自分はかつて主人公だった   作:定道

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24話 キズナはガチンコ!ぶつかるほどに熱く!

 

「うむ、このハチミツは美味である。モーモーミルクアイスにかけて食べると天にも昇る美味さよ」

 

「そうだなレックス!!この美味さはガチンコ!!食べる程に熱くなるッてな!!」

 

「熱くはならないでしょ、何言ってんのオヤジ?」

 

 知らない人からの贈り物をよく食べれるよなあ。安全を確かめたとはいえ不気味じゃない?美味しそうだけどさ。

 

「どうしたユーリ?食べないのか?」

 

「うーん、気が進まなくてさ。ファンから送られた食品を食べるのってどうなの?」

 

「マクロコスモス製可食チェッカーで安全と出たであろう、それに余の豊穣オーラでもこのハチミツは安全だとわかる、かなりの高級品である」

 

 豊穣オーラ?青い光の事か?食品の良し悪しもわかる物なのか?

 まあ、豊穣オーラはともかくチェッカーで調べたから安全ってのは理解してる。

 

 この世界で可食チェッカーは必需品だ、少なくとも一家に一台はあるし、トレーナーで持ち歩いていない奴はまずいないだろう。ポケモンがその食品を食べても身体に悪影響がないか調べるツール、チェッカーにポケモンOPを登録すれば食品をスキャンして瞬時に判断してくれる。ちなみに人間にも対応している。

 

「ユーリ君のチェッカーはマクロコスモス製の最新モデルだよね。いいなーポケモンに最適な栄養を提示してくれるヤツでしょ?エリートトレーナーが使うハイエンドモデルでお高いヤツでしょ?」

 

「はい、ジムチャレンジャー全員に配られたんですよ。ローズさんが自費で購入した物らしいですよ?」

 

 少しでもローズさんのアピールして兄弟の仲直りをアシストだ。

 

「ふーん……気に食わねえな、トレーナーならポケモンと一緒の物を食べてナンボだぜ」

 

 まあ、その意見には僕も肯定的だ。そっちの機能は使っていない。何がポケモンに必要かは見れば大体わかる。そもそもくまきちを除いたレックス達はOP登録ができない。サービス範囲外である、データが存在しないポケモンにはチェッカーは当然対応できない。

 

「何言ってんのオヤジさー、ココドラのココちゃんの前で鉄鉱石食べて病院に行ったの忘れたの?すごく大変だったんだから」

 

 うーん、ピオニーさんらしいエピソードだ。

 

「なんと!ピオニーよ、人は鉄や石を食べてはならんぞ?」

 

「俺の中のド・根性なら鉄も胃で溶かせると思ってな!!ココちゃんが怯えてて飯も食えねえんで可愛そうだから俺が手本を見せてやったんだ!!」

 

「あの時ココちゃんオヤジが病院行きになって泣いちゃったじゃん。結果的に食べる様になったから良かったけどさ………馬鹿だと思うでしょ?ユーリ君も」

 

「あっ……そ、そうかな?そーなの?」

 

 僕も隕石食べてましたーとは言えない空気だ、デルタがあんまり美味しそうに食べるから試しに少し食べて見た。最悪超能力で腸内分解すればいけると思って実際いけた、味もいけてた。

 しばらくスナック感覚で食べてたら身体から謎の光を発する様になったのでそれ以来は食べていない。

 

「いやーそれに比べてコタツで食べるアイスはサイコーだね。雪山のてっぺんとは思えない快適さだよ」

 

「うむ、我が神殿はエレンのおかげで電気もネットも使いたい放題である。ふもとまでヌルヌルの速度でポケハンできるぞ」

 

「エレレー」

 

 正直ものすごく助かってる、一家に一匹レジエレキの時代が来るかもしれない。

 

「ベットもフカフカ!!枕もジャストフィット!!

