自分はかつて主人公だった   作:定道

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16話 賞金を渡すまでがポケモンバトル

 住むところが違えば、文化も違う。

 

 僕の生まれ育ったジョウト地方は元々が近畿地方をモチーフにしただけあって、その影響は生活の随所に感じられた。似てはいるけど微妙に違う。家族でエンジュシティに旅行した時に見た建築物や舞子さんは海外の人が想像した日本だなぁと子供心に響いた。

 

 そして文化とは生活様式や礼儀作法にも及ぶ。ジョウト地方では家に入る時は靴を脱ぐ、お辞儀や土下座、いただきますにごちそうさま、除夜の鐘やお年玉に、茶道や華道、現代日本に似通ったところが多かった。大体なんにでもポケモンが絡んでいる点を除けばではあるが。

 

 そして食事、食事の仕方。これが結構ジョウトの中でも地域差が、もっと言えば家庭間でも差があった。

 

 ポケモンは生活のパートナーであり家族でもある。この世界では当たり前の感覚だ。

 

 ならば食事は?家族なら食事を共にするのはおかしくない。だが、それをポケモンに当てはめると色々と齟齬が生じてくる。

 

 人間と同じ物を食べれないポケモン、そもそも生命維持に食べるという行為が必要のないポケモン、1日に大量の食料を必要とするポケモン、人前で食事をしたがらないポケモン、他にも様々な食事事情のポケモンがいる。

 

 そして問題なのが、ポケモンと一緒に食事すべきか?という点だ。

 

 僕の家ではポケモンも揃って食事をしていた、父さんの意向で家はそういう方針だった。なので実家には食堂があり、食事時にはジムトレーナーをしていた父さんの手持ちに、僕のキラとオーキスが加わり、賑やかな食事風景だった。

 

 もちろん僕はその食事のあり方を正しいと思っている。ただ、他の方法や考えを否定したりはしない。

 

 物理的に大きすぎるポケモン、燃えているポケモン、重すぎるポケモンなど屋内で一緒に暮らせないポケモン、一緒に食事が出来ないポケモンというのは一定数存在する。ポケモンや道具などを小さくして持ち歩ける化学力があっても、まだまだ問題点は存在する。

 

 僕も前の旅の途中にはアルファ、オメガ、デルタの3匹を屋内の施設で普通に食事させたりはしなかった。そもそも彼らは3日に1度の頻度でしか起きない。それに軽々しく町中で出して良いポケモンではない。

 

 基本的には人気のない山とか森に飛んで行き、そこで食事をしていた。デルタなんか主食は隕石だ、正確に言えば宇宙線を浴びて特殊な力を持った鉱石、町中では手に入れにくい。成層圏まで飛んで回収する必要がある、星の周りに漂っている手頃なサイズを燃え尽きないように保護しながら引き寄せるのは結構大変だ。きのみやポロックも喜んで食べてはいたが、やはり主食は大事なのだ。

 

 もちろんそれだけでは可哀相なので、町中で僕の超能力でちいさくなるを使った上で、ミュウの能力を応用して周囲から見えない様に透明化させ連れ歩いたりもしていた。ボールの中にいても、眠っていても夢の中の風景が共有出来るようにもしていた、ゆめくいの応用と僕のテレパスの複合技だ。ポケモンとは常に共にあるべきという父さんの教えを守っていた。

 

 話が逸れた。

 

 要は僕が言いたいのは、僕は他人の食事の仕方にケチをつけるつもりはないと言うことだ。

 

 その人なりの事情、その人なりの考えが、その人なりのポケモンとの関わり方が存在し、食事の在り方に正解はない。

 

 そう思っていた、過去形だ。

 

 今は違う、たった今僕はその考えを翻した。今の僕はこう思う。

 

 食事中に仮面は外すべきだと。

 

 

 

 

 

 ソニアさん特製のカレーが完成し、配膳が終わり、いただきますが終わったところで皆に緊張が走った。

 

 視線は、当然ミカンに注がれている。ミカンはカレーを前にしてもなお、漆黒の仮面を外さない。

 

「あ、あのーミカンちゃん?カレー苦手だった?」

 

 そんな筈はない、ミカンはカレーが大好きだった。ガラル人と一緒で朝からカレーが平気なタイプだった。

 

「いただきます」

 

 ミカンが平坦な声でそう言うと、仮面に手を付けて………外した!

