自分はかつて主人公だった   作:定道

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23話 牙を研げ!さよならのために!

 

 

「ハックション!!」

 

「ユーリよ、風邪でも引いたか?」

 

「それは良くねぇな!!風邪はド・根性でも直せねえ!!暖かくして栄養とって寝ちまうのが一番だぜ!!」

 

「風邪ではないと思うんです、これはたぶん……」

 

 確かに一瞬悪寒が走った、この感じはどちらかというと悪い予感、超能力者としての無意識の危機察知に近い感じだ。

 

「誰かに恨まれてる?心当たりは………多いな」

 

 実際に2ヶ月程前には身勝手な復讐を受けた、今思い出しても寒気がする。結果的に犠牲者は出なかったが危ないところだった。

 あの時、マリィはプラズマ団の男に撃たれていたのだ。後でネットに流れてる映像を見て知った。A.S.Dの首輪を付けた後の出来事だったらしく、僕は銃声に気づけなかった。

 

 僕のせいでマリィの命が奪われるところだった。その事実に気が付いた事件の2日後、僕はマリィに謝罪をした。泣きながらだったので非常に見苦しい姿だったろう。

 だが、心優しいマリィは許してくれた。またピンチになった時に助けに来てくれるならそれで良いと言ってくれた。

 

 マリィは本当に優しい、ただ許すのではなく僕に次の機会まで与えてくれるその寛大な精神。僕を哀れに思ってああいう言い方をしてくれたのだろう。あの言い方なら僕に救いがあると思ってこそだ。実際には命の危機なんてそうそう無いし、そんな目に合わないのが一番だ。

 ただ、本当にそんな事態に陥ったら約束は必ず果たす、コレは誓いだ。マリィにもしっかり伝えた。

 

「何だ隊長、恨まれてんのか?女の子でも泣かせたか?そういう時はとにかく謝れ!!ガチンコでぶつかれば絶対許してくれるぜ!!多分な!!」

 

「いや、そういう方向性の恨みじゃないですよピオニーさん」

 

 しかし本当にローズさんとは似てないなこの人、顔はそっくりだけど性格がまるで違う。2人共変わった人物という一点だけでは同じだ。

 

 僕は今、ローズさんの弟でもありガラルの元チャンピオンでもある“はがねの大将“ピオニーさんと僕たちの家でもあるカンムリせつげんの神殿で隠れている。

 目的はとある少女だ、僕達は少女を隠れて待ち伏せしてるのだ。

 

 非常に不本意な行為ではあるが、もちろん理由はある。

 

 

 

 スパイクタウンでの事件の後ガラル地方は大いに荒れた、ガラル史上初めてのジムチャレンジ中止の危機だ。他の地方からリーグの運営に問題があったせいで今回の事件が起きたとバッシングを受けたのだ。

 だが、ジムチャレンジは続行されることが決まった。スパイクタウンが悪の組織には屈しないとの声明を発し、ローズさんはその声に答えて強権的に続行を決定した。

 

 当然ガラル地方内ではジムチャレンジ続行を望む声が多かったので喜ばれた。他の地方の世論は半々と言った所だろう。

 そもそも近年では悪の組織に街を乗っ取られた経験の無い地方など少ない。そこを突かれるのを嫌がって、苦言を呈する程度で終わらせるのがふつうだ。

 しかし、今回は何故かセキエイ高原にあるリーグ本部が強い姿勢でジムチャレンジ中止を訴えている。リメンバー・ヤマブキシティと言ってやりたいが、非常にきな臭い。

 

 セキエイ高原のポケモンリーグは“本部“だ。実際には各地方で権限的に独立してはいるが名目上ポケモンリーグを取り仕切っているのはリーグ本部と言う事になっている。

 そんな暗黙の了解を自ら打ち壊すように、リーグ本部はジムチャレンジの続行を強く批判している。ガラルとの関係悪化は必至だろう。

 

 何か理由があるはずだ、リーグ本部にとってジムチャレンジを続けてもらいたく無い理由が。

 もしかしてプラズマ団をけしかけたのはリーグ本部じゃないのかと疑ってしまう程にはあそこの上の人間達は悪人面で暗躍大好きな人種だ。

 昔の僕はへらへらしながら彼等の査問会を切り抜けたが、今なら絶対無理だ、途中で絶対に泣く。あんなゼーレ見たいな会議場での圧迫面接に耐えられるはずが無い。

 

 なんだろう、もしかして僕か?僕がガラル地方に寄り過ぎているのが原因か?実際ガラル地方は大好きになったし、ローズさんにもお世話になりまくった、このままガラルに所属すると思われてるのか?

