自分はかつて主人公だった   作:定道

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25話 忘れたねってとぼけてる

 セミファイナルトーナメント当日のシュートスタジアム、開会式に参加したスタジアムの僕にまで熱が届くような熱い声援が渦巻いていた。

 

 期限内にバッジを集められたジムチャレンジャーは16人、ちょうどよい人数だ。シードはなく誰もが平等に4回勝利しないとファイルトーナメントまでたどり着けない。

 

 今日は全ての第1回戦が行われる、午前と午後に分けて8試合だ。明日は第2回戦と準決勝戦の6試合、明後日は決勝戦のみが行われる。ファイルトーナメントへ行けるのはたった一人だ。

 

 僕の試合はBブロックの1番後ろ、今日の最終試合で対戦相手はセイボリーさんだ。マスタード道場の兄弟子なので同門対決とも呼べる。

 見知った顔と戦える事を喜ぶべきか、悲しむべきか迷ったが答えは出ない。だが、全力で相手をするのが相手への礼儀だ。

 

 ホップ、マサル、ユウリ、マリィはみんなAブロックだ。僕が当たるとしたら決勝戦で誰か1人とだけだ。

 僕のトレーナーとしての見聞では、4人の実力と才能にそこまでの差は無い様に思える、ユウリが少しだけリードしている感じだ。

 今日に友達内での直接対決は無い、だが皆が勝ち上がればホップとマサルが、ユウリとマリィが戦うことになる。

 

 勝敗がどうなっても後少しで僕達のガラルでの旅は終わる。祭りの熱狂の最中、それが終わってしまった後の事を考える僕はどうしようもなく愚かで傲慢な気がする。

 それでも止められない、寂しいと思う気持ちと、終わって欲しくないという願いを。

 

 久しぶりにスタジアムで再会したミカンは、黒い仮面とバトルアーマーを纏ったままだった。

 そして、ミカンは僕の声に応えることは無く無言でスタジアムを去って行った。

 それがトレーナーとしてのミカンなりのケジメなのか、僕と話す気が無くなってしまったのか判断がつかない。

 

 スタジアムの熱狂とは反対に、僕の心の中には暗い不安が渦巻く。僕はスタジアムの通路ををふらふらと彷徨う。

 

「あれ?ユーリじゃん?控え室に居なくていいの?」

 

 後からかけられた声はソニアさんのものだった。隣にはマグノリア博士も居る、2週間ぶりの再会だ。2人もトーナメントを観戦しに来たのだろう。

 でも、なんでこの通路に?ここは関係者以外は入れないはずじゃ?

 

「ユーリ、顔色が悪いですよ。気分が悪いのですか?」

 

 マグノリア博士が心配そうに僕に尋ねてくる。

 

「少し緊張してまして、歩いていれば気が紛れるかと」

 

「そっか!じゃあユーリ、私達と一緒に来賓席に来る?あの部屋なら静かだしレックス達もボールから出せるよ」

 

「そうですね、もしよければ一緒に試合を観戦しましょう。貴方の試合は1番最後です、時間は十分にあります」

 

「そうですね、御一緒させてもらいます」

 

 2人の優しさが嬉しい、僕を気遣ってくれる気持ちが僕の寂しさを少しだけ癒やしてくれる。

 

 シュートスタジアムの来賓席、そこでセミファイナルトーナメント第1試合を待つ、マグノリア博士がローズさんに招かれている為にこの部屋を使えるそうだ。

 

 ボールから出たレックスは、3日前に契約したスマホを真剣に見詰めている。まあ僕もマルチナビを始めて買ってもらった時はかじり付く様に弄っていた、母さんに怒られるまで。流石に試合が始まったら注意しよう。

 

「ユーリよ!見てくれ!余のフォロワーが300万人を超えたぞ!!人気者である!!」

 

「うえっ!?一昨日登録したって言ってなかった!?何を書き込んだの!?」

 

 そんな早く増えるか?たしかに最近のレックスの人気は凄いけど、そこまでなのか?

