自分はかつて主人公だった   作:定道

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26話 へえ、あんたも有利って言うんだ

 

 

 決勝戦前日の夜は最悪の寝付きの悪さだった、なので遅くまでユウリの試合の映像を見ていた。もちろん翌朝の目覚めは最悪だ。

 

 試合が午後からなのは幸運だった、最悪のコンディションでユウリと戦えば、勝ち目は無いかもしれない。

 

 レックス達は当然の様に僕の異変に気付いた、“じこあんじ“しても誤魔化せないほどに感情が高ぶっているようだ。

 だが、話す事はできない。レックス達を巻き込みたく無いのもある。信頼していない訳でもない。

 

 戦闘能力という点では、自身もポケモンも大抵の輩には負けないはずのミカンが、リーグ本部の指示に従っている理由。人質や物理的には解決できない縛りを課せられている可能性がある。

 

 僕が危惧しているのは超能力者によって行動を強制させられている事、高いOPを保有するミカンにすら通用する“さいみんじゅつ“。

 今の僕よりも強力な超能力者が裏にいる可能性は十分にある。

 

 疑いたくはないが、1番怪しいのはイツキさんだ。リーグ本部関係者という点ではレッドさんとグリーンさんにも気を付けなければいけない。

 

 とにかく、まずは直接ミカンに会って安全を確保する。そのためにはまずは大人しく奴らの要求通りの行動する。

 その後、奴らが接触して来た時。この事を誰かに話したかと聞かれた時に、イツキさんクラスの超能力には嘘は通用しない。だからレックスにも話せない、奴らの手口が分かるまでは刺激したくない。怒りを開放すれば防げるかもしれないが、そんな事をすれば奴らは逃げに撤してミカンを取り戻せなくなる。

 

 だからレックス達には後で必ず理由を話すと、今はそれで納得してほしいと頼んだ。レックス達はそれで納得してくれた、僕が話してくれるのを信じていると、その時は力になると言ってくれた。

 僕のささくれ立った心に少しだけ喜びが混ざる。大丈夫だ、全て終わればレックス達に隠し事をする必要はなくなる。

 

 試合の時間になるまでホテルは出ない事にした。今の自分をなるべく誰にも見せたくない、特にホップ達には。

 だが、試合の時には今日に限れば世界で1番注目されている2人の片割れかもしれない。

 

 食事をカロリーバーで済ませ、レックスに認識阻害を施して貰いスタジアムまで向かう。リーグスタッフ以外の誰にも気づかれずに選手控室まで辿り着く。

 

 試合開始まで約30分、僕は念入りに“じこあんじ“をかけて怒りを抑え“めいそう“を重ねて心を鎮める。

 

 ユウリは強い、ポケモンバトルのセンスでは僕を上回っているだろう。下手をすればダンデさんよりも上かもしれない。

 だが、僕とくまきちなら勝てる。レベルは上回っているしタイプの相性も切替れば問題ない、攻撃は全て避けてしまえばいい。

 

 いつも通りの力を出せば必ず勝てる、博打を打つ場面ではない。僕は必ず勝たなくてはいけない。

 

 リーグスタッフが僕に入場を促す、30分は驚く程あっという間に過ぎた。歓声が降り注ぐスタジアムへと僕は歩いて行く。

 

 凄まじい熱と音の中に足を踏み入れると、青く晴れた空が見える、中継用の飛行船やドローンが見える、手を振り上げて声援を送る多くの人々が見える。

 そして、正面から僕を見詰めて歩んで来るユウリが見える。僕もユウリを見詰めながら歩いて行く。

 

 熱と音は消えた、辺りが静かになりこの場所には僕とユウリしかいないと錯覚してしまう程の集中。いい傾向だ、深く考え過ぎずこの状態をキープしたまま試合に望もう。

 

