自分はかつて主人公だった   作:定道

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29話 がっちゃんこ

 

 ミカンが泣いているのを見るのはいつ以来だろう?小さい頃のミカンはよく泣く女の子だった。

 だが、ミカンのお母さんが世界的に大流行したウイルス性の病気で亡くなってからはミカンが泣くことは少なくなった。

 そしてミカンとお父さんとの親子関係が希薄になっていった、僕はいままで以上にミカンと一緒にいる様になった。

 

 しばらくして、色々あって超岩鋼紅蓮隊を結成した。仲間が増えてからのミカンはとても楽しそうで、僕や仲間達と居るときには泣いたり寂しそうにする素振りなどは見せなかった。

 僕もそれが嬉しくて、ミカンと共に仲間達との活動にのめり込んで行った。

 

 僕が旅に出る様になってからもミカンの様子に変わりはなかった。旅立ちの日には悲しそうな表情を見せたが、ユウキとは違って泣く事は無かった。

 旅の最中最低でも3日に一度は連絡を欠かさなかったし、当時は超能力を駆使すれば他の地方からアサギシティに帰って来るのも容易なので頻繁にアサギシティに帰っていた。

 僕がミカンと3ヶ月以上離れたのはシロガネ山へと行く以前には一度も無い。生まれて来てから多くの時間をミカンと共有した、それが当たり前の存在だった、帰るべき場所の一つだった。

 

 そんな僕の中で、ミカンが泣いていた最後の記憶はミカンのお母さんが亡くなった日だ。夕暮れの灯台でミカンは身体を小さく丸めて泣いていた。ミカンは僕に気付くと縋る様に抱き付いて来た、声をガラガラに枯らして僕の胸で泣きじゃくっていた。

 辺りが暗くなり、僕の父さんと母さんが迎えに来るまで僕はずっとミカンを抱きしめていた。

 

 だから、泣いているミカンが僕に歩み寄って来たなら僕がミカンを抱きしめるのは当然の行動だった。

 身長差であの頃とは逆に僕がミカンの胸に抱かれる形でもそれは変わらずに当たり前の行動だった。

 

 当たり前の行動をしたはずの僕にミカンの感触と胸の鼓動は伝わって来なかった。

 抱きしめた瞬間にミカンが消えてしまったからだ、キラキラとした輝きを残してミカンの姿が跡形も無く消え去った。

 突然の出来事に困惑と覚え、ミカンを探して視線を彷徨わせる僕の胸の中に温もりが溢れて来る。

 

 あり得ない事だ、ミカンが居ないのにミカンの温もりを感じる。自分の内側からどうしようも無いくらいにミカンの想いが伝わって来る。

 

 狂いそうになる胸の温もりに、気付かないふりをしてミカンを探す。それを止めてしまうと何かが終わってしまう様な予感がした。

 

「ありがとうございますユーリ君!!まずは貴方に感謝を伝えます!!」

 

 歓喜に満ちた声が聞こえた、突如空間に白い穴が出現し、中から男が歩いて来る。僕はこの男を知っている。イッシュで何度も会った事がある。

 

「あ、アクロマ?」

 

 自分でも驚くほどに情けない声だった、悪人であるはずのこいつに助けを求める様な声が僕の口から放たれた。

 誰でもいいから助けてほしかった、なにを助けて欲しいのかも分からずに。

 

「ユーリ君とミカンさんのキズナは!!貴方達を一つにしました。素晴らしい結果です!!本当におめでとう!!」

 

「は、はあ?」

 

 何だ?こいつは何を言っている?何をそんなに喜んでいる?会う度に訳のわからない話をする男だったが、今日は一段とおかしな事を言っている。

 僕がミカンと一つになった?まったく意味が分からない?考えるのも馬鹿馬鹿しい発言だ。

 

 僕が感じている胸の温かさは気のせいに決まっている。

 