 流石に自意識過剰か?リーグ本部は僕の超能力の弱体化を把握してそうだし、最早僕にそこまでの利用価値はないと思う。少しネームバリューのあるそこそこの超能力者なんて人材はリーグ本部ならそれなりに抱えているだろう。

 

 ………考えても出ない答えは探さない事にした。

 

 そして僕はジムチャレンジの再開されるまでの3週間をスパイクタウンで過ごした。

 もちろん、無駄に過ごしたりはしない。くまきちの育成に集中し、マスタード師匠も街に留まってくれたおかげでくまきちはウーラオスに進化した。

 

 予定していた型の切替に連動させたタイプの切替も上手くいった、くまきち単独では不可能だが同調させたOPを僕が誘導してあげる事でそれは可能になった。

 これでトーナメントもくまきちのみで通用するだろう、型の切替から繰り出される13タイプの技は殆どの相手に有効打を与えられる。

 

 スパイクタウンとナックルシティのジムチャレンジでそれは証明された。会う度に何故か好感度が下がっていたネズさんも、ダブルバトルで天候技を操るキバナさんも、1度目の挑戦で勝利する事ができた。

 

 バッジ集めが終わりトーナメントまでの時間の過ごし方に悩む僕らに連絡が入った。フリーズ村の村長からの救援要請だ。

 縄張りのピンチに僕等は急いでカンムリせつげんへと走った、ナックルシティから電車で8駅、ガラル怒りの超特急各駅停車だ、ツボツボ印の釜飯駅弁は非常に美味だった。

 

 フリーズ村の村長からの連絡はろくでもない内容が多いので当然の対応だ、急ぐのはアホらしい。

 豊穣の王せんべいのデザインの相談やら、神殿の観光地化の許可申請やら、神子様Tシャツの販売許可やら、3鳥達のPokeTuberデビューの報告やらと頭の痛い内容ばかりだ。全部そこそこの人気が出ているのも釈然としない。

 

 どうせ下らない内容だと思ったが、レックス達が村長の家に届いた荷物を整理したいと行っているし、三鳥達へお土産も渡さなければならないので里帰り?にはちょうどよかった。

 

 そして帰ったフリーズ村で騒いでいたのがピオニーさんだった、リーグカードを持っていたから直ぐに誰だか分かった。

 

 村にあるレックスの像の前で村長と騒いでいた、他の伝説はないのかと村長に詰め寄っていた。

 村長は僕達を見つけるとピオニーさんを押し付けて来た。

 

 ピオニーさんと話して、村長が救援要請を出した理由がよく分かった、めちゃくちゃ強引で人の話を聞かない人物だ。

 それでも僕は根気よく話をした、ローズさんにトーナメントに招待されてガラルに来たのだと思ったからだ。機嫌を悪くさせて兄弟の仲直りに水を差してはいけないと考えたのだ。

 

 だが、ピオニーさんの目的はローズさんとの再会ではなかった。何でも娘さんと観光に来ただけで、ローズさんに会うつもりは無いと言った。

 そこを何とかと必死に頼むとピオニーさんは交換条件を出して来た。俺と共にシャクちゃんの伝説探検ツアーを成功させろと。

 

 

 

 その結果がこれだ、自分の家に少女が来るのを待ち伏せするなんて絶対に正義ではない。分類するなら絶対に悪だ。

 だが、レックスはノリノリで自分の出番を今か今かと待っている。

 

 そもそも当てにしていた伝説のポケモンが普通にPokeTuberやってたり、神殿が観光地化してたり、ジムチャレンジに同行してるから伝説感が無い、ワクワク感が台無しと言われても僕達のせいじゃない。悪いのは村長だ。

 

 わざわざ神殿で待ち伏せする意味もあるのか?レックスに伝説っぽくド・派手に登場してくれとか要求してるけど本当にシャクヤさんは喜ぶのか?

