自分はかつて主人公だった   作:定道

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9話 抵抗するぜ?もちろん拳で!

 鎧の孤島にやって来て3ヶ月と少し、僕の鎧の孤島での朝は早い。

 

 早朝に自室で朝日が登る少し前に目を覚ます、ふわふわちゃんがスヤスヤ、レックス達はピコピコ。

 そんな冠四天王を尻目に、ランニングへと向かう。

 

 そして僕に付いていくる小さな影、新メンバーのくまきち。ランニングに付き合ってくれるのは彼だけである。

 

 道場を出て海岸沿いを走る、目的地は鎧の孤島で唯一の駅構内のフレンドリィショップだ。

 

「おはようユーリ君、今日も精が出るねぇ」

 

「あっ……ぉはようございます」

 

 ようやく覚えた愛想笑いをにちゃっと決めて、買い物を済ます。

 

 競馬新聞とファッション雑誌、偉大な姉弟子であるクララパイセンご所望の品だ。

 釣りはいらねぇと男前な発言に甘え、ミックスオレを2本買う。

 

 帰りのランニングの途中に、海辺の岩にくまきちと並んで腰掛ける。

 そして、朝日が昇るのを眺めながらくまきちとミックスオレを飲む。眩しくも美しい朝日が目にしみる。

 

 無意識レベルまで染み付いたサイコパワーによる身体強化は意識的に解除している、純粋な身体能力での鍛錬はとても辛い。

 

 だが、心地良い。

 

 爽やかな汗と、少しずつではあるが確かに身に付く力。身体の健全な成長に伴う、精神力の向上。

 

 僕はこの島で成長を遂げた、ブラッシータウンでビクビクしていた軟弱な僕はもういない。

 

 どんな困難にも負けず、何ものも恐れない不屈の精神。嫌なことにはNOを言えるコミュニケーション能力。

 

 パーフェクトユーリ、それが今の僕だ。

 

 

 

「ゔえッぇッっ!おオぉッぇ!」

 

 し、死ぬッ……死んでしまう……

 

「すみませんユーリ、鳩尾に入ってしまいました」

 

 サイトウさんの謝罪に答える余裕はない、せめて顔を見ようと視線を向ける。

 あれ?すみません言う割には表情に変化がないすました顔だ。

 

「べあ!?べあーま!!」

 

 苦しむ僕に気が付いたくまきちが駆け寄ってくる、優しい子だ、本気で僕の心配をしてくれている………あれ、レックス達は?

 

「なんと!余のメガガルーラが落とされるとは!?」

 

「レックスちん、今日は勝たせてもらうよん」

 

 3DSでポケモンやってるよ、ポケモンの癖に……

 

「オィオィ……やっベェぞコイツはよォ……!!エレン!お前の宣伝スゲェな!?私のCDがネットで1万枚売れたぞォ!?」

 

「エレーレ」

 

 あの“クララにクラクラァ“が!?

 

「おゲェ!?こんな小さなポケモンが私よりサイコパワーが強い!?ありえぬ!アリ・エーヌッ!!」

 

「きゅぴー」

 

 いや、ふわふわちゃんはヤバいよ。見た目に惑わされたら駄目だよ。

 

「だからね、ユーリくんTシャツも作るッス!クララちゃんとセイボリーくんの次は彼しかいないッス!」

 

「バクロッス」

 

 リーグ通さず僕のグッズ作ると捕まるから辞めたほうがいいッス。

 

 「おや、またスーパーボールができましたね。残念です、また白ぼんぐりを集めてきてください」

 

「バシロッス」

 

 リーザ、そんなにコンペボール入りたいの?倉庫に3桁は持ってるからあげるって言っても拒否るのに。ガチャりたいだけなのか?

 

 しかし、マスタード道場はゆるい。ゆるゆるだ。大学のサークル並みにゆるい、マスタード師匠は今までの格闘家トレーナーにはいなかったタイプだ。

 

 門下生達も半分マジメに、半分好きな事やってる自由っぷり。

 まあ、ゆるくて和気あいあいとした雰囲気は居心地がよい。

 

「ユーリ、落ち着きましたか?続きをやりましょう」

 

「へぁッ!?」

 

 顔が近い!無表情なのに圧が強い!

