自分はかつて主人公だった   作:定道

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閑話2 新最強伝説ミカン(ジョウト地方)

 私の生まれた町アサギシティ、その街で1番大きな灯台で、私は海を眺める。

 

 この海の向こうに、彼はいる。この町で一緒に生まれて、一緒に育った彼が居るはずだ。

 遠い遠いガラル地方のヨロイじま、そう呼ばれる地に彼はいる

 

「ぱるう?」

 

 アカリちゃんが少し心配そうに私を見つめている。

 

「そうだね、寒くなる前に家に帰ろっか」

 

 明日、私はこの町を出ていく。一度も離れたことのない故郷を出て旅に出る。

 

 

 

「ただいま」

 

 家の中から返事はない、唯一の家族である父がまだ帰ってきていないからだ

 それを寂しいと思う気持ちはを私は忘れてしまった、いつからかな?それも忘れてしまった。

 

 いわのようにごつごつしていた私のココロは、はがねのようにつるつると冷たく変わっていた。

 

 いつもの時間に就寝した私は、いつもの時間に目が覚める。旅立ちの朝だ。

 

 目が覚めると父はもうジムに向かった後だった、アサギシティでいわタイプのジムリーダーを務める父は誰よりも早くジムに到着し、誰よりも遅くにジムを出る。

 

 だからいつもと同じ、何も変わったことはない、私は、ジムには寄らずに町をでる。

 

 

 

 町を出る途中、まだ薄暗いのにサングラスをかけた背の高い男が私の前に立ち塞がる。

 

 知らない人ではない昔は仲間だった、今は違う、私はチームを抜けたのだから。

 

 男に要件を聞くと町を出るなと要求して来た。私はそれを拒否した、当然の対応だ。

 すると、男は臨戦態勢を取った。

 

 意見を違えたら拳で決める、それがチームのルールだった。チームを抜けた私にも、そのルールをも当てはめるようだ

 

 だから、望み通りにしてあげた。

 

 構えを取った男の孤塁を抜くガードの上からの一撃が、男の身体に沈み込む。 

 

 一撃沈んだ男が倒れる刹那にサングラスの隙間から見せた瞳私に何かを期待するような、縋るような瞳。

 

 私のつるつるのはずのココロが少しざらついた。

 

 

 

 

 

 町と道路の境界付近、そこに男の子が立っていた。その姿が瞳に映るだけでココロはざわつく。

 

 知っている、その男の子を私は知っている、彼の弟だ、知らないはずがない。

 

 「ミカン姉ちゃん」

 

 男の子は私の名前を呼んだ。泣きそうな顔だった、それにざらつく私のココロ。

 

 行かないでと、男の子は言わなかった、彼が旅立つ前にはいつもその言葉を口にしていたのに。

 だから私も、男の子にかける言葉がなかった、だから私は男の子の名前を口にした。

 

 「ユウキくん」

 

 そして私は旅に出た。

 

 

 

 

 

 

 最終目的地はセキエイ高原、そこでチャンピオンを倒し、殿堂入りする。

 

 必要なのは殿堂入りして、手に入るマスターランクの権限だ。

旅の途中、私がアサギシティに立ち寄ることはないアサギシティのジムバッジは1年前に手に入れている。

 

 だから私は生まれ故郷に帰りはしない、これから帰る予定もない。

 

 アサギシティに彼はいないのだから。

 

 

 

 セキエイ高原には1ヶ月でたどり着いた、その道中に特筆すべき事はなかった。

 

 最短距離でジムを巡り、予定通りの期間でチャンピオンリーグに参加する。なにも問題無い、予定通りだ。

 

 強いていうなら、ロケット団を名乗る不審者達が度々出没したくらいだ。問題というほどでもない、繰り出してくるポケモンを手持ちのポケモンで倒す

 そして私がトレーナーを殴って倒す、それだけの話だ。

 

 

 

 ファイナルトーナメントもなんの問題も無かった、彼から預かったレジスチルだけで優勝した。

 名前はチルル、この子をポケモンリーグで使用するための申請に私は1年を耐えたのだ。

 

 だから、なんの問題もない。

 

 

 

 結果から言えば、私は殿堂入りした、目的のマスターランクの権限も手に入れた。

 

 だが、問題があった。

 

 ポケモンバトルではない、手持ちを3匹目まで使ったがそれは想定の範囲だ。問題は3人目の四天王を倒した後だった。

 

 勝利してその場を離れようとする私に、四天王が声をかけた。

 

 「あんたは、戦う相手を見てないね」

 

 負けた相手の他愛の無い悪態、そのはずだった。

 

「そのままじゃあの小僧に会えても、誰かわからないかもしれないよ」

 

 ………今、この女は何て言った?私がユーリに気づかない?1年会ってないだけで?