快適な宿だぜこの神殿は!!」

 

「うむ、客人をもてなすのも王の務めである」

 

 何か違う気がする。そしてピオニーさんとシャクヤさんの親子がこの神殿に滞在して5日目だ。この神殿を拠点にカンムリせつげんを観光している、雪山のペンションか何かとと勘違いされている気がする。

 

「ダイマックスアドベンチャーもサイコーに楽しいよね!!チョーでっかい伝説のポケモンと戦えるなんてここだけだよ」

 

「確かに、あれは凄いですよね」

 

 マクロコスモスが運営しているダイマックスアドベンチャーは仮想空間でダイマックスしたポケモンとバトル出来る体感型アトラクションだ。ダイマックスしたポケモンを倒して進み巣穴の奥には伝説のポケモンが現れる。

 実物を見た僕から見ても驚く程の再現度だった、僕の知らないポケモンも居て大いに楽しめた。

 

「でも全然宣伝してませんよね、テスト中で限られたトレーナーにしか解放してないし」

 

「ジムチャレンジが終わったら大々的に宣伝するつもりなんじゃない?お・じ・さ・ん!!はさあ!!ねえ?オヤジ?」

 

「知らねえよシャクちゃん、あいつの考えなんてよお」

 

「もぉーすねないの!ユーリ君と約束したんでしょ!?アタシだって叔父さんに会ってみたいしさー」

 

 ピオニーさんは約束してくれた、トーナメントを観戦してローズさんと会ってくれると。おもてなしの成果かな。

 

「わーってるよ、俺は腐ってもはがねの大将!!約束は必ず果たす男だぜ!!めちゃくちゃ嫌だけどな!!」

 

「うっ、お願いします」

 

 無理強いみたくなったかなあ……でもローズさん悲しそうだったしなあ………ん?何だ?ピオニーさんが僕をじっと見詰めている。

 

「んん?んんー!?隊長!!もしかして隊長ってユーリか!?暴れん坊のユーリなのか!?髪が真っ白じゃねえか!?」

 

「あ、暴れん坊?確かに僕はユーリですけど」

 

 最初に名乗ったのに忘れたのか?伝説探検ツアーの演出隊長だ!とか言って以来は僕の事を隊長と呼んではいたけどさ。

 

「危ねえ所だった!!暴れん坊に会ったら渡してくれって頼まれたんだ!!3年前にシンオウでな!!受け取れ隊長!!」

 

「えっ………何ですかこれ……」

 

 いや、それが何かはわかる、編みぐるみだ。手乗りサイズの編みぐるみが3つ、金髪の女性の編みぐるみだ。まさかこれは?

 

「シンオウに行ったときによ、シロナって嬢ちゃんに編みぐるみを教えてやったんだ。完成したそれをお前に会ったら渡してくれって預かったんだ、無理矢理だぜ!?めちゃくちゃおっかない嬢ちゃんだったぜ!!」

 

「えぇ……何で3つも?」

 

 何で自分の編みぐるみを渡して来るんだあの人?怖いよ、僕はこれをどんな感情で受け取ればいいんだ?部屋に飾れと?コウキとヒカリはちゃんと見張っててくれ。

 

「隊長の分とコウキとヒカリの分って言ってたぜ?キズナだってよ、そう伝えれば隊長なら理解してくれるってさ」

 

「いや、1ミリも理解できませんよ」

 

 同じ地方にいるのに何で僕経由で渡すんだ?自分の編みぐるみを普通プレゼントするか?意図がわからなすぎて恐ろしい。2人に直接じゃ受け取り拒否されたのか?

 うーん、捨てるか?いや、捨ててもいつの間にか枕元に置いてありそうだ。

 

「ちゃんと渡したぜ!!返品は受け付けねえぞ!?1ヶ月に1回ぐらいは確認の電話が来るから恐ろしくてよお!!」

 

 そこまでするなら直接渡してください………3年間電話し続けたのか?シロナさんは意図の読めない行動をするから若干苦手意識がある。お告げとか言い出すし言動がちょくちょくエキセントリックだ。有事には頼れるお姉さん何だけど普段はわりと変人の部類だ、クールビューティーな見た目に騙されてはいけない。

 

 

 結局呪いの編みぐるみを受け取り、それから一週間後。僕はレックス達と共にシュートシティへと向かった。セミファイナルトーナメント開催まで二週間となり、前乗りと準備を兼ねてホップ達と会う約束を果たすためだ。

 

 シュートシティ、ガラル最大の都市でマクロコスモスの本社がある街。普段から大都会の賑わいに包まれているであろう街はトーナメント開催が近い事もあって街中お祭りムードだ。

 

 とにかく人が多い、他の地方からの観光客も大勢見受けられるし、テレビクルーっぽい人達もそこら中に見受けられる。よくも悪くも今年のジムチャレンジはあらゆる地方の注目の的なのだろう。

 

「ふむ、これが真の都会、余は今まで井の中の蛙だったのである。余は田舎者であった……ニョロトノである……」

 

