自分はかつて主人公だった   作:定道

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17話 キラキラ

 ユーリ君達に別れを告げ、真反対のワイルドエリアに着地する。

 

 人目は無い、ポケモンも居ない薄暗い森の影の中、

 

 今日の仕事場はここだ、仕事の相手はもうすぐ来るだろう。

 

「私達を誘い込んだつもりか、イツキ」

 

 そう言って彼等が姿を現す6人の男女、全員がクラス4の超能力者だ。

 

「フフ、実際にあなた達は私を追ってここに来た。ならばそれはつもりでは無く事実ですよ」

 

「くっ、イツキ!本気か!本気なのか!?本当に回帰派に与するのか!何故私達を!調和派を裏切った!!誰よりも平和を願っていたお前が!!」

 

 彼等の1人が叫ぶ、他の面々もボクを睨んでいる。

 

 その様子に、思わず笑みが溢れる。

 

「何がおかしい!!イツキ!!お前はユーリに接触した!!協会の通達を無視してだ!!私達にはお前を処罰する許可が出ている!!」

 

 処罰、愚かな事だ。それは上位者が下の人間に下す物、彼等はそんな事も理解出来ていない。

 

「ではどうぞ、貴方達がどういう処罰を披露してくれるのか、少しだけ興味があります」

 

 今日はとても良いものが見れた、気分が良い。優しい気分になれる。

 

「………わかった、弁明もしないのか。お前を捕縛する!イツキ!!」

 

 そう言って彼等はモンスターボールを一斉に投げる。

 

 しかし、地面に落ちたモンスターボールは反応しない。

 

「何!?まさかお前が!?」

 

 あまり面白い反応ではない、残念だ。

 

「フフ、どうでしょうね?」

 

 彼等の背後にテレポートして、胸を貫く。殺しはしない、そこまですると厄介な相手が出てくる。

 

 だから力だけ貰って行こう、今の私には微々たる力だが駄賃程度にはなる。

 

「ふぅ、今日の仕事はこれで終わりですね」

 

 聞いているであろう奴等に向けて呟く、下らないことだかここまでが契約の範囲だ。

 

 そしてそのまま森を去る、彼等はマクロコスモスの連中が回収しに来るだろう。

 

 ホテルへと帰る最中、ワイルドエリアの空の上、今日のユーリ君を思い出す。彼の変化は素晴らしかった、歓迎すべき変化だった。

 

 あんなに弱くなって、それを良しとしているのだから。

 

 この身体も素晴らしい、数百年振りの逸材だ。だが、ユーリ君には劣る。仕方の無い事だ。

 

 彼はボクが3000年もの間渇望した器なのだから。

 

 彼の身体を手に入れれば、ボクは仮初ではなく本物の永遠を手に入れるだろう。ボクの子孫であるフラダリの失敗のせいで遠のいたボクの悲願が達成される。

 

 兄もユーリ君も愚かなところが素晴らしい、あれだけの力を持っておいて肉体に走る電気信号の反応に一喜一憂して、勝手に弱くなってくれる。

 

 あれだけの破壊の力を、永遠を得る力を生み出しておいて、ポケモンや周囲の人間のせいで惑う愚かな兄とユーリ君。

 

 兄は3000年彷徨った果てに望みを得たが、ユーリはそうは行かないだろう。

 

 だってボクは、ユーリ君の身体を手に入れたボクは、永遠を生きるのだから。

 

 サイジック教団の長たるボクが永遠に生き、この世界の愚かな人々とポケモン達を永遠に導いてあげよう。

 

 それが楽しみで楽しみで思わず笑顔になってしまう。もう少しだけ待つ必要があるが、問題は無い。

 

 待つのは得意だ、3000年も待ったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナックルスタジアムの地下研究所で、わたくしはモニターの数字を確認する。

 

 少女に関する数値だ、あらゆる要素を表した数値の中の1つ、それが問題だ。

 

 それは、彼女の精神を表す数値。

 

 安定している、とても穏やかに、優しいとも形容できる変化の範囲でしか推移していない。

 

 最初に彼女に会った時とは、まるで別人の様な数値。人によってはこの数値を歓迎するだろう、元に戻ったと。

 

 だがわたくしは違う、この変化を安定とは呼ばない。

 

 これは劣化だ、彼とのキズナが、ユーリ君との愛が純度を失ったのだ。

 

 キズナには純度がある、そして純度とは混ざりものが少しでも入れば、みるみると下がってしまう。

 

 いけない、とてもいけない変化だ。キラキラだった彼女の輝きが失われてしまった、彼女は他の色の輝きをよしとしてしまった。これではブラックナイトの夜を照らせない。

 

 原因は明白だ、彼女は今もカードフォルダを愛おしいそうに眺めている。

 

 なんて可哀相な少女だ、失った輝きに気付いていない、この世で最も尊い愛を忘れてしまった。

 

 だから思い出させてあげよう、わたくしがユーリ君と彼女の為に。

 

 椅子に座り、計測中の彼女にスピーカー越しに声をかける。

 