「今、シュートシティには無数のドローンが放たれています!!ブラックナイトで起こった全てを記録しています!!ユーリ君達が引き起こした奇跡は全世界の人々が目撃しました!!安心してください!!貴方達の奇跡は永遠に語り継がれるでしょう!!」

 

「い、意味が分からない………」

 

「“キズナへんげ“ですよユーリ君!!ミカンさんの想いが貴方を“キズナへんげ“させたのです!!とても美しい光景でした!!」

 

 “キズナへんげ“?何を言っている?あれはポケモンのとトレーナーの間に起こるものだ。

 

「人間同士の“キズナへんげ“はポケモンとトレーナーとの間に起こるものとは異なります!!想いを託す者は託される者の中へと向かうのです!!自分の肉体をOPの光に変換して相手と一つになるのです!!」

 

「ミカンが………光に?」

 

「ええ!!ミカンさんはユーリ君の超能力が元に戻るのを望んでいました!!実に純粋で美しい貴方への想いが成就したのです!!完璧な貴方が戻って来るのです!!」

 

 戻って来る?僕が?ミカンは?ミカンはどうなんだ?

 

「み、ミカンは?ミカンはいつ戻って来るんですか?お、教えてください」

 

「んん?何を言っているのですかユーリ君?戻る必要なんてないでしょう?それに、そんな方法はありません。互いを想い合う貴方達は永遠に一つとなったのです」

 

 ありえない、

 

「嘘だ」

 

「事実ですよ。ユーリ君の心が感じているでしょう?貴方の胸の中は温かさに包まれているはずです、ミカンさんの愛がユーリ君に届いているでしょう?」

 

 そんな事があるはずが無い。

 

「嘘だ」

 

「胸に手を当てて見てください、そうすればミカンさんを感じられるはずです」

 

 震える両手を自分の胸に当てる、自分では無い温もりが確かにそこにはあった。

 体に力が入らない、胸に手を当てたまま膝から崩れ落ちる。

 

「嘘だ……嘘だ……」

 

 温かな胸がどうしようもなくもどかしい、中身を取り出したくて指で掻きむしる。

 

「ユーリ君、ミカンさんは貴方の力を取り戻す為に光となりました。その成果をぜひわたくしに見せてください」

 

「嘘……嘘……」

 

 何も聞きたく無い、何も見たく無い。アクロマの言葉から逃げる為に地面にうずくまる。

 

「世界中の人々も中継を見て期待しています!!未来視のユーリがその力でムゲンダイナを打ち倒す事を!!さあ!!彼等の為にも立ち上がりましょう!!」

 

 嘘だ、嘘に決まっている。ミカンが消えるはずがない。

 

 でも、胸は温かいままだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くまきちに抱き抱えられて飛び上がり、スタジアムの天幕に降り立つ。老骨に負担がかからない様にくまきちは優しく丁寧に私を腕から下ろす。

 くまきちは抑えきれない悲しみに耐えながらも私を気遣ってくれた。

 

 装置はやはりスタジアムの敷地内に存在した、思念を増幅させて拡散させる装置。無機物に宿る残留思念にすら想いを届ける驚異の発明。

 元々はフジ博士が物言わぬ骸となった行方不明の人間やポケモンを捜索するのに開発したせめてもの想いを叶える鎮魂の為の装置。

 それが今や破壊を呼び寄せる人間の身勝手なエゴを満たす道具に成り果てている。怒りとやるせなさを感じずにはいられない。

 

 納められている“ねがいぼし“の量、装置の大きさを考慮するとガラル地方どころか世界中に思念を届けられるだろう。

 だがそれは、必要となる莫大なエネルギーを用意できればの話しだ。

 

 ムゲンダイナを利用すれば或いは叶うかもしれない、1匹では無理でも4匹を揃えたなら。

 ダイマックスを長年研究してきた私の概算では、それでもギリギリ可能なレベルだと見積もりを出す。

 しかし、ここまで周到に準備していた奴らが成功の可能性が薄いまま計画を実行に移すとは考えにくい。

 