 

「うむ、ポケカノの紹介と自分の写真しか上げておらんがこの増え方、やはりポケカノの人気は凄まじいのである」

 

「いや、ポケカノは人気だろうけど限度があるよ。レックス自身の注目度じゃない?」

 

 ポケモン自身のアカウントはそれなりの数が存在して人気のあるジャンルだ。

 ダイゴさんのメタグロスは石の写真ばかりあげるダイゴさん本人のアカウントより人気がある。中級者に入門したトレーナーは絶対に見ろとまで言われており、僕もフォローしてたがネットを避ける様になってからは見ていない。

 

 その人気アカウントも確かフォロワー900万人ぐらいだったはずだ、その3分の1をたったの2日で達成する。少し恐ろしいまでの注目度だ。

 レックスに少し釘を刺して置かないと余計なトラブルが起こるかもしれない。

 

「レックス、いちいち反論したり何かを批判する様な書き込みは駄目だよ。怪しい誘いのメールにも反応しちゃ駄目だ」

 

「なぬ!?ポケカノ3期の批判もいかんのか!?」

 

「ダメだよ。1番火種になりそうな奴だよ、それ」

 

「むむ、エレンの活動に余も助太刀したかったのだが……」

 

 注目されると言うのは何も良いことばかりではない。顔の見えない分、好意と悪意が剥き出しで飛んでくる。

 そして、出る杭は打たれる。恐ろしい数の僕への批判にいちゃもんに殺害予告、超能力でも人の悪意は防げない。

 

「あと、自分を調べるのもダメ。ろくな事が書かれてないから」

 

「ふむ、そうか?わりと好意的な意見が多いと思うが………」

 

「きっとその内僕のアンチが流れ込んでくる、時間の問題さ」

 

 僕がレックスを手持ちにしているのは事件の動画で周知の事実だ、奴らはきっとレックスにも魔の手を伸ばすはずだ。

 

「うーむ、ユーリよ。お主のアカウントには応援の声も多いぞ?」

 

 そりゃ数が多ければ少しは好意的な意見もある、しかしそれより遥かに多くの否定的な意見で埋め尽くされてるはずだ。

 

「レックス甘いよ。どうせ、あんな事件あったのによく平気な顔してジムチャレンジできるな、また一匹しか手持ち使ってない相変わらずリーグを舐めてる、どうせ超能力使ってる首輪がわざとらしい、スパイクタウンが襲われたのはこいつが原因早く逮捕しろ、イメチェンが似合ってない白髪にカラコンとか恥ずかしくないの?そんな意見が数倍は書き込まれているはずさ」

 

「ユーリ、ネガティブすぎでしょ?そんなにネットで嫌な事があったの?」

 

 ソニアさんが少し呆れた様に聞いてくる、こればかりは実際に体験しないとわからないだろう。

 

「僕の事だけならまだ我慢できたんです、父さんの育て方が悪いとか無責任だとか家族まで批判されるのが我慢できなかったんです」

 

「あーなるほど、それは悔しいよね。確かに嫌になっちゃうかも」

 

「ユーリ、確かにネットでは悪意が発露しやすい。ですが貴方を純粋に応援している人達がいる事も忘れてはいけませんよ」

 

「マグノリア博士、そうかもしれませんが………」

 

 いくらマグノリア博士の言葉でも素直に同意できない、顔も知らない人達の事を信じるのは僕には難しい。

 

「なぬ!?ゆ、ユーリよ………」

 

「どうしたの?レックス?」

 

 なんだ?ショックを受けているぞ?ポケカノの新情報か?