「ミカンさん、良かったですね。ユウリ君は貴女とのキズナを忘れていなかった」

 

「はい、アクロマさんの言った通りでした」

 

 柔らかな声でわたくしに返事が返って来る

 

「ええ、わたくしは嘘なんて言いませんよ、わたくしはユーリ君と貴女の未来がみたいのです」

 

「はい、ユーリも皆もまたねって言ってくれました」

 

 彼女が笑顔になる、わたくしも笑顔になる。

 

「それは良かった、あの日貴女をあそこに向かわせたのは正解でした」

 

「はい、正解でした、皆で仲良く……」

 

「貴女があそこに行ってくれたお陰で、ユーリ君を狙う人物を特定できました」

 

「えっ……ユーリを狙う?」

 

 彼女の数値が少しだけ純度を取り戻す。

 

「ええ、ミカンさんに言ったでしょう?ガラルのチャンピオン達以外にユーリ君に接触する者がいれば、その場に行ってユーリ君を守ってあげてくださいと」

 

 レッドとグリーンは厄介だった。ガラルでうごめく者を掃除してくれるのは役に立つが、ユーリ君に対するスタンスが不明瞭なところも問題だった。

 

 だが、その問題は解消された。仮面からの映像記録で、彼らはリーグ本部の意向よりもユーリ君の意思を尊重するだろう。わたくしと同じだ、今では同士とも言える。ブラックナイトでは盛大に踊ってくれる筈だ。

 

 問題なのは、もう一人仮面の超能力者だ。

 

「は、はい、ユーリを守る為にあそこに行きました、でもユーリを狙う人なんてあの場には……」

 

「ええ、あの場では手を出さないでしょう。ガラルのチャンピオン、リーグ本部の刺客、エスパー協会の刺客、それぞれが牽制しあっています表面上は和やかな物だったでしょう」

 

「そ、そんなはずないです……皆でドッジボールして、カレーを食べて……」

 

「イツキと言う名の超能力者、あれは危険な人物です」

 

「イツキさんが?あの人は昔から知っています、ユーリに超能力の使い方も教えていました、ユーリを狙うはずありません」

 

 彼女の数値が動揺を語る、わたくしの言葉を聞いている証拠だ。

 

「ええ、彼が本物のイツキさんならそうでしょう」

 

「本物のイツキさん?仮面は被っていましたが、別人のはずが………そうだ!ネイティオだって……」

 

「ええ、身体はイツキさんの物でしょう。しかし中身は違うかもしれません」

 

 そう、それが問題なのだわたくしも中身の正体に確証はない、しかし推察通りなら非常に厄介な存在だ。

 

「イツキさんは四天王への推薦を辞退しています、彼は四天王を目指してとても努力していたのに。それはミカンさんも知っているはずです」

 

「は、はい、でもそれだけで………」

 

「さらに彼は今まで調和派のエースでした、それがガラルに来る前に回帰派に鞍替えしています。まるで人が変わったかの様に」

 

「それは、それは」

 

「ええ、分かります。信じられないでしょう、わたくしもこの映像を見るまで確信が持てませんでした」

 

 そこに映るのは、イツキと調和派の超能力者達との戦闘記録。

 

 彼等は全員マクロコスモスに席を置くクラス4の超能力達。

 

 テレポートを繰り返し、イツキが次々と超能力達の胸を貫いていく。

 

「嘘……イツキさんが?この人たち……もしかして……」

 

「安心してください、彼等は死んでいません、マクロコスモスの系列病院で保護しています。ですが……」

 

 彼女の数値が少し輝きを取り戻す。

 

「彼等は超能力者ではなくなっていました、イツキさんは超能力を奪ったのです。そんな力を彼は使えなかったはずです」

 

 公式にエスパー協会には登録されている者は、能力も登録されている。当然表の部分だけではあるが。

 

 しかし裏の情報にも、あの様な力の情報はない。他人の力を奪う超能力、カロスの古い文献に記述があるのみだ。

 

「わたくしはこう考えています、イツキさんの身体を誰かが乗っ取っていると、そしてその誰かの次の標的はユーリ君であると」

 

 彼女の数値が輝きを増す。

 

「イツキさんの元々の超能力の波形とは別、イツキさんからイツキさんとは別の力の波形を、貴女に渡したバトルアーマーで観測しました。後でデータをお見せしましょう」

 

「つまりその誰かは、ゴーストタイプのポケモンの様に実態を持たない者と推測できます。他人の超能力を奪う程に飢えた誰かは、より強い力を狙うでしょう」

 

「力を失っているユーリ君、誰かにはとても魅力的な標的に見える事でしょう」

 

 彼女の数値がキラキラと輝き出す

 

「落ち着いてください、ミカンさん。対策はしてあります」

 

「………対策?」

 

「彼がジムチャレンジ中に付けている首輪、あれはA.S.Dという名のデバイスでわたくしが作りました」

 

「表向きの効果は超能力の抑制です、しかしもう1つの効果もあります」

 

「貴女ですよ、ミカンさん。貴女のチャクラから抽出したOパワーを彼の中に注ぎ込んでいるのです」

 