 

 ほんのり漂う汗の香りに、顔が熱くなる。

 

「ぁあのっ、今日はもう……」

 

 お腹に鈍い傷みが………

 

「今日は?まさか私と組手をするのが嫌だと?」

 

 顔がさらに近づく、無表情が怖い。

 

「や、やりますぅ……」

 

「みんなー!お昼ごはんの時間だよー!手を洗って食堂にいらっしゃい!」

 

 ミツバさん!ナイスタイミングだ!流石マダムおかみ!

 

「さ、サイトウさん、お昼ですよ、行きましょう」

 

「そうですね、お昼が終わったら続きをやります。いいですね」

 

「は、はい……」

 

 サイトウさんには勝てなかったよ……

 

「おお!今日のメニューはダイスープであるか!やったなユーリよ!」

 

 そうだね、午後の組み手でウッウロボみたくならなければいいけど……

 

 クララ先輩のセカンドシングルの構想にやばいッス、セイボリーさんのサイコパワーを向上させる方法には筋トレ、サイトウさんの謎のプレッシャーにはにちゃっとスマイルでそれぞれ返答し、お昼ごはんが終わる。

 

 その後はマスタード師匠も推奨する、怒りのお昼寝休憩だ。レックス達と共にスヤって目覚めると午後の鍛錬がはじまる。

 レックス達は夜ふかししてピコってたので、だいたい晩ごはん近くまでそのままスヤスヤだ。実に堕落している。

 

 そして午後の鍛錬、今日はサイトウさんとの組手の続きだ。

 

 今日はっていうかだいたい毎日サイトウさんと組み手だ。このガラル空手の申し子は、僕を痛めつけることに快感を覚えてるんじゃないかってぐらい僕を組手に誘う。

 

「先ほどの連撃にもう対応する、流石ですユーリ」

 

「あ、ありがとうございますすぅぅぅ!?」

 

 人に寝技決めながら何言ってんだこの人は!?イヤミか!?だいたい何で寝技キメてんだよ!空手じゃないの!?

 

 午後の鍛錬はうのミサイルを放たずに済んだが、サブミッションをたっぷり味わった。

 

 

 

 そして夜、マルチナビを持ってウンウン唸る。メールの文面を書いては消して、消しては書いてを繰り返す

 

 くまきちとふわふわちゃんは既に就寝中でレックス達はゲームに夢中だ。おっ、ポケハンって5出てたのか。

 

 ポケットハンターは武器を持って架空のポケモンを狩るという問題作だ。リアリティな表現が売りでその内容から、各団体から物凄いバッシングを受けている。当然の結果ともいえる。

 ゲームとしてはかなり面白いのが厄介な所だ、一部のカルト的な信者が存在する。現実と虚構の区別がつかない奴にやらせてはいけない、親が子供にやらせたくないゲームで毎年トップに君臨している。

 

「おお、部屋に同士がやって来たぞ!なになにBeetさん、Lusamineさん、Sakakiさんか!!挨拶せねばな!」

 

 ポケモンがやるゲームとしてはどうなんだろう?

 

「は、ち、み、つ、く、だ、さ、い………これでよい!」

 

 悪い文化を吸収している、やっぱり悪影響だなこれは。

 

「むむ!?どうしたユーリよ?お主もやるか?」

 

「いや、やめておくよ」

 

「そうか?面白いぞ?」

 

 携帯機で2はやり込んだなぁ、ミカンと一緒に。

 

「2をやってたから面白いのは知ってるよ、でも気づいちゃったんだ」

 

「気付いた?何の事だ」

 

 ゲームの話だけどさあ、気になると何か冷めちゃうんだよね。

 

「人間が自力でポケモンを狩るってリアリティがないじゃん、そこが気になっちゃってさあ」

 

「なんと!?」

 

 やっぱりゲームはゲームだよね、現実と一緒にしたらいけない。もう寝よう、明日は鍛錬もお休みで待ちに待った日でもある。

 

 ホップ達が、鎧の孤島に遊びにやって来る。

 

 

 

「離さないでね!絶対に離さないでね!?」

 

「わかったぞ!それは離せって意味だよな、知ってるぞ!」

 

「違うよ!ふりじゃないよ!?」

 

 鎧の孤島にやって来た、ホップ、マサル、ユウリ、引率のソニアさん。

 

 何して遊ぼうかって話になって、鎧の孤島を色々見たいからサイクリングにしようと提案された。

 自転車に乗れない僕はそれを何とか拒否しようと、巧みな話術で話をそらしたが、ユウリに事実を指摘されてしまった。この子エスパーなのか?