 やはり狙いはユーリだろう。ユーリがホウエン地方で見せて以来、数々の組織が研究と調査を始めた通称“プロジェクトU“。

 その力をムゲンダイナに与えるつもりだ、ユーリがムゲンダイナと衝突すれば発現する可能性は高い。

 

 だから、ユーリは迎撃には参加させずにスタジアムの捜索をしてもらった。

 彼が適任だったのも嘘では無い。事実としてユーリは見事に短時間で装置を見つけ出した、今の状況では最善の方策だと思っていた。

 

 だが、それは大きな間違いだった。

 

 装置の前にはユーリと一人の男が居る、さっきまではもう一人の少女が居た。

 そして、その少女はもう居ない。

 

 

 ユーリはうずくまっている、言葉にならない嗚咽を漏らして胸を掻きむしっている。声をかけるのすら躊躇うほどの嘆きと悲しみが彼の小さく丸まった背中から伝わって来る。

 あまりにも痛ましい姿に、私は立ち尽くしてしまう。先行して装置に辿り着いたレックス達も、その光景に言葉を失って立ち尽くしている。

 

 理由は私だけでなく全世界の人間が理解しているだろう、少し前からモニターの映像はユーリの様子を映し出していた。

 ユーリとミカンが見詰めて合って歩み寄り、抱きしめ合った後にミカンは光となって消えた。その光景を私達はモニター越しに目撃した。

 

 テレポートでは無い、幻影でも無い。装置の前に立つもう一人の男が丁寧にわかりやすく解説をした。

 ミカンがユーリの中へと溶けて消えた事を懇切丁寧に語っていたのだ。

 

 人間同士の“キズナへんげ“と男は解説したが、それは正確では無い。

 あれは、キズナオヤジ達が力の継承に使う現象。星の鼓動を受け取ったはじまりのオヤジが肉体を失っても、意思を継いだ者達の心の中を渡り歩く為の手段。

 

 本来は元々肉体の存在しない者を受け渡す為の現象、それを肉体を持った者同士で正しい手順を踏まずに行った。心の赴くままに互いを重ね合ってしまった。

 

 手順を踏まなければ、小さい水の流れがより大きな流れへと飲み込まれる様に、小さな力は大きな力へと飲み込まれてしまう。

 自らの肉体をOPの光へと変えたミカンはより強いOPを持つユーリに吸収されてしまったのだ。

 

 混ざってしまった違う色の水を完全に元に戻す事ができるのか?私はそんな手段を知らないし聞いた事も無い。

 だから、うずくまって小さくなっているユーリにかけてあげるべき言葉が見つからない。

 

 大丈夫だから安心しなさい?悲しむ事はないミカンは必ず元に戻ります?私が何とかするから泣く事はありません?

 この子にかけてあげたい言葉を何一つ発する事ができない。そのどれもが嘘になってしまうから、自分の知識では何一つ役に立たないから。

 

 ああ……ごめんなさいユーリ。

 

 私は貴方にジムチャレンジを進めるべきではなかった、余計な考えを持たずに家族の元へ返してあげるべきだった。

 若者の成長を促す正しい大人を気取るべきでは無かった、自分の知識と人脈ならどうにかなるなんて浅はかな考えだった。

 うら若き少女の未来を奪ってしまった、目の前で愛する者を失う悲しみを少年に与えてしまった。

 

 胸が張り裂けそうに痛くなる、ユーリが掻きむしる胸の痛みが私にも伝わって来る。どうしようも無い現実に叫びだしそうになる。

 

「ユーリ君悲しむ事はありませんよ!!ミカンさんは消えてなどいません!!貴方の心の中で永遠の輝きとなったのです!!貴方と彼女はもう離れる事はありません!!さあ!!貴方の力を見せてください!!」