 

「来たぞ!シャクちゃんだ!頼むぜ豊穣の王!!ド・派手に頼むぜ!!」

 

「まかせよ!大喜び間違い無しである!!」

 

 あれがシャクヤさん?めちゃくちゃギャルだ、何故か金色のキラキラしている探検服を着ている。

 なんか機嫌が悪そうだ、父親に山頂まで呼び出されたからか?でも素直に来る当たり親子仲は悪くはなさそうだ。

 

「オヤジー!?来てやったよー!?いないのー!?」

 

「よし!!ゆくのだピオニーよ!!」

 

「はぁっ!?てょわわわぁ~ん」

 

 レックスがピオニーさんをねんりきで飛ばした、青いオーラを纏いながら飛んで行ったピオニーさんがシャクヤさんの前に躍り出る。

 

「はぁ!?何!?何で!?何で飛んでるのオヤジ!?何で青く光ってるの!?」

 

 そりゃ驚くよ、僕だってあんな姿で父さんが出迎えてきたら同じリアクションを取るだろう。そもそも、そんな父さんを見たくない。

 

『案ずるなシャクヤよ、ピオニーの身体を少し借りているだけだ』

 

「えっ?だ、誰なの?オヤジに何をしたの!?」

 

 怯えながらもシャクヤさんは果敢に質問する。

 

『余は豊穣の王、かつてガラルを統べた王、今はポケカノの行く末を案じるポケカニストの1人である』

 

 レックスの伝説感はそれで良いのか?

 

「えっ………ああ!!レックスじゃん!!スパイクタウンの動画見たよ!めっちゃ感動した!フリーズ村でせんべいとTシャツも買ったし!ぬいぐるみも買ったよ!」

 

「おお!ありがとうである!感謝である!」

 

 レックスは普通に出て行ってシャクヤさんと握手している、うーんいいのかな?

 

 レックスはかなり有名になった。もちろんスパイクタウンの動画のせいだ、今じゃガラルで知らない人の方が少ないだろう。その影響でレックスは大幅に力を増した。

 

 今やレックスのOPは9780、レベルにして98、ボクが見てきたポケモンの中では最大のレベルだ。全盛期の僕の最強のポケモンであるオーキスですら通常時のOPは9540で95だった。

 

 レックスには正確な過去の記憶が無い、断片的な過去の情報しか持っていない。

 しかし、かつてガラルを統べた王だったと言うのは真実かもしれない、人々の信仰を自らの力へとする青いオーラはダイマックスに似ており、他者や大地に大きな影響を与える。

 

 レックスのグッズ展開を許したのは、レックスがここまで強くなったからだ。ここまで強くなればレックスを狙う悪の組織を返り討ちにできるだろう。僕が守るだなんておこがましい程の力だ。

 

 もうレックスは街中で認識阻害を使ったりもしていない、姿を見せて僕と一緒に街中を周るようになった。僕がそうした方が良いと言ったのだ、そうすればガラルの人々はもうレックスを忘れたりしないだろう。レックスは今後力を失う心配も記憶を失う心配も無い。

 

 それは準備でもあった、僕とレックス達の行く末は決まっている。僕は永遠にガラルに留まるつもりはない、そしてレックスはその能力の性質上ガラルを長時間離れる事は出来無いだろう。

 

 出会いがあれば別れは必ずやってくる、そんな当たり前の事を僕はようやく実感を持って理解し始めている。超能力で気軽に何処へでも飛んで行った昔は世界を狭いと思っていた、今は世界を堪らなく広く感じてしまう。

 

 ホウエンとガラルはとても離れている。1度も帰った事がないホウエン地方の我が家、今レックス達と居るガラル地方の我が家。

 

 とても遠い、その距離がどうしようもなく僕のココロをざわつかせる。

 

「ねーレックス、そろそろオヤジを下ろして。光ってると鬱陶しいからさ」

 

「ふむ?光って浮くのは受けが良いと思ったのだがな」

 

 こういうズレてる所は心配だなあ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンジンシティのバトルカフェ、ここでマリィと待ち合わせをしている。