「私を……ユーリに?」

 

「ええ、そうです。キズナヘんげの前準備でもあります、今のユーリ君の中にはミカンさんの一部が宿っています」

 

「ユーリ君の中のミカンさんは、デオキシスとは違って眠ってはいません。今のユーリ君に精神体が入り込む事は不可能です、ミカンさんがユーリ君の中に入ろうとする悪意ある者を許すはずがないでしょう?」

 

 彼女は頷く、彼女の数値が戻ってくる。

 

「もちろん誰のOPでも良い訳ではありません、彼が自分の身体に侵入を許すほど、心からキズナを感じて居るものだけが、それを許されるのです」

 

「だが、それは永遠ではありません。A.S.Dを装着して2ヶ月程はもちますが、徐々に力を失います。彼の中のミカンさんはまだ永遠ではありません」

 

「その隙間を誰かに狙われれば、誰かが今よりも超能力者を狩り強大になれば、ユーリ君が危険です」

 

「だから根本的な解決として、ユーリ君が力を取り戻す必要があります。そしてそれは、貴女にしか出来ません」

 

「私だけ……」

 

「ええ、ミカンさんにしか出来ません。しかしそれ故にユーリ君にはしばらく会わない方がいい」

 

 彼女が私を睨む、彼女の数値は瞬きを強める。

 

「非常に心苦しい事です、OPという力は完全に定着しない内には持ち主の元に戻ろうとする作用がある」

 

「ユーリ君の中のミカンさんが、彼に対面した貴女に戻って行ってしまうのです」

 

「OPを感じ取れる者の話では、その時に身体が熱くなったり、胸が温かく感じるそうです。ミカンさん?覚えはありませんか?」

 

「………ある」

 

 彼女はカードフォルダをぎゅっと抱きしめる。

 

「わたくしは悲しい、ユーリ君と貴女のキズナが、君たちを引き裂いてしまう事実が。それも全て、周囲の悪意のせいです」

 

「ミカンさん、これから話す事を誰にも話さないでください、貴女に危険が及ぶ可能性があります」

 

「………危険?」

 

「まずはローズ委員長とチャンピオンのダンデ、あの二人は恐ろしい事を企んでいます」

 

「………」

 

「貴方も見たでしょう?ムゲンダイナと呼ばれるポケモン達を」

 

「委員長はあのポケモンでガラルのエネルギー問題を解決しようとしています、しかし一つだけ足りないピースがある」

 

「それはあのポケモン達を制御し続ける方法、ムゲンダイエネルギーすら手懐けるポケモントレーナー、それを欲しています」

 

「そう、ユーリ君です。力を取り戻した彼なら、彼等を制御出来る。しかし、ユーリ君が永遠にガラルに留まり、言う事を聞いてくれるとは限らない」

 

「だからローズ委員長は私に、イツキさんの力の調査を命じました。人の心に入り込み、意のままに操るその力を。その方法の確立を、使い道は言うまでもないでしょう」

 

「………許せない」

 

「ええ、愚かな考えです。ユーリ君の力をそんなくだらない事に使うなんて」

 

 本当にくだらない考えだ、ブラックナイト当日のためにユーリ君を操る方法を提案したら、そんな結論に行き着くとは。

 

「ローズ委員長とチャンピオンダンデの結び付きは強い、両者ともにガラルを愛している。ガラルの為ならどんな事でもする2人です」

 

「そして、その計画を察知したリーグ本部も、愚かな決断をしました。ミカンさん、貴女にも指令が届いているのではないですか?」

 

「………指令?」

 

 彼女はマルチナビを取り出し、メールを確認している。そして震えだす、彼女があまり熱心にリーグ本部と連絡を取っていないのは知っている。だからこそ、気付けない。

 

「自分達以外の手に渡るならいっその事、と言いたいのでしょう。キズナの力を信じない愚かな大人達です」

 

 本当に愚かだ、わたくしが例の組織経由で情報を流すと、直ぐにその判断を下した。

 

「ユーリが操られ、力を悪用される事態に陥ったら………ユーリを処分しろ?」

 

 彼女はまだ震えている、迷子を見ているようで心が痛む。

 

「ええ、大人の理屈とでも言いますか。そして、レッドとグリーンは大人です、自分達の職務を全うしようとするでしょう」

 

 さあ仕上げだ、彼女の震えを止め輝きを取り戻そう。

 

「貴女だけなのです、貴女だけがユーリ君を助けられる。貴女のキズナでユーリ君の力を取り戻すことだけが、全てを救う唯一の道です」

 

 彼女がこちらを見る、わたくしも彼女を見て真心を伝える。

 

「わたくしに出来るのは、手助けだけなのです!ミカンさんとユーリ君、貴女達自身が自身を救うのです!」

 

「私と……ユーリだけ?」

 

「ええ、その通りです」

 

 純度とは混じり気の無さ、輝くとはそれだけを望む事。

 

 他の物を許容しない、他の物を認めない。

 

 攻撃的なまでの純粋なキズナ、それが輝くと言う事。

 

 彼女の輝きは、キラキラを取り戻した。

 

 


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