 

 男のふざけた言葉に、私の頭が怒りで一杯になる。これ程の激情をこの年になって覚えるとは思わなかった。

 

「お前は!!!こんな事をして心が痛まないのか!!!子供たちを犠牲にして傷つけるのがそんなに楽しいか!!!お前は!!!!こんなふざけた事を望んだのか!!!許される行いでは無い!!!」

 

 男は笑みをたたえて私の方を向く、後悔や罪悪感など一切見られないその表情を殴り付けてやりたくなる。

 

「マグノリア博士、お会いしたいと思っていました。こんなに素晴らしい奇跡が実現したのは貴女のお陰でもあります。貴女の研究も、貴女のユーリ君への配慮も、全てがブラックナイトの助けになりました、本当にありがとうございます」

 

 怒りで頭が真っ白になった、くまきちが制しなかったら私はこの男を殴り付けていただろう。男の周囲に貼り巡っている防御膜に阻まれるのを忘れたままに。

 

「おや、ユーリ君?何故倉庫を………ああ、違いますよユーリ君。“やぶれたせかい“にミカンさんは居ませんよ?ミカンさんは貴方の心の中に居ます。何度も言っているでしょう?胸の温かさを感じるでしょう?」

 

 手を空間にさまよわせるユーリ、次の瞬間虚空から大量の物品が溢れ出し、物量の波が私達を襲う。

 天幕を埋め尽くしてスタジアムへと落ちて行く多種多様な道具の数々、ユーリは失意のあまり超能力の制御を失いかけている。収納空間の制御が出来ていない。

 

「ユーリ!!」

 

 私とくまきち達を“ねんりき“で浮かして助けてくれたレックスは悲痛な声でその名を呼んだ。

 しかし、ユーリはそれに答えない。道具の山を震える手でかき分けている。何を探しているのかを悟り悲しみが増す。

 

 次の瞬間、世界が揺れた。南の方から膨大なガラル粒子が唸りをあげる音が聞こえて来る。遂にムゲンダイナがシュートシティにたどりついたのか!?

 

「ユーリ君!!ムゲンダイナがやって来ました!!チャンピオン達との戦闘が始まるようです!!貴方の力で助けてあげましょう!!ミカンさんとのキズナを証明するのです!!」

 

「よくもそんなふざけた事を!!!」

 

 そこまでしてユーリを戦わせたいのか!!?この傷ついた子供に戦いを促すのか!!?

 

「マグノリア博士、事態は切迫しています。ダンデにレッドにグリーン、ジムリーダーに加えて才能あるジムチャレンジャー達。確かに戦力は十分に思えますが、ブラックナイトの中でのムゲンダイナは特別な力を発揮します」

 

「お前は!!!」

 

「マグノリア博士よ、頼みがある。聞いてくれるか?」

 

 レックスが私に話しかけて来た。悲しみながらも力強さを感じる決意に満ちた表情に、少しだけ冷静になる。

 

「気配を感じて思い出した、余はムゲンダイナを止めなくてはならない。あれは遠い昔に余が敗れた恐るべき驚異だ、戦う術を皆に教えてやらねばならない」

 

 遠い昔………恐らく二人の王よりも遥かに前の太古の話。ワイルドエリアのクレーターの痕跡からは2万年前に隕石が落ちて来たと推測されている、恐らくその中身がムゲンダイナだったとも。

 

「マグノリア博士とくまきちはユーリの側に居てやって欲しい、ユーリが再び立ち上がるのを見届けて欲しいのだ」

 

「ですがレックス……ユーリは………」

 

 それを私だって望んでいる、だけどとてもそんな状態じゃ……

 

「安心するのである、ユーリは必ず立ち上がる。余の友にして相棒のユーリは必ずや立ち上がる。余は信じている」

 

「流石です豊穣の王!!貴方には過去も現在も未来も全て見通す力があるそうですね!!それでユーリ君の復活を見たのでしょう!わたくしもそれを信じています!!」

 

