの塀の足元辺りから全部出てってる……?」

「汲んで使った分の水はどこに捨ててんだ? 同じ所に捨てちゃ崖側の住民が困るだろ」

 

ザガン

「だよねえ。水が豊富な街だと、街全体に川を巡らせてるって聞いた事あるけど──」

「そこの人達も、使う水は川から桶とかで汲んで、使った後は庭とかに捨てるらしいし」

 

バルバトス

「技術と常識のレベルが、現代の俺達とはだいぶ違くってねえ」

「何でも、上水道と下水道を分けて造られているらしい」

 

ソロモン

「上水道?」

 

バルバトス

「使う方の水と、使った後の水、それぞれ別の水路に流すんだ」

「具体的にどうなるかと言うと──各家庭にパイプとネジを組み合わせたような設備があったらしい」

「ネジには取っ手が付いてて、そいつを回してネジを緩めるだけで、水がジャバジャバ出てくる」

 

ソロモン

「家の中に居たまま、水が幾らでも手に入るって事か……!?」

 

ハーゲンティ

「スゲエ……わざわざ井戸から汲んで水瓶に取っといたりしなくて済む!」

 

ザガン

「水が要らなくなったら……そのネジを締め直せば良いだけ?」

 

バルバトス

「そうだったらしいよ。で、水が出てくる場所には、下水道へ繋がる穴も作る」

「使った分も使わずに溢れた分も、下水道にまとめられて海へポイさ」

「もちろん、誰にも使われずに流れきった上水道の水も、最後に下水道と合流する仕組みだ」

 

ソロモン

「ら、楽だ……とんでもなく便利だ……!」

 

バルバトス

「まあ、流石に今でも現役で残ってるのは、あの大本の上下水道だけだろうけどね」

「個人的に最も惜しいのは、『水浴び装置』的なものが有ったらしい事だね」

「雨くらいの適度な勢いで、思う存分に体を清められたっていう技術らしい」

 

ザガン

「あー、欲しいなあそういうの。髪洗う時とか絶対便利だよ」

 

グレモリー

「技術が残っていた所で、結局は大量の水が無ければ賄えんがな」

「サルガタナス、貴様も見ておけ。仮にも敵の本拠地だ」

 

サルガタナス

「言われなくてももう来てるの。偉そうにしてないで、そのムダだらけの体積をとっととドカしたら?」

 

 

 反対側の座席に居たであろうサルガタナスを呼んだグレモリーのすぐ背後で、サルガタナスが眉間にシワを寄せていた。

 

 

グレモリー

「おっと。はっはっは、確かに、今のは私の手落ちだったな」

 

 

 バツが悪そうに、しかし随分と様になる爽やかさで苦笑しながらグレモリーが窓際から身を引いた。

 他の仲間達も、言葉のトゲが飛んでこない内にワサワサとサルガタナスにスペースを譲り始める。

 

 

ソロモン

「今の、笑って済ませられるのか……グレモリーって、思ってたより大らかなんだな」

 

ザガン

「え? いつもあんな感じじゃない? 厳しい所もあるけど、普段から気さくなほうだよ」

「領主のイゾルデさんって、グレモリーの事でしょ? 凄い良い人だって人気らしいし」

 

バルバトス

「今は公的にも『グレモリー』で通してるから多少は古い情報だけど、今も変わりないだろうね」

「俺もちょっぴりナンパが過ぎて窘められたりもするけど、結構、話を合わせてくれるよ」

 

エリゴス

「グレモリーにまで声かけてたのかお前……」

「あたしはそこまで関わりねえけど、出自や身なりを全く気にしないし、それだけで好感もてるな」

 

ソロモン

「そ、そうなのか……? 俺てっきり、フォカロル達とは別方向に厳格なタイプかと……」

 

バルバトス

「君はホラ、さっきも言われてたけど、立場ってものがあるからね」

「彼女にも仕事があるから、余り多くの顔を見せられない。それで君の印象も偏っちゃうんだと思う」

 

ザガン

「世のお父さんって感じだね、性別は逆だけど」

 

ソロモン

「なるほど……同じ引き締め役でも、ブネみたいに日頃から接する機会、余り無いもんな」

「そう考えると、むしろ俺の方からの歩み寄りが足りなかっただけかもしれない」

「グレモリーだって、キューティーバイオレンスナンバー5の皆とは仲良いみたいだしな」

 

一同

「(キュ……何?)」

 

サルガタナス

「クソね」

 

ソロモン

「え、そうかな? 俺は結構好きだけど……」

 

サルガタナス

「見下げ果てたわね。ヴィータの悪趣味と狂気を煮詰めた最低最悪のセンスだわ」

 

ソロモン

「そ、そこまで言うことないだろ……」

 

バルバトス

「いやいやいや、ソロモン、何の話と繋いでるつもりなんだ……?」

「サルガタナスが見てるのはアブラクサスの方だぞ?」

 