 

 外した………というか外れた、仮面の下の部分が。

 

「あーそこだけ外れるんだ!なるほど」

 

 マサルが感心している。

 

「なるほど、頭がいいな!それなら顔を隠しながら食事ができるぞ!」

 

 ホップも褒めないでくれ、ミカンが仮面に自信を持ってしまう。

 

 僕が指摘するか?いや、外せと言えば折角一緒に食事する気になったミカンが帰ってしまうかもしれない。

 

 多様性、多様性だ。平和とは他人と自分の違う所を認める所から始まる、そうだ、そのはずだ……

 

「いやあ、美味しいですね。刺激的な味です、ジョウトのカレーとは一味違う」

 

 嬉しそうにカレーを食ってるイツキさんを見る、仮面だ、仮面をしたままカレーを食ってる。くそ、僕がおかしいのか?カレーを食べる時に仮面は普通なのか?

 

「そうだな、スパイスが違う。マサラタウンの出汁が効いたカレーとは違うがなかなかいけるな」

 

「……うまい」

 

 レッドさんも帽子被ったままだし、普通なのかなあ?

 

 っと思ったらダンデさんは帽子をとっている、マサルとユウリもニット帽は外している。

 

 どっちが正解だ?食事の時は被り物は外すべきじゃないか?いや、今はキャンプでカレーだ!そんな細かい事気にする方がおかしい!被り物を付けたままが3人と外すのが3人、同数だ!どちらが間違っているとか考えること自体がナンセンス!仮面が被り物とカウントされるかはこの際小さな事だ!

 

「どうしたユーリよ?カレーが辛すぎたか?それなら、余の甘口を分けてやろう」

 

「え、いや、大丈夫。ちょうど良い辛さだよ……」

 

 レックスの提案に我にかえる、ソニアさんは辛いのが苦手なポケモンに考慮して甘口も作っている。ミュウツーも甘口を頼んでいたのは意外だった。

 

「なあ、ユーリ。お前だいぶ変わったな」

 

「えっ?そ、そうですか……そうですね、そうだと思います。」

 

 グリーンさんの言葉に僕は肯定する、僕は変わった自分をもう否定しない。

 

「昔のお前ならドッジボールだろうと、負けるぐらいなら超能力を使ったよな。どういう心境の変化だ?」

 

 これは……探られているのか?グリーンさんはリーグ関係者だしな。

 

「へえー昔のユーリ君は負けず嫌いだったんですか?想像出来ないな」

 

 うっ、昔の話が掘り返される前に先手を打つか。

 

「ええ、かつての僕は子どもでした。でもガラルに来て気付いたんです、大人になりました、これからは地に足付けて行こうと思います」

 

「いや、ユーリまだ子どもでしょ」

 

 完璧な答えだ、ソニアさんのツッコミはスルーだ。

 

「地に足つけてねえ?だからポケモンバトル中に浮くの止めたのか?」

 

「うげッ」

 

「バトル中に浮く?ユーリ君が?」

 

「ユーリはポケモンバトル中に地面から少し浮いてポーズを取りながら指示してたからね、ファンの間では好評だったよ」

 

「オレも知ってるぞ、両手を広げるやつだろ?格好いいぞ」

 

「あーあれか、テレビでモノマネ芸人とかもやってたよね?」

 

「ああ、ポーズは大事だ。その点ユーリ君のポーズはかなりいい線をいっている」

 

 やめたげてよお!

 

「い、いや、言うほど飛んでませんよ」

 

「何言ってんだよ、俺とのジム戦でも浮いてたじゃねーか」

 

「あ、あの時だけですよ?」

 

「嘘つけ、トキワシティの町中でも飛んでジュンサーに注意されていただろ」

 

「と、飛んでないです、ホバー移動です」

 

「あのなあ、お前が飛んでたら注意するようにリーグ本部から関係者に通達が行ってんだよ、今更誤魔化せねーよ」

 

 何!?やたら注意されるなーと思ってたのはそれが原因か!

 

「フフ、エスパー協会から会員にも通達されてますよ。ユーリ君、飛びたいなら許可証が必要です、航空法に抵触しますよ」

 

 イツキさんが許可証を見せつけながら注意してくる。いや、もう飛ばないよ?