 ニョロトノは井戸には住まないだろう。

 

「レックス、流石にここまで人が多いのはトーナメントの期間だけだよ」

 

 トーナメントが目的の人が多いだけあって大変だった、囲まれてしまうのだ。レックスは律儀に握手やサインに応じようとしてたけど流石に数が多すぎる。永遠に目的地にたどり着けないので認識阻害を使って抜け出した、使ってないと満足に街を歩けないだろう。

 

 ホップ達との待ち合わせは午後からだ、マリーとソニアさんにマグノリア博士も合流する予定だ。残念ながらミカンとは今だに連絡が取れていない、だがトーナメント中なら絶対に会う機会があるだろう。その時はちゃんと連絡先を交換しよう。

 

「ユーリよ、あれはユウリではないか?」

 

「あれ?本当だ、変装してるのかな?」

 

 やたらコソコソした挙動でユウリが道の端を歩いている。ニット帽に黒いサングラス、マスクに厚手のコートまで着て怪しさ全開だ。残念ながらただ着込むだけの変装は僕とレックスには超能力で見破られてしまう。

 そしてユウリはコソコソしながら雑居ビルの2階へと入って行った。

 

「あのお店は……1人カラオケ“はぐれペラップ“?」

 

「ふむ、カラオケ!ポケカノ4期で打ち上げをしてた施設であるな!興味津々である!我らも行かんか!?ユーリよ!」

 

 いや、ワイワイやるタイプのカラオケ店では無い。孤独で自由な空間を提供する都会の隠れたオアシスだ、そんな無粋な真似をしてはいけない。

 

「レックス、あそこは1人で訪れた者にしか門を開かない。そんな無作法な真似はよそう」

 

「なんと!そのような店とは………都会とは奥が深いのである」

 

「ユウリにも見てた事を言っちゃだめだよ、デリケートな問題なんだ」

 

「ふむ、承知である。余は口をシェルダーのように閉じよう」

 

 うーん?いつも舌出してない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 アラームの音で目が覚める。顔を洗って歯を磨き、相棒のインテレオンのレオン達と共に朝食をとる。今日は皆と会う約束をしている日だ、レオンは皆に会うのが楽しみで3日前からソワソワしていたから忘れるはずがない。

 

 約束の時間までは結構な時間がある、シュートシティのジムチャレンジパビリオンで時間を潰す事にした。

 レオン達をボールに収めてホテルを出る。今のシュートシティでポケモンを連れ歩くのは難しい。逸れてしまう可能性が高いし僕もジムチャレンジャーなのでそれなりの知名度がある、軽く顔を隠す格好でないと満足に街は出られない。

 

 

 ジムチャレンジパビリオンには、歩いて20分程で着いた、普段なら半分の時間で着けただろう。

 歴代のトレーナーの紹介や私物の展示、ダイマックスが取り入れられた経緯、過去の名勝負の紹介に今年のジムチャレンジの解説、この建物を一回りすればガラルのジムチャレンジについてを大体理解できるだろう。お土産コーナーもオフィシャルグッズで充実している。

 

 普段から人気の施設ではあるが、今の時期は観光客も大勢いて建物の中は大盛況だ。僕は人混みを何とかくぐり抜けでお目当ての映像保管室へと向かった。

 過去にガラルで行われた公式のポケモンバトルをほぼ全て視聴できる保管室。一般向けには解放していないが、ジムチャレンジャーとスーパークラス以上のトレーナーなら自由に閲覧できるのは事前に調べてある、ここで午後の皆との約束まで時間を潰す予定だ。

 

 保管室の視聴スペースにはそれなりに人が居た、ここにいる人はみんな一流のトレーナーばかりだと思うと少し胸が高揚する。

 残念ながら個室の視聴部屋に空きはなかった、共用のスペースを使う事にする。

 

 幸いな事に、共用スペースに先客はいなかった。僕は手持ちのモンスターボールを視聴席にセットする、こうすればボールの中のポケモン達も映像を視聴できる。僕にも超能力があればユーリみたいに自分で視界を共有できただろうか?ユーリは何気なく言っていたが超能力者でもできる人は少ない気がする。

 

 お目当ての試合を探す、見たいのは過去のチャンピオン達の試合、ピオニーさんやマスタードさんのバトルの映像だ。ダンデさんのバトルはホップと何回も見てるので、ダンデさんではないチャンピオン達のバトルが見たい。