 お互いにスタジアムの中央に立つ、僕もユウリも力強くお互いを見詰めている。

 握手はしない、それは勝負の後だけでいい。言葉を交わさずとも目線でそれを語り合う。

 

 ボールを投げる所定の位置へと着く、その間も互いに見詰め合ったままだ。ユウリの凄まじい闘志を感じる、初めて会った時にはこんな場所で戦うと思っていなかった。

 

 審判の合図に、ボールを構えて投球する。

 

「頼んだ!!くまきち!!」

 

 ユウリのボールから出て来たポケモンは、やはりアーマーガアのココ。ユウリは初手には大体このポケモンを使って相手を観察する。今回のくまきち相手ならタイプ的にも悪くはないし、ユウリの手持ちは5匹だ、持久戦を狙って来るだろう。

 だがそれを許しはしない、未来視は何も避ける事しかできない技術では無い、確実に相手に攻撃を当てる為の速攻の手段でもある。

 

「くまきち!!えんげきのかた!!」

 

 くまきちにほのおタイプの型を指示、未来視を発動させようとユウリを見る。

 

「はえ!?」

 

 思わずに間抜けな声をあげる、目の前の光景に驚いたせいだ。

 

 ユウリがいつの間にかマイクを取り出し、今にも歌い出しそうな体制をとっている。

 虚をつかれ、一瞬指示がとんでしまう。集中も切れたのか観客達の戸惑いの声が耳に入って来る。

 

 どういう意図だ?確かにマイクを持ち込むのは反則ではなく、ネズさんもやっている事だ。事前に申請していれば問題はない。

 しかし、意図が分からない。ポケモンへの指示を確実に届ける為の拡声が目的?それとも僕の意表を突きたかった?

 

 いや、どちらでも関係無い。もう一度、集中して未来視を発動し直す。

 

『伝えたいよ!!本当は無理だけど!!ささやかな歌を歌うよ!!』

 

「なっ!?」

 

 ユウリが歌い出した?何で?しかもポケカノ2期のOPだ。微妙に音程を外した初々しい歌声がスタジアムには響く。

 観客も呆気に取られて声援が止んでいるので歌声がよく聞こえて来る。

 

 そこまでして僕の意表を突きたいのか?昨日のバトルを見ただけに少しだけユウリに失望する。何にしてもやるとこは変わらない、ユウリが歌っていようが関係無い。

 

「くまきち!!“ほのおのパンチ“!!」

 

 くまきちが僕が誘導したタイミングで飛び上がり、ココに炎の拳を振り被る。僕の未来視はココが一撃で沈む姿を捉えている。

 

 しかし、くまきちの拳は空を切った。

 

「はあ!?」

 

 外れた!?馬鹿な!?僕の未来視は!!OPの動きを完全に読んでいたはずだ!!あり得ない!!

 

『ココ!!“エアスラッシュ“!!』

 

 空中で攻撃を外し、体制を崩したくまきちにココが襲いかかる。

 

「くまきち!!」

 

 避けられない!?くまきちは“エアスラッシュ“を腕でガードしたが、そのまま地面に叩きつけられる。

 何とか受け身をとったがダメージはゼロでは無い。

 

 僕の未来視が外れた?これはシロガネ山の時と一緒?捉えた筈なのに攻撃は外れ、その隙にカウンターを食らった。

 

 敗北の予感、絶対に負けられないはずの戦いで最悪の未来を予見してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお!やりやがったぜユウリの奴!本当にあんな方法で未来視を破りやがった!」

 

「………グリーンが教えた?」

 

「俺が教えたのは理屈だよ、歌え何て教えてねーよ。あくまでアドバイスをしただけだ」

 

 スタジアムの来賓席で、思わず興奮してしまう。才能のある奴だとは思っていたが、この僅かな期間で俺の助言を現実の形にしてしまった。

 

「お前がシロガネ山でやった事と理屈は一緒だ。お前がハンドサインと帽子の触り方でOPの誘導と違った指示をポケモンに伝えた様に、ユウリはそれを歌って実現させたんだよ」

