自分はかつて主人公だった   作:定道

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12話 お前はケモノだ!ケモノになるのだ!

 ターフタウンの牧場の一角、そこで僕は一匹のポケモンと対峙している。

 

「めめー」

 

 ふんふん?最近牧場の周辺で怪しいオヤジを見かける?

 

 ガラルのメリープ……ではない。ひつじポケモンのウールーだ。

 

 かわいい、ふわふわの愛らしい見た目に、ころころ転がるあざとい移動方法、そして何よりホップが手持ちに入れている。ガラルでもトップクラスの人気を誇るであろうと僕が独自に思っているポケモンだ。

 

 僕は今、彼女と対話している。ウールーというポケモンを理解するために。

 

「めーめ、めー?」

 

 何?たまに光ったり、変な玉を取り出す?

 

「めー!めめー!」

 

 3人いたのに光ったら1人になって、それを変な格好をした集団が追いかけていった?

 

「めめーめー」

 

 去年のジムチャレンジの時期にはあんな奴らいなかったのに、物騒になったわねぇ……か。

 

 それは、きんのたまおじさんとゴールドハンター達だろう。ホップが最近見なくなったって言ってたけど、あれから結構経った。また湧いてきたんだろう。温かくなってきたし。

 

 1人みたらその町には30人はいると思ったほうがいい、実に懲りない奴らだ。活動資金も目的も不明で、横の繋がりも強い。何か強力な組織がバックにいるのか?あんな変質者達を束ねているのなら、絶対ろくでもない組織だろう。相当レベルの高い変態集団に違いない。

 

「めめー!めーめ?」

 

 ふむふむ、あなたも気をつけなさい、子供に声をかけて回っているみたいだから………か。

 

「ありがとう奥さん、参考になりました」

 

「めめー」

 

 マダムウールーに別れを告げ、次の目的地へと歩き出す。

 

 次は、東の牧場のウールーだ!

 

 

 

 

 僕がウールーに話を聞いて回っているのは、遊んでいる訳ではない。ジムチャレンジ攻略のためだ。勝負に勝つには戦う相手の事を知るのが一番だ。

 

 ガラルのジムチャレンジは実に恐ろしい。僕はすでにターフタウンのジムチャレンジに3回失敗している。

 今までジムバッジを50個近く集めている僕が、どの地方のジムも全て一発で攻略してきた僕が、ガラルでは1つ目のジムすら攻略できていない。

 

 ウールー達を、柵に追いやる事が出来ないのだ。

 

 理由は2つある。

 

 1つ目は超能力を封じられている事だ。ガラルのリーグではジムの仕掛けを超能力で攻略するのを今年から禁止にしたらしい。何でも、他の地方でジムの仕掛けを超能力で壊し回る奴がいたそうだ。

 これも因果かな、反省しよう。許してください神様、アルセウス様。

 

 なので一定以上のサイコパワーを持つ者は、A.S.Dとかいう名前の首輪を付けてジムチャレンジする事になる。腕輪とかじゃ駄目だったのかなぁ。

 

 この首輪、なかなか強力だ。少なくとも僕が使われて来た超能力を抑えるガジェットのなかで一番効果がある。だが、今の僕のサイコパワーを完全に抑えられる程でもない。そのままでは抑えきれなかったサイコパワーをお漏らしする。

 だから僕はジムチャレンジ中セルフでサイコパワーを抑えるはめになっている。反則とか不正とか言われるのが怖いからだ。

 

 ここまでサイコパワーを抑えるのは、身体中に重りを付けているような負荷がかかる。道場で鍛えたから少しはましだが、僕の動きはかなり鈍くなっている、ツボツボと同じくらいだ。

 

 2つ目はガラルのジムチャレンジはスタジアムの中で、観客の前で行なうという点だ。他の地方でそんなジムはライモンシティぐらいだった。

 

 ようは恥ずかしい、ものすごく恥ずかしい。衆人環視の元、ヨタヨタとウールーにいいようにされる僕、1回目、観客はヒエヒエだった。2回目、3回目は笑い声が聞こえた。僕はお笑い芸人か?