 

 知りたいのだ、チャンピオンになれる者とそうでない者の違い、彼等にあって僕に無い物が何なのかを。

 正直に言うと、自分でも悪あがきだと思っている。その答えはトレーナーじゃなくても知っているだろう。

 

 才能の差、それだけの話だ。

 

 自分に全く才能が無いと思っている訳では無い。バッジを集め終わったのは僕が3番目、セミファイナルトーナメントへの参加権を手に入れられるジムチャレンジャーは毎年平均で3割程度な事を考えると、僕のトレーナーとしての才能は決して低い方ではないだろう。

 

 ホップやマリィ、失格になってしまったビート達と比べても見劣りはしないと自負している。ユーリとは流石に経験と実績が違いすぎて比べる感じではない。

 

 ユウリだ、僕の双子の妹のユウリ。僕は妹と自分を比べて、才能の差に参ってしまっている。

 昔は僕の後ろにくっ付いてばかりだったユウリが、今では僕の先を歩んでいる。その事実に僕は叫びたくなる様な感情を覚えてしまう。

 

 ダンデさんからレオン達を同時に託され、ジムチャレンジが始まるまではそんな兆候は見られなかった。

 ジムチャレンジが始まり、僕とホップが急いでターフタウンに出発した時も、ユウリはしばらくエンジンシティに留まりジムチャレンジへの積極性は見られなかった。

 

 だが、一周回ってエンジンシティに再び辿り着く頃にはユウリは追いついて来た。その時既にラビはエースバーンへと進化していた。

 

 僕の驚きを待つこともなく、ユウリはあっさりカブさんを倒してワイルドエリアへと向かって行った。それからバッジ集めが終わるまで、僕は1度もユウリに追いつけなかった。昔とは逆に僕がユウリの背中を掴もうと思っても、手が届きすらしなかった。

 

 嫉妬と呼ばれる感情も勿論ある、寂しさの様な気持も持ち合わせている、感動と誇らしさを覚えたのも嘘ではない。

 だが、1番の感情は恐怖だった。ユウリが僕を置いて行ってしまうのではないかという恐怖、あっさりと越えてしまった兄に失望を感じるのではないかという恐怖、2つが入り混じった感情。

 

 ユウリがそんな子ではないとは分かっている、生まれてから殆どを共に過ごして来たのだ。

 でも、だからこそ怖い。自分の半身が離れて行ってしまうような喪失感、それが僕の恐怖を増長させる。

 

 知ってはいた、内向的なユウリが実は激しく負けず嫌いな一面を隠していたのは。知ってはいても、それがこんなに堂々と表に表れるとは思っていなかった。もっと先の未来の話だと漠然に感じていた。

 

 現実は違った、ユウリの才能は僕の勝手な思い込みを駆け足で置いて行った。僕が今から全速力で追いかければ背中を掴めるだろうか?

 わからない、全く見当がつかなくて言い訳の様に試合の映像を見ている。強くなるヒントを見つけるなんて自分への言い訳だ。

 昔から大好きだった、憧れだったチャンピオン達のポケモンバトルを見て過去に逃避しているだけだ。

 

 ガラルに来て、ユーリに出会って、自分は特別なトレーナーになるだろうなんて勘違いをした。凄いトレーナーと友達になって自分まで特別になったかの様に錯覚した。

 

 旅立ちの日、ホップと共にまどろみの森で不思議なポケモンに出会い、自分の物語が始まった様な、自分が主人公になった様な幼稚な考えに囚われてしまった。

 実際はどうだ?まどろみの森に入らなかったユウリこそが3人の中で1番チャンピオンへ近い所にいる。

 

 トーナメントでユウリと当たる時に、僕は成すすべもなく敗北するのではないか?その時ユウリは僕に何を感じる?