 

 普通にポケモンバトルするなら必要の無い技術だ、熟練したトレーナー程難しいかもしれない。ユウリがあんなに短期間で習得できたのはトレーナー歴の浅さが幸いしたのかもしれない。

 だが、何も言わずともポケモンと通じ合ってしまう、それを弱点と呼ぶのはあまりにも乱暴だ。本来ならそれは称賛されるべきポケモンとの信頼関係の証だ。

 しかし、ユーリの未来視の前ではそれこそが最大の弱点となってしまう。熟練のトレーナーとポケモンに流れるOPを奴の未来視は鮮明に捉える、流れが美しく淀みがないほど予測はしやすいのだろう。

 

 OPを同調させずに隠して指示を出す、レッドや俺はロケット団との戦いでそういった邪道な技術が必要だったのでそれなりにできるが、真っ当なポケモントレーナーには必要無い技術だ。

 しかし、未来視のユーリを打ち破るには必須の技術だ。奴に破れたチャンピオン達やダンデは当然それを習得しようとしているはずだ。

 ユーリはこのジムチャレンジで超能力を併用しない未来視を多用した、実力者達は対抗策に気付いただろう。

 

 ユウリの歌が変わり、スタジアムではアーマーガアがウーラオスに2発目の有効打を与えた。

 

「………ポケカノDASHの主題歌」

 

「ん?ああ、歌の種類やフレーズで指示してんだろ?予めポケモン達と取り決めてな」

 

 勝利の為のに入念な事前対策。決して才能のだけに寄りかからない貪欲なポケモンバトルへの執念、ユウリは俺好みのトレーナーだ。

 その点でユーリの奴は落第点だ。あのガキは才能に寄りかかり過ぎている。タイプの相性すら実際にOPを見れば分かるからと記憶していない。

 作戦も無いわけではないのだろうが雑すぎる、その場で臨機応変に対応すればいいと思っているのだろう。

 

 それで今まで問題はなかったのだろう。圧倒的な育成能力によって繰り出される奴のポケモンに、未来視が加わって相手を圧倒していた。

 だから奴は気づけない、自身の未来視が絶対で無い事を。敗北によって学ぶべき自身の力の欠点を知らずにここまで来てしまった。

 

 奴がレッドへ敗北した事によって自身の精神と振る舞いを省みたのは間違いないが、自身の力そのものは疑っていない。

 トレーナーなら誰しもが経験する敗北からの成長をユーリは経験していない、レッドから得たのはあくまで精神面ので経験だろう。

 はたしてそれは不幸なのか、幸運なのか。

 

「しかしあの選曲も嫌らしい。ユーリがよく知っている曲をわざわざ歌ってるらしいぜ」

 

 よく知っている曲には、少なからず自身のイメージが想起される。微々たる物だろうがそれも未来視の精度を曇らせているのだろう。

 

「………ポケカノに思い入れが無い人はいない」

 

「お、おう……そうだな?」

 

 止めておこう、こいつはポケカノの話になるとしつこい。

 

「まあ、今のユーリの未来視攻略は順調。後は奴の弱点をどれだけ突けるかだな」

 

「………ユーリはポケモンバトルに置ける継戦闘能力に欠けている」

 

 そう、それもユーリが強すぎた故の欠点の1つ。奴は何でもありの実戦ならともかく公式のポケモンバトルに置いて長時間の戦いに慣れていない。

 スタミナが無いとも言えるが、正確に表現するならばスタミナの使い方が分かっていない。

 

 複数のタイプのポケモンを使いこなし、なおかつ手持ちのポケモンを5匹以上操るトレーナーが何故貴重なのか?