 

 あんな場所で本来のパフォーマンスを発揮できるはずがない。他のチャレンジャーは割と一発でクリアしてるのは、奴らがガラル人だからだ。きっと小さい頃からウールーと戯れているから、扱いが上手いのだろう。

 

 そして、3度目の正直すら逃した僕はスタジアムでヤローさんを出待ちしてすがり付いた。ウールーはどうすれば上手く誘導できますかと。

 

 ヤローさんは苦笑いしながら言った、ウールーの気持ちが分かれば上手く行くかもしれないと。

 そして僕はヤローさんに許可を貰い、牧場のウールー達と、対話を続けている。今日で聞き込み期間は2週間目に突入するのだ。

 

 ターフタウンのウールー達とはかなり仲良くなれたと思う、すれちがう度にめめぇと挨拶してくれるようになった。

 

 だが、ジムチャレンジ攻略の糸口は掴めていない。

 

 ウールー達に聞いた、どういう所に転がって行きますか?のアンケート結果は、遊んでくれそうな人の所が6割、仲間が転がって行く所が1割、食べ物がある所が1割、よく分からないが2割だ。

 以上の調査結果から、僕がウールーに群がられるのは、彼等に遊んでくれそうと思われている。ようは毛玉達に舐められているのだ。

 

 僕がサイコパワーを漏らせば、ここまで舐められる事はないだろう。だが、サイコパワーを漏らせば反則になる可能性ある。にっちもさっちも行かない、詰んだか?

 

 ますいな、ひじょーにまずい。このままでは、ホップ達とのセミファイナルトーナメントで戦うとの約束も、ホウエンで旅をはじめたユウキとの約束も果たせない。

 まずい、本当にまずい、格好つけて約束したのに1つのジムも突破出来ませんでしたーえへへ♡とは言えない、言える訳がない。

 

 後の望みは手分けしてウールー達の話を聞いて回っているレックスだ。有力な情報を持ち帰ってくれる事に期待するが、望みは薄い。レックスは少しはズレてるからな。

 

「ユーリよ!!喜べ!!手掛かりを見つけたぞ!!」

 

 レックスの声が背後から響く、流石レックスだ、僕は信じていた。

 

 振り返ると、そこにはフヨフヨ浮きながらコチラに向かってくるレックスと、その後ろを付いてくる人影。

 

「この御人がジムチャレンジの秘訣を知っているらしくてな!悩めるお前に知恵を貸してくれるそうだ!知り合いなのだろう!?」

 

 ピンクのスーツに青い蝶ネクタイを着こなす褐色の中年。胡散臭さの塊のような出で立ち。

 

「オウッ!!久しぶりです、マイブラザー!!再会できてあっしは感激でごさいやす!!」

 

 カロス屈指の変質者キズナオヤジだ、まだジガルデに狩られてなかったのか。

 

「レックス、元いた所に返して来なさい」

 

「なんと!?」

 

「オウッ!!相変わらずマイブラザーの冗談はキレキレでごさいやす!!」

 

 くそ、1度絡まれるとしばらくは解放されない。このオヤジはそういう厄介な存在だ。

 

「マイブラザー!!貴方ほどの人がジムチャレンジに苦戦しているのはなぜか!!あっしにはその原因がバッチリばちばちに把握でございやす!!」

 

「はぁ、なんでございやしょうか?」

 

 どうせまた訳の分からない電波な事をのたまうのだろう

 

「マイブラザーの力!!あっしらのOパワーとは別の流れを汲むその力!!今はスヤスヤお休みでごさいやす!!」

 

 このオヤジは妙に鋭い、僕の弱体化を把握している。そういう所も信用出来ない理由の1つだ。最初はエスパーかと思ったが違った。ゲームでも存在したOパワー。そう呼ばれる謎の力をこのオヤジは持っている。

 

「オウッ!!だけど星の鼓動はマイブラザーの中でバクバク爆発の時を待機でごさいやす!!そのキズナの力をカリカリ前借りすれば!!マイブラザーの悩みはスッキリ解消でごさいやす!!」

 

 だけど、ニャースの手も借りたい気分でもある。聞くだけなら大丈夫かな?

