1話 僕が主人公をやめた理由
自分はかつて主人公だった。
いや、かつてなんて言い回しをする程の話ではない。実際あれから1年も経っていないのでやり直そう。
自分は少し前までは主人公だった。
人はだれもが人生の主人公だよ? 何て言われたらあっ……そっすね……と答えるしかないが、とにかく自分自身が世界の中心にいて世の中を動かしている、そう信じていた。
今にして思えば愚かで傲慢極まりない思い込みではあるが、当時の自分はそれこそが世界の真実で己の宿命であると思っていた。
言い訳をさせてもらうなら何の根拠もなしに勘違いをした訳ではない、それなりの数の理由があって勘違いを拗らせたのだ。
理由その1、前世? の記憶がある。
まあ、こんなものもっていたら勘違いするのも無理はない。前世では一般的な日本の成人男性をやっていた? 様な気がする。
正直前世の記憶はあやふやだ。どんな生活をしていたのかは断片的には思い出せるが、自分自身やその家族、友達や知り合いのパーソナルな部分が明確に思い出せない、記憶の中での彼等の顔はもやもやに包まれている。
多分この前世ってやつは、ただの情報でしかないのだろう。この世の母親のお腹の中で、自我が芽生えたプリティベイビーな僕の脳みそに一般男性? の記憶と言う名の情報がビビビビビっと送信された。多分そんな感じだ。
だから前世という表現は正確ではないと思う、他に適切な言葉が見つからないだけで、前の自分と現世の自分は別物だと思っている。
だって、前の自分が死んだ記憶なんてない。向こうの自分は普通に今も生きてるんじゃないかな?
理由その2、この世界の未来の知識がある。
正確にはこの世界によく似た物語の知識があるって感じだ。日本で名前を知らない若年層はほぼいないであろうコンテンツ。
“ポケットモンスター“ちぢめてポケモン。それにまつわる物語を僕は知っている。
この世にオギャって飛び出て、しばらくバブって目が見える様になってたまげた。ぬいぐるみ見たいなナマケモノが横で寝ていたからだ。
いや、なんか動物が横でお世話だか寝てるんだかしてるなとは思ってたけど犬猫系の生き物だと思うだろう普通は。
ポケモンのナマケロだったからね、ナマケロ。パパママがケロちゃんって呼んでたから何故にカエル? って疑問はあったけどさ。
つまり、記憶の中で最新作のオメガルビーとサファイアまでの作品を網羅している自分にとっては未来の知識を持っているようなものだった。
まあ、ゲームと現実で細かい所は当然違った。原作が未来や過去だったりもした、どのバージョンでリメイクなのかも分からないくらいには混ざってはいた、完璧な未来の知識には程遠かった。
でも結局はそこそこには自分の知識通りに物事は進んで、ほどほどに間違っていて、なかなかには現実に落とし込んである要素があって、調子に乗った自分が大事な所をばらばらに壊してしまった。
理由その3、超能力が使える。
スーパーなパワー略してエスパー、それを操る僕はこの世で唯一のエスパー少年……ではない。
残念ながらこの世界では超能力者はありふれている、ポケモンのタイプの1つになるぐらいには超能力は認知されたポケモンと人間の力の一つだ。
ただ、唯一ではなくても強力無比ではあった、夢見がちな少年が増長するほどには全能感を与えてくれた。
超能力で空を飛び、大地を砕いて海を割る程度なら朝飯前。観察したポケモンを参考に自分のサイコパワーの性質を変化させ、ポケモンの技を再現することも可能だった。
そして、6歳の頃にエスパー協会とかいう胡散臭さ全力の組織から世界で13人目のクラス7の超能力者に認定された。
他にもいくつか理由はあるが、結局原因はこの3つだ。
年齢にそぐわない自意識、未来を知っているという驕り、身の丈に合わない超能力。この3つが組み合わさりお互いを高めて勘違いを助長させた。
そしていつしか自分を主人公と思い込み各地で暴れ回った。
様々な地方の様々な立場の人間に、自分こそが世界の中心だと示すかのように傲慢に尊大に慇懃無礼に振る舞った。
また、自身にも周囲にも不幸だったのはその傲慢な行いが許容されてしまう程には、許容せざるをえない程には僕の力が強力だった事だ。
7歳でジョウトのアサギシティから出発してホウエン、シンオウ、イッシュ、カロス、カントー地方を4年かけて旅して回った。
そして、旅の終わりにシロガネ山へと向かった。
最強のトレーナーと伝説扱いされている赤い主人公の元へ、自分こそが新しき主人公であると証明するために。
結果、シロガネ山の頂上で僕は現実を思い知らされ、勘違いでできた自信を失い、奪ってしまった未来に恐怖した。
弟が救うはずだった未来、その術を奪ってしまった愚かな自分その事実を自覚した瞬間にめのまえがまっしろになった。
そして、気が付くと僕は海の上を漂っていた、無意識の内にその場から逃げ出したらしい。
その後も色々あった。自信の喪失と共に超能力が弱まり海を渡るほどは空を飛べず、このまま死ぬのかと思ったが優しいラプラスの群れに助けてもらって無人島にたどり着いた。
その島でエテボースとオコリザルの群れ同士の争いに巻き込まれ、なんとか和解させてイカダを一緒に作り島を脱出した。
しかし、嵐の海上でギャラドスに襲われ逃げる途中にホエルオーに飲み込まれた。
必死こいて再習得したテレパシーでホエルオーにお願いしてそのまま海を運んでもらい、陸地の近くでしおふきと一緒に脱出したら空中でプテラに拐われた。
手持の食料を渡すことでプテラに見逃してもらい、僕は何とか陸地へとたどり着いた。そこには巨大なきのみを実らせた巨木がそびえ立っていた。
そこはガラル地方のカンムリせつげんと呼ばれる地、かつて豊穣の王が治めた伝説の残る廃れた大地。後に友から教えられてその事実を知った。
紆余曲折あり僕はその地に身を寄せる事にした、人気が少ないこの地なら自分の居場所を突き止められる心配もないし、素晴らしい友達とも出会えたからだ。
旅の途中で常に頭の中を占めていた疑問に答えを出すために僕はここで暮らす。ゆっくりと自分を見つめ直す時間が僕には必要なのだ。
自分はかつて主人公だった……今は違う、なら自分は何者なのか?
ジョウト地方のアサギシティで生まれたユーリ。それが僕の名前、この世界で生きる父さんにつけてもらった大事な名前だ。
この世界の未来を知って傲慢な驕りで壊してしまった愚か者の名前、力を失い相棒達はボールの中で眠ったままで再び覚醒めさせる程のサイコパワーはすでにない。
事情を話して弟に彼らを託せばいいのか?はたまた自分自身で立ち向かえばいいのか?
分からない、そのどちらも恐ろしいと感じている。どちらも正解でどちらも間違いと思えてくる。一体どうすればいいのかわからない、誰も教えてくれない。
立ち向かう勇気なんてありはしない、自分は主人公ではないのだから。
かつては過去だ、主人公だったユーリは既にいない。