モンスターボールについての話をしよう。
モンスターボールは待機状態では非常に小さい、ピンポン玉より少し小さい程度の大きさだ。ボタンを押すと起動モードに移行して大きくなる。大きくなったモンスターボールはだいたい野球ボールより少し大きいくらいのサイズだ。
ところで疑問に思った事はないだろうか?僕はある。何でモンスターボールは使い捨てなんだと、拾って再利用しろよと。実際にはゲームバランスの都合なのだろうが、その疑問は多くの人が持っただろう。
そして僕はこの世界で知った、モンスターボールが使い捨てな訳を。
ポケモンを捕まえるという行為、ポケモンをゲットするという事。
OPの低い人間が、OP的には格上のポケモンを捕まえられるのは何故か?
答えはモンスターボールが、投げたトレーナーのOPを吸収し、内部で増幅させてトレーナー固有の空間を構築、その空間のOPが対象のポケモンを上回る時、ポケモンはゲットされる。
されてあげている、という方が正しい。どんなに弱っていようとポケモンが認めなければゲットは出来ない。ポケモンの意思を無視するという行為は、この世界の社会通念上では認められていない。裏の世界で出回るポケモンの意思を無視する違法なボールというのは存在するが。
そしてOPを増幅して空間を構築するプロセスは不可逆だ。科学反応を利用した1度きりのブースト、使い捨てカイロと同じだぐらいの認識で正しい。
だからモンスターボールは使い捨てなのだ。もちろんこの世界の科学の力なら再利用出来るモンスターボールを作れるのであろうが、恐らくボール自体が大きくなってコストも大きくなる。使い捨てという形に落ち着いてるのは、コストが恩恵を上回らないからだろう。
環境的には配慮はされている、外れたモンスターボールを回収するのは緊急時を除けばトレーナーの義務だし、回収したモンスターボールはポケモンセンターで引き取られてリサイクルされる。
しかも持っていく度にポイントが貯まり、オフィシャルのグッズと交換出来たりする。ユウキも父さんによくねだっていた、オフィシャルのぬいぐるみが欲しいと。
そして当然、モンスターボールは種類によって値段に差が出てくる。ゲーム上に存在するボールよりも数百倍は種類もあるし、同じ種類でもハイエンドモデルだとか特別エディションなどで、上を見れば値段はどんどんと上がっていく。
ビンテージ物の貴重なボールがオークションで数億円で取引された何てニュースもこの世界では普通の話だ。
とは言っても、基本のモンスターボール、スーパーボール、ハイパーボールの値段はゲームと大抵同じだ。地方ごとに補助金が出てるので安価に購入出来る。
だからと言ってバカスカ投げられるかと言えば、そうでも無い。
投げる時にOPを吸収されるのだ、生命エネルギーを削っていると言っても良い。
野生のポケモンを捕獲するという行為はゲームほど気軽に行えるものでは無い。トレーナーにもポケモンにもリスクを平等に与える行為だ。
そしてモンスターボールに増幅されるOPの値は、一定ではない。OPの成長促進倍率と促進限界値に比例して、増幅されるOPは増加し、構築される空間は強固な物になる。
簡単に言えば、強いトレーナーは強いポケモンを捕まえられるし、強いトレーナーは基本的に高OPなのでボールを一杯投げられる。
一般トレーナーが1日5個ぐらい、チャンピオンレベルのトレーナーは1日100個ぐらい。モンスターボールだとこのくらいだろう、もちろん捕獲率も後者の方が上だ。残酷なまでの才能の差、ゲームバランスという概念はこの世界には存在しない。
そして僕の話だ。
恐らく世間の人は、それどころか周囲の身近な人に至るまでが、僕ならモンスターボールを大量に投げられ、捕獲率もめちゃくちゃいい。そう思っているのだろう。
多分それは、正解だと思う。
何故断言できないのか?それは僕が普通にポケモンを捕獲した事が無いからだ。
僕が今まで仲間にして来たとポケモン達、順番に……
ジラーチのキラ デオキシスのオーキス ラティアスのラティ グラードンのオメガ カイオーガのアルファ レックウザのデルタ レジスチルのチルル
以上がガラルに来る以前のポケモン達、そして……
バドレックスのレックス ブリザポスのリーザ レイスポスのイース レジエレキのエレン 謎のふわふわちゃん ダクマのくまきち