 

「具体的な方法を教えてください、キズナオヤジさん」

 

「オウッ!!マイブラザーは興味アリアリでごさいやすね!!ならばお教えしましょう!!ズバット解決キズナパワーを!!」

 

 ………は?何だそりゃ?そんな阿呆な方法で解決してたまるか。

 

 ………えっマジで!?………それくれるの?

 

 ………オヤジのお下がりってやだなあ、加齢臭がしそう。

 

 非常に納得がいかないが、背に腹は代えられん。この方法で4度目の正直だ。待っていろモフモフのウールーどもめ。

 

「やはり頼りになる御人であったな!礼を言うぞキズナオヤジ殿」

 

「オウッ!!どういたしましてごさいやす!!これも受け継がれるキズナの一つでございやす!!」

 

 よし、レックス。そのオヤジ、用済みだから捨ててきてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ターフタウンスタジアムの来賓席、リーグ本部の伝手で確保したその席でお目当てのイベントの時を待つ。

 

 お目当てのチャレンジャーの出番までもう少しだ、オレは目当ての出番まで適当に時間を潰そうと提案したが、相方が最初から見物したがったせいで、オレもそれに付き合う事になった。

 

 ジムチャレンジが始まってもうすぐ1ヶ月、この時点でターフタウンにいるジムチャレンジャーは正直に言えば見込み無しだ。既にジョウト出身で殿堂入りしたチャレンジャーはバッジを集め終えている。

 

 だから今、ジムリーダーと必死に戦っているトレーナーは落ちこぼれだ。

 落ちこぼれの弱っちいトレーナー、ひたむきに諦めない姿勢は評価出来るが、それ以外に見るところはない。才能が開花していない。ポケモンバトルは気持ちだけで勝てる程甘くはない。

 

 なのにこいつは落ちこぼれのバトルを真剣に観戦している。オレやこいつから見れば相手にならない雑魚のバトルを見て何が楽しいのか、こいつは昔から意味の分からない行動ばかりしていた。

 

「おい、そんな試合を見て楽しいのかよ?」

 

 オレが声をかけるとこいつは返事もせずに、一瞬だけオレを見てまたスタジアムに視線を戻す。

 

 今のは肯定だ、この馬鹿は子供の頃からこんな調子だった。今ので通じるのはオレとこいつの家族ぐらいだろう、こいつはオレが居ない時どうやって意思疎通をしてるんだ?ガラルリーグでの手続きも委員長の相手も全部オレがやった、こいつは横で突っ立ってただけだ。

 

 この社会不適合者は忌々しい事に、この俺よりほんのちょっぴりポケモンバトルが強い。ほんのちょっぴりだ、バッジを集めてた頃は勝ったり負けたり半々だったが、最近は少し負けの方が多い。だからちょっぴりだけこいつの方が強い。ポケモンバトル以外の要素を含めれば、オレの圧勝だ。

 

 だが、オレはポケモントレーナーだ。世界で1番強いって事を目指すポケモントレーナーだ。現状に甘んじる訳にはいかない。

 こいつの意味の分からない行動が、こいつの強さに繋がっている可能性があるからわざわざこいつと一緒にスタジアムまでやって来た。

 

 まあ、こいつ一人で行かせると受付で立ち尽くしてるんじゃないないかって不安があったのも理由だ、こいつが訳の分からない行動をしてカントー地方の評判が悪くなってはオレも面白くない。

 

「グリーン」

 

「あ?何だよレッド」

 

 オレに声をかけたレッドの視線はスタジアムに注がれたままだ、それに釣られてオレもスタジアムに目を向ける。

 

「なっ!?おいおい……」

 

