PRINCESS ART ONLINE ※更新停止   作:日名森青戸

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(・大・)<多分見せ場の一つ。


プリズンブレイクinジェイレウム~踊れ、優しい吟遊詩人よ~

2023年 10月16日 30層《蚕の森》

 

 

「ここで良いんだよね?」

 

「はい。ここの虫系モンスターが落とす皮が必要だってアシュレイさんから言われまして。私もソードスキルを試してみたかったから、丁度良かったです」

 

チカ、ツムギ、ノゾミの3人は現在、30層の森の中を歩いていた。

主な用件は2つ。ツムギのEXスキル獲得とアシュレイの頼み事だそうだ。

ツムギは今、10層が解放された辺りからアシュレイと言うプレイヤーに弟子入りし、毎日スタッフとして店に通っている。通い妻ならぬ通い弟子である。

因みにアシュレイは彼女を「中々器量の良い子」と評していたそうで。

それはさておき、今回の目的地でもあるここ、30層の《蚕の森》は上質な糸系のアイテムを結構な割合でドロップするという。アシュレイ自身、ノゾミとチカに任せるつもりだったが、ツムギ自身の用事も重なって、今回3人で出る事となったのだ。

ノゾミたちの現レベルは45前後ある。とはいえ、安全マージンに基づいた行動をしなければならない。

各々狩りの準備を進める中、ノゾミがあることに気付いた。

 

「あれ?ツムギ武器を変えた?」

 

目についたのは、ツムギが腰に下げた鎖だった。単に鎖だけではなく、片方の端には持ち照らしき棒、もう片方にはピラミッド状の四角錐の突起物が繋がれており、剣や斧のような得物にも見える。

 

「はい。半年かけて地道に積み上げた、《鞭》のソードスキルです。これも武器としては鞭に分類されるそうです」

 

聞きなれない単語が出て、ノゾミとチカが首を傾げた。

 

「短剣ではなかったんですか?」

 

「実はアシュレイさんの所に弟子入りしてしばらく経った時に、ふと自分の武器に対して思う所があったんです。なんかちがうって

 

「そのフレーズどっかで聞いた気がするんだけど気のせい?」

 

多分気のせいじゃありません。人様の主人公の台詞を何勝手に使ってんだ。

ともあれいきなり知らない武器が出てきて困惑する読者もいるそうだから、鞭という武器カテゴリについて説明をしよう。独自解釈全開だけど。

 

鞭はこのSAO内で使える武器の一つだが、両手剣や刀などと同様ある程度解放条件が設定されていて、初期には使えない武器である。

得物によっては両手槍以上の射程と自由な角度から攻撃できる範囲を持つが、鞭に該当する武器は総じて攻撃力が低く、覚えられるソードスキルも他の武器とは半分以下という、SAO内のマイナーオブマイナーとも呼ぶべき武器であるが故に、9千人のプレイヤーは勿論、1千人のベータテスターもそのスキルの存在を知る者は片手で数える程度だったらしい。

その解放条件はただ一つ。《片手連接棍》のスキル熟練度が100以上。これだけである。

 

ツムギの鞭の熟練度は現在50。ツムギ曰く300は欲しいとのこと。

 

「じゃあ、ソードスキルはで動きを抑えてもらって、私とチカが攻撃ってところで良いね?」

 

「構いませんよ」

 

準備を整えた3人は、早速生糸を求めて森の奥へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

蚕の森で狩りを開始して、はや2時間。

鞭のソードスキルによって拘束されたモンスターをチカとノゾミが倒す。勿論、周囲に予想外のモンスターがいないことを確認しながら、だ。

 

「そういえば、生糸ってどれくらい集めるんですか?」

 

「そうですね……あ、もうすぐ頼まれた量になります」

 

「あと少しね。じゃあちゃちゃっと済ませちゃいましょう」

 