ソロモン

「え? あ、ああ、アブラクサスの事を言ってたのか」

「でも確かに建物とか独特な形してるけど、そこまで悪い印象は……」

 

 

 サルガタナスを邪魔しないよう、遠慮がちに窓からアブラクサスを観察しなおすソロモン。

 

 

ソロモン

「海が見える高台って、見た目にも結構いい感じだと思うけどな」

「絵とか余り見ない俺でも、題材によく使われるってイメージあるくらいだし」

 

サルガタナス

「上っ面しか考えないからどこまでも下等生物なのよ」

「その勝手なイメージを『造る』ために、どれだけの価値を破壊したのか気付きもしない」

「濾過と消毒を繰り返した透明なだけの水を『大自然の恵み』とありがたがるような胸糞悪さ……」

「ある意味では芸術品かもね。馬鹿と傲慢の金賞作だわ」

 

ソロモン

「???」

 

バルバトス

「『造る』に『水』ね……ソロモン、サルガタナスは『海』の話をしてるんだよ」

「あの崖と高台、砂浜を埋め立てて造成したものなんだ。サルガタナスはそれを見抜いたのさ」

 

ソロモン

「埋め……砂浜を、埋めた……?」

 

バルバトス

「言ったろう? かつてアブラクサスは漁村で、バラ特需を使って『街の美観を高めた』」

「他所から土と石を取り寄せ積みあげ、金属の杭や植物の根で補強しながら地道にね」

 

エリゴス

「見てくれのために、砂浜を崖にしたってか……?」

 

ハーゲンティ

「そこまで贅沢されると、流石のあたいもそれはちょっと……」

 

バルバトス

「崖っぷちのリスクは当然承知済みだ。だから当時の最新技術をつぎ込んで、耐久保証は数百年」

「建造物は風化してるけど、あの崖はアブラクサスが廃墟になって以降、すり減りもしてない」

「代々イーバーレーベンに住んでる使用人さんから聞いた話だ。信憑性は低くないと思う」

 

ザガン

「うわー、ウァプラが聞いたら引っくり返りそう」

 

バルバトス

「まあそれらが無くても、汚れた水を海に捨ててる時点で我慢ならないのだろうけど……」

 

サルガタナス

「もう半分慣れたわ。つくづくヴィータってのは、薄汚い事ばかり有難がるものよね」

 

エリゴス

「(ドン引きさせられる現物が目の前にあるんじゃ、流石に反論する気にもなれねえや……)」

 

ハーゲンティ

「そこまでお金があっても、最後はこんな事になっちゃうんだねえ。ああ無情……」

 

バルバトス

「使い所の正しさに悩む表現だね、詩人的に……」

「しかし……うん、今の内に話せるだけ話しておくかな」

 

ソロモン

「他にも話題があるのか?」

 

エリゴス

「今度もアブラクサスがスゲエって話ならパスで頼むぜ……」

 

バルバトス

「うーん……当たらずとも遠からず。任務に関する意味が大きいね」

 

ハーゲンティ

「じゃあ、あたいがパス……?」

 

バルバトス

「いやいや、分からなくても聞くだけ聞いといてくれ……」

「実は、王都で説明を受けた時に、途中でガブリエルに遮られた話があってね」

 

ソロモン

「えっと……ごめん、そんな場面あったっけ?」

 

バルバトス

「ガブリエルにしてはセンスの良いタイミングだったからね、気付いてなくても仕方ない」

「邪魔された話題は、アブラクサスが衰退した原因……実は、フォトン枯渇だけじゃないんだ」

 

ソロモン

「ガブリエルが喋らせなかったフォトン枯渇以外の原因……それも任務に関係がある?」

 

バルバトス

「そう。ハーゲンティが言った『沢山のお金』が見る見る溶けていくくらいの『事件』がね」

 

ハーゲンティ

「お、お金が溶ける……? や、焼いたり、そういう薬とか!?」

 

バルバトス

「いや、溶けるって言うのは比喩だよ……大金を支払うハメになったって意味」

「原因は、富をもたらした例のバラだ。便宜的に『原種』とでも呼ぶとしよう」

「この原種、現在の市場では全く流通していない。根絶されたからね」

 

ザガン

「根絶って……誰かが残らず処分しちゃったって事?」

 

バルバトス

「それも、根絶を指示したのは当時の王都……国を上げて原種を抹殺したんだ」

 

ハーゲンティ

「そんな勿体ない! どんなモノでも『元祖』ってのはそれだけで値打ちモンですぜ!?」

 

バルバトス

「しょうがないのさ。『猛毒』があると分かったんだから」

「それも、当時の技術ではハルマの力を借りてようやく見つけられたような特殊な毒がね」

 

エリゴス

「毒入りかあ……」

 