 

 そしたらなぜか、僕が自転車に乗れるように練習しようという流れになった。だが、なかなか上手く行かない。

 

「いや、もう終わりにしよう。僕は飛んで付いていくからさ、サイクリング始めようよ」

 

 低空を自転車程度の速度で飛べばいい。

 

「そうか?でも自転車に乗れたほうが楽しいぞ!」

 

「飛ぶ方が絶対難しいよね」

 

「あーでも、ちょっと見てて面白そうだなその光景」

 

「サイクリングするなら遠くに行き過ぎちゃ駄目よ、お昼には戻って来れる距離にしなさい」

 

 結局お昼まで練習して、僕は自転車に乗れるようにはならなかった。

 だけど僕もホップ達も笑顔だった、みんなと一緒なら何をしても楽しい、過程こそが大事なのかもしれない。

 

 お昼は海岸でバーベキューだ、ミツバさんが今日のために食材と器材を用意してくれた。

 

「ユーリさぁ、何かたくましくなったよね」

 

 食事中にマサルがそう言った、やっぱり?わかっちゃうかー?

 

「毎日鍛錬してるからね、早朝のランニングからはじまって一日中組手してるよ」

 

「えっ、ユーリくん拳法の修行してるの?ポケモンバトルじゃないの!?」

 

 えっ?何かおかしいか?

 

「まーユーリには、どっちかって言うと精神的な鍛錬が必要なんでしょ、技術的な事は十分だろうし」

 

「あっ、レックスさん達がいるから育成はしなくてもいいのか」

 

「いや、レックス達はジムチャレンジに参加出来ないよ」

 

 未確認のポケモンを公式戦では使えない、登録するにしても最低でも3年はかかるだろう。リーグの公平性を保つ為には当然ともいえる。

 

「ユーリは、くまきちと一緒にジムチャレンジするんだな」

 

 僕はくまきちを見る、彼は3匹のポケモンと仲良く食事中だ。

 

 ホップのサルノリ、マサルのメッソン、ユウリのヒバニー。

 

 ホップのお兄さんであるダンデさんが用意した3匹、タイプ的にも、進化数的にも間違いない。彼等は間違いなく僕の知らない第7世代の御三家。

 

「俺たちと同じ条件ってことだぞ!負けないからなユーリ!」

 

 ホップが僕に宣言する、やっぱりホップは……

 

「そして俺はアニキにも勝つ!ガラルで最強のトレーナーになるんだ!」

 

 ホップは第7世代の主人公だったのだ!!

 

 

 

 残念ながら、ホップ達はその日の内にハロンタウンに帰って行った。

 

 仕方がない、寂しいけどまたねって言える友達がいる、心が温かな気持ちになる。皆で写った写真を見ながらそんなことを考える

 写真に写る僕は笑顔だ、誰が見ても楽しんでいるのがわかるだろう。

 ふと思う、文書よりもこの写真を見せた方が伝わるんじゃないかと。

 

 メールアプリを立ち上げ短い文面に写真を添付して、送信ボタンに手を添える。添えて、止まる。

 連絡は取った、マスタード師匠を介して。直接ではない、僕は未だに家族に電話もメールすらもできていない。

 

 パーフェクトになったはずの僕は、送信ボタンをタップできずにいる。

 

「ユーリよ、ゆうたとは如何なる人物なのだ?」

 

「はへっ!?」

 

 レックスの問いかけに驚き、僕の手はマルチナビに触れた。

 

 メールは!!送信されてしまった!?呆然とそれを見つめていると、マルチナビが振動をはじめた。

 

「ちゃ、着信……」

 

 しばらくそれを眺めていても、鳴り止む様子はない。意を決して僕は電話に出る。

 

「も、もしもし…」

 

「ユーリ!?ユーリなのか!?」

 

 あっ!これメインで使ってたマルチナビじゃないから、父さんから見れば知らないアドレスだったのか。

 

「そ、そうだよ父さん…久しぶりだね…」

 

「ッっ!あぁ…久しぶりだな」

 

 しばらく沈黙が続く、何を話せばいい?