目標値まであと僅かと知り、直後に現れた《ギガント・シルクワーム》が現れる。

目の前の相手を吐く糸で絡めとり、現実世界の牛と同等のサイズの巨体で相手を押し潰すという行動を持つ。というか、アルゴリズムでそれ以外の行動を持っていないのだ。それに対して現最前線ボス並みのHPを誇る。

ノゾミを捉えたギガント・シルクワームの口がもぞもぞと小刻みに動き出し、次の瞬間ぶしゃっと、目一杯振った後ふたを開けた炭酸のように、何本もの生糸が飛んできた。

横っ飛びでそれを回避したノゾミは、ワームの横に回り込むと曲刀カテゴリに入るタルワールの刀身にオレンジの光を纏わせる。

 

「たぁーっ!」

 

そこから放たれる、上下2連撃の斬撃。2発とも食らったワームは悲鳴を上げて、ノゾミのほうへ体半分諸共頭を向け、反撃を試みる。

が、それより早くノゾミが、まるで流れるように斜め切りと回転斬りの2連撃をワームに叩き込んだ。

2回のソードスキルを連続で叩き込まれたワームは悲鳴を上げて、ポリゴン片となって消えていった。

 

「あ、今揃いました!」

 

「ではこれで終了ですね。アシュレイさんの元へ戻りましょう」

 

今のドロップ品でついに材料はそろった。

一仕事終えたように一息吐くノゾミを呼び戻して、3人はアシュレイの店へと足を向けていった。

 

 

 

 

「随分早かったわね。本当に3人で集めてきたの?普通ならもう2時間くらいかかると思ってたのに」

 

「はい。特にノゾミさんが頑張ったおかげで」

 

意外そうな顔をするアシュレイに、頼まれた生糸を納品する。

このドロップ品はレアリティは中の上で、戦闘用衣装にも日常用衣装にも珍重されてる素材アイテムだ。

 

「今日の分はこで十分だわ。明日もよろしくお願いね」

 

「ありがとうございます」

 

「うふふ。もし仕立てたい服があるなら遠慮なく言ってちょうだい」

 

「何言ってるんですかアシュレイさん!この2人は私の先客ですよ!幾ら私の師でもそこだけは譲れませんよ!」

 

唐突に横槍を入れたツムギに思わずぎょっとする3人。

いやちょっと待て。何時そんな約束した?

 

「じゃあ2人でこれから2人の衣装について相談しましょ。ノゾミちゃんのほうはもうすぐハロウィンが近いでしょ?だったらちょっとセクシーな感じを出して……」

 

「正統派を絵にかいたような人にそれはどうかと思いますよ?魔女風の衣装をアレンジして……」

 

「じゃあこの衣装はどうかしら?」

 

「あーちょっと待って下さい。この衣装はちょっとデザインを考え直したほうが良いかもしれませんね」

 

「チカちゃんのはどうしようかしら?本人の性格に合わせて実用性の高さも兼ね備えたものも良いわね」

 

「もしもーし。勝手に人を着せ替え人形みたいにしないでくれますかー?」

 

ノゾミの言葉も聞き流したのか、2人の裁縫師は討論に熱中していき、もう2人の話も届かない。

「お邪魔しましたー」と、とりあえず声だけ掛けて2人はアシュレイの店を後にする。後日この2人による着せ替えショーの犠牲になる自分を想像して若干憂鬱気味になりながら。

 

 

 

 

始まりの街に帰ってきたノゾミとチカ。

日はすっかり地平線の彼方に消えようとして、茜色が空を染める。狩りから返って来た居残り組のプレイヤーが、2人に挨拶を交わしながら去って行く。

このアインクラッドに閉じ込められて、もう1年近く見た光景だ。デスゲーム開始時には空なんて見る余裕なんて、誰一人無かった。ウィスタリアが手早く行動していなければ、この始まりの街は手の施しようがないほどに廃れていっていたかもしれない。

 

「2人とも。今帰ってきたの?」

 

物思いに耽っていたら、メディから呼びかけられて我に返った。

 