「お、お前はどこまで……」

 

 レックスが私を手で制する、彼の表情から怒りは読み取れない。ただひたすらに真剣な表情で男を見ている。

 

「お主、アクロマと言ったな。お主は見るという行為を誤解している。未来を見る事は誰にでも可能だが、己だけの物にするのは不可能だ。それは余も例外では無い」

 

「ふむ?完全な予知は貴方の力を持ってしても不可能だと?」

 

「力の大きさの問題では無いが認識はそれでも良い。そして余はユーリの未来を見たりはしない、友として対等でありたいからだ。余はただユーリを信じているだけだ」

 

 完全な未来予知はどんな強大なポケモンにも不可能、知ってはいたがレックスなら或いはと思っていただけに落胆を覚える。あの子の救いを見る事はできないのか?

 

「なるほど、キズナですね。貴方とユーリ君のキズナが信頼を生んでいる」

 

 ふざけたセリフだ、やはり言葉とは誰が発するかによって大きくその響きを変える。この男の言うキズナに心底嫌悪を感じる。

 

「お主は言葉と現象に囚われて心の本質を見誤っておるな。望んでいる物から自分で遠ざかっている」

 

「豊穣の王でも悲しやみ怒りを覚えるのですね、どんなに強大であろうと感情からは逃げられない。やはりわたくしは心の本質を理解している」

 

「アクロマ、余はお主を憎みはしない。余は王として誰にも憎しみを抱いたりはしない。だからお主に忠告をしてやろう」

 

 レックスは本当に憎しみを覚えてないのか?私の心はこの男への憎しみで一杯だ。

 

「忠告ですか?ぜひお願いします。わたくしはあらゆる未知を知りたいと願っている」

 

「お主が乱した人々の心の傷は、報いとなってお主に返って来る。それは因果だ、自身でそれに気付けぬ限りお主は必ず後悔する。ゆめゆめ忘れるでない」

 

「因果ですか?強大なポケモン達はその言葉を好みますね、何か言葉以上の意味があるのでしょうか?」

 

「忠告は終わりだ、後はお主は自身で気付くしかない」

 

 因果………行いと結果。レックスが自分で手をくださずともこの男には報いが訪れるのか?

 

「マグノリア博士、あの装置にもしばらく手を出してはならん。焦らずとも必ず機会は訪れる、アクロマもとりあえずは放置しても良い」

 

 あの男を放置する。心情的には許し難いが私には倒す力がない、レックスが手を下さないのならどうしようもできない。

 

「レックス………信じて良いのですね?」

 

 最早、私にはそれしかできない。この偉大な王の言葉を信じる以外に術が無い。

 

「信じて欲しい、余とユーリを。今戦っている全ての戦士達を」

 

 そう言ってレックスは、未だミカンを探し求めるユーリの方を向く。

 

「ユーリよ!!余は信じているぞ!!お主を信じて待っている!!」

 

 そう言ってレックスはイースに乗って南の空へと駆けて行く、その後をリーザとエレンが追っていった。ユーリに反応は見られない、ミカンを探す手を止めはしない。

 

「やはりポケモンを理解するのは難しい、伝説の存在ともなればなおさらです。博士もそう思いませんか?」

 

 レックスの言葉を何とも思っていなそうな様子で男は私に話しかけてくる。無視したい所だが、せめて出来る事をしなくては。

 

「私が理解できないのはあなたです、同じ人間だと思いたくもありません」

 

「そうですか?わたくしは自分の気持ちに素直なだけです。それに比べて伝説のポケモン達は非常に不自由だ」

 

 何の話だ?この男の真意がわからない?