 

 思い浮かぶのは最後の記憶、悲しそうな父さんの顔。

 

「……なぁユーリ、あの写真に写っていたのはお前の友達か?」

 

「う、うん!そうだよ!ホップとマサルとユウリ、あとこっちでお世話になったソニアさん」

 

「あとはレックス!リーザにイースにエレン!ふわふわちゃんとくまきち!」

 

 喋り続けないと、たどり着けない気がする。

 

「今日はさ!みんなでバーベキューしたんだ!あとさ、自転車に乗る練習もししたよ!」

 

「結局乗れなかったんだけどね!でも楽しかったよ!ホップ達と一緒だっからさ!」

 

「楽しかったよ父さん!だからさ!だからさぁ……」

 

 言え…言わなければいけない。

 

「だから…だからさ……僕はガラルで元気にやってるよ」

 

 そうだ…僕は……

 

「だからさ…大丈夫なんだ」

 

「ユーリ……」

 

「勝手にいなくなってごめんなさい」

 

「心配をかけてごめんなさい」

 

「迷惑をかけてごめんなさい」

 

「あの日、家の前で……」

 

 父さんは……父さんに……

 

「父さんに……父さんに……ひどい事を言って……ごめんなさい」

 

 父さんの息を呑む音が聞こえた気がした。

 

「ユーリ」

 

 僕を呼ぶ父さんの優しい声。

 

「ひどい事なんて、お前は言っていないよ、私がお前より弱いのは事実だ」

 

 父さん……

 

「お前がその事をずっと気にしていたなら、私の方こそすまなかった」

 

「私の言った言葉がお前を縛ってしまったなら、あれは気にしなくていい」

 

「私はな、ユーリ。お前が元気でいてくれるなら、それだけでいいんだ」

 

「ユーリが無事で、本当に良かった」

 

「ユーリが元気で、本当に良かった」

 

「ユーリに友達ができて、本当に良かった」

 

「父さん…」

 

「ユーリ、私はお前を愛している」

 

「ユーリ、お前の事を誇りに思っている」

 

「ユーリ、私はな……」

 

「私はな、お前の父親になれて良かったと思っているんだ」

 

「父さん!」

 

 心配なんていらなかった、だったら伝えなくてはいけない。

 

「どうした?」

 

「ただいま」

 

「おかえり、ユーリ」

 

 

 

 その後、父さんにガラルでの話をたくさんした。レックス達の事、ホップ達の事、マスタード道場での事。

 

「父さん、父さんがあの日僕に言った言葉の意味ガラルでわかったよ」

 

 もう僕は調子に乗ったりしない。

 

「僕はガラルでジムチャレンジに参加して、ポケモントレーナーになるよ」

 

「そうか、わかってくれたのか」

 

 うん、僕は……

 

「じゃあもう、ポケモンと直接戦ったりはしてないんだな?」

 

「えっ!?」

 

「うん!?」

 

 あれっ?何か噛み合ってないぞ!?

 

「ごめんなさい父さん、やっぱりわかってないかもしれません」

 

「んん、あの言葉はなこう言いたかったんだ」

 

「お前は確かにとても強い超能力者だ」

 

「はい」

 

「だけどな、人間がポケモンと直接戦うのは違う」

 

「うっ、でもそっちのが早いし」

 

 自分のポケモンをあまり危ない目には……

 

「ポケモントレーナーとはポケモンに指示をする者を言うんだ」

 

「はい」

 

「ポケモンバトルとはポケモン同士の戦いだ、決して人間とポケモンが戦う事をそう呼んだりはしない」

 

「その通りです」

 

「お前は野生のポケモンや違法な奴らと戦う時、自分が超能力で戦ってからポケモンを使うらしいな、色んな人にそう聞いた」

 

「はい、事実です……」

 

「それを続けているうちは、ポケモンバトルをしていない。その行いはポケモントレーナーの在り方としては異端で、お前はポケモントレーナーになれていない、私はそう伝えたかった」

 

「はいぃ…」

 

「だが、もうそれでいいとも思っている」

 

「えっ?」

 

「お前が無事で居てくれればいいんだ。そうした方が安全とお前が判断しているなら私の言葉は枷になる」

 

「父さん…」

 

 やっぱりそうだ、話をすることが大事なんだ。いくら家族でも、友達でも、クラス7の超能力者だろうと。

 

 知らないこと、わからないことは、話し合ってこそ互いに理解できる、歩み寄ることができる。

 

 相手に向き合い話し合うこと、それが大事なのだ。

 

 そうだ明日母さんとユウキに電話をしよう、ミカンやチームの皆にもだ。

 

 1年以上音信不通だったのを怒られるだろう、悲しまれるだろう、その時は謝って話し合えばいい、離れた距離は再び歩み寄ればいい。

 

 そうすればきっと分かり合うことができる。

 

 

 

 


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