「はい。ツムギは完全にアシュレイさんとの討論に熱中してしまったようですから、置いてきちゃいました」

 

「そっか。じゃあこれからマコトちゃんの所へ行く?マコトちゃんから料理の試食兼夕食に誘われたんだ」

 

「良いの!?行く行く!――あ、ちょっと待ってて。アイテム整理してから行くから」

 

元々、昼の戦闘で余計なモンスターも狩ってアイテムストレージが満杯になりかけている。要らないアイテムを売ってストレージ内を整理しようとウィンドウを操作する。

直後、その指が止まった。

 

「どうしたの?」

 

「……なんか、変なスキルがある」

 

ノゾミが呆然とした様子で呟いた。

2人が首を傾げてノゾミのウィンドウを覗いてみる。

他人のウィンドウなんて見る機会は当然全く無かったのだが、確かにノゾミがこれまで得たスキルの中にひとつだけ、見たことの無いスキルを発見した。

 

「……《連刃剣舞》?」

 

 

 

 

「確かに見たことの無いスキルだナ」

 

【ゴスペル・メルクリウス】の本部に招かれたアルゴが、ノゾミのスキルを見た第一声がまずそれだった。

 

「アルゴさんでも知らないの?」

 

「まぁな。剣舞技に関係してるってのは解ったけどナ」

 

剣舞技はノゾミが好んで使っているソードスキルだ。曲刀のソードスキルも多くがそれで占められている。

 

「こんなスキルに関する情報なんて……いや、ひとつだけあったナ」

 

「なんですか?」

 

「25層だヨ。そこにある石板のいくつかが昨日の朝早く見に行ったプレイヤーが、崩れているのを見つけたんダ」

 

25層の石板は、メディやノゾミも覚えている。

意味不明な、詩のような文が刻まれた石板が中央広場を囲むように立てられていた筈。それのいくつかが崩れたとはどういうことなのだろうか。

 

「んデ、聞き込みで探っていたらその内の一つ、《神聖剣》は【血盟騎士団】団長ヒースクリフが手に入れたそうダ。攻略組の間じゃ『彼のHPがイエローゾーンまで下がったのは見たことが無い』って言われるくらい有名ダゾ」

 

アルゴの説明に、メディの脳裏にキリトの姿が浮かび上がった。

4か月前、17層迷宮区の攻略をメインイベントとした親睦会の10日後に発覚した、通称『【月夜の黒猫団】MPK潰滅事件』。その犯人はキリトだと【キジバト記者会】発行の新聞で、攻略組はおろか、一般プレイヤーにも風当たりが悪くなっているのは彼女のポーションの委託販売を依頼しているエギルから耳にしている。

今、彼はどうしているのだろうか。まだ攻略を続けているのだろうか。

 

「ともかく、石板の情報は明日にでも新聞に載せるサ。あ、そのスキルは乱用するなヨ。ゲーマー連中は妬み嫉みが強い連中が多い。情報屋や曲刀使いに追いかけられたくなかったら、オネーサンの言うことは守れヨ?」

 

この件はお互いロハだからナー、とアルゴは去って行く。

 

「どうするの?」

 

「どうするもこうするも……使う予定は無いけど、セットはできるみたいだから、一応セットしておくわ」

 

 

 

 

夢を見ていた。どこまでも暗く、どこまでも広い中、立っていた。

 

何かが正面に見えていた。小鬼と3メートル台の鬼が群がっていた。

 

音がした。何かを硬いもので殴っているような、そんな鈍くて、生々しい音。音は、鬼たちが群れている所からした。

 

嫌な予感がした。一刻も早くその場所へ向かいたかった。

 

できなかった。目の前に突然、鉄の棒が何本も降りて私の道を阻んだ。

 

見てしまった。鬼の群れの中に誰かがいた。白い団員服に、吟遊詩人のような風貌の女の子――。

 

もう動かない、虚ろな目をした女の子――。

 

