真夜中のヨロイじまの鍋底砂漠に音が響いている、硬い物と岩壁がぶつかり砕ける音だ。
「知らない!!知らない!!知らない!!知らない!!」
激情のままに拳を打ち込む、目の前にそびえ立つ岩壁が拳を奮う度に抉れていく。
「分からない!!分からない!!分からないよぉ!!」
抉れた岩壁が支えを失い崩れ落ちてくる、頭上に落ちてくるそれを蹴り上げで砕く。
周囲は砂煙に包まれて私は立ち尽くす、砂煙が晴れるとそこには破壊の跡。
これだけ壊しても、これだけ砕いても……
私の中の激情は収まらない、涙が溢れてくる。
「ユーリぃ……ユーリぃ……何でぇ……何でぇ……」
ガラル地方にたどり着いた私は、直ぐに鎧の孤島へ向かった。
ガラルのリーグには寄らなかった、ユーリはそこにいないのだから。
ユーリは直ぐに見つかった、駅の近くの海岸に居た。
私の知らない格好で、私の知らない人達と、私の知らないポケモンと楽しそうに笑っていた。
私の知っているユーリの笑い方とは違うへにゃっとした笑顔。
私の記憶の中のユーリの自信に満ちた不敵な笑みとは全然違う。
私が教えてあげるはずの自転車の練習を楽しそうにしていた。
私の知らないユーリが私の知らない人とバーベキューを始めたところで、私はその場から逃げ出した。
あれはユーリだ、間違いない。
髪の色と瞳の色が変わったぐらいで、私はユーリを間違えない。
だけど知らない、あんなユーリは知らない。
私の知らないユーリが、私の知らないポケモン達を連れて、私の知らない人達と楽しそうに幸せそうに笑っていた。
ふと、あの四天王の女の言葉を思い出す
「そのままじゃあの小僧に会えても、誰かわからないかもしれないよ」
身体が震えてくる、あれはユーリだ間違えない。
なのに私はユーリが分からない、世界で一番ユーリを理解していたはずの私が
ふと、恐ろしい考えが頭をよぎる。ユーリは私を捨てたのではないかという恐ろしい考えだ。
だから私の知らない格好をして、私の知らない笑顔を浮かべて、私の知らないポケモンと、私の知らない人達と新しい土地で生きるために私を捨てた。
そんなはずはないと否定しようと思い、私自身が故郷に帰るつもりがない事を思い出した。私はユーリと居るために他を捨てたこと思い出した。
ユーリは新しい暮らしのために“他“を捨てた?
ユーリの“他“には私が含まれていて、ユーリは私を選んではくれなかった
目の前が真っ暗になり、息が苦しくなる、涙が止まらない。
「ユーリぃ…ユーリぃ…」
幼い頃泣いている私をユーリは助けに来てくれた、名前を呼べば私を見つけてくれた。
だけど、ユーリはもう私を見つけてはくれない。
だって、だって……ユーリは……
「可哀想に、貴女も今のユーリ君を見たのでしょう」
突然かけられた声に、私の体はほぼ無意識の内に反応する。振り向きざまに放った私の脚撃が防がれる。
奇妙な髪型の男だ、透明な膜のようなものが私の攻撃を防いだ、それを超能力由来のものと判断しかわらわりで砕く。
一層ではない多重層の膜だ、私は体内のチャクラを爆発させる。
無呼吸で放つ必殺の十連“九撃一殺“、九撃が膜を全て砕き、最後の一殺が男の喉元に届く直前で私は攻撃を止めた。
「昔のユーリ君を取り戻しませんか?」
男の言葉を私は無視出来なかったからだ。
「わたくしはアクロマと申します、今はマクロコスモスで研究をしているものです」
どうでいい、目線で続きを促す。
「私はユーリ君の力の行き着く先が見たい、その為には今のユーリ君では駄目なのです」
ユーリに対する否定に、怒気が少し漏れる。
「貴女も見たでしょう?あの映像を?」
当然だ、無意味な質問に苛つく。
「あの戦いの後、彼のサイコパワーはとても弱体化してしまった。その事実に気付いているものは少ないですがね」
弱体化?ユーリが?そんな訳が……
「気づかれるのは時間の問題でしょう、彼は来季のジムチャレンジに参加する予定ですから」
「そしてさらに、弱体化の影響で彼の手持ちの5匹のポケモン。その全てが目覚めなくなった」
そんな訳がない、キラちゃんとオーキスはずっと彼と一緒で……
「この事実を知るのは、今の彼の周囲の人間と、私だけでしょう」
「そして、私がそれを明かしたのは貴女だけですよ、ミカンさん」
私の名前を知っているのに驚きはない、調べればすぐだろう。
だけど彼のポケモン達が、キラちゃん達が目覚めない?