 いっそ、わざと敗けてしまいたいとトレーナー失格の考えすら浮かぶ、レオン達の信頼を裏切る最低の発想だ。

 

「………マサル、隣に座る」

 

「えっ?………は、はい!?」

 

 かけられた声に驚いて振り向き、それを発した相手を見てさらに驚愕する。

 

 レッドさんがそこに居た、最強のトレーナーとの呼び声の高い伝説のポケモントレーナー。非公式ではあるがユーリすらうち破った無敵の男がそこに居た。

 

 レッドさんは僕の驚きを気にもせずに、隣の席に着いた。手持ちのボールをセットし、モニターを真っ直ぐと見詰める。

 映像はマスタードさんが10回目のチャンピオン防衛を達成するバトルの様子を映し出している、相手は若き日のポプラさんだ。

 

「………凄いバトルだ」

 

「えっ?そ、そうですね。二人が全盛期と呼ばれる時代の名勝負です。お互いの手の内を知り尽くした上での高度な読み合い、ガラル史上1番の名勝負だと支持するファンも多いそうです」

 

「………うん」

 

 凄いバトルだ、お互いがベテランと呼ばれる時期にトーナメントと決勝戦で繰り広げられた高度な読み合いと激しいぶつかり合い。僕も解説があってようやく意図が分かった局面が幾つもある。

 

「………凄い楽しそう」

 

「そうですね、睨み合いながら笑っています」

 

 映像の二人はお互いを見て笑っている。闘志は絶やさずに手を抜く事もない、だけど二人の間には負の感情が見られない。

 どんな痛い手を打たれても、読みを外されても、それをもっと求める様にただひたすらにポケモンバトルをしている。

 まるで、語り合っているようだ。激しくぶつかっているはずなのに、二人の間にお互いだけがわかるキズナ通っているかの様に、それを確かめ合っているかの様に。

 

 それを見て、僕の心がズキンと痛む。先程の不誠実な僕の心を咎める様に心臓が痛む。僕はきっとユウリとこんな凄いポケモンバトルはできないだろう。

 

 映像から目を離し、隣のレッドさんを見る。レッドさんはバトルの映像をどこか楽しそうに見ている。

 

 この人なら、僕に答えを教えてくれるのではないか?最強のトレーナーであるこの人なら僕の才能の無さを断言してくれるのではないか?憧れのこの人に言って貰えば諦めがつくのではないか?

 

 お前には才能が足りないと、そうすれば僕はそれを言い訳に出来る。それで自分を納得させて、色々な感情を整理できるのではないか?

 

「レッドさん、質問してもいいですか?」

 

「………うん」

 

 レッドさんはモニターから目を離さない、その方が僕も救われる気がする。

 

「レッドさんはポケモントレーナーにとって、チャンピオンになる為に必要な物は何だと思いますか?」

 

「………チャンピオンに?」

 

「はい、僕はそれを才能だと思います。諦めずに努力するのはトップトレーナーなら当然、なら差を分けるのはそれしかないと思います」

 

「………才能?」

 

「はい、そして……そして、ぼ、僕にはその才能が、チャンピオンになれる程には……足りてない。そう感じました」

 

「………マサルが?」

 

「はい………だから教えてくださいレッドさん。最強のトレーナーの貴方にならわかるはずです、僕には才能がないとはっきり教えてください!!」

 

 自分で思ったよりも大きい声が出てしまった。レッドさんはモニターから僕へと顔を向ける。質問しておいて僕は顔を逸らす、最低な質問と最低な態度だ、少し目の奥がツンとして来る。

 

「………僕は、あまり喋るのが得意ではない」

 

「えっ?は、はい」

 

「………だから、上手く伝えられないかもしれない。けど、最後まで聞いてほしい」

 

「はい………?」

 

 思わずにレッドさんを見る、レッドさんは難しい顔をしてポツリと話し出す。

 

「僕は、昔から色々苦手な事が多かった」

 

「だから幼なじみのグリーンともう一人に憧れていた」

 

 ん?そこから?生い立ちから話すの?

 

「二人の後に付いてばかりだった、それで良いと思っていた」

 

「ピカと旅立ったのも、彼等が旅に出たからだった。それ以上の理由はなかった」

 

「最初のバトルはグリーンとだった、負けてしまった、それを当然だと思っていた」

 

「最初のジムリーダー戦ではイワークに勝てなかった、あっという間に負けてしまった」

 

「ものすごく悔しかった、生まれて初めてあんなに悔しいと思った」

 

「次にグリーンと戦ったのはハナダシティだった、また負けた」

 

「悔しかった、タケシに負けた時よりももっと悔しかった」

 

「だから僕は四天王を倒して、チャンピオンのグリーンを倒した、それが大事だと思う」

 

 あれ?話が飛び過ぎてよくわからない。

 

「あの………質問の答えは?僕の才能は?」

 

「マサルは………才能がある、多分僕よりある」

 

「レッドさん、気休めは止めてください。本音を言って欲しいんです」

 

 やめてほしい、そんな事言われると僕は………

 