 

 

 

「――ユナッ!!」

 

ガバリと起き上がったノゾミが見たのは、最早見慣れた自室だった。

 

「ゆ……夢……?」

 

もし今のが現実の出来事だったのなら、今頃体中汗でぐっしょり濡れていたことだろう。

それにしても嫌な夢を見た。まるでユナが死ぬような……。

 

「……」

 

夢にしては生々しい。すぐに忘れたい気分だ。

しかし残念なことに、その夢はそう易々と消えてたまるかと言わんばかりにくっきり鮮明に覚えている。

こんなにも憂鬱な気分は初めてだ。さっさと朝食を食べてこの気分を払拭してしまおう。そう思い至ったノゾミはそそくさと着替えを済ませて自室を出ていくのだった。

 

 

 

 

ある人は言った。良い事は連続して怒らないくせに、悪い事は連続で起こるものだ。と――。

また、その人は言った。どうでもいい事に限ってなかなか忘れられない。と――。

 

「はぁ……」

 

「はぁ……」

 

「あのさ、どうして溜息ばっかり吐いてる訳?」

 

メディの自室で調薬の真っ最中の部屋の主が思わず手を止める。因みに今日はノゾミもチカも、完全フリー。

溜息を吐いた2人、チカとノゾミの悩みの種は、今朝の一報だった。

 

「ノーチラスってプレイヤーの件?」

 

「……はい」

 

「何か、2軍落ちさせられちゃったって」

 

ノーチラスの件は、今朝方届いたユナのメッセージに記されていた。

演習のレベリングで、スムーズにアバターを動かすことができないらしく、度々他の団員と衝突していた。

症状の検証から、彼には軽度のNFCがあったと判断され、最前線での活躍は見込めないと、副団長補佐のアスナが先日、直々に彼を一時的とはいえ2軍落ちを宣告したのだ。

一方のユナは、あれからも《歌唱》の熟練度を上げ続け、上位派生の《吟唱》のスキルを手に入れた。そのバフスキルも見込まれて後方支援を任されているが、やはり2軍落ちしてしまったノーチラスの件が頭に引っかかっているらしい。

 

「ねぇ、なんとかできない?ノーチラスを何とか最前線組に戻す手伝いとか」

 

「……攻略組の事を、私達がとやかく言う必要はないよ。私達は私達のできることをしていくだけだから」

 

「……」

 

正論、としか言いようがない。

確かに他所のギルドの事を自分達でどうこうするのはギルド間でのマナー違反だ。

個人的な相談ならともかく、そんなことを一々他のギルドに相談に乗っていたらギルド全体の面子も丸潰れだ。

 

「で、ポーション製作って必要なの?回復結晶ってのがあるんじゃない?」

 

「割と必要だよ。結晶は結構高いし、最近じゃ緊急以外での回復は、ポーションを使ったほうが安上がりだっていうし」

 

確かにポーションは回復としての消費アイテムの分類であり、デスゲーム化したSAOの中では貴重なアイテムである。

ただ、SAOでのポーションによる回復は、従来の回復アイテムのように一気に回復するのではなく、時間を追うごとに徐々にHPが増加していく。

一方の回復結晶は、従来の回復アイテム同様一気にHPを回復する故に、攻略組には結晶のほうが重宝される。

ただ、価格ではポーション類よりも割高であり、あくまで緊急時の回復用だ。それをホイホイと使う訳には行かないためにも、回復ポーションの類はレベリング時に活用する場合が多い。

 

「《重量軽減》込みのハイポーションも、最近成功率が上がってきたからね。あと3ダース分は作っておきたいけど、人手の足りなさは今でもまとわりついてるから……」

 

「あっちもこっちも大変って事ですか……」

 

つまり、ノゾミの提案に割ける人手は無いということだ。

 

「私の場合それもあるけど……ちょっと夢の事でね……」

 

「夢?」

 

ノゾミはそこで、今朝の夢の事を話す。

 