信じられるはずがない、だがココロはざらつく。
「証拠をお見せしましょう、付いてきてください」
彼が指を鳴らすと虚空に白い穴が現れる、異質な力を感じる現象だ。
「ウルトラホール、そう呼ばれる現象です」
そう言って男は穴の中に消えていく。
普通に考えれば罠に決まっている、ユーリ目当で私を人質にとろうとした刺客はそれなりの数がいた。
その全てを返り討ちにした、自身の力とユーリから借りたレジスチルのチルルの力で。
だけど、私はその穴へと飛び込んだ。
そこにユーリが、私の知るユーリがいると信じて。
穴の中に広がる空間をしばらく歩き、男は立ち止まった。
「ここです、ここからが1番近い」
そう言って赤い鎖の様な物をかざすと空間に亀裂がはいる、この現象はユーリの力と一緒?
「さぁ、すぐそこに答えがあります」
亀裂の中をさらに進む、建物が見えてくる。私はこの建物を知っているユーリの倉庫だ。それを確認した瞬間、私は男に攻撃を加える。
だが、硬質な音が響き、今度は膜が破れない。
さっきは手加減されていたと悟り、モンスターボールに手をかける。
「落ち着いてください、私はこの空間をユーリくんを害する為には使っていません」
男を見る、男の瞳を見る。
「そしてこのことを誰にも明かしてはいません、今日貴女だけに明かしました」
男が見る、私の瞳を見る。
「わたくしはユーリ君に力を取り戻して欲しいだけなのです、その為には貴女の力が必要なのです」
そして男は言った。
「この世で最もユーリ君を理解している、この世でユーリくんが最も大切に思っている貴女が必要なのです」
揺らぐ、私のココロは震える。
「同じはがねつかいとして、わたくしを信じてくれないでしょうか」
男を見る、私は見る。
男の中に私と同じつるつるなココロが見えた。
倉庫の中の一室、ユーリが宝物を入れる部屋だ。
その中央に、5つのボールが丁寧に置かれていた
「あっ…」
その中の1つ、最も古いモンスターボール。
星型のシールでデコレーションされたモンスターボール、私がデコレーションしたキラちゃんのモンスターボール。
モンスターボールを両手で拾う、何の反応も示さない。
キラちゃんは私がモンスターボールに触れると、中から光ってキラキラ挨拶してくれた。
でも今は光らない、キラちゃんは私にキラキラしてくれない。
呆然とモンスターボールを持つ少女に語りかける。
「彼の手持ちのポケモン ジラーチ デオキシス グラードン カイオーガ レックウザ」
「この内、古代ポケモンの3匹が目覚めないのはわかります」
「彼は古代ポケモンが目覚めるのに必要な玉を使わずに、自分の超能力を儀式の代用にしていた」
「玉を使わない儀式に必要なエネルギーは少なくともクラス10以上の超能力者でなければ出力出来ません」
「デオキシスもわかります、キズナへんげでユーリ君の中に行ったデオキシスの半分が戻って来ていない」
「ユーリ君が失ったサイコパワーをユーリ君の中で補っている、私はそう推測しています」
「そしてジラーチ、これだけが私には分からない」
「ジラーチは1000年に一度目覚めて、願いを叶えるポケモン。願いを叶えれば再び眠りにつく」
「そして私が調べたところ、ジラーチは彼が生まれた時から一緒にいるポケモンです」
「ジラーチが11年もの間、眠りにつかなかった理由。それはユーリ君の願いにあるのでしょう」
「ジラーチはユーリ君のそばでその願いを叶え続けていた。しかし、レッドに敗北したユーリ君はその願いを放棄してしまった」
「ミカンさん、ユーリ君と幼馴染の貴女なら知っているのではないですか?彼がジラーチにいったい何を望んだのか」
少女は震えるながらか細い声で答えた。
「ユーリ、ユーリは……」
「落ち着いて、ゆっくりで大丈夫ですよ」
「ユーリは……主人公になりたいって……ポケモンマスターになるって……」
主人公?それにポケモンマスターとは?