 前者はトレーナーには先天的にタイプの適正が存在するから、後者はOPを大量に要求されるから、それが答えだ。

 

 オレのような天才トレーナー以外は、自分に合ったタイプのポケモンを、自分の保有OPに合った数で手持ちに加えるのが結果的には一番力を効率的に発揮できる。

 

 タイプの適正を10段階評価で表すと、5もあればそのタイプは得意分野を名乗っていい。

 一般的なトレーナーには1つぐらい5があって他は2か3だろう。俺は天才だから全部8はある、レッドも気に食わないが同じくらいだろう。

 あのガキは忌々しい事に“エスパー“と“はがね“は10でそれ以外は8、そんなもんだろう。

 そして当然の様にOPは潤沢に保有している、正しく運用すれば手持ちが6匹でも息切れなどしない。

 

 なのに奴はシロガネ山で息切れした。本人は精神面の不調とでも思っていたみたいだが、あれはペース配分を考えない未熟なトレーナーにありがちなただのプレイングミスだ。

 

 複数のタイプのポケモンを使うトレーナーに大事なのはポケモンを入れ替える時、指示する技のタイプを切り替える時、自身のOPの消耗をいかに抑えるかだ。

 タイプを切替える型を指示するのは、その度に自身のOPを変換して総量を削っている。

 だから、ポケモンに任せられる所は委ねる、ポケモン自身の判断を信じて適度にOPを温存するのがコツだ。

 

 奴はポケモンバトルに置いて全てをコントロールしなければ気がすまないらしい。指示や予測の全てに惜しみなく自分のOPを注ぎ込み、自分のポケモンの強化に惜しみなくOPを使用する。

 

 ポケモンへの愛情の裏返しとも言えるが、俺に言わせれば過保護なだけだ。ポケモン自身に戦闘の舵を一切委ねないのは異常とすら言える。

 

「………ユウリは凄い、ウーラオスが型を変えざるを得ないように立ち回っている」

 

「まあな、ユウリは俺の次ぐらいには才能がある。それにしてもあのガキはやり方を変えねえ」

 

 ウーラオスは回避と攻撃の際に頻繁に型を変えている。

 その指示は違うタイプのポケモンと交換すると同じぐらいに自身を消耗させているのに気が付いていない。

 まあ、ユウリが巧みだとも言える。未来視を破る手段の歌を見せ札にして心理的なプレッシャーを与えている、ユーリは大慌てだ。

 

「………ユーリの弱点は自分を知らない事、未知の経験への対処も弱い」

 

「まあ端的に言えばそれだな、加えて超能力も封じられている。今のあのガキはさしずめ翻弄される新米トレーナーってところだな」

 

 未来視が破られたショックを間違いなく感じているだろう、そんな時に奮起するのに必要なのは敗北を乗り越えた経験。

 奴にはそれが圧倒的に足りない、圧倒的な力を振るっていた故にだ。

 

「………やり方を変えなければ、ユーリは負ける」

 

「そーだな、ユウリはウーラオスの13の型もしっかり頭に叩き込んでいる。何か手を打たないとあのガキの負けだ」

 

 もしくは新しい切り札でも使うかだ、ダイマックス以外の強化方法が禁じられている以上“キズナへんげ“も使えない。

 

「………負けた時、ユーリは」

 

 レッドが不安そうにスタジアムを見詰める、こいつなりに責任感を感じているのだ。あの時シロガネ山で言葉を交わせなかった事を。

 まあ気持ちは分かる、あのガキが飛んで逃げ出したのが原因とはいえ、その後家にも帰らず行方不明じゃ罪悪感を覚えるだろう。

 

「はん、心配いらねーよ、全く問題はねえ」

 

「…………?」

 

 ポケモンバトルでは即断即決な癖に、こういう所は昔から鈍臭い。

 

「あいつは今1人じゃねえだろ、悩むなら誰かが絶対に手を差し伸べる」

 

「………うん」

 

「それでも気になるならお前が説教してやれ、トレーナーの何たるかを先達として叩き込んでやれ」

 

「………グリーンも」

 