 ここは、マリィと初めてあった場所だ。ユーリ君に忘れられてたショックで逃げ出した彼女を追いかけ、話を聞き、マリィと私は知り合いになった。

 

 今では友達でライバルでもある。そんな私達が出会った思い出の場所ってほどではないけど、少し感慨深い場所。あれから半年も経っていないのに、何だかすごく昔の事な気がする。

 

 マリィからは少し遅れると連絡があった、仕方がないので外席でエネココアを飲みながら街頭モニターに目を向ける。

 

 ニュースではあれから1ヶ月も経ったのに、今だにあの事件の映像が流れている。大抵はユーリ君が大泣きするシーンをハイライトにして映像が終わる。もっと格好いい所を流してあげてほしい。

 そして、コメンテーター達がこう言うのだ、今回は結果的に犠牲者が出なかっただけ、リーグの管理体制に問題があった、リーグは責任を取るべきだ、やはり今からでもジムチャレンジを中止するべきだと。

 

 それを見て私は、勝手な事を言うな、他の地方がガラルのジムチャレンジに口を出すな、悪いのはプラズマ団達だと反抗的な気持ちになってくる。

 

 そんな自分の怒りが、怒りを感じている自分に、自分自身で少し驚く。少なくともガラルに来る前の私なら、ジムチャレンジに挑戦する前の私なら、こんな怒りを感じなかっただろう。ニュースを見て、危険なら中止した方がいいんじゃない?そんな感想を抱いただろう。

 

 変わったのだ、私は変わった。ジムチャレンジを通じて私の価値観は変貌を遂げた。

 それを、私は成長したと思う。間違った変化ではないと、ラビ達と一緒に、ホップと、マサル兄さんと、ユーリ君と、マリィと、ついでだからビートと、歩んで来たのだ。

 

 その歩みは私の誇りになった、まだ途中だけど私の宝物、私の短い人生の中のたった数カ月、それが私の中で一番輝く思い出となった。

 

 だから怒りを覚えるのだ。私とみんなの歩みを妨げようとする世間の風潮に、彼らの言い分にも正しさが含まれているのをわかっていても、私はこれを公平な目でなんか見れない、私は当事者なのだから。

 

 昔の私は流されて生きていた、自分を主張せずに縮こまって自分の殻にこもっていた。そんな手を引いてくれてのは最初は兄さんだった、私は兄さんの後ろにくっついてばかりの妹だった。

 そして、ガラル地方にやって来てホップに出会った。兄さんの次に私の手を引いてくれた家族以外では初めての人。今では私の心の大半を占めている大切な人。

 

 私がジムチャレンジに挑戦しようと思った理由は、ホップ達が挑戦すると決めたからだ。あの時の私はまだ彼等の後ろに付いていっただけだ。

 だけどそれは変わった、ジムチャレンジを進めて行く最中で私は自分の意志で歩む素晴らしさを知ったのだ。

 

 相棒のポケモン達と共に街を巡り、ライバル達とバトルした後は友として語り合う楽しさ。

 知らない風景、知らない街並み、知らないポケモン、知らない人々、それを既知へと塗り替えていく快感を知ってしまった。

 

 ホップと兄さんの事を嫌いになった訳ではない、だけど彼等の後ではなく一歩先を歩みたいと思うようになった。

 きっとこれがポケモントレーナーが避けて通れない願望、ダンデさんが言っていた誰よりも先に、誰よりも高い所に居たいと願ってしまう抑えきれない気持ち。

 

 最強のポケモントレーナーになりたいという気持ちなのだ。

 

 私には縁のない物だと思っていた、私の人生の対極に位置していると思っていた。

 でも違った、最早知らない振りなど出来はしない。誰にも譲れない確かな気持ちとして私の中で今もぐつぐつと煮えたぎっている。

 

 うぬぼれではなく、私にはポケモントレーナーとしての才能がある。勘違いでも増長でもなく事実だ。私はホップと兄さんより1ヶ月は早くラビを最終進化形態まで育てたし、ミカンさんを除けば一番早くジムチャレンジをクリアした。

 