 

「そうなのか!?ユーリ!許可証を取る前に飛んじゃ駄目だぞ!?」

 

「ユーリ君、俺もリザードンで飛ぶために許可証を持っている。1週間もあれば取得出来る、教習場を紹介しようか?割引も利くぞ」

 

「い、いやガラルでは飛ぶ気はありませんよ。アーマーガァタクシーだけにします」

 

 そもそも街と街の間を飛べる程の力は既にない、飛ぶのは超能力の中でもかなり消耗するし、姿勢を制御するのは難易度が高い。今の僕の出力じゃ街中の移動が限界だ、それなら飛ぶまでもない。

 

「なんと!?まずいぞユーリ!!余は知らずに飛んでいた!ジュンサー殿に連行されてしまうのか!?」

 

「い、いや、レックスは大丈夫だよ」

 

 浮くぐらいでは取り締まらないはず………浮いてるポケモンなんてそこら中にいるし。

 

 

 

 

 

「いやー今日は貴重な体験が出来たなあ、こんな豪華な面子でドッジボールできるなんて」

 

 マサルは嬉しそうに呟く、まあ濃い面子ではある。

 

「あっ!そうだレッドさん!グリーンさん!これにサインしてもらえませんか?」

 

 そう言ってマサルはリーグカードを取り出す、マサルは結構ミーハーだよな。やれやれ……んん!!

 

「えっ!!マサルそれ!?復刻版の抽選で当たるやつ!?初めて見た!!凄い!!」

 

 あれは一時期売ってた復刻版のカードパックを買うと稀に入ってる応募カードを5枚集めて抽選で当たるという子供には鬼畜すぎる入手難度を誇るチャンピオンコレクションのUURカードだ!確か世界に30枚しかないはず!

 

「あーそれね、兄さんお小遣い前借りして集めてたよね。当たった時狂ったかと思うほど喜んでたよね」

 

「いや、それはしょうがないよ。僕でも狂う」

 

 アサギシティのカードパックを片っ端から透視した僕でも集められなかった、途中で母さんにしこたま怒られ、アサギシティ中のフレンドリィショップに僕の顔写真が貼られたせいだ。

 

「それな!オレもアニキのが欲しかったぞ!オフィシャルだからフレンドリィショップにしか売ってなかったし、IDが紐付けされてて譲渡も禁止だからな!凄いぞ!」

 

「そういえばホップも昔騒いでたよね、ダンデ君も昔集めてたし……男の子はカードが好きだよね」

 

 まあ、カード集めが嫌いな男の子は少数派だろう。ユウキもカード集めが好きだったし、父さんもこっそり集めてた。

 

「そうだな、俺も師匠やピオニーさんのカードが欲しくてフレンドリィショップを回った」

 

「おーやるなマサル、俺様のカードを選んでいるのもナイスだ。サインしてやるよ、レッドもしてやれよ」

 

「……わかった」

 

 くっ、いいなあ。マサルはレッドさんとグリーンさんにサインを貰ってめちゃくちゃ喜んでいる。

 

「そういえばユーリにもサインしてやったよな?3枚も要求しやがって、ちゃんとまだ持ってんのか?」

 

「えっ?も、もちろん大切に保管してますよ」

 

 2枚は確実に保管されているはずだ、残りの1枚は……ふと、レッドさんを見る。

 

「………うん?」

 

 不思議そうにこちらを見返すレッドさん。

 

 僕は有名なトレーナーやジムリーダー、四天王、チャンピオンと戦った後は必ずリーグカードにサインを貰っていた。必ず3枚のカードに。

 

 だが唯一、レッドさんのサインは貰っていない。

 

 当然だ、負けて直ぐに逃げ出したからだ。あの時の僕の頭の中は真っ白な恐怖に包まれていた。

 

 そして今日、突然レッドさんに再会した。さらに今日一緒に過ごしてわかった事がある。

 

 僕が恐怖の象徴として見てた彼は、完全無欠の強者として見てた彼は、俗世との関わりなんてないと思っていた彼は。

 

人間だった。

 

 確かに何を考えているのかはよく分からない、多くを語る人ではない。少しズレているところもある。

 

 だけど彼にも感情がある、喜んだり悲しんだりして、グリーンさんという友達がいて、ポケモン達にも呆れながらも慕われる1人のトレーナーだった。

 

 確かにまだ少し怖い、だけどチャンスかもしれない。あの時、彼に言えなかった言葉を、そのために言う言葉を伝えるチャンス。

 

「れ、レッドさん!」

 

「………ん?」

 

 言おう、今言うべきだ。

 

「し、シロガネ山で、戦う前に、僕はあなたに失礼な事を言いました、それを謝ります、すみませんでした!」

 

 頭を下げる、言葉を続ける。

 

「そ、そして、終わった後に逃げてすみません。それも失礼だったと思ってます、どうか許してください!」

 