 1匹目でダイマックスを使い切り追い詰められた挑戦者、ジムリーダーのダイマックスで追い詰められて最後の1匹で粘っていた。

 

 最後の1匹のガラルヤドンが、ワタシラガの攻撃を次々と避ける。

 そしてダイマックスが切れたスキを狙った攻撃が、急所に当たり、ワタシラガが倒れる。

 

 チャレンジャーの勝利だ、落ちこぼれが奇跡を起こした。レッドは嬉しそうにスタジアムを見ている。

 

 ジムリーダーが笑い、チャレンジャーはメガネを外して泣きながら握手をしている。あれではどちらが勝者か分からない。

 

 どこか誇らしげにこちらを見るレッドに腹が立つ、こんなものは偶然だ、実力じゃない。実力を伴わず次のジムに向かっても辛いだけだ。

 

「へっ、運が良かっただけじゃねーか。レッド、お前は分かってたって言うつもりかよ?」

 

「いや」

 

 そうだろう、こいつは相手の力量を押し測れないような雑魚とは違う。

 腹が立つ、嬉しそうにこちらを見るレッドが。そんなこいつの考えが分かってしまう自分が。

 

「そっちの方が面白いと思ってた………ってか?」

 

 レッドが笑みを浮かべて頷く、この野郎が。

 

「グリーンも」

 

「あっ?」

 

 自分の口元に手をやって、自分が笑っている事に気付く。

 

「あーはいはい、そーだよ。お前の勝ちだ」

 

 認めると、レッドはさらに嬉しそうに笑う。

 

 まったく、本当に腹が立つ。

 

 

 

 インターバルの終わりを告げる放送が流れ、ようやくお目当てのジムチャレンジが始まる。

 

 今までの3回の挑戦は映像で見ている、実に笑わせてもらった。あのくそ生意気なガキがウールーに群がられて飲み込まれていく様子は、なかなかに愉快な映像だった。

 

 だが同時に違和感も感じる、あのガキらしくないと。トキワシティで俺と戦った時のあのガキなら、例え超能力が封印されてそれを禁止されても、スタジアム中のサイコパワー計測装置を全て壊し、自分の首輪も引きちぎるだろう。そして言うのだ。

 

「あれえ?おかしいですね?首輪が壊れてしまいました?もう少し頑丈に作らなきゃ危なくないですか?」

 

 そして悠々と目に見えず、他の超能力者たちが感知出来ない様に超能力を使って、チャレンジをクリアするだろう。そして超能力の使用を咎めれば。

 

「僕が超能力を使った?ひどい言い掛かりですね、証拠はあるんですか?計測機器は?監視の超能力達は?へえ、反応がない!じゃあそれはあなたの感想ですよね?データもなしにいちゃもんつけるのは大人としてどうだろうなあ?」

 

 恐らくこのぐらいは言うだろう、腹の立つ正論で苛立たせるそういうガキだ。だからこその違和感。

 

 腹の立つ屁理屈に突飛な言動、意味の分からない行動をするのは前からだ。だがプライドの高いあいつは自身の記録や経歴を気にしていた、こんな大舞台で自分が笑われて失敗するのをの良しとするようなタマじゃない。

 

 リーグ本部の懸念、裏の世界で密かに囁かれている1つの噂。

 

 未来視のユーリが、無敵の超能力者が弱くなっている。

 

 あのガキが変わったのは間違いない。髪の色はもちろんだが、精神的な変化があったのは明白だ。原因は恐らくレッドとのポケモンバトルでの敗北。

 

 超能力の弱体化については、映像だけでは判断出来ない。そもそも俺らは超能力者じゃない、だがトレーナーとして直接見ればわかることもある。

 

 リーグ本部が俺等に下した命令は3つ、あのガキが弱くなっているのかを確かめる事。弱くなっていた場合、他の組織からあいつを守る事。可能であればリーグに招集する事。

 