「主人公ですか?確かに彼の活躍と実績はそう呼ぶに相応しいものです、しかしポケモンマスターとはいったい?」
称号の様な物か?あるいは……
「全ての地方でチャンピオンに勝利する……最強のトレーナー……」
最強のトレーナー、なるほどつまりは……
「ようやくわかりましたよ、ミカンさん」
「レッドと戦い、生まれて初めての敗北を経験した彼は自信を喪失してしまった。主人公になる事を、ポケモンマスターを諦めた」
「彼は願いを打ち切ってしまったのです、そのせいでジラーチは目覚めない」
少女はピクリと震える、涙をぽたぽた垂らしながらモンスターボールを抱きしめる。
なんと憐れなのでしょう、でも大丈夫です。
「ミカンさん、ユーリ君の力が戻ればジラーチを目覚めさせる事が可能です」
少女は真っ赤に腫らした目で、こちらを縋るように見つめる。
「本当に……?」
「ええ、わたくしは彼等を調べました。調べてわかった事があるのです」
「デオキシス以外のポケモンにも、キズナへんげの兆しが見つかっています。へんかするには至らないが彼等の中にユーリ君の一部が眠っている」
「だからこそ!!ユーリ君が力を取り戻せば!!彼等の中に残る一部を縁に力を注ぎ込めば!!彼等は再び目を覚ますのです!!」
「そして貴女こそが!!ユーリ君の力を復活させる唯一の存在!!希望なのです!!」
少女が私の大声に怯えたように身を竦ませる、先ほどの気丈な彼女の面影はどこにもない。
「でも、私なんかじゃ……私はユーリに捨てられて……」
自然と笑顔になる、これから告げる素晴らしいキズナを思って。
「貴女とユーリ君のキズナは無くなったりしていません」
「うそ……」
「嘘ではありません、ミカンさんこれを手にとってください」
私は彼女に自分の研究成果を手渡す、手の平に収まる小さな結晶。彼女がそれを受け取ると、結晶は輝き始める。
「それは、わたくしがユーリ君のサイコパワーのサンプルから作ったOパワーの結晶」
「わたくしがそれを手にしても輝きはしません!ユーリくんがキズナを感じた者だけが!ユーリ君に選ばれ者だけが!その結晶を輝かせることができるのです!」
「ユーリに選ばれた?」
「ええ、その通りです。その輝きはユーリ君とのキズナの証明なのです!」
「キラキラしてる……」
少女はOパワーの輝きに目を奪われている。
「ミカンさん、貴方はそれを使ってユーリ君と1つになるのです」
「私と…ユーリが?」
「貴女のキズナで、ユーリ君をキズナへんげさせる。そうすれば彼の力は復活するでしょう」
「キズナ……」
「ええ、素晴らしい力です。本当に美しい」
「残念ながら、今すぐにと言う訳には行きません」
「しかる場所、しかる時、しかる条件を満たしてはじめてそれは可能になります」
「それは……いつですか?」
彼女の問にわたくしは笑みを浮かべて答える。
「ジムチャレンジファイナルトーナメント!世界中の人々が注目するガラル地方の祭典!」
「そこで再現されるブラックナイト!その舞台でユーリ君は復活する!貴女のキズナの力で!」
「お願いですミカンさん、ユーリ君のためにどうか力を貸してはくれませんか」
わたくしの差し出した手を、少女は結晶ごとしっかりと握る。
まるでキズナが逃げ出してしまわないように、祈るように両手でわたくしの手を握る。
指の隙間から溢れる輝き、なんて尊い光なのだろか。
人間同士のキズナへんげ。
キズナオヤジ達が力の継承に使用しているそれは、ポケモンと人間が起こすものと異なる。
キズナを与えた人間は、キズナを受け取った人間の中に溶けて消えていく。
なんて尊いキズナの形、愛するユーリ君の中で彼女は永遠に生き続けるだろう。
楽しみだ、本当に楽しみだ。
ブラックナイトの闇の中で彼女のキズナはとても美しく輝くだろう、自らをキズナに変えた少女が灯す灯台の光を、世界中の人々が目撃するだろう。
それは革新へと向かう人類の燈火となるのだ。