ザガン

「やっぱり、トゲから毒が入っちゃったり?」

 

バルバトス

「トゲどころか、花もツルも根も、隅から隅までだよ」

「幼い子供なんかだと、極稀ではあったそうだけど、慎ましい芳香と引き換えに鼻を失ったとか」

 

グレモリー

「加えるなら、根絶された現在でも大半の領地で、『原種』の所持・流通に厳罰を課している」

 

ソロモン

「そんなに強いのか!?」

 

ハーゲンティ

「花で鼻を……あ、いや、シャレになってないね、うん」

 

バルバトス

「検出が難しいだけじゃなく、毒の効能も厄介でね。一種の麻酔みたいなものだったんだ」

 

エリゴス

「麻酔って言えば、医者が患者の腹ぁ切る時とかに使うやつか?」

 

バルバトス

「まあそういう事なんだけど、それもまた随分な例えな気がするなあ……」

「とにかく、体の感覚を失わせるんだ。だから、例えばトゲが刺さっても気付きにくい」

「そして、それだけでは直接の危険は無い。だから『副作用』も見逃され、毒の発見が遅れた」

 

ソロモン

「その『副作用』が問題だったんだな?」

 

バルバトス

「『副作用』は2つ……抵抗力を失わせる事と、動きを鈍らせる事」

「まず1つ目。毒が効いている箇所はその間、病や他の毒を退けられなくなる」

 

ソロモン

「抵抗力……ああ、体に悪いものが入っても、ある程度なら体が退治してくれてるって事か」

「体を清潔にするのも、目に見えないほど小さな生き物が俺達の害になるからとか」

 

ハルファス

「じゃあ、ほんのちょっとの病の元でも、体がやっつけられなくなるって事?」

 

バルバトス

「その通り。本当にちょっと指先切ったくらいなら、治りが遅いくらいの影響しか無いけどね」

「でも、さっきの例なら、子供は力が弱いし、大人でも鼻の中はデリケートな器官だ」

「香りを嗅いで僅かに麻痺した鼻で空気を吸い、病の元が鼻に棲み着いたら……」

 

ザガン

「それで悪化して、鼻が取れちゃうほどまで……!?」

 

バルバトス

「あくまでも、極稀な例だけどね。何よりの問題は、危険な応用が出来てしまう事だ」

「副作用2つ目が実際に使われてね。とある領主のもとに原種を漬け込んだアロマが送られた」

 

ザガン

「バラの香りのアロマって聞くと、ちょっと興味出ちゃうけど……ヤバいって事だよね?」

 

バルバトス

「原種の毒で感覚を失うと、その部分は殆ど動かせなくなる」

「何も知らない領主はこれを寝床で焚いて、そのまま眠りについた」

「寝息に混じった原種の毒で、呼吸器が痺れて動かなくなり──」

「翌朝には、原因不明の永遠の眠りについた領主が見つかるって寸法さ」

 

ソロモン

「あ、暗殺……!」

 

グレモリー

「原種の毒は、死体の中だろうと徐々に変質して、たちまち正体をくらますそうだ」

「治療薬や消毒剤に混ぜれば、病や怪我の悪化に見せかけての殺害も容易い」

 

バルバトス

「創作か事実か分からないけど、毒が発覚した当時に流行った逸話がある」

「思春期の少女が、ある男性に恋をした。『この人を独り占めしたい』と──」

「しかし男性はある時、謎の病を患い寝起きもままならない体に」

「家族にも疎まれ孤立する男性を甲斐甲斐しく世話する少女、だが彼女の料理は何故か時々味が──」

 

ザガン

「わ、分かった! もうオチ分かっちゃったから!」

 

エリゴス

「男が孤立しちまったのも根回しされてるパターンだ……」

 

ソロモン

「(何でだろう……ちょっと、他人事な気がしない……)」

 

グレモリー

「つまり原種を用いれば、庶民から貴族まで誰でも完全犯罪を成し遂げられる」

「そうなれば贈り物ひとつさえ疑心暗鬼の嵐を呼ぶ。規制もやむなしという事だ」

「無論、現在流通している改良品は、無毒化されている事が絶対条件だ」

 

バルバトス

「原種を所有する金が無くたって、貴族の妻に恋した庭師が……いや、もう充分か」

「とにかくそんなわけで、直ちに原種の回収及び処分が命じられたのが百数十年前だけど──」

「この原種アブラクサスが今、再び出回ってるかも知れないと俺は考えてる」

 

ハーゲンティ

「ヤバいけど勿体ないバラが!? 無くなったと思ったバラが百年振りに復活!?」

 

バルバトス

「それ、どういった意味合いで尋ねてるんだい……?」

 

グレモリー

「ふむ……」

「興味深いな、バルバトス。聞かせてみろ」

 