 ミカンさんは強い、彼女のバトルの映像を何度も見返したのでそれは理解している。彼女は殿堂入り経験者、あのダンデさんに近い実力を持っているのだ。

 だが、まったく勝ち目が無いとは思っていない。セミファイナルトーナメントまでの1ヶ月、ラビ達と共に成長すれば届きうる、私達の牙はチャンピオン級のトレーナーを食い破る程に鋭く研がれるだろう。

 

 そして、私のトレーナーとしての思考は次の問題へと移る。

 

 ユーリ君を、未来視のユーリをどうすれば倒せるのかだ。

 

 彼のバトルの映像は穴があくほどに見た、彼の戦術、彼の思考、彼の癖、彼の呼吸、その全てを見定めるために。彼の未来視を攻略するために。

 

 そして答えが出る、今の私では勝てない、1ヶ月鍛えたとしても私の牙は彼には届かない。私のトレーナーとしての勘がそれを教えてくれる。

 

 理由はもちろん彼の代名詞でもある未来視。結局彼はジムチャレンジ中1度も攻撃を受ける事はなかった。キバナさんとのダブルバトルで2対1という状況下ですら攻撃を掠らせる事も許さなかった。

 

 昔ニュースで聞いた時はなんとも思わなかった。自分がトレーナーになってよくわかる。彼の理不尽なまでの動きの読みを、目を疑うような育成能力の高さを、手持ちを1匹しか使わない異常さを。

 

 本人に未来視について聞くと、いやぁ…あのぅ…とか言ってくねくねしだすので隠してるのかと思ったが、恥ずかしがっているだけだと知って強引に聞き出した。

 

 いわく、超能力ではない。

 いわく、相手のOPの流れを読んでいる。

 いわく、自分とポケモンのOPを同調してそれを伝える。

 いわく、宇宙から来たポケモンと暮らしている内に覚えた。

 いわく、トレーナーならみんなやっている事。

 いわく、鍛え方は分からない。

 いわく、ポケモンと一緒にご飯を食べるといいかも?

 

 以上だ、超能力ではないのは驚きだった。トレーナーなら誰でもやっているというのも、考えてみればその通りだ。

 ただ、ご飯を一緒に食べるの意味が分からない。ポケモンと仲良くなるほどOPを同調させやすいという事なのだろうか?

 

 少なくとも、1ヶ月では習得できそうにない。他の方向から攻略法を探すしかない。彼のウーラオスを、くまきちを破る方法を。

 

 くまきちも彼の理不尽さを受け継いでいる、かくとうタイプを基本として、自身が使える13タイプの技、そのタイプに対応する格闘の型を構える事で自身のタイプを戦闘中に変化させるのだ。

 

 反則だと言いたくなる、ただでさえ高い攻撃力を自身と技のタイプを一致させる事でさらに強力にする、仮にユーリの未来視を攻略して攻撃を当てても変化したタイプで技の威力が落とされる。

 

 さらにくまきちのOPは7350、レベル74だ。ジムリーダー戦の前で公表された数値なので、トーナメントではさらに上がっている可能性はある、

 

 私の手持ちで一番強いラビのOPは6900、レベル69。手持ち5匹の平均レベルは65だ。殆ど成長の限界近くまで育っている、これ以上は上がってもレベル6〜8程度だと感じる。

 

 レベルで圧倒するのも不可能、私は手持ちを有利なポケモンに入れ替える気はない、一緒に旅をして来たこの子達と共に戦ってこそ意味がある。そもそもタイプを戦闘中に変えてくる相手に相性有利は取れない、レベルが80まで育つポケモンなんて伝承災害級と呼ばれるようなポケモンにしかいない、育てる時間もない。

 

 私の5匹のポケモンで、なんとかくまきちを削り倒すしかない。エースバーンのラビ、アーマーガアのココ、イオルブのチム、ストリンダーのズン、マリルリのリリ、総力をあげてたった1匹のポケモンを打ち破るしかない。

 

 戦闘中にポケモンを強化させる手段はガラル地方の公式戦ではダイマックスしか認められていない、兄さんが言ってたメガ進化やZわざは使えない、そもそも特別な道具が必要だ。最近トレーナーの間で噂になっているキズナへんげと呼ばれる強化方法は特別な道具がいらないらしいが公式戦で使えないのなら今の私には必要ない。

 