 リーグ本部も弱体化については半信半疑なのだろう。だから可能であればなどと消極的な指令だ、藪をつついて余計なものを出したくはないが無視する訳にもいかない、そんな所だ。

 

 あのガキをつつくには、それなりの人員が必要だ。だからあいつに唯一勝利した実績のあるレッド、そして俺の二人がガラル地方に赴く事を許可された。

 そう、許可だ。レッドが珍しく電話してきたと思ったら、ガラル地方に行きたいと相談してきた。

 

 いつもふらっと旅に出てしまうレッドが、俺に相談したのは進歩したとも言える。結局リーグ本部への交渉は全部俺が行ったが。

 

 許可は拍子抜けするほどあっさり降りた。恐らくリーグ本部にとって、俺とレッドの申請は渡りに船だったのだろう。ある意味ガキ以上に扱いにくいが実力と名声だけは一級品のレッドがお目付け役を自分で用意して、問題児の様子を見に行ってくれるなら丁度よいと。

 

 自分で推測しておいて、俺に対する認識に、添え物の様な扱いに腹が立つ、先ほどから自分でイライラしてばかりだ。あのガキと関わるといつもこんな気持ちになっている気がする。

 

「さあ!!次のチャレンジャーの入場です!!4回目の挑戦となるユーリ選手の入場だ!!………何だ!?何だあの格好はあ!?未来視のユーリ!!ガラルの地で血迷ったかー!?」

 

 実況がざわつき、観客からも困惑が伝わってくる。俺も困惑している。

 

 ユーリは巨大なウールーとなり、頭に手持ちのダクマを乗せていた。

 

 正確に言えば、もこもこのウールーのキグルミを着ているのだろう。やつの顔がキグルミウールーの顔下から覗いていなければ、本当に巨大なウールーが入場して来たと勘違いしたかもしれない。

 

 会場の雰囲気が困惑から笑いへと変わって行く、あのガキはポケモントレーナーを辞めてお笑い芸人になるつもりか!?レッドに負けて本当に血迷ったのか!?

 

 しかしその困惑は別種の物へと変わる。ウールーとなったガキがスタジアムのスタート地点にたどり着き、それは起こった。

 

「めえぇぇぇぇぇぇぇ!!??」

 

 ガキが叫ぶ、するとスタジアムのウールー達が奴に集まっていく。

 

 そしてウールー達は奴を先頭に1列に並ぶ。

 

「めめぇ!!」

 

 そして奴が号令を下すと、ウールー達が列を成して転がって行く。先頭のガキも何故か転がって移動している、上に乗っているダクマは器用にそのまま玉乗り状態だ。

 

 俺は何を見せられているんだ?

 

 会場は盛り上がっている。サイコパワー検出器は反応していない。ガキは超能力を使っていない。

 

 ジムトレーナーは困惑してガキを素通し、ワンパチは楽しそうに列に加わっている。

 

 そしてガキはゴール地点に到達して、雄叫びをあげた。

 

「めめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 どこかやけくそ感の漂うその雄叫びに、会場は大盛り上がりだ。

 

「フフっ」

 

 隣のレッドが笑っていた、何がおかしい。

 

「笑ってる場合かよレッド、あのガキがやったあれは」

 

 超能力ではない、シロガネ山で見せた力と同種のもの。変化するほどではないのだろうが明らかにあれは……

 

「キズナの力」

 

 そう、キズナへんげと名付けられた現象の元となる力。Oパワーと呼ばれる怪しげな力を由来とすると噂される超能力とは別種の力。

 

 それを使う事自体は別にいい、今やレッドはその力を手持ち全てに適用する事ができるし、レッドとの特訓に付き合いオレも手持ち3匹まではその力を使える。リーグ本部には伝えていないがキズナの力は人から人へも伝播する。

 

 今あのガキがやったのは、手持ちのポケモンでもない大勢のウールー達にキズナの力を与え、一時的に彼等の主となったのだ。

 

 俺がそれに気付けたのは、自身がその力を扱う様になったからだ。このスタジアムでのガキの奇行の中にそれを感じ取れた者は俺達以外にいるのだろうか?