バルバトス

「(グレモリーが食いついた……なら、王都も『原種』流通を把握してると見るべきかな)」

「(グレモリーは嘘や誤魔化しが苦手なタイプだ。未知の情報なら黙って聞いたはずだからね)」

「結論から言って、周辺領で交わされる不審な取引……その見返りが原種なんじゃないかな」

 

エリゴス

「大量のメシやら服やら指輪やら、その代金代わりが原種か……バラ自体が値千金だもんなあ」

 

ソロモン

「じゃあもし、買った原種を、金目当てで更に周辺領の外にまで売り捌いてたら……」

 

ザガン

「見て楽しむだけ……って事は絶対無いよね……」

 

バルバトス

「そこからうっかり他所で栽培でもされたら一大事だが……まだそこまではいかないと思うな」

 

エリゴス

「そうかあ? 珍しいとか猛毒とかより、人間まずは金に目が眩むと思うけどなあ」

 

バルバトス

「そんなアコギな奴ほど、司法の目を常に警戒するものさ」

「説明を受けた時に『証拠はまだ掴めてない』と言ってた。つまり『調査』はしたんだ」

「さて、グレモリー。俺はお上の仕事には詳しくなくってね」

「王都から金遣いについて疑われた時、領主はどうすべきなんだろう?」

 

グレモリー

「ふっ、私に聞くとは……だが嫌いじゃない」

「場合にもよるが最低限、領主は当月までの財務諸表とその写しを用意し、写しを王都に提出する」

 

話を聞いてる側一同

「???」

 

バルバトス

「簡単に言えば、現在の全財産と最近の売買の記録だよ」

「一輪100万なんて飛び出すような破格の取引をしてたら、その時点で即刻バレるって事」

 

グレモリー

「虚偽の書類を出しても無駄だ。写しを受け取った後、王都は税務査察官、通称マルサを派遣する」

「マルサは領主立ち会いの下で写しと財務諸表を照らし合わせ、更に実際の資産状況も確認する」

 

バルバトス

「書類に嘘がない事を現地で確かめ、更に宝石1つまで嘘偽りが無いか調べ上げられる……大丈夫かい?」

 

ソロモン

「う、うん、何とか分かる」

「スケールは違うけど、フォカロル達がアジトの支出を記録してくれてるのと似たようなものだよな?」

 

バルバトス

「概ねそれで問題ない。俺達も疑われたら、それを証拠として提出するわけさ」

「だが、王都もそのくらいの事は調べたはずだろうけど、現状では尻尾を掴めていない」

「少なくとも、まだ原種を金に換えるような取引は発生していないと考えられる」

 

グレモリー

「隠す物が大きいほど、痕跡は消しきれなくなる。王都も充分に探りを入れての結論だろう」

「そしてアブラクサス以外で、金以外の取引に応じる者も居まい。価値が不確か過ぎるからな」

 

バルバトス

「ふうん、やっぱりグレモリーもそう思うわけか」

 

グレモリー

「ん? 妥当な『推理』だと考えるが、何か妙だったか?」

 

バルバトス

「いやいや、何でも?」

「(ま、このくらいの『はぐらかし』は当然だね)」

 

ソロモン

「な、何の話?」

 

バルバトス

「取引の正体の話、さ」

「話した通り、周辺領の外に不審な金の流れは見つかってない」

「そして、『不審な取引自体』の証拠も出ていない。つまり──」

「原種の取引には、お金が絡んでいない」

「(という事を、グレモリーと王都も感づいているんだろうね)」

 

ザガン

「ええ? 買いも売りもしてないって事??」

「でも、アブラクサスは実際に色んな品物を手に入れてるんでしょ?」

 

ハーゲンティ

「じゃあ、原種と食べ物を物々交換!?」

 

ソロモン

「いや、だからそんな人によって価値の変わる物で取引はできな──」

「あれ? さっきグレモリー、『アブラクサス以外では居ない』って……」

「あっ! アブラクサスなら原種の『代金』が何でも問題ないんだ!」

 

バルバトス

「はい、ハーゲンティとソロモン正解」

「念の為に確認しよう、グレモリー。物々交換に関する法整備は?」

 

グレモリー

「健全な施政を志す者としては、まだ充分とは言えんな」

 

エリゴス

「待て待て、だから置いてけぼりにすんなって!」

「何だよ、物々交換だと王都の取り調べすり抜けられんのか?」

 

バルバトス

「限りなく黒に近いグレーだけど、直ちにしょっ引くことはできないって感じじゃないかな」

 

グレモリー

「私の見立てでは、規模とやりようによっては完全に騙しおおせてしまえるだろうな」

「貨幣のように平等の価値を持たん以上、法整備以前に水準を定めるのも難しいからな」

 

ザガン

「あの……もうちょっと具体的な話を……」

 

