自分はかつて主人公だった   作:定道

14 / 55
11話 第一印象が重要だ

 ガラル地方最大のイベントであるジムチャレンジ開催式当日、エンジンシティにあるスタジアムの選手控室。

 そこで僕は隣をチラチラ見ながら緊張していた。

 

「そして!!今回のジムチャレンジには!!特別なチャレンジャーが二人も参加します!!」

 

 開会式に参加する前の、大勢の人には見られる不安とは別の緊張感。

 

「両者揃って他の地方での殿堂入り経験者です!!」

 

 隣で座る彼女と無言で出番を待つ緊張感。

 

「共にジョウト地方アサギシティの出身!!鋼の女王ミカン!!未来視のユーリ!!二人の入場です!!」

 

「あ、あのさっミカン」

 

「出番が来た」

 

 素っ気ない返事でミカンはスタスタとスタジアムへと向かって行く。

 

 彼女に言わなければいけないのに、彼女に教えてあげなきゃいけないのに。彼女が行ってしまう。

 

 真っ黒な仮面で顔を隠し、真っ黒なバトルスーツで身を包んだ彼女が。

 

 彼女に伝えてなきゃいけないのに、その格好は数年後に後悔する事を。

 

 

 

 開会式の最中は、ミカンの事が気になって仕方がなかった。人前に出る緊張感を感じている暇はなかった。

 

 ミカンは僕が心配していたほど、浮いた格好という訳でもなかった。ジムリーダーはキャラが濃そうで存在感が凄かったし、仮面キャラが被っている子もいた。あの中に混じれば真っ黒なミカンもそこまで違和感がない。

 

 それにガラル地方のチャンピオン、ホップのお兄さんのダンデさんも中々攻めた格好をしていた。特にあのマントは衝撃的だ、スポンサーの数にもびびった。一社もスポンサーが付かなかった僕とは雲泥の差だ。

 

 やっぱり人柄の良さと人気は比例するのだろう、ネット上でもダンデさんの人気は凄い。特にアンチの数が少ないところが凄い。

 昔エゴサーチして物凄い数のアンチ的な書き込みを見て以来、僕はネットでの活動をしていない、アカウントもほったらかしだ。

 

 ファンサービス精神も凄い、各種イベントにも積極的に参加しているし、ファンレターもかなり頑張って返事を書いているらしい。リーグのイベントをほったらかしまくっていた自分が恥ずかしくなってくる。

 

 確かにガラル地方のリーグは商業的で、興行的な面が強い。他の地方、特にカントージョウト地方ではリーグとは格調高いもので、世俗に迎合した人気取りを見下す傾向がある。

 だけどダンデさんからは、自分のチャンピオンとしての使命を全うする堂々とした姿勢、人気に答えるというプロの誇りを感じる。

 

 僕もリーグカードが欲しくなってきた、リザードンポーズですら格好良く感じる。後でレプリカリーグカードパック買おうかな?

 

「ユーリよ、ペロッパフホットケーキが冷めてしまうぞ、食べないのか?」

 

「えっ!?食べっ……いや、やっぱりお腹が空いてないんだ、くまきち、食べない?」

 

「べあーま!」

 

 開会式が終わった後、僕はレックス達とエンジンシティにあるバトルカフェにやって来た。ポケカノとコラボ中で特典カードを入手するためだ。この後は、劇場版ポケカノDASHを視聴するために映画館に行く予定だ。

 

 ホップ達は、ジムチャレンジを進めるべくターフタウンへと旅立った。ミカンの事で悩んでいる僕を心配してくれてはいたが、ホップ達のジムチャレンジを邪魔する訳には行かない、

 ホップ達とは友達だが、ジムチャレンジ中はライバルでもあるのだ。優先すべきは自分のジムチャレンジだ。友情と馴れ合いの区別を間違えてはいけない。

 

 レックス達の望みを叶えたかった事も理由だ、それにジムチャレンジの期間は半年もある、急がなくても十分に余裕はある。焦る必要はない。ただ、はやく先に進みたいホップ達の気持ちもわかる。一番乗りや、最速の記録に惹かれる気持ちも理解できる、

 ただ、今回の旅は、ガラルでのジムチャレンジはゆっくりと進めて行きたいと思っている。今までの旅で僕は先を急ぎすぎた。

 

 周りの風景、街並、気候、食事、文化、それを経験するのだ。経験して、自分の学びとする。学びが増えれば心は豊かになる。マスタード師匠はそう教えてくれた。

 そしてこうも言った、変わってしまった自分を誰かに見せるのはとても怖い。自分もそれを知っていると。

 

 それを受け止めるには学びを増やすこと。様々な体験、様々な人達から学びを得て、変わって行く自分を好きになる。

 

 今の自分を好きになればユーリちんは力を取り戻せると、昔よりずっと強い新しい自分になれると、師匠は言ってくれた。

 

 だから僕はジムチャレンジを急がない、自分を好きになるために。

 

 しかし、だからといって悩みが無くなる訳でも当然無くて……

 

「はぁ……どうすれば……」

 

「ユーリ君、今日はため息ついてばっかりだね」

 