「ユナさんが死ぬって……夢にしてもかなり生々しいわね……」

 

「うん……自分でも夢だって思ってるんだけど、中々頭から離れなくて……」

 

「……確かに気になりますね。正夢、というものでしょうか。それとも予知夢とか」

 

「そんなオカルトに目覚めた記憶はございません」

 

チカとメディにぴしゃりと言ったものの、彼女自身夢の懸念は消えていない。

それどころか風船のようにどんどん膨れ上がっている。

 

「……ちょっとウィスタリアさんの所に行ってくる」

 

「え?ちょっと?」

 

何を思い立ったのか。

メディの止める間も無くノゾミはウィスタリアの元へと向かって行った。

 

 

 

 

「なりませんわ」

 

ウィスタリアに直談判した結果がそれだった。

 

「ばっさり言ってくれるわね」

 

「当然ですわ。攻略には私達の想像以上の危険がつきもの。そんな中にギルドメンバーを送り込む訳にはいきませんわ」

 

ウィスタリアの言うことも最もだ。

現状、攻略の最前線は【血盟騎士団】を筆頭にした時は死傷者ゼロで進んでいったが、それでも危険はつきものだ。それも、最上級クラスの。

 

「大体、アナタたちのレベルでは厳しいのではなくて?」

 

2回目の指摘に再び言葉を詰まらせる。

現状、彼女の正確なレベルは43。39層でもギリギリで、最前線で戦うには心許ない。

オマケにノゾミは居残り組の住む始まりの街ではちょっとした有名人。そんな彼女が最前線で死んだとあれば、居残り組のプレイヤーが受ける精神的ダメージは計り知れない。それこそ、デスゲーム開始直後のような飛び降り自殺を実行するような凄惨な事態になりかねないし、ウィスタリアも、再びそんな状況をノゾミ抜きでは自分でも不可能と語る。そうなってしまえばウィスタリアからすれば詰み同然。

100歩譲って生き残れたとしても、見たことの無いスキルを使った際には様々な情報屋やプレイヤーに詰め寄られる可能性も否定はできない。

それらを考えると、彼女を最前線に出しても、デメリットのほうが高すぎるのだ。

 

「そのノーチラスさんやユナさんと言う方の為に、わざわざ攻略に出る必要性は無いのですよ。相談に乗るだけならまだしも」

 

「……」

 

ド正論ばかり並べられて、ノゾミは返す言葉すらない。

 

「兎に角、こちらも仕事があるのでその話はこれでおしまいにしましょう。そのスキルは、きっともっと別の場所で使う時が来ますわ」

 

「……はーい」

 

渋々、ノゾミも問答を終わらせる。

ウィスタリアの執務室から出ていくその表情は、決して晴れやかなものではなかった。

 

 

 

 

 

10月18日。

 

 

この日は攻略組にとっては重要な日。40層の攻略当日である。

しかし【ゴスペル・メルクリウス】には関係の無い事。今日もまたアシュレイの依頼で蚕の森へ向かい、生糸の収集を執り行う。

 

「ありがとう。これで暫くは大丈夫だわ」

 

「こっちもソードスキルが十分です。今日はどうしますか?」

 

「私のほうは手は十分だから、ツムギちゃんは今日はオフでも構わないわよ?」

 

「それでは、久しぶりに始まりの街でゆっくりしてますね」

 

アシュレイからの頼み事も終わり、3人は主街区の転移門へと足を運ぶ。

 

「……」

 

「あの、ノゾミさん?」

 

黙ったまま転移しようとしないノゾミ。チカも同じく沈黙を貫き、残るツムギは困惑するばかりだ。

 

「ごめん、ツムギ」

 

「はい?」

 

「転移、《ジェイレウム》」

 

「え!?ちょっ――」

 

唐突な40層への転移宣言に、ツムギは止める間も無く一緒に転移されてしまった。

 

 

 

 

「なんでいきなり転移しちゃうんですかぁ!?」

 