「才能………たぶんマサルは才能を育成の事だと思っている」

 

「それとバトルに置ける状況判断に指示能力、技を繰り出す時のOP支援誘導に各種の強化、それがトレーナーの才能ですよね」

 

 その全てが、僕はユウリより劣っている。

 

「それも大事、だけど一定の水準があれば後は誤差だと思う」

 

「はは、誤差ですか………」

 

 最強のトレーナーからすれば僕の悩みなんて誤差か。

 

「マサルは一定の水準を十分よりかなり超えてると思う、それとは別の才能の話」

 

「別の才能?そんな物が?」

 

 気休めだとわかってても、期待してしまう。レッドさんなら、最強のトレーナーなら何か知っているのではないかと。

 

「マサルは今を見ている、ポケモン達を置いては行かない、未来や過去ばかり見ているとそれが疎かになる」

 

「今を見ている?…………すみません、ちょっと意味が」

 

「僕はオーキド博士に教わった、ポケモンと共にある事が1番強いと」

 

「背伸びして無理をしたり、昔ばかり見て立ち止まったり、トレーナーなら誰でもそれをする」

 

「その時、トレーナーからポケモンは置き去りになってしまう、今から目を背けるから、自分のポケモンが見えなくなる」

 

「マサルはそれをしていない、ボールの外からでもそれがわかる。

 マサルがポケモンを見ているから、マサルのポケモンはマサルを見ている」

 

 レオン達のボールが少し揺れた、僕の心も。

 

「だからマサルもポケモンも今を見ている、それは才能」

 

「僕は何度も失敗をしてしまった、駄目と分かっていたのに」

 

「マサルはそれを知らなくても出来てる、それはマサルの凄い所」

 

「それは1番大事な才能、後は諦めなければ大丈夫」

 

「僕の才能………」

 

 正直、精神論だと思う。ポケモンへの思いやり、信じる心、諦めない気持ち、手垢の付いた耳触りの良い言葉だ。

 でも、それをレッドさんに言われただけで、単純な僕の心は上向きな気持ちへと変化しているのがわかる。

 憧れに認められている、その事実がたまらなく嬉しい。

 

「マサルは多分悩んでいる、違いを比べて悩むのはトレーナーなら誰もが通る道」

 

「1度解決しても、次の悩みは出てくる。トレーナーを続ける限りは一生悩みと向き合わなければいけない」

 

「絶対の答えはない、確実な未来もない、結果は終わってみないとわからない」

 

「だけど、僕達トレーナーはそれを確かめる為にバトルする。結果がわからないからこそバトルは恐ろしくて楽しい」

 

「結果はわからない………」

 

 僕は決めつけていた?ユウリには勝てないと?

 

「僕はその教えを信じてトレーナーを続けてきた、最強なんて言われてるけどまだまだ途中」

 

「レッドさんでも、途中なんですか?」

 

「たぶんゴールなんて無い、歩き続ける事をポケモントレーナーと呼ぶんだと思う」

 

 歩き続ける?

 

「僕らトレーナーはみんな歩き続ける、それぞれ違う目的地に」

 

「その途中に出会ってバトルする、互いを知るためにぶつかり合う」

 

「みんなが歩き続けてぶつかって、ポケモントレーナーという大きな生き物がこの世界には棲息している、それが世界の一部になっている」

 

「それを“たま“と呼ぶ人もいる、そして世界はポケモントレーナーだけじゃない」

 

「道は何処にでも続いている、どの道を歩むのもその人の自由」

 

「でもどの道でも大事なのは、共にある事、ポケモンと人の両方に言えること」

 

「一人ではぶつかり合う事が出来無い、だから共に居なくてはいけない、生き物は孤独にはなれない」

 

「グリーンは否定する、でも彼もポケモンと真摯に対話している。置き去りにはしてない、グリーンは歩き続けている」

 

「だから僕も歩く、ポケモントレーナーとしての道を」

 

「最強は永遠ではない、変わらない物なんて無い」

 

「続ける、それをやめない限り終わりは無い」

 

「それだけが永遠、トレーナーが冒険の旅を続ける限り」

 

「…………と、思う」

 

 不思議だ、不思議な気持ちだ。抽象的で実態の無い話だ、話が飛び過ぎてあやふやな話だ。

 だけど、胸に響いた僕を真っ直ぐ見詰めるレッドさんの気持ちが伝わった、最後なんか壮大過ぎて自分がちっぽけに思えてしまった。

 これがぶつかる事なのかな?レッドさんと僕がぶつかって僕に新しい感情が生まれた。僕はぶつかりもせずにユウリから逃げようとしていたのか?