「オレ様はごめんだね、弟子はユウリだけで十分だ」

 

 オレの役目は、あのガキを煽るぐらいで丁度いい。ライバルに優しい言葉なんてかけはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くまきち!!“らいげきのかた“!!」

 

 くまきちが雷を帯びた拳が、マリルリの拳と激突する。これで3度目の交錯。

 くまきちとマリルリが衝撃で吹っ飛ぶ、くまきちは空中で体制を整えて着地し、マリルリは吹っ飛んだまま立ち上がらない。

 

 これでようやく4匹目だ。ユウリの手持ちは次で最後、エースバーンのラビを倒せればようやく勝利できる。

 

 ユウリの歌は理屈は分からないが僕の未来視をすり抜ける、常にではないが要所要所でその力を発揮し、くまきちの体力はもう半分も残っていない。

 最後の相手は、本来なら“れんげきのかた“でタイプ有利を取れたはずだが“リベロ“を使いこなすのなら僕達にアドバンテージは無い。

 それどころか、くまきちの消耗を考慮すれば間違いなく僕達が不利だろう。くまきちのレベルは76、ラビのレベルは72、OPの差で圧倒できるほどではない。

 

 自身のトレーナーとしての未熟さが不甲斐ない、絶対に勝たなければなんて決意しておいてこの体たらくだ。

 だが、負ける訳には行かない。ミカンを取り戻すために絶対に負けられない。

 

 一瞬だけ、“じこあんじ“を解こうかと思うが、そんな馬鹿な真似はできない。これはユウリに向ける感情ではない、そもそも超能力を使ったら失格だ。

 

 何故か“キズナへんげ“と呼ばれて噂になっている僕の奥の手も同じ理由で使えない、レッドさんも使っていたから実は僕オリジナルの技ではなかったのだろう。ただの勘違いだった。

 

 ユウリがエースバーンを繰り出す。溢れる闘志に強い眼差し、コンディションは最高のようだ。

 

「くまきち!!“しょうげきのかた“」

 

 タイプをひこうに変化させて深くは踏み込まず、隙を伺いつつ牽制する。ユウリのエースバーンは“エレキボール“を次々と蹴りつけてこちらを攻撃してくる。ユウリはまだ歌わない、落ち着いて未来視を使って避ける。

 

 隙を縫って“だいちのかた“の攻撃を叩きこめば一撃で倒せるはずだ、そのためにくまきちが1番慣れている“れんげきのかた“でラビのタイプをでんきに誘いつつチャンスを待つ。

 

 落ち着け、攻撃のタイミングでユウリに歌われて未来視を乱されればカウンターを受けてこちらの負けだ、確実に勝てるタイミングを見極めろ。

 

 どうやらユウリの歌は、いつでも好きなタイミングで歌える物じゃないようだ。恐らく僕の動きの癖や呼吸を読んでじゃないと無理なのだろう、そうでなければ僕は既に敗北しているはずだ。

 

 集中、集中してユウリとラビを観察する。“エレキボール“の隙間を潜り抜けるのだ。

 

 ………今だ!!

 

「くまきち!!“だいちのかた“」

 

 エレキボールを潜り抜け、くまきちが一気に間合いを詰める。

 

『掴み取れ!!明日と希望を!!』

 

 ユウリが歌い出す、ジャンプして避けるラビを僕の未来視は予見する。空中なら逃げ場はない、追撃して終わりだ。

 

「あれは!?」

 

 違う!!あれはただのジャンプじゃない!!“とびはねる“だ!!ラビはひこうタイプに変化している!!それなら!!

 

「くまきち!!“らいげきのかた“!!」

 

 くまきちがでんきタイプへ変化して飛び上がる、このまま相性で正面から打ち勝つ!!

 

「ラビ!!“マッドショット“」

 

 まずい!?空中では!!

