テンガン山やりのはしら、ここはシンオウが、世界がよく見える。
思いを馳せるのはガラルの地。黒い夜は必ずやって来る、人によって歪められた無限の竜が目を覚ます
因果の糸は絡まり太く束ねられ解けることはない、結末は私にも分からない。
違うな、結末とはその時まで分からないものだ、私自身を例外とするのは思い上がりだ。
この世界の生き物はすべて平等だ、あの子の言っていた未来を選ぶ権利の話は正しい。
だから私はあの子に返す言葉を見つけられなかった、なにも伝える事ができずにその場を去った。
あそこで正しい言葉を返していれば、最悪の可能性は生まれなかったのではないか?
分からずにただ見つめ続ける、あの子がいるガラルの地を。
懐かしい気配を感じた、この槍の柱までやってくるとは。
「久しぶりだなアルセウス」
「ああ、久しいなジガルデ」
彼の分体が私を訪ねてやって来た。
「さて、要件はわかっているな?」
想像は付く、だが話し合う事が真の相互理解。言葉に出して伝えるその重要性をあの子は昨日学んだ。
ならば私も実行に移す。
「いや、分からない。言葉に出して言ってくれ」
「なに!?正気か!?本気であの因果に介入するつもりか!?」
これは……そうか、結果として挑発に近い物言いになってしまった。
「いや違う、そういう意味ではない、私はガラルには行かない」
「どうした!?アルセウスよ!?貴様に何があった!?」
ふむ、正直に心の内を伝える。それが肝要。
「言葉に出して伝える事が大切と、あの子は昨日それを学んだ。私もそれを学びたかったのだ」
「あの子!?あの小僧の事だな!!また人間に絆されたのか!!」
「絆されたか、そうかもしれぬ。あの子と同じ事をしてみたかった」
そうすれば、今度は正しい言葉を伝える事ができるかもしれない。
「仮にも調停者のお前が!!よりにもよってあの小僧に絆されたのか!!因果を絡ませるあの小僧に!!」
絡まったのは確かだ、だがそれはあの子だけが原因ではない、正してやらねば。
「絡まったのはあの子の責ではない、因果の糸は世界中の生き物が持っている、世の営みはその糸が編み合わされて形づく」
「そんな事は分かっている!!だが!!あの小僧の糸は太すぎて編み方が滅茶苦茶だ!!加えて他の糸も巻き込む!!」
「それでも歪めたのは一度だけだ。それも自覚的に行った訳ではない、あれ以来一度たりとも歪めたりはしていない」
願い続けるとは言ってはいたが、あの子はそれをしなかった。自身の愛する者の為に力を使うあの子の心は責められるものではない。
「その一度だって問題だ!!流星を引き寄せた小僧は!!共に来た来訪者に起源を与えた!!今や異心同体となり胎動している!!その先に待ち受ける結末をお前は知っているはずだ!!」
それは事実だ、だがそれでも……
「だがな、あの子は優しい子だ。ジガルデ」
「違う!!性質の話をしているのではない!!」
「性質の話だジガルデ。生き物の営みは全て感情が原動力だ」
「そういう話ではっ!!」
「そういう話だ、私達だって同じだろう?」
「……何が言いたい?」
「私達は確かにこの姿で生まれ、長き時を生きてきた」
「宇宙の彼方の果て、さらにその先、そこに我らを創造した星があるから我らがあるのか?我らがあったから知啓を得て彼等が想像しえたのか?」
「どちらが先でどちらが後なのか?或いはその両方か?それは誰にも分からない」
「だが、生まれた時にはすでに知識を持った我らは役割を果たしている」
「与えられたもので自ら得たものではない。そうあれと完成した形で我らはこの世に生を受けた」
「それを続けているのは責務だからでもある。そして、私の心はそれを続ける事を望んでいる」
「私は望んで調停者の責を全うしている。責務と望み、それは相反するものではない」
「戯言だ!!」
「お前もそうだろうジガルデ?監視者を続けているのはお前がそれを望んでいるからだ」
「私は世界を愛しているのだジガルデ、お前と一緒だ」
「愛は力だ、私達を動かしているのは愛だ」
「もういい!!そこまでにしておけ!!」
「そして愛とは、いつだって優しさから生れる」
「やめろ……もうよい」
ジガルデが体を丸めている?私ばかり語り過ぎたか?
「はあっ……あの小僧がポケモンとして生まれていれば、こんな事態にはならなかった」
「あの子は人間だからこそ生まれたのだよ、ジガルデ」
「あの子の両親が、産まれてすぐに命の危機に陥ったあの子の生命を願った」
「星の子はその願いを叶えた、身を蝕む強大過ぎる力を操る知識を彼方からあの子へと与えた」
「そして、彼はその知識で力を操る術を手に入れた。さらに、星の子の願いを叶える力を模倣して星の子の願いを叶えた」
「眠らずに世界を見たいという願いを叶えた。星の子はあの子と共にある事を望んだ」
「そしてあの子に弟が産まれた時にあの子は因果を歪めた」
「弟を守りたいと願う気持ちが、弟の危険を肩代わりさせた」
「あの子は愛から産まれて、愛を与えて生きている。力を使うのは何時だって愛する者達の為だ」
だからあの子は強い、この世で最も自分を強くする術を体現している。
「頼む、もう辞めてくれ……」
「だからこそ、黒き夜の日にあの子が因果を歪めるなら私はあの子を殺す」
「な、何!?話が違うぞアルセウス!!介入しないとは偽りだったのか!!」
偽りではない、愛とは時に相容れない道を示す。
「ジガルデ、お前の言った因果とは別だ。無限の竜の因果に私は介入をしない」
「では何故だ!?何故小僧を殺すなど!!」
「昨夜の1つの可能性が生まれた、あの子が愛する少女を失う可能性だ」
「……それで?小僧は?」
「あの子は悲しみと絶望のあまり、少女を取り戻そうとする」
「失った後に取り戻す!?それは不可能で………まさか!?」
「愛の力で因果を歪めるだろう、あの子は愛ゆえに世界を歪めてしまう」
最悪の結末、因果の糸の半分はその悲しみに染まっている。
「その時は私があの子を殺す。願いではない、これは責務だ」
世界の調停、それが私の席であり望み。
それを成しえる事が、私の愛なのだから。