 だから必要なのは情報、ユーリ君に有効な戦術、ユーリ君の弱点が必要なのだ。

 ユーリ君の弱点………普段の彼の弱点はたくさんありそうだ、まずプレッシャーに弱い、押しに弱い、声が小さい、テンションの上がり方がおかしい、褒めるとすぐにデレデレする、金銭感覚がおかしい、何かにつけて浮く、ドッジボールが弱い………

 

 だめだ、ただの悪口になってしまう。最近は彼のことばかり考えてホップについて考える時間が取りにくい、だからついつい身勝手な怒りを覚えてしまう。

 

 弱点……そうだ、ドッジボールだ!あの時にあの場に居た!ユーリ君に唯一勝った人が!世間は知らないだろうが私達はユーリ君が無敗ではない事を知っている!

 

 カントー地方の伝説、最強のトレーナーであるレッドさん。

 

 彼に聞けばいいのだ、どうやってユーリ君に勝ったのかを、ユーリ君に弱点はあるのかを。無いにしても話を聞けば攻略の糸口が見つかるかもしれない。

 人によってはそれを、トレーナーの風上にも置けないとか、プライドの無い行為だというのだろう。

 でも、私はそんな事を気にはしない。勝利が掴めるのにそれを行わない方がおかしい。未知を既知に変えて自らの力とする、それが私にとってのトレーナーであると言うことだ。

 

「ごめん!!ユウリ!!」

 

 マリィが小走りでこちらに駆け寄って来る、うっすらと額に汗がにじんでいる。よほど急いだのだろう、そんなマリィの生真面目さに思わず笑みがこぼれる。

 きっと、遅れた理由はネズさんだ。あの事件以来輪をかけて過保護になったネズさんと色々あったのだろう、自分の仕事を放り出して付いてこようとすると電話で愚痴っていた。

 

 マリィの気持ちも、ネズさんの気持ちも理解できる自分としてはどちらの味方とも言えない、なので少しの遅刻をとがめる気にはとてもなれない。

 

「大丈夫だよマリィ。それより汗かいちゃってる、急ぎすぎだよ?」

 

 ハンカチを取り出してマリィの汗を拭ってあげる、少し顔を赤らめてされるがままのマリィは確かに妹っぽさがある。昔憧れていたお姉ちゃん気分を味わえて少し満足だ。

 

「ネズさんに色々言われて遅れちゃったんでしょ?私もついて行くーとか」

 

「うっ……わかると?」

 

 さらに顔を赤らめるマリィは凄い可愛さだ。この表情を見れただけでも待ったかいがある。

 

「ふふっ、わかるよー、マリィとはネズさんとユーリ君の話ばっかりしてるからね」

 

「そ、そげんことなか!」

 

 慌てて否定するマリィもいい………だけどからかうのはこれぐらいにしておこう。名残惜しいがやりすぎはよくない。

 

「ごめんごめん、とりあえず注文しようマリィ?一緒に甘いものを食べよう」

 

 少しむくれてメニューをめくるマリィをじっと見詰めて少し考える、先程の思いつきを、マリィに伝えるべきかどうかを。

 

 結論は直ぐに出た。教えはしない、マリィもセミファイナルトーナメントの出場者だ。ライバルに塩を贈る程の余裕は今の私にはない。

 それは、兄さんでも一緒だ、ホップでも一緒だ。

 

 トーナメントで誰と当たっても私は手を抜いたりはしない、負ける気なんて微塵もない、私が目指すのはチャンピオン、そしてその先の最強のトレーナーへの道。

 

 そういえばユーリ君は言っていたな、最強のポケモントレーナーをポケモンマスターと呼ぶって。

 ならば、私が目指すべきはそれだ、私がたどり着くべきゴールの名前はポケモンマスターだ。 

 

 最強のトレーナーの称号を手に入れて、ホップの心も手に入れてみせる。どちらかなんて選ばない、私はどちらも手に入れてみせる。

 

 私が旅で手に入れた既知、私自身の中で眠っていた未知。どうやら私は強欲で負けず嫌いのようだ。

 

 牙を研いだ私は、閉じこもってた自分とは決別したのだ。

 

 だから打ち破ってみせよう、乗り越えてみせよう、彼の未来視を。

 

 覚悟してねユーリ君、勝つのは私だ。

 


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