以上がガラルに来てからのポケモン
合計で13匹、これが僕が今まで仲間にしたポケモンの全てだ。
意外に少ないと言う人もいるだろうが、僕の年齢を考えれば多い方だ。
そして、その全てのポケモン達はボールを投げて捕まえた訳ではない。どちらかと言うと向こうから、あるいは直接対決の後に認められる形でボールに入れたのだ。
だから僕にモンスターボールをどのくらい投げられますか?捕獲率はどれくらいですか?と聞かれたら僕は投げた事が無いからわからない、100個ぐらいじゃないの?捕獲率は9割くらいじゃない?と答えていただろう。
しかしそれはこれまでの話、これからは違う。聞かれたらこう答える。
50個までは投げた事はある。捕獲率はわからない、ボールを投げてポケモンに当てた事が無いから。
そう、僕はエンジンシティのジムチャレンジに失敗したのだ。
まずは言い訳をしよう、動いてるポケモンに正確にボールを投擲するのはひじょーに難しい。しかも対象はロコン、ヒトモシ、ヤクデと的の小さいポケモンばかりだ。加えて僕には実質重りのハンデがある。
じゃあ倒してクリアしろよと言われればその通りだ。だが、そういう訳にもいかない理由がある。
ジムチャレンジの申請にスタジアムを訪れた僕に、インタビュアーが突撃して来て、僕はインタビューに答えた。
「ユーリ選手は今回のジムチャレンジを非常に変わった方法でクリアしていると話題ですが、あれにはどういった意図が込められているのでしょうか?」
突然のインタビュー、求められている回答、ジムチャレンジを盛り上げなきゃという使命感、どう答えれば今までの醜態を誤魔化せるのかという打算、全てが僕の脳内を一瞬で駆け巡り、こう答えた。
「実は今回のジムチャレンジは修行のためでもあるんです。超能力を向上させるための修行です。一見意味の分からない行動をとっていると思われているようですが、誤解です、それは誤解です」
「なるほど!?そんな深い意味が込められていたのですね?ではエンジンシティのジムチャレンジでは、一体どんな方法でジムチャレンジを攻略するのでしょうか?」
「そうですね、今回はトレーナーとしての重要な要素。ポケモンの捕獲についての修行をしたいと思っています。くまきちに頼らずにポケモンを捕獲してクリアしたいと思っています」
大体そんな意味のセリフを堂々と言った。
錯覚だった、実際にテレビでインタビュー映像を見ると、物凄いキョドっていた、セリフもボソボソで聞き取り辛い、死にたい。
そしていい格好をしようとした僕に、またもや因果が襲いかかる。
ジムチャレンジ当日、エンジンスタジアムには目を疑うべき光景が広がっていた。
投げても投げても当たらないモンスターボールは早々になくなり、余りに余った残り時間、僕はくまきちとポケモンを倒すこともできずにスタジアムにただ棒立ち。
あの日観客は何を見せられたのだろう?テレビの前の視聴者は何を思っただろう?棒立ちの僕を30分近く見るだけ。返金騒動で放送事故になるんじゃないか?
ジムチャレンジが終わり、僕はスボミーホテルインに逃げる様に走って帰り、そのまま部屋で泣いた。失意のままホテルで2週間、レックス達と籠もった。
そろそろ世間が僕の事を忘れたと判断し、僕は行動に移る。
出来ない事は出来る人に教えてもらうのが一番だ、僕はマルチナビで電話をかける。
ホップ、僕にモンスターボールの投げ方を教えてくれ。
そして2日後、僕はエンジンシティ周辺のワイルドエリアに居た。
「ユーリ君はじめまして、突然押し掛けて済まない。俺はダンデ。ホップの兄で、ガラル地方のチャンピオンを任されている者だ」
「は、はい知ってます、会えて光栄ですダンデさん。それとホップにはいつもお世話になっています」
「アニキがな、ユーリに会いに行くって言ったら付いてくるって言ってさ。迷惑だったか?」
「い、いや。僕も会ってみたいと思ってたからさ、全然迷惑じゃないよ。少し驚いたけどさ」
本心だ、チャンピオンとしてもホップのお兄さんとしても、ダンデさんには会ってみたいと思っていた。
「ダンデくんは結構強引な所があるのよ、許してあげてねユーリ」
ソニアさんも来ている………はあ!?白衣にへそ出し!?何だ!?しばらく会わない内に何があったんだ!?