「ごめんって」

 

ツムギの怒声がジェイレウムに響きわたる。それに対して、ツムギのほうを振り返らずにウィンドウを見るノゾミ。

 

「ノゾミさん。あなたまさか……」

 

「――見つけた!」

 

何かを見つけたノゾミは急に駆け出した。

慌ててチカとツムギもノゾミの後を追いかける。

全力疾走。息の続く限り走り続けた3人は西へ西へと走る。

やがて3人の目に、一つの巨大な監獄が目に入る。

 

「いた!」

 

その門の前らしき場所に10人ほどの集団を発見する。暫く何か話を聞いているかのように経っていたが、やがてダンジョンの中に次々と潜りこんでいく。

 

「まさか、攻略組に交じって攻略に参加しようとでも?!」

 

「そのつもり!」

 

「冗談じゃありませんよ!このレベルで敵うと思ってるんですか!?」

 

「なら帰りますか?」

 

「この層のモンスターを1人で生き残れるならね」

 

事実、ノゾミは自分の目的――40層のユナとノーチラスの手伝い――をここに来るまでツムギやチカには黙っていた。

チカのほうはなんとなく勘付いていたが、ツムギは全くの寝耳に水である。オマケにここは40層。適正レベル生産職のツムギが1人でフィールドを彷徨うのは自殺行為に等しい。

要するに、主街区でノゾミについて行った時点でもうツムギとチカに選択肢は残されていないということになっている。

 

と、そんなことを説明している間にもそのダンジョンに乗り込む。道中はモンスターの邪魔も入らず速度を落とすことなく進んでいき、最奥部前が見えてきた。鉄格子が上がり、次々と部屋に入っていく。

鉄格子が閉じる直前、3人がヘッドスライディング滑り込む。

 

「……セーフ」

 

ガチャンと鉄格子が後ろで再び出入り口を塞いだ。身体を上げると、10人のプレイヤーが呆然とこちらを見下ろしていた。

 

「き、君らはどうしてここに?」

 

「理由はこの馬鹿に言ってくれますか?」

 

立ち上がった先に見えたのは、顔面を布で覆い隠した鬼人型モンスターが多数こちらを睨んでいる。

 

「……話は後だ。あのボスを倒してからにするよ」

 

ノーチラスを筆頭にプレイヤー達が次々と得物を構える。

見据える相手はダンジョンボス、《フィーラル・ワーダーチーフ》。こちらは3人とを含めた14人と、既にボス部屋に居た5人の合計19人。

 

「優先目標はプレイヤーの救助。状況次第ではボス討伐を優先するけど、可能なら脱出を試みる。――みんな行くぞぉ!」

 

ノーチラスの掛け声と共にプレイヤー達が雄叫びを上げる。

戦いの火蓋が、切って落とされる――。

 

 

 

 

戦闘開始から20分。

戦況はプレイヤー達に有利に進んでいた。

ワーダーチーフ系の行動パターンをよく知るノーチラス。ユナの《吟唱》によるバフ。戦闘経験豊富な【風林火山】リーダーのクラインと、同行したカルーとオブトラを中心とした立ち回り。取り巻き5匹は後方の曲刀使いのパーティが抑えている。

はっきり言って、ノゾミ達のやることはほとんどない手持ち無沙汰の状態だ。

 

「おい嬢ちゃんたち、手が空いてるなら鉄格子を開けてくれ!」

 

「え?あれをですか?」

 

「護衛もいれば楽だろ!」

 

ボスの相手を取るクラインが後方のツムギたちに指示を飛ばす。

このエリアの鉄格子は、傍のレバーを20秒を要して開閉を操作できる。護衛もいるなら楽に操作できるだろう。

 

「ノーチラス、退却の準備はしとくぜ!」

 

「いや、赤に切り替わった!あと少しで倒せる!」

 

「でも、パターンが切り替わるんじゃないのか?」

 