 少し呆れた様子のユウリがそこに立っていた。

 

 

 

「ユーリ君さ、悩んでるのはやっぱりあの子の事?」

 

 なぜか若干興奮気味のユウリは僕に質問する、あの子とはもちろんミカンの事だろう。

 

「うん、そうだよ。無視されちゃってさ」

 

 父さんと電話をした次の日、僕はアサギシティの家族や仲間達に電話をかけた。当然ミカンにも。

 だけどミカンが電話にでる事はなかった。殿堂入りしたのはニュースで知っていたので、忙しくて電話にでる暇がないのかとは思った。

 

 しかし、不穏な予感もしていた。

 

 電話でユウキはミカン姉ちゃんは兄ちゃんに会うために町を出たと、グラサンは姉御は兄貴を殺すために町を出たから気を付けてくれと。

 矛盾しているようで、矛盾していない両者の発言に、僕は悲しみと恐怖を感じた。

 

 こちらの意識の隙をぶち破ってくる鋼のバットを使った孤塁抜きへの恐怖は大きいが、それよりも大きいのは悲しみの感情だ。

 ミカンが電話に出てくれない、幼い頃から一緒にいて家族同然だと思っていた彼女に拒絶された悲しみの感情だ。

 

「開会式の後に直ぐにどっか行っちゃったもんね、電話はかけてみたの?」

 

「ミカン、昔のマルチナビをもう使ってないみたいでさ、繋がらないんだ」

 

 アサギシティで僕とお揃いで買ったマルチナビ、そのアドレスはもう使われていなかった。

 

「電話にも出ない?ユーリ君、ミカンさんの事どれくらい放って置いたの?」

 

「どれくらい?連絡なら最後にアサギシティを出てからだから、1年ぐらいかな?」

 

 やっぱりそれで怒ってるのかな?今までは最低でも3日に1度は電話してたから……

 

「1年かぁーやっぱりそうか。」

 

 ユウリはうんうん何かに納得している、嫌な予感だ。

 

「やっぱりさユーリ君が悪いよ!彼女を1年以上放って置くなんてさ!」

 

 何となくそうだとは思ったけど、ユウリは勘違いしてる。

 

「ユウリ、ミカンと僕は恋人じゃないよ。家族みたいなものではあるけどさ」

 

 そういう話に飢えてるのだろう、ハロンタウンに同年代のは女の子がいないって言ってたし。話ができるのはソニアさんくらいか?

 

「えっ!嘘でしょ!?ネットでもちゃんと調べたよ!ユーリとミカンのコンビをジョウトで知らない奴はいないって!」

 

 それはたぶん、ベクトルの違う方面でのコンビだ。超岩鋼紅蓮隊はジョウトのてっぺん目指していたから有名なのだろう。

 

「幼馴染で家族みたいなものだと僕は思っている。ミカンの方は……」

 

 もう、そう思ってはいないのかもしれない。それはとても悲しい事だ。

 

「それはユーリ君の勘違いだよ!ユーリ君ちょっとおかしい所があるからさ!」

 

 何かひどいこと言われた気がする、僕は割と常識があると自負している。

 

「いや勘違いじゃないよ。確かに大事な人だけど、恋愛的な関係性はなかったよ」

 

「大事な人ならそれは愛だよ!愛ならLOVEで!LOVEなら恋!それが常識だよ!」

 

「そ、そうかな?」

 

 あんまり店で愛を語られると恥ずかしい、周囲にも注目されている気がする。

 

「でもさ、今日のミカン凄い格好してたよね?あれは恋人に会いに来る格好じゃないよ」

 

「うぇっ!?それは、私も思ったけどさぁ」

 

「あれさ、対超能力者用のバトルアーマーだよ。形は違うけど昔見たことがある」

 

 フレア団がよく使っていた、テレパスが効きにくくなる。防御力は大したことなかったけど。

 

「そうなの?」

 

「そうだよ、きっと僕を倒すために対策してきたんだよ」

 

 自分で言って悲しくなる、そこまで嫌われた事実に。

 

「ええ?そこまでするかなあ?アサギシティであのファッションが流行ってるんじゃないの?」

 

「いや、流行ってる訳ないよ」

 

 1年程帰ってないけど、断言できる。

 

「だってさぁ、ジョウトでは顔を隠した格好が普通なんじゃないの」

 

「いや、そんな事実はないよ」

 

「えぇ?そうなの?でもミカンさんはユーリ君にさぁ」

 

 会いに来たのは事実だろう、でも友好的な理由ではなさそうだ

 

「ユウリ、諦めてよ。友達や恋人に友好的に会いに来る人が顔や体を隠してやって来る?そんな奴はいないよ」

 

 ん、何だ?凄い不満気な顔をしている?