「おー久しぶりだねユーリ、直接は1ヶ月ぶりぐらいだっけ?」
マサルの言うとおりそれぐらいかな?バウタウンで会ったのが最後のはずだ。
「久しぶりだね、ユーリ君!!ところでさ!?」
ユウリとは会うたびにこんな感じだ。バウタウンで再開した時にあの時は興奮してごめん、酷い事を言ったと謝ってくれたが、僕があの不良少女の事を思い出せない事自体には納得いってないらしい。
「ご、ごめん……まだです……」
「この前さ!さいみんじゅつが得意だっていう変な仮面を付けた人と知り合ったからさ!催眠療法で記憶を辿ってもらわない!?」
「え、えぇ?機会があれば……」
大丈夫かユウリ?あんまり変な人と付き合わない方がいいぞ?ユウリはちょっと変な大人に騙されそうな雰囲気がある。注意しなくちゃ。
「まぁまぁユウリ、今日はユーリ君のために修行に集まったんだ、それはまたの機会にしよう」
ダンデさんがとりなす、大人だなぁ。
「あっ、ごめん!ユーリ君、ごめんね!あぁ、またやっちゃった……」
ユウリはハッとして僕に謝ってくる。最近分かって来たがユウリは内向的だけど、激情的な所もある。僕としてはそういう部分も見せてくれる様になったと思っているからそこまで気にならない。
それに、3人の中で僕に1番性質が近いのはユウリだろう。だから気持ちが少しわかる、僕がローズさんに弟さんと仲直りするように言ったのと一緒の事だ。言わずにはいられないのだろう。
「僕は気にしてないよユウリ、今日は来てくれてありがとう」
「うん………ごめんね」
こういうやり取りも、友達だからこそかな?
「それでユーリ、何を教えてもらいたいんだ?モンスターボールの投げ方って言ってもいろいろだぞ」
それは、知っている。ネットである程度は予習して来た、今まで興味がないので知らなかったが、ボールの投げ方にはかなりの流派がある。
だが、僕が教えて欲しいのはそういう知識ではない。
「皆が実際にボールを投げてる所を超能力で観察させて欲しいんだ、そうすればコツみたいなものが分かってくると思う」
超能力で観察して、動きをトレースする。それを超能力なしでも使えるように慣らして行く、その方法がベストだと思う。
「おーユーリの未来視で視るの?感激だなあ」
「うッ!?未来視ではないよ?」
止めてほしい、その渾名は僕に効く……
「そうなのか?ユーリの決めゼリフが聞けるとおもったぞ」
やめて……やめて……
「あー!あのカッコいいやつでしょ!知ってる、知ってる一時期凄い流行ってたよねー」
助けて……助けて……
「ああ!俺のチャンピオンタイムと同じくらいナイスだ!」
あっ……あっ……
「僕の未来視は勝利を捉えた!!………か、かっこいいよね?」
ゆるして……ゆるして……
自分で放ったみらいよちを自分で食らった気分を取り直して、皆の投球フォームを確認する、狙われるのはレックスだ。
「うむ、しまってゆこう!である」
ちなみに立候補だ。昨日ポケカノプロ野球編を見てた、あれが言いたいだけだろう。まあ、レックスならねんりきで当たる直前でボールを止められるから適役ではある。
次々とレックス相手の練習用モンスターボールを投げる面々、皆フォームが綺麗だ、それにふわふわと移動するレックスを見事に捉えている。
チャンピオンであるダンデさんの投球が1番美しかったが、意外にも2番目はソニアさんだ。昔ダンデさんと一緒にジムチャレンジしてたらしいから意外でもないのか?