ソロモン

「えっと……こういう事かな」

「さっきの……マルサだったか? その人達が領主の宝石の数を確かめたとする」

「実は宝石の中に1つだけ、盗んで手に入れたか、別の宝石と交換した物があった」

「もしくは逆に、何かの借りを返すとかで幾つかの宝石を誰かに明け渡してた」

「当然、帳簿と宝石の内訳が違うと指摘されるけど、その時──」

「『うっかり間違えた』『紛失してしまった』って言い張ったら……」

 

グレモリー

「うむ。マルサには、その場では言い分を聞き入れて引き下がる他にない」

「事前にその情報を得ず、裏取りも対策も用意しなかったマルサの手落ちだ」

 

エリゴス

「そ、そんな簡単に言い逃れできちまうのかよ……」

 

グレモリー

「肝心の『数字』に重大な違反を見出だせない以上、疑わしきだけでは罰せない」

「複数の人間が橋渡しで記録を付けているのだから、どうしてもどこかにミスも出るからな」

 

バルバトス

「例え宝石でも失くす時は失くす。それで逮捕されたんじゃ、誰も領主なんてやりたがらない」

「もしも、盗まれたから帳簿が合わなくて、そのせいで罰せられたりしたら盗んだやつの一人勝ちさ」

 

ハルファス

「罰を与えた王都の人達も、後で文句言われちゃうよね」

 

グレモリー

「活版印刷のように専門の仕事をする機械でもあれば話は別だが、そんな代物も生まれていない」

「万全とは言い難いが、これ以上の締め付けも現実的ではない。まったく難儀だよ」

 

バルバトス

「多分、本当にアブラクサスが交換してるのは『契約』だろうね」

「ソロモンの例えで言うなら、宝石を他人に明け渡したケースだ」

「例えば、最初に原種を与えて、今後とも『仲良く』するなら定期的に渡すよと持ちかける」

「相手領主が承諾すれば、アブラクサスは約束通り原種を状況に合わせた方法で送る」

「領主はアブラクサスの要求する物を、取引の振りして譲渡する」

 

エリゴス

「ん? 要は、アブラクサス渡して、色々な品大量に寄越してるんだよな?」

「やっぱりバレねえか? アブラクサスもちゃんと金出さないと帳簿が狂うだろうし」

 

バルバトス

「マルサが来た時は、譲渡しに行った時に互いがサインした、偽の領収書を見せるんだ」

「無フォトン作物を買ったり資源を売った記録をね。もちろん本当は買い物なんてしていない」

「元が趣味の人が買う程度の規模だ。領地の財務やりくりの中では取るに足らない」

 

グレモリー

「決算によっては、時に百万ゴルドを一桁で表し、未満は小数点で軽んじられる事もあるからな」

 

ハーゲンティ

「…………!?!!??」

 

バルバトス

「(ハーゲンティ、脳みそが空の向こう側まで飛んでったような顔してるな……)」

「つまり、領収書と帳簿の額がズレはするけど、余裕でトボケ倒せるわけさ」

「『どこかの店から大口で買った時、手数料を負けてもらったのを書き忘れたかも』とかね」

 

ソロモン

「アブラクサスとの取引が、領地レベルでは小さすぎる買い物だったと偽装するんだな」

「領主側は先に受け取った原種の見返りに金品や日用品を渡して、嘘の領収書を交わす……」

 

バルバトス

「ついでに、無フォトン作物の売買程度の少額のゴルドを形だけやり取りしてるだろうね」

「そして王都の法を踏み倒してるアブラクサスは、資産開示なんて真面目に応じる必要がない」

 

エリゴス

「アブラクサス側の取引記録がどんだけメチャクチャでも構うこた無えってわけか」

 

ソロモン

「記録を付ける必要も無いのかもな。原種の価値の方が上だし、取引がバレて困るのは領主の方だ」

「過去の取引で言った言わないが起きたら、それらを盾にして黙らせれば良いんだから」

 

ザガン

「でも、実際にはアブラクサスにどっさり品物送ってるんだよね?」

「そのマルサって人が蔵の中調べて、食料とかがポッカリ消えてたら流石に怪しまれない?」

 

バルバトス

「うん、それは流石に『一人』では隠すのは難しい」

 

ソロモン

「『一人』……あっ、そうか。アブラクサスと取引してる領主は大勢居るから……」

 

ザガン

「じゃあ、本当に結託して、口裏合わせて……?」

 

バルバトス

「周辺領は原種の近所なだけあって、バラの品種改良や、領同士のバラの交換、売買が盛んらしい」

「この縁で、どこも日頃から盛んに交易してる。そしていつ何が必要になるかは領主の裁量だ」

「それらしい理由を付けてチマチマと取引を繰り返せば、資産の動きを煙に巻く事ができる」

「『何となく備蓄が不安だから、余裕のある幾つかの領地から保存用の食料を買い取った』とかね」

 