 これは区切りだ、バトルの後には言葉を交わす。称賛でも悪態でもいい、相手の顔を見て言葉を交わし、初めてポケモンバトルは終わる。

 

 僕のシロガネ山での戦いを、ここで終わらせよう。

 

 顔をあげて、レッドさんを見る、レッドさんも僕を見ていた。

 

「も、もし、もしも許して貰えるなら、このカードにサインしてください!」

 

 そして僕は3枚のリーグカードを彼に差し出す。

 

「………うん!」

 

 リーグカードを受け取るレッドさんは笑顔だった。

 

 僕のシロガネ山での戦いは、ガラル地方でようやく終わったのだ。

 

 

 

 

 

 3枚のサイン入りのリーグカードを見つめる、1つは僕の物、もう1つはユウキの為のもの、そして、もう1つは……

 

 ミカンを見る、ミカンは僕を見ていた。どこか呆然とした雰囲気を感じる。

 

「ミカン、これを」

 

 僕は1枚のカードを差し出す、ミカンは僕を見つめたまま動かない。

 

「う、受け取ってくれないかな?それとも……カードフォルダ、もう捨てちゃったかな……」

 

 そう、最後の1枚はミカンのために集めていた、旅から帰って来た僕がお土産に渡すリーグカードを、彼女は喜んで受け取ってくれた。

 

「………捨ててないよ」

 

「み、ミカン!」

 

 そう言ってミカンはカードフォルダを取り出す、3人で一緒に買ったお揃いのカードフォルダ。ミカンのフォルダにはあの頃と一緒で星型のシールが貼ったままだ。

 

 ミカンはゆっくりと僕からカードを受け取ると、丁寧にフォルダのページをめくる。

 

「おー、凄いなあ、全部サイン入りじゃない?あれ?」

 

「兄さん!今は静かに!」

 

「ユウリの声も大きいぞ?」

 

 周りの騒がしいやり取りに、僕は思わず笑う。

 

そうだ、僕が旅から返って来てお土産を渡すときは、家族やチームの皆がいてこんな風に騒がしかった。

 

 ミカンは目当てのページを見つけると、カードを傷が付かないように優しく収納する。その優しい手つきは、あの頃と変わっていなかった。

 

 ミカンはフォルダを閉じても、それを収納せずにじっと見つめている。

 

 そして、しばらくして。

 

「………ユーリ」

 

 ミカンが僕の名前を読んだ、昔と変わらない優しい声だ。

 

「どうしたの、ミカン?」

 

「………カード、ありがとう」

 

 ミカンの顔は見えない、でも口元は笑っていた。

 

 僕もきっと笑っていただろう。

 

 ミカンが笑っていたから。

 

 

 

 

 

 その後ミカンは、少しだけ返事をしてくれるようになった。

 

 僕以外の人の言葉にもぽつりぽつりと返事をしてたし、マサルのカードにあまり上手ではないサインもしていた。

 

 楽しい時間だった、皆で遊んで、食事をして、談笑する。

 

 最初はどうなるかと思っていたが今日は素晴らしい1日になった。

 

「さて、名残惜しいですがボクはそろそろ失礼します。この後少し仕事がありましてね。チャンピオン、ソニアさんご馳走さまでした」

 

 一息ついたところでイツキさんがそう切り出した。

 

「ユーリちゃん、マサルくんにホップくん、今日は楽しかったです。セミファイナルトーナメントを楽しみにしてますよ」

 

 ホップ達にも声をかける。そう、ホップ達は既にバッジを集め終わっている。

 

「そしてユーリ君にミカンちゃん、久しぶりに会えて良かったです、2人共元気そうで安心しました」

 

 イツキさんとの付き合いは古い、エスパー協会の使者として小さい頃から僕の担当をしていた。この人に超能力の使い方を教わった事もある、ある意味師匠とも言える。エスパー協会は信用していないが、イツキさんという個人は信用している、見た目は胡散臭いけどもだ。

 

「僕も久しぶりに会えて良かったです、お仕事頑張ってください」

 

「………さよなら」

 

「さて、レッドさんとグリーンさんは……まあ一応さようならと言っておきますか」

 

「はいはい、バイビー。サッサと行けよ」

 

「………また」

 

 まあ、あの人達には立場がある、皆仲良くとは行かないだろう。

 

 そして、イツキさんはネイティオと共に飛んで行った。やっぱり歩かない。

 

「さて、俺らも行くか。レッド」

 

「………うん」

 

 レッドさんもグリーンさんも帰るみたいだ。まさかガラルに観光しに来た訳じゃないだろう、この人達にも仕事があるはずだ。

 