 

「余の……余の頭はそんなに大きいのか?」

 

「れ、レックス」

 

 だからエゴサーチするなって言ったのに……

 

「僕はレックスの頭が大きいのは格好良いと思っているよ、王冠みたいでまさしく王の証さ」

 

 本当の気持ちだ。確かに最初はインパクトに驚いたが、今ではレックスの立ち振る舞いにあった外見だと思っている。優しく気高い僕の相棒にピッタリの姿だ。

 

「なるほど!!そうであるな!!ユーリがそう言うなら間違いは無いのである!!」

 

 レックスが落ち込んでいる所なんて見たくない、笑っているのが1番だ。

 

「難しいねー良い所もたくさんあるんだけどね」

 

「ええ、見えない物を信じるのはとても難しい」

 

 うーん、やっぱりネットは危険だ。

 

 

 

 結局僕は自分の出番が来るまで来賓席で過ごした。食事もリーグスタッフが運んで来てくれ、試合開始の30分前までに控え室に来れば大丈夫とも言っていた。ソニアさんとマグノリア博士、レックス達と共に試合を観戦した。

 

 ホップ達は見事に1回戦を突破した、もちろんミカンも。ミカンはBブロックなので互いが勝ち上がれば準決勝で当たる。

 

 時間が近づき、ソニアさんとマグノリア博士にお礼を言って僕は試合へと向かった。

 

 結果から言えば僕は勝利した。

 

 セイボリーさんは道場に居た頃と比べてかなり実力を上げていた、彼も旅の間に学びを得て成長したのだろう。

 道場時代には負けるとセイボリーテレポートで逃げ出していたが、今日は僕の目を真っ直ぐに見てサイキック握手してくれた。普通の握手だけど、特別な握手だった。

 

 試合後には、電話でソニアさん達にもう一度お礼を言って誰にも会わずにホテルまで帰った。ホップ達とは戦いが終わるまでは逢わない事にしている。

 

 そして次の日、第2回戦の1試合目はホップ対マサル、2試合目はユウリ対マリィ、3試合目はミカン対クララ先輩、4試合目は僕の試合で、対戦相手はノーマルタイプ使いのユエさんだ。

 

 第1試合のホップとマサルの勝負は大いに盛り上がった。お互いが最後の一匹まで勝負はもつれ込み、ゴリランダーとインテレオンを互いにキョダイマックスさせ、タイプ相性の不利を覆してマサルが勝利した。

 ホップは悔しさを堪えていたが、マサルとしっかりと握手をしていた。やはりホップは対戦相手から目を逸したりはしない、強い心を持っている。

 

 第2試合のユウリとマリィの勝負も泊熱した勝負だった、勝利したのはユウリ。マリィのダイマックスさせたオーロンゲの攻撃をエースバーンで華麗に躱し、そのまま勝利をもぎ取った。

 やはりユウリのセンスは一歩先を行っている、互いに笑顔で握手を交わしていた。

 

 第3試合のミカンとクララ先輩の試合は一方的だった。そもそもはがね対どくの対決、クララ先輩の毒を使った戦法は軒並み封印されてしまう。

 だが、それを抜きにしても圧倒的だった。僕がミカンに託したレジスチルのチルルはOPの差を見せつける様に一匹でクララ先輩の全てのポケモンを打ち破った。

 そしてミカンは勝利するとクララ先輩が悔しそうに差し出した手を無視してスタジアムを去った。見てて肝が冷える光景だった。 

 

 そして第4試合、僕の試合。相手がノーマル使いだったのもあって特に苦戦すること無く勝利することができた。ユエ選手は試合後の握手の際に戦えて光栄だった、ぜひ優勝してくださいと激励くれた。爽やかな試合後の対応、僕も見習わなくてはいけない。

 はたして僕は、2回目の敗北を迎えた時に悔しさを胸に秘め、相手を讃える事ができるのだろうか?逃げ出さずに現実を見据える事ができるのか?