エリゴス

「原種もその売り買いの流れにこっそり乗せちまえば良いわけか」

 

グレモリー

「マルサが最大限に警戒している違法な資産運用の1つだ」

「これを何重にも利用すれば、アブラクサスに足のつかない金銭を与える事さえできる」

「その金でアブラクサスが何を買おうと、証拠がなければ簡単に文句も言えなくなる」

 

ハルファス

「じゃあ、そういう領主さん同士の取引も、マルサの人が追いかけてるんじゃないかな?」

「アブラクサスに送った分はどこの領地にも残ってないんだから、足りない分がすぐバレちゃいそう」

 

ザガン

「全部の領地で不自然に消えた食料計算したら領地1つ分でした……なんて分かったら大問題だよね?」

 

バルバトス

「その時は、最強最後の言い訳があるだろ?」

「ヴァイガルドの資源は、フォトンを含めて常に目減りしてるんだから」

 

ソロモン

「ま、まさか幻獣に責任をなすり付けるのか!?」

 

グレモリー

「何も不自然な事はない。ヴァイガルド中で日々、犯罪や幻獣被害で失せ物が発生している」

「キャラバンの商品や、王都へ納付する税金、旅行に出る貴族のお付きの一団……」

「領地複数分の、こういった諸々の損害額をまとめて計上すれば、時に領地1つ分も珍しくはない」

 

ザガン

「幻獣被害って、数字にするとそんなになっちゃうんだ……」

 

バルバトス

「食料はもちろん、光り物を好む幻獣も居れば、無駄に戦利品を持ち帰りたがる幻獣も居る」

「つまりゴルドも金塊も簡単に消えるし、布や契約書の類なんて原型留めてる方が稀だ」

「本気で言い訳にするつもりなら、日頃からそれらしい根回しも済ませてるはずだから──」

「最悪、足がつきそうな人間も『幻獣の被害に遭った』事にできてしまうだろうね……」

 

グレモリー

「仮に野生の幻獣に非常事態が起き、アブラクサス一帯から立ち退く事があったとしても……」

 

エリゴス

「アブラクサスに囲った幻獣使えば、幾らでも言い訳の原因を捏造できる……汚すぎて言葉も出ねえ」

 

バルバトス

「1から10まで本当だった場合っていう、あくまで想像でしかないけどね」

「でもドンピシャだったら……主導してるシュラーは予想以上の巨悪かもしれないね」

 

ザガン

「で、でもさ、そもそもさっきの話だと、原種は全部処分されたんじゃなかったの?」

「アブラクサスが本当に原種を持ってなきゃ、ここまでの考えも成り立たなくない?」

 

グレモリー

「その通りだ。原種の有無も含めて、調査せねばならんという事になるな」

「だが、備えるに越したことは無い。原種は存在するという前提で動くべきだろう」

 

バルバトス

「(王都とグレモリーの間で、既に原種の取引の可能性が共有されてるようだしね)」

「(しかも今しがた話したような具体的な手法まで……ほぼ黒という根拠が有るって事だ)」

 

ソロモン

「元からアブラクサスに生えてたのなら、まだどこかに咲いてる可能性もあるしな……」

 

バルバトス

「それに、未練がましく住民がわざと残していった可能性も、結構ありそうなんだよね」

「原種の毒が発覚、王都が処分を要請した時、アブラクサスは何て言ったと思う?」

「真っ向から拒否したんだ。『アブラクサスの富を妬んだ王都の陰謀だ』ってね」

 

エリゴス

「は?」

 

ハルファス

「どうしよう……ちょっと何を言ってるのか、よく分からない」

 

ザガン

「うん、大丈夫……多分ここにいる皆がそう思ってるから」

 

バルバトス

「当時の技術は、今と比べて天地ほどの差があった。もちろん悪い意味でね」

「昔は自白と証人が信用されたんだ。証拠なんて置物同然、難癖つけ放題さ」

「それに原種はアブラクサス繁栄の要。処分なんて認めちゃあ、やっていけないしね」

 

ソロモン

「『毒を見つけた事自体が何かの間違い、あるいは捏造』──』

「そんな事を堂々と言い返せるのが普通な時代だったって事か」

 

ザガン

「だからって何様のつもりさ、陰謀だとか何とか!?」

 

エリゴス

「実際に被害者も悪用する奴も出てるだろうに、世界中を見下したみてえな言い分だな」

 

バルバトス

「実際、そういう部分が有ったみたいでね……」

「アブラクサスは美しさを磨き続け、一庶民の家でも水がいつでも手に入るほど豊か──」

「すると、どうしても『思い違い』が生まれる。ここに住んでいる自分もまた素晴らしい存在だと」

 

ハーゲンティ

「う……いつかのお仕事先の人に、ちょっぴり心当たりが……」

 