「じゃあな皆、結構楽しめたぜ」

 

「………うん」

 

 キザったらしいグリーンさんのポーズ、悔しいが様になっている。

 

「それからユーリ」

 

「はい、なんですか?」

 

「お前は変わったよ、変わったけど……まあ悪くはねーよ、せいぜい頑張りな」

 

「はい、わかりました」

 

 グリーンさんなりの激励だろう。この人は素直に人を励ませない人だ。

 

「………ユーリ」

 

「っ!はい?」

 

 レッドさんがこちらを見ている、少し緊張する

 

「………待ってる」

 

 そして、2人はリザードンとピジョットに乗って去って行った。

 

 待ってるか、きっとレッドさんは僕に期待してくれているのだろう。

 

 ジムチャレンジが終わり、オーキス達を目覚めさせ、僕がポケモントレーナーになったら、もう一度レッドさんに会いに行こう、僕の方からもう一度。

 

「………ユーリ、私も帰る」

 

 ミカンが僕に声をかけてきた。

 

「そう?ミカンも仕事があるの?」

 

 ミカンが頷く。残念だ、午後の練習にも付き合って欲しかった。

 

「わかった、また一緒に遊ぼうね、待ってるから」

 

 またしても、控えめに頷く。そしてミカンは皆の方を向いた。

 

「カレー美味しかったです」

 

 別れの挨拶かな

 

「はい、お粗末様でした。また食べに来てね、ミカンちゃん」

 

「ミカン君、ローズ委員長によろしく伝えおいてくれ」

 

「またね、ミカンさん」

 

「ミカンさん、サインありがとう。またねー」

 

「またねだぞ、トーナメントでは負けないからな!」

 

 ミカンが跳躍の体制に入る、やっぱり跳んでいくのか?

 

 そうだ、最後にミカンにこれをやらなくては。

 

「ミカン!」

 

 ミカンが不思議そうにこちらを見る。

 

「しゃ、シャキーン!!」

 

 少し恥ずかしいが、全力でポーズを取る。これをやったら必ずやり返す、それが僕等のルールだった。

 

「しゃ、しゃきん………ん」

 

 ミカンは弱々しく、恥ずかしそうにポーズを取る。そしてそのままエンジンシティの壁に向かって跳んで行った。

 

「ユーリ君、今のは?」

 

「えーと、僕等の間だけの……あいさつかな?」

 

 少し恥ずかしいけど、誇らしい。ミカンは僕に挨拶を返しくれてのだ。

 

「ふーん、何かいいなあ、そういうの」

 

「じゃオレ達も何か作るか?格好いのがいいぞ!」

 

「うーん、そういえばアローラ地方にさあ……」

 

「いいねー何か青春って感じ!ねぇ!ダンデ君!」

 

「ああ!今日は素晴らしい出会と再会があった!」

 

 さて、午後の練習をそろそろ……

 

「あっ!しまった!」

 

「むむ!?どうしたユーリよ!?」

 

「ミカンの新しい連絡先を聞くのを忘れてた!」

 

 ああ、上手く行ったと思ったのに。次の連絡が出来ない。

 

「落ち着けユーリよ、問題はない」

 

「でもさあ、レックス…」

 

「余には分かる、ユーリとミカンには絆があった。だから大丈夫だ、次の楽しみが増えたと思えばよい」

 

「そうかなあ、でも……」

 

 詰めが甘いな、僕は。

 

「ミカン君とはガラルリーグ本部で会う機会も多い、俺がユーリが連絡先を知りたがっていた事を伝えよう」

 

「お願いしますダンデさん」

 

 それなら大丈夫だろう。

 

「よし!練習の続きをするぞ!次は何をする?」

 

「うーん、次はモンスターボールでドッジボールする?」

 

「いやーユウリ、絶対痛いから止めよう」

 

「普通に投球練習でいいんじゃない?ユーリも投げる事に慣れたでしょ」

 

 そうだな、きっと大丈夫だと思う。駄目だったら、恥ずかしくてももう一度チャレンジして全力でぶつかる。

 

 ミカンともそれで何とかなった、ジムチャレンジも一緒だ。

 

 恥を恐れずに、取繕わずにぶつかる、それが大事だ。

 

 結局ジムチャレンジは3回目でクリアできた、恥ずかしかったけど再挑戦した。

 

 ようやく対峙したカブさんは、僕を褒めてくれた。ナイスなガッツだったと。

 

 やっぱり少し恥ずかしい、でもきっと正解だった。

 


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