 

 試合後昼食の時間に、ホップとマリィが会いに来てくれた。全員応援してる、全力の試合を見せてくれと僕に言う。2人の旅は終わった、僕は思いに報いるためにも全力で次の試合に望もう。

 

 午後の準決勝戦の第1試合、マサル対ユウリの兄妹対決を僕は選手控え室のモニターから見ていた。

 珍しい兄妹同士の対決なのもあり、スタジアムの盛り上がりは絶好調だ。

 

 お互い使うポケモンは把握し合っている、タイプの相性的にはマサルが若干有利で、レベル的にはユウリが僅かに勝る。僕も勝敗がまったく予想できない。

 

 お互い1匹目のポケモンはアーマーガアだった。2人は手持ちのポケモンも似通っている。

 多少の被弾覚悟で攻撃主体のマサル、回避に集中して隙を狙う防御主体のユウリ。2人の対象的な戦術は絶妙にかみ合い、1つの美しさすら覚えるポケモンバトルを生み出していた。

 その様子に観客達の盛り上がりは最高潮を迎えている、僕も次の自分とミカンの試合を忘れる程に見入っていた。

 

 そしてお互いの手持ちは最後の1匹となり、試合は最終局面に入った。

 この時点で僕も観客も、マサルの勝利の予感を感じ取った。残りは互いの切り札同士の対決。

 マサルのインテレオンのレオン、ユウリのエースバーンのラビ、ユウリのラビの方がレベルが2つ程上だが、タイプの相性を考えるとマサルの有利は揺るがないだろう。

 

 だが、その大多数の予想を裏切る光景がスタジアムにはあった。ユウリのラビが自身のタイプを変化させてレオンの指先から放たれた水流を耐えたのだ。

 

 あり得ない、そう言いたくなるマサルの気持ちが痛いほど伝わって来る。

 ラビが自身のタイプを変化させたのはもちろん特性によるもの、エースバーンのみに確認されている“リベロ“と呼ばれるポケモンの特殊能力。

 

 そもそもポケモンの特性とは、ポケモンの身体的特徴や習性を利用した自身のOPを変化させて引き起こされる特殊な現象の総称だ。

 そして、それぞれのポケモンには複数の特性が存在して、その内の1つだけを身に着けている。

 例外はある、熟練したトレーナーの元で自らを鍛えたポケモンが複数の特性を使いこなす、実際にそんなポケモンを使いこなすトレーナーも存在する。僕もアデクさんのウルガモスがそれを行っているのをこの目で見た。

 

 ポケモンには元々自身の種が使える全て特性の素養を持っている、個体としての個性がその内の1種類だけを選び取って発現させる。複数の特性を使うのは恐らくOPの運用に置いて効率的ではない。

 だから、野生のポケモンはそんな事はしない。そこまでしなければいけない相手と戦う前に逃げるのが生存戦略として正しいからだ。

 

 特性の複数使用とは長い時間をトレーナーと共に歩んできたポケモンが、己の野生に逆らってまでポケモンバトルに自身を捧げた末に辿りつける極地、そのはずだ。

 

 間違っても、トレーナー1年目の手持ちポケモンが使える技量ではない。

 だが、現実として特性が“もうか“だったはずのラビが“リベロ“を使いこなしている。

 マサルは動揺を直ぐに立てなおし、水以外の技を繰り出して応戦する。優位性を失ってなお闘志は衰えていない。

 

 スタジアムは爆発的な歓声の声に包まれている、繰り広げる兄妹の驚くべき接戦に精一杯のエールが送られる。僕もモニターから目が離せない。

 

 やがて2人は示し合わしたようにキョダイマックスを発動させた。お互いのポケモンの体力は残り少ない、勝負を決めるつもりだ。

 

 レオンの“キョダイソゲキ“とラビの“キョダイカキュウ“が正面からぶつかり合う。

 タイプと圧縮度の違いからか、レオンの指先から放たれた水流が火炎を突き破る。

 

 決まった。僕はそう思った、観客もマサルもそう思っただろう。

 