 

「彼等はその力を自由に行使できない、今回の計画も様子を衆目に晒した事で彼等の介入はない。彼等は人々の想いによって力を得るが、同時に縛られもするのです」

 

 落ち着け、レックスは機会が来ると言っていた。今私ができるのはこの男から少しでも情報と目的を引き出す事だ。

 

「何を言っているのです、レックスは現に事態の収束に力を使っています。あなたの考察は破綻していますよ」

 

「豊穣の王の役目はガラルの守護です、己の役割から逸脱していない。彼等は役割を無視すると力を失うのではないかとわたくしは推測しています」

 

 役目?一体誰が彼等に役目を与えると言うのだ?神だとでも言うつもりか?

 

「役目とはまたおかしな事を言いますね、誰かに命令されてレックスがガラルを守っているとでも言うのですか?」

 

「人々がそう願ったから豊穣の王は力を得たのだとわたくしは考えています。信仰を力にするなら、願いによってその性質が決められてもおかしくはない」

 

「信仰されていなくとも強大な力を持つポケモンは大勢います、それについてはどう説明するのですか?」

 

「各地に残る伝承。灰の中からポケモンを蘇らせた、かつて大地と海を創った、人々に感情を与えた、理想と真実を求める英雄に力を貸した、伝説とはすなわち語り継がれる人の畏れ、それこそが彼等の力の源」

 

「つまり彼等が強いから伝説なのでは無く、伝説があるから彼等が強いと言いたいのですか?元となる力がなくては伝説など生まれないでしょう、ただの空想です」

 

「わたくしの空想を現実に証明する。そのためのムゲンダイナでもあるのです。ブラックナイトの伝説の詳細は誰も知らない。わたくしも、かろうじて残っていた記録をローズさんと集めてようやく断片的な情報を得た。分かっているのはブラックナイトと呼ばれる何かがあったという事だけだ」

 

 恐れがムゲンダイナの力になる。人々の不安を煽り事態をコントロールする為の虚偽だと思っていたが、まさか?

 

「ブラックナイトを見ている世界中の人々が、恐れがムゲンダイナの力になると信じればそれは最新の伝説になるのではないか?最新の伝説はムゲンダイナ達に新たな力を与えるのではないか?今日はそれを確かめる為の舞台でもあるのですよ」

 

「そんなはずは………」

 

「わたくしはそれを確信していました、事実としてブラックナイトの広がりは計測したムゲンダイナのスペックを遥かに越えている。ローズさんの演説を信じた人々がムゲンダイナ達に力を与えた」

 

「人が他者に向ける想いは力となるのです。人間とは他者へとOPを生み渡す特性を持った生き物、トレーナーとポケモンを研究してわたくしはそう結論づけました」

 

 確かにトレーナーはポケモンを強化させる。だがそのOPをやり取りするメカニズムはおおよそ解明されている、物理的に近い距離で時間を共有しなければそれが起こらない事が証明されている。

 

 遠く離れた人々の感情が力になるはずが無い、思念を届けるだけでも莫大なエネルギーを必要とするのだ。ただでさえ不安低なOP自体を大陸を超える程の距離に伝える事など不可能はずだ。

 そう否定したくとも言葉がでない。有名になった事でOPを増大させたレックスという実例が存在するからだ。確かな因果関係は不明だがレックスが力を増したのは事実だ。

 

 南の戦場を移すモニターに目を向ける。激しい戦いの音が鳴り響き、赤く光るガラル粒子に混じって蒼い光が見える。レックスが力を開放した、このまま勝利してくれる事を切に願う。

 

 再びユーリに目を向ける、相変わらずユーリは溢れた道具をかき分けている。必死で何かを求めている。

 

 ユーリに何もしてやれない自分が嫌になる、今まで自分が信じて来たものが無駄に思えてしまう。

 ならば私は何を信じればいいのだ?レックスの言葉か?自身の経験と知識か?この最低な男の妄言か?

 それとも神にでも祈ればいいのか?そうすれば全てを解決してくれるのか?

 

 答えは出ない、ブラックナイトはまだまだ終わりそうにはない。


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