「どうだユーリ君、参考になったかな?」
「ええ、ダンデさん。バッチリです見ていてください」
皆の投球フォームは完璧にトレース出来た、後はそれぞれのフォームから僕に合う部分を良いとこ取りして、僕専用のフォームを作る。
「ふん!!」
「なんと!?」
「おお!!すごいぞ!!」
「うわーすっごい曲がってる」
完璧なカーブボールでのエクセレントスロー、自分でも完璧な手応えを感じる。
「よし!レックス、次は超能力なしで行くよ」
「おお、バッチこい!である」
行け!!モンスターボール!!
結論から言うと、失敗だ。
超能力のない僕はコイキングにも劣る力しかない。
「うーん、何であんなにコントロールが悪いのかなあ」
「根本的に動きが悪いよね」
「相手を見てないのもよくないぞ」
「投げる時に目を瞑っちゃってるしねー」
「自分の体の使い方が分かっていない、そんな所か」
ボロクソ言われてるが、何1つとして反論出来ない。全てが事実だ。マスタード師匠にボールの投げ方も教えて貰えば良かった。
「まずはさー、投げる動きに慣れる事からはじめない?コントロールはその次でしょ」
ソニアさんの提案はもっともだ、だとすると地道に投球練習かな?
「うーんでもスタジアムでは、動き回りながらボールを投げるし、ただ投球練習するのもどうかな?」
僕は自分の発言に縛られ、くまきちでポケモンの足止めが出来ない。捕まるまいとするポケモン達を追いかけてボールを投げなくてはならない。
「走りながらボールを投げる練習、辛そう……」
ユウリ、そんなに憐れまないでほしい
「だったら楽しく練習するぞ!皆でやるなら楽しくだ!」
「楽しく?何かするつもりなの?」
「皆でドッジボールをするんだ!ゲーム感覚でやった方が習得は早いぞ!」
ドッジボール……懐かしい遊びだ、でも練習にもなるのか?
「えードッジボールじゃボールの大きさも違うし、意味がないんじゃない?」
「いや、あながち的外れでもないかもしれない」
ダンデさん?
「ユーリはまず超能力を使っていない状態で、色々な動きを経験した方がいい。投球にしても当てるという感覚をまず体験する方が効果があるかもしれない」
何だろう、ダンデさんが言うと凄い説得力を感じる。これがチャンピオンの力か?
「えぇードッジボール?何年ぶりかなあ?でもホップ、ボールはどうするの?」
「これがあるぞ!これでドッジボールしよう!昔モンスターボールを集めてポケモンセンターで交換したんだ!」
そう言ってホップが取り出したのは、ダンデさんの顔がプリントされたボール。こ、こんなものがあるのか?しかもオフィシャルだと?
「うっ!?」
「うわぁ…」
「おおー」
「えぇ…」
ダンデさんがめちゃくちゃ複雑な顔をしている、お労しや…
「よし!やろう皆!レッツ・ドッジボールタイムだ!」
ダンデさんが開き直ってリザードンポーズを決める
「おお!ドッジボールタイムだぞ!」
ホップ嬉しそうだが、本当にそれでいいのか?止めるか?
「ホップ、そのボール貴重なものなんじゃないの?やめた方が」
「大丈夫だぞ!同じ物を6個持ってるぞ!」
ろ、6個……だと?
「ほ、ホップ、ドッジボールやるには人数が少ないんじゃない?」
「ポケモン達と一緒にやれば大丈夫だぞ!」
「ポケモンと人間混合でやるの?ユーリには難しくない?」
「んーそれは、そうかもしれないぞ」
ああだこうだと言い合う僕達の頭上を影が横切る。
「とりポケモン?アーマーガァじゃない?」
まさか!あれは!?そんなはずは!?
「リザードンとピジョット?ガラル地方にはいないはずじゃ?」
そして、リザードンとピジョットが僕達の前に降り立つ。
降りてくる二人を僕は知っている、知ってはいるが何でこんな所に?二人が揃ってカントーを出るなんて……
そして、不敵な笑みを浮かべて僕に向き直る。
「よおーッ!ユーリ、久しぶりだなぁ。面白い事をやってるじゃねーか、俺達も混ぜてくれよ」
「は、はぃ?」
僕は思わず後ずさり、尻餅を付く。
トキワシティのジムリーダーのグリーン、それと、この人は…
僕が唯一敗北したトレーナー、僕にとっての悪夢の象徴。
「……うん」
マサラタウンのレッドがそこには立っていた。