 

「くまきち!!」

 

 空に追撃したくまきちにタイプ不一致だが効果抜群の“マッドショット“が襲う。“リベロ“をあえて使っていない!?だからOPの動きが読めないのか!?

 くまきちは“マッドショット“を正面から受け止め、コートに叩き付けられる。何とか受け身をとって、距離をとった。

 後一撃でも食らったら終わりだ、どうする!?

 

『ラビ!!キョダイマックス!!』

 

「なっ!?」

 

 ユウリのダイマックスバンドにガラル粒子が集まり、巨大なモンスターボールを形成する。ユウリはこれで勝負を決めるつもりか!?

 

 未来視で避けきり、こちらがキョダイマックスを使えば勝利できるか?だが僕の未来視は本当に未来を捉えられるか?ユウリが歌えば僕は負けるのではないか!?

 

 胸によぎる敗北の恐怖、どうする!?このままでは負けるのではないか!?そうしたらミカンはどうなる!?

 脳裏に答えを探しても答えが見つからない、僕の目の前が真っ暗になりそうになる。

 

「べあーま!!!」

 

 くまきちの叫びに、思考が現実に戻る。くまきちは僕を一瞬見詰めて向き直る。

 

「くまきち………」

 

 くまきちの言いたい事は分かった、正面から打破ろうと言ったのだ。自分を信じてくれと言ったのだ。

 

 14番目の型を使って、ユウリとラビを打破ろうと言っているのだ。

 

 迷う、あれはそんな大層な物ではない。ヨロイじまで早朝のランニングをしていた時にくまきちに戯れに話した昔話だ。

 くまきちに聞かれた最も強い格闘わざは何かという質問に僕は答えたのだ。

 

 くまきちがあんまりにも興味を持ったので、テレパスで情景を映像で伝えてあげた。その後も練習はしていたが実戦では使っていない、あれはあくまで人間が使う技だ。

 マスタード師匠が正しくポケモンのために考案した型とは違う。

 

 それにタイプの相性的にも正しくない、ユウリは恐らく“キョダイカキュウ“で攻めて来る、あの技の大きさは相手に容易な回避を許さない、歌も併用すれば確実にこちらに攻撃が当たる。

 

 14番目の型は、ある格闘を放つためだけの型、はがねタイプの技だ。

 マスタード師匠の“こうげきのかた“もはがねタイプだが根本的に別のものだ、それには名前すら付けていない。

 

 くまきちを見る、くまきちは正面を見据えている。僕が見えるのは背中だけだ。

 ………大きな背中だ、ダクマだったころは僕の背中に引っ付ける程小さかった。今では僕よりも大きい力強い背中。その背中が僕に語っている。

 

 僕はくまきちを信じないのか?くまきちは今まで僕の指示を信じて戦ってくれたのに僕は彼を信じないのか?

 

 そんな事は許されない!!僕とくまきちは共に戦ってきたのだ!!

 ならば信じるのは未来視や目算などではなく彼自身だ!!くまきちを信じるべきだ!!

 

「くまきち!!キョダイマックス!!」

 

 くまきちをボールに戻して、ダイマックスバンドにガラル粒子を集中させる。ボールを巨大に形成させる間に僕はイメージを固める。

 

 僕がくまきちに教えた最強の格闘技、シジマさんから伝授された奥義をミカンが自分流にアレンジした鋼の必殺技。

 

 無呼吸で放たれ、全てを砕く十連撃、その名も“九撃一殺“。

 

 ピオニーさんが言っていた、はがねは叩かれる程に熱くなると。

 ならば型の名前は紅蓮。叩かれて追い詰められて真っ赤に滾る鋼を表す“ぐれんのかた“が相応しい。

 

 ボール越しに、それをくまきちに伝える。ボールの中からくまきちの熱が伝わって来た。

 

「くまきち!!“ぐれんのかた“!!」

 

 キョダイマックスしたくまきちとラビがスタジアムに出現する、決着の気配にスタジアムが熱狂に包まれる。

 

『ラビ!!“キョダイカキュウ“!!』

 

「くまきち!!“九撃一殺“!!」

 

 くまきちが迫りくる巨大な火球に一撃を打つ。九撃にははそれぞれ異なったチャクラが込められていてあらゆる防御を砕き、最後に相手に必殺の一撃を叩き込む。

 

 最強で無敵の技だ!!僕はそれを信じる!!くまきちはミカンの最強を再現するのだ!!