 

 途中だ、僕の旅は、僕の冒険はまだまだ途中だ、ガラルのジムチャレンジで終わりなんかじゃない。

 モニターを見ると、マスタードさんとポプラさんが握手をしていた。マスタードさんは笑顔で、ポプラさんも悔しさをにじませながらも笑顔だ。

 

 僕とユウリの戦いもこうでなくてはならない。ユウリから目を逸して戦ってもぶつかり合ったとは言えないだろう。胸を張って、正面からユウリを見つめてぶつかり会うのだ。

 

 結果はその時にならないとわからない。

 

「レッドさん、ありがとうございました。トーナメントでかっこ悪い所を見せずにすみそうです」

 

 トレーナーとしても、ユウリの兄としてもだ。

 

「………よかった」

 

 レッドさんは笑っていた、最強のトレーナーでも一緒だ。嬉しければ笑うし悲しければ泣く、僕と同じポケモントレーナー。

 ならば、お礼の仕方は決まっている、気付かせてくれた恩を返す方法はこれしかない。

 

「レッドさん。トーナメントが終わって、僕が旅を続けて、僕が1人前になったら………」

 

「………うん」

 

「レッドさんに会いに行きますね、その時はぶつかり合いましょう、ポケモンバトルで」

 

「………うん、待ってる」

 

 ふと、気になった。今日のレッドさんはやたら饒舌だった。実際にあったのはこれが2度目だが、連絡先は知っているので何度かアドバイスを貰う為にしたメールですら寡黙だったレッドさんが今日はとても長く喋ってくれた。

 

「レッドさん?もしかして僕が悩んでいるのを知っていて来てくれたんですか?」

 

「………うん、ダンデがマサルを導くならキミしかいないって」

 

 そっか、ダンデさんには僕の悩みなんてお見通しか。皆の前では隠したつもりでも大人には気付かれちゃうのかな?

 

「………だから、考えておいた、マサルに話す内容を」

 

 そこまで自分の事を気にかけてくれたのが嬉しい、そんな大人になりたいと思える。

 

「………あと、ホップは自分が、ユウリはグリーンに頼むって」

 

「ホップとユウリもですか?」

 

 ホップがビートに負けて以来バトルに付いて悩んでいるのは察していた、ただライバルとしてそれを指摘したりはしなかった。

 だが、ユウリも悩んでいる?そういえば最近電話でやたら声が枯れていたよな、カラオケのしすぎだっていってたけどもしかして泣いてたのか?

 

「レッドさん、ユウリは何か悩みを抱えているんですか?」

 

 気づけなかった、あの子の兄として失格だ。自分のことばかり悩んでいた。

 

「………多分、そういう悩みじゃない。グリーンに任せれば大丈夫」

 

「グリーンさんか………それなら」

 

 グリーンさんのメールはレッドさんと違って非常に分かりやすく丁寧にアドバイスが書かれている。偉そうな態度は多分あの人のポーズで本当は物凄く面倒見がいい人だ。

 

「………悩むのは悪いコトばかりじゃない、トレーナーはみんな常に何かに悩んでいる」

 

 気になった、少し失礼かもしれないがぶつかってみよう。

 

「トレーナーとしての悩み、レッドさんにもあるんですか?」

 

「………ポリゴンフォンの操作が難しい、自分でやれってミュウツーに怒られる」

 

「そ、それは、トレーナーとしての悩み?」

 

 ある意味ポケモンと共にある事なのか?

 

 迷いは晴れた、だが完全という訳ではない。今だに恐怖と不安は僕の胸に燻っている。

 たけど、それでいい、悩むのは当然のなのだから。それに気付いた上でぶつかって結果を確かめる事に意義がある。

 

 ふと、トーナメントでユウリと当たらない可能性がある事に気づく、そんな事すら思い当たらなかった自分に笑ってしまう。

 

 だが、それでもいいのだ。交わる道は1つではない。

 

どんな場所でも、どんな舞台でも、ユウリとぶつかる時には正面からだ。

 真摯にぶつかる格好良い兄である自分を見せるのだ、勝敗はその後の話だ。

 

 一度とは限らない、何度だっていい。歩き続ければトレーナー達は何度だってぶつかり合える。

 


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