 

 恐らくキズナの力は、人間なら誰しもが扱う事が出来るが。目覚める事はない、普通であれば。

 だが普通と言う言葉の対極に位置するあのガキなら、もしかするとさっきやった大勢のポケモンではなく。

 

 大勢の人間にキズナの力を伝える事ができるのかもしれない。

 

 そうすれば、リーグ本部の妄想は現実へと変わる。伝承災害の完全なコントロール、その夢物語が数多のキズナ能力者達によって具現する。正しい理想にも聞こえるが、面白くはない。

 

 それにこの力は恐らく人とポケモンの願いだ。それをシステマチックに管理しようとすれば、歪んだ結果を引き起こす。そんな予感がする。

 

 ポケモン達への信頼と愛情を忘れた者はトップには立てない。

 

 じーさんから言われた腹の立つ言葉が、オレにそんな事を予感させる。

 

「よし、レッド行くぞ」

 

 レッドは不思議そうにこちらを見る、まだ試合は終わってないと、その目が雄弁に語っている。

 

「今、こそこそ慌ててる奴がスタジアムにいれば、そいつ等はキズナの力を知っている奴だ。見つけて話を聞くんだよ、仕事を忘れんな」

 

 レッドは理解は出来たみたいだが、まだ試合に未練があるようだ。まったく、結果なんてわかりきっているのに。

 

「ここで見つけておかないと、あのガキにちょっかいをかける奴らが減らねーだろ。そうすればあのガキが強くなる可能性が低くなるぞ」

 

 オレの言葉でレッドはようやく重い腰を上げる。まったく、扱いにくいんだか、扱いやすいんだかわからん奴だ。

 だが、気持ちは同じだ。最強のポケモントレーナーを目指すオレのライバル、それがレッドだ。

 

 限界まで強くなったあのガキを倒す、それこそ、俺達が世界で一番強いって事を証明する手段の1つだ。

 だから、あのガキの旅を邪魔する奴らを倒す。ポケモントレーナーとは関係ない障害を均してやらねばならない。

 

 リーグの指令なんてオマケだ、聞いてはやるがこちらも利用させてもらう。

 

「さっさと行こうぜ、オレとお前。どっちがたくさん捕まえるか競争だ」

 

 レッドは笑みで返答すると、ボールから出したミュウツーと共に俺とは別方向の通路から出て行く。

 

「じゃあオレ達も行くぞ、捜索を手伝ってくれ」

 

 オレもフーディンをボールから出し、部屋から出る。

 

 あのガキ、ユーリのためではなく自分のためにだ。オレはジム戦でユーリに負けた。

 

 ユーリは公式の戦いで、ポケモンを2匹しか使っていない。ジラーチとデオキシス。あのガキが発見して正式に図鑑登録されリーグ本部にも認定されているポケモンはそれだけだからだ。

 

 ジム戦でのオレも制限がされていた状態、だから本来の力がぶつかった戦いとは言えない。

 だが、次は必ず勝つ。お互い全て能力、最強の手持ちを使って、最強の状態の奴を倒す。 

 

 算段はある、ユーリにはポケモントレーナーとして明確な弱点を持っている。

 

 シロガネ山での戦いも、OPやレベルで劣っていたレッドが勝ったのは、キズナへんげというイレギュラーを除けば、その弱点を明確についたからだ。圧倒的なポケモンを持つ故に自分自身では気付けていないユーリの弱点を。

 

 このガラル地方のジムチャレンジでその弱点を克服できるかはわからない、今の手持ちが1匹しかいないのを見ると無理な気もする。

 だが奴は、ガラル地方のジムチャレンジをクリアするだろう。通路から聞こえる実況がそれを教えてくれる。

 

 ユーリの手持ちのダクマが、ヒメンカの攻撃を次々と躱していると実況している。

 

 あのガキの未来視は、相変わらずに勝利を捉えているらしい。


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