ソロモン

「つまり、自分達のバラを悪く言う王都は、妬みで濡れ衣を被せてきてるって……?」

 

ザガン

「最悪……」

 

バルバトス

「お陰で世界中から大バッシングさ。すぐさま王都に本気で凄まれ、従わざるを得なくなった」

「フォトン枯渇の前兆として環境の衰退も始まってたそうだけど、些細な問題だったろうね」

「彼らには多分、自分達の『清らかさ』を傷付けられた事の方が重大だったろうと思うよ」

 

ソロモン

「結局の所、舞い上がって王都まで下に見てたわけか……」

「渋々従いつつ、原種を諦めたくなくてどこかに隠してもおかしくないかも……」

 

エリゴス

「しっかし珍しくサゲ続けるなあ。アブラクサスの性根が腐ってたって根拠もあるってか?」

 

バルバトス

「まあね。原種の廃棄でアブラクサスは経済に大打撃を受け、街を維持できなくなってきた」

「住民もアブラクサス自体に『汚点』が出来たから、早く汚い場所から出て行きたかったとか」

 

グレゴリー

「今のは、当時のアブラクサス住民が著した手記の一文を引用しているな」

「相当のスキャンダルだからな、関連する記録は現在も多く残っている」

 

ソロモン

「元住民が『汚い』なんて言ったのか……自分の故郷に……」

 

バルバトス

「いつまでも美しさを求める側にいちゃ、良い事も無いって事かな、いっそ哀れだよ」

「とにかく彼らは新たな住処を探してアブラクサスを出た……さて、どこに行くと思う?」

 

ハーゲンティ

「そりゃあ……あたいだったら、噂とか届かないくらいウンと遠くに……」

 

ザガン

「もうアブラクサスの人間ってだけで、関係なくても酷い事言われそうだもんね……」

 

ハルファス

「イーバーレーベンだったって聞いた事あるよ。後、周りの他の領地も」

 

ハーゲンティ

「まさかのご近所!?」

 

バルバトス

「そのまさかだよ……彼ら、殆ど押し入るように周辺領に移り住んだんだ」

「元から所有してた別荘なら良い方で、金に物を言わせたり、空き家を不法占拠したり……」

「眉唾だけど、『アブラクサスの方から来てやったんだからもてなせ』なんて言い切ったとか」

 

エリゴス

「そいつらが汚点そのものじゃねえかよ!」

 

ソロモン

「周辺領に了解も無く……って事だよな? 相当ゴタついただろうなあ」

「あっ……イーバーレーベンが昔、治安が悪かったのって……」

 

バルバトス

「一因ではあるけど、それはアブラクサスだけが原因でもないよ」

「アブラクサスの見てくれに憧れた旅行者が、以前からご近所に勝手に住み着いてたらしい」

「憧れの街となるたけ近くに住む事で、自分も憧れの一部になりたかったとか……」

 

エリゴス

「アブラクサス以外でも、どいつもこいつも……腹立って来やがった」

 

バルバトス

「まあ、アブラクサスの一件で『移民問題』に特大の火が点いたのは確かだろうけどね」

「元・旅行者もアブラクサス移住者も、最初に持ち込んだ金だけが頼りだからすぐ困窮する」

「地元住民からのイメージも最悪……必然、治安は悪化し、彼らは一箇所に追いやられる」

「そうして彼らの住む区画に付いた渾名が『移民街』。同じ『住民』だとは認めたくなかったんだろうね」

 

ハルファス

「でも大人の人の中には、約束通りだったって言ってる人も居たよ」

「『周辺領は昔から、困った時は何でも頼ってくれと言ってた』って」

 

ザガン

「いやいや、だからってムリヤリ押しかけて家とか土地とか勝手に使っちゃダメでしょ!」

 

エリゴス

「あくまでアブラクサスに対する『信頼』が成り立ってた頃の話だろうしな」

 

ハルファス

「うん、私も、良くない事だと思う」

「でも、昔の約束に頼って無理するしか無い人も、居たんじゃないかな」

「アブラクサスの中で、本当に皆がお金持ちだったとは限らないし」

「街もちゃんと住めなくなって、外に出るしかなくて、でも遠くまで行けない人も居たと思うし」

 

ソロモン

「それは……あるかもしれないけど……」

 

ハーゲンティ

「あ、あたいさ……昔、雇ってもらったダンナさんが捕まっちゃった事あって……」

「あたいら使用人も、まとめてお暇出されちゃったんだけど……」

「皆、街の人達に顔と名前知られちゃってたから……」

「も、もちろん、だからって悪いことはしなかったけど! でも……あれはキツかったなあ」

 

ザガン

「あ、いや、その……」

 

 

 ハーゲンティが珍しく言葉を選んでいた。

 誰ともなく、王都の住民が自分達を悪魔の手先と信じかけた時の事を思い出す。

 