 

 不快だ!!不愉快だ!!

 

 あたしは世界で1番ユーリを理解している!!

 

 ユーリはあたしを世界で1番理解してくれている!!

 

 なにも知らない癖に!!私とユーリを知らない癖に!!

 

「戦う相手の顔ぐらい見ておやり、そうすれば……」

 

「黙れ!!」

 

「おや?やっと私を見たねえ、その方がずっといいよ」

 

「かわいい顔してるじゃないか」

 

 私のココロをざらつかせた女は、そのまま去っていった。

 

 その後の事はよくおぼえていない。

 

 

 

 ざらつく、ざらつく、ざらつく。

 

 ガラル地方へ向かう飛行機の中で、私のココロはざらついている。あの女のせいでつるつるだった私のココロはどこにもない。

 

 だが何も問題はない、ユーリに会えば、私のざらつきはすぐに癒えるだろう。

 

 ユーリに会ったら何をしよう?ユーリの大好きなシチューを作ってあげようかな?そうだ、ユーリが大好きだったポケハンの5が出ていたはずだ。一緒に買いに行って、2人で協力プレイしよう。昔みたいに2人きりで。あと、ユーリは珍しい石をコレクションするのが好きだから、ガラル地方の珍しい石を探しに行くのもいい。そうだ、海にも行こう、ユーリは超能力を使わなきゃ泳げないから私がちゃんと教えてあげなきゃ、それにマトマの実も食べられない、私が美味しいマトマの実カレーを作って食べられるようにしてあげなきゃ、ユーリはお腹を出して昼寝しちゃうから私が一緒に寝てあげなきゃ、ユーリは髪を切らないで伸ばしたままにしちゃうから私が切って毎日櫛をかけてあげよう、ユーリは自転車に乗れないから私が一緒に練習してあげなきゃ、ユーリはトンボが苦手だからなヤンヤンマがガラルにいたら駆除してあげなくちゃ、ユーリはブラックコーヒーが好きだから私が毎日淹れてあげなきゃ、ユーリはいつもぬいぐるみを抱いて寝ていたから家から持ってきた、喜ぶだろう、ユーリは………

 

 ブルブルと不快な振動を感じて、思考を中断させる。マルチナビにメールが届いた、リーグ本部からだ

 

 中身はくだらない内容だ、色々書いてあるが指令通りユーリをジョウトに連れ戻せと伝えたいのだろう。

 

 くだらない、くだらな過ぎて、少しおかしな気分になる。

 

 何で私がそんな事をしなければいけないのか、私はユーリと一緒に居れればそれでいいのだ

 マスターランクの権限なんて勝手に剥奪すればいい、殿堂入りも取消せばいい。

 

 私はユーリと一緒にいるために立場を利用しただけだ、立場に未練などありはしない。

だけど、リーグや協会の邪魔が入るのは面白くない

 

 そうか!誰も知らない島を探してそこに二人で暮せばいいんだ!

 

 そうすれば私とユーリは幸せに暮らせる、邪魔者のいない素敵な楽園。

 

 ユーリのご飯は毎日私が用意してあげて、毎日一緒に寝てあげる、とても素敵だ、私とユーリでできた完璧な世界。

 

 そこで私とユーリのココロは1つになり、完全につるつるになるのだ。

 だって、邪魔者が居なければココロがざらつくこともない。

 

 素敵だ、本当に素敵だ。想像するだけで浮き立つ様な気持ちになる。

 

 私のココロはすっかりつるつるに戻った、あの女の言葉ももはやどうでも良い。

 

 私のココロに、ユーリ以外は必要ない。


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