 だが、レオンの遥か上空に影があった。キョダイマックスを解除したラビが落ちる勢いのまま“とびひざげり“をレオンに叩き込んだ。

 ユウリはあのタイミングのキョダイマックスすらフェイントに使ってまでこの瞬間を作り出したのだ。

 

 一瞬の攻防の末にジャッジが下された、ユウリの勝利だ。

 

 少しの静寂の後にスタジアムが歓声で揺れた、素晴らしい試合を見せてくれた両者へのお礼とばかりに惜しみない称賛が2人に降り注ぐ。

 

 マサルは空を仰いでいた。ほんの数秒だけ空を仰ぎ、ユウリに向かって歩いて行くと、ユウリの手をしっかりと握って笑顔を作った。

 

 その姿は、僕にはとても眩しく映った。僕がコウキに負けた時、あんなに格好良い兄を見せてあげられるだろうか?

 

 リーグスタッフの合図に従い、観客の興奮が冷めやらぬスタジアムへと僕は向かった。

 途中ですれ違ったユウリの眼差しはかつて戦ったチャンピオン達を思わせる様な力強さを伴っていた。

 

 僕はスタジアムの中央に着く、ミカンの姿はまだ見えない。

 

 心に渦巻く様々な感情。ミカンへの思い、先程の戦いの興奮、自身の勝敗の行方。自分が今どういう感情なのか自分ですら分からなくなっていた。

 

 そして、腰のモンスターボールが震えた。僕は震えたくまきちのボールを手に取る。

 流れ込んでくる、くまきちの意思と温かい気持ちが。僕への信頼と勝利を望む闘志が僕のあやふやな心を形作る。

 

 そうだ、僕はポケモントレーナーだ。ここまで来て勝負悩むなんて馬鹿らしい、全力でくまきちを信じて相手を倒すのだ。

 

 相手がミカンでも………いや、ミカンだからこそ全力でぶつかれば気持ちがわかるかもしれない。ミカンの真意を少しでも知れるかもしれない。

 

 ミカンをスタジアムで待つ、対面の通路の入口をじっと見詰める。

 

 それから10分経ってもミカンが現れる事はなかった。

 そして、アナウンスがミカンの棄権を告げた。

 

 先程とは別種の興奮と歓声に包まれるスタジアム、その音すら響かない程に僕の中は喪失感に包まれていた。

 

 ミカンはもう、僕の前に姿を現してくれないのではないか?

 

 

 

 スタジアムの興奮はその後しばらくは止まなかった。そんな歓声を遠くに聞いて、僕は選手控え室で俯いて座っていた。

 

 考えるのは当然ミカンの事だ、一緒にドッジボールしてカレーを食べた日に再び通いあったと思ったのは僕の錯覚だったのか?

 

 答えが出ない、当たり前だ。本人に聞かなければその答えは得られないだろう。

 なら、会いに行けば良い。強引にでもミカンを探し出して真意を問いただす。そうすれば、結末がどうであれ答えは出る。

 

 僕がそれをしないのは僕が臆病だからだ、答えを知りたいくせに答えを聞くのがたまらなく怖いと思っている。

 成長したつもりになっていた、自分は学びを得たのだと思っていた。全力でぶつかればわかり合えると思っていた。

 

 それが1度拒絶されただけで、僕との勝負を拒否されただけで揺らいでしまった。問い正して真実をはっきりさせるのが恐ろしい。

 

 ミカンと僕はもう元に戻れ無いかもしれないという恐怖を、現実に変えてしまうなんて耐えられなかった。

 

「ユーリ君、大丈夫かい?顔色が悪いよ?それにとても悲しそうだ」

 

「ローズさん?」

 

 選手控え室には、いつの間にかローズさんが立っていた。いつも側にいるオリーブさんがいない。この部屋に僕とローズさんの2人きりだ。

 

「わかるよ、ミカン選手の事だろう?私もとても悲しい、君達が観せてくれるはずだった素晴らしい試合が実現しない事実が」

 

「そう……ですね、すみません……」

 

 正直、今は1人にしてほしい。優しげな声にすら反発を覚えそうになる。

 

「実はユーリ君に、手紙を預かっているんだ。君へ向けた大事な手紙を」

 

「手紙?誰から……」

 

 まさか!?