 

バルバトス

「あの、ハルファス、さっきからもしかして……君が住んでた所って?」

 

ハルファス

「『移民街』で、武器屋のお父さんと、服屋からお嫁に来たお母さんと、妹と暮らしてた」

「お父さん達は、『移民街』が良くならないのは、街が悪者扱いし続けてるせいだって言ってたけど」

 

バルバトス

「す……済まない」

 

ハルファス

「え? ……あ、『移民街』の人が良くない人達って話だったから?」

「ううん、私は大丈夫。私の事を言ってたんじゃないって分かるし」

「お父さんもお母さんも、悪い奴が沢山いるから気をつけろって言ってたから、間違いじゃないと思う」

 

エリゴス

「ま、まあホラ、昔の事は昔の事だもんな……ハハ」

 

一同

「……」

 

 

 隣の馬車から声がかかる。

 

 

騎士ヒラリマン

「皆様、間もなく森へと入ります!」

「万一、アブラクサスに見つからないとも限りませんので、窓を閉じて下さい!」

 

エリゴス

「お、おおっと、ようやく本格的になってきたじゃねえか!」

「と、とりあえず話は一旦終わりだ、な!?」

 

バルバトス

「やれやれ、今日はとことん裏目だ……」

 

グレモリー

「了解した、心遣い感謝する!」

「──というわけだ。サルガタナスも充分だな、閉めるぞ」

 

 

 騎士へ返事を投げて、窓に手をかけるグレモリー。

 仲間たちも誤魔化すように準備にとりかかる。

 

 

サルガタナス

「ええ。むしろあんなもの、一刻も早く消え去って欲しいくらいよ」

 

 

 フイと窓を離れ、自分の席へ戻っていくサルガタナス。ソロモン達の先程までの会話はロクに聞いていない様子だった。

 

 

ザガン

「そういう割には、ずっと見てたよね?」

 

バルバトス

「健全では無いけど、不快や怒りも1つの娯楽なんだよ」

「醜いものを見つけ出して、1つ1つに『ほらやっぱり醜い』と腹を立て、否定するんだ」

「排除すべき悪と、悪が変わらず悪である事と、悪を許さぬ自分の『美しさ』が再確認できるからね」

 

ザガン

「格好悪い……」

 

ハルファス

「何だか、すごく虚しくて、哀しいね」

 

バルバトス

「言わないであげてくれ。当人らだって、望んでそんな事をしてるとは限らないんだ」

「もしかしたら俺達だって、そうと気付かず日頃からやってるかもしれないよ」

「命が幸福を求める限り、どんなに陳腐な『安心』でも、のめり込んでしまう……否応なくね」

 

 

 

<GO TO NEXT>




※ここからあとがき

 アブラクサスの説明は文章だけでは少々ややこしくなりそうなので、拙いながらも挿絵を描いてみました。
 もっと広~い印象を持たせたかったのですが、画力の限界です。
「海に面した高台に立地、樹木と石壁に囲まれ、石壁には下水道を内蔵、向かって左の崖際に天文観測塔、他には中央奥に学舎、向かって右は水路の水を貯蔵する給水棟など」
 後は話の必要に応じて適宜、設定を継ぎ接ぎしていく予定です。


「会話文で設定を説明していく作品は良くない」とどこかで読んだ覚えがあったりしますが、裏に埋もれそうな部分は二次創作では二度と日の目など見ないでしょうし、書けるだけ書く方向で行こうと思います

 フォトン枯渇関連はオリジナル解釈です。
 シャックスがキャラストで説明した「フォトンが無くても自然界は以下略」と、実際にフォトンが枯渇した環境の描写とのギャップを自分なりに辻褄合わせてみたものです。
 リアル世界と違って、フォトンという万能エネルギーが当たり前に存在して、しかも基本的に人間に得なような作用を及ぼすとなると、「フォトンで何とかなってた分」を見落としがちなんじゃないかなと。

 麻酔の有無は、死体とは言え腹や頭を開く描写があったので、手術自体は普及していると考え、麻酔も存在する事にしています。
 現代の麻酔が普及する以前は患部をキンキンに冷やすか規制モノのお薬を使うのが主だったそうですが、ヴァイガルドにも華岡青洲が居たという事で。


 不正取引の内容は、こういうのもそれっぽく考えておかないとダメかなと思い、素人が無理くり考えたものですので、整合性とかは一旦置いといていただけると助かります。



 前作に引き続き、ヴァイガルド水回り事情も勢い任せで色々考えてみました。
 かつての質問箱の回答から考えると、1700~1800年代ヨーロッパ辺りの入浴事情に近いのかなと。
 1800年代が欧米のシャワー黎明期だったりしたらしく、上水道の誕生も1700年代後半から1800年代前半との事で、どっちかが既に普及しているという事も余りないかと。
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