「……ワーダーチーフ系にパターン変化は無いが、一応確保を頼む。ボスはこのまま押し切るぞ!」

 

同時進行でボス討伐と脱出経路の確保の計画が進められていく。脱出経路が確保されることはありがたいが、ここまで来てボスから退却するわけにもいかないという感情もあったのだろう。それでも脱出経路の確保を聞き分けた分、まだ理性は残っているだろうが。

 

「……?あの、レバーを下げたら鉄格子が上がるんですよね?」

 

「おう、どうした?」

 

「鉄格子が動かないんですよ!レバーを下げたのに!」

 

「なんだって!?」

 

確かにツムギはノゾミとチカの護衛でレバーを安全に下げられた。だが、肝心の鉄格子はうんともすんとも動かない。何かのバグが起きたのかと何度もレバーを上下させるが、鉄格子はピクリとも動かない。

ただでさえ異常な状況だというのに、更に彼らに追い討ちをかける事態が発生する。

 

 

――ガゴン!

 

 

「おい、増援だ!」

 

「嘘だろ……!?うわぁ!?」

 

左右の鉄格子が上がり、そこから増援の拷問吏が15体現れる。

取り巻きと合わせて20体にもなる敵は、曲刀使いのパーティだけでは対処は不可能。

増援に気を取られたプレイヤーの1人が、ボスの範囲攻撃で何人かがマヒに陥る。

 

「ぐぁッ……沈黙を……喰らッ……」

 

曲刀使いのパーティが拷問吏の沈黙ブレスをまともに食らってしまう。

もう戦線はガタガタだ。辛うじてボスの行動パターンは変わっていないが、このままでは全滅するのも時間の問題だ。

 

「や、ヤバいですよこれ……!」

 

「せめて、増援のほうを何とかしないと!」

 

すぐさま武器を手に15体の増援に手を焼いているパーティの援護に駆け出す。

しかし、ノゾミ達の現レベルは40層の適正ギリギリの範囲。拷問吏1体相手取るだけでもノゾミ、チカ、ツムギの3人でも足止めが精一杯だ。とても倒しきれない。

 

(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!このままじゃ本当に全滅しかねない!どうにか方法を考えないと!)

 

(何か、何かいい手は……!?)

 

ここで攻略組ではないが故の、窮地の中での平常心の喪失が3人を襲う。

彼女らの狩りは危険地帯には決して足を運ばず、好戦的モンスターとの戦闘経験はあるものの、窮地に陥った経験なんて当然ロクに無い。

一歩間違えば死に直結してしまうであろうこの状況で、彼女らにまともな判断が下せるはずがない。

本当にこのまま全滅してしまうのか。一瞬最悪な結末を脳裏に浮かんだノゾミ達の耳に、喧噪に交じって少女の歌が聞こえてきた。

 

「……え?」

 

歌声は後方、ユナのいる場所だ。それはつまり、ユナが歌っていることであり――、

 

「……そんな」

 

《歌唱》を持つチカは、その意味を理解して顔を青ざめさせる理由だった。

 

「止めて下さい!死ぬつもりですか!?」

 

「どうしたんですかいきなり?」

 

「今……今あの人が使っているスキルは……モンスターのヘイトを自分に集中させるもの……」

 

震える声で、チカが振り絞るように声を出して説明する。

そこで漸く理解したノゾミも、顔を青くした。

 

「ま、まさか……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モンスターのヘイトを集中させて、自分だけ死のうって言うの!?」

 

 




次 回 予 告


ノゾミ「《吟唱》スキルの中の一つを使い、みんなを助けようとするユナ」

ノゾミ「けど、それは私達にとっては望まない選択肢だった」

ノゾミ「そしてチカも、モンスターの集団の中のユナを助けるために特攻を仕掛け、残された私達は……」

ノゾミ「次回、【プリズンブレイクinジェイレウム~連刃剣舞のUnderground Hug~】」

ノゾミ「もう……迷ってなんかいられない!!」

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