 

「ミカン選手から君への手紙だよ。非常に大事な手紙だと言っていた、真剣な声で頼まれたんだ」

 

 ローズさんに手渡された手紙を、僕は慌てて開封する。文面は丸っぽい筆跡。ミカンの字だ、間違いない。

 

「ユーリへ 

 

 まずは、今まで連絡も取らず話もせずにいた事を謝ります。私はユーリを避けていました。

 

 今日、私はユーリと戦わずにトーナメントを棄権するでしょう。それには理由があります、私とユーリの今後に関わる重要な理由です。その内容をこの手紙に書く事はできません、とても危険な理由です。

 

 ですが、ユーリがファイルトーナメントで優勝する事ができれば、理由を直接話す事ができます。その意味はユーリなら分かるはずです。そのせいであの日以来ユーリに会うどころか連絡すらできませんでした。 

 

 ユーリを避けるような真似をしてすみません、ユーリに悲しい思いをさせてしまったかもしれません。

 

 ですが、私はユーリの事を嫌ってなどいません、今でもユーリを大切に思っています。ユーリも私をそう思ってくれているなら嬉しいです。

 

 最後に無理はしないでください、私はユーリが無事でいてくれるのが1番嬉しいです。      

                    ミカンより」

 

 手紙を読んで僕の中に残った感情は怒りだった。

 

 自分への怒りと、リーグ本部への怒りだ。ミカンが脅されて苦しんでいたのに気づけなかった自分への怒り、ミカンにそんな事を強要したリーグ本部への怒りだ。

 

 奴らの狙いは僕だろう、ミカンを僕に近づけなかったのは直接話せばテレパスで企みが露見するのを危惧したのだ。

 実際に僕には他人の思考を完璧に見透かす様なテレパスは使えない、今も昔も相手の感情が解る程度だ。

 それに、未来視などと呼ばれている僕の力の詳細が分らず、言葉通りに捉えたのかもしれない。臆病で狡猾な奴らだ。

 

 僕がファイルトーナメントで優勝すれば理由を話せる、これは奴らの遠回しな要求だ。

 ジムチャレンジの強行で関係が悪化しているガラルとリーグ本部の関係、僕に無敵のチャンピオンであるダンデさんを破らせた上で僕の所属を強調し、優位に立ちたがっているのだ。

 

 僕の弱体化を知って、脅せば操れると思ったのだろう。だからミカンをガラルに派遣して僕にアピールしてるのだ、従わなければ身近な人間に危害が及ぶと言うことを。

 

 僕に個人でリーグを抑止できるような力はないと、歯向かうような気概は既に無いと思っているのだ。

 

 頭が怒りでどうにかなりそうになる、視界が一瞬真っ白になり意識を失いそうになるほどに脳に血が昇るのを感じた。

 

 初めて、人を殺してやりたいと思った。こんなに本気で殺意を覚えたのは初めてだ。ミカンを脅したリーグ本部のクズ共を八つ裂きにしてやりたいと心の底から願ってしまう。

 

「ユーリ君、大丈夫かい?そんなに辛い内容だったのかな?」

 

 ローズさんの僕を気遣う言葉に、少しだけ思考が冷静になる。

 

「ええ、辛い内容でした。詳しくは話せませんが………」

 

 ミカンがローズさんに手紙を託したのは、ローズさんにリーグ本部の息がかかっていない証拠だと思える。しかし、確認は必要だ。

 

「ローズさん、この手紙の内容を知っていますか?」

 