 

「もういいや……なんか空しくなっちゃった」

 

 そう言ってユウリはミルクティーを勢いよくストローで飲み干す。初対面の時より仲良くなれた証ではあるだろうけど、扱いが雑になってきた気がする。

 

 多分ユウリは僕の話を聞いて、ホップとの関係の参考にしたかったのだろう。目論見は外れてしまったようではあるが。

 

「ユウリ、ホップとさらに仲良くなりたいのは分かるけどさ、そういうのはジムチャレンジが終わってからの方が良いんじゃない?」

 

 ライバルに向ける想いと恋愛感情の同居は難しだろう。

 

「べ、別にホップは関係ないよ……それに」

 

 ユウリの顔がほのかに赤い、そういう仕草で責めてもホップは気づかなそう。

 

「それに?」

 

「ユーリ君が言いたいのは、ポケモンバトルで勝ちたいって感情と人に向ける好きって感情を同時にぶつけるなってことでしょう?」

 

「まあ、そうかな」

 

 当然の事だ、攻撃性と恋愛感情は同居できないだろう。

 

「意味はわかるよ、理屈もわかる、でも私は違うと思う」

 

「えっ?」

 

「同じとこから来たものでしょ?その人にも勝ちたいのも、好きになったのも、怒るのも、悲しむのも、全部自分の心で感じた事だよ」

 

「だから私はそれを区別はしても、分けて取って置いたりしない。全部ひっくるめて相手に向けるの、それが私が誰かを想うっていうこと」

 

 いや、ホップと私の話じゃないよ?と慌てて取り繕うユウリの言葉に僕は感心した。

 

 そうか、そういう考えもあるのか。相手に向ける感情をカテゴライズはしても、混ぜたままで相手を思う。相手や自分の立場を考慮しないわがままだけど素直な気持ち。

 そっか、こうやって話をして相手の考えを知る。知って自分と違うところを認めて糧にする、これが学ぶってことなのかな。

 

「ねえ、ちょっといい」

 

 僕は思考を止める、ユウリではない女の子の声に。

 

 

 

 そこに立っていたのは黒いジャケットに剃り込みの入った髪型の女の子、偽物のピカチュウ見たいなポケモンを連れている。

 

 間違いない!不良少女だ!

 

 彼女は僕をじっと見つめる、無表情で。これは?め、メンチを切られている!?

 

 !?

 

 喧嘩か!?喧嘩を売られているのか!?やべーぞ!?どうする!?

 

 ここに超岩鋼紅蓮隊の皆はいない!?こういう時対応するのはもっぱらミカンかグラサンの役目だった、僕は後ろでそうだそうだ言ってたからこういう舌戦が得意ではない。

 

 ここは地元じゃない!迂闊だった!クソっ!もしかしてすでに囲まれている!?ユウリを逃さなくては!まずは注意を引き付けて……

 

「えっと、どうしたの?何か用があるの?」

 

 !?っ、駄目だユウリ!その答え方はツッパリ度が低い!

 

「ユーリに用事があるんだけど、いい?」

 

 狙いはやはり僕か!僕の首が目当てか!

 

「ま、まずは名乗ったらどうですか!?どこのスクール出身ですか!?」

 

 ユウリに目線で逃げろと伝える、伝わってくれ……

 

「うわッ!?何で叫ぶの?スクール?」

 

 駄目だ!伝わらない!

 

「えっ……覚えとらんの……」

 

 一度会っている?復讐が目的か!?

 

「どの地方で会いましたかね!?覚えてねーッスね!?」

 

 不良少女は無表情をほんの少し歪めて答える。

 

「3年前……ポケウッドで……」

 

「ポケウッド?んん?」

 

 えっ?ポケウッド?何だろう?あそこで倒したのはプラズマ団だし?

 

「そっか……覚えとらんの……」

 

 そう呟いて、不良少女は走って去ってしまった。

 

 あれ?普通に知り合いだった?いや、そんなはずはない。あんなロックな女の子は知り合いには……ホミカさんくらいだ。

 

「ちょっと!?ユーリ君!?あの子知り合いじゃないの!?」

 

 ユウリが慌てて僕に訪ねてくる。

 

「いや、本当に覚えがなくて」

 

「そんな!私あの子を追っかけてくる!?」

 

 そう言ってユウリは一目散に走って行った……とおもったら、Uターンして戻って来てテーブルの伝票を乱暴に掴むと僕に一言。

 

「ユーリ君って結構サイテーだよね」

 

 そのまま僕の反応を待たずに走って行った、物凄く足が速い。彼女の相棒のラビフットが慌ててそれを追いかける。

 

 何だろう、凄い理不尽のような自業自得のようなこの感情。

 

「ユーリよ、乙女のココロとは何時の時代も男子には理解できん、諦めよ」

 

 レックスの慰めだか何だかよく分からない言葉が僕の耳に届く。

 

「そろそろ、映画館に行こっか……」

 

 店の時計を見ると、カフェに来てからそれなりの時間が経っていた。

 

「ウム、いざ!!新たな劇場版へ!!」

 

「バシロッス!」

 

「バクロッス!」

 

「エレーレ」

 

「きゅぴー!」

 

「べあーま?」

 

 僕のココロとは対象的に元気なレックス達と共に、映画館へと向かう。

 映画館へと向かう道中、エンジンシティはすでに夕焼けに染まっていた。

 巨大エレベーターに乗りながら、はしゃぐレックス達を見ながら思う。

 

 これも学びか?

 

 マスタード師匠の笑顔が僕のココロに浮かんだ。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。