 

 瞬く間に繰り出された九撃が、“キョダイカキュウ“をかき消す。 

 くまきちの“てつの拳“は紅蓮の“はがねの拳“と化して灼熱の火球を灼熱で打ち破った。

 

 火球の影からラビが飛び出してくる、ラビの“とびひざげり“とくまきちの“一殺“が激突する。

 凄まじい衝撃と轟音がスタジアムに響く、あまりの衝撃に解かれた互いのキョダイマックスがガラル粒子の渦となってスタジアムを包む。

 

 見えない!ガラル粒子の奔流でOPも探れない!くまきちは!?くまきちはどうなった!?

 とてつもなく長い時間を待った気がした、実際は十数秒だろう。渦は晴れてスタジアムのだ様子が見える。

 

 くまきちは立っていた。僕に力強い背中を見せつけ、拳を高く掲げている。スタジアムの奥でラビが倒れている。

 

 審判が試合の終了を告げる、歓声が爆発する。僕は慌ててくまきちに駆け寄る、向かいのユウリも駆け寄って行くのが見えた。

 

 僕はくまきちを思いっきり抱きしめて、首輪を外して“いやしのはどう“を注ぐ。くまきちも僕を抱きしめてくれる。

 

「おめでとう、ユーリ君。もう一個型があるなんて想像できなかったよ」

 

 いつの間にかラビを回復させたユウリが僕の側にいた、涙を堪えた真っ赤な目で僕を見詰めている。

 

 差し出された右手を僕は握り返した。

 

「1つだけ聞いていい?なんで“だいちのかた“で牽制しなかったの?タイプ的にそれが最適のはずなのに」

 

「えっ?だって“くさむさび“は避けにくいから、1番慣れている型でタイプを固定するために選んだだけだよ?」

 

「……………」

 

 あれ?ユウリが震えている?

 

「エースバーンは!!!“くさむさび“をおぼえません!!!何かあると思って警戒しちゃったじゃん!!!」

 

「す、すみません………」

 

 そ、そうだっけ?そんなイメージがあったんだけど………

 

「もおぉー!!!ユーリ君タイプ相性も覚えきってないし!!!おかしいでしょ!!!トレーナーとして!!!」

 

「は、反省します………」

 

「次は!!!絶対に私が勝つんだから!!!それまでユーリ君が負けたら許さないからね!!!」

 

 そう言ってユウリは泣きながら走って言った、僕達に会釈した後ラビもそれを追いかけて行く。

 

 ユウリのバトルは恐らく僕より高度な事をしていた、物凄く考えながら戦術を組み立てていたのだろう。

 結局歌が僕の未来視を破ったカラクリは分からなかった、トレーナーとしては完全に敗北していた。くまきちのおかげで偶然勝利を拾えただけだと思う。

 

「べあーま」

 

 くまきちが笑っている、僕もつられて笑顔になる。自身の内にある感情を気にせずに笑みを作れた。

 

「お祝いしなくちゃね、何か食べたい物はある?」

 

 くまきちは答えない、笑って僕を見詰めている。言葉がなくても分かる、“ミツハニーホットケーキ“だ。やはり、僕たちは心で繋がっている。

 

 これは“キズナ“だ、誇るべき力。僕の超能力とは違い、危険は無い信頼から生まれた尊い力。

 だから超能力とは違い、“キズナ“が僕を苦しめる事などない。

 

 “キズナ“が人を傷付ける事などありはしないのだ。

 

 


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