「いいや、ミカン選手に中は見ないように釘を刺されてね、必ず君に届けてほしいと頼まれてから直ぐに持ってきたんだ」

 

 本当に久しぶりに、人に向かってテレパスを使う。これを使うのは緊急時と悪人にだけと決めている。

 ローズさんの感情の色が見える。僕を本気で気遣い嘘や動揺は見られない、ローズさんはやはり信用できる。

 

「すみませんでした、ローズさん。疑うような物言いでした」

 

「気にする事は無いよユーリ君、これでも私はリーグ委員長だ。君の様子を見て内容を察す事ができる。もしも力を貸してほしいなら何でも言ってくれ、私にできる事なら力になるよ」

 

「ローズさん………ありがとうございます。必要になったら力を貸して貰うかもしれません」

 

 こんな親切な人を疑ってしまった自分を恥じる。反撃する時にこの人なら頼っても大丈夫だろう。

 

 僕はリーグ本部を絶対に許さない、僕にもう大した力が無いとタカをくくっている奴らを血祭りに上げてやる。下らない真似ができない様に、二度と口が聞けない様に潰してやる。

 

 まずは、要求通りにダンデさんを倒す。そうすれば向こうから接触があるだろう。

 次に、接触して来た本部の手先を潰す。そいつに吐かせて、ガラルに居る本部の手先共を全員潰す。

 

 そして、ローズさんに事情を話してミカンを守って貰う。レックスやオーキス達はマスタード師匠に託す。あんな奴らを潰すのに僕の相棒達の手を汚させる必要はない。

 

 さらに、ホウエンに行って家族をガラルに送る。ジョウトに行って仲間達もガラルに送る。

 

 最後にセキエイ高原まで行って下らない企みをした奴らを全員潰す。脳に無理矢理テレパスすれば関係者は1人残らずに判明する、逃したりはしない。

 

 奴らを1人残らず潰し、ほとぼりが冷めたら皆を元の所に返す。そうすれば全て元通りだ、何も問題などありはしない。

 

 予感がある、確信がある、僕が今抑え込んでいる激情を心のままに開放すれば、奴らへの怒りを解き放てば、僕の力は戻ってくる。奴らを潰すのに十分な程度に超能力が戻ってくるだろう。今の僕にはその自信がある。

 

 明日の試合、負ける訳には行かなくなった。こんな感情でユウリと戦う羽目になった事実に僕の怒りは激しさを増す。

 僕達のジムチャレンジを薄汚い思惑で汚したリーグ本部を絶対に許しはしない。

 

 顔を両手で覆って天を仰ぐ、控室の照明が指の隙間から僕を照らす。

 

 狂いそうになる程の怒りを、ゆっくりと内側に沈める。

 “じこあんじ“を自分へと施し怒りを心に蓄える。

 この怒りをぶつけるのは奴らにだけだ、今は抑えて自分の中にしまって置く。奴らにぶちまける時にはもっと激しく燃え盛るだろう。

 

「ローズさん、手紙を届けてくれてありがとうございます。おかげで迷いは晴れました」

 

「そうかい?それなら良かったよ、トーナメントに集中できそうかい?」

 

 大丈夫、僕は絶対に勝利する。

 

「ええ、僕は必ず勝ちます。ユウリにも、ジムリーダーにも、チャンピオンにも、全てに勝利して見せます」

 

 こんな気持ちで挑みたくは無かった、僕の旅の最後がこんな形になるなんて思っていなかった。

 

「そうかい!!それは良かったよ!!それこそが私の望みだからねえ!!ファイルトーナメントが楽しみだよ!!」

 

 報いだ、奴らは報いを受けるのだ。僕が傲慢のツケを払ったように奴らは悪徳の報いを受けるのだ。

 それがこの世の正しい形、因果応報の思想は間違っていない。

 

 奴らは因果によってその身を滅ぼす、間違った力の使い方は必